「おぉ! 可奈ぴったりやんか!」
「可奈ちゃん、ちゃんと入ってるよ!」
アリーナライブ当日の出演者控室にて、奈緒と星梨花が感嘆の声を上げる。
アタシたちの衣装は二の腕や太ももはおろか臍まで大きく見せている結構露出が多い衣装のため、以前の可奈では少々厳しいものがあったが、僅か一か月という短い期間で彼女の体形は元に戻り、無事にバックダンサー組の衣装を身に着けることが出来た。
ちなみにアタシや奈緒、そして意外なところで星梨花や杏奈は何の抵抗も無かったのだが、それ以外のみんなは露出の多さ故に少しだけ躊躇していたのは全くの余談である。
「うぅ~! 良かったよぉ~!」
「泣くのはまだ早いから」
「それに、泣くのは恵美ちゃんの専売特許よぉ」
「ちょっとまゆ、それどーいう意味っ!?」
衣装を着れたことに対して涙声になる可奈を宥める志保とまゆだったが、まゆのその発言は少々受け入れ難かった。涙腺が緩いのは認めるが、専売特許とまで称されるつもりはない。
「あら、みんなも着替え終わったのね」
そんな秋月さんの言葉に振り返ると、そこにはアタシたちバックダンサー組の衣装と反対の白い舞台衣装を身に纏った765プロの皆さんの姿があった。アタシたちがホットパンツなのに対し、彼女たちはスカートという違いもあるが。
「ふふっ、よく似合って、る……?」
彼女たちを褒める秋月さんの言葉は、秋月さんの胸に765プロのアイドル全員が付けているものと同じコサージュを付ける三浦さんの手によって尻すぼみになっていった。
「え、これ……?」
突然の出来事に戸惑う秋月さんに、三浦さんはニッコリと微笑んだ。
「私たちはいつも、律子さんと一緒ですからね」
「あずささん……みんな……」
アタシたちはおろか天海さんたちがデビューする前にアイドルとして活動しており、今でこそプロデューサーとして活動している秋月さんに『同じアイドル』としての思いを込めた言葉。
同じように優しい微笑みを向ける天海さんたちに、秋月さんの瞳に光るものが浮かんできた。
「もぉ! 開演前から泣かせるんじゃないわよぉ!」
「りっちゃ~ん! 泣いちゃダメだよ~?」
「泣いてないでしょぉ!」
そう言いながら、秋月さんは涙声になっていた。
「それでぇ? 恵美ちゃんもティッシュ使う?」
「泣゛い゛でな゛い゛じっ!」
「はいはい、それは心の汗なのよねぇ」
「やっぱり専売特許やん……」
「うむ、全員準備万端のようだね」
季節外れの花粉症に苛まれてティッシュで鼻をかんでいると、控室に高木社長がやって来た。
「社長」
「実は本番前の君たちに是非激励がしたいという人たちを連れてきたんだ」
「え、もしかして……!」
星井さんが期待に満ちた声を上げた。他の人たちも、もしかしてと淡い期待を抱いた。
入ってくれたまえと高木社長が廊下に向かって呼びかける。
「……よう」
『……はぁ……』
「おいお前ら今露骨にガッカリしただろっ!?」
廊下から姿を現したのは冬馬さんだった。恐らくだが、すわリョータローさんかと一瞬思ってしまった何人かが落胆の溜息を吐いたのだろう。
「なんだぁ、良太郎さんじゃないのかぁ……」
「だから思ってても口に出すんじゃねぇよ佐久間ぁ!」
ここで堂々と本音を口にする辺り、まゆは失礼とかそーいうのじゃなくてブレなさすぎて図太いんじゃないかって最近思い始めた。
「はは、案の定な反応だったね」
「とーま君を人柱に捧げた甲斐があったよ」
ひょっこりと入り口から北斗さんと翔太君が顔を出した。どうやらこうなることを予想していたらしく、やり口が地雷除去のそれだった。
「伊集院さん、御手洗君」
「チャオ。いやぁ、本当は良太郎君も一緒に来てるんだけどね?」
「なんか『ライブの時はファンとして参加するから楽屋には行かない』とか言っててさー。だから伝言だけ預かって来たよ」
まずはバックダンサーのみんなに、と翔太君。
――緊張してもいい。でも力まないで。
――落ち着かなくてもいい。でも焦らないで。
――笑顔になろうとしなくていい。今の君たちなら、自然と笑顔になれる。
「~っ……!」
その言葉を聞いて一瞬また泣きそうになった。
緊張してもいいと言われた、落ち着かなくてもいいと言われた。でも、さっきまで少し感じていた緊張も焦りもすっかり消えていた。
本当ならば緊張と焦りが増すであろう『周藤良太郎からの期待』を受けているにも関わらず、バックダンサー全員が笑顔になっていた。
翔太君はそのまま天海さんたち765プロのアイドルへの伝言を口にする。
「『――今から君たちが目にする場所が、輝きの向こう側だ』ねぇ。随分とカッコつけた激励の言葉だこと」
「厨二乙」
「その言葉で傷つくのが俺ばかりだと思うなよ……!? ぜってー何人かに飛び火してるからな……!?」
情け容赦ない麗華とともみの言葉に涙が出そうになる。というか隣で「アタシは好きだよ! ……そ、その言葉!」とりんがフォローを入れてくれていなかったら泣いていた可能性がある。しかしただ男が泣くのは見苦しいので美術部よろしく部長箱を被らねばならぬ。
はてさて、そんな会話をしている俺と魔王エンジェルの三人が何処にいるのかというと、765プロダクションアリーナライブ会場内である。今年の初めの新年ライブの時と同じように共にライブを観に来ており、今回はそこにジュピターの三人も追加されている。もっともその三人は俺の伝言を携えて出演者控室へと行っているが。
「それにしても、あの子たちも随分とお客さん入れるようになったわねぇ」
しみじみと会場全体を見渡しながら麗華が呟く。
「去年の秋の感謝祭ライブが懐かしいなぁ」
何もかも皆懐かしいと言うほどではないが、もう既にあれから一年が立っているのだと思うと色々と感慨深い。
「春香ちゃんたちもすっかりトップアイドルだなぁ……」
「私たちだってまだまだ足を止めるつもりはない」
正直独り言に近い呟きだったが、パンフレットに目を落とした麗華がそう返事をした。既に薄暗い中で文字を読んでいると目が悪くなると言おうと思ったが、麗華も既に視力が落ち始めていてコンタクトを入れるようになったんだった。
「だから海外に行くのはアンタから逃げるわけじゃないわよ」
「だから分かってるって」
既に麗華たちが海外進出を進めるという話は聞いている。一応試験的に一年を目途に期間を決めてのことらしいが、日本での仕事も数を減らしつつこなしていくそうだ。
麗華には首を洗って待ってなさいと鼻先に指を突き付けられ、ともみには翠屋のシュークリームを定期的に送ってほしいと無茶を言われ、りんには浮気の心配はしなくていいからねと手をぎゅっと握られた。りんの言葉の意図は正直分からなかったが、とりあえず全員海外での活動に気合十分ということでいいのだろう。
「……海外、ね」
魔王エンジェルの三人を初め、千早ちゃんと美希ちゃん。あとアイドルではないが赤羽根さん。
次々に知り合いが海外へと旅立っていくこのタイミングで『それ』の発表は、やはり偶然ではなく運命的な何かを感じずにはいられない。
――『
それまで日本国内のアイドルのみが参加していたIUがIEと名前を変え、世界中のアイドルが集い『世界一のトップアイドル』を決める国際的な催しに姿を変えた。
今年のIUが開催されず、さらに話が全く入ってこなかったのはこういうことだったのだろう。
(世界一か)
その称号自体に興味が無い……と言えば勿論嘘になる。しかし『俺の夢』はそこではなく、だからといってそれが『俺の夢』に一番近いところにあるのも間違いではない。
ただまぁ当たり前ながらそんなに簡単な話じゃないことは子供でも分かる。
いくら俺が日本のアイドルの頂点と持て囃されたところで、それはあくまでも日本の話であり――。
――転生チートの俺に匹敵する『輝きの向こう側に至ったアイドル』は世界中にいるのだ。
例えば中国。全国民を魅了したと言っても過言ではない人気に一時は社会問題にまで発展し『黄巾の再来』とまで称された三姉妹。
例えば
例えば
彼女たち以外にも日本にまで届く高名なアイドルはいる。俺が世界一を本気で目指そうと考えた時、彼ら彼女らが目の前に立ち塞がるのだろう。
『覇王』と畏怖されるアイドルとしては「ふはは相手にとって不足は無い!」的な感じが正解かもしれないが……俺は、彼ら彼女らに少しだけ会ってみたくなった。
だから、俺も少し
といっても海外進出とかそういう大掛かりな話ではなく、春休みを利用して軽く世界を見て回ってこようというそういう話だ。詳しい日程はこれから話し合って決めていくつもりだが、まぁ
きっと春にはまた、新たなアイドルの芽が芽吹くことだろう。
「ハナコー、散歩行くよー」
「……よし! 今日も頑張ります!」
「アイドルかぁ……へへ、面白そうかも!」
一体、彼女たちはどんな花を咲かせるのだろうか。
「戻ったぞー」
「ただいまー」
「みんな調子良さそうだったよー」
俺の伝言を携えて激励に行っていたジュピターの三人が帰ってきた。俺やりん、ともみが割と普通に「おかえりー」と出迎える中、一人パンフレットに視線を落したままの麗華は無反応だった。
以前の騒動のことでジュピターを敵視した麗華。そのごたごたも終わりウチの事務所に所属することになった時に一応彼女たち(というか主に麗華)と和解したはずなのだが、未だにジュピターに対して麗華の風当たりが強い。
恐らくではあるのだが、結局大本の961を叩くことが出来ずさらにジュピターが961を離れてしまったため振り上げた拳を下ろす場所とタイミングを逃してしまっただけだと俺は考えている。いじっぱりここに極まれりってところか。何ともまぁ攻撃力が高そうである。
「お、始まるか」
ビーッというブザー音が会場内に響き渡り、それを上回る大歓声が沸き上がった。
さてそれじゃあ俺も765プロのアイドルのファンとして、あと恵美ちゃんとまゆちゃんの先輩として今日のライブを全力で楽しむことにしよう。
予め購入しておいたサイリウムを折りながら立ち上がる。ともみとりん、北斗さんと翔太も立ち上がったが、麗華と冬馬は座ったまま。なんだかんだ言って似た者同士だなぁと少し思った。
会場の照明がさらに薄暗くなり、だんだんと歓声も収まっていく。
カッと照明がステージ上を照らし、薄いカーテンの向こうに十二人のシルエットが映し出された。
曲が始まり歓声が再び大きくなる中、カーテンは少しずつ開いていく。
「……ようこそ、トップアイドルの世界へ」
彼女たちを、俺は『
アイドルの世界に転生したようです。
第三章『M@STERPIECE』 了
・「泣゛い゛でな゛い゛じっ!」
この小説でのころめぐはこの方向性で進めていきます。
・「なんだぁ、良太郎さんじゃないのかぁ……」
ついでにままゆもこの方向性で。
・美術部よろしく部長箱
GA七巻で最終巻ってどういうことだよ!(激怒)
俺たちのアニメ二期はどこいったんだよ!(血涙)
・何もかも皆懐かしい
アレ宇宙戦艦ヤマトって下に砲門無くねって思ったのは絶対に作者だけじゃない。
・『IE』
ワンフォーオール編への布石。
・『輝きの向こう側に至ったアイドル』
輝きに憧れる者:アイドルそのものに憧れる者(初期の春香たち他アイドルの卵)
輝きの向こう側を見た者:アイドルのその先を見据え始めた者(魔王エンジェル他トップアイドル)
輝きの向こう側に至った者:アイドルのその先の極致に辿り着いた者(良太郎他オーバーランク)
・『黄巾の再来』
「ちーちゃん、れんほーちゃん! アイドルの世界大会だって!」
「ふふん、ちぃの魅力で世界なんて簡単に獲ってやるんだから!」
「姉さんたち、少し落ち着いて……」
・『福音』
「くくく……この私が世界一だと知らしめる時が……クシュン!」
「こらエヴァ、風邪の時ぐらい静かにしていろ」
「うぅ……雪姫、喉乾いた……」
・『女帝』
「……ついにこの時が来たわね。楽しみに待ってるわよ、新人アイドル君?」
・「ハナコー、散歩行くよー」
Never say never
・「……よし! 今日も頑張ります!」
S(mile)ING!
・「アイドルかぁ……へへ、面白そうかも!」
ミツボシ☆☆★
・いじっぱり
二人ともHAベースで、麗華がB調整、冬馬がS調整のイメージ。
第三章が終わったよー!(愛ちゃん並感)
いやぁ、本当に劇場版編書き終えるまで続けることになるとは思ってませんでした。ここまできたらアイマス系のアニメ全てやり尽すまで書き続けてみせましょう(Mマスは除く)だからスタッフほら、ミリマスアニメ化はよ。
さて、これからのお話を少々。
大体の方は何となく察しているでしょうが、すぐに第四章に入るわけではありません。書きたかった番外編とタイミングと時期もろもろをすり合わせ、番外編を三本ほど挟んだ後、四月から改めて第四章を開始したいと思います。
『二人いる第四章からの123の新人の一人は既に出演済み』ですし第四章を書くのが作者も楽しみですが、一応『赤色の短編集』と『恋仲○○シリーズ』を二本考えております。
番外編ばっかりじゃねえか! という声は、流石に今更なのでもうないと信じております(チラチラ)
今後とも、この小説をよろしくお願いします。
それでは。
春。命芽吹く暖かなこの季節に、新たにアイドルへの道を歩み始める少女たちがいた。
彼女たちはガラスの靴を履き、お城への階段を駆け上がる。
これは、そんなシンデレラを目指す少女たちに魔法をかける魔法使い――。
――ではなく、彼女たちの周りをウロチョロしつつほんの少しお手伝いをするネズミのようなポジションの男のお話。
アイドルの世界に転生したようです。
第四章『Star!!』
coming soon…