アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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貴女は私の……。


Lesson262 ワタシのミライ 5

 

 

 

「なるほどねぇ……」

 

 まだ耳鳴りがしているような感じを覚えつつ、グジュグジュと泣きながら必死に自分の状況を説明してくれた未来ちゃんの話を頭の中で反芻する。

 

 

 

 ――どうして未来だったのよ……!

 

 ――私だって本当はあのステージに立ちたかった!

 

 

 

(……きっつい言葉だなぁ……)

 

 未来ちゃん自身には一切悪気がないのだから、きっと彼女の胸に鋭く突き刺さったことだろう。そして咄嗟にその一言が出てしまったのであろう静香ちゃんにも悪気がないのだろうから、余計に悲しい出来事だ。

 

『ねぇ、リョーさん……私、何が悪かったのかな……私、嫌われちゃったのかな……』

 

 スマホの向こうから聞こえてくる未来ちゃんの声に心が痛くなる。普段の明るく笑う彼女は、今どこにもいなかった。

 

「静香ちゃんがそんなこと言う子じゃないっていうのは、未来ちゃんが一番分かってるんじゃないかな?」

 

 実際、静香ちゃんもそのときの自分の感情の勢いで言ってしまっただけだろうし、本心から未来ちゃんを突き放そうなんて一ミリも思っていないだろう。短い付き合いではあるが、彼女がそんな子ではないことも未来ちゃんと本当に仲が良いことは分かっている。

 

 だからこそ、確信を持って「そんなことはない」と断言出来た。

 

『でも……静香ちゃん……すっごい怖い顔してた……』

 

 俺の一言で立ち直れるぐらいなら、最初から電話なんてしてこないか。

 

「逆に未来ちゃんは、静香ちゃんが怒ってる理由はなんだと思う?」

 

『静香ちゃんが怒ってる理由……?』

 

 スマホの向こうが少々沈黙した隙にチラリと壁の時計を見て時間を確認する。まだ時間は大丈夫だった。

 

『……私のステージが、静香ちゃんの期待に応えれなかったんじゃないかなって……』

 

 未来ちゃんは『「未来なら出来る」と言ってくれた静香ちゃんが怒るぐらい、自分のステージがイマイチだったのではないか』と考えているらしい。一応静香ちゃんが怒る理由として可能性がないわけではないだろう。

 

 けれど実際に未来ちゃんのステージを見た『周藤良太郎』が、どれだけ辛口に採点しても赤点になることはないと断言しよう。それだけあのステージは、新人アイドルながらとても素晴らしいものだった。

 

「未来ちゃんは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って、そう思ってるの?」

 

『だって……静香ちゃんは「どうして未来だったの」って……「私がステージに立ちたかった」って……そう言ったから……』

 

「もしかしてそれは()()()()()()()だったんじゃない?」

 

『そのまま……?』

 

 声色から未来ちゃんが困惑しているのが分かった。

 

 それはすなわち()()()という感情。決して嫌っているわけではない、疎ましく思っているわけでも邪険にしているわけでもない。友好になればなるほど強く抱いてしまう『負けたくない』という不思議なマイナスの感情。

 

(ウチだと志保ちゃん、765だと伊織ちゃん、346だとみくちゃんあたりかな)

 

『え? え? でも静香ちゃんは文化祭のステージには立ちたくなさそうだったし……?』

 

 今の未来ちゃんには、きっと静香ちゃんみたいな考え方を理解するのは難しいだろう。

 

『リョーさんには分かるんですか? 今の静香ちゃんの気持ちが……』

 

「……分かる気になってるだけ、だよ。静香ちゃんが抱いている感情は静香ちゃんだけのもので、俺が邪推していいものじゃない」

 

 今回の一件、問題……という言い方をしていいのかは分からないが、それでも解決の鍵は未来ちゃんではなく静香ちゃん側に存在する。だから今ここで未来ちゃんにかけてあげられるの言葉は「静香ちゃんを信じて待ってあげて」という当たり障りのないものしかなさそうだが……。

 

「でも一つだけ静香ちゃんの代わりに()()()()()を言うとするなら……」

 

『よ、余計なこと?』

 

「きっと静香ちゃんがそうやって『ステージに立ちたい』っていう強い感情を吐き出したのは……相手が未来ちゃんだったからだよ」

 

『私、だったから……?』

 

 同じ劇場アイドルに「何かあったのか」と問われればきっと口を噤んだだろう。俺のように外部の存在に「悩んでるなら話を聞くよ?」と問われれば素直に話したかもしれない。

 

 けれど()()静香ちゃんが声を荒げて『悔しい』という感情を剥き出しにするのは、きっと未来ちゃんだけだ。未来ちゃんだからこそ、静香ちゃんは真っ直ぐに自分の感情を吐き出したんだ。

 

「未来ちゃんにはちょっと難しかったかな」

 

『えぇ!? もしかしてリョーさん、私のことバカだって言いたいんですか……!?』

 

「違う違う」

 

 こうやって会話してて(やっぱりバかわいいなぁ)とか思ってないよ。

 

「未来ちゃんは、今から静香ちゃんに話しかけるのが怖い?」

 

『……怖いわけじゃないけど……何を話したらいいのかなって……』

 

「なら、どうして()()()()()()()()()()()()()()()()()()を、未来ちゃんの言葉で静香ちゃんに伝えてみたらどうかな」

 

『どうして一緒に立ちたいのか?』

 

「それが俺からのアドバイス。それがどういう意味なのかは、自分で考えてみてほしい」

 

 「出来る?」と尋ねてみると、未来ちゃんは少し沈黙した後に『……分かりました』と返事をした。

 

『私、静香ちゃんともっと一緒にアイドルをやりたいから……伝えてみます、私の言葉』

 

「うん、いい返事だよ」

 

 最後に『ありがとうございました! また次のステージ、観に来てくださいね!』という元気な言葉を述べてから、未来ちゃんとの通話は終了した。

 

「……そろそろ俺も時間だな」

 

 時計を見るとそろそろ俺もスタジオ入りの時間が近づいてきていた。

 

「全く、青春してるなぁ……若者は」

 

 精神年齢的に考えると四十を軽く超えた身故に、そろそろ彼女たちの輝きが少しだけ眩しく感じ始めていた。

 

「……ん? 凛ちゃん?」

 

 と思ったら、今度はちょっと生意気な方の妹からのメッセージが届いた。そろそろ時間だし、軽く覗いてから後で返信を――。

 

 

 

『765プロ劇場のアイドルと知り合ったんだけどさ、遊び人のリョーさんっていう人物に心当たりあるよね』

 

 

 

 ――見なかったことにしよう。

 

 

 

 

 

 

「……『どうして一緒に文化祭のステージに立ちたいのか』」

 

 リョーさんに問われたその言葉の意味を、私は昨晩ずっと考え続けた。だって一緒のステージに立ちたい理由なんて、一緒に歌いたいからに決まっている。そんなことが分からないリョーさんじゃないと思うんだけど……。

 

 考えて考えて、ずっと考えた。あまりにも考えすぎていて晩御飯のときも上の空で、お風呂のときに至っては集中しすぎて思わずのぼせてしまったぐらいだ。

 

 そしてベッドの中に入り、眠くなってきた思考で唯一辿り着いた答えがあった。

 

 

 

「……よし!」

 

 先ほどプロデューサーさんから受け取った茶封筒を両手でしっかりと握りながら、劇場へ静香ちゃんがやってくるのを待ち受ける。

 

 それはこの前のライブの特別手当だと言って手渡してくれた、私の生まれて初めてのお給料。貰った瞬間は何に使おうかと心躍ったが、すぐに別の使い道に気が付いて思わず小躍りをしてしまったぐらいだ。

 

 アイドルとしての初めてのお給料は大事に使いたかった。私にとっての大事なことに。

 

 一体何をしているのだろうかという他のアイドルの視線もなんのその。私は静香ちゃんがやってくるのを今か今かと待ち続け……ついにその瞬間がやって来た。

 

「おはようございます」

 

「静香ちゃん!」

 

「っ……!?」

 

 扉を開けた人物が静香ちゃんだと分かった瞬間、思わず大声を出してしまった。静香ちゃんはその声にビクリと肩を跳ね上げ、そしてその声の主が私だと気付き一歩後退り……そんな彼女との距離を詰めるように一歩前に出た私は――。

 

 

 

「静香ちゃんの時間を買わせてくださいっ!」

 

 

 

 ――自分の望みを、高らかに叫んだ。

 

 

 

「……パパかt」

 

 何かを呟こうとした杏奈ちゃんが、奈緒さんと百合子さんに両サイドから頭を引っ叩かれていた。

 

 

 

 

 

 

 事務所に入ると、いきなり未来からお金が入っていると思われる茶封筒を突き出された。

 

 一体何を言っているのかと思うけど、私も何を言っているのか正直よく分かっていない。

 

「……み、未来? そ、それは一体どういう意味なの……?」

 

 まさかリョーさん辺りに変なことを吹き込まれたのではないかと心配になってしまう。一応あの人は常識のある大人だとは認識しているが、それでも何かしら余計なことを言いそうな気がする。

 

「静香ちゃんはアイドルでしょ? だから『私と一緒にステージに立ってください』って、正式にソファーを出すの!」

 

「……未来、ソファーじゃなくてオファー」

 

「オファーを出すの!」

 

 こっそりと奈緒さんに訂正されて言い直す未来。

 

「オファー……私に……?」

 

 そうまでして、私と一緒にステージに立ちたいっていうの?

 

「……なんで……」

 

 どうして……という考えしか浮かばなかった。私は昨日、未来に酷いことを言ったばかりだ。まずはそのことを謝ろうとした矢先の出来事に、私の考えが追い付かない。だからせめて、どうして未来がそんな行動に出たのかという理由が知りたかった。

 

「えっとね……昨日静香ちゃんに言われたこととか、そのあとリョーさんに相談に乗ってもらったときの言葉とか、私なりに色々と考えたの」

 

 未来が手にしている茶封筒がクシャリと歪む。それだけで彼女の手に力が入っていることが分かった。

 

「昨日はただ一緒のステージに立ちたいとしか言わなかったけど……どうして一緒がいいのか、すっごい考えた。それはね――」

 

 

 

 ――静香ちゃんは、私にとって()()()()()()()だから。

 

 

 

「……え……」

 

「静香ちゃんも、憧れのアイドルと一緒にステージに立ちたいって考えるでしょ? 私にとってのそれが静香ちゃんなの!」

 

 一歩。距離を詰めて私の手を取った未来は、私の顔を覗き込みながらニパッと笑った。

 

「だから静香ちゃん――」

 

 

 

 ――私と一緒に歌おう!

 

 

 

「……あのね……未来」

 

「うん」

 

「昨日はあんなこと言いたかったんじゃなくて……ありがとうって、言いたかったの……」

 

「うん」

 

「私の代わりにステージに立ってくれて、ありがとうって……!」

 

「うん」

 

「それで、おめでとうって、デビューおめでとうって、言いたくて……!」

 

「うん……!」

 

「それで……それで……初めてステージに立った話、いっぱい聞きたくて……!」

 

「うん……話す! いくらでも話すよ!」

 

 滲む視界を、ゴシゴシと袖で拭ってハッキリとさせる。

 

 

 

 時間がないと焦っていた。前に進めている実感が殆どなかった。

 

 それでも。

 

 こんな私を()()()()()()()だと言ってくれる女の子がいてくれるだけで。

 

 それだけで、全てが救われてしまったような気がした。

 

 『ごめんなさい』よりも『ありがとう』と『おめでとう』を何度でも言おう。

 

 

 

 ありがとう、そしておめでとう……未来……私のライバル(ともだち)……。

 

 

 




・良太郎のお悩み相談
実は原作だとこの辺りの話を志保としています。つまり志保の代役。

・『遊び人のリョーさんっていう人物に心当たりあるよね』
(断定)
どうやらこちらの妹も気付いた模様。

・「……パパかt」
関係ないけど未来ちゃんにパパって(ry



 というわけで、未来と静香編終了です! ……文化祭編? なんのこったよ(すっとぼけ)

 良太郎とニュージェネにより両方へのアドバイスが早期に入ったことで原作よりも早い段階で決着が着きました。JCこのみさんなんていなかったんや……。

 今回の一件を気に、未来と静香の仲はさらに進展します。えぇ、進展します(意味深)(そういえばそういう関係書いたことなかったなって)(だがそれがいい!!!)

 次回はホワイトデー記念の恋仲○○シリーズになります! ……え、バレンタイン? なんのこったよ(すっとぼけPart2)

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