魔法少女リリカルなのは ~ So close, yet so far ~   作:SAIHAL

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第6話 「汚れのない、その瞳にうつるもの」

_____第1管理世界ミッドチルダ 機動六課隊舎食堂

 

 

「……で、フェイト執務官に拾われたんだな、これが」

 

 

訓練は終り、夕食をとるために座った四人がけのテーブル。

同じテーブルにはティアナ、スバル、エリオ、キャロの四人。

キャロの愛竜フリードは何故か、アクセルの肩に乗っていた。

俺は止まり木か何かか?と文句を垂れつつも、振り払わずにいた。

ついでとばかりに食堂のおばちゃんから、リンゴをもらって与えた。

それを見たキャロとエリオの、アクセルを見つめる瞳が輝いていた。

その純真な瞳に、少し照れたのは心の内にしまっておくことにする。

 

「拾われたって……捨て犬じゃないんですから」

 

「いやぁ、事実だから仕方がないんだな、こいつが」

 

呆れ顔のティアナに、笑顔で返すアクセル。

食事中、会話の主題は『アクセルさんのこれまで ~ポロリはないよ~』だった。

と言っても、記憶喪失の身。

話すことは少ないし、面白味もない。

だから、それを盛り上げるのもアクセルの弁舌にかかっていた。

結果、それは成功した。

 

「それを自慢げに話すのもどうかと。というか記憶喪失ってこと、普通はそんなに気楽に話せませんよ?」

 

「ふぅ……ティアナは若いのに、難しく考えすぎなんだよ。そんなんじゃ将来、ハゲるぞ?」

 

ハゲません!と顔を真っ赤にし、テーブルを叩いて立ち上がる。

それをスバルとキャロがいさめた。

エリオは苦笑いしている。

 

「それに記憶喪失っていってもなぁ……服も一人で着れりゃあ、トイレだって行ける。戦闘もな」

 

「そこまで忘れられても……」

 

エリオが苦笑いのままつっこみを入れる。

確かにその通りだ……というか、そこまで忘れていたら。

……最悪の場合、この場にいない。

本当によかった、とアクセルは自分の欠片(ピース)の足りない記憶(パズル)に感謝した。

 

 

 

 

 

~第6話 「汚れのない、その瞳にうつるもの」~

 

 

 

 

 

夕食を終え、アクセルはエリオに連れられて部屋に向かっていた。

何でもルームメイトがエリオらしい。

内心、ホッとしていた。

 

「いやぁ、エリオが一緒でよかったよ。見知らぬ誰かだと、また事情を話さなきゃならないからな、これが」

 

「あはは、僕もアクセルさんが一緒でよかったです。一人だとあの部屋、少し広くて……それに」

 

尻すぼみになるエリオ。

どうした?とエリオの前に立ち、膝を折って顔を覗き込む。

目を逸らしつつ、ポツリとつぶやいた。

 

「アクセルさんって、その、何だか……お兄さんみたいで」

 

言ってから、恥ずかしそうに顔をそらした。

アクセルはそれを見て、にやりと笑う。

 

「はは~ん。そういうことか」

 

「い、いいんです!忘れてください!!」

 

「まぁ、待てよ。好きに呼んでいいぜ」

 

早足で先へ進もうとするエリオの肩を掴み、そう告げる。

それを聞いて振り返るエリオ。

首を痛めるんじゃないかってぐらいの勢いだった。

 

「ほ、ほんとにいいんですか?」

 

「あぁ。悪い気はしないね。兄さんでも、兄貴でも、師匠でも好きに呼んでいい」

 

両手を広げ、大歓迎ということをアピール。

記憶を取り戻すことも大事だ。

だが、それだけに執着して、新しい関係を作ることをおろそかにしてはいけない。

そう考えていたアクセルにとって、この申し出は嬉しかった。

渡りに船、とはこういうことを言うのだろう。

 

「最後のはちょっと……兄さんで、いいですか」

 

「おう、もちろんだ。敬語もなくていいんだな、これが」

 

そして、手のひらをエリオに向ける。

やや間を置いて、それの意味を理解し、手を挙げる。

 

「よろしくな、我が弟よ」

 

「うん、よろしく。兄さん」

 

廊下に手と手が打ち合わされた音が響く。

それから、二人の笑い声が響き渡った。

 

 

 

 

 

翌朝。

仲良く談笑している、アクセルとエリオ。

食堂に向かう時も。

みんなとの朝食時も。

そして、準備運動中も。

それを不思議がっているフォワードメンバーを代表してスバルが尋ねた。

 

「ねぇ、エリオ?アクセルさんと昨日、何があったの?」

 

「え?何もないですよ、これが……ね?兄さん」

 

「そ。ちょっと仲良くなっただけなんだな、これが」

 

呼び方が変わり、口癖が移っている。

それでいて、何もない、ちょっと仲良くなっただけとは、これいかに。

頭を抱えるティアナとスバル。

それを見かねてかキャロが近づく。

 

「エリオ君!!」

 

「きゃ、キャロ。どうしたの?怒ってる?」

 

ティアナとスバルが、そうだ言ってやれキャロ、このままじゃ訓練ができないって、とばかりに見つめている。

 

「ずるいよ、一人だけ抜け駆けして!私も、お兄ちゃんって呼びたかったのに!」

 

「「そっち!?」」

 

二人のツッコミが響く中、アクセルが身を乗り出す。

快活に笑いながら、アクセルは近づいて行った。

 

「キャロも好きに呼んでいいぜ。お兄ちゃんでも、にーにーでも、師匠でも、な?」

 

「……兄さん、師匠って好きだね」

 

「じゃあ、お兄ちゃんで」

 

少し顔を赤くしながら、手を差し出す。

ボケをスルーされながらも、アクセルはその小さな手を握った。

フリードが昨夜のようにアクセルの肩に乗る。

気に入ったのだろうか。

懐かれているのだ、悪い気はしない。

 

「記憶喪失から二日。俺に弟分と妹分ができた!……並みの記憶喪失者じゃ、体験できないことなんだな、こいつが」

 

「というか、記憶喪失って体験自体がまずできませんよ。それより、早く訓練を始めましょう。なのはさんも待ちかねてます」

 

「にゃはは……仲良しなのは、いいことだよ?」

 

ティアナが促す先には、バリアジャケットを展開済みのなのはが苦笑していた。

悪いことをしただろうか。

訓練が終ったら、謝罪と共に昼飯をご馳走しよう。

まずは、訓練だ。

 

「それで、今日はどうします?なのは一尉」

 

「それじゃあ……」

 

「すまん、高町。少しいいか?」

 

なのはがその声に振り向く。

そこには騎士甲冑を展開し、鞘に納められた愛刀を左手で持つシグナムがいた。

 

「シグナムさん、どうしました?急な任務が入ったとか……」

 

「いや、違う。アルマーに用があってな」

 

鷹のような視線が向けられる。

事情聴取(という名の尋問)の時と同じ視線。

それに何やら嫌な予感を感じたアクセルは、言い訳を考える。

 

「お、俺っスか。いやぁ、シグナム二尉にその気があるなんて。でも、俺には多分、記憶が戻ったら超べっぴんの彼女が……」

 

「―――――私と、闘え」

 

有無を言わせない口調。

その気迫が真剣だということを物語っている。

肩に乗っていたフリードは、気迫に押されたキャロの傍に戻っている。

他のメンバーも似たようなものだ。

どうやら諦めるしかないらしい。

心の中で溜め息をつく。

 

「……分かりました。なのは一尉、早朝訓練は中止ってことで。あとは頼んますわ」

 

「うん……じゃあ、みんなは戻ろうか」

 

なのはに事後を頼み、シグナムに向き直る。

視界の端には駆け足のフォワードメンバー。

全員が心配そうな視線を向けてくる。

ということは、目の前の彼女の実力は、相当のものだということ。

 

(こいつぁ、やべぇな……)

 

アクセルは眼前の恐怖への対処法に、頭を悩ませた。

 

 

 

 

 

もう四年も前の話になる。

初めてレリック絡みの事件が起こったのは。

観測されたのは、第162観測指定世界。

反応は二ヶ所。

(あるじ)はやて、テスタロッサ、高町が一方の確保に向かい、私はもう一方をヴィータと共に担当することになった。

主たちは同窓会の気分だったと言っていた記憶がある。

だが、あの事件を思い返すと、私はとてもそんな気分にはなれない。

 

 

あの正体不明(アンノウン)―――『ソードマン』のことを思い出すと。

 

 

発掘現場に辿り着いた時、私たちは眉をしかめた。

どうやら戦闘があったらしく、カプセル状の機動兵器(ガジェットドローン)の残骸が辺りに散らばり、黒煙が上がっていた。

地面に降りて調べてみると、妙なことが分かった。

ガジェットと対峙していたのは魔導師ではないということだ。

少なくとも管理局員ではなかった。

残骸の傷跡がそれらを物語っている。

 

三本の爪痕が残されたもの。

爆発により中枢部を露出させたもの。

そして、鋭利な刃物で両断されたもの。

 

最初の事例だけならば、魔導師の仕業と言えるが、それにしても私のように剣を使う局員は数少ない。

その上、爆発の規模も質量兵器と同等と思えるほど。

局員の仕業ではないのは確実だ。

それを確認してから発掘箇所へ歩みを進める。

 

その時だった。

紅い影が躍り出たのは。

 

驚きながらも身を逸らす私とヴィータ。

その間を、影は通り抜けた。

振り向き、姿を目で捉える。

 

紅かったのはマント。

全身をすっぽりと覆っていた。

テスタロッサを連想させたが、その考えを一瞬で振り払う。

影とすれ違った際に感じたものは、恐ろしいまでの空虚さ。

確実に存在しているはずなのに、何か大事なものが欠けているような……

 

相手はそのマントをひるがえして、左手に持っていた剣を構える。

一見、居合の構えにも見えるが、何らかの力が刀身に渦巻いている。

二対一の状況で交戦を選ぶ。

余程自信があるのか、身の程知らずの馬鹿か。

私は前者だと直感した。

何か考えがあるのだ、この状況を打破できる何かが。

おそらく、あの剣に集まる力。

 

―――発揮される前に片を付ける。

 

〈レヴァンティン〉のカートリッジをロードし、相手と同じく居合の構えを取る。

接近しての紫電一閃、それで沈める。

それを見たヴィータも構えた。

そして、踏み込んだ瞬間。

 

相手が跳躍した。

……跳躍?

理解が追い付かず、空を見上げた。

瞬間、相手の狙いが分かった。

 

―――――太陽を、背にしたのだ。

 

光に目がやられる。

追って見上げたヴィータも同様だ。

戦術としては常套手段。

だが、相手の持つ空虚さが、我々の虚を突いた形となった。

目を細めつつ、相手の姿を何とか視界に入れる。

剣を抜き、その刀身に集まっていた力―――風だ―――を解放する、その様。

渦を巻いていた風の力は、正しく竜巻となって私たちに襲いかかった。

周りの砂塵も巻き上がり、視界を覆う。

砂ぼこりに目を潰され、開くことはできない。

 

―――殺気。

 

一瞬遅れて、〈レヴァンティン〉を抜いた。

甲高い金属音が響く。

無理やり瞼を開けば、相手の剣の切っ先を〈レヴァンティン〉の刀身は捉えていた。

その真下は私の心臓。

相手が固まる。

不確定な勘に頼った私に驚きを隠せないのだろう。

その隙を狙って剣を弾き、返す刀を振り下ろす。

 

―――紫電一閃。

 

何の変哲もない無骨な一撃。

それ故に威力は保障されている。

相手の黒い装甲に大きく傷を残すことはできたが、無理やり開けていた瞼が限界を迎えて閉じ、追撃が出来ない。

 

 

 

視界が元通りになった時、すでに奴の姿はなかった。

魔力反応もなく、私たちが現場へ到着した時から妨害電波が発生していたため、追尾はおろか通信回線すら開けなかったらしい。

つまり、手掛かりは皆無であった。

管理局は奴を、ガジェットドローンを扱う組織に対抗する組織。

そいつらが扱う新型の人型魔導兵器に分類。

コードネームを『ソードマン』とした。

 

だが、奴は本当に無人なのだろうか。

戦闘の一部始終を思い返してみた。

太陽を背にする常套策。

真正面から斬り合うのではなく、風により砂嵐を起こす奇策。

何よりも、私が一撃を受け止めた際に感じた、驚愕。

機械は感情を持たない故に驚かない。

しかし、確信がない。

だから報告するわけにもいかず、記憶の片隅に置いていた。

 

そして、四年。

記憶を失った男が現れる。

使用するデバイスは『ソードマン』とよく似ていた。

全身装着型デバイス。

その可能性を私は考えていなかった。

新人の一人に拳装着型のアームドデバイスを愛用している者がいる。

ならば、全身装着型の新型デバイスという可能性は否定できない。

それに、あの時と同じもの。

『ソードマン』を初めて見たとき感じたもの。

それを目の前のこいつから感じる。

 

アクセル・アルマー。

そして、〈ソウルゲイン〉。

 

鷹の目に炎を灯し、シグナムは愛刀〈レヴァンティン〉を抜いた。

 

 

 

 

 

「うおりゃっ!……お、避けれるもんだ」

 

シグナムとの対決が始まってから数分。

アクセルは逃げに徹していた。

理由は簡単。

彼女の一撃、その全てが剣呑な気配を放っているからだ。

まともに受けたならば……考えたくもない。

 

「どうした!逃げてばかりでは、こちらは倒せないぞ!」

 

「そりゃあ、ご親切にどうも!ですがねっ、シグナム二尉!制限時間内に、逃げ切れれば、俺の勝ちなんだな、これが!」

 

斬撃の合間を縫いつつ、アクセルが返す。

そうだ。

この模擬戦が始まる前に、なのはが決めたのだ。

制限時間の設定。

それを超えたならば、引き分けにすると。

アクセルは、それまで逃げ切るつもりだった。

逃げるが勝ち。

少々みっともないが、彼女を相手取るよりはマシだ。

プライドと命。

どちらが重いか、ということだ。

 

「フッ、今日決着がつかなければ、明日つければいい」

 

「……もしかしなくても、無限ループってわけですかい?」

 

分かっているならばいい、とばかりにさらに笑みを浮かべる。

どうやら彼女からは逃げられないらしい。

……それにしても自分が何かしただろうか。

始まる前にたたいた軽口ならば謝罪するが、関係はなさそうである。

気に入らない点でもあったのだろうか。

フェイトとの仲か?

そんなに親密に見えただろうか。

 

「もらったぞ!」

 

そんな風に思考の海に潜っていたアクセルは隙だらけ。

シグナムは悠々と彼の懐に入り込む。構えは居合抜きのようだ。

 

「しまっ?!」

 

「ハァッ!!」

 

右脇から左肩、〈ソウルゲイン〉の装甲に傷をつける。

対するアクセルは体が動くままに左膝を繰り出す。

反撃はシグナムの腹を捉えた。

苦悶の表情を浮かべてその場を離脱。

その様子を見ると、ある程度深かったらしい。

その間にアクセルは〈ソウルゲイン〉の簡易チェックを行う。

……どこか慣れている様子で。

 

「薄皮一枚……まだまだ」

 

「くっ……やはり、な。……アルマー、お前の正体。何となくだがつかめたぞ」

 

「な……」

 

その発言に、愕然とする。

まさか今の攻防で思い至ったとでも言うのだろうか。

 

「お前は根っからの戦士、もしくは兵士だ。しかも熟練の、な……先ほどの一撃に対して起こした行動がそれを物語っている」

 

「……どういう、ことスか」

 

「お前も心のどこかで感付いているのではないか?普通なら深い一撃を受ければ、一度退いて態勢を立て直そうとする。今の私のように……しかし、お前は敢えて踏み込み、私に一撃を加えた……リーチは短いが大きなダメージを与えられる膝で、だ」

 

剣を突き付けられ、そう言った。

その切っ先に居心地が悪くなる。

違う、俺はそんな人間じゃない。

それではまるで戦闘狂(バーサーカー)みたいなものではないか。

 

だが、彼女の言うこともまた事実。

俺はいったい、何者なんだ……

俯くアクセルを見て、シグナムは切っ先を下ろし、口を開く。

 

「アルマー。私は何も、毎日お前と剣と拳を交わしたいわけじゃない。私は、私の中の疑念を払拭したいだけだ。記憶を失っているお前を付き合わせるのには申し訳なく思うが、だからと言って、止める理由にはならない」

 

アクセルが顔を上げる。

シグナムと視線が交わる。

彼女は薄く笑うと〈レヴァンティン〉を構えた。

 

「私にも護りたいものがある。だが、私は不器用だ。護るためには剣を取る、それしか方法が思いつかない。そんな……戦闘狂(バトルジャンキー)なのさ」

 

護りたいものがある。

そのために剣を取る。

何故だろう。

その言葉はアクセルの胸によく響いた。

記憶を失っている俺が護るべきものは。

そんなものは決まっている。

プライドか、命か。

 

 

―――――俺は、俺たちは。

 

 

「へっ。なら仕方がないスね……シグナム二尉。少し、本気でいきますぜ」

 

「フッ。見えるぞ、アルマー……今のお前は、とても良い眼をしているな」

 

 

―――――信念(プライド)を取る。

 

 

「……この切っ先、触れれば斬れるぞ」

 

口について出た言葉。

記憶がふいに出てきたのか。

低く構えると、〈ソウルゲイン〉の聳弧角(ブレード)が伸びる。

そして、大地を蹴った。

迎え撃つシグナム。

カートリッジを排莢、剣に炎が宿る。

ある程度の距離まで来た〈ソウルゲイン〉の姿がいくつにも増え……

 

「―――――ッッ!!」

 

―――消えた。

シグナムの目では捉えられない。

驚く彼女に正面から斬撃が走る。

ソウルゲインだ。

と言っても、その姿が確認できたわけではない。

ブレードが振るわれ、何かが彼女の視界で光っただけ。

一撃を受けたと気が付き、その剣閃が向かった先。

つまり、背後へ視線を向けようとするシグナム。

寸前に肩口から斜めに一閃。

「ぐぅっ!!」

 

一撃の重さに声が漏れる。

思わず身体が変に仰け反る。

その瞬間に、また一閃。

今度は真横から。

段々と速度が増してきている。

 

シグナムは考える。

おそらくアクセルは自身の身体を中心にして、すれ違いながらブレードで斬りつけている。

その動きはフェイト以上。

彼女ですらこんな芸当は不可能だろう。

為す術もなく斬りつけられる。

勘に頼ろうにも、感じた瞬間にはそこにはいないのだから役には立たない。

さらに全身が一瞬で斬り刻まれる感覚。

そして、間隔が空く。

 

(最後の一撃が来る。ならば―――上か!)

 

シグナムは直感で空を見上げた。

そして、はっと気が付く。

 

既視感(デジャヴ)

拳を振り上げた蒼い戦神と、風神の力を秘めた剣神の姿が重なった。

 

陽の光を浴びて鮮やかに輝く装甲の蒼とは対象に、その眼が赤く尾を引いて閃く。

間に合わない、とシグナムは思った。

だが、体は空を目指し、腕は勝手に動く。

 

「紫電―――――」

 

「舞朱雀―――――」

 

ブレード同士が交差する寸前、互いの視線が合った。

シグナムは歯を剥き出し、アクセルは唇の端を釣り上げる。

 

「―――――一閃!!」

 

「―――――うおりゃあっ!!」

 

剣戟の音が大気を震わせる。

〈レヴァンティン〉が振り切られ、〈ソウルゲイン〉は地面に着地し、膝をつく。

一瞬の沈黙。

そして、時が動き出す。

飛行魔法が機能しなくなったのか、戦意を失ったのか、シグナムが落ちてくる。

〈ソウルゲイン〉は、アクセルは、彼女を両腕でしっかりと受け止めた。

 

「疑いは晴れましたかね、シグナム二尉」

 

「あぁ。一応はな……最後の一撃、素晴らしかったぞ。アルマー」

 

その言葉に少し反応したアクセルは、空間にモニターを呼び出す。

再び〈ソウルゲイン〉の簡易チェック。

アクセルはまめな男なのだ。

 

「装甲は抜けてない……やれやれ」

 

「案外、丈夫なのだな。これなら、毎日本気でやっても心配はなさそうだ」

 

「勘弁してくださいよ。修理しにくいんスから……」

 

「安心しろ。六課のデバイスマイスターは優秀だ」

 

互いの冗談(シグナムの言葉は本気かもしれないが)に微笑みを交わす。

そうやって談笑していると、視界の端に人影が見えた。

おそらくフォワード陣が駆け付けてきたのだろう。

そして、アクセルは今の状況に気が付いた。

わけもなく冷や汗が出る。

嫌な予感がする。

 

「あ、あのですね、シグナム二尉。もう下ろしても大丈夫スかね?」

 

「ん?どうした……まさか、重いとか言うんじゃないだろうな。私も女だ。その言葉には少々、心を痛める」

 

「そうじゃなくて……困ったな、こいつは」

 

何とか、言い訳を考える。

だが、フォワード陣が辿り着く方が早かった。

見るとフォワード陣の他になのは、そして何故かフェイトがいた。

嫌な予感の正体はこれだったか。

 

「……シグナム。何しているのかな?」

 

……フェイトが怖い。

とてつもなく怖い。

というか、黒いオーラが出ている。

フォワード陣などは、模擬戦前のシグナム以上にビビッていた。

フリードなどは、地面に落ちて泡を吹いている。

 

「何とは?模擬戦が終って、今は……いま、は……」

 

ようやくシグナムも今の状況に気が付いたようだ。

アクセルは思う。

この人は鋭いのか、鈍いのか、いったいどちらなのか。

 

今の状況。

落ちてきたシグナムをアクセルは両腕で受け止めた。

アクセルの右腕は彼女の背中に、左腕は彼女の膝裏に。

シグナムは落ちないようにアクセルに身体を預けている。

 

この状況。

 

 

 

―――――人それを、お姫様抱っこと言う。


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