魔法少女リリカルなのは ~ So close, yet so far ~   作:SAIHAL

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第2話 「蒼い戦神」

_____第9無人世界

 

 

 

 機動六課部隊長及び複数の隊員の反応が消えてから数時間。

 場所はこの世界に建設された研究施設。

 テスラ・ライヒ研究所と呼ばれる、時空管理局内の技術水準向上に幾度となく寄与した重要施設である。

 現在は時空管理局特別任務実行部隊『シャドウミラー』によって占拠されていた。

 満月の光が照らされ、占拠されているにしては静寂すぎる状況の中、研究所施設の一角に男が一人屹立していた。

 『シャドウミラー』特殊処理班隊長、アクセル・アルマー。

 彼は夜風をその身に浴びつつ、迫りつつある脅威を待ち構えていた。

 

《来たよ。コードはお馴染みの、スターズ1……》

 

 前触れなく中空に開いたホロウィンドウ。

 空気を響かせる若い女の声と、枠内の《SOUND ONLY》の文字。

 彼が最も信頼している女性の声だった。脅威が接近中であることを伝えるその声から、アクセルを心配する感情が読み取れる。

 

「……アリシア。貴様はクロノスや人形共と先に行け」

 

 すでに旅立ちの準備は終了している。

 残されているのは、後顧の憂いを断つことのみ。

 ただただ尻尾を巻くのは我慢がならない。首から下げられた鏃形のペンダントを握りしめる。

 その瞬間、爆発的な光が辺りを照らす。

 次の瞬間には、アクセルの代わりに蒼き巨人(・・・・)がそこにいた。

 

〈EG-X ソウルゲイン〉。

 

 テスラ・ライヒ研究所で試作されていた特機の内、『EG』というプラン名で呼ばれていた機体群。

 クロノス・ハーヴェイが内一機を『シャドウミラー』のフラグシップ機として目を付け、内部協力者に接収を命じた。

 その機体をアクセル・アルマー専用機として改修したのが、この〈ソウルゲイン〉である。

 

 今回の、そして、この世界(・・・・)での最後の任務において運用されるために、今日この日まで力を蓄えてきた機体。

 

 

 

―――――こいつとならば。

 

―――――そうだ。

 

―――――奴とだけは決着を。

 

 

 

 

 

「……はぁ……」

 

 通信越しに聞こえぬよう、アリシア・テスタロッサは諦めたように小さく溜め息をついた。

 声だけだが彼の心情は読み解ける。長年の付き合いで、彼女は理解はしていた。

 一度決めたら変える人じゃない。それが、彼の性分だ。

 

 《ねぇ、アクセル……》

 

―――――だけど、それでも、言いたかった。

 

 《『こちら側』と『向こう側』は違う……『エルケーニヒ』もそう……それを、忘れないで……》

 

―――――彼を愛する者として。

 

 

 

 

 

 通信が切れると同時に〈ソウルゲイン〉のセンサーと、アクセルの両目がこちらへ接近する物体を捉えた。

 表示されている情報には、アリシアの言った通り、『StarsⅠ』の文字。

 それを確認するが早いか、アクセルは忌々しげに舌を打った。接近するその姿が彼の予想と合致していたからだ。

 主に悪い方の、であるが。

 右手に握られている魔杖、〈レイジングハート・エクセリオン〉は槍のような形状を取っていた。エクシードモードと呼ばれる形状で、それは限定解除時のフルドライブモードであることを示している。

 だが、それだけならば、まだマシな方だ。

 周囲を旋回している三つのビット。

 それが指し示すのは〈CW-AEC00X フォートレス〉。カレドヴルフ・テクニクス社が製作した武装端末。

 その一つの到達点にして開始点と呼ばれるそれを『エルケーニヒ』は装備していた。〈フォートレス〉に追随する三基の遠隔誘導端末であるビットは、それぞれ実体剣、プラズマ砲、大型粒子砲として機能する。

 さらに〈フォートレス〉と連携して使用可能である〈CW-AEC02X ストライクカノン〉もその左手にあった。長大な砲身は突撃槍としても機能する中距離~遠距離型の武装である。

 そして、その身体に纏う純白の鎧はマオ社製PTの試作機。

 〈PTX-007-03C ゲシュペンストMk-Ⅱ・カスタム〉。

 通称〈ヴァイスリッター〉。

 高機動・砲撃戦を想定して試作され、固有装備のオクスタン・ランチャーは上下の銃口から二種の弾丸を放つことができる。

 『エルケーニヒ』の弱みである機動性を補いつつ、強みである砲戦能力を向上させている。

 これは鬼に金棒と言ったところか。一時は量産化の話も出たが、結局はお蔵入りとなり、試作された唯一の機体は教導隊へと渡った。

 そう、『エルケーニヒ』が以前所属していた教導隊に。

 嫌な巡り合わせだった。

 

「腐った管理局の亡霊が!」

 

 吐き捨てるように、アクセルは罵る。

 完全武装。全ての端末をリンクさせた上で運用しているのは間違いがない。つまり、数時間前から準備をしていたのだ。

 用意周到な眼前の脅威に苛立ちを覚える。

 そこまで自分たちを始末したいのか。

 かつての仲間すら蹂躙してまで。

 

《アナタたちは……望まれない世界を創る……》

 

 再び開かれた通信回線から聞こえてくる音声は、滑らかな女性の声。その声は聞く人に恐怖を与えるほどに、冷えきっていた。

 しかし、彼女と何度も対峙したアクセルはその声に恐怖を感じることはない。それどころか彼の戦意をより高めるだけだ。

 彼女の世迷言を吹き飛ばすように宣言する。

 

「だが俺はその世界と決別する!……この敗北の先に、勝利を得るために!」

 

 その前に貴様との決着もあるがなと、アクセルはそう心の中でつぶやいた。

 しかし、彼女にはその胸中の想いどころか、紡いだ言葉すら通じていないようだ。

 

《勝利…敗北…そこに意味はない……破壊されるか…創り出されるか……創造は破壊…破壊の創造……アナタは、『方舟』と共に朽ちなさい……!》

 

 『エルケーニヒ』の速度が上がる。彼女の背後で赤みを帯びた桃色の粒子が散った。

 それを見たアクセルは理解が追い付かなかった。

 

 (距離を詰める(・・・・・・)?あの『エルケーニヒ』が?)

 

 彼女の基本戦術は砲撃戦。距離を取って戦うのが定石だ。

 この大一番で果敢にするほど、接近戦は得意ではないはずだ。だというのに、彼女はどんどんと距離を縮めてくる。

 なるほど。どうやら、奴自身は長い夢から覚めていないらしい。

 いいだろう。

 後悔させてやろうじゃないか。

 

「寝言はそこまでだぁ!!」

 

 まずは、現実の世界へ引き戻してやる。

 叫びながら〈ソウルゲイン〉のブースターを点火。

 『エルケーニヒ』を迎え撃つ。

 

 

 

 

 

~第2話 「蒼い戦神」~

 

 

 

 

 

 激突は一瞬だった。

 その勢いはすさまじく、その際に生まれた衝撃波で砂塵が舞う。

 〈ソウルゲイン〉は右手で〈ストライクカノン〉の砲身を、左手で〈レイジングハート〉のブレードを掴んでいた。どちらも魔力で強化されているのか、砕くつもりで握りしめている砲身も刃も、その形状を歪めることすらない。

 相変わらず、挑むのが馬鹿馬鹿しくなるくらいの魔力量だと、アクセルは思う。量だけならば彼女に匹敵する程の持ち主は今現在、次元世界のどこを探してもいないだろう。

 

「なめるな!パワーなら……!!」

 

 だが、例え相手があの『エルケーニヒ』だろうと、〈ソウルゲイン〉は近接戦闘、それも超接近戦に重きが置かれた機体。この距離ならば、その性能を十全に発揮することが可能だ。

 アクセルの考えを証明するように、傍目からは拮抗しているようにも見えるが、徐々にこちらが押していることを手応えから感じていた。

 

(いける―――この〈ソウルゲイン〉ならば!)

 

 頭は冷静であったが、高揚感が彼の胸を熱くする。

 しかし、その希望すら食い尽くすのが目の前の悪魔だった。

 

《ブラスター……2!!》

 

 『エルケーニヒ』がキーコードを叫ぶ。

 表情は〈ヴァイスリッター〉の装着で隠れてはいるが、おそらくその向こうは、戦闘時に見せる暴虐な笑みを浮かべているのはずだ。

 アクセルがそんなことを考えているのも束の間、大気が揺れ、魔導の胎動が始まった。

 『ブラスターシステム』。

 限界を超えた強化を行う、彼女たち(・・)の切り札だ。

 

「何!?……ならば!!」

 

 今までの手応えが消え失せ、抵抗が一気に高まる。それどころか両手が徐々に押され始めていた。一度仕切り直す必要がある。

 そう感じたアクセルは両手に力を集中させ、解き放った。

 

「―――青龍鱗!!」

 

 青龍鱗。接近戦に特化した〈ソウルゲイン〉の数少ない遠距離への対処法。

 元々遠距離へ撃ち出すために集束されたエネルギーだ。それを密接した距離で使えばどうなるか。

 目の前の彼女がいい例だ。

 

《うあぁっ!?》

 

 愛杖と突撃槍が砕け、その余波で『エルケーニヒ』も苦悶の声を上げる。

 その間にアクセルはバックステップを踏み、態勢を立て直した。

 

「まずは、デバイス二基……頂いたぞ!」

 

 これで振出しに戻った。

 魔力量では負けているが、それを撃ち出す砲身一つと彼女の要を破壊した。

 いや、むしろアクセルの方に分があるだろう。

 だが、その安心も長続きはしなかった。

 破損した〈ストライクカノン〉の砲身から緑色の触手が勢いよく飛び出してきたからだ。

 

「なっ?!」

 

 それは左腕に限ったことではなかった。傷ついた右腕を包むように、〈ヴァイスリッター〉を覆うように、〈フォートレス〉を取り込むように触手は伸び、『エルケーニヒ』の身体を変異させていく。

 やはりな、とアクセルは苦言を漏らす。

 いくらかは予想していたが、ここまで人間ではなくなっていたとは。

 

「魔王というよりは外道にすぎるぞ……『エルケーニヒ』!!」

 

 変異を終えたからなのか、過剰ともいえる魔力をその身体から溢れさせている。

 〈ヴァイスリッター〉であった全身を包む装甲は禍々しい意匠へと変貌し、背中のウイングは文字通り四枚の蝙蝠のような翼に変化していたことで、以前の清廉さを失っていた。

 ところどころから覗く、植物の蔓のような触手はおそらく筋繊維の代替なのだろうが、それがより不気味さに拍車をかけている。

 右手で構えているのは、オクスタン・ランチャーの変化後か、砲口が獣を思わせる意匠だ。

 また、〈フォートレス〉の一番小型だった実体剣を備えたビットが右腕に融合している。

 腰には〈フォートレス〉の残りのビット二基が左右非対称のバインダーとなり、おそらくはプラズマ砲と大型粒子砲も健在だ。

 破損していた〈ストライクカノン〉は左腕を取り込んで再生されていた。

 正直言って、今の『エルケーニヒ』は異常だった。

 人間を辞めたどころではない。

 魔王という、王の高貴さなど欠片もない。

 

 

 これではただの―――――怪物だ。

 

 

「アナタたちは純粋な生命体に成りえない……」

 

 変形の影響か、彼女の顔が見えていた。

 口が耳まで裂けているような幻覚を覚えるほど、顔を歪ませて『エルケーニヒ』は叫ぶ。

 呼応するかのように胸部が上下左右に開き、ボディスーツで覆われた豊満な胸が露わになる。 そこには〈レイジングハート〉のエクシードモード時の穂先に似た装飾が施されていた。

 いや、それ自体が〈レイジングハート〉なのかもしれない。

 事実、胸の中央には紅い球体が光を反射し、その存在を知らしめていた。

 

「ワタシが……そう、ワタシこそが!!」

 

 その光球へ力が集束していく。

 変化を終えた際に大気へと放出した魔力を利用している。

 それは星の光の名を冠した、断罪の一撃。

 『エルケーニヒ』の代名詞と言える一射。

 

(―――あれは、まずい!)

 

 アクセルは反射的に回避行動を取っていた。

 瞬間、〈レイジングハート〉から荒ぶる光の柱(スターライトブレイカー)が放たれる。

 回避するには十分な距離と時間があったにも関わらず、アクセルは自身の右脇腹に熱を感じた。

 と、同時に爆音。

 振り返ると研究所の一角が黒煙を吐き出している。

 

「搬入口が!」

 

 舌打ちを忘れず、再び『エルケーニヒ』へと視線を戻す。すでに第二射の準備を行っていた。

 この距離での砲撃。

 先ほどの意趣返しか。いや、単純に大規模な砲撃で視界を埋め、逃げ場を無くすつもりなのだ。えげつないことこの上ない。

 だが、目の前の心配ばかりもしていられない。

 

「あのまま奴が力を得れば、俺たちにとって脅威……いや、それ以上になりかねん……今ここで倒すしかない」

 

 例え無理だとしても、差し違える覚悟はできている。

 だが、死ぬ気は全くなかった。

 それに奴を打倒する手も思いついた。

 

(だが……)

 

 モニターを呼び出す。

 表示されるのはカウントダウン。

 

「残り時間は127秒。奴を倒し、転移するには……やれるか、俺に……」

 

 モニターを切り替え、起爆装置を作動させる。

 この世界に別れを告げるための、狼煙のスイッチだ。

 

「認証コードOK。起爆時間セット。タイムラグは5秒……」

 

 一秒の誤差が、命取りになることを示していた。

 そのあまりの無謀さに自嘲する笑みが浮かぶ。見様によっては楽しんでいるようにも見える笑みではあった。

 

「ただの博打だな、こいつは」

 

 胸部へと集まる光が強まる。どうやら向こうも準備が整ったらしい。

 さぁ、ショウダウンだ!

 

 

「静寂を乱す者……修正する!」

 

「よく狙え……『エルケーニヒ』!!」

 

 

 

 

 

 ―――――気が付いていたか?『エルケーニヒ』。

 

 

 大地を抉る一撃が放たれる寸前、〈ソウルゲイン〉が跳躍する。

 

 

 ―――――先ほどの一撃の瞬間、その反動を支え切れていなかったことを。

 

 

 夜空に輝く衛星を背に宙返り、彼女の頭上をとる。

 

 

 ―――――例え変異を遂げたとしても、貴様が人間だったことは否定できない事実。

 

 

 それを追って彼女も空を見上げる。

 

 

 ―――――あれほどの一撃だ。衝撃をデバイスで補正するのは並大抵のことではない。

 

 

 当然、照準を定めるのに僅かながらもタイムラグが発生する。

 

 

 ―――――貴様は気にしていないのかもしれんが、それが命取りだ。

 

 

 照準の補正が完了し、スターライトブレイカーが放たれた。

 

 

 ―――――ここだ!

 

 

 灼熱の砲撃が躯体のすぐそばを掠るのを感じつつ、ブーストをフルパワーへ。

 

「奈落へ、落ちろぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 『エルケーニヒ』の両肩を掴み、ブースターの出力をさらに上げる。

 砲撃の反動とブースターによる驚異的な加速は、難なく異形の彼女を地下ドックへと通ずる扉へ押し込み、深淵の闇へと突き落とした。

 

 

 

 

 

 そのまま重力に従って地下へと急落下し、激突。

 ダメージは無かったのか、彼女はすぐさま起き上がり、態勢を立て直すと辺りを見渡した。

 ここには彼女が探す『方舟』があるはずだったが、奥に用途も分からない装置があるだけで他は何もない。

 

「静寂を乱す『方舟』は、どこ……!」

 

 理解できないと困惑する彼女の耳に、聞きなれた声が響く。

 

 

 

「―――――転移したのさ」

 

 

 

「転移……?」

 

 そうだ、という肯定が研究所に響く。

 彼女の疑問に答えるように。

 『エルケーニヒ』の瞳が天井に空いた穴を見つめる。

 自分が落ちてきた穴を。

 

 

 

 そこに蒼い戦神が立っていた。

 

 

 青白い月光を背に〈ソウルゲイン〉が彼女を見下ろしている。

 その姿に彼女の動きが止まる。

 決して目の前に立ち塞がる者に恐れを感じたわけではない。

 ただ、動けなくなった。

 アクセルはそんな姿を視界に収めつつも、言葉を紡ぐ。

 

「そして俺も行く。新たなフロンティアへ。だが、貴様はここで終わりだ―――」

 

 

―――――これがなぁ!!

 

 

 〈ソウルゲイン〉のブースターを噴かせる。

 『エルケーニヒ』の頭上目がけて。

 狙うは一撃必殺。

 最大の攻撃を至近距離で放つ。

 

 

「リミット解除!コード・麒麟!!」

 

 

 腕を前へ交差。

 ソウルゲインの各所の光球が光を放ち、肘のブレード、聳弧角(しょうこかく)が煌めく。

 『エルケーニヒ』も動き出す。

 右手の銃口が、左腕の砲塔が、両腰の射出口が、胸部の紅球が、〈ソウルゲイン〉を向いた。

 その全てが必殺の光を放つ。

 スターライトブレイカーとはまた違った意味で、視界を埋め尽くす弾幕。

 それぞれ質が違う弾丸だ。

 質量を持つ弾、エネルギー弾、プラズマ砲弾、粒子ビーム。そして、赤みを帯びた桃色の閃光。

 その中をアクセルは防御することなく突貫する。

 あえて回避するよりも最短距離を突っ切ることを彼は選択した。

 ある意味賭けだった。それもなかなか分の悪い。

 肩のアーマーを粒子ビームが貫く。

 バラバラになった破片が『エルケーニヒ』に降りかかり、魔力障壁によって弾かれる。

 顔面を弾丸が掠める。片方のセンサーが砕け、態勢が崩れる。

 だが、意に介せず再び『エルケーニヒ』へと向かう。

 その瞳に宿る闘志は、砕けていない。

 

「〈ソウルゲイン〉よ……俺を……」

 

 物言わぬ相棒、〈ソウルゲイン〉。

 それでも俺の為にその力を示してくれると、意思に応えてくれると信じている。

 

 

 ―――――新天地への旅立ちに向けて。

 

 

 脅威を目前にして、出力が上がる。

 聳弧角に力が集まったことを、無意識の内に感じた。

 そうだ、〈ソウルゲイン〉。

 だから、俺を……

 

 

「―――――俺を勝たせてくれぇ!!」

 

 

 腕を回し、振りかぶる。

 眼前には凶悪な笑みを潜め、驚愕を隠せないでいる『エルケーニヒ』。

 弾幕を抜け切った、安全地帯。

 そう、ここはアクセルの距離だ。

 

 

「でぃぃぃぃやっ!!」

 

 

 アッパーカットにも似た聳弧角(ブレード)の一撃は狂いなく『エルケーニヒ』を切り裂いた。

 その滑らかな白い曲線の腹部から右肩にかけて、縦一文字に傷が入っている。

 胸部装甲も砕け、光球が露出している。

 致命傷ではないが、万全に戦闘を行えるとは言い難い。

 その一撃に仰け反った『エルケーニヒ』の頭上を越えて、〈ソウルゲイン〉が着地し、力を出し切ったように膝をつく。

 この攻防で〈ソウルゲイン〉はほぼエネルギー切れだ。アクセルの身体も悲鳴を上げ始めている。

 だが、アクセルは生きてここにいる。

 転移装置の中央に。

 

「『エルケーニヒ』……俺の、勝ちだ!」

 

 アクセルの声に呼応するかのように、転移装置―――『リュケイオス』が起動を開始し、青白い光がまばゆく放たれ始めた。

 彼は振り返り、『エルケーニヒ』を睨む。

 そう遠くない距離に彼女はいる。

 だが、今は万里も彼方に感じた。

 事実、あと幾何かで『エルケーニヒ』とは永久の別れとなる。

 

「俺はこの世界と決別すると言った。貴様はそこで吠えていろ……『リュケイオス』が燃え尽きる、業火の中で!!」

 

 貴様との因縁もここまでだ。

 想いに呼応するかの如く光が強まる。転移が始まろうとしているのだ。

 それを見て『エルケーニヒ』は顔を歪めた。

 驚愕から晴れて、その表情は憎悪と憤怒に包まれている。

 

 

「アクセル―――ッ―――アルマァァァァァ!!」

 

 

 背中の翼を羽ばたかせ、アクセルへと一直線に向かう。

 砲撃のチャージはしていないが、すでに彼女の攻撃準備は終わっている。

 『A.C.S.』―――瞬間突撃システム。彼女の最高速度。

 だがしかし、それよりもアクセルの初動が速かった。

 右腕を腰だめに構えた。

 

「行きがけの駄賃だ……もらっていくぞ」

 

 〈ソウルゲイン〉の右腕が回転を始める。

 眼前の脅威を完膚なきまで打ち砕くために。

 多くの仲間を踏み潰した悪魔を討つために。

 

 

「貴様の首をだ!―――――ナノハ・タカマチ(・・・ ・・・・)!!」

 

 

 玄武剛弾。

 最大まで回転した〈ソウルゲイン〉の腕が撃ち出される。

 敵を討ち果たすために放たれた螺旋の弾丸は『エルケーニヒ』の左腕の砲身を叩き折り、その胸部に寸分違わず食い込んだ。

 

「ッアァ!?」

 

 『エルケーニヒ』の苦悶の声を最後に、アクセルの姿がこの世界から消え失せる。

 転移が成功したのだ。

 直後、『リュケイオス』が施設ごと爆発を始める。地下ドックへと瓦礫が落下してくる。

 研究所が倒壊する中、『エルケーニヒ』の姿も業火に包まれた。

 

 

 

 第9無人世界。

 この世界で発生した音は、巨大な火柱(のろし)と、付随する衝撃波の如き爆音で終わりを告げて、最後となった。


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