アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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最上の光となりて。


Lesson286 天に輝く星の名は 4

 

 

 

「あー! やっぱりアイドルのライブって楽しー!」

 

「楽しむのはいいが、ちゃんと水分補給を忘れるなよ」

 

「分かってるってばー! 恭也は心配性なんだからー!」

 

 そう言ってケラケラと笑いながら忍は持ってきていたペットボトルの蓋を開けた。

 

 俺は忍ほど声を出していないし大きく動いてもいないので汗はそれほどかいていないが、忍に注意しておいて自分だけ水分補給をしないわけにはいかないので、俺も自分のペットボトルを取り出そうとして……。

 

「んっ!」

 

 ……忍が自分のペットボトルを俺に差し出して来た。

 

「……はい、恭也も飲むんでしょ?」

 

「いや、大丈夫だ」

 

「もーなに? 今更間接キスに照れるような間柄じゃないでしょ?」

 

「これでも飲食店の店員として衛生的にちょっと」

 

「衛生的にちょっと!?」

 

「冗談だ」

 

 改めて忍からペットボトルを受け取って喉を潤した。

 

 

 

「それにしても残念だったわね、なのはちゃんたち。本当はフェイトちゃんやはやてちゃんと()()に参加するつもりだったんでしょ?」

 

 ()()とは勿論、今こうして二人で参加している『トロピカルサマーフェスティバル』のことだ。忍が言う通り、元々310プロとしてなのはもフェイトちゃんやはやてちゃんと共に『Lyrical GIRLS』としてオーディションを受ける予定だったのだが……。

 

「310プロも初の単独ライブが間近に控えているからな。そちらに専念したいのだろう」

 

「そっちも今から楽しみよね。……ちなみに、関係者チケットとかは……?」

 

「優先順位的に母さんと父さんと美由希の後に余っていたらな……ん?」

 

「どうしたの?」

 

「降ってきたな」

 

 先ほどから雨の気配が強くなってきていたが、ついにポツリポツリと降り始めた。

 

「あっちゃー、流石に持たなかったか」

 

「一度屋根のあるところに戻るか」

 

「んー……そうね、志希ちゃんや志保ちゃんの出番はもーちょっと後だろうし。ついでにご飯も食べよっか」

 

 周りの観客も少しずつ屋根を求めて退避を始めていて、ステージの前からドンドンと人が少なくなっていく。これも野外フェスの宿命だろう。

 

 

 

「ツバサ、私たちも雨宿りするぞ」

 

「ヤダ!」

 

「このままじゃ風邪引いちゃうよ~?」

 

「絶対にヤダ! 私はこのままここで静香ちゃんたちのステージを観るんだぁ!」

 

「ワガママ言うな! ほら行くぞ!」

 

「ヤメロー! 私は屈さないゾー!」

 

「……あんじゅ、もうコイツ殴っていいかな?」

 

「英玲奈ちゃんも落ち着いて~?」

 

 

 

 ……中にはあぁいうステージの真ん前に齧りついて離れようとしない熱心なファンもいるが、これもまた野外フェスの醍醐味なのだろう。

 

 さて、そんな愉快な少女たちが風邪を引かないことを心の中で祈りつつ、俺と忍は雨宿りをするために移動を……。

 

 

 

『――っ!』

 

 

 

「「っ!」」

 

 ……歌が、聞こえた。

 

 いや、歌なんて先ほどから散々聞こえてきた。しかしこれはそうじゃなくて、思わず足を止めてしまう歌だった。

 

 忍と二人、段々と雨が強くなっていく中で立ち止まり振り返る。

 

「……あの子は」

 

 そうして視線を向けたステージのセンターに立っているアイドルに見覚えがあった。

 

「恭也、知ってる子? どの子?」

 

「センターの子。前に翠屋に来た子だ。良太郎と知り合いらしい」

 

「なるほど。……それじゃあ折角だし、私たちも応援しよっか」

 

「え?」

 

「周藤君の知り合いってことは絶対に凄い子よ。そんな子のステージを見逃すわけにはいかないわ!」

 

 そう言うと忍は再びステージの前へと足を向けた。

 

「いや、しかし……」

 

「このステージ見たらすぐに下がるから、ちょっとぐらいだったら平気だって」

 

「……分かった」

 

 こう言い出した以上、忍は簡単に引き下がらない。俺も観念して忍と共にステージの前へと戻っていった。

 

 

 

 ……遠くでは雷も鳴り始めている。雨はこのまま強くなりそうな雰囲気だった。

 

 

 

 

 

 

 歌い出し。

 

(大丈夫、悪くない)

 

 声。

 

(強く出てる。茜さんにも絶対負けてない)

 

 ステップ。

 

(雨で床が濡れてて少し不安。でも出来る限り大きくダイナミックに)

 

 悪くない。順調。文句のない出来。練習通り出来てる。

 

 でも()()()()に出来ない。

 

 私たちの何かがかみ合っていない。

 

 まだ、私たちには何かが足りない。

 

 

 

 まだ()()()()

 

 

 

 

 

 

「………………」

 

「どう? 志保ちゃん、星梨花ちゃんたちのユニットは」

 

「百合子さん」

 

 舞台裏から星梨花たちのステージを見ていたら、背後から百合子さんが話しかけてきた。

 

「そうですね、とても完成されたユニットだと思います」

 

「志保ちゃん()そう思うの?」

 

「はい。()()()()()()()()()十分かと」

 

「うわぁ……」

 

 百合子さんの話に乗って正直に答えたというのに何故「相変わらずだなぁ」みたいな表情をされなければいけないのだろうか。

 

「星梨花は……本当に二年前とは比べ物にならないほど体力が付きましたね」

 

 杏奈と二人で真っ先に音を上げそうになっていた少女が、今では濡れた床という普段より体力を使うステージの上でアレだけダイナミックな動きを見せるセンターを任されているのだ。先ほどはメンタルの強さを垣間見たが、今はフィジカルの強さを目の当たりにしている。

 

 そんな星梨花に付いていく北上麗花さんと野々原茜さん、そしてそれに一歩後ろを行くものの見劣りはしない白石紬さんと最上静香さん。五人のパフォーマンスのクオリティーは決して低くない。それはこうしてオーディションを勝ち抜き夏フェスのステージを任されていることが何よりの証拠である。

 

 けれど完成とは()()()()()()()()()ことを意味する。()()()()()()()なのだ。

 

「……ウチのプロデューサーさんは『きっと鍵は静香が握ってる』って言ってた」

 

「……最上静香」

 

 先ほど少しだけ話をした少女。まだ()()覚悟を目に宿していた少女。

 

 最上静香が彼女たちの鍵を握っているのであれば。

 

 それは一体どんな『高さ』なのだろうか。

 

 

 

「……それで志保ちゃん、その……さっきから握ってるその紐は何?」

 

「リードです」

 

「先が一ノ瀬志希さんに繋がってるように見えるんだけど……」

 

「だからリードですって」

 

 

 

 

 

 

 きつい。苦しい。雨が強くなってきた。体が冷える。体力が奪われる。

 

 曲と曲の合間で息を整えつつ、頭の片隅ではそんなことをぼんやりと考えていた。

 

 次が最後。紬さんに、茜さんに、麗花さんに、そして星梨花さんに、負けないようにと必死に頑張って来たが、次で最後の曲だ。

 

 私は彼女たちに勝てたのだろうか? 追いつけたのだろうか? 置いて行かれなかっただろうか?

 

 分からない。寧ろ今彼女たちがステージに一緒に立っているという事実そのものが私の頭の中で少しだけ曖昧になってきた。

 

 だから。チラリと他のメンバーに、少しだけ視線を向けて。

 

 そして偶然にも全く同じことを考えていたらしい他のメンバーと視線が重なって。

 

 

 

 ――()()()()()

 

 

 

 

 

 

「よく『お互いを高め合う』関係って言うじゃん?」

 

「……え、なんスか良太郎君いきなり。カップリングの話っスか?」

 

「ちげーよ。高め合う(意味深)じゃねーよ」

 

「私もそこまでは言ってないっスけど……」

 

 アニメ収録スタジオでたまたま一緒になった比奈に話しかけると、いきなり何事かと疑問符を浮かべつつも話を聞く姿勢になってくれた。

 

「『アイツに勝ちたい』とか『あの人には負けたくない』とか、そういうモチベーションは悪くないと思うんだよ」

 

「まぁ王道っスよねー。ライバル同士、競い合いながら成長していくやつ」

 

 生憎俺の人生にそれっぽいものは無かったが、それは現実の世界でもなかなか重要な存在だ。

 

「え? 良太郎君には海の向こうの女帝様が……」

 

「アイツの話だけは絶対にするんじゃねぇ」

 

「ガチトーンのフォント芸ヤメてもらっていいっスか……?」

 

 話を戻そう。

 

「そんなライバルたちが()()()()()()ってどんなときだと思う?」

 

「成長する瞬間っスかぁ……『オモイヤリ』と『ヤサシサ』と『アイジョウ』に目覚めたときっスかね?」

 

「なんでわざわざ『友情』って言葉をウォーズマン理論で言い換えたんだよ」

 

 『シンジルココロ』が足りてねぇぞ……ってそうじゃなくて。

 

「まぁ友情でも間違ってないかもしれないけどな。ちょっとだけ違う」

 

 コイツよりも前に。アイツよりも上に。そうやって競い合うことで、より遠く、より高くただそれだけの話。それで終わってしまう話。個人個人で成長するならばそれでいいだろう。

 

 けれどそんな全力を出し尽くしている人間同士が、全力にも関わらず()()()()()()()としたら?

 

「人はよっぽどのことが無い限り、一つ一つの星の名前を覚えたりなんかしない」

 

 

 

 ――しかし、それが夜空に並ぶ『星座』だったとしたら?

 

 

 

「揃うことに意味がある。横に並ぶことに意味がある」

 

 ただ光るだけじゃダメだ。全力を出して並ぶからこそ。

 

 

 

 ――最上(てっぺん)の光になるんだよ。

 

 

 

「……あ、今のセリフ、次の新刊に使いたいんスけどいいっスか!?」

 

「いいけどさぁ」

 

 もうちょっとこうさぁ!

 

 ガリガリと勢いよくネタ帳にペンを走らせる比奈センセーの姿を横目に少しだけ脱力する。しかし次の新刊がどんな塩梅になるのか少しだけ気になってしまう。

 

「で? 結局いきなりどうしたんスか? いきなりカッコいいこと語り出しちゃって」

 

「ん~? ……いや、なんとなくこれぐらいのタイミングでこういうこと言っておけばちょうどいいんじゃないかなっていう勘」

 

「アレだけ長々と私は勘の話を聞かされてたんスか!?」

 

「こう見えてお兄さん、なんでも見えてるから」

 

「……良太郎君が言うと、割と洒落にならないっスね」

 

 冗談だよ。

 

 

 

 

 

 

「……晴れましたね」

 

「うん、晴れたね」

 

 雨の音も雷の音も、いつの間にか遠くへと消え去っていた。

 

 今私たちの耳に届いているのは、多くの歓声と拍手。それは今ステージに立っている彼女たちが『届いた』証明だった。

 

「最上静香のソロからでした。……やっぱり765プロのプロデューサーさんは大変優秀な方なんですね」

 

 間違いなく彼女が『鍵』だった。

 

「お互いに負けてられませんね」

 

「うん!」

 

 ニコニコと笑う百合子さんに釣られて、私も思わず口角が緩む。

 

 私たちのステージはまだこれからだ。歌やダンスの技術で負けるつもりはない。私と志希さんならば共に素晴らしいステージに出来ると確信している。

 

 それでも、これだけは認めよう。

 

 

 

 『トロピカルサマーフェスティバル』のMVPは、最上静香だ。

 

 

 

「……あのね、志保ちゃん」

 

「なんですか?」

 

「非常に言いづらいことなんだけどね……私も今気づいちゃったから許してほしいんだけどね……」

 

「?」

 

「……リードの先の一ノ瀬志希さん、いなくなってるよ……?」

 

 

 

「……■■■■■■■■■っっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

 夏が、終わる。

 

 

 




・久しぶりの恭也&忍
あれ? もしかして忍って本編だとめっちゃ久しぶり?

・なのは・フェイト・はやて
今回のお話書いてるぐらいのタイミングで『あっ、トロフェス参加させれば良かった』と気付いた。お前のプロットがばがばだなぁ!

・アライズの皆さん
実は今までのライブにもいた可能性。

・久しぶりの比奈センセー
初登場と勘違いしている人もいるでしょうが、実はLesson183以来の二度目の登場。

・ウォーズマン理論
1200万パワーが有名だけど、こういうのもあるらしい。

・最上の光
自分が進むべき『未来』へ向かう未来。自分だけの『翼』に気付いた翼。
彼女は、そこに手を触れた。



 すんません第六章最終話(仮)は(仮)でした(震え声)

 本当は一旦区切るつもりだったのですが、現在の六章の話数と残りのお話を考えた結果このまま続行することを決めました。……まぁプロットがばってるから伸びる可能性もあるんだけどね!

 次回は多分恋仲○○。そろそろ総選挙記念書かないとね。

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