アイドルの世界に転生したようです。   作:朝霞リョウマ

134 / 557
春の番外編祭り! 2/3

甘さ控えめ!


番外編20 もし○○と恋仲だったら 8

 

 

 

 それは、あり得るかもしれない可能性の話。

 

 

 

 カポーン……。

 

 

 

 それは、いつぞやの温泉で聞こえてきたものと同じ擬音だった。結局この音は何なのか調べてみて桶が落ちた音などが反響した音という結論に至り、しかしそれならば今の状況はともかく開けた温泉でそのような音がしたのかという疑問が結局残った。

 

 そもそもこの自宅の浴室という環境で、しかも俺が何もしていないのにこの音がする時点でもはやこれは怪奇現象に近い気もするが、きっと様式美とかお約束とかそういった類のものだろう。

 

 どーでもいいが、怪奇現象という単語で『頭を洗っている最中にかごめかごめ』とか『背後に気配を感じた時は後ろではなく上にいる』とかそういう話を思い出してしまった。どーでもいいが、なんでもないが、別にこれからお風呂に入る人の配慮とかじゃないし。

 

 そんなわけで、最近の日課となりつつある彼女との入浴中である。

 

「それじゃあ、洗うよ」

 

 一声かけてから、柔らかいタオルを石鹸で泡立てて彼女の身体を優しく撫でるように洗う。すべすべで柔らかく、それでいて水をしっかりと弾く張りのある肌に触れるのは、どれだけ経験を重ねても緊張するものである。

 

 首筋、背中、腕、足、そして洗い残しがないように当然胸やお腹、お尻や彼女のデリケートな部分もしっかりと洗う。時折くすぐったそうに身を捩るが、膝の上から滑り落ちないように優しくホールドする。

 

 あぁ、愛おしい。ただひたすら彼女のことが愛おしい。俺がこの世界に転生した来たのも彼女と出会うためだったと真剣に思えるぐらい彼女のことが愛おしい。

 

 さて、そんな彼女との楽しいバスタイムも終わりを告げる。彼女の濡れた身体をタオルでしっかりと拭き取り、そして――。

 

 

 

「楓ー! はーちゃんお願ーい!」

 

「はーい」

 

 

 

 ――キャッキャと笑う愛娘を、浴室から愛妻へと引き渡した。

 

 

 

 

 

 

「ふふっ、パパとのお風呂は気持ちよかったですかー?」

 

「はー! はー!」

 

 リビングのカーペットの上に寝かせてバスタオルで身体に残った水滴を拭いながら笑う楓と何が楽しいのか笑うはーちゃんこと周藤早見(はやみ)の様子を、ガシガシとバスタオルで頭を拭きながら眺める。

 

 既にこの光景を見るようになってから、早一年が経とうとしていた。もうそろそろ一歳になる我が娘は最近になってハイハイを覚えて活動的になった。彼女の手の届くところへ基本的に物は置いていないが、そろそろ生まれた頃とは別の意味で目が離せなくなってきそうである。

 

「ふぅ」

 

 喉が渇いたので冷蔵庫から取り出した麦茶をグラスに注ぐ。彼女が生まれる前だったら風呂上がりのビールを嗜んでいたところだが、妊娠中から授乳期の現在に至るまでずっと禁酒を続けている楓に付き合って俺も禁酒しているので現在の我が家にアルコールの類は料理酒以外に存在しない。

 

 無類のお酒好きである楓に禁酒は辛くないかという問いに対する楓の答えは「今の私にとってこの子たちのお世話がお酒以上の楽しみなの」というものだった。いやぁ、マジ良妻賢母。あ、俺には勿体無いとかそーいうことは言わないよ? この人以外の俺の嫁も、俺以外のこの人の旦那とかもあり得ないから(ドヤァ)

 

 麦茶のグラスを持ってソファーに座ると、はーちゃんに服を着せた楓さんが彼女をすぐ傍のゆりかごの中に寝かせてから俺の隣に腰を下ろした。お風呂で疲れたのか、ゆりかごの中のはーちゃんは既に夢の中。ムニムニと口元が動いているが、果たしてどんな夢を見ているのか。

 

 意図して静かにしようと思っているわけではないが、やはり眠る我が子を前にすると自然と口数は減り行動も慎重になる。

 

「……ふふっ」

 

 コテン、と。楓は静かに笑いながら俺の左肩に頭を乗せる。俺の左手の指に自身の右手の指を絡ませながらスリスリと足を摺り寄せてきた。時期的に俺はハーフパンツで楓もホットパンツのお互いに生足なので、肌と肌が触れ合う感覚に若干くすぐったかった。

 

「私も一口貰っていい?」

 

「どーぞどーぞ」

 

 グラスを手渡すと、コクリコクリと静かに喉を鳴らして麦茶を飲む楓。今更間接キスを恥ずかしがる間柄でもないのでその辺は既にお互い何も言わないが、うーん、ただの麦茶なのに上下に動く喉がセクシーだなぁ。

 

「……なーに? じっとこっちを見て」

 

「いや、ちょっと昔のことを思い出して」

 

 こうして直接肩が触れ合うぐらい隣り合っていると、八年前の温泉のことを思い出す。俺が二十歳になって初めて楓との旅行の日で、初めて飲酒をした日で……俺が楓にプロポーズをした日で、色々とハジメテとなった忘れられない記念日である。

 

「俺、あの日の楓は絶対に忘れないよ」

 

 むしろ今でも目を瞑るとその日の情景が網膜の裏に焼き付いている。温泉での楓もその後部屋に帰った後の楓も脳内リプレイ余裕過ぎて既に非接触メディアのブルーレイでも擦り切れるレベルだ。

 

 そのことを素直に口に出すと、楓は「もう……何言ってるのよ」と言いつつ頬を染めて照れた様子で足をツンツンしてきた。

 

 『俺の嫁さんが美人なのに可愛いとか反則的過ぎて生きるのが辛いけど家族を残して逝くわけにはいかない』などと昨今のライトノベルのタイトルになりそうなことを考えながら、さてそろそろかと時計を見上げると、リビングのドアが勢いよく開かれた。

 

 

 

「あー! いくらママといえどパパとイチャイチャするのは許しません! それはわたしの役目です!」

 

 

 

 バーンッと少々騒がしくリビングに入ってきた少女に、俺と楓は揃ってシーッと口元に人差し指を立てる。その仕草ではーちゃんが寝ているということに気付いた彼女は「ごめんなさい」と謝りながら両手で口を塞ぐ仕草をする。言動や行動は少々アレではあるのだが、基本的に良い子なのだ。

 

 彼女はそのままトコトコとこちらまで歩いてくると、ピョンと軽く後ろ向きにジャンプして俺の膝に飛び乗ってきた。いくら彼女の身体が小さくて軽いとはいえ、危ないのでしっかりと受け止める。

 

 俺の膝の上に乗りご満悦な彼女に、そう言えばまだだったなと頭を撫でる。

 

「おかえり、さっちゃん」

 

「おかえりなさい、さっちゃん」

 

「ただいまです! パパ! ママ!」

 

 今年七歳になる我が家の長女、周藤沙織(さおり)は妹を起こさない程度の声量でただいまの挨拶をしてくれた。

 

 

 

「今日は冬馬とのレッスンだったか?」

 

「はい。流石はパパの唯一のライバルと言われる元アイドルです。とてもゆーいぎなレッスンでした」

 

 緑色のプリーツスカートから覗く白い足をプラプラと揺らしながら、むふぅと満足げな表情を見せるさっちゃん。まだ小学生の癖にちょっと生意気だなぁと思う反面、俺に似ず表情豊かな子に育って良かったと心の片隅でホッとする。

 

「明日は千早先生との歌のレッスンで、明後日は美由希さんとの基礎トレーニングです」

 

 小学二年生ながら、なかなか濃い生活を送ってるなぁとしみじみと思う。

 

 ご察しの通り、さっちゃんは現在進行形でアイドルになるためのレッスンを受けている真っ最中である。かつてなのはちゃんもこなした小学生向けの高町ブートキャンプを受け、さらに歴代で二人目のIU殿堂入りを果たした冬馬、日本の歌い手の頂点に君臨する千早ちゃん、その他かつてトップアイドルと称された元アイドル達のレッスンを受けるという英才教育が始まっていた。

 

 そもそも両親が周藤良太郎と高垣楓の時点でサラブレッド間違いなしと言われていたのに、ここまで来るとむしろ逆に何かが足りないのではないかと思ってしまう。

 

 正直小学生には辛いのではないかと思ってしまうのだが。

 

「どうだ、さっちゃん。アイドルのレッスン辛くないか?」

 

「そんなことありません。先生たちのレッスンは大変だけど全部楽しいですし」

 

 でも少々疲れたのでパパのお膝で充電します、とベッタリと背中を預けてくるさっちゃん。普段からよく膝に乗ってくるので特に気にしないが、赤ん坊の頃からよく膝に乗せていた身としてはちょっとずつ大きくなっていく彼女に幸せの重みを感じた。

 

「それに、わたしは世界二のトップアイドルになるのが夢ですから」

 

「世界二でいいのか?」

 

「世界一はもちろんパパです。それだけは譲られません」

 

「譲られないって」

 

 意味合いは通じているのだが果たしてその日本語は正しいのか間違っているのか。

 

 ともあれ、本人が本気でアイドルを目指すと意気込んでいるのだから、それを全力で後押しするのが親としての役目だ。

 

 きっとこの先、彼女もまた何かしらの壁にぶつかる時が来ることだろう。先ほど名前が挙がった冬馬や千早ちゃんだけでなく、『765世代』を代表するトップアイドル天海春香や『346世代』を代表するトップアイドル島村卯月だって苦難していた時期があったのだ。

 

 転生チートという俺でさえ()()()()()()()()において心を折りかけた。

 

 才能に溢れ、英才教育を受け、志を高く持つ彼女であってもそれが無いとは限らないのだから。

 

 

 

「そう言えばさっちゃん、夏休みの宿題は進んだのかしら?」

 

「あんなもの三日で終わりました。読書感想文ははやてさんにお勧めされた『「それはどうかな」と言えるアイドル哲学』を読んでいる途中ですし、自由研究は『アイドル業界の歴史』をテーマに、先生たちのお話を纏めてます。わたしのアイドル人生において宿題程度に割いていい時間なんてないのです」

 

 

 

 ……挫折する、よね? いや無いなら無いで全然いいんだが。

 

 優秀すぎる我が子が可愛すぎて怖い。

 

「ちなみにパパと過ごす時間はもっと大事です」

 

「さっちゃん、ママとの時間はー?」

 

「……ちょっとぐらいなら考えてあげてもいいです」

 

 

 

 

 

 

「……ん……うぅん……」

 

 良太郎の膝の上に座り楽しそうに今日あった出来事を話していたさっちゃんだったが、いつの間にかうつらうつらと舟を漕ぎ始めていた。

 

「ん? さっちゃん、もう寝るか?」

 

「ん……やぁ……まだパパとお話するぅ……」

 

 クシクシと目を擦りながら必死に眠気を堪えるさっちゃんだが、眠ってしまうのも時間の問題だった。

 

「ほら、お話ならまた明日すればいいだろ? シャワーはレッスン終わりに浴びてきたな? なら歯磨きして寝るぞ」

 

「……パパも一緒にぃ……」

 

「はいはい」

 

 さっちゃんは良太郎の服をギュッと握って放さなかったので、良太郎はさっちゃんを抱きかかえたまま立ち上がる。

 

「それじゃあママ、さっちゃん寝かしてくるな」

 

「いってらっしゃい、パパ。お休みなさい、さっちゃん」

 

「……おやしゅみなさぃ……」

 

 もうほとんど半分眠ってしまっている今の状態で歯磨きが出来るのだろうかと些か不安だったが、良太郎に任せればいいだろうと私はソファーに深く座り直した。

 

 それにしても相変わらずさっちゃんはパパが大好きである。目はパパに似ているのに、パパ好きは私に似てしまった……と考えて、ふと思い当たる。

 

 私が『パパ』と呼ぶようになったのは、さっちゃんが言葉を発するようになった辺りからのはず。

 

(じゃあ『良太郎君』から『良太郎』って呼ぶようになったのは何時だったかしら……?)

 

 確か同じぐらいの時期に良太郎も私を『楓さん』から『楓』と呼ぶようになった気がする。

 

 ならば何時からだったかと過去の記憶をゆっくりと遡り――沙織が生まれた日のことを思い出した。

 

 

 

 

 

 

 ――楓さんっ……!

 

 ――良太郎君、お帰りなさい。ライブお疲れ様。

 

 ――……ごめん、楓さん。一番大事な時に一緒にいれなくて……。

 

 ――ううん、いいの。ファンのみんなには伝えてくれた?

 

 ――あぁ、勿論。連絡が入った瞬間、曲中断して思いっきり「パパになったぞぉぉぉ!」って叫んじゃった。

 

 ――ふふ、明日の一面になっちゃいそうね。

 

 ――……この子が、俺と楓さんの赤ちゃんなんですね。

 

 ――えぇ、良太郎君と私の赤ちゃん。

 

 ――……ありがとう。本当に……。

 

 ――これから大変よ?

 

 ――望むところです。アイドルとして……貴女の夫として、この子の父親として。

 

 ――頑張りましょう、貴方。

 

 ――……これからも、よろしく……楓。

 

 ――っ……! えぇ、よろしく、良太郎。

 

 

 

 

 

 

「楓?」

 

「……え……?」

 

 体を揺さぶられる感覚にハッと我に返る。どうやらソファーに座ったまま私も微睡んでしまっていたようだった。

 

「なんだ、楓もおねむか?」

 

「私はさっちゃんと違ってもう少し夜更かし出来るわよ」

 

 再び私の横に腰かける良太郎の肩に、もう一度頭を乗せるようにもたれかかる。

 

「私も昔のことを思い出してたらウトウトしちゃった」

 

「楓は何時のことを?」

 

「貴方が私のことを『楓』って呼んでくれるようになった時のこと」

 

 そう言うと、良太郎も「あぁ……さっちゃんが生まれた時のことか」とすぐに思い出してくれた。

 

「あの時の良太郎、私の手を握りながらボロボロ泣いてたのよねぇ。明るい部屋の中なのにcry(クライ)cry(クライ)って」

 

「……楓さんほどじゃなかったと思いますけど」

 

「あら、昔に戻ってるわよ、良太郎君?」

 

 ふふっと笑いながら、そっと目を閉じる。

 

 

 

 初めて出会った時は『周藤君』と『高垣さん』だった。

 

 それがいつしか『良太郎君』と『楓さん』になり。

 

 沙織が生まれて『良太郎』と『楓』になった。

 

 今ではそれが『パパ』と『ママ』である。

 

 きっといつか『お爺ちゃん』と『お婆ちゃん』に変わっていくのだろう。

 

 けれど、きっとこれ以上私と良太郎の関係は変わらない。これ以上なんてものは、きっとこの世に存在しない。

 

 『私は今、貴方と一緒にいて幸せです。愛しています』

 

「………………」

 

 そう言おうとして口を開き――。

 

 

 

「……明日、四人で買い物にでも行きましょう?」

 

 

 

 ――けれど『それ』は言わなかった。

 

 きっと『それ』を改めて口に出す必要は、今の私たちにはきっと無い。

 

 私がこれからも彼を愛し、彼も私を愛してくれるという自信。

 

 それが私たちの日常ならば、今こうして彼に語るべき言葉は『二人きりの愛の言葉』ではなく『愛する家族四人の言葉』だろう。

 

 

 

 でもたまには、ちゃんと「愛してる」って口にしてくださいね、旦那様?

 

 

 




・周藤良太郎(28)
既にありとあらゆるコンテストや大会からは身を引いているものの、今なお生きる伝説と称されるトップアイドル。現在は仕事の量を減らし、奥さんと一緒に子育てを楽しんでいる模様。

・周藤楓(32)
既にアイドルは引退し現在は専業主婦。30を超えてなお32歳児と称される。
今なお見た目は変わらぬことから実は高町家と親類なのではと疑われている。

・周藤沙織(7)
良太郎と楓さんの長女。オープンファザコンで隠れマザコン。血筋、才能、環境、やる気全てにおいてトップアイドルになるために生まれた正真正銘『アイドルの申し子』。
名前の由来は楓さんの中の人の下の名前。妹の名前に合わせる形で採用となった。そして中の人繋がりで某妹様をイメージして書いた結果こうなってしまった。

・周藤早見(11ヵ月)
良太郎と楓さんの次女。恐らく沙織の下の世代でトップアイドルなるであろう少女。
名前の由来は楓さんの中の人の上の名前。「はーちゃん」という名の赤ちゃんキャラが今期プリキュアで登場したので採用せざるを得なかった。

・『頭を洗っている最中にかごめかごめ』
・『背後に気配を感じた時は後ろではなく上にいる』
さぁ、みんなは今からお風呂かな?

・『俺の嫁さんが美人なのに可愛いとか反則的過ぎて生きるのが辛いけど家族を残して逝くわけにはいかない』
これは流行る()

・あのIEでの一件
番外編で本編にて使うであろう伏線を撒いておく。

・『「それはどうかな」と言えるアイドル哲学』
Arc-V再出演決定記念。



 これにて楓さんシリーズ四部作完結! 最後は文章少な目甘さ控えめですがしっとりした感じになったかと。

 あーあー! 誰かもっと楓さんメインの小説書いてくれないかなー!

 次回は『赤色の短編集』です。



『現在考えているデレマス編の情報を小出しするコーナー その2』

 前回の別名『○○○。○○○○ー○編』に対する感想が大喜利みたいで面白かったゾ(個人的には『全本文。熊本弁モード編』がツボ)

 ただ「。」が小さい○だったってことに気付かれなかったことが悲しかった。

 これならもう分かるだろうというかほぼ答え→『プロジェクト○○ー○編』

 ぶっちゃけこっちの方が好みの娘が多いから書くの楽しみです(問題発言)

 一応アニメ順守のスタイルは貫くのでCPファンもご安心ください。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。