「大きな星が点いたり消えたりしている。アハハ、大きい……ホッシーかな。イヤ、違う、違うな。ウミスターズがCSにいるはずないもんな。暑っ苦しいなココ。ん……出られないのかな。おーい、出し下さいよ……ねぇ」
「先生大変っ! ユッキが白目を剥いたまま動かないのっ!」
「『変えること』と『変わること』……?」
「何とも、トンチのような言葉ですね」
響ちゃんと貴音ちゃんが首を傾げる。というか、その場にいた俺以外の全員が首を傾げていた。
「は、覇王よ、その言の葉に込められた真実は一体……?」
「シトー? どういうことですか?」
「日本語と熊本弁どっちで説明した方がいい?」
「もう面倒くさいからそーゆーのいいぞ」
響ちゃんに正面切って面倒くさいと言われてしまった。
一瞬蘭子ちゃんがまた期待したような目をしたが、正直熊本弁に訳しながら喋るのも少々頭を使うので分かりやすく普通に日本語で説明しよう。
「でもその前に、一個だけ簡単な解決策を提案しておこうかな」
「え、そんなのあるの?」
「うん。結局蘭子ちゃんは武内さんに自分のイメージを伝えることが出来ればいいんでしょ? それなら俺とか言葉を理解出来る人に通訳を頼めば良いんだよ」
「……えぇ!?」
「あ!? 言われてみれば!」
「これは盲点でした……」
「ダー。気付きませんでした……」
そんな一番簡単かつ単純な解決方法に響ちゃんと蘭子ちゃんが盛大に驚き、貴音ちゃんとアーニャちゃん目を丸くしていた。
というか、普通に考えればこれを真っ先に思い付くと思うんだけど。現に先ほど響ちゃんも俺に翻訳頼んだんだし。
「で、では覇王よ! 我が言の葉を瞳を持つ者に……!」
「まぁ本当に頼まれたら断ってたけど」
「……良太郎さんがいじめるぅ~……!」
蘭子ちゃんが素の言葉になってしまうほど虐めたつもりはないのだけども、結果的に虐める形にはなってしまったことは認めよう。
貴音ちゃんの胸に抱き付きながらメソメソする蘭子ちゃん。貴音ちゃんと響ちゃんとアーニャちゃんからの視線がやや冷たいが、別に俺だって蘭子ちゃんの泣き顔がみたいからなんて理由は少しだけあるが誤解である。
「それは
誰かに頼る、というのは勿論一つの手段として存在する。
しかしこれから先同じ問題に直面する度にその人物に頼り続けるのか、ということだ。
ただ凛ちゃんにも言い含めておいた『理不尽な目に会った時』は例外。これはその子個人の問題ではなく、俺たち『大人』が何とかするべき問題だから。
「そうだね……蘭子ちゃん、今さっき自分の言葉遣いを変えようかなってちょっとでも思ったでしょ」
「……ひ、否定はせぬ……」
少し目を逸らしながら、しかし蘭子ちゃんは頷いた。
「蘭子ちゃんがその選択肢を選ぶにはまだ早いんじゃないかなってこと。蘭子ちゃんはまず『自分を変える』前に『自分が変わる』という選択をするべきなんだよ」
「……貴音、これって分からない自分がおかしいのかな」
「良太郎殿、説明が抽象的過ぎて、響が困惑しております」
この手の解説パートはこっちもニュアンスで話してるところがあるからなぁ……。
「結局蘭子ちゃんはホラー系が苦手だから、武内さんが提案したゴシックホラーの企画に首を縦に振れなかったってことでいいんだよね?」
「な、何を言うか!? 我は闇の魔力を持ちし魔王故、あのような影の住人に後れを取るなどと……」
「ダー。ランコ、怖いの苦手です」
「同胞よ!?」
先ほどの蘭子ちゃんの過去回想の時は上手く誤魔化しているつもりだったらしいが、誰がどう聞いてもゴシックホラーが苦手で武内さんが持って来てくれた企画がすんなりと受け入れられなかったということは聞いていてまる分かりだった。
「本当だったら、プロデューサーっていうのはそのアイドルにあった仕事を持ってきたり企画を考えたりする役目だ。そこら辺を全部一人で出来るのならばいらないかもしれないけど、それを兼業出来る人はそうそういない」
元々個人の力で活動を初めて、プロダクション所属になってからもセルフプロデュースを続けていた魔王エンジェルの麗華がその筆頭である。
「でも今回、武内さんが持ってきた企画は蘭子ちゃんが苦手としている類いのものだった」
普段の蘭子ちゃんの言動を額面通りに受け止めていれば、一般人がゴシックホラー系を連想しても別段おかしな話ではない。
だから武内さんは蘭子ちゃんにゴシックホラー系の企画を持って来てしまった。蘭子ちゃんがホラーを苦手としているということに気が付かずに。
「原因は、武内さんがそのアイドルのプロフィール以上の情報を知らなかったってこと。要するに、コミュニケーション不足ってことだ」
「あー……そういえば、ウチのプロデューサーも最初はそーいうことあったぞ」
ポリポリと頬を掻きながら苦笑する響ちゃん。
なんでも入社直後の赤羽根さんも、高いところが苦手のやよいちゃんに高所アクションの仕事を持って来てしまったり、貴音ちゃんにパステルカラーなフリフリゴシックのグラビアの仕事を持って来てしまった時期があったらしい。まぁこちらは純粋に赤羽根さんが空回っていただけな気もするけど。
ここまでだと全ての原因が武内さんにあるみたいな結論になってしまうが、全てが全て武内さんの責任とするわけにはいかない。
「だから蘭子ちゃんは、まず自分のことを武内さんに話そう」
「……我のことを……?」
「蘭子ちゃんのキャラ的に自分のことをあーだこーだと他人に話すことってあんまりしないだろうけど、アイドルはまずプロデューサーに自分がどんな人間か分かってもらわないといけないから」
だから『
「そうすればきっと……いや、絶対、武内さんは君のイメージ通りの企画を持って来てくれるはずだからさ」
「分かった?」と問いかけると、蘭子ちゃんは「……はい」としっかりと頷いてくれた。
「以上、周藤良太郎のお悩み相談のコーナーでしたとさ」
「ゴメンね二人とも、一緒に話を聞いてって頼んだ癖に最後はおざなりな扱いしちゃって」
「別にどうってことないさー!」
「はい。蘭子の悩みが解決したようで何よりです」
寮の門限があるからと、蘭子ちゃんとアーニャちゃんは帰っていった。
帰り際、素の蘭子ちゃんから笑顔で「ありがとうございました!」というお礼の言葉を貰ったことが、今回のお悩み相談の報酬としては十分すぎた。
「しかし良太郎殿、これで彼女の問題が全て解決したというわけではないのでしょう?」
「うん、そうなんだよねぇ……」
貴音ちゃんの言う通り、この問題はまだ半分しか解決していない。
つまり蘭子ちゃん側の問題ではなく、武内さん側の問題だ。
蘭子ちゃんが武内さんに歩み寄る姿勢を見せても、武内さんが一歩引いてしまってはその距離は縮まらない。
「だから武内さんにも少しお話しといた方がいいとは思うんだけど、生憎連絡先知らないんだよなー」
凛ちゃん経由で話してもいいのだが、武内さんの立場を考えると俺が直接話しておいた方がいい。
「良太郎さんだったら、いつものご都合主義染みた偶然で街中歩いてたらばったり出くわすんじゃないか?」
「いくらなんでもそんな不確定なものに期待してたら……」
「はーい、そこの目付きの悪い大男、ちょっと止まってー」
「あ、いえ、私は……」
「「「………………」」」
不意に聞こえてきたそれは、まだ職務を全うしている最中であろう義姉が職務質問をかける声と、何やら警察から声をかけられることに対して既に慣れのようなものが見え隠れするバリトンボイスだった。
「良太郎さん、不確定なものがなんだって?」
「俺が聞きたい……」
ご都合主義とか話の展開の都合上とか、そんなチャチなものじゃないもっと恐ろしいものの片鱗を味わった。
とりあえず身内特権を使って早苗ねーちゃんを説得し、武内さんを助け出した。
「すみません、ありがとうございます……」
「あぁいや、こちらこそ身内が早とちりしてすみません」
先ほどまで蘭子ちゃんやアーニャちゃんと座っていたベンチに今度は武内さんと座る。
「それでその……そちらのお二人はもしかして……」
「他人の空似だぞー」
「どうぞわたくしたちのことはお構い無く」
別に何かしらの問題があるわけではないが、説明とか紹介とか色々と面倒くさいので響ちゃんと貴音ちゃんはたまたま居合わせた通行人AとBに徹してもらおう。
「しかしちょうど良かった、武内さんに会って話したいことがあったんですよ」
「私に話……ですか?」
「はい」
世間話は省いて、早速本題に入らせてもらおう。
「実は先ほど、蘭子ちゃんからお悩み相談を受けてましてね」
「神崎さんから……?」
「自分の言葉をプロデューサーに伝えるにはどうしたらいいのかって悩んでました」
「っ……!」
当然武内さんにはその悩みに心当たりがあるようで、一瞬言葉を詰まらせた。
「一応俺に出来るアドバイスはしておきました。あとは彼女がどうやってその悩みに向き合うかだけです」
「……わざわざ気にかけていただき、ありがとうございます」
「いえいえ。まだ問題は半分しか解決してませんから。……どういう意味か、分かりますよね?」
そんな風に含みを持たせながら問いかけると、武内さんは少し視線が泳ぎながらもしっかりと頷いた。
「なんというか……武内さんは、アイドルと距離を取り過ぎなんですよ」
「距離……でしょうか」
「はい。
「………………」
少々きつい言い方になってしまうが、生憎年下の女の子と同じ対応をするつもりは毛頭ない。彼は俺と同じく『大人側』の人間なのだから。
「今回の事もそうです。貴方がもう少しアイドルの近くにいれば、蘭子ちゃんのイメージがどんなものなのか気づけたはずです」
熊本弁という難解さはあっただろうが、少しでも蘭子ちゃんのことを知ろうとしていれば彼女の言葉を額面通りに受け止めるのではなく、彼女が自己紹介の時に語っていた『無垢なる翼は黒く染まり』というワードからどういうイメージを持っているのか分かりそうなものである。
あまりにも理不尽な物言いかもしれないが、それが今の彼に求められていることに他ならないのだ。
「蘭子ちゃんが持っているイメージを貴方に教えてあげることは出来ません。それは蘭子ちゃん自身が貴方に話すことであり、貴方自身が蘭子ちゃんから聞かなければならないことです」
「……重ね重ね、ご迷惑をおかけしました」
「武内さんには、俺の可愛い妹分を見初めてもらった恩がありますから。……どうか彼女たちを全員、立派な一人前のアイドルにしてあげてください」
これで蘭子ちゃんと武内さん、二人が共に歩み寄るきっかけとなった。
歩み寄り、向き合ってしまえば後はもう問題ないだろう。
蘭子ちゃんは純粋で自分のイメージをしっかりと持っている子で、武内さんも優秀なプロデューサーに間違いないのだから。
さて、今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。
あの後、無事に蘭子ちゃんと武内さんは互いに歩み寄って二人向き合って話し合うことが出来たらしい。
夕暮れの事務所の中庭で蘭子ちゃんの日傘を差しながら二人で肩を並べて噴水の縁に腰を下ろし、好きな食べ物や休日によく聞く音楽などの話から始まった本当に何気ない日常の世間話。
そんな中で武内さんは再び蘭子ちゃんが語るイメージと向き合ってようやく『堕天使』というキーワードに辿り着き、そうして改めて練り直された武内さんの企画で蘭子ちゃんは無事に『Rosenburg Engel』として『-LEGNE-仇なす剣 光の旋律』という曲でデビューを果たした。
……と凛ちゃん経由で知ることが出来た。彼女も蘭子ちゃんと武内さんが微妙にすれ違っていたのを気にしていらしく、ホッとした様子だった。なんだかんだでこの子も面倒見がよくなりそうである。
今回の件で、やはりアイドルとプロデューサーは良い関係を築いておかないといけないなぁと実感した。
「てなわけで兄貴、たまには早苗ねーちゃんと二人でのんびり飯でも食って来いよ」
「いきなりだな」
「いや、たまにはお世話になってる兄貴と義姉の労をねぎらってやろうかと思ってな。佐竹飯店って店なんだけど、周藤良太郎の兄ですって言えばサービスしてくれるはずだからさ」
「そうか……じゃあその好意をありがたく受け取っておくよ」
そう言って早苗ねーちゃんを迎えに行ってその足で佐竹飯店に向かう兄貴の背中を見送る。
「……さて」
今度は何処に逃げ込むか……。
・簡単な解決策
本当にやったらその時点でお話終了という恐ろしい解決策。
・蘭子ちゃんの言動を額面通りに受け止めていれば
ゴシックホラーかどうかは別として、例えば。
「月は満ちて、太陽は滅ぶ。漆黒の闇夜に解き放たれし翼」
訳:「今日のお仕事終わりの予定が夜なので、また帰るのが遅くなりそうです」
太陽が滅ぶとか物騒すぎる。
・いつものご都合主義染みた偶然
今更なので今後も多用する予定です(開き直り)
・『-LEGNE-仇なす剣 光の旋律』
ドイツ語で天使を現すENGELの逆さ言葉で堕天使を現すらしいのだが、それがサラッと出てくる武内Pの教養の深さを垣間見る一場面。
というわけで蘭子回終了です。思い返すと最初の方しか熊本弁多用してなかったなぁと少し反省。た、多分合宿会でももうちょっと出番あるから……。
蘭子ちゃんのついでに武内Pへの軽いお話。本来ならば前回のニュージェネ回での成長分を今回で補完した形になります。これで現段階での武内Pの弱体化は阻止されました。
そして次回はCI回……の前に、作者取材(4th)のため本編をお休みして番外編をお送りします。大家族周藤一家の続きをお送りする予定です。
それでは次回、人によっては「かえでさんといっしょ」にて、そして更に人によってはさいたまスーパーアリーナでお会いしましょう!