「………………」
「おーい、何キョロキョロしてんだよ」
「あ、ご、ごめん!」
初めてのライブハウスが物珍しくて色々と見ていたら、スイスイと前を歩くジュリアから少し遅れてしまった。小走りで追いつくと、ジュリアに何をやってるんだという目で見られてしまった。
「いくら初めてライブハウスに来たからって、そんなに物珍しいものなんてねぇだろ」
「そ、想像してたよりも意外と明るい雰囲気で……って、べ、別に初めてだなんて言ってないでしょ!? (一応)ロックアイドル(予定)の私がライブハウス初めてだなんてこと……!」
「あーやってライブハウスの階段の前を数分ウロウロしてた奴が慣れてるわけないだろ?」
「……み、見てたの?」
「面白そうだったからちょっと眺めてた」
うわ恥ずかしいっ!
「肩の力抜けよ。別にお前を取って食うような奴なんか……たまにいるかもしれないけど」
「いるのっ!?」
「冗談だよ。まぁたまに本当にドぎついやつらもいるけど……安心しろって。今日はお前も知ってるアイツだ。そんな変な奴らいねぇよ」
どうやら揶揄われたらしく、苦虫を噛みしめたような気分になっているとジュリアはケラケラと笑った。
「もう始まってるみたいだな。……開けてみな。ここから先が『ロック』の世界だぜ」
ジュリアが親指で示した分厚い防音扉に視線を向ける。その向こう側からは、防音扉をもってして消しきれない重厚な音が響いてきた。
ジュリアに顎で促され、観音開きのその扉に両手を添える。グッと力を込めて扉を押し開けると、聞こえていた音がハッキリとしたものに変わり、ボーカルの声が――。
『万来の拍手を送れっ! 世の中のボケどもおおおぉぉぉ!』
――そっと扉を閉めた。
「……えっと」
「……スマン、間違えた」
だよねっ!? 焦った! CDで聞いてたなつきちの曲のイメージと全く違うから焦った! そもそも今の男の人だったしっ!?
気を取り直し、別の扉へ。
「今度こそ大丈夫だよね……?」
「安心してくれ、ちゃんと確認したから」
さっきも確認すればよかったのに……と思いつつ、意を決して再び扉を押し開けた。
聞こえてきたのは、女性の声。それは最近CDでずっと聞き続けていた声。掻き鳴らされるギターの音、叩き付けるようなドラムの音。それらに負けることのない力強いシャウトは紛れもなく、なつきちのものだった。
『――っ!』
「……わぁ……」
それは意図せず口から漏れ出た私の声だった。
初めて聞いたなつきちの生の歌声は、CD聞いていた声とも、ましてや初めて会って会話したときの声とはまるで違った。それは紛れもなく、ミュージシャンの声だった。
「………………」
我ながら口が半開きとなった私に対し、ジュリアは何も言わなかった。いや、もしかしたら何か言っていたのかもしれない。それが分からないぐらい、すぐ隣に立っているはずのジュリアの行動を全く把握できていないぐらい、ステージの上のなつきちに意識を持っていかれていた。
ステージのなつきちに向かって歓声を上げる観客たち。それに応えるように歌うなつきち。そんななつきちを後ろから支えるバンドメンバー。全てが一体となっているかのような錯覚に陥るが、しかしその全てがなつきちを中心にしていることも分かる。
これ以上、上手く説明できない自分の語彙力が悔やまれる。でもきっと、ロックを言葉にして表すのは難しく、そしてその行為自体も既にロックじゃない。今こうして肌で感じる音そのものがロックで……違う、そんなことを考えるために私はここに来たんじゃない。
私がここに来た、その理由は勿論――。
「~っ!」
――ただなつきちの……木村夏樹の奏でるロックを感じることだ。
「………………」
演奏が終わり、なつきちは舞台袖へと消えていった。
そんななつきちに向かって声援を送る観客たちだが、一方の私はなんの言葉も発せなかった。声が出せないわけではない。確かに大声を出しすぎたが、それで声が枯れるほどではない。これでも一応アイドルなのだ。
理由は簡単、惚けていたのだ。初めて生で聞いたロックの迫力に。
「……よし、んじゃ行くか」
「……え?」
親指をクイッと向けるジュリアが何を言っているのか分からず、思わず聞き返してしまう。
「えっと……帰るってこと?」
「お前がそれでいいならいいけどよ。……ここはテレビ局だとかコンサート会場なんてお堅い場所じゃねぇ。あたしたちとアイツは知り合いなんだし、少し話せば裏ぐらい入れるんだぜ?」
「……あっ」
裏に入る、という言葉の意味を考え、そしてようやく理解する。
「折角来たんだ、夏樹の奴に会っていこうぜ」
ライブハウスの舞台裏は、私が思っていた以上に簡単に入ることが出来た。というかライブハウスのスタッフの人とジュリアが知り合いで、さらになつきちとジュリアが知り合いだということを知っている人たちばかりだったので、ほぼ顔パスのような形だった。
……なんかこういうのカッコいいなぁとか、少々思ってしまった。
「よう、夏樹」
「ジュリア、久しぶりだな」
なつきちは舞台裏の通路の壁にもたれかかり、ペットボトルの水を飲んでいた。
「来てくれたのか」
「最近来れてなかったからな。それより、あたし以上にアンタに会いたい奴が一緒だぜ?」
「ん? ……おっ、だりーも来てくれたのか? サンキューな」
先にジュリアに意識が向いていて私に気付いていなかったなつきちだったが、私の姿を見るなり額の汗を光らせながらニカッと爽やかな笑みを浮かべてくれた。
「え、えっと、すっごい良かった! サイコーだった!」
なつきちに直接会ったら色々と伝えたいことがあった。しかし私の言葉ではそう表現する以外に方法が無かった。
「ははっ、ありがとよ。にしても、ジュリアとだりーが知り合いだったとは思わなかったぜ」
「李衣菜がCDデビューする直前にちょっとした縁があってな……って、だりー?」
「あぁ、アタシが付けたあだ名。イカしてるだろ?」
「へぇ、いーじゃん、だりー。あたしもそう呼ぼっと」
「えぇ!?」
なつきちに続いて、ジュリアにもそれ呼ばれるの!?
「そ、それなら私だってジュリアにあだ名付けるからね!」
「へぇ? なんて?」
って、よくよく考えたらジュリアは芸名なんだっけ……? というか、そもそも本名知らないし……。
「……じゅ、じゅりきち?」
「「アウト」」
「なんでっ!?」
にべも無く袖にされてしまった。
「いや、なんつーか……」
「
「この世界っ!?」
「というか、流石に連続で『きち』付けただけは安直だろ、だりー」
「そうだぞ、もうちょっと捻ってくれ、だりー」
「うわーんっ!?」
「だから、一回一回のライブを大切にした方が良いと思うにゃ。今度のライブは……李衣菜ちゃん?」
「……え?」
資料室でのいつものアスタリスク作戦会議。最終的に言い争いになることも多いが、基本的に李衣菜ちゃんも積極的に意見を出してくれるのでみく的には有意義なものだと思っている。
しかし、今日の李衣菜ちゃんは最初から何処か上の空だった。
「ごめん、聞いてなかった……」
「……最近ぼんやりしてるよね? もしかして悩み事? なら言って欲しいにゃ! 力になりたいにゃ!」
「だ、大丈夫! 全然、悩みとかじゃないから!」
「……ホント?」
「ホントホント! ちょ、ちょっと眠かっただけだから! す、少し歩いて目ぇ覚ましてくるね? ゴメンね?」
そう言って、李衣菜ちゃんは苦笑しながら資料室を出て行ってしまった。
「………………」
「うーむ、最近李衣菜ちゃん、ずっとあんな感じだよねー」
李衣菜ちゃんが出て行った扉を見ていると、未央ちゃんがそう話しかけてきた。確かに、みくもそんな気がしていた。もしかして、本当に悩みでもあるんじゃ……。
「女子高生が持つ悩みの種って言えば、第一候補は勿論アレでしょ! アレ!」
「にゃ?」
何故か自信満々な未央ちゃん。女子高生が持つ悩みの第一候補……?
「もっちろん! 恋の悩みだよっ!」
「……はぁ」
「何故そこで露骨な溜息!?」
いやだって……ねぇ?
こういうのはそっちの管轄でしょという視線をニュージェネのツッコミ担当に向けるが、彼女はまるでこちらのことを気にする様子も無く、卯月ちゃんと一緒に菜々ちゃんが淹れた紅茶を飲んでいた。
みくも菜々ちゃんが淹れてくれた紅茶を一口飲んで……。
「李衣菜ちゃんだって華の女子高生だよ? みくちゃんが良太郎さんに懸想しているみたいに、李衣菜ちゃんだって……」
「「「ぶふっ!?」」」
思わずアイドルがやってはいけない絵面になってしまったのは仕方がないことだった。
「り、凛ちゃん、大丈夫ですか!?」
「ミ、ミナミ!? いきなりどうしましたか!?」
何故かみく以外にも飛び火している様子だったが、今はそれどころではない。
「い、一体どういうことにゃっ!?」
「えー? だってみくちゃん、良太郎さんのこと好きなんじゃないの?」
「それはあくまでもアイドルとしてにゃ! 恋愛感情なんてないにゃ!」
「またまたぁ~」
うわウザい……!
「そ、そういう未央ちゃんはどうなのにゃっ!? そういう風に話を振ってくるなんて、実は未央ちゃんも良太郎さんのこと好きでも不思議じゃないにゃ!」
「んー? いや、私はどっちかというと、良太郎さんよりは冬馬さん派だし……」
「ぶふっ!?」
「卯月っ!?」
未央ちゃんを炎上させようかと思ったら、また別の場所に飛び火した気がする。
それはともかくとして、やっぱり李衣菜ちゃんは何か悩んでるようにしか思えない。
……もしかして、みくが李衣菜ちゃんのやりたくない仕事を無理強いしすぎたから!?
「……みく」
「り、凛ちゃん! 凛ちゃんは、李衣菜ちゃんのこと何か……」
「……良太郎さんとそういう関係になりたいなら、まずは私の面接を受けてもらうよ」
「凛ちゃんは一体良太郎さんの何ポジなのにゃ!?」
「み、未央ちゃん! あああ、天ヶ瀬さんとそそそそういう関係になりたいなら、ま、まずは私の面接を……!」
「しまむーは本当に冬馬さんの何ポジなの!?」
結局資料室が
「……大丈夫、私は違う、私は違う、私は違う、私は違う……」
「パマギーチェ! ミナミが、ミナミが……!?」
「へぇ、秋の定例ライブでお披露目か」
「他にも数ユニットデビューさせる予定だが……まずは、君たち三人……木村夏樹、
「ふーん……まぁ、アタシはご機嫌なステージが出来ればいいけど?」
「私も……ライブが出来たら嬉しいぜ……燃えるような奴とな……」
「オッケー。喋ってても始まらねぇし、早速セッションといこうぜ! とりあえずスタジオを抑えて……」
「その必要はない」
「……え」
「楽曲も衣装も全てこちらで用意する。音楽・ビジュアル含め、一流のスタッフだ」
――安心してくれ、成功は私が保証しよう
・『万来の拍手を送れっ! 世の中のボケどもおおおぉぉぉ!』
(うっとり)
ちなみにお気づきの人もいるだろうが、サブタイトルの元ネタでもある。
・じゅりきち
765プロの事務所でクシャミをする事務員がいたりいなかったり。
・「まずは私の面接を受けてもらうよ」
・「凛ちゃんは一体良太郎さんの何ポジなのにゃ!?」
※妹ポジ
・「ま、まずは私の面接を……!」
・「しまむーは本当に冬馬さんの何ポジなの!?」
※謎ポジ
・松永涼
『アイドルマスターシンデレラガールズ』の登場キャラ。クール。
クール系ロック女子で、実はお嬢様な18歳。
実はこの子がジュリアポジに付く案もあった。しかし『リョウ』か……色々と被るんだよなぁ……。
『性格改変されてるのに、常務がアニメと同じことするのおかしくない?』と思われる方もいらっしゃるでしょうが、その辺は全部第五章ラストに投げ飛ばします。
というわけで、久しぶりに第五話突入です。流石に次で終わるはず……。
『どうでもいい小話』
夏樹→アタシ ジュリア→あたし 涼→アタシ
口調が似てるから、全員いっぺんに喋る機会があったら大変なことになりそう……。