ガルマッゾさんは、アルガスをグレードDに長く留まらせていました。
長期的な視野を持つ「やり手」のブリーダーさんは、次に育てるモンスターの育成資金を貯めるため、最も稼ぎやすいグレードで昇進を留めます。BかA辺りが人気ですが、通はグレードEやDで入念な準備を整えます。
と言うのも、グレードEにはアルテミス杯、グレードDにはジェミニ杯と、他のグレードでは見られない珍品が賞品として出る大会があります。これらはファームに置いておくだけで効果を発揮し、ブリーダーの助けになります。 それだけに、アルテミス杯を逃して早々にグレードDに昇格させてしまったことが悔やまれます。
呼び鈴が鳴りました。
「はーい、どなた?」
「ガルマッゾさんのお宅の?」
お客さんは、丸い眼鏡が特徴の、初老の男性でした。ジャングルに突撃して首狩り族に襲われたり、底なし沼にハマったりしてそうな格好です。
「はい。あの、どなたさまです?」
「いや、わしはこういうもんでな」
名刺によれば、トーブル大学考古学教授のタリコ博士という方だそうです。
わたしはジョイと違って、学会にはコネが無いので、偉い学者さんと言われても、いまいちピンと来ません。
「あの、どんなご用でしょうか?」
「大昔まだ大陸が一つしかなかったころ、神様がモンスターを封じ込めた円盤石をまとめて隠した神殿があったという」
ガルマッゾさんの目の色が変わりました。モンスター大好きなガルマッゾさんのことです、たくさんの円盤石が眠る神殿があるなどという話を聞けば、喜んで高速で地面を這いずり回ることでしょう。
「その伝説の神殿がこの大陸にあるということを、わしはつきとめたんじゃっ!」
「はぁ……」
「はぁ……じゃないっ! 大発見なんじゃぞ!! わしはなんとしても、そこへ行かねばならん」
「あの、それとわたしたちと……」
「その神殿へと続く道の途中にはいろいろ邪魔をするものがあるらしいのじゃ。そこでじゃ、君らにわしと一緒に冒険に行ってほしい。金もやるし、見つけたアイテムなんかも、あんたたちにやろう」
突然の冒険のお誘いに、わたしも対応に困っていると、後ろからおぞましい助け船が現れました。
「おや、タリコくんじゃないか」
「ガルマッゾ! ガルマッゾじゃないか!」
タリコさんは白目を剥いて、ガルマッゾさんとの再会を喜びました。ちょっと正気度ロールに失敗して1D20ほど正気度が減ったようですが、大した問題ではありません。
「……ガルマッゾだな! 死ね!」
ガルマッゾさんを見たことによる正気度減少により、タリコさんは発作的な殺人癖を発症してしまいました。どこかの怨霊みたいです。
「クエーッ! クエーッ!」
典型的かつ哀れな探索者であるタリコさんは、一時的狂気に捕らわれてしまいましたが、ジョイの精神分析により、なんとか正気を取り戻しました。
「……パブスに、ガルマッゾがブリーダーを始めたと聞いてきたんじゃが」
「何だ、そうならそうって言ってくださいよ」
パブス先生のお知り合いだそうです。確かにパブス先生はIMaきっての名ブリーダーですし、ガルマッゾさんもモンスターバトル協会の会長をされていた方なので、人脈も相当広いのでしょう。
「どうする、ガルマッゾさん? 怪我とかしちゃったりするかも知れないけど……」
「冒険! それに円盤石をまとめて隠した神殿だって? ということは、それを見つければ、もっといろいろなモンスターと会えるんだね? 是非行こう!」
ガルマッゾさんは二つ返事で許可してくれました。円盤石という言葉が琴線に触れたようです。
「ぼくも若い頃はモンスターを連れて旅をしたよ。メニュー通りのトレーニングだけじゃ、本当に強いモンスターを育てることはできないからね。経験が大事なんだ」
ガルマッゾさんの若い頃なんて、想像もつきません。ただ、昔からモンスターが大好きであったことが伺えるばかりです。そんな彼の言葉ですから、とても重みがあります。
さあ、やってきましたフェニックス火山です。フェニックス火山の山道はほとんど一本道で、火山の中腹の洞窟にたどり着くまでに、そう時間はかかりませんでした。
アルガスが雄叫びを上げながら洞窟に入ると、火口から青い炎が鳥の形を成したようなモンスターが飛んでいきました。
「おおっ! 今のはこの山の守り神と言われている伝説のモンスター、ヒノトリじゃな!」
「あれが……ヒノトリ」
「いや、伝説ではなく、本当は生きていたのか! 急いであやつに知らせてやろう」
タリコさんは年甲斐もなくはしゃいでいます。
実はヒノトリはグレードAのフェニックス杯で二匹くらいいた気もするのですが、そこは敢えて黙っておくことにします。
「でもあのヒノトリ、なんか青いんですけど」
「じゃあそれはフェニックスだ。逃げろ!」
後で聞いたことですが、フェニックスはカウレア火山の守護神とされる、青いヒノトリです。その姿を見た者は長生きできるという言い伝えがありますが、出会ったその場で死ぬ人の方が多い言われるほど、狂暴な気性で知られます。
フェニックス火山というくらいですから、本当は単なるヒノトリではなく、フェニックスが守り神だったのでしょう。「これは凄い発見だぞぉ!」という、ガルマッゾさんの言葉が思い起こされます。
「アルガス! 早く逃げましょう!」
「嫌だ! 俺は一山当てて大金持ちになるためにここに来たんだ!! 今更引き返せるか!」
トレーニングではちょくちょくズルをするくせに、こういうところだけは根性を見せます。
しかし、それが逆に仇となりました。
「ギヤーオ!」
フェニックスは凄まじい光を纏って突進してきます。大陸対抗戦のグレードSの戦いに匹敵するか、それ以上のモンスターです。今のアルガスには致命傷です。
「うげっーー!!」
強烈な先制攻撃を受けたアルガスは、常人には発音不能な悲鳴を上げています。
「モエルーワ!」
どちらかと言うとドラゴンっぽい鳴き声とともに、フェニックスは更なる追撃を行います。ブリーダーの制御から離れた、モンスター本来の野性と凶暴性が牙を剥きます。フェニックス得意の火炎の攻撃です。
「ぎょえーーっっ!!」
アルガスは炎で焼かれながらも、自分のプライドは捨てませんでした。高貴な人間にありがちな悲鳴を上げています。
「ショオーッ!!」
更に、虹色に輝いてる方のヒノトリみたいな鳴き声を上げて、フェニックスは襲いかかります!
「ぬわーーっっ!」
「ああっ! アルガス!」
アルガスはフェニックスのせいなるほのおを受けて火達磨になっています。ギャイボンの時といい、つくづく火達磨に縁があるモンスターです。
しかし、フェニックスの苛烈な攻撃は、なおも続きます。
「ギヤーオ!」
「うげっーー!!」
「モエルーワ!」
「ぎょえーーっっ!!」
「ショオーッ!!」
「ぬわーーっっ!」
「鳳凰幻魔拳!」
「げぐぁ~っ!!」
炎で徹底的に消毒されたうえに精神攻撃まで受けたアルガスは、とうとう親の仇みたいな悲鳴を上げています。このままではアルガスが死んでしまう!
しかし、それ以上の追撃はありませんでした。そのまま飛び去っていきます。
「た、助かった……」
わたしたちは黒焦げになったアルガスを病院に搬送しました。奇跡的に一命をとりとめましたが、かなり深刻なダメージです。
しかし、アルガスは転んでもただでは起きなかったようで、円盤石を抱えていました。
「……かっこよかったよ、アルガス。でも、もうこんな無茶はしないでね」
「家畜に神はいないッ!(アルガスの鳴き声)」
「……」
ただちに腕の良い精神科医を雇うことと、退院したら猛勉強をトレーニングのメニューに組み込むことを検討に入れようと、堅く誓いました。
「というわけで、アルガスは入院させたよ」
「にゃはは……そりゃ災難だったねえ」
黒く焼けただれたアルガスが冒険から帰ってくると、ただちに入院の手続きをとりました。
「それにしても、どんなモンスターが入っているんだろうねえ?」
アルガスが持ち帰った一枚の円盤石。
悲しい話ですが、モンスターの寿命は5年ほどです。お別れはすぐに来ます。円盤石という形で次のモンスターの存在を示唆されると、今育てているアルガスとの別れをどうしても意識してしまいます。
「……か……い……イ……な……ゃ……よ……よ……」
円盤石は独りでにカタカタと揺れ、時折、中から声が聞こえます。
「……うーん、アルガスには悪いけど、あんまり良くない予感がするよ」
「わかるものなの?」
「一部の円盤石は、封印されて然るべきモンスターが封じられているからね。この子、外に出たがってるよ」
確かに、ジョーカーとかは明らかに神々の封印を受けています。そもそも、モンスターは元々、世界がまだ一つの大陸であった頃に人間と争いになって、その後に神々に封印されたものです。
「まるでムーみたいだね」
「いやあ、ムーは強敵だったね」
「本当にそうですね」
ムー。かつて人間を支配しようとしたとされる、伝説のモンスターです。白く禍々しい巨竜で、モンスターの中のモンスターと呼ぶにふさわしい怪物だと伝えられています。
そんなムーですが、およそ1年ほど前に近所のファームで再生され、ただちに野生化した後、ウチのファームに迷い込み、ジョイに始末されました。
ムーは円盤石から再生されたばかりのときでさえ、パワーは並みのドラゴンをはるかに上回り、しかも強力な炎のブレスであるインフェルノを使いこなしたという報告があったそうです。
幸い、弱点のガッツダウン技で固め殺したらなんとかなりました。ムーはカブトムシ並みの学習能力しか無いので、こちらの戦いに対して適切な対応をとることがなかったのが幸いでした。あんな父親は持ちたくないものです。
「……今回の怪我の後遺症は酷そうだね。引退も視野に入れておかないといけないよ」
わたしはアルガスの怪我の具合を知っていました。あれは生きているのが不思議なレベルです。精神攻撃まで受けていましたから、普通なら再起不能になっているでしょう。
「そうだねえ……」
ガルマッゾさんは円盤石を見ています。この円盤石からは良くない気配がするとのことでしたので、一晩考えることにしたそうです。