魔法少女リリカルなのは ~ So close, yet so far ~ 作:SAIHAL
赤く澄み渡った世界。
「問題……あり……」
「宇宙……監視……静寂……で……なければ……」
周囲にはストーンサークルや紅い結晶体がいくつも漂っている。
「憎み合う……望んでいない……世界……」
ここは広大で、果てを感じさせなかった。
「混乱……混沌……世界の……修正……」
古き頃より『監視者』はここに存在していた。
「……完成する……新たな生命……」
過去も、現在も、未来も、その全てがここにある。
「……失敗……やはり……ニンゲンは……」
―――ここは無限の“刻”が交わる場所。
~第11話 「過去、そして彼方より」~
《Schlange form》
「行け!シュランゲバイセン!」
ホテル・アグスタでの任務を終えて、一週間が経った。
あの時現れた西洋剣士。あれは四年前にもシグナムたちによって確認されたという。
管理局で付けられた名称は〈ソードマン〉。今までは新型のガジェットとして認定されていたが、その情報は改められることになる。
あれを使用していた人物と会話したアクセルが、あれは全身装着型のデバイスである可能性が高いということを証言したためである。
部隊長たるはやてはこのことを近々、上層部へ報告しに行くという。それが正しい判断だ。
―――〈ガジェット・ドローン〉の活発化の裏には、未だ試験段階にある新型デバイスを複数所持する謎の集団が関わっている、という可能性が現実味を帯びてきている。既に機動六課だけでは手に負えない案件となりつつあるのだ。
六課隊長陣が忙しく情報収集に奔走するなか、フォワードメンバーたちは変わらず、任務がない時は激しい訓練で自らの技術を研鑽している。
いや、訂正しよう。あの日から一人だけ、日常の訓練が変わってしまった人物がいる。
「ガンレイピアを!それからファイアダガーで
《Yes, sir. Fire dagger, set》
そう、ティアナ・ランスターだ。
アクセルの目の前では、シグナムと〈アシュセイヴァー〉の戦闘が繰り広げられている。
ティアナは今日で三日連続、シグナムと模擬戦を繰り返していた。傍らには、マーチ・フレモント。投影されたパネルには〈アシュセイヴァー〉のパラメータやらティアナの情報などが所狭しと列挙されていた。
(〈アシュセイヴァー〉、か……)
模擬戦闘とは言えないほどの激戦を瞳に映しつつ、アクセルは一週間前のことを思い返す。
あの日、ティアナが使った全身装着型の新デバイス『アサルト・ドラグーン』。
あれを動かすため、機体には彼女の
試作機故に変更という融通も利かず、事実上、彼女しか扱うことのできない専用機となってしまったのだ。
緊急時とはいえ、FI社の所有物。しかも、世に公表されていない新型試作機のデータを上書きしてしまったことを六課部隊長、八神はやては謝罪した。
だが、FI社代表から返ってきたのは、こんな言葉だった。
《いえ、あの時は仕方がありませんでしたから。データ収集に協力していただけるならば、今回は不問にしましょう》
会社としてもせっかく得られたデータを消すことは、できれば避けたいという。
だがしかし、社長自らがデータ収集のため出張してくるという、前代未聞の対応に六課の誰もが驚いた。
曰く、こうして研究に没頭している方が楽しい、とのこと。社長がこれでよく会社が成り立っているな、と口に出したい話ではあった。
そういった経緯もあって、ティアナは六課にいながら、
「やはり、彼女は優秀。アルマーさんもそう思う?」
「まぁ、それは否定しないけどさぁ。何でいっつも俺の隣に来るわけ?」
「貴方の機体、〈ソウルゲイン〉が気になるから。是非とも貸してほしい。ちゃんと元通りに組み立てる」
「……そんなこと言われて貸し出すやつはいないと思うんだな、これが」
モニターしながら、表情を変えずさらりとそんなことをのたまうマーチ。
そうなのだ。ここ三日間ほどティアナの様子を見に来るたびに、アクセルは彼女に付きまとわれていた。
〈ソウルゲイン〉に興味を持ったらしい。彼女が言うには、未だ試作段階どころか机上の空論でしかないはずの機種が、すでに実戦向けとして稼働していることがおかしいという。
そんなことを言われても、アクセルには記憶がない。故に返す答えもない。
だから今までも、そして今日も、答えをはぐらかす。
「お、そろそろ決着みたいだな」
「ん……」
上段からシュベルトフォルムの〈レヴァンティン〉を振り下ろすシグナム。
炎を纏わせているところを見ると、紫電一閃だろう。
対するティアナは左手のレーザーブレードを横にして構える。
どうやら受け止めるつもりらしい。
「―――――紫電、一閃!!」
激突。火花が散る。
一瞬の拮抗の後、レーザーブレードが途中で切断され、〈レヴァンティン〉が〈アシュセイヴァー〉を両断しようと頭上に迫る。
「なっ!」
だが、それはいつの間にか右手に展開していたある武装によって阻まれた。
ハルバートランチャー。ホテル・アグスタの一件でも用いられたその射撃兵装は、銃身がまるでレンチのように上下へ別れる構造となっている。それを用いてシグナムの右手を捉えたのだ。
止められたシグナムはもちろん、アクセルもマーチもその製造段階では考えられもしなかったであろう使い方に驚く。
これは間違いなく、ティアナの作戦だ。意図的にレーザーブレードへのエネルギー供給を止めて、〈レヴァンティン〉を振り下ろさせたのだ。刀身同士の衝突の瞬間に、武装を展開して、タイミングよく振り下ろされるコースへ、砲身を向ける。一瞬の間に何度の思考が行われたことか。
「ソードブレイカー射出!!」
《Yes, sir!》
〈レヴァンティン〉を振り下ろさせないために力を入れていたティアナが叫ぶ。
肩に搭載された
ソードブレイカーもハルバートランチャーと同じ構造をしている。隠されていた銃身が口を開き、エネルギーを充填している。
勝敗は誰の目から見てもも明らかであった。
「……チェックメイトです。シグナム副隊長」
「フッ、あぁ。よくやった、ランスター」
シグナムが〈レヴァンティン〉を下ろす。ティアナも指示を出して、ソードブレイカーを回収。〈アシュセイヴァー〉が光に包まれる。
光が収まると訓練着のティアナが現れ、地に足を付けた。
瞬間、彼女は膝をついた。シグナムが珍しく慌てて駆け寄る。
「どうした?!」
「いえ……腰が抜けちゃいました」
あはは、と苦笑するティアナ。見れば、手も僅かに震えているし、訓練着は水に浸したように汗で濡れている。
確かに、彼女からすれば先ほどの戦法は分の悪い賭けみたいなものだったのだろう。
レーザーブレードの刀身を消す、そして、砲身でシグナムの手を受け止める、そのタイミング。
この三日間でシグナムの手はある程度理解していたとしても、運任せには違いない。
何よりも、目の前まで迫る死の恐怖を乗り越える度胸が必要だった。それを乗り越えたのだ。これくらいは普通だろう。
ほっとしたシグナムは、ティアナの肩に手を回し、彼女をかついだ。
「あとでその機体の報告書。忘れるな」
「……シャワー浴びてからでいいですか……」
そんな会話をしながら、隊舎へと戻る二人。
アクセルとマーチも労いの言葉をかけるために隊舎へと戻った。
「いやぁ、さっきは凄かったぜ、ティアナ」
「あ、ありがとうございます」
隊舎食堂。四人がけのテーブルに彼らはいた。
あの後、シャワー室から出てきたティアナを、アクセルはご褒美と言って昼食に誘ったのだ。時間帯もちょうど正午だった。
それを聞いたティアナは何故か顔を赤くして遠慮したが、腹の虫が彼女の意思に反して声を上げた。結局、更に顔を赤く染めながら、アクセルの申し出を受けたのであった。
「確かに。貴方のあの機転はすばらしい。
「……マーチ。さっきまでとは態度がずいぶん違うじゃない。というか、食堂で板チョコを並べるな!」
ティアナの左隣。そこに彼女は座っていた。テーブルには五枚ほど、板チョコが重ねられている。
何故か食堂の入口をうろうろしていた彼女はアクセルたちを見つけると、一緒に食事しようと言い出した。
彼女は内向的で進んで話をするタイプの人間ではない。加えて、まだ年端もいかない人見知りの少女。故に知っている人間、つまりアクセルとティアナの傍にいたいのだ。
「ここは食事を摂るところ。私が何を食べていても問題ない」
「……まぁ、そうだけど」
「いいじゃないか。人数は多い方がいい……あっちと一緒はカンベンだけどな」
アクセルの視線の先にはスバルとエリオ。その前にはうず高く盛られたスパゲティ。
それを食べ尽くす勢いの二人に、同じテーブルのキャロは苦笑いしていた。
「もう、見慣れちゃいましたよ。あいつとパートナー組んでから結構経ちますから」
「そんなもんかねぇ……ところでさ、ティアナ。なんで髪を下ろしてるんだ?」
そう、シャワー室を出てきてから彼女はツインテールではなかった。
何時ものような快活さは鳴りを潜め、やや大人らしい姿である。
「あ~。ちょっと億劫でしたから。何なら、いま結びますけど?」
「……いや。もうちょっと、そのままでいてくれ」
「え……は、はい……」
ティアナが頬を染めていたが、すでにアクセルは思考の海に潜っていた。
初めて見たはずなのに、どこかで見たことがある。大人の雰囲気を持ったティアナ。その姿と〈アシュセイヴァー〉を装備した彼女が重なる。
これもキーワードだ。髪を下ろしたティアナと〈アシュセイヴァー〉。
そう言えば、あの鬼面の女性やラミア・ラヴレスと名乗った女性も〈アシュセイヴァー〉のことを知っていた。
(いったい、何なんだ?)
「―――さん、アクセルさん?聞いてますか?」
「あ……すまん。少し考え事をしてて。どうしたんだ?」
「もう……Aランチ、来てますよ。食べないんですか?」
見ると、目の前には頼んでいた定食。
ティアナはすでに食べ始めていたようで、いくつかおかずが無くなっている。
よほど腹を空かせていたようだったが、それも仕方がない話だろう。
「おし、じゃあ、頂くとしますか!」
アクセルが早速口に入れようとフォークを持ち、メイン料理に矛先を伸ばす。
《聖王教会から連絡!ガジェット出現!スターズ、ライトニングは出撃準備を!》
その切っ先が触れた瞬間、けたたましいアラームと共にそんな放送が隊舎に響いた。
その意味は、一級警戒態勢。
「……ナイスタイミングなんだな、こいつが」
「ご愁傷様です。それと、ごちそうさまでした」
見れば、ティアナの皿はすっかり綺麗になっていた。
《もうすぐ目的地上空ですぜ!降下準備、大丈夫すか?!》
ヘリの格納庫内にヴァイス陸曹の声が響く。出撃から三十分ほどというところか。
今回の出撃メンバーはアクセルを始めとして、フォワード陣、スターズ両隊長の七名。
そして、今回はアクセルとティアナは別働隊という説明を受けていた。
何でも目標施設は地下に造られたエネルギー研究所らしく、ガジェットの襲撃によって全システムのフェイルセーフが発動。それに伴い冷却用の発電施設も停止し、内部は非常に高温になっているとのこと。
魔法による防御が万全であれば、生身でも突入可能なのだが、周囲にはガジェットにより発生したAMFがある。
そのため、装甲を持ったデバイスの出番というわけだ。
「じゃあ、予定通りに……アクセルさんとティアナは施設突入を最優先に。私たちは先行して周辺のガジェットを掃討後に突入します」
「了解だ。援護は頼むぜ、ティアナ」
「もちろんです。任せてください」
ヘリの後部ハッチが開かれた。先になのはとヴィータが空中へ躍り出る。
続いて、スバル、エリオ、キャロだったが、飛ぶ前になぜか三人が振り返った。
「アクセルさん、ティアのことお願いします!」
「兄さん、気を付けて」
「お兄ちゃん、ティアナさんのことを守らなきゃダメですよ?」
「分かったから、早く行けって!俺らが出られないだろ!」
少し不満そうにしながら三人が飛び降りた。
そして、残った二人の番。席から立ち上がり、風が吹きすさぶ後部へと移動する。
「すいません、スバルが余計なことを……」
「いや、見た限り事前に相談してたと思うんだな、これが……気を取り直して。行くぞ、ティアナ!」
「はい!」
開かれたハッチの上に立ち、二人は互いの相棒を装着する。
片方は蒼い戦神。もう片方は青い機人。
「〈ソウルゲイン〉、出るぞ!」
「〈アシュセイヴァー〉、行きます!」
大地に穿たれた黒き孔へと、二つの青き彗星が舞い降りる。
「二人は無事に施設に突入したみたいだね、レイジングハート」
《Yes, master.》
誘導弾でガジェットをけん制しつつ、なのはは愛機に確認を取る。
視線を上げるとスバルが足場の悪い地形であることを見越してか、ウイングロードをいくつも作り、味方の足場代わりとしている。
エリオはそこを起点として、周囲のガジェットに対して雷撃を落としている。傍らにいるキャロのブーストを受けているため、ガジェットの数がどんどん減っていく。
後方ではヴィータがハンマーを振り回して、ガジェットの数を削っているはずだ。
これなら予想よりも早く援護に向かえそうだ。
フォワードメンバーも思ったより成長している。
度重なる実戦のおかげもあるだろうが、アクセルの存在が大きいだろう。
スバルが作ったウイングロードはただ適当に作ったのではなく、味方が攻撃しやすく通りやすいような工夫も施されている。
エリオもただ突撃するだけではなくなった。斬撃と雷撃を交えたヒット&アウェイが上手くなっている。
キャロはブーストの判断が早くなった。何を、いつ、誰にかけるか。要点をしっかり押さえられている。
全てアクセルの教えだった。正直、なのはたちだけでは、これだけ早く順当にはいかなかっただろう。
(それに、一番影響を受けているのが、ティアナだろうなぁ)
指揮官としての才能が徐々に芽生え始めている。元々、フォワードの指揮を執っていたから資質はあった。アクセルの教導を受けてからは大胆かつ繊細な作戦を立てるのもしばしば。
そして、大きな要因が新型機のテスターだ。
あの機体……〈アシュセイヴァー〉だったか。あの機体はティアナに非常に合っている。
戦闘スタイルはもちろん、彼女の手札を増やすものとしては最高だ。彼女が一体、どれほどのレベルに達するのか、なのはにも分からない。
もちろん不安ではあるが、以前の自分のような無茶はしないだろう。
心優しい、お目付け役がいることから安心だ。
「なのは。どうやら片付いたみたいだぜ。思ったよりあっけなかったな」
「え、うん、そうだね」
気が付けば、すでに周囲のガジェットは残骸と成り果てていた。
フォワードメンバーも集まっている。どうやら予想以上の成長を遂げているらしい。
(リミッターの解除もすぐかな……)
「なのはさん!早く突入しましょう!」
スバルが急かすように口を開いた。どうにも一戦終えてヒートアップしている。
突撃思考はそう簡単に治らないようだが、それこそ彼女の持ち味の一つだ。
「落ち着けよスバル。とりあえず、周囲を確認してから―――」
《ロングアーチより各員へ!周囲に異常重力反応確認!警戒してください!》
「―――何?!」
スバルを諌めるヴィータ。だが、唐突な異常重力反応との通信に全員が色めき立つ。
見渡すと、青い何かを纏った影が視界に現れた。
影たちは地面にできた穴から這い出してくるように次々と増えていく。
よく見るとそれは異様な姿をしていた。
その影は二種類に区別できて、一種類は骨で出来た怪物、もう一種類は鎧をまとった植物と表現できた。
「何ですか、あれ!?」
「骸骨に植物……
「かといって、〈ゲシュペンスト〉を使ってる奴らとも系統が違うようだしな」
「正真正銘の正体不明(アンノウン)……まさか地下にも?!」
地面に視線を向けるなのは。その瞬間を狙ってか、紅い光線を次々と放ってくる異形達。
スバルとヴィータが前に出て、シールドを張る。
威力はそれほどでもないようだが、数が多すぎる。
(ごめん、アクセルさん、ティアナ……少し援護が遅れるかも……)
なのはは〈レイジングハート〉を異形へと向けながら、心の中でつぶやいた。
人工的にくり抜いて作られた洞窟。そこに建造された灰色の建物の内部に二人はいた。
ガジェットの侵入口でもあった縦穴を無事、降下し終えたアクセルたちは研究施設に侵入。
通路に湧いているガジェットを撃破しつつ、最深部にある発電施設へと急いでいた。
《Route retrieval end. It arrives within three minutes》
「ありがと。アクセルさん、こっちです」
「了解だ……しっかし、想像以上に入り組んでるな、こいつは」
ただの研究施設にしては構造が複雑すぎる。情報では普通の研究施設となっていたが、どうやら違うようだ。
対侵入者用のセンサーや監視カメラなども設置されているが、この暑さによって機能を働かせることはなかった。
「えぇ。おそらく、違法研究施設でしょう。とりあえず、発電機を動かして事態を収拾したら、調査に移りましょう」
「あぁ。そして、ここの責任者をとっ捕まえて、お仕置きしてやろうぜ!」
「ふふ、そうですね……っと、ここから先が発電施設みたいです」
目の前には大きな両開きの扉。横にはキーパネルが取り付けられている。
カードキーと数桁の暗証番号で開く仕組みのようだが、二人は疑問を感じた。
「……おかしいですね」
「あぁ。これは間違いなく開いてる……どうなってるんだ?」
パネルの小型モニターには『OPEN』の文字が緑色のライトで輝いている。
考えられるのは職員か、ガジェットか、もしくは別の可能性が考えられるが、まず職員のはない。
ガジェットの襲撃により職員はフェイルセーフ発動と同時に避難した。避難完了時に、全ての扉にロックが施されたと報告を受けている。故に劣悪な環境となったここに再度足を運ぶ職員がいるはずはない。
後者もあまり適切ではない。単純なロックであれば、ガジェットは解除して侵入するだろうが、この扉は二種のキーが必要になる。この時点で解除するより、扉を破っていくのが常套手段と調べがついている。
残された可能性は一つ。
「中に、誰かいるってことか……」
《That’s right. A movement reaction perception》
〈クロスミラージュ〉が動体反応を確認したことを告げる。
援護をティアナに視線を向けることで頼んだ。理解した彼女は、その手にガンレイピアを構えた。
〈ソウルゲイン〉が一歩踏み出す。ドアは自動的に開かれた。
その先には、彼の考えていたことと全く違う光景が広がっていた。
「な、何だ、これ?」
室内へと足を踏み入れる。
そこは発電施設などではなかった。
あるのは液体が満たされた楕円形のカプセル。それが部屋のいたるところに設置されている。
「え、何……嘘でしょ……」
続いて入ってきたティアナも愕然としていた。
それも当然である。カプセルの中には、人が浮いていた。
全て金髪の少女。いや、年齢は4、5歳といったところで、少女と言うには幼すぎる。
「人造、魔導師……」
アクセルはつぶやく。
この光景に似たものを彼は知っていた。
失った記憶の中にこれがある。
だが、彼の記憶ではカプセルの中は成人した女性が―――
―――――これが計画の要、聖王の器か……どう思う、アクセル?
途端、そんな言葉がアクセルの脳裏をよぎった。
今のは、誰だ。
―――知っている。
覚えていない。
―――黒装束の男。
分からない。
だが、
(
「アクセルさん!大丈夫ですか!!」
いつの間にか片膝をついていたようで、ティアナが声をかけてくる。
あいつについてはあとで考えることにする。断定するのは早いが、これもまたキーワードだ。
「―――――あ、あぁ。大丈夫だ、何ともないさ、こいつが……とりあえず、周囲を捜索しよう。何か分かるかもしれない」
心配しないよう言葉を返しながら、立ち上がり、周りを見回ろうとした。
その時。奥の方から声が聞こえた。数は二つ。何やら話し込んでいるようで、こちらには全く気が付いていない。
ティアナを伴って慎重に近づくと、空のカプセルの前に二つの人影が見えた。
いや、人影というのは適切ではない。その姿は機動兵器のものだったからだ。
「ん~。もう運び出された後なんて、無駄足だったよぅ。ねぇ、シュネー?」
「文句を言わないのよ、ロート。任務なのだから。それに、これはこちらのミスではないから、処罰も少ないはずだわ」
一機は赤い重装甲。やや古臭い外見で、言うなれば戦車を無理やり人型にしたかのような姿。肩はシールドを兼ねているのか分厚く、足回りも太くキャタピラのようなものが見える。頭部はキャノピーそっくりだが、使用者の顔を見ることはできない。
もう一機の説明は必要なかった。
なぜならアクセルの傍らにいるのと同一の姿をしていたからだ。青と白の装甲。両肩には飛行砲台を積載している。
「嘘……なんで、〈アシュセイヴァー〉が……」
ティアナが驚愕している。それも無理はない。
FI社が製造した〈アシュセイヴァー〉は三機。
その内の一機をティアナが使用しており、残りの二機は会社でデータ収集のために保管されているはずだった。それが二人の眼前に存在している。
普通に考えれば、強奪されたと思うだろう。事実、ティアナはそう思っているはずだ。
だが、アクセルはそうではなかった。
(そうだ……あいつらが使っていても違和感を覚えない。むしろ、『こちら側』にあることが……ん?)
『こちら側』とは何だ。まるで、『向こう側』があるような思考。
気になるが、今は目の前のことに対処しなければならない。あいつについても、考える事ならいつでもできる。
「お前ら、こんなところで何してる!」
それよりも眼前の対象に接触することが重要だ。
キーワードが舞う思考を振り切るように、アクセルが前に飛び出す。
拳にエネルギーを集中させて構えている。
だが、いま大事なのは情報を集めることだ。無理な交戦は避けたい。
「あ~、お久しぶりです隊長!W11、ロート・ケプフェン、ただいま任務遂行中ですよぅ!」
「慎みなさい、ロート……ホテル・アグスタ以来ですか。W12、シュネー・ヴィッテ。ただいま、聖王の器回収の任を受け活動中です、隊長」
「あの時の赤頭巾に、アグスタの時の!……Wナンバーか……!」
赤い装甲の機体からは赤頭巾の少女―――ロート・ケプフェンの音声が、アシュセイヴァーからは白髪美女―――シュネー・ヴィッテの音声が、それぞれ聞こえてきた。
共にW11、W12と名乗ったことから、W17、ラミア・ラヴレスとは何かしら関係があるのだろう。
アクセルの記憶は知っているようだが、今の状態では分からない。
「アクセルさん!不用心です!」
遅れてティアナが〈ソウルゲイン〉の傍らに寄る。
〈
だが、それに対して彼女らは何の
「その声、ランスター“三尉”ですか……いえ、『こちら側』ではまだ二等陸士でしたね、失礼……」
「!……何のこと、何を言っているの?」
「それは、アクセル隊長が良くご存知でしょう」
〈アシュセイヴァー〉がこちらを向く。その向こうでは、ティアナの瞳が見開かれている事だろう。
だが、アクセルからすれば、そのことについての回答などない。
「いいや、何も知らないんだな、これが……それより、聖王の器って言ったな?」
だから話を逸らし、情報収集へと戻る。
気になってはいた。ここが器を製造する研究所ならば、何故あれだけ並んでいる少女たちを運び出さないのか。そして、運び出されたというのは、どういうことか。
「えぇ。出来がいい素体が完成したという情報を受けて、赴いてみればすでに搬出された後……」
「だから、無駄足って言ったんですよぅ。それにあと数分でここは爆破されますし~」
「「なっ!!??」」
ここが爆破されるということを聞き、アクセルとティアナは顔を青くする。
自分たちだけならば、脱出は容易だろう。
だが、なのはらが突入していた場合、最悪の事態を考えなければならない。
「ティアナ、急いで脱出するぞ!それと、なのは一尉との回線を繋いでくれ!」
「は、はい!でも、この人達は?!」
「こいつらを捕まえても、俺たちがお陀仏になっちまったら意味がないんだな、これが!いいから、急げ!!」
うしろ髪を引かれているティアナを急かして、アクセルは来た道を逆走する。
一度振り返った先には、転移を行い消えかけていたロートとシュネーの姿。
アクセルは再び前方を見据え、なのは達が突入していないことを祈った。
「というわけで、あいつらは聖王の器……おそらく人造魔導士を回収しに来たけど、すでに運び出されたあとって言ってたんだな、これが」
あれから数時間。
大急ぎで脱出したアクセルたちを迎えたなのはたちは、どうしたのかと口々に尋ねてきた。
それを遮って爆発物の危険と即脱出を伝えて、大急ぎでヘリに戻り離陸した瞬間。
黒い縦穴から火柱が上がった。
一体どんな威力の爆薬を使ったのだろうかと、その威力に全員が顔を青くした。
六課隊舎に戻ってからは、内部で何があったのかの状況説明が始まった。
そして、今に至る。
「なるほどね。もし、私たちが突入していたら、危なかったところだね」
「あの穴からの脱出には結構な推進力が必要になる。〈ソウルゲイン〉や〈アシュセイヴァー〉だからこそ出来たこと」
マーチが淡々と述べたことばに、フォワードの若いメンバーが顔を青くした。
あれほどの火柱に呑みこまれたらと思うと、確かにぞっとする話ではある。
「それと、確認して分かったことがある。あの〈アシュセイヴァー〉。あれはウチの社のものじゃない」
「FI社とは別に造られたものってこと?」
いつもと変わらぬ調子で、ティアナの言葉に頷く。
表情にこそ出していないものの、おそらく心中では怒っているはずだ。何せ、〈アシュセイヴァー〉を我が子と同じくらいに大事にしているのだ。その子供を勝手に盗られたようなものだろう。その怒りは計り知れない。
「あと、私の方でも分かったことが。例の〈ゲシュペンスト〉だけど」
「何か分かったのか?」
フェイトが前に出てきた口を開いた。
〈ゲシュペンスト〉の件に関しては、アクセルは聞き逃せないことだったため食いつく。
「うん。〈ゲシュペンスト〉はマオ・インダストリー社っていうデバイス会社が考案していた全身装着型の試作機みたい。でも、十分な資金源の確保が出来なくて、開発は難航。それに社長一家が不慮の事故で亡くなったから会社も倒産して、そのデータだけは別の研究所に流れたみたいだね。でも、開発には着手していないって話だよ」
「う~ん。謎が解けたと思ったら、深まるばかりやな……それに今回現れた、こいつら」
はやてが空間モニターの画像を変える。〈ゲシュペンスト〉から骸骨の怪物へ。
こちらはアクセルの記憶も反応しなかった。全くの正体不明らしい。
「アンノウンの解析状況はどうなっとるんやろうか、マーチ社長?」
「現時点では生物……のようなものだと推測」
「生物のようなもの?」
「はい。魔導兵器特有の熱源反応や金属反応はなく、かといって生物でもない。まさにアンノウン。詳細は調査中……でも、分かるところはもうないと思う」
解析にかけては絶大な自信を持つマーチですら悩ませるアンノウン。
また、六課が立ち向かうべき謎が増えた。
(……さて、どうしたもんかね)
思案する各々方の中、ただ一人アクセルに視線を向ける少女。
いま、アクセルは迫りくる課題以上の難問を抱えていた。
時刻は午前零時。ちょうど今日から明日へと変わる時刻。
海沿いの道。海と地上の境界に作られた手すりにアクセルは背を預けていた。
「アクセルさん」
「ティアナか……遅くに呼び出して悪いな」
遅れて現れたティアナに向き直る。
会議が終わってから、アクセルは夜中にここへ来るように伝えていた。
ティアナに面倒をかけてしまったから、そのお詫びも込めてのことだった。
「礼を言ってなかったな。黙っててくれてサンキューな」
「いえ。アクセルさんが言わなかったなら、報告すべきではないことだと判断しただけです」
そう、アクセルはシュネーたちとの会話を報告していない。
彼女たちの会話を盗み聞いたとだけ、全員には説明していた。
そのことを話した時、ティアナは何も言わなかった。
アクセルは彼女に内心で感謝した。自分で片を付けたいがための行動であり、そんな自分勝手なことを擁護してくれたからだ。
だが、そんなことを言っている場合ではないのかもしれない。
何せ、アクセルがあちらの組織の関係者であることはほぼ確定だろう。
これが明るみに出た時、六課側からすればアクセルも危険人物には違いないのだ。
そういうことを考えると、ここを離れることも考えなければならないだろう。
「アクセルさん。一つだけ言わせて下さい」
「ん?どうした、何か改まって……」
多くのキーワードや増え続けるアンノウンに加え、ようやく慣れた環境を捨てること可能性から不安に駆られるアクセルの目の前まで、彼女は近づいていた。
ティアナは躊躇しながら目線を泳がせていたが、決心したように顔を上げる。
何を言われるのか見当もつかないアクセルにティアナは言った。
「……アクセルさんがどんな人だろうと、私は、その、アクセルさんの、味方ですから……ぁぅ」
段々と尻すぼみになり、顔を真っ赤にさせて俯くティアナ。
アクセルはそんな彼女を見て、安堵に包まれた。
「ありがとうな、ティアナ……」
俯いている彼女の頭を撫でる。優しく、けれど力強く、自分の感謝の気持ちが伝わるようにだ。
一瞬、驚いたように体を震わせ、あとはされるままの彼女は、どこか猫を思わせた。
長い時間、彼らはそのままだった。
次の日、その二人が寝坊したのは言うまでもない。