アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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メリークリスマした。


Lesson298 アイドルになるということ 4

 

 

 

 『ゴールデンエイジ』。それが今回私が参加することになった企画の名前だった。各事務所の大型新人を集めて、アイドルとして持ちうる全てを競い頂点を目指すオーディション番組だと……そういう説明を受けた。

 

 今回の企画中、基本的に私は765プロの仕事から外れ、代わりに今回の企画プロデューサーである灰島という女性の方の下で、他の事務所のアイドルたちと活動することになった。

 

 ……なったのだが……。

 

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 ついにゴールデンエイジの撮影が始まり、その合間の休憩中に私はテレビ局の廊下の自販機にスポーツドリンクを買いに来た。先ほどの撮影は肉体的な疲労よりも精神的な疲労が強く、口の中がカラカラになってしまっていた。

 

「このテレビ局、周藤良太郎も撮影に来てるらしいよー!」

 

「えっ!? マジ!? 偶然会ったりしないかなー!?」

 

 自販機には先客として、ゴールデンエイジに参加している共演者のアイドル二人がスポーツドリンクを買っていた。確か同じ事務所から参加していると聞いているので、とても仲良さそうだった。

 

「……ねぇねぇ」

 

「あっ……」

 

 二人の視線がこちらに向いた。先ほどまでのそれなりに大きな声が途端に鳴りを潜め、何やらクスクスと笑いながらヒソヒソ話を始める。

 

 ……この企画が始まった頃から何度も目にした光景だった。どうやら先日の雑誌の一面を飾った件が、他の事務所のアイドルにはいい印象を与えなかったらしい。

 

 クスクスと笑いながら二人は私の両脇を通り抜けていった。一瞬、何かされるのではないかと思ってビクッとしてしまったがそんなことはなく、そんな私の様子を見てさらに二人は笑っていた。

 

「……はぁ」

 

 今の数十秒の出来事で余計に喉が渇いてしまった。私も早くスポーツドリンクを買って戻ろう。

 

「最上さん」

 

「え……あっ、灰島さん……」

 

 小銭を取り出していると、灰島さんがやって来て声をかけてきた。

 

「お、お疲れ様です」

 

「お疲れ様、最上さん。さっきの収録のことなんだけど」

 

「え? ……な、何かありましたか……?」

 

 個人的には歌もダンスも全て完璧にこなせたと思っている。一緒に出演したメンバーの誰よりも上手く……とは流石に言えないけれど、それでも上出来だったという自負がある。

 

「さっきの収録のMCなんだけど。貴女の持ち時間より随分と早く切り上げたけど、どうして?」

 

 しかし灰島さんはピクリとも笑うことなく、眼鏡のツルを指で押し上げた。

 

「……えっ、あっ、それは……すみません、私……」

 

 いつも劇場でMCをしているときは、トークが好きな他のメンバーへ少しでも多く話させてあげたくて自分の持ち時間を少しだけその子にあげてしまうのだ。そのときの癖というか、なんというか……。

 

「もしかして貴女、トーク舐めてる? 歌に自信? アピールせずに勝ち上がれると思ってる?」

 

「そ、そんなことありません! 私は……!」

 

「最上さんは、またこの企画の趣旨が分かってないのかしら?」

 

 灰島さんは呆れたように溜息を吐きながら首を振った。

 

「私がこの企画で欲しいのは、いつでも誰よりも、目立って輝いて……そして()()()アイドル。()()()()()という強い意志を持ってるアイドル。()()()()()()じゃダメなのよ」

 

「………………」

 

「この企画のメンバーは貴女の『仲間』じゃないわ。全員蹴落とさなきゃいけない『宿敵』なの。それが分からない子は、容赦なく予選で落とすつもりよ」

 

「……はい、次は気を付けます」

 

「分かって頂戴。私は貴女に期待しているの」

 

 頭を下げる私にそう言い残して、灰島さんは足早に去っていった。

 

 残された私は、買ったばかりのスポーツドリンクの蓋を開けることもせずにその場に立ち尽くす。

 

(……全員を……蹴落として……)

 

 分かっていた。灰島さんのその言葉が『時間の無い私』が『最短で夢を叶えるための方法』だと分かっていた。今回の企画で武道館へ行くための椅子は僅か。その椅子を他の人に譲りながら自分も座る……そんなことをするような余裕が私にあるはずが無い。

 

 私は夢を叶えるためにここに来た。未来が夢を応援してくれたからここに来た。

 

 それでも、誰かを蹴落とさなきゃいけないと、誰よりも前に出なきゃいけないと、そう考えたとき……。

 

 

 

 ――静香ちゃん!

 

 

 

 ……どうしても、未来の笑顔が脳裏に浮かんでしまうのだった。

 

 

 

「……予定の変更があったのなら、もうちょっと早く連絡してほしかったなー」

 

「「本当にすみませんでした!」」

 

 

 

「……え?」

 

 なにやら聞き覚えのある声が聞こえてきて、まさかと思い顔を上げる。

 

「りょ、リョーさん……!?」

 

 そこにいた意外すぎる人物に、思わず目を剥いてしまった。一瞬その姿が『周藤良太郎』のように見えてしまったが、きっとそれは先ほど『このスタジオで周藤良太郎が撮影をしている』という話を聞いてしまったからだろう。確かに背格好は似ているような気もするが、リョーさんと周藤良太郎が同一人物だなんてあり得ない話だった。

 

 そんなリョーさん。確かに未来に送られてきていた写真の数々を見る限り、こちらの業界でそれなりの立ち位置にいる人物なのだろうという予想はしていた。しかしこうしてテレビ局の廊下を、それも二人のテレビ局スタッフを付き従えるようにして闊歩している姿を見るに、この予想は間違っていなさそうだった。

 

 

 

「新しい予定は?」

 

「こちらです! 他の出演者の方への連絡はこれから!」

 

「優先していただけてありがとうございます。すぐに連絡してあげてください」

 

「はい!」

 

「それと、俺のリハを出来るだけ削って、その時間を他の人のリハに回してあげてください。特にこの子たちはまだこういう収録に慣れていないはずなので」

 

「わ、分かりました!」

 

「あとここの演出。いくらなんでも俺が前に出すぎです」

 

「……す、すみません、それはウチのディレクターがどうしてもと……」

 

「……あんの狸オヤジ。……分かりました、俺が直接話をするので『今すぐ俺のところに顔を出せ』と伝えてください。原文ママでお願いします」

 

「りょ、了解しました!」

 

 

 

 少し距離が離れているので具体的にどんな会話をしているのか、しっかりと聞き取ることが出来なかった。表情はいつもと変わらず無表情だけど、いつも以上に真剣な表情をしているような気がした。

 

「あ、リョ……」

 

 一瞬、思わず声をかけようとしてしまったが、慌てて口を閉じる。いくらプライベートで知り合いとはいえここはテレビ局、リョーさんと私にとっては仕事の場だ。あんなに忙しそうなリョーさんを呼び止めることなんて出来なかった。

 

(……リョーさんでも、灰島さんと同じことを言うのかしら……)

 

 私に気付くことなく足早に去っていってしまったリョーさんの背中に視線を向けつつ、私は思わずそんなことを考えてしまった。

 

 今の様子と普段の言動から考えると、多分リョーさんも灰島さんに負けず劣らずアイドルの業界に深く携わっている人間だ。だから私はリョーさんにも、灰島さんが言ったことをどう思うのか聞いてみたかった。

 

(リョーさんも……他のアイドルを蹴落として進めって、言うのかしら……)

 

 きっと私は、リョーさんがそれを否定してくれることを期待していた。

 

 未来だけじゃなくて他の劇場のアイドルとも仲が良くて、いつも無表情の癖に言動は浮ついてて、それでも私や未来に対して色々なアドバイスをしてくれる、アイドルに詳しい不思議な男性。彼ならきっと『そんなことはない。みんな一緒に進む道もあるよ』と言ってくれると、心の何処かで期待していたんだ。

 

 

 

(……そんな道、あるわけないじゃない)

 

 

 

 私は誰かに席を譲る余裕なんてない。誰かを押しのけないと、席は奪えない。これが私にとって武道館のステージに立つ最初で最後のチャンスだ。

 

 ……だって、未来が応援してくれてるんだ。他でもない未来が、私の夢を応援してくれているんだ。だから私は、絶対に負けられない。

 

 新たな決意を胸にスタジオにへ戻る。

 

 

 

 喉の渇きを、私はいつの間にか忘れていた。

 

 

 

 

 

 

 あーもーいっそがしぃなぁー!

 

 師走を目前に控えたこの時期が多忙になることはいつものことだ。しかし今年は輪にかけて忙しい。忙しいったりゃありゃしない。

 

 今日も朝から別の現場での収録を終えて次の現場に入ったのだが、そこでいきなり予定の変更を告げられてしまった。色々と言いたいことをぐっと飲み込んで軽いお小言程度に留めると、自分の実年齢よりも年上のスタッフさんからペコペコと平謝りされながらテレビ局を移動する。

 

(ん? 今、静香ちゃんがいたような……?)

 

 その途中、見覚えのある少女がステージ衣装を着て廊下の自動販売機の前に立っていたような気がしたのだが、少々距離があったこととスタッフさんに指示を出しながらだったこともあって、それを確かめる間もなくその場を通り過ぎてしまった。

 

「それじゃあ、そういう流れでお願いします」

 

「分かりました!」

 

「あ、それと一つ聞きたいことがあるんですけど。今回の収録とは全く関係のないことで」

 

「は、はい。なんでしょうか?」

 

 一通りの指示を出し終えてから、スタッフさんに尋ねてみる。

 

「この局で他に何かアイドル関係の収録ってしてます? 特に新人アイドルとか」

 

「えっとですね……確か『ゴールデンエイジ』という、色んな事務所の大型新人アイドルを競わせるオーディション番組の撮影をしていたと思います」

 

 なるほど、コレだな。

 

 最近は未来ちゃんや静香ちゃんからの連絡が極端に減っていて近況が全く分からなかったのだが、どうやら静香ちゃんはこの企画に参加するようだ。

 

 気を利かせてくれたスタッフさんがもう少し詳細を教えてくれたのだが、なんでもオーディションを勝ち残ったアイドルは、最終審査として二十五日のクリスマスに武道館のステージに立つらしい。……教えてくれるのはありがたいし聞いた俺が言えた義理もないけど、アンタたちは未来ちゃん以上に守秘義務を徹底しなきゃいけない立場でしょーが。

 

(……アレ? 二十五日?)

 

 確かその日は、アレだけ未来ちゃんが『是非来てください!』と言っていた劇場の十二月定期ライブがある日だったはずだが……。

 

(俺の知らないところで色々なイベントが発生しているような気がする……)

 

 それが喜ばしいイベントならばいいのだが……なんだろうか、この周りのマスが全てクッパマスに変化してしまったかのような胸騒ぎは。

 

 小さくふぅと息を吐く。とりあえず後で少しだけ連絡を入れてみようと心に決め、一先ず今はスマホを触る余裕もないので自分の仕事に専念することにしよう。

 

 

 

 ……だからこのときの俺は。

 

 

 一体何が起こっているのかを。

 

 

 

ノゾミちゃん

 

リョーさん15:12

 

どうしよう15:12

 

矢澤さんが15:12

 

 

 

 

 ……まだ何も、知らないのだ。

 

 

 




・『ゴールデンエイジ』
一応オリジナル番組(のつもり)。
昔公開したプロト版アイ転からの使いまわし。

・良太郎(お仕事モード)
多分数えるぐらいしかないお仕事中の良太郎描写。
描かれていない行間は大体こんな感じなんやでっていう。

・一瞬その姿が『周藤良太郎』のように見えてしまったが
現在伊達眼鏡だけの認識阻害(弱)の状態。

・「あ、リョ……」
ここが分岐点。
 1 勇気を出して声をかける
>2 忙しそうだからやめておこう

・クッパマス
マリオパーティーは手のひらの皮が剥けた思い出しか残ってない。



 静香とニコちゃん、闇墜ち√(仮)を進行中です()

 ……こんな状況で今年最後の更新を終えるってマ?()



 ……それでは皆さん、よいお年を!(ヤケクソ)



『どうでもいい小話』

 シンデレラ10th愛知公演お疲れ様でした!

 現地は二日目だけの参戦でしたが、やっぱり現地楽しいね!

 ……ファイナル公演、ワンチャンはやみー来ないかなぁ……。

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