アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

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今、封印されし良太郎が暴走する。


Lesson116 The girls' prequel 4

 

 

 

「というわけで、346プロダクションでアイドルをすることになりました」

 

 凛ちゃんのお悩み相談の電話から三日後。高校入学祝を持って行くついでに久しぶりに俺がお父祭壇の花を買いに渋谷生花店へ赴くと、今日も今日とてお店のお手伝いをしていた凛ちゃん本人からそんな報告を受けた。

 

「案外答えを出すのが早かったね」

 

「まぁ……あの後に色々とあったんだ。勿論、良太郎さんの後押しがあったのも大きな理由だよ」

 

 既に凛ちゃんも周藤家の注文には慣れたもので、俺たちが「父親用で」と告げるとその季節にあった花を予算以内で見繕ってくれる。そして凛ちゃんが花を包んでくれる間、ハナコと遊ぶのがお決まりだ。

 

「ハナコー、お前のご主人様もアイドルになるってさ。やったな」

 

 小さな体を目の高さまで持ち上げながら話しかけると、ハナコは小さく「わふっ」と鳴いた。

 

「ふふっ。良太郎さん、ハナコなんて言ってますか?」

 

「『その程度、我が主ならば造作も無き事。いずれ汝を下し、主がアイドルの頂点に君臨するであろう』だってさ」

 

「文量とか口調とか色々と言いたいんだけど、良太郎さんの中でハナコは何キャラになってるの?」

 

「……忠犬?」

 

「文字通り過ぎるよ」

 

 以前響ちゃんが翻訳した八神堂のザフィーラがこれに近いことを言ってたらしいから、犬は大体こんな感じかと思ったのだが凛ちゃんはお気に召さなかったようだ。

 

「それにしてもそうか……凛ちゃんがアイドルか」

 

 なんというかこう、この言い表せない嬉しさは自分の子供が自分と同じ職業に就くと言ってくれた時に感じるそれに近い気がした。娘というよりは妹だが、自分と同じ道を選んでくれることがこんなに嬉しいことだとは思わなかった。なるほど、これが父性か……。

 

「よし、それじゃあ凛ちゃんの初出社日は俺もスーツを着ていかないとな」

 

「え、来るつもりなの。という以前に良太郎さんは何で父兄ポジションなの」

 

「ビデオとカメラどっちがいい?」

 

「それ完全に入社式というよりも入学式のノリだよね」

 

 入社式に家族同伴とか聞いたことない以前にそもそも入社式自体無いよ、と呆れた様子の凛ちゃん。まぁごもっとも。

 

「それで良太郎さんに聞きたいことがあるんだけど……一番最初って何をするの?」

 

「ん? まずは草むらに入る前に自宅のパソコンからきずぐすりを引き出して……」

 

「え、パソコンに預けられるのってポケモンだけじゃないの?」

 

 そーいえば第四世代からは道具預かりシステムって廃止されたんだっけ。なんというジェネレーションギャップ。

 

「ってそーじゃなくて。アイドルになってまず初めにすること」

 

 ああ、そっちね。

 

「まぁ、最初はやっぱりレッスンから始まるかな」

 

 事務所に所属してアイドルになったといってもそれはあくまでも形式的な話であり、所属したから歌やダンスが上手くなるなんておいしい話は存在しない。故にまずはレッスンあるのみ。少なくとも人前に出ても恥ずかしくないレベルにはならないと、バックダンサーとしても出演できないしね。

 

「というわけで運動着は必要かな。まぁ持ち物の連絡としてそれぐらいは聞いてるかもしれないけど、便利だからなるべく普段から持ち歩くといいよ」

 

「ふむふむ」

 

 レッスンは勿論のこと、初めのうちはアイドルも裏方を手伝ったりするから動きやすい服装というのは意外と重宝する。

 

「ちなみにアイドルやってると人前で着替えたりすることも割とあるから、そこら辺の覚悟も必要かな。もしくは見られてもいい可愛い下着またはスポーツ系の下着の着用」

 

「アドバイスに感謝すればいいのかセクハラに怒ればいいのか」

 

 いや下着云々は別として、割と真面目な話。人前と言っても観客ではなくスタッフという意味だが、ライブ中の衣装替えとか忙しい時はその場でパパッと着替えることも少なくない。最悪パンツ一丁でも平気なヤローは兎も角、女の子はその辺の覚悟も必要かと。まぁ346プロぐらい人数が多い事務所のライブだったら、そんな切羽詰まった状況になるとも思えないが。

 

 そーいえば346に「暑い」とか言って人前で脱ぐアイドルがいるっていう都市伝説があったが、流石にそれは無いだろう。いたら是非ともお会いしてみたいものである。……あれ? 大体こう言えばフラグになるはずなのに今回は回収できる気が全くしないぞ……?

 

「セクハラついでにちょっと話は逸れるけど、アイドルって割とその辺キツいから覚悟は本当にしておいた方がいいと思うよ? 凛ちゃんの担当が男の人か女の人かは分からないけど、女の子は割と月のものによってスケジュールとかも見直さないといけなくなるし、体調管理としてその辺を担当の人に報告する勇気は持ってないと」

 

「そこまで生々しい話は聞きたくなかったかな……」

 

 ちなみに何で俺がその辺の事情云々を知ってるのかというと、まぁお察しの通り我が事務所の三人娘である。流石に仕事を全部キャンセルとかは無理だが、ある程度は調整したりする。ウチの場合は留美さんもマネージャーとして働いているからそこら辺はお任せすることもあるが基本的にジュピターの担当なので、兄貴もある程度把握している。

 

 俺? 流石に詳しい内容は聞かないし聞けないよ。そこに興味を持つのは流石にアウトだ。じゃあ何で知ってるのかというと……まぁ、スケジュールの話になった時に地雷踏んだとだけ言っておく。相手は恵美ちゃんで「たはは」と恥ずかしそうに笑っただけで何も言わなかったが、言いようのない罪悪感で死にたくなった。

 

 

 

 さて話を戻そう。

 

「あとはそうだな……アー写の撮影かな」

 

「アーシャ?」

 

「アーティスト写真、略してアー写。宣材写真(宣伝材料写真)としてプロデューサーが『シャッチョサーン! カワイイ子いっぱいイルヨー!』って言って先方に見せる写真のこと」

 

「言い方にいかがわしさを感じる」

 

 実績のないアイドルを最初に起用するかどうかの判断材料はほぼ見た目である。アイドルという職業柄仕方がないとはいえ、歌やダンスの才能よりもまずは何よりも見た目が重視される。

 

 そこで重要になってくるのがアー写である。これがよろしくないとどんなに歌とダンスが上手くてトークが軽快でも最初の一歩を踏み出すことが出来ないのだ。

 

 聞いたところによると、765プロのみんなも最初のアー写が酷かったせいで仕事が全く無かったそうだ。前に一度見せてもらったが確かにあれは酷かった。高木さんは気に入っていたみたいだけど、あの人『人を見る目』はあるけど『人を売り込む』ことに関しては下手だからなぁ。デコが光ってる伊織ちゃんや半目なやよいちゃんは悪意すら感じた。……しかし、ププッピドゥなあずささんは良いと思った。

 

「何にせよ写真は撮ると思うから、撮られる覚悟はしておいた方がいいかもね」

 

「写真かぁ……あんまり撮られるの好きじゃないんだけどなぁ」

 

「昔、俺と一緒に写真撮った時も結局恥ずかしくなって俯いちゃったしね」

 

「……忘れてください」

 

「アルバムに保管して定期的に見てるから無理」

 

 いや今も勿論可愛いんだけど、あの頃のまだランドセルを背負ってた頃の凛ちゃんも可愛かったなぁ。そっけなくしつつもこっちの様子を窺うように母親の影からチラチラとこちらを見ていた姿を今でも鮮明に思い出せる。

 

「俺、凛ちゃんが有名になって共演するようになったらテレビカメラの前で昔話(これ)をするんだ……!」

 

「やめてください(羞恥で)死んでしまいます」

 

 ……さて、いつもみたいな軽い会話はここまで。

 

「ちょっとだけ真面目な話するよ?」

 

「え……はい」

 

 表情は変わらないものの雰囲気で察してくれたらしく、凛ちゃんは少し背筋を伸ばした。抱きかかえて遊んでいたハナコを床に下ろすと、彼女も彼女なりに空気を読んだらしく俺たちを見上げながらジッとその場にお座りをした。随分と聡い子である。

 

「凛ちゃんはこれからアイドルになる。君は俺にとって妹みたいな子だから現場で可愛がることはあるけど、優遇はしても贔屓は絶対にしない」

 

 これは春香ちゃんたちや恵美ちゃんたちも同じである。現場が一緒になれば仲良くすることはあるだろうけど、彼女たちに仕事を持っていったりそれに準ずることをスタッフにお願いするといったことはしない。

 

 何度も言っているが、これは俺が『周藤良太郎』である以上絶対に守らなければいけない線引きである。

 

「凛ちゃんはその関係を利用して周りの人間に贔屓してもらうなんて考えないだろうけど――」

 

 

 

 ――もし何か理不尽な目に遭わされそうになったら遠慮なく『周藤良太郎』の名前を出してくれ。

 

 

 

「理不尽な理由で急に仕事をキャンセルさせられたとか、スタッフに変なことを強要させられたとか。本来なら事務所の人間が対処すべき問題だろうし、そもそも業界大手の346のアイドルにそんなことする輩はいないだろうけど……本当に、本当にどうしようもなくなったら、俺に相談してほしい。緊急事態なら『周藤良太郎』の名前を存分に使ってくれてもいい」

 

 「私は周藤良太郎の知り合いだ」とか「こんなことを周藤良太郎に知られていいのか」とか。俺が『そういうこと』を嫌っているという事実は業界の間では十分知れ渡っているはずなので、その言葉がどういう意味なのかはよっぽどの愚か者でなければ分かるはずだ。

 

 『周藤良太郎』はトップアイドルであると同時に、アイドルたち全員を護る存在でありたい。

 

 二度と俺や魔王の三人……そして志保ちゃんのような、誰かが傷つくようなことは絶対にあってはいけないのだ。

 

「まぁ、俺がこーして目を光らせるようになってからはそーいう話は殆ど聞かなくなったけど、一応ね? 事務所は違っても、俺は全てのアイドルの味方で、凛ちゃんの兄貴分だから。何かあったら頼ってくれ。勿論、普通の相談事にだって乗っちゃうよ?」

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 これで真面目な話は終わり。

 

 さっきのセクハラ紛いの話には目を背けるものの、彼女にはそこら辺の暗い話を気にせずアイドルを楽しんでもらいたいものだ。

 

 

 

 

 

 

「わふっ」

 

「へー、『我が主の背中を押したのは、素晴らしき笑みを持つ少女だった』ねぇ。その子が凛ちゃんと同期になる子かな?」

 

「だから文量と口調……えっ? ちょっと待って良太郎さん、まさか本当に……!?」

 

 

 




・第四世代
ポケットモンスター ダイヤモンド・パール(2006)
……もう、十年も前なんやね……(遠い目)

・「暑い」とか言って人前で脱ぐアイドル
会えるだろうけどその現場には遭遇できない模様(予告)

・月のもの
どのメディアでも触れられてなかったから勝手に補完したよ!()
え? 触れなかったじゃなくて、触れちゃいけなかった?
(のワの)

・アー写
別に錬金術は使わない。

・ププッピドゥ
一般的には『七年目の浮気』でマリリン・モンローのスカートが捲れるシーンを指す言葉。デレマスだとシュガハさんこと佐藤心がSRでやってたりする。



 先に補足しておくと、凛ちゃんにした真面目な話は何かしらのフラグではないです。暗い展開は別としてダークな展開は流石にちょっと。

 そして良太郎の態度や言動に違和感や不自然さ、もしくは矛盾を感じた方もいらっしゃるでしょうが、今は気にしない方向でお願いします。

 というわけでようやく第四章の本編がスタートです。要らない子気味だった良太郎が暴走し始めましたが、割といつも通りでしたね。

(追記)
話数の都合上、サブタイトルが変更されておりますが内容は変わっておりませんのでご安心を。

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