……見極めろ、俺……何処に早見さんがサプライズで来るのかを見極めるんだ……!
「よぉ、不良娘」
彼女が歌い終わりギャラリーが去り始めたところで良太郎さんはそう話しかけながら近づいていった。
ギターやアンプを片付けていた彼女は振り返ると、危なげなく良太郎さんが投げ渡したスポーツドリンクのペットボトルを片手でキャッチした。
「なんだアンタか。あたしをアンタの事務所にスカウトでもしに来たか?」
「アイドル事務所でいいんだったら、喜んでスカウトするぜ?」
「はっ、冗談。あたしはアイドルって柄じゃねーよ」
良太郎さんのことを知っていて尚且つこういう態度を取れるのは知り合いだからという訳ではなく、恐らく彼女の性格的なものだと予想する。
「それで? ただあたしの歌を聞きに来たってだけじゃないんだろ?」
「ん、よく分かったね。会わせたい子がいてさ」
ポンッと良太郎さんにみくちゃんと一緒に背中を押され、二人して彼女の前に立つことになった。
一体どういうことだと首を傾げながらペットボトルの蓋を開ける彼女。
「とりあえず紹介すると、346プロダクションに所属してる多田李衣菜ちゃんと前川みくちゃん。二人ともアイドルの卵」
「アンタんところの新人かと思ったら他事務所かよ。どういうことだ?」
「まぁ色々あるのよ。んで、こっちの彼女が……」
「あぁ、自分の名前ぐらい自分で言うさ」
良太郎さんの言葉を遮った赤毛の彼女は、左の目元に青い星のペイントを入れた顔を近づけながら握手を求めるように手を差し出してきた。
「――あたしはジュリア。よろしくな」
俺がこの街中ロック不良娘ことジュリアと出会ったのは、割とつい最近のことだったりする。
六月に車を修理に出して移動をしばらく徒歩や電車(たまにタクシー)に任せていた頃にここの駅を利用する機会があり、その時にたまたま彼女の歌声が耳に入ってきて興味を持ったのだ。
上から目線で申し訳ないが、それなりの歌声にそれなりのギター。そしてそれを補って余りある情熱と凄みを感じたのを覚えている。
「――で、今に至ると」
「待って良太郎さん、一番重要なその出会いのシーンが全部吹っ飛んでるんだけど」
「その辺の物語進行に関係のないところは気にしない方向で」
大胆な説明カットはネタ系小説の特権。
ちなみに『ジュリア』というのは彼女の芸名というかアーティスト名みたいなものらしく、本名は教えてもらっていない。まぁカッコイイ名前だし、彼女のプライベートに深入りするつもりもないからいいか。
さて話を本題に戻そう。
「実はこの二人に『本当のロックの魅力』を見せてあげようかと思って」
「『本当のロックの魅力』だぁ?」
眉根を寄せてさらに怪訝そうな顔をするジュリア。
「なんだそりゃ。自分がロックだって思ったらそれがロックだろ?」
ジュリアがそう言うなり、李衣菜ちゃんの表情がパアッと明るくなった。
「ほらー! 私の言った通りじゃん!」
「ぐぬぬ……!?」
鬼の首を取ったように喜々としてみくちゃんに詰め寄る李衣菜ちゃん。
まぁ実際『何がロックか?』『どういうことがロックなのか?』という問いに対する答えは多岐にわたり、そこに明確な解答は存在しない。一応辞書的には『曲を自作し、バンドスタイル(ギター・ベース・ドラムスが主流)を演奏し、アーティストの自主性で成り立つ音楽』という説明をされていたりするが、あくまでもそれ音楽的な意味合いのものであり、今回の主題である『生き様としてのロック』ではないので割愛しよう。
「じゃあ聞き方を変えよう。ジュリアにとってのロックってなんだ?」
「あたしにとってのロック? ……そうだな……」
ジュリアはケースに入れかけていたギターを取り出すとそのままホルダーを首にかけた。ガードレールに軽く腰掛け、手遊びで軽くギターを掻き鳴らしているところが相変わらず様になっている。
「んー……
「「……まつろわない?」」
「『お前の言うことなんか知ったこっちゃねーよバーカ』っていう意味だよ」
「誰もそこまでは言ってねーよ」
でもまぁ言いたいことはあってっけどさ、とジュリアはピンッと弦を弾く。
「あたしの夢は世界一のロックシンガーになることだ。今はこうやって路上でギター掻き鳴らしてるだけだけど、絶対になるって決めた。親とか学校のセンコーとか反対してくる奴はいるけど、あたしがそうやって決めた以上、誰にも口出しさせるつもりはねぇ」
――ファッションも生き方も好きなものも全部、何があたしらしいかはあたしが決める。
「そいつがあたしのロックだ」
「……何が、私らしいか……」
「………………」
その言葉に何か思うことがあったのだろう、李衣菜ちゃんがそうポツリと呟いた。みくちゃんも無言のまま何かを思案している。
「つーか、なんでそんなことあたしに聞きにきたんだよ。言いたかねーけど、あたし以上にロックな知り合いなんていくらでもいるんじゃねーか?」
「そりゃあ最初はスティーブ(・パイ)かカイザー(・ラステーリ)辺りの所に連れて行こうかとも思ったけど流石に海外は時間がかかるし。『そうだバサラがいた』って思ったらアイツ『ファイアーボンバー』で世界ツアー中だし」
「……今さらっとスゲー名前が出てきたな」
そもそも、バサラに聞いても「そんなことより俺の歌を聞け!」としか返ってこなさそうだ。
「んで、割と近場で活動してて李衣菜ちゃんたちと歳が近いお前のところに連れてきたっていうわけ」
「そのメンツの次に名前が出てきたことに対して素直に喜べねぇのは何でだろうな……」
こめかみを人差し指で抑えながら渋い顔をするジュリア。まぁ気持ちは分からないでもない。
「っと、いけね。あたしそろそろ行くわ」
駅前に設置された時計に視線を向けたジュリアが時間に気付いてギターをケースに仕舞った。
「ん? 夜更かし不良娘にしてはお早いお帰りだな」
「その呼び方ヤメロって。明日オーディションなんだよ」
「へぇ、映画でも見るの?」
「は? 何でそうなるんだよ」
「『オーディション』っていうスッゲー面白い映画があるんだ!」
「ふーん、覚えとくよ」
後ろで武内さんが「そ、その映画は……」とかなんとか言ってるけど気にしない。ジュリアに
「って、話が逸れた。明日音楽事務所のオーディションを受けに行くことになってな。早いとこ部屋に戻って準備したいんだよ」
「なるほどね」
どうやらジュリアも夢への一歩を踏み出す時が来たようである。
「それじゃあ、ジュリアが
「オウ。李衣菜とみくも、お互い卵同士頑張ろうぜ」
「は、はい!」
「が、頑張るにゃ!」
じゃあなー、と振り返らずにヒラヒラと手を振りながらジュリアは夜の街に消えていった。
「さて、以上で『周藤良太郎と巡るニャンとロックな魅力満載ツアー』は全日程を終えたわけだ」
「そんな名前だったんですか……」
「初耳にゃ……」
「………………」
ジュリアと別れ、最後のまとめに入るために四人でファミレスへやって来た。
この時間帯のファミレスは家族連れや学生グループなどでそれなりに混雑しているものの、俺は言わずもがな、みくちゃんたちは正式にデビューする前なので身バレで騒がれる心配は無かった。しいて言うならば武内さんが若干注目を浴びたぐらいか。
「それじゃあ、まず李衣菜ちゃんから今日の感想を聞いていこうかな」
そう話を進めておいて、なんだか小学校の校外授業の後みたいだなぁと思った。これこそまさに小(学生)並(の)感(想)である。
「わ、私ですか?」
「うん。月村家で猫軍団と触れ合ってみてどうだった?」
「………………」
李衣菜ちゃんはチラリとみくちゃんを横目で見てから口を開いた。
「……えっと……凄い、可愛いって思いました。気まぐれで、だからたまにこっちに来てくれるのが嬉しくて……みくちゃんが猫を推すのがちょっとだけ分かった気がします」
「李衣菜ちゃん……」
「それじゃあみくちゃんは? ジュリアに会って何か思うことはなかった?」
「みくは……」
こちらもチラリと李衣菜ちゃんを一瞥した
「……結局ロックが何なのかはよく分かんなかったけど……凄いカッコいいっていうのはよく分かったにゃ。なんで李衣菜ちゃんがロックを推したいのか……少しだけ分かった気がするにゃ」
「みくちゃん……」
二人とも、お互いが推したいものを理解出来たみたいだ。
それが出来たのならば――。
「「でも、譲りたくない!」」
「うん、それでいいんじゃないかな」
「「えぇ!?」」
――これで彼女たちはオッケーだ。
俺の言葉が予想外だったのか、すっとんきょうな声を上げる二人。運よく丁度他所の学生グループが大きな笑い声を上げたところなので二人は目立たなかった。
「い、いいんですか?」
「いいも何も、俺は『どっちかに決めろ』だなんて一言も言ってないけど」
あくまでもお互いのことを知ることが目的なのだから。
「ユニットとしての方針も決まったみたいだし、これで万事解決っと」
「いや、方針も何も……」
「決まったでしょ? 『譲らない』って方針が」
「「……え?」」
別に万事が万事、肩を並べて足並みを揃えればいいわけじゃない。
『真逆』という方向性がある。
『揃わない』という協調性がある。
「『アシンメトリー』って言葉なら聞いたことあるでしょ?」
すなわち、左右非対称。髪型でもそうだが、全てが揃っていた方がいいわけじゃない。
「それにそれは猫とロックの共通点でもある」
「共通点……?」
「『気まぐれ』で『自由』ってところ」
猫は気まぐれで風の吹くまま気の向くまま。ロックも誰の指図を受けない自由な生き方。ならば二人だって勝手に自由にやってしまえばいい。
「猫とロック、相反する二つの力は対消滅を起こし純粋な対消滅エネルギーの塊となったそれは極大消滅呪文に……!」
「何か話がとんでもない方向に曲がったにゃ!?」
「途中まですっごいいい話だったのに……」
ともあれ、それが前川みくと多田李衣菜の共通点であり、二人の持ち味。
「前川みくと多田李衣菜の『猫』と『ロック』なアイドルユニット」
――さて、ユニット名はどうするのかな?
「なんかすいません。本当は、二人に自力で気付いてもらいたかったんですよね?」
「いえ、お気になさらず」
みくちゃんと李衣菜ちゃんを寮へ送り届け、家まで送ってくれるという武内さんのご厚意に甘えた帰りの車中。余計なことをしてしまったと謝ると、武内さんは穏やかな表情で首を横に振った。
「でもこれで、シンデレラプロジェクト全員が無事にデビュー出来たわけですか」
「はい。周藤さんに度々お力添えいただいたおかげです」
「流石にそこまでのことはしてませんよ」
結局
(……さて、どうするか)
無理に関わるべきか否か。
というわけで今回の事の顛末という名のオチである。
翌日、とあるイベントに飛び入りで参加することが決まったみくちゃんと李衣菜ちゃん。それまで曲のみだった彼女たちのデビュー曲になんと自分たちで作詞をしてそのままぶっつけ本番でデビュー曲『
結果は見事に成功。こうして彼女たちのユニット『みくアンドりーな』……ではなく。
『*(
これで無事に全員がアイドルデビューを果たしたシンデレラプロジェクト。
そんな彼女たちの初の大舞台が、すぐそこまで迫ってきていた。
夏は、もう目の前である。
・ジュリア
『アイドルマスターミリオンライブ』の登場キャラ。Vocal。デレマス的に言えば多分クール。
ミリマスのロック担当&真とは別ベクトルのイケメン枠な16歳。
漫画三巻の「カラオケよりハマるアソビを教えてやるよ」とかクソカッコよかった。
・大胆な説明カットはネタ系小説の特権。
野獣先輩周藤良太郎説。
・服ろわない
元ネタというか、この言葉をチョイスしたきっかけはセキレイ。
結局『服ろわぬ葦牙』って何だったんや……。
・スティーブかカイザー
番外編01あとがき参照。
・バサラ
・『ファイアーボンバー』
ロックなアニメキャラで思いついたのがこいつしかいなかった件。
・『オーディション』
試写会にて途中退席者が続出したらしいレベルのスプラッター映画です。苦手な人は検索も控えた方がよろしいかと。
・悪タイプじゃない限り俺の悪戯心は止まらない
でも「いたずらごころ」持ちって素で早い奴が多いんだよなぁ……。
・「明日音楽事務所のオーディションを受けに行くことになってな」
ジュリアがアイドルになったきっかけ → 手違いでアイドル事務所へ
・「相反する二つの力は対消滅を起こし純粋な対消滅エネルギーの塊となったそれは極大消滅呪文に……!」
マホカンタッ!
・『*(
みくと李衣菜のユニット名。
表記だけ見ると別のものに見えtなんでもありません。
・『ΦωΦver!!』
*のデビュー曲。
デレステでは全タイプ曲ではなくキュート曲。つまり李衣菜はキュート。はっきりわかんだね。
てなわけでロック担当アイドルは短髪の方、ジュリアでした!(ちなみに長髪の方は松永涼を想定してた)
これでアスタリスク回は無事終了し、第四章は合宿とライブを残すのみです!
(予定では)あと八話! 気合を入れていきます!
しかしその前に次回は恋仲○○シリーズです。更新日が丁度バレンタインなので、珍しく時期ネタを……ってアレ?
……これ、もしかして「かえでさんといっしょ」も合わせてバレンタインネタを二つ考えなければいけない……?