魔法少女リリカルなのは ~ So close, yet so far ~   作:SAIHAL

1 / 11
序章 『向こう側』の世界 ―
第1話 「白い堕天使」


 あたり一面荒野の世界―――――

 時たま吹く風が立てる音以外は、静寂に包まれた世界。

 それも当然である。ここは『無人世界』。

 その名の通り、ヒト種が存在しない世界。

 付け足すならば、動物も同様だ。

 故に静寂に包まれているのが普通なのだ。

 だが、その普通はこの世界に存在しない音で破られる。

 静寂を乱したのは爆音。

 そして少し時を置いて、何かが地面に落下した音。

 状況から鑑みるに爆発によって飛ばされたのだろう、それは人の形をしていた。

 そう表現するというのも、人と断じるにはサイズが違いすぎるからだ。

 大きさは大体30センチほどだろうか。まるで薄汚れた人形の様ではあるが、かつては陽光が当たれば蒼穹のような輝きを放っていたであろう頭髪とその体躯から、御伽話の妖精と言えば誰もが納得するはずだ。

 それは機能を停止する以前は〈リインフォース・(ツヴァイ)〉と呼ばれるユニゾンデバイスであった。

 もし彼女を知る者が今ここにいたなら、横たわるその姿に息を呑み、すぐさま駆け寄るだろう。そして、二度と動かないことを知り、涙を流すだろう。

 

 

 

 リインフォースⅡが飛んできた方向を見れば、二つの人影があった。

 一人は満身創痍。

 リインフォースⅡと同様、傷だらけで仰向けに倒れていた。しかし、闘志は失せていないようで、上半身を腕の力だけで起こし、立ち上がろうと踏ん張っている。

 身に纏う騎士甲冑(バリアジャケット)は機能を果たすことすら怪しいほど焼け焦げ、愛用の杖(シュベルトクロイツ)は砕け散ってその名残であろう柄が右手に握られている。

 彼女のチャームポイントであった帽子は戦闘の最中に失われており、かつて畏怖と尊敬の対象として見られていた黒い翼は無残にも千切れていた。

 腹部を濡らす赤い液体が指し示すように、上半身を起こしていることすら奇跡なほどの重傷を負っていた。

 

 もう一人は悠然と空中に浮いている。

 夕日を背にしたその姿は、ただ浮いているだけであるはずなのに、見る者に自らの存在を誇示しているようかのようにも思える。

 『彼女』が纏う純白のバリアジャケットは激しい戦闘があったにも関わらず汚れひとつなく、かえってその不気味さを強調していた。

 十年もの間、使用され続けている魔導師の杖は、その槍の如き穂先を真紅の血液で濡らし、夕日の光を邪悪に照り返していた。

 

 

 

 

 

~第1話 「白い堕天使」~

 

 

 

 

 

 地面に倒れている人物―――時空管理局古代遺失物管理部機動六課部隊長、八神はやて二等陸佐―――は頭部からの流血で塞がった右目とは逆の目で空中にいる『彼女』を睨んでいた。

 その瞳に込められた感情は、半分が怒りで半分が驚きだった。

 そう。未だに信じることができない。

 あの『彼女』がここまでのことをするなんて。

 

「何故や……」

 

 ふと漏れた言葉。はやて自身、口に出すつもりがなかった言葉であり、故に返答も期待していなかった。

 だが意外にも、空に浮かぶ『彼女』はそれに応えた。

 

 

 

―――――その顔を暴虐な笑みで歪め、未だ血が滴る杖の先を、はやてに向けることで。

 

 

 

 杖の穂先に魔力が集まっていく。

 紛れもなく『彼女』が最も得意とする魔法であった。

 その威力は十年前とは比べ物にならないほどであることを、はやてはその身を以て知っていた。

 

「なんでや……ッ!」

 

 十年。

 たったの十年だ。

 はやてにしてみればあっという間だったように思えた。

 それなのに人はここまで変わるものなのか。

 いや、そんなはずはない。

 何か(・・)があったのだ。何か特別な事情が。

 だから叫ばずにはいられなかった。

 

 こんなはずじゃなかった世界(・・・・・・・・・・・・・)に対して。

 

 

 

「―――――なんでこんなことを!?」

 

 

 

 それが八神はやて、生涯最後の言葉になる。

 叫びに応えるように砲撃は放たれ、赤みを帯びた桃色の閃光が彼女を呑み込んだ。

 人ひとりを呑み込むには膨大すぎる程の力が込められた一撃は、八神はやてという存在をこの世から消し去った。

 神が振り下ろした裁きの槌の如く、現実に存在していたという証拠は残さないという意思の表れでもあった。

 砲撃によって巻き上がった砂塵が収まる。

 残ったのはその一撃により出来上がったクレーターのみ。

 辺りを見渡すと似たようなクレーターが二つ存在していた。

 そこにも人間がいたような証拠は残っていなかったが、クレーターの周囲に何かの残骸が散らばっていた。

 一つは鉄槌と思わしきヘッド部分。もう一つは片刃直剣の刀身。

 どちらも罅割れており、激しい戦闘が行われ、その末に敗北したことは明白だった。

 

 

 

 

 

「状況、終了……」

 

 再びこの世界に静寂が下りた。

 何気なく『彼女』は背を照らしていた夕焼けを、振り返り見つめる。

 沈みゆく夕日というのは、その儚さ故に格別美しい。

 かつての友人を、たった今その手で殺めた『彼女』でも、美しい風景には心を動かすのだろうか。

 ふと、地平線に小さな黒い点が見えた。曖昧に揺れるその点は砂塵を巻き上げつつ、段々とその輪郭を明確にしている。

 どうやら人影のようだ。

 『彼女』の瞳はそれだけを映していた。

 『彼女』はただ自身の同類が近づいてくるのを感じただけ。

 夕日はその視界にすら入っていなかった。

 

 高速で接近していた人影は『彼女』の傍まで来ると、推進装置を切り、惰行で近付いていく。

 その姿が明らかとなった。若い女性だ。髪は黒みがかった青いショートカット。

 頭部の左右からはウサギ耳のようなアンテナが、額中央からは一角獣のような突起が伸びている。

 右腕には根元に回転式薬室が取り付けられた杭打機が、左腕には小口径の連装機関砲と一体化した防盾が、それぞれ装備されている。

 何よりも特徴なのは肩部の装甲だ。巨大なコンテナだろうか。コンテナ前方にはハッチがあり、明らかに内蔵武器があることは間違いがない。

 装甲の各所には髪の色に似た青色の塗装がなされている。

 ―――――マオ・インダストリー社製パーソナルトルーパー。

 初めて開発に成功したゲシュペンストタイプ。

 その新型機であり、次期主力機候補。

 〈PTX-003C ゲシュペンストMk-Ⅲ〉。

 大火力による一点突破を目的とした機体。

 それを身に纏った女性は、その金色(・・)の双眸を『彼女』に向けた。

 

「各装備の準備が整いました……いつでも出撃可能です」

 

その声音は人が出すにしては冷たく、まるで機械のようだった。

 

「了解……」

 

 応える『彼女』の声もまた、それに近かったが、こちらは何らかの狂気を秘めていた。 会話らしい会話もせず、女性は自身が辿ってきた道筋をすさまじい勢いで逆走する。

 『彼女』もまた、追随するように飛翔した。

 三つのクレーターには目もくれず。

 

 

 

 彼女たちは時空管理局本局特殊鎮圧部隊。

 

 通称―――『ディザスターズ』。

 

 終末とまで称される新暦75年において、敵味方見境なく滅ぼす殺戮集団と恐れられる、管理局最強にして最凶の部隊である。

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。