「悪魔に魂を売る覚悟は出来たよ」
「落ち着け、目が座ってるぞ」
「……社長もレベルの高いデビュー曲を用意したよねー」
「それだけ志保ちゃんの実力を買ってるってことだよ」
「……だろうな」
翔太と北斗の二人と共に二階の手すりにもたれ掛かるように吹き抜けから見下ろすと、特設ステージの上で自身のデビュー曲である『ライアー・ルージュ』を高らかに歌い上げる北沢の姿があった。
バックダンサーとはいえ既にアリーナライブを経験しているだけあってその姿は割りと様になっており、多少採点を甘くしてやれば十分新人アイドルの域は脱しているだろう。
北沢は調子に乗るタイプでもねーし、まぁ今後の成長を期待といったところか。
(……そーいえば、こいつも『伝説の夜』に居たんだったな)
話によれば北沢と佐久間と所の新人三人も『伝説の夜』に居合わせていたらしい。
魔王エンジェルの三人といい、あの夜に居合わせたアイドルは同世代のアイドルの中でも頭一つ抜きん出ている。
既にあれから五年以上経とうとしているというのに、あの『伝説の夜』は未だにこうして他のアイドルたちに影響を与え続けているのだ。
(……本当にオメーは何者なんだよ)
そんなことを考えるのは一度や二度ではない。こいつと出会い、こいつに度肝を抜かされる度にいつも考える。
結局結論は出ないのだが……それでもそう考えずにはいられないほど、良太郎は謎なのだ。
(……ん?)
ふと視線をステージの上からズラすと、何やら見覚えのあるウェーブがかった茶髪の頭頂部が目に入った。正確には頭頂部自体に見覚えはないのだが、それが自分の知る人物の頭部なのだということは何となく分かった。
(島村じゃねーか)
つい先日城ヶ崎美嘉のバックダンサーとして初ステージを経験し、今度CDデビューすることが決定したと養成所の先生経由で聞いた新人アイドルの卵だった。
なんでアイツがこんなところにいるのだろうか。……まぁ、偶然だろうな。良太郎がいつも『アイドルとアイドルは惹かれ合う』っつってるし。
(? ……!)
何となく島村の頭を見ていると俺の視線に気付いたのか、顔を見上げた島村と目が合った。
「……よ」
(っ!)
向こうが気付いたのに無視するのもアレなので軽く片手を上げてやると、島村は分かりやすくパァッと顔を明るくしてからペコリと頭を下げた。
なんか犬みてーだなぁという感想を抱きつつ、こーいうのが『人に慕われる』ということなのだろうかと考えてしまう。
……ただひたすら自己中心的に周藤良太郎を追いかけ、一度はアイドルとして道を踏み外しかけたりもした俺が、『ファン』にではなく『後輩』に慕われるようなことがあっていいのだろうか。
「冬馬、そろそろ行くよ」
「流石に最後までは見ていけないねー」
「……そうだな」
次の仕事があるため、俺たちはショッピングモールを後にする。
最後に一つヒラヒラと島村に向かって手を振ってやると、また顔を明るくして頭を下げていた。
……まぁ、悪い気分ではねーな。
「卯月、さっき何処に向かって頭下げてたの? 知り合いでもいた?」
「あ、えっと、知り合い……というか、この間お世話になった人がいたんです」
「へぇ」
トレーナーさんでもいたのかな?
それはそうと、北沢志保さんだ。彼女はステージの上でデビュー曲を高らかに歌い上げていた。それほど激しくないダンスだが曲調と衣装のおかげで全く地味に見えず、逆に動き回らずあくまでも曲に添えるダンスに徹しているように感じた。
そしてその圧倒的な歌唱力。私のように一ヶ月ほどしか歌唱レッスンを受けていない人間のそれでは決してなく、きっとこれがひたすら『アイドル』を目指して走り続けている人の歌声なのだろう。
同じくアイドルを志すようになったからこそ分かってしまう、私と……私たちニュージェネレーションズとの実力差。私たちよりも確実に格上のアイドル。
……それなのにも関わらず――。
――どうして、こんなに足を止める人が少ないのだろうか。
全く注目されていないわけではない。通行の途中でステージに目を奪われる人もいれば、上の階から覗き込んでいる人もいる。
しかし、全員が足を止めたかと問われれば否だった。
彼女の歌を聞いて、ダンスを見て、足を止める人の方が少なかったのだ。
『……ありがとうございました』
やがて歌い終わった北沢さんが頭を下げると、パチパチとまばらな拍手が特設ステージの周囲に響く。こんなに素晴らしいステージだったのだからせめて私たちだけでも、と私やプロジェクトメンバーは一際大きな拍手をした。
『若輩者ではありますが、これから北沢志保をよろしくお願いします』
しかし彼女はそんなことをまるで気にする様子は無く、寧ろ誇らしげに満ち足りた表情を浮かべているような気さえした。
私たちの同期として圧倒的な実力差を感じる以上に、それが気になってならなかった。
「なんで……」
「ん?」
「なんで、しほりんはあんなに満足そうなんだろ……」
どうやら私と同じことを考えていたらしい未央がステージを降りていく北沢さんの後姿を見送りながらポツリと溢した言葉に、良太郎さんが反応した。
「そりゃまぁ、無事にデビューステージを成功させたわけだからね」
「成功って……で、でも、お客さん全然集まらなくて、少ないのに……」
「……あー、そっかそっちか……だから武内さん、そのフォロー不足というかうっかりミスはなんなんですか……」
こめかみに人差し指を当てて軽くため息を吐く良太郎さん。怒っているというよりは呆れているような感じだった。
「さっきも言ったけど、新人アイドルのデビューステージなんてこんなものだよ。無名であるが故にお客さんは少なく、引き止めるにはアイドルとして
そう簡単に引き止めれるんなら六年前のゲリラライブは騒がれなかったよ、と良太郎さんはそう言い切った。
確かに言われてみれば、良太郎さんは『その場を通りがかった人全てを無差別に魅了し引き止めた』からこそ伝説と呼ばれているのだ。それと同じことを出来るかと問われれば私たちは勿論のこと、流石に北沢さんでも無理だろうと答えざるを得なかった。
「だからデビューのステージで大事なのはそこじゃない。観客の前という普段とは違う状況で自分自身の歌とダンスをちゃんと披露出来るか否か」
勿論それの上手い下手も今の段階じゃ関係ないよ、と良太郎さんは私たちの考えていることが分かっているようだった。
「そんでもって……もっと大事なことはホラ、そこにある」
「えっ」
良太郎さんが視線で示す先に目を向ける。
「今の女の子、可愛かったねー!」
「歌も上手いし、今後に期待?」
「でももうちょっと笑顔が見たかったなぁ」
「いやいや、あのクールな感じのツンとした表情がいいんじゃないか」
「クーデレかツンデレか、その辺をハッキリさせようじゃないか」
――そこには、先程のステージを思い返す人たちの笑顔があった。
「アイドルが歌って踊って、そして観客が笑顔になる。……文句無しで『成功』だ。だから、志保ちゃんもこの結果に満足していたんだよ」
「……そっか……そうだよね」
アイドルとして正式にデビューする前から、私は根本的なところを間違えていた。
『集める』のがアイドルじゃない。
『魅せる』のがアイドルなんだ。
だから大事なのは観客の数なんかじゃなくて、見に来てくれた人が笑顔になるかどうか。見に来る人が少ないことはいけないことなんかじゃなくて、ましてや恥ずかしいことなんかでもない。
「………………」
どうやら未央もそれに気付いたらしい。きっと今の未央を憑き物が落ちたような顔と言うのだろう。
「まぁ、志保ちゃんはこの後事務所に戻って反省会だろうけどね」
「え、でも良太郎さん、ステージは成功だって……」
「『ブレスが弱い』『一つ動作を飛ばした』『全体を見るのはいいけどちょっと頭がブレすぎ』……ざっと思い返しただけでもこれだけあったから、もうちょい出てくると思う」
意外と容赦なく指折り数える良太郎さん。
「いくら俺が女の子に甘くて高校時代に一部で『周藤良太郎のCD買えばその代金分はジュースを奢ってくれる先輩』と噂されていたとしても、アイドルとしては厳しくいくよ」
「その思わず涙が出そうになる情報は聞きたくなかったかな」
私が言えた話ではないが、どうしてこの人は『日本の経済にも影響を与えるトップアイドル』と称されているにも関わらず周りからの扱いは雑なのだろうか。
「さて、それじゃあ俺はそろそろ行くよ」
「しほりんのとこ寄っていくんですか?」
「いや、ファンがアイドルの楽屋に入るのはご法度だからね。アドバイスや感想は事務所に帰ってからにするよ」
サラリと『自分は北沢志保のファンになった』と告げた良太郎さんは、私たちと話をしている間にズリ下げていた眼鏡をかけ直した。勿論目の前の青年が良太郎さんだと認識しているが、それだけで雰囲気が全く変わったような気がするから不思議である。
ついでにその眼鏡姿にみくが真っ赤になるのも不思議である。良太郎さん、本当に何したのさ。
「今度は君たちの番だ、凛ちゃん、卯月ちゃん、未央ちゃん。歌やダンスを間違えてもいい。ただ、君たちはこれから『アイドル』になるんだということを忘れないで」
「「「……はいっ!」」」
「勿論、新田さんとアーニャちゃんも頑張ってね」
「……はい」
「スパスィーバ。頑張ります」
美波さんは美波さんで、相変わらず良太郎さんを苦手としているらしい。珍しく下の名前で呼んでないところを見ると、良太郎さんも一応気を使っているようである。
「俺は観客として……君たちに笑顔を貰うのを楽しみにしてるよ」
最後にそう告げた良太郎さんは、私たちに背を向けて去っていった。
「……良太郎さん、楽しみにしててくれるんですね」
去っていく良太郎さんの背中を見つめながら、卯月はポツリと呟いた。
周藤良太郎が、新しくアイドルとなる私たちのデビューステージを「楽しみにしている」と言ってくれたということがどれだけ光栄なことなのかは、考えるまでもなく分かった。
失敗してもいい。そう言われても失敗は当然したくないが、それでも少しだけ気が楽になった。
……頑張ろうと、自然に思えるようになった。
「……って、良太郎さんを笑顔にするとか物理的に無理じゃん」
『……あ』
「た、多分気持ちの問題ですよ!」
さて、今回の事の顛末という名のオチを語ることにしよう。
後日行われた『new generations』と『LOVE LAIKA』のデビューイベントは無事に成功した。
やはりというか当たり前だが観客はまばらで、どんなに贔屓目に見ても大勢の観客と表現は出来ず、間違いなく志保ちゃんの時よりも少なかった。
しかし五人は見事にデビューステージを乗り切った。
少々未央ちゃんの笑顔がぎこちなかったのは、頭では分かっていても少なからずショックを受けていたからだろう。
それでもそれは悲愴なものではなく、これからの熱意と決意を感じさせる力強いものだった。
逆にラブライカの二人は、デビューステージとしては満点に近いものだった。ステージの上で常に笑顔を絶やさないその姿勢には花丸をあげたい。俺の姿を見付けて一瞬だけ顔をしかめた新田さんに関しては目を瞑る。
総評として、シンデレラプロジェクトの先発二組は好スタートを切ることが出来た。これならば他のメンバーの子たちも後に続きやすいだろう。
後は武内さんの言葉足らずというか、アイドルとのコミュニケーション不足が何とかなればいいのだが……そこはまぁ、彼に頑張ってもらう他ない。
勿論好スタートを切った志保ちゃんのことも忘れてはいない。
実は見に来ていたらしいジュピターの三人も交えた反省会でそれなりに改善点は見付かったものの、それは既に中堅アイドル以上に要求されるレベルのものなので、新人アイドルのデビューステージとしては文句無しに大成功だろう。
反省会を終えた後は事務所でお祝いのプチパーティーを開いた。また三人でステージに立てるねと嬉しそうで楽しそうな三人娘の姿を見ると、去年の秋のいざこざがキチンと決着が着いて本当に良かったと思う。
恵美ちゃんたちだけでなく、いずれ事務所のメンバー全員でステージに立つのも面白いだろう。兄貴や留美さんには是非頑張って感謝祭ライブ辺りを企画してもらおう。
はてさて、次は誰がどのようなデビューを迎えるのだろうか。
・『伝説の夜』
何やら表記ゆれが激しいですが、一応口にする人物が違うからという理由で一つ。
・『周藤良太郎のCD買えばその代金分はジュースを奢ってくれる先輩』
あくまでも噂で、確かに奢ってはいましたが奢る側もたかる側もわきまえていました。
後書きすっくな(絶望)
まぁ次回はネタだらけだろうし、多少はね?(後述)
今回でニュージェネデビュー編は終わりです。これで見事鬱展開の回避に成功しました。やったね!
……とでも思っていたのかぁ!?(デデドン)
「アイドル辞める」騒動が起こらなかったことにより未央は原作よりも『弱体化補正』がかかる可能性が出てきました。
目の前の事件に対する最善の答えが最善の結果に繋がる訳じゃないって、我らがデップーさんが教えてくれましたからね。
(※別の地球においてデップーさんがトニー・スタークとピーター・パーカーをそれぞれテロリストや蜘蛛から助けた結果、アイアンマンとスパイダーマンが誕生せずに地球が大変なことになった)
次回は皆さんお待ちかねの蘭子回のスタートです! ……誰か熊本弁翻訳たすてけ()
来週からのスタートですが、人によっては明日更新の「かえでさんといっしょ」の方でお会いしましょう。
『サンシャイン第十一話を視聴して思った三つのこと』
・濡れ透けは……!?
・デカい!
・久しぶりに千歌ちゃんが女の子口説いてる……。