アルガスがグレードDに昇格してから、一年近く経った頃のことです。
「そろそろジェミニ杯の季節だね」
ガルマッゾさんは流石に経験豊富なブリーダーだけあって、これからの仕事を円滑にするための設備を揃えることを考えていました。
ガルマッゾさんが目をつけたのは、5月の4週目に開かれる大会、ジェミニ杯の優勝商品のふたごの水さしです。
ふたごの水さしは不思議な力を持っていて、心を疲れを癒す力があると言われています。
ジェミニ杯はグレードDの中でもレベルが高いと言われています。賞品が豪華で実入りが良いからでしょう。
もちろん、一年もグレードDに留まり続けているアルガスですから、相応の実力――殆どグレードCに相当する――を備えています。決勝戦までは、何事もなく進むことができました。
しかし、決勝戦の相手も一味違いました。
決勝戦の相手は、体長三メートルほどの、絵に描いたような悪魔でした。身体は白く、翼と腕が一体化しています。
「片付けろ!」
決勝戦の相手のブリーダーさんはまだ若い、十代後半くらいの男の人でした。
整った中性的な顔立ち、銀髪、威圧的な雰囲気。服は黒いタートルネックの上から、ふわふわのマダムコートを羽織っています。
見ての通り、どこにでも居る、ごく普通の高校生です。
ただ違うところは、ワイングラス(中身は葡萄ジュース)を掌で転がしながら、高圧的にモンスターに命令する姿には、生まれながらの暴君の貫禄があるという点です。
彼のモンスター、ギャイボンもまた、グレードDにしては非常に高い忠誠を持っているようで、まるで彼の手足であるかのような動きでした。
「アーリエーン!」
対戦相手は雄叫びをあげ、炎に包まれて病院に運ばれました。文句なしのKO勝ちです。
より高いグレードでも、このブリーダーさんは強敵として立ちはだかりそうです。
ああいうのを天才というのでしょう。まだお若いのに、ブリーダーとして頑張っているみたいです。まあ、かく言うわたしも十四歳、目や腕が疼く年頃なのですが。
それはさておき。
「……気に入らねえ」
アルガスは、対戦相手のモンスターよりも、それを育てたブリーダーさんに対する敵がい心を顕にしています。
選民思想に凝り固まったアルガスにしてみれば、相手のブリーダーさんのような、どう見ても普通の高校生が、王者たるに相応しい振る舞いをし、しかもそれが様になっているという事実が許せないのでしょう。
「おい、あのモンスターは何だ、コルト」
「あれはギャイボン。死神に仕える悪魔の騎士だよ」
「騎士だって? ますます気に入らねえ! 鼻っ柱をへし折ってやるぜ!」
そういえば、アルガスはそもそも正式には騎士ではなく、騎士になり損なって死んだ下っ端でした。死んでからデスナイトになって、やっと騎士になったようなモンスターです。
そんな彼にしてみれば、たとえ見た目が全然騎士っぽくなくても、騎士という言葉だけで反応しているのかも知れません。
「ガルマッゾ! コルト! どうすればアイツに勝てる?」
今までにないほど真剣に、勝利への執念が燃え盛っています。普段のトレーニングも、これくらい真剣であってほしいものです。
「今までの試合を見る限り、ギャイボンは遠距離攻撃が得意みたいだね。でも、火炎弾には気をつけてね」
ギャイボンは口から吐く火炎弾を得意としています。体当たりも行いますが、想定外の方向に飛んでいく姿を何度も見ているので、離れた間合いの方が得意なのは、間違いありません。
「アルガスは近接戦の方が得意だから、自分の得意な間合いに引き込むんだ。あと、身体が赤くなったギャイボンは本気だから、一気にかたをつけるんだ。そうすれば、きっと勝てる」
「よし!」
試合運びは、前半戦はアルガスが有利でした。ガルマッゾさんのアドバイス通り、アルガスは得意な間合いをキープし、一つ一つ確実に当てていきます
しかし、ギャイボンの身体が赤くなります。ジョーカー種等のモンスターは、相手を追い詰めると本気を出しますが、ギャイボンは自分が追い詰められると本気を出します。
ここからが勝負です。しかし……
「ぬわーーっっ!!」
「ああっと! アルガス選手、苦しそうです!」
アルガスは火だるまになって、雄叫びをあげています。
あれほど身体が赤くなった後の火炎弾には気をつけるよう言ったのに、余裕綽々で調子に乗っていたら、見事に直撃を受けました。また、相手に技を出させなかったことが災いし、相手のギャイボンのガッツが充実していました。充実したガッツが産み出す一撃は強烈です。
巨石避けのトレーニングでズルを続けた罰が当たっています。
「アルガス! ガッツダウン技で相手の火炎弾を封じるんだ!」
「わかった! 死ぬも生きるも剣持つ定め……地獄で悟れ! 暗の剣!」
「うわぁ……」
目とか腕が疼きそうな詠唱と共に、アルガスが渾身のガッツダウン技をお見舞いします。
「……ッ!?」
ガッツダウン技で火炎弾を封じられたギャイボンは、後ろに羽ばたいて距離をとります。それに合わせて、アルガスも剣を構えます。
今のギャイボンは本気です。パワーもスピードも、技の正確さも、普段より格段に向上しています。体当たりも命中するかも知れません。ギャイボンの体当たりは、当たれば非常に強力で、バクー(巨大な犬のようモンスターで、パワーと耐久力に優れます)も一撃でKOしています。
「ギャイボン! 仕留め損なうな!」
「アルガス! その体当たりを避ければ勝ちだ!」
「くっ! ガッツが たりない!」
さっきの暗の剣で、アルガスもガッツを使い果たしていました。火炎弾にはガッツダウ効力もあったようです。
ギャイボンが残忍な笑みを浮かべます。相手のブリーダーさんも同じく、勝利を確信していました。
ギャイボンの体当たりを喰らったアルガスくんは、どこかへ飛んでいきました。
「アルガスくん ふっとばされた! ここで試合終了です!」
実況のフジタさんが、決着をアナウンスします。
こうしてジェミニ杯は、辛くも準優勝という結果に終わりました。
「……」
どうしても勝ちたかった相手に負けて、アルガスは珍しく落ち込んでいます。
「残念な結果だったけど、ここで負けたのは良い経験だったんじゃないかな? ぼくも無敗のチャンピオンだつわけじゃないしね。ほら、元気出して! 挫折を知らない騎士より、ちょっとくらい挫折を知ってる方が、できることも多いよ」
「ガルマッゾ、俺は……」
「にゃははは! リベンジの機会はまだあるんだ。ギャイボンは来月末の公式戦でグレードCに上がる予定らしいけど……どうかな、アルガス?」
ガルマッゾさんも、伊達に歳はとられていないようで、上手いことアルガスのやる気を引き出そうとしいます。
わたしもアルガスが明日から頑張れるよう腕によりをかけて、お料理をすることにします。
今日の敗北が、アルガスにとって糧となるよう、わたしたち気合いを入れなければなりません。