『歌姫』とは一般的に歌が上手い女性を指す言葉なのだが、それはアイドルの世界では少し意味合いが変わる。
それは
アイドルとしては第一線を退きつつも今なお一人目の歌姫として名前が挙がる『
モデル出身という経歴が信じられないほどの類い稀な実力を僅か一年足らずで示してみせた『
そしてあの『世紀の歌姫』ティオレ・クリステラからも称賛され、今やアイドルとしての枠すら超えて日本を代表する歌手になりつつある『
それが彼女、765プロダクションの如月千早だった。
「き、如月千早さん……!?」
「わわわ、本物!?」
「な、なんで……!?」
ざわつくプロジェクトのみんな。春香さんには少々失礼だとは思いつつ、それでも日本を代表するアイドルであり歌手でもある彼女の登場には私も驚きを禁じ得なかった。
「私と千早ちゃんのお仕事がこの近くであったから、懐かしくなって寄ってみたんだ。でもまさかみんなもここで合宿してるとは思わなかったよー」
そう言ってニコニコと笑う春香さん。確かに、たまたま私たちが合宿している僅か五日間の間にたまたま春香さんたちが立ち寄るなんて、凄い偶然である。定例ライブの際に話題に上がった『アイドルはアイドルと惹かれ合う』という言葉も、あながち冗談ではないような気がしてきた。
「ごめんなさい、自己紹介がまだでしたね。765プロダクションの如月千早です」
「は、はい! 346プロダクション、アイドル部門シンデレラプロジェクト所属『LOVE LAIKA』の新田美波です」
「勿論知っています」とは言えず、先輩からしっかりと自己紹介をされてしまった以上私もしっかりと返事をする。私に続き、他のプロジェクトメンバーも一人一人自己紹介を返す。
「『new generations』の本田未央です!」
「同じく、渋谷凛です」
「お、同じく、島村卯月です!」
「……そっか、貴女たち三人とは私も初めましてだったね。天海春香です、よろしくね」
「「「よ、よろしくお願いします!」」」
唯一定例ライブの際に出演者側だったために観客席にいなかったニュージェネの三人だけが、どうして私たちが春香さんと面識があるのかが分かっておらず首を傾げていた。
(成程……この子たちが『良太郎さんの妹分』と『天ヶ瀬さんが気にかけてる子』と『恵美ちゃんたちの友達』か。ふふっ、こうして改めて羅列してみると、凄い三人組だなぁ)
そして何故か春香さんがクスクスと笑うものだから、余計に三人は首を傾げていた。
「そーだ! 春香ちゃんにみりあたちのレッスン見てもらおうよ!」
「えっ!?」
すると突然みりあちゃんがそんなことを言い出した。
「それで、みりあたちの何処を直せばいいのか教えてもらうの!」
「み、みりあちゃん、流石にそれは……」
「うん、いいよ」
「えっ!?」
春香さんたちにも都合があるから……と言おうとした矢先に、春香さんが快諾してしまった。
「で、でもいくら顔見知りとはいえ他事務所の方にレッスンを見てもらうわけには……」
「あはは、気にしないでください。先輩にしてもらったことは、ちゃんと後輩に返してあげないといけませんから」
「せ、先輩に……?」
「それに、本当のアイドルには事務所の垣根なんて無いんですよ?」
「……?」
「千早ちゃん」
「えぇ、私は大丈夫よ」
それは一体どういう意味なのだろうかと問う暇も無く、春香さんは千早さんの許可を取ると靴を脱いで運動場の中に入っていった。……途中、段差に躓いて転びそうになったことに関しては触れないでおこう。本当に普段からこれなのか……。
「ごめんなさい、練習にお邪魔する形になってしまって」
「い、いえ! そんなこと! 寧ろ私たちのためにお時間を割いていただきありがとうございます!」
みんなが春香さんの元へ集まる中、私はまだ靴を脱ぐことすらせずに運動場の入り口で千早さんといた。
「えっと、千早さんは……」
「……ごめんなさい。私、春香ほどダンスも人に教えるのも上手くないから……」
「あっ、いえ、そうじゃなくて……」
すまなさそうな表情を浮かべる千早さんに、慌てて手を横に振る。
「先ほど春香さんが仰られたこと、どういう意味なのかな、と……」
「……『本当のアイドルには事務所の垣根なんて無い』?」
「はい。あと『先輩にしてもらったことは、ちゃんと後輩に返してあげないと』というのも」
未央ちゃんに振り付けを見せてもらいながら早速改善点を指摘する春香さんに視線を向ける。
春香さんの言葉が指す『後輩』というのが私たちならば、彼女にとっての『先輩』というのは……。
「去年ここで合宿をしたときに、私たちもアイドルの先輩にレッスンを見てもらったんです」
そう話す千早さんの視線は、765プロの皆さんの色紙の隣に飾られた色紙に向けられていた。
「これはその時に一緒に書いたサインです」
「周藤良太郎さんと天ヶ瀬冬馬さんに……」
「えぇ、良太郎さんに」
「……?」
何やら違和感というか、千早さんの笑顔がやや怖いというか。
「……えっと、天ヶ瀬冬馬さんは」
「誰のことでしょうか」
「えっ!?」
「えぇ知りません。未だにちょくちょく連絡を取ったりして春香の気を引こうとしている鬼ヶ島羅刹なんてアイドルを私は知りません。あら、良太郎さんのサインの下に何か大きな汚れがありますね」
塗り潰しちゃおうかしらと言いつつ取り出したサインペンの蓋を外す千早さんの笑顔が怖かった。
「まぁ冗談はさておき」
(じょ、冗談……?)
「その時は123プロの新人アイドルを私たちがお預かりしていたから、という理由もありましたけど……それでも、きっと良太郎さんなら事務所の違いなんて関係なかったと思います」
そう言いながら笑う千早さん。
「……あ、あの……」
そんな千早さんの言葉が、私には腑に落ちなかった。
「周藤さんは……本当に凄いアイドルなんですか?」
アイドル史に名を残すぐらいに凄い実績を持ったアイドルなのだということは知識としては知っている。
でもそれを認めない、認めたくない自分がいたのだ。
根拠も無しに人を嫌うなんてことはしたくなかった。そんなこと小学生でもいけないことだって分かるはずだ
でも、何故か『周藤良太郎』をトップアイドルとして私は受け入れることが出来なかった。
勿論、こんなことを周藤さんと親しい千早さんに尋ねるべきではない。
「………………ふふふっ」
現にこうして、千早さんは顔を俯かせて笑って……え?
「ち、千早さん?」
千早さんは笑っていた。普段テレビや雑誌で見せるクールな笑みとは違う、花が咲くような明るい笑み。この笑顔を見ていると、彼女は『歌手』であると同時に『アイドル』なのだということを再認識した。
「ふふ、ごめんなさい、貴女のことを笑ったわけじゃないんです。まるで昔の私みたいだったから」
「……昔の私?」
「えぇ。私も一番最初は良太郎さんのことが苦手でしたから」
「そ、そうだったんですか……?」
「あ、ごめんなさい、間違えました。嫌いでした」
「わざわざ言い直すほどなんですか……!?」
先ほど周藤さんのことを笑顔で話し、今でもこうして穏やかな笑みを浮かべているところからは全く想像できなかった。また先ほどのように冗談なのかとも思ったが、どうやら今度は違うようだ。
「普段から飄々とした態度と言動、性格もいい加減、事情があったとはいえ私たちとの初めてのレッスンでは連絡無しに遅刻。その上、視線はいつもいつも美希や四条さんの胸に行ってばかりで……!」
段々と語気が強くなっていく千早さん……ほ、本当に今は違うんですよね?
「……でも、そんな良太郎さんがいなければ、今の私はいないんです」
ふっと力が抜け、再び穏やかな表情になった。
「良太郎さんが『最高の私の歌声』を示してくれたことで、私は目指すべき場所を知りました。良太郎さんが『今の私が本当に求めているもの』を教えてくれたから、私はこうして765プロのみんなと一緒にここまで来れました」
「………………」
「実際に良太郎さんと会って『イメージや想像と違う』っていう話はよく聞きます。私もそうでした。でもそれは、私たちが『周藤良太郎』を遥か彼方の星のように
(……そっか)
千早さんの言葉でようやく納得出来た。
私が周藤さんを好きになれない理由、それはとても単純で、とてもくだらない理由だった。
――私は『周藤良太郎』というアイドルを、誰よりも
見上げすぎたが故に私の視界にはすぐそこにいる彼の姿が見えず、そしてそこにいるはずだと私が想像した『周藤良太郎』のイメージを彼に押し付けようとしていたのだ。
だから、普段ならばここまで過敏に反応しないはずなのに、あの不真面目さや軽率さが嫌だったのも……。
「あ、でも今でもあの良太郎さんの悪癖みたいなところは嫌いですよ。その辺はアイドル云々は関係無いですから」
「えぇ!?」
今折角心の中で周藤さんに対する悪感情を誤解だということで締めようとしていたのに!
そんな私に千早さんは再びクスクスと笑う。千早さんも千早さんで、私がイメージしていたよりもずっと悪戯っぽい性格をしていた。
「人を
「……そ、そうなんですか?」
「少なくとも、良太郎さんを苦手って言いながらも何だかんだ凄い信頼している人を三人は知っています」
「ねぇ千早ちゃーん! みんなが千早ちゃんの歌聞いてみたいってー!」
先ほどまでダンスのレッスンをしていた春香さんが、千早さんを呼ぶ。
「今行くわ。……『ファン』がアイドルに理想を抱くことは、別に悪いことじゃありませんし普通の事です。でも今の貴女は良太郎さんと同じ『アイドル』というステージに登ろうとしていることを、忘れないでください」
千早さんはそう言うと、靴を脱いで運動場の中へ入っていってしまった。
「最後にもう一つだけ。……アイドル『周藤良太郎』は、いつだって私たちアイドルの味方ですよ」
それを最後に言い残し、今度こそ千早さんはみんなの輪の中へ入っていってしまった。
「………………」
どうやら、私は今まで勘違いしていたみたいだ。今まで『周藤良太郎』は遥か
「……ミナミ、難しいお話、してました」
千早さんを囲むように体育座りを始めた輪の中から逆にアーニャちゃんがこちらにやって来た。
「でも、今のミナミ、とてもいい笑顔です。いいこと、ありましたか?」
「うん。あのね、アーニャちゃん――」
――やっぱり私、良太郎さんのことが苦手かな。
「良太郎さん、これ」
「ん?」
合宿から帰って来た凛ちゃんからお土産を渡したいという連絡を貰ったので渋谷生花店まで足を運ぶと、お土産の
「あれ、俺これもう貰ったけど」
「うん、これは美波から」
「……新田さんから?」
疑問が深まってしまった。新田さんには嫌われてたと思ったんだけど……。
「私も良太郎さんにはチケット渡してあるよって言ったんだけど……どうしても、良太郎さんにチケットを受け取ってもらいたいんだってさ」
「………………」
果たして彼女にどんな心境の変化があったのかどうかは知らないけど……。
「……ありがたく受け取っておくよ。
多分、こう呼んでも良くはなったんじゃないかな。
おまけ『隣の芝は……』
「………………」
「……え、えっと、渋谷凛さん……よね? 何か私に……?」
「……いえ、何でもありません!」
(……なんか、しぶりんが満面の笑みなんだけど)
(きっと、千早さんに会えて嬉しいんですよ!)
・『歌姫』
説明するまでもないだろうけどオリジナル設定。こういう二つ名とか称号とか設定を考えるだけでwktkする。
なおあくまでも『アイドル』だけの話なので、フィアッセさんとかはまた別格。
※「佐野美心って誰?」って人はLesson28を参照。
・「誰のことでしょうか」
ちーちゃんの冬馬disはLesson96から継続中です。
・「周藤良太郎さんは……本当に凄いアイドルなんですか?」
それな(真顔)
・誰よりも見上げすぎていた。
簡単に説明すると、ようするに『想像の良太郎』と『実際の良太郎』とのギャップについていけなかった。
・苦手って言いながらも何だかんだ凄い信頼している人
123と765と1054にそれぞれ一人ずつ。
・お土産の羽二重餅
福井土産として有名らしいっすよ(ネット知識)
・おまけ『隣の芝は……』
これにはしぶりんも思わずニッコリ。
※補足説明
美波は良太郎のことを『周藤さん』と『周藤良太郎』と二通りの呼び方をしていますが、『周藤さん』は実際の良太郎のこと指す呼称で『周藤良太郎』はアイドルである良太郎のことを指しております。現実でも芸能人のことを呼び捨てにしたりするアレと同じです。上記のように美波は良太郎を完全に別として見ていたので、このようなことになっております。
そして口に出して呼称する場合には後者にも『さん』が付属します。基本真面目な性格ですからね。
ちなみに『天ヶ瀬冬馬さん』だったのは、ファンではなかっためアイドルの先輩という一面が一番上に出てきた結果でもあります。冬馬は不憫。
以上で合宿編が終了となります。本来アニメでの主題であり前回も少し触れた美波のリーダー云々の話は次回へ持ち越しになります。
そして次回からはいよいよ第四章最終話のスタートです。
ついに今まで姿を見せなかった123プロ最後の一人が……?
『どうでもよくない小話』
まえがきでも触れましたが、ミリマス新作アプリゲーです。しかも3Dですよ3D!
どうやらリズムゲーではないとのことですが、それでも動く恵美や志保を見れる日が今から楽しみです。
『どうでもいい小話』
リセマラが終わりようやくカルデアのマスターになりました。
これからノンビリとではありますが、マシュ(かわいい)、アーサー(リセマラ)、孔明(一万円)と共に人理修復の旅に出たいと思います。
……しかし思ったのですが、この小説ってある意味人理焼却されたアイマス世界なのでは……。