それは、あり得るかもしれない可能性の話。
いきなりだが、海である。
白い砂浜と青い水面、見上げれば白い入道雲と青い空。そんな青と白のコントラストを焼けるような太陽の輝きが照らす中、俺は海パンにパーカーを羽織りサングラスをかけながら、簡易テントを広げて拠点作りに勤しんでいた。
「……どうやら、今度は時系列バッチリみたいだな」
以前これが掲載されたときは年末で季節感ガン無視だったよなぁ、というよく分からない電波を受信した。暑さに少々やられたかもしれない。
とりあえずテントの設置も終わったので冷たいミネラルウォーターのペットボトルを取り出して蓋を開ける。そのまま上を向いて中身を呷ろうとしたのだが――。
「どーんっ!」
――そんな底抜けに明るい少女の声と共に背後から勢いよく強襲され、口ではなく顔面から水分を補給する羽目になった。
「おまたせー! 更衣室けっこー空いててラッキーだった! って、アレ? りょーちゃんビショビショだけどどーしたの?」
「……いや、ちょっと暑かったから水被っただけ。熱中症が怖いからね」
顔面から水を被れば当然サングラスは濡れる。拭こうと思いサングラスを外そうとしたのだが、視線が集まっていることに気が付いて中断した。周藤良太郎だということがバレたわけではなく、恐らく金髪碧眼ギャルに現在進行形で抱き付かれて水着という薄布一枚に覆われた大乳と密着していることに対する嫉妬や好奇心の視線だろう。
これだけの視線を浴びれば居心地が悪くなったり恥ずかしくなったりするのが普通の反応だが、生憎これ以上の視線を一身に浴び続けてきた俺にとっては爪の先ほども気にならない。寧ろ背中にムニムニと押し付けられている柔らかで張りのある膨らみの方が気になりすぎてヤバい。
このまま幸せな感触を味わい続けたい衝動を抑え、とりあえず背中に抱き付いていた少女に離れてもらおう。
「抱き付くことに関して一切文句はないんだけど、とりあえず離れようぜ?」
「ん~……ヤダッ!」
346プロに所属するアイドルであり俺の最愛の恋人でもある大槻唯は、ニパッと笑った。
ヤダと言いつつも唯はすぐに離れてくれたので、俺たちに向けられる視線はある程度減った。あとは唯に向けられる野郎共の視線が残っているが、男としてその気持ちは分からないでもないのでそれぐらいは認めてやろう。俺も唯も基本的には見られるのが仕事。この程度を気にしていたらやってられないのだ。
「りょーちゃん、どぉどぉ? こないだ美嘉ちゃんや奏ちゃんと買いに行ったおニューの水着だぜぃ」
そんな浜辺の野郎共の視線を釘付けにする唯が身に付けているのは、カラフルな三角ビキニ。下はその上からホットパンツを履いているが、とにかく上半身の肌面積が多い。小柄な体型にも関わらずその大乳の迫力は凄まじく、本当に奏の奴よりもバストサイズが小さいのか疑問に思うほどである。もしかして逆サバを読んでいるのでは……?
「凄い似合っててずっと見てたいぐらい。でも唯、ラッシュガードはどうしたよ」
要するにそのまま水に濡れても大丈夫な上着のことだが、それらしきものを唯は持っていなかった。
「忘れちった!」
「その辺りもうちょっと気にしようぜアイドル……」
「でも日焼け止めちゃんと塗ってきたからダイジョーブダイジョーブ!」
何やら一枚絵が挿入されるレベルの大きなイベントのフラグが彼女自身の手で叩き折られていた。ほんの少しばかり期待をしていただけにガッカリ感が大きい。
「そんなことよりりょーちゃん! かき氷食べたーい!」
「いきなりだな」
文字通り『突然』と『まだ来たばかりだろう』という二つの意味でのいきなりである。
しかし別段断る理由もないので、近くの海の家に買いに行くことにする。
「ゆいイチゴが食べたい!」
「りょーかい。んじゃ買ってくるから、テントの中で待っててくれ。いいか? ナンパには気を付けろよ? 声かけられてもちゃんと『彼氏がいるから』って断るんだぞ? 何かされそうになったら直ぐに大声出せよ? あと一応これ持っとけ」
「……なんかりょーちゃん、お父さんみたい」
念のため持ってきていた防犯ブザーを手渡すと、何故か唯は呆れた様子で半目になった。
「そんだけお前のことが大事なんだよ」
唯は見た目が派手なので誤解されやすいが、その実純真で良い子なのだ。だから、というには語弊があるかもしれないが、とにかく俺はこの大槻唯という少女の恋人で居続けたいし、これから先ずっと守っていきたいのだ。
「……そっかそっか、りょーちゃんはゆいのこと大事なのかー」
すると唯はニコニコとご機嫌な笑顔に変わった。
「それじゃ、絶対にナンパされないおまじないやっとこーか」
「えっ、何それそんなのあるの?」
「ちゅっ」
一体何なのかという問いに対する答えは、唯からの口付けという形で返ってきた。啄むような一瞬のバードキスだったが、彼女の柔らかい唇を感じるには十分だった。
「……はい、これでもうゆいはりょーちゃんだけの女の子だよ」
「………………」
そんな可愛いことをされてなお、信じれないようでは恋人として失格である。逆に『こんなに可愛い女の子がナンパされないはずがない』という考えも浮かんでくるが……今は断腸の思いでこの場を離れることにしよう。
最後にギューッと彼女の体を抱きしめてから、俺はかき氷を買いに海の家へと向かうのだった。さっさと買ってくることにしよう。
「結局遅くなっちまった……」
買いに行った海の家が何やら店員不足だったらしく、結構待たされてしまった。ようやくイチゴと宇治金時のかき氷を購入し、唯が待ってくれているテントへと急いで戻る。離れる前に色々とやったものの、やっぱりナンパをされていないかどうかが不安なわけで……。
「……あれ?」
そして予想通り、唯が待つテントの前には三人ほど人がいたのだが……全員女の子だった。これはまた華やかなナンパ……いや、女の子のナンパだから逆ナンになるのか?
とりあえず緊急性はないと判断し、やや余裕が出来た頭でそんなどうでもいいことを考えながら近づいていくと、だんだんと彼女たちの会話が聞こえてきた。
「うわー! 顔ちっちゃい!」
「本物の唯ちゃん、超カワイイー!」
「私たち、大ファンなんです!」
「えへへ、ありがとー!」
水着姿の女の子三人に褒められ、テレテレと笑う唯。どうやら唯のファンらしく、女の子四人がキャッキャしている光景が太陽と同じぐらい眩しかった。そんな中に入っていくのは若干躊躇われる気もするが、生憎女の子ばかりの業界で長年生きてきた身としてはこれぐらいで怯む俺ではなかった。
「……って、ダメだろ」
変装状態の俺の正体が『周藤良太郎』とバレることはないだろうが、例えそうだとしても『アイドル大槻唯が男と二人で海に来ている』という事実自体がマズすぎる。スキャンダル待ったなしだ。
これは女の子たちが立ち去るまで、何処かで時間を潰した方がいいかな。そう考えて、その場を立ち去ろうと――。
「……あっ、りょーちゃん! 遅いよー!」
――した俺を唯が呼び止めた。パァッと先ほどよりも明るい笑みを浮かべてブンブンとこちらに向かって手を振っているため、女の子たちもこちらに気付いてしまった。
「? もしかして、あそこのかき氷持ってる人ですか?」
「あの人って……」
「うん! ゆいの彼氏!」
「「「彼氏っ!?」」」
そしてなんの躊躇も無くトンデモナイ爆弾に火を点ける唯。
(あぁ……これは関係各所から怒られる奴だな……)
唯と恋人になったことに対して勿論後悔はないが、それでもこれから起こるであろう大騒動に思わずため息が零れた。
「……っていう、設定!」
「「「……せ、設定?」」」
……ん?
「そーなの! 今ねぇ、雑誌の企画で『彼氏と海デート』中の撮影中なんだ! 自然にしてるところを撮りたいらしいからカメラさんは近くにいないの!」
今は休憩中だけどねーと笑う唯に、俺は思わず「成程」と心の中で膝を打った。これで後は俺がただの男性スタッフということにすれば、とりあえずこの場は凌げるはずだ。
女の子たちもその説明に納得してくれたらしく、唯に向かって「撮影頑張ってねー!」と手を振りながら去っていった。俺もそれで安心して唯の下に戻れる。
「お帰り、りょーちゃん」
「ただいま。……さっきのは肝が冷えたぞ」
「暑いからちょーどいいんじゃない?」
「ゆーいー?」
「ジョーダンだってばー! 怖い声出しちゃイヤー!」
ケラケラ笑いながら俺の頬を人差し指で突いてくる唯に買ってきたイチゴのかき氷を渡し、彼女の隣に腰を下ろして宇治金時にストローのスプーンを突き刺した。
そんな俺に唯はぺとっと密着するように体を寄せてくる。露出の多い水着を着ている上にテントで日陰になっていても暑いものは暑いので、俺の二の腕に触れる唯の二の腕も汗ばんでいた。
「ん~! やっぱり夏と言ったらこれだよねー! はい、りょーちゃんにも一口あげる!」
あーんとスプーンを差し出されたので、ありがたく頂く。かき氷のシロップは基本的に全て同じ味らしいが、それでも香料と見た目はちゃんとイチゴだった。
「りょーちゃんの抹茶味もちょーだい!」
「宇治金時な。はい」
今度はお返しに俺が食べさせる。唯が目を瞑って口を開けている光景がなんとも煽情的だったが、グッと我慢して宇治金時を食べさせた。
「こっちも甘くておいし~!」
その後、胸元に氷が落ちて「りょーちゃんが取って?」と悪戯っぽく唯に対して俺が躊躇なく氷を取ることで逆に赤面させるなどといったイベントもあったが、二人で楽しくかき氷を食べ終える。
「ねぇねぇりょーちゃん、唯の舌、赤くなってる?」
ベーと舌を突き出す唯。彼女の舌はシロップの染料によって普段よりも赤色になっていた。
「なってるなってる」
「……それじゃあさ……りょーちゃんも舌、赤くしてみない?」
そう言って、唯は妖艶に笑った。そのまま再び目を瞑り、俺に向かって舌を突き出してきて……。
「……それ、誰の入れ知恵?」
「奏ちゃん」
あのキス魔! 俺の唯に変なこと吹き込むんじゃないよ! 危うく人目を憚らずにディープな奴をするところだったわ!
「でも……りょーちゃんとキスしたかったのは、ホントだよ?」
コテンと俺の肩に頭を乗せ、上目遣いで見上げてくる唯。
しっとりと濡れた唇が蠱惑的で……。
「……ん?」
……しかし、微かに聞こえてくるキャーキャーという声に顔を上げた。
見ると、先ほどの女の子が遠巻きながら俺たちの様子を見ていた。
「……唯がああいうこと言うからー」
「ゆいのせいー!?」
「ジョーダンだってばー」
先ほどの遺恨返しだとばかりに唯の鼻を摘まむ。
「今日一日、キスはお預けだ。でも、それ以外の事で存分にイチャイチャしようぜ」
「……うん!」
一瞬だけ残念そうな顔をした唯だったが、立ち上がってから手を差し伸ばすと嬉しそうに俺の手を掴んで立ち上がった。
(ねぇ、りょーちゃん、知ってる?)
りょーちゃんはゆいのことをナンパされないか心配してくれてたけど……ゆいもりょーちゃんのこと、心配してるんだよ?
――ねぇねぇ、さっきのサングラスの人、カッコよくなかった?
――声かけてみるー?
――ヤダ、逆ナンー!?
さっきの女の子たち……去り際のりょーちゃんを見て、そんなこと言ってたんだよ?
トップアイドルの周藤良太郎は、ステージから降りても人気なのだ。だから、りょーちゃんが心配してくれているのと同じぐらい、ゆいもりょーちゃんのことが心配なのだ。
心配させてゴメン。でも、アタシも同じだから……オアイコだよね?
「りょ~ちゃん!」
「なんだ、ゆい――」
振り返ったりょーちゃんの唇を奪う。角度的にはあの女の子たちには口元は見えていないだろうが……それでも、黄色い声は聞こえてきた。
「ゆ、唯……!?」
珍しく動揺した声を出すりょーちゃんが可愛くて――。
「……大好きだよ、りょーちゃん!」
――とても、幸せ。
・周藤良太郎(21)
基本的に現在と変わらないが、若干大人な立ち振る舞いを(奇跡的に)会得している模様。
・大槻唯(18)
性格上かなり押せ押せに良太郎を射止めた金髪ギャル。
年下であることに加え、適度に良太郎へ我儘を言って甘えることで、良太郎が若干落ち着く要因になった。
・「……どうやら、今度は時系列バッチリみたいだな」
これを挙げた当時は、12月30日31日というガチで真冬だった。
・カラフルな三角ビキニ
【サマータイム☆ハイ】特訓前の水着。これがフィギュア化とか……たまんないっすね!
・ラッシュガード
別名『二次創作絵殺し』
・啄むような一瞬のバードキス
※加筆修正前はガッツリちゅーしてました。
・「……それ、誰の入れ知恵?」
キス関連の事柄は大体この人のせいにしておけばいいという風潮。一理ある……ない?
復刻恋仲○○第二弾は唯ちゃんでした!
以前はフェス限唯ちゃんこと【ソル・パライソ】のお迎えを祈願するために書いた短編でした。懐かしいな……当時はまだ天井なんてなかったからなぁ(白目)(余裕の天井突破)
ただそのフェス限唯ちゃんがきっかけとなり、自分は唯ちゃんの担当にもなったわけです。
というわけで唯ちゃんの延長戦が終わったので、次回からは本編……さらにアニメ展開へと戻りつつ、文香&ありす回です!