魔法少女リリカルなのは ~ So close, yet so far ~ 作:SAIHAL
「さて、今朝の議題は地球での件についてや」
第97管理外世界『地球』から帰還後、就寝したのが五時間前。
アクセルは早朝にも関わらず、再び部隊長室へと呼び出されていた。
正直、揃った面々がどうして平気にしているのかが理解できなかった。それでなくとも、シャマル作のナニカのダメージが響いていて、再び解毒剤を作るか迷っている調子だというのにも関わらず、これである。
「アクセル……その、無理しなくていいよ?コーヒー淹れようか?」
「わお……まるでこの地獄に舞い降りた女神なんだな、これが。ありがたくもらうよ」
女神という言葉に反応してか、顔を赤くしてコーヒーを淹れに向かう。
……その背中に既視感。
そう、何故かフェイトに対してだけ、決して少なくはない既視感を覚える。書類をまとめている時、笑顔で隣を歩いている時、そして、今のようにコーヒーを淹れている時。
思い出せないが、フェイトによく似た人物がそうしているビジョンがたまに見える。
彼女は、いったい誰なのだろうか。
「アクセル君、フェイトちゃんのうしろ姿に見惚れてるのはいいんやけど、会議にも集中してくれへんかな?」
「は、はやて!!」
「あ~、スンマセン。最近は疲れがたまってまして……こういう癒しがないと、ツラいんですわ」
コーヒーを淹れる姿を見つめて考えていると、それをはやてに見咎められた。
フェイトがさらに顔を赤くし、アクセルはさも疲れているというポーズを取る。
「仕方がないよ。最近は連日任務だし、それに分からないことが多すぎる」
「そうやな。ガジェットの活発化、転移反応なしに現れる機動兵器の集団、〈ソウルゲイン〉と同等の力を持つ女性……」
「あ~、ちょっといいスか?」
はやてが言ったその言葉に、アクセルは挙手した。
まだ、話していないことがあったのを思い出したのだ。
「ん?どうぞ、アクセル君」
「昨日言い忘れてたんだけど……その女と話したんだ、こいつが」
はやてが椅子から落ち、フェイトがコーヒーでむせた。なのはは目を丸くしている。
「な、なんやって!?」
「アクセル!!それ、どういうこと?!」
「ちょ、ちょっとアクセルさん?!」
三人娘に詰め寄られる。両手に花以上の状況だが、アクセルはその鬼気迫る様子に、嬉しがるどころではなかった。
「ちょ、ま、落ち着いてくれ。順序良く話すから」
なだめる様に両手を前に突き出す。
三人が元の位置に戻ってから、気まずくなったのか咳払いした。
「あいつが言うには、周りにいた四体。あれの名称は〈ゲシュペンスト〉っていうらしい。それと任務がどうたら言っていたから、組織に属しているっぽい。〈ゲシュペンスト〉に関しては、俺の見た限りじゃ、〈ソウルゲイン〉みたいな全身装着型のデバイスだと思うんだな、これが」
三人娘が机に集まる。アクセルの情報の分析にかかるらしい。
「〈ゲシュペンスト〉……幽霊か。言いえて妙やな、それ」
「私の方で調べてみるよ。新型デバイスの可能性も否定できないし」
「私も手伝うよ。顔はけっこう広いから」
三人が話し合うなか、アクセルの手がポケットのメモリースティックに触れた。
このことは話さない方がいい。自身の立場を悪くするだけだろう。
赤頭巾のロリ娘から受け取ったには、とあるオークションに出品されるロストロギアの詳細と、それを奪取する手はずが書かれていた。
仮面の女性から受け取ったものには、計画の若干の変更点と、〈ソウルゲイン〉の自己修復装置を向上させるためのデータが入っていた。
見続けると頭を悩ます原因となるので、軽くしか目を通していないが、重要であることは理解できた。それほどのものを渡してくるということは、まず間違いなく、記憶があったころの知り合いだということ。
(アリシアっていう女性の件とか、ほかにも色々あるが……まずは俺自身で確認して判断しなけりゃ)
言えないことが多すぎる。そのことにアクセルは罪悪感を覚えるが、今日という日はそれを意にせず始まる。
~第9話 「ホテル・アグスタ攻防戦(前編)」~
あれから数日後。アクセルは輸送ヘリに揺られていた。
周りにはフォワードの四人、三人娘にリインフォースⅡ、そして、珍しくシャマルが同乗していた。
つまり六課のほとんどの戦力がこのヴァイスが操縦する〈JF704式ヘリコプター〉に搭乗していることになる。
「さて、もうすぐ到着するみたいやから、今回の任務のおさらいをしておくで」
全員が一望できる席にいたはやてが空中にモニターを投影する。いかにも名のある巨匠がその技を凝らしたであろう芸術的な建造物の全景。CMに使われそうな映像だ。
ここが今回の任務先。名称はホテル・アグスタ。
「骨董美術品オークションの会場警備と、人員警備。それが今回のお仕事ね」
「取引許可の出ているロストロギアがいくつも出品されるので、それをレリックと誤認したガジェットが出てきちゃう可能性が高い……ということで私たちが呼ばれたです」
「この手の大型取引だと、密輸の隠れ蓑になったりもするし、油断は禁物だよ」
なのは、リインフォースⅡ、フェイトと順に説明していく。
すでに現場にはシグナム、それにヴィータを代表として何人かが昨日から警備を行っているとのことだった。
つまり、本当に六課の全戦力が集中していることが、任務の重要性を物語っていた。単に戦力の面で六課しか配備されなかっただけかもしれないが、そうでなくとも重要度が高いのだろうことが伺える。
「配置としては、私とフェイトちゃん、はやてちゃん。それにアクセルさんが中の警備。シグナムさんにヴィータちゃん、フォワードメンバーが外の警備にまわってもらうから……みんなは副隊長の指示に従って行動してね」
「え、俺も中の警備っスか?てっきり外だとばかり……」
意外な配置に驚くアクセル。中に戦力を割きすぎではないだろうか。
フォワード陣も驚きはしないものの、少しばかり意外だと感じているらしい。
「それについては、私から。実は目的地にはあまり局員が配置されてなくて。中の警備もごく少数……だから、アクセルさんには避難誘導の指揮を執ってもらいたいんです」
「避難が早く終われば、私らも応援に行けるしな」
「それに外には副隊長の二人がいるから、戦力不足ではないと思うよ」
なのはが詳細を話し、はやてが付けたし、フェイトが安心するよう告げる。
やはり、戦力として数えられるのは六課の面々だけということだった。だが、頼れる戦力が歴戦の猛者であるのならば問題はないということだ。
そうまで言われると納得せざるを得ない。敬礼してフォワードメンバーに視線を向ける。
何だろうと、全員がこちらを見返してくる。
「……誘導が終わったら、いち早く駆けつける。だから、それまで迎撃・防衛に徹すること。無茶して怪我でもしたらお仕置きなんだな、これが」
軽い口調であっても、その中身には気づいてくれたらしい。全員が力強く頷いた。
それを見て笑顔を浮かべるアクセル。心配はいらないだろう。
「ところで、気になってたんスけど。シャマル先生、その箱は?」
「ああ、コレ?」
シャマルの座席の下。そこには衣装を入れるような白い箱が四つ。
良いことに気が付いたとばかりに笑顔を向けてくるシャマル。その唇が言葉を紡ぎだす姿に、何故か冷や汗が垂れる。嫌な予感しかしなかった。
「これはね、はやてちゃんたちとアクセル君の、お仕事着」
嫌な予感は的中した。
「ふぅ、楽しかったわ。アクセル君……どうかしら、みんな?」
「あ、アクセルさん……」
「わぁ……」
「兄さん。すごく似合ってるよ!」
「お兄ちゃん、かっこいい!」
「……一応、礼は言っておくよ。ありがとう」
いま、着ているのは黒のスーツ。
くせのついた髪はワックスで纏められている。いわゆるオールバックというやつだ。どういうわけか伊達メガネまでかけさせられていた。いつものような軽さは微塵も感じさせない。正直、十人が十人振り向くだろう姿。
当の本人はそのフォーマルな姿に落ち着かなさを感じているようで、ぐったりしていた。そのため、近寄りがたさが薄れ、これまた婦女子には狙われそうな雰囲気を醸し出していた。
そんなアクセルたちのもとへ、この場にいなかった三人。つまり、なのは、フェイト、はやてが揃う。警備ということを悟られないための仕事着。三人ともそれぞれにあった色のドレスを着ている。
「どうしたの?」
「あ、アクセルも着替え終わったんだ?」
「へぇ。けっこう似合ってるやないか」
「でしょう?それにみんなもよく似合ってる。やっぱり、シャマル先生の見立てに狂いはなかったわね!」
笑顔で何度も頷くシャマル。確かに三人は似合っている。
制服とは違う、色気のある姿を見ると彼女たちも年頃の女性なのだろうと思う。
「三人ともよく似合ってるな。俺は何ともいえないけどな、これが」
社交辞令というわけでもないが、アクセルはそう口に出した。
それを聞いて三人とも頬を赤く染める。
「そ、そんなことないよ!アクセルさんも似合ってるよ?」
「そうだよ!アクセルも、その、カッコいいよ?」
「そ、そうやで!なんちゅーか、ホストみたいな?」
「……はやて、ホストっていうのは褒め言葉じゃないと思うんだな、これが」
褒め言葉を素直に受け取らないアクセルを見て、頬を膨らませる三人。それに軽く微笑み、腕時計を確認する。これもシャマルが用意したものであり、彼女の趣味が透けて見える。
「っと、そろそろ時間なんじゃないか?」
「あ、せやな。じゃあ、全員持ち場に向かおか。私たちは会場の中、アクセル君は出入り口とロビーや」
「フォワードのみんなはホテルの表側。反応があったら連絡してね」
フォワードメンバーが敬礼をして部屋を駆け足で出ていく。シャマルもそれを追った。それから、アクセルも三人を伴って向かう。
ホテル・アグスタの警備が始まった。
「しかし、広いなぁ……こんなところ俺だけで警備できるのか?」
ぶつくさと文句を並べつつ、不審物や怪しい人影がいないか確認する。
結局、任務には真面目であり、確認をマメに行うのがアクセルという男だった。
ただ気になるのは、時折女性の横を通り過ぎると、何やらひそひそ声が背後で聞こえるのだ。振り返っても、すぐに顔をそむけられる。
訳も分からず、居心地の悪さを感じる。似合わないと思われているに違いないとばかりに、首元を緩める。
「あの、少しよろしいでしょうか?」
「え?」
ため息をつき、俯いていたアクセルに声がかけられる。
顔を上げると、そこには女性が立っていた。
透き通るような長髪の色は純白。青い瞳はサファイアを思わせる。薄く微笑んでいるその佇まいは、間違いなく美女の分類に入るだろう。
「あ、あぁ。すいません。それで、何か御用で?」
緩めた首元を含め、身だしなみを軽く整える。先ほどの姿を見られていたとしても、少しはきちんとしておきたかった。
そんなアクセルに目を細める女性。その小さな唇が開く。
「少々、お尋ねしたいことがありまして」
「どうぞどうぞ。俺でよければ、何でも聞いてください」
「では……」
そう言うと、女性はアクセルに身を寄せてきた。
両肩に手をかけ、口を耳元へと近づける。女性らしさを感じる胸が押し付けられていた。
慌てるアクセルを尻目にまた微笑み―――
「予定通り、B1西搬入口から侵入します。隊長は陽動部隊の相手を、とのことです」
―――そう、先ほどと打って変わって冷たい口調で告げた。
「―――――!?」
「では、ありがとうございました」
アクセルが驚愕に身を固める。その間に女性は離れ、元の口調で礼を告げて、早足で去っていく。
正気に戻った時にはすでに彼女の姿は人ごみに紛れていた。
「……また、隊長か」
一体自分は何者なのか。いや、今はそれよりも彼女の言葉だ。
彼女は予定通りと言った。B1というのは地下一階、そこの西側の搬入口から侵入する。
そこで思い出した。先日受け取ったメモリースティック。あの中にあったオークション襲撃の計画。あれは今日のことを言っていたのだ。だとすれば、ゲシュペンストがまた現れる可能性がある。
「―――ティアナたちが危ない?!」
正面玄関に視線を向ける。その瞬間、爆発音が聞こえた。
ガラスが衝撃波で揺れ、ロビーにいた女性客が悲鳴を上げる。
―――――戦闘が始まった。
彼女は外の空気を吸うために正面入り口に足を向けていた。
年齢は十代半ば。くせのある茶髪。白いショートドレスを着ている。
今はその姿に似合わず、苛立っているように前髪をいじりながら、ため息をついた。
「全く、なんでこんなところに……」
彼女はさも心外だとばかりに首を振る。
彼女はとある企業の代表取締役社長であった。この年齢でその地位に就いているというのは非常に稀だ。故に他からは甘く見られる。
だからこそ、こういうところに積極的に赴き、自身の名を売ってこいと言われているのだが、彼女はそういったことが好きではなかった。
はっきり言って嫌いであった。彼女は根っからのインドア派で、好きなことは読書と機械いじりだった。
「はぁ……最悪」
口から出る言葉はほぼ呪詛ばかり。猫背で三白眼の彼女が行うと、着ているものがそれなりでも、何やら空恐ろしいものが感じられる。ぶつぶつと呟きながら、入口の自動ドアをくぐる。
瞬間、爽やかな風が吹き、彼女の髪を撫ぜ、頭を冷やす。
「……たまには、外もいい」
少女の心変わりは早かった。
ふと、視界の端に警備の管理局員が見える。案外、若い人が多いんだなと思いつつ、自分も同じ年齢だということを思い出す。
大人の中で働いていると、たまに年齢が周囲と同じになった感覚に陥るのは自分だけだろうか、そう誰かに問いかけたかった。
人の邪魔にならないよう脇に寄り、ポケットから板状のものを取り出して、中身を外にさらした。チョコレート。いわゆる板チョコだった。
これを食べながら、開発中の『あの子』の様子を見る。それからでもオークションには間に合うだろう。
「いただき……ます?」
顔に似合わず大口を開けてから、何やら警備員が慌ただしくしていることに気が付く。
何か、問題でもあったのだろうかと、首を傾げた。すると、オレンジ色のツインテールをした局員がこちらへ向かってくるのが見えた。
自分は何もしていないと、ゆっくりと両手を挙げる。左手には板チョコ。
「私は無実です」
「はい?って、そんな暇はないんだった!……あなた、早く中に入って!!」
「え、でも、まだ……」
チョコレートを食べていない。
そう言おうとした次の瞬間。
爆音。そして、衝撃波が彼女らを襲った。
「―――――っ、大丈夫!!怪我は?!」
「……ダメ」
オレンジ髪の管理局員が彼女を押し倒し、爆風から庇ってくれたおかげで怪我はない。
だが、彼女は絶望に襲われていた。左手を見る。そこには何もなかった。
頭を横に傾ける。そこには泥にまみれた茶色の板。
「チョコレート、落とした……もうダメ」
「子どもかっ!!」
―――フレモント・インダストリー社代表、マーチ・フレモント。
彼女は今日初めて、ツッコミというものを経験した。