ようやくりんとのデート回だよ!
快晴である。ものの見事に雲一つ無い秋晴れの空である。風は秋らしく冷たいが降り注ぐ日光は暖かく、今日は厚手の上着が必要なさそうだった。そんな快晴の日曜日は絶好のお出かけ日和であり、駅前の広場は多くの人々が行き交っていた。家族連れやカップル、友達同士のグループなど、様々な人間模様が見て取れる。
しかし駅前のベンチに座り、絶賛待ち合わせ中の俺にかかってきた電話は何やら雲行きが怪しかった。
「美希ちゃんが練習に来てない?」
『えぇ……』
謝りに行く機会がなかなか訪れず今度直接事務所に謝りに行こうと考えていたりっちゃんからかかってきた久しぶりの電話は、先日合同レッスンを行った一人の少女についてだった。
『念のためアンタにも連絡したんだけど、美希から何か連絡が来てたりしない?』
「残念ながら来てないよ。……美希ちゃんが来なくなった理由に何か心当たりは?」
『それがあの子、頑張れば自分も竜宮小町に入れると思っていたみたいで、その勘違いに気付いたことが原因なんじゃないかと思うんだけど……』
「あー……やっぱり勘違いだったんだ」
『? やっぱりってどういうことよ』
簡潔に、合同レッスンの時の美希ちゃんとの会話の内容を説明する。
「――で、俺も少し変だなと思ってりっちゃんに確認取ろうと連絡したんだけど……」
『一体それがどうなったらあんな悪戯電話になるのよ……』
「いや、アレはマジごめん。直前まで考えてたことが思わずポロっと口から零れ出ちゃって」
人の口に戸は立てられないって言うし! とか普段なら言うところだが、今回は自重する。たった今目の前をナイスな大乳のお姉さんが通って行ったが、当然こちらに集中する。
『私もすぐに切っちゃったし、おあいこってことにしといてあげるわ』
「面目ねえっす」
ともあれ。
「俺からも連絡取ってみるし、見かけたら声かけてそっちに連絡入れるよ」
『悪いけど、お願いするわ』
りっちゃんとの通話を終了し、携帯電話をパタンと閉じる。……昨今スマートフォンやらタブレット型端末などが流行っている中、現在俺が使用しているのは俗に言うガラケーである。もうそろそろ契約期間が終わるし、これを期に買い替えてもいいかもしれない。今日ついでに見に行ってみようか。
まぁそれはともかく。
「……美希ちゃんが、ねぇ」
俺の目から見た美希ちゃんは、非常にやる気に満ち溢れた子だった。自惚れる訳ではないが、それが俺に対する憧れから来るものだということは何となく理解している。そしてその実力は765プロダクションの中でもトップクラスで竜宮小町にだって負けていない。
それなのに、どうして美希ちゃんは竜宮小町に対する強い思い入れがあるのだろうか。何か竜宮小町に入らなければならない理由があったのだろうか。そんなこと、俺は星井美希じゃないので分かるはずが無いのだが。
竜宮小町のことを楽しそうに語る彼女の笑顔が、何か引っかかった。
(……頭を切り替えよう)
もちろん美希ちゃんのことは気がかりだが、その事ばかりを考えていたらわざわざ一日のオフを使って俺を誘ってくれた相手に失礼だ。とりあえず、今はそれらのことは頭の片隅に保留しておく。
さて、今日は一体何なのかというと以前から話していたりんとのお出かけである。夏の終わり頃に誘われて以来ずっと二人のオフが重ならず、今回ようやく実現したのだ。いやマジ長かった。あと仕事の現場で顔を合わせる度にそわそわといつ頃になりそうかと尋ねてくるのが非常に心苦しかった。これも全部周藤幸太郎って奴の仕業なんだ。もしくはゴルゴムかディケイドのせい。
という訳で、いつもの伊達眼鏡と帽子を着用した状態で待ち合わせ時間の三十分前から待機中である。女の子を待たせるとどうなるかは幼少の頃の兄貴と早苗ねーちゃんのやり取りを見ているので、女の子だけは待たせてはいけないというのがポリシーである。まぁ、合同トレーニングの時はアレだったけど。
チラリと腕時計を除くと既に待ち合わせ時間の五分前になっていた。もうそろそろ来てもいい頃ではないかと、今まで背を向けていた駅の入口に向かってベンチに座ったまま振り返る。
「え?」
「あ」
振り返ったその先、というかすぐ背後にりんがいた。以前の結婚雑誌の撮影の時と同じツインテールを降ろした髪。真っ白なワンピースに上着を羽織り、ショルダーバックを肩に下げた姿はまるで良家の令嬢のようにも見える。
そんなりんが何故後ろから静かに近寄って来ていたのかと考えて、以前背後から目隠しをされたことを思い出した。恐らく今回も同じことをしようとしたのだろう。しかしあと一歩というタイミングで俺が振り返ってしまった、と。……つまり前回みたいに「背中にムギュ」があったかもしれないと……何で振り返ったんだよ俺のバカ!
「「………………」」
お互いにどうしたものかと微妙な空気が流れる。こういう場合どう反応したのものか……。
「え、えい!」
反応に困っているとりんがそんな掛け声と共に両手で俺の両目を覆い隠した。
「だ~れだ?」
真っ暗になった視界で、まるで何事も無かったかのようなりんの声が聞こえてきた。
(……何この可愛い子お持ち帰りしたい!)
じゃなくて。
あまりにも可愛い反応に一瞬思考が飛んだ。割と普段からぶっ飛んでいる思考だが今のは間違いなく飛んだ。
さて、こんな可愛い反応をされてしまったのだから、俺も紳士的な対応をしなければならない。
「この背中に広がる柔らかさは、りんだな!」
「今回は当たってないよ!?」
しかし口から出た言葉は願望を含んだ妄想的な何かだった。りっちゃんとの電話での反省が全く生かされていなかった。何と言うか、これはもはや呪いなんじゃなかろうか。もしくは兄貴が言っていたギャグ補正がかかった作為的な何か。
ぱっと手を離したりんはずさーっと後ずさる。その顔は真っ赤に染まり、胸を隠そうとしているのだろうが当然のごとくはみ出ている。眼福眼福。
「よっ、りん。おはよう」
「お、おはよう。……何事もなかったかのように話進めちゃうんだ……もう、女の子に向かってそういうこと本当は言っちゃダメなんだからね?」
「おう、大丈夫大丈夫」
「凄い目線泳いでるけど」
心当たりがありすぎてどうにも……。
何はともあれ、仕切り直すことにする。
「改めておはよう、りょーくん。ゴメンね、待たせちゃった?」
「全然。りんとデート出来るならこれぐらい安いもんだよ」
世の中には車を売ってでもりんとデートしたいと思う野郎はいくらでもいるだろうし。
「えへへ、ありがとう。それじゃあ、今日は一日よろしくお願いします」
「おう、任せておけ」
りんと並んで駅前の商店街を歩き始める。俺達のデートは、これからだ!
とまぁ、そんな変な打ち切りフラグはともかくとして、デートである。
本日の予定としてはまず映画を見に行き、昼食を食べた後にりんの秋冬物の服を見に行くというのが簡単な流れである。そして先ほども少し触れたが俺が買い替えるスマートフォンを見に行く予定も追加された。ここまでくれば相手の自分に対する好感度がどうであれ十二分にデートと呼んで差し支えないだろう。流石にここまで来てこれをただのお出かけ呼ばわりするつもりはないぞ。月村とのデートを「デート? いや、ただ一緒に買い物に行っただけだ」などと抜かしおる二年前の鈍感野郎とは違うのだよ! 鈍感野郎とは!
なお好感度云々に関しては、高いことは何となく分かるのだがイマイチその方向性は分からない。多分、仲のいい男友達ぐらいだとは思うのだが。
「……ん? 何? アタシの顔に何か付いてる?」
「あ、いや、何でもない」
「ふーん? それで、今日は何の映画見に行くの?」
「『
「スプリングフィールド夫妻が主演のアレ? 丁度見たかったんだよねー!」
俳優のナギ・スプリングフィールドと女優のアリカ・スプリングフィールドのハリウッド夫妻が主演のこの映画は以前から話題になっていた。俺も以前来日時の先行上映の時に本人から誘われていたのだが、仕事の都合で行けなかったため今回丁度いいと見に行くことにしたのだ。
その事をりんに話すと、酷く驚かれた。どのくらい驚いたのかというと、コーヒーショップで買ったカフェラテを危うく噴き出す寸前だったぐらいだ。こらこら、美少女がはしたない。
「え!? りょーくん、スプリングフィールド夫妻と知り合いだったの!?」
「俺だけじゃなくて、麗華もだぞ。ほら、だいぶ前の何とかっていうパーティーだし、知り合ったの」
何のパーティーだったかは覚えていないが、世界中のセレブや芸能人が一堂に会する集まりで知り合いの社長に招待されたのがきっかけだった。そこで社長令嬢として参加していた麗華と会い、スプリングフィールド夫妻や様々な有名人と知り合いになったのだ。
「そ、そうだったんだ、りょーくんもあのパーティーに行ってたんだ。……聞いてないわよ、麗華」
「っ!?」
一瞬りんの方から凄く低く冷たい呟きが聞こえて来たような気がしたが、当のりんはニッコリと笑顔だったので気のせいだったということにする。たまには「え? 何だって?」という鈍感野郎でもいいと思いました。
おまけ『ともみさんが行く!』
「っ!?」
「? どうしたの、麗華」
「い、いや、ちょっと寒気がしただけよ。それより、今日はりんの奴、良太郎と出かけてるんだっけ?」
「うん。昨日散々楽しそうに話してたし」
「全く、あいつらはホントにアイドルとしての自覚があるのかしらね」
「あの二人ほどアイドルとしての自覚があるアイドルはいないと思うけど」
「それで? 完全オフの日にアンタは何で本社のレストルームにいるのよ。何処か出かけたりしないの?」
「今から出かけるつもり。リョウがよく差し入れに持ってきてくれたシュークリームを売ってる『翠屋』っていう喫茶店に行ってみる。麗華も行く?」
「私は午後から用事があるから遠慮しておくわ。でもお土産のシュークリームだけはお願いしておくわ」
「分かった」
「でも急ね。何かあったの?」
「……別に」
「?」
つづく……?
・ものの見事に雲一つ無い秋晴れの空
ちょっとプロットを見直していたら季節が完全に間違っていたことが判明。でもまぁ直すのもアレなのでこのまま行きます。サザエさん時空的なアレだということでよろしくお願いします。
・昨今スマートフォンやらタブレット型端末などが流行っている中
アニマス放送時は既にスマフォが普及していた、というか作者もスマフォだった。なのに全員ガラケーだったのは何故だろうかというちょっとした疑問。
・これも全部周藤幸太郎って奴の仕業なんだ。
「何だって! それは本当かい!?」
なお本編でそんな言葉は一度もなかった模様。
・もしくはゴルゴムかディケイドのせい。
「おのれゴルゴム……ゆ”る”ざん”!」
「おのれディケイドォォォ!」
・(……何この可愛い子お持ち帰りしたい!)
非売品です。みんなで愛でましょう。
・「この背中に広がる柔らかさは、りんだな!」
紳士的対応()
・世の中には車を売ってでも
売っちゃったホンダのオデッセイ
・「デート? いや、ただ一緒に買い物に行っただけだ」
鈍感系主人公のテンプレの反応。ナ、ナルシストでもない限り普通こういう反応ですし(震え声)
・多分、仲のいい男友達ぐらいだとは思うのだが。
良太郎は好感度は分かるけどそれがライクなのかラブなのかの区別がついていません。
・スプリングフィールド夫妻
ナギ・スプリングフィールドとアリカ・アナルキア・エンテオフュシア。『魔法先生ネギま!』の主人公ネギ・スプリングフィールドの両親で、最強の英雄と亡国の王女。
この世界ではイギリスが生んだ超大物俳優と女優。一人息子もちゃんといる模様。
・「え? 何だって?」
難聴兄貴おっすおっす。
・おまけ『ともみさんが行く!』
つづく(続くとは言っていない)
ついにやってきたデート編です。満足いってもらえるように頑張ります。
あと全くの余談ですが、先日仮面ライダーとプリキュアの映画を見に行ってきました。一人で。……なんかもう、この年になると割と色々吹っ切れますね。久しぶりに喋る六花たんが見れて大満足でした(小並感)。自分もフランケンシュタイナーがされたかったです(願望)。