まだまだ未熟の身ですので、感想や間違いの指摘などありましたら遠慮なくお願いします。
やはり比企谷八幡が箱庭に呼ばれるのはまちがっている。
文化祭が終わり、比企谷八幡は今や市立総武学校で最も嫌われる人物となっていた。
というのも、文化祭での実行委員の時の相模南への暴言を主として、学校で彼は『最低の人間』のレッテルを貼られていた。
それによって、彼の周りからの評価はまさに地に落ちていた。(そもそも落ちるほどの評価があったかどうか疑問だが)
そんな学校に行きづらい彼は、いつものように起きて制服に着替え、学校に行く前に愛する妹、比企谷小町の作る朝食を食べるためリビングへと降りていく。
リビングでは、思った通り小町がちょうど、朝食を食べ終えていた。
「あ、お兄ちゃんおはよー」
「おう、おはようさん」
「ご飯そこにおいてあるから」
そう言って、小町は鞄を取りに行くためか、リビングを出て行った。
「あっ、そうだ。お兄ちゃん宛に手紙来てたよ。テーブルの上にあるから」
と、思ったら思い出したように戻ってきた小町の言葉に、手紙?と、八幡は手紙の差出人の心当たりを考える。
だが、いくら考えてもぼっちの彼に心当たりなど思いつかない。
「小、中学の同級生は…ないな。総武高のやつでもわざわざ手紙じゃなくてもメールで済むし、塾とかの広告にしては封筒が立派すぎだな。…となると、また材木座あたりの病気か?」
八幡は、中二病の同級生がまたパクリラノベの設定案でも適当に送りつけたのだろうとあたりをつけて、テーブルの上の封筒を手に取った。確かにそこには『比企谷八幡様へ』と書かれていた。
八幡はその封筒を破って開けようとしたその時、
「お兄ちゃん、結局誰からの手紙だったの?」
鞄を取ってきたのか、小町がちょうど横から覗き込んできていた。
「さあな、まだ見てないからわからん。どうせ材木座あたりの中二病だろ」
「もう、そんなこと言って、誰かからのラブレターとかだったらどうするのさ」
「俺にそんなモノは届かねえよ」
中学時代の経験から、八幡はその可能性を考えてすらいなかった。
だが、小町は彼に好意を寄せている異性を複数人知っているため、その可能性が絶対ないとは思わなかった。
「いや、お兄ちゃんは最近モテ期が来てるから、わからないよ!」
「来てねえよ。なに、その恥ずかしい妄想」
そう言って、八幡は小町が見ている横で、内容が恋愛絡みでないことを見せるために、小町にも見えるように封筒を開いて手紙の内容を読む。
「えっと、『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。その才能を試すことを望むならば、己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの"箱庭"に来られたし』……なんだこりゃ?」
後ろで一緒に呼んでいた小町に、内容の意味が分かるか訊こうとした時、いきなり二人の視界に開けた空が見えた。
♦
「なっ!?」
「ちょっ!?」
気づいた時には、二人は上空4000mほどの位置に投げ出されていた。
いや、正確には二人だけじゃなく、他にも三人の男女が同じように上空に投げ出されていた。
だが、八幡にはそんなことを気にする余裕はなかった。自分だけならともかく、妹の小町まで上空に放り出されているのだ。
「小町!!」
「お兄ちゃん!?」
八幡はすぐさま、小町を引き寄せ、落下の衝撃から少しでも守ろうと抱きかかえた。
しかし、それは杞憂に終わった。五人は真下にあった湖に不時着する。普通なら水面に激突してバラバラになって死ぬだろうが、それは幾重にもある緩衝材のような薄い水膜ために防がれた。
「おい、小町。無事か?」
「うん、こっちは大丈夫だよ。お兄ちゃんは?」
「こっちも大丈夫だ」
二人は互いに無事を確認し、岸に上がろうとする。
「大丈夫?」
すると、先ほど、二人同様に、空に投げ出されていた三人が先に岸に上がっていて、その内の一人、スリーブレスのジャケットを着た少女が手を差し出していた。
「悪いな。小町、先に上がれ」
そう言って、八幡は少女に小町を引っ張ってもらい、その間に自分は自力で上がった。
他の二人に合流すると、二人、金髪の学ランの少年と高飛車そうな少女はかなり不機嫌な様子だった。
「し、信じられないわ! まさか問答無用で引きずり込んだ挙句、空に放り出すなんて!」
「右に同じだクソッタレ。場合によっちゃその場でゲームオーバーだぜコレ。石の中に呼び出された方がまだ親切だ」
どうやら、空中にいきなり放り出されたことに加え、水の中に落とされたことに相当腹を立てているらしい。
「にしても、こう濡れてると動きづらいですね。それにこのままじゃ、風邪ひいちゃうかも」
「ホントよ! この服お気に入りだったのに!」
全員服を絞って水を出す。火がないから乾くのに時間がかかりそうだ。
「まず間違いないだろうけど、一応確認しとくぞ。もしかしてお前達にも変な手紙が?」
「そうだけど、まずは『オマエ』って呼び方を訂正して。私は久遠飛鳥よ。以後は気を付けて」
どうやら、自己紹介をする方向に話が進んでいるらしい。八幡としては、そういうのは苦手なので、どうしたものかと考えていた。
「それで、そこの猫を抱きかかえている貴方は?」
「……春日部耀。以下同文」
どうやら、さっき手を貸してくれた少女は春日部という名前らしい。
「そう。よろしく春日部さん。それで野蛮で凶暴そうなそこの貴方は?」
「高圧的な自己紹介をありがとよ。見たまんま野蛮で凶暴な逆廻十六夜です。粗野で凶悪で快楽主義と三拍子そろった駄目人間なので、用法と用量を守った上で適切な態度で接してくれお嬢様」
「そう。取扱説明書をくれたら考えてあげるわ、十六夜君」
「ハハ、マジかよ。今度作っとくから覚悟しとけ、お嬢様」
(うわー、この二人見るからに問題児って感じだな。小町に悪影響がなきゃいいけど…)
そうやって、八幡は傍観していると、三人の視線がこっちに、正確には小町に向いた。
「で、そこのチャーミングなあなたは?」
「あ、ありがとうございます。小町は比企谷小町です。で、こっちが兄の比企谷八幡です」
そう小町が八幡を手で示すと、三人ともぎょっとしたような表情をした。
「お前、いつからそこにいやがった!?」
「全く気付かなかったわ」
「いつの間にか消えてたから、どこかに行ったかと思ってた」
どうやら、三人とも八幡の存在に全く気付いていなかったらしい。道理で、自分に自己紹介が回ってこないどころか、誰もこっちに目もくれないわけだ。と、八幡は八幡でこういう扱いには雪ノ下雪乃などで慣れているため、普通に納得していた。
「一応、紹介に扱った比企谷八幡だ」
自己紹介されて、三人は改めて八幡をまじまじ見つめる。
「な、なんだよ」
八幡は八幡で、彼らの反応が新鮮なのか、戸惑っていた。
「ヤハハ。いや、どうやって俺達に気づかれないようにしてたのかと思ってな」
十六夜の言葉に、他の二人も頷く。
「ええ、すぐ近くにいるのに全く気づけないなんて初めてだったのよ」
「私もまさか気づけないとは思わなかった」
「いえ、兄は元々存在感がすごくないんですよ」
そう小町は説明したが、三人は納得がいかないようだった。
「で、呼び出されたいいけどなんで誰もいねぇんだよ。この状況だと招待状に書かれていた箱庭とかいうものの説明をする人間が現れるもんじゃねぇのか?」
「ええ、そうよね。何の説明もないままでは動きようがないもの」
「だったら、そこに隠れてるやつに聞けばいいんじゃないか?」
そう言って、八幡は近くの茂みの方を指差した。
「なんだよ。おまえ気づいてたのか?」
「当たり前だ。あんだけ見られてたら嫌でも気づく。ぼっちってのは視線に敏感なんだよ」
「へえ、おまえおもしろいな」
「ていうか、おまえも気づいてたんだな」
「当然。かくれんぼじゃ負けなしだったんだぜ? そっちの二人も気づいてたんだろ?」
「ええ、当然よ」
「風上に立たれたら嫌でもわかる」
四人が茂みの気配について話す中、小町だけはわからなかったが、兄のステルスと視線や気配を察知する能力の高さは知っていたので、兄を信じて黙っていることにする。
すると、茂みからウサ耳の何かが―――
「ようし、出てこないんじゃ仕方がねえ」
出てこようとした瞬間、逆廻十六夜が明らかに普通ではない脚力で跳躍した。そして女性のすぐ近くの地面が彼の跳び蹴りよって思いっきり抉れる。
「なにあれ?」
「コスプレ?」
「うわ、ウサ耳!? お兄ちゃん、ウサ耳だよ!?」
「いや、ツッコむとこ違うだろ」
十六夜の攻撃を避けたウサ耳の少女に対する少女達の反応に、八幡は自然にツッコミを入れていた。
「違います、黒ウサギはコスプレなどでは――!?」
黒ウサギと名乗った少女が抗弁しようとするも十六夜がまたも人並み外れた威力の蹴りをお見舞いし、それをバック転で回避する。どちらも超人レベルの技の応酬だ。
そこに春日部耀が加わり猫のような動きで辺りをピョンピョン跳びまわる黒ウサギを追跡。八幡はこの中では一番まともそうかと思っていたが、この子も充分異常だということを認識した。
(あー、戸塚のいる世界に帰りてえなあ)
あまりに人間離れした応酬に、八幡は元の世界のクラスメイトの事を考えて、現実逃避をしていた。
すると、今度は飛鳥が一歩前に出た。
「鳥たちよ、彼女の動きを・・・・・・封じなさい・・・・・!」
彼女の命令に従うかのように無数の鳥たちが黒ウサギを取り囲み動くのを阻止した。
それによって、跳んでいた黒ウサギはいつまでも滞空していることはできずに地面に尻餅をついた。
そして、三人にあえなく囲まれてしまう。
♦
「――あ、あり得ないのですよ、学級崩壊とはきっとこのような状況を言うに間違いないのデス」
「いいからさっさと話せ」
(え、なにこいつら。悪魔?)
現在、黒ウサギは三人に寄ってたかって虐められている。ウサギ耳を引っ張られて半泣き状態の黒ウサギ。それでも何とか気を取り直したのか咳払いをして手を広げ高らかに宣言した。
「ようこそ、"箱庭の世界"へ! 我々は貴方がたにギフトを与えられた者達だけが参加できる『ギフトゲーム』への参加資格をプレゼントさせていただこうかと思いまして、この世界にご招待いたしました!」
「ギフトゲーム?」
「そうです! 既にお気づきかもしれませんが、貴方がたは皆、普通の人間ではありません!」
(そっかー普通の人間じゃないのか。とうとう人間扱いさえされなくなったか)
「ちょっと、そこの方はなぜいきなりヘコんでいるんですか!?」
八幡は、黒ウサギの言葉を普段の雪乃の言葉のような意味に曲解して勝手にヘコんでいた。
「気を取り直して、皆様の持つその特異な力は様々な修羅神仏から、悪魔から、精霊から、星から与えられた恩恵でございます。『ギフトゲーム』はその恩恵を駆使して、あるいは賭けて競いあうゲームのこと。この箱庭の世界はその為のステージとして造られたものなのですよ!」
(恩恵だと? 俺にはそんなものないと思うんだが…)
生まれてこの方、親の英才教育による疑り深さや嘘を見抜く眼力、ぼっちであることによる存在感のなさと気配や視線に対する敏感さを除けば、そこら辺の人間と同じはずだと、自身に対して八幡はそう評した。
そして、先ほどの黒ウサギとのやり取りから、十六夜と耀のギフトとやらはわからないが、飛鳥に関してはだいたい予想がついていた。
(たぶん、『相手を自分の命令に従わせる』ギフトだろうな。さっきの鳥達を従わせたことから、『動物を操るギフト』の可能性もあったが、それではあんな命令口調の必要もない。まあ、本人の性格の可能性もあるが。だが、そんな程度のものが神の与えるギフトのはずがない。となると必然的に対象は鳥だとか動物だとかに命令して操るのではなく、生物全般あるいは、それ以上を従わせられる能力ってことだろう)
「恩恵――つまり自分の力を賭けなければいけないの?」
「そうとは限りません。ゲームのチップは様々です。ギフト、金品、土地、利権、名誉、人間。賭けるチップの価値が高ければ高いほど、得られる賞品の価値も高くなるというものです。ですが当然、賞品を手に入れるためには"主催者ホスト"の提示した条件をクリアし、ゲームに勝利しなければなりません」
八幡が飛鳥のギフトを考察している間にも飛鳥が黒ウサギへと質問をしていた。
「……"主権者ホスト"って何?」
今度は耀が黒ウサギへと質問する。
「様々ですね。暇を持て余した修羅神仏から、商店街のご主人まで。それに合わせてゲームのレベルも、命懸けの凶悪、難解なものから福引き的なものまで、多種多様に揃っているのでございますよ!」
(ホントに多種多様だな。いくらなんでも節操なさすぎだろ)
「話を聞いただけではわからないことも多いでしょう、なのでここで簡単なゲームをしませんか?」
『ゲーム?』と五人が首を捻ると、黒ウサギはどこからともなくトランプを取り出した。
「この世界にはコミュニティというものが存在します」
トランプをシャッフルしながらも、黒ウサギは説明を続ける。
「この世界の住人は必ずどこかのコミュニティに所属しなければなりません。いえ、所属しなければ生きていくことさえ困難と言っても過言ではないのです!」
力説する黒ウサギがパチンと指を鳴らすと、宙に突然カードテーブルが現れ、ドサリと地面に着地する。
「みなさんを黒ウサギの所属するコミュニティに入れてさしあげても構わないのですが、ギフトゲームに勝てないような人材では困るのです。ええ、まったく本当に困るのです、むしろお荷物・邪魔者・足手まといなのです!」
「じゃ、帰してくれ」
「え゛!?」
黒ウサギの話を聞いて、八幡が即答すると、それがよっぽど予想外だったのか黒ウサギは変な声を出した。
(え、ちょ! 計算外です。ここでいきなり怖気づく方がこの問題児の中にいらっしゃるとは! 一応強いギフト持ちたちに手紙を出したからあの方もかなり強い……筈です。あんまりそうは見えませんが。むしろ、目が腐っていてすぐやられそうですが。でもここで帰してしまったら黒ウサギの計画がパーに……うーん)
変な声を出してしまった以外は平静を装っている黒ウサギも内心は冷や汗だらだらで心臓がバクバクなっている。ギフト持ちのほとんどはプライド高そうなやつら多いから煽っておけば乗ってくるだろうと考えていたから八幡の帰宅希望は予想外だった。現に他の四人の内、三人はとてもやる気になっていた。
「いや、ですけどあなたも相当すごいギフト持ってるはずですし、まずは試してみてはどうでしょう?」
「いや、めんどうだしそういうのいいんで。働きたくないんで」
「ええええええっ!?」
(働きたくないって、そんな理由なんですか!?)
てっきり、元の世界の友人や恋人や家族のことを理由に帰りたいと言うと思っていたら、よもや『働きたくないから』などという斜め下の答えで帰りたがるとは思っていなかった。
「そうだよ、お兄ちゃん。お兄ちゃんの“ギフト”が何か小町も気になるし、やってみようよ」
「いいよ。めんどくさいし」
「もう、そういう性格は変えなくちゃだめだよ!」
「えー、変えなくていいよ。ていうか変える気ないし。変えたくないし」
それに…と、八幡は黒ウサギの方を見た。
その瞬間、黒ウサギはその身が縮みあがる思いがした。
彼の腐った目に見られたからではない。
その瞳の奥に、まだ黒ウサギが意図的に隠していることを見透かし、そのことを責めているような色があったからだ。
「だが、しょうがない」
「へ?」
「かわいい妹の頼みだ。千葉の兄なら受けないわけにはいかん」
「ヤハハ。なんだ、おまえシスコンかよ?」
「当たり前だ。千葉の兄はみんなシスコンだ」
「いや、適当なこと言わないでよ。お兄ちゃん」
どうやら、受けてくれる気になってくれたらしい八幡だが、黒ウサギはさっきの彼の視線の影響で少し動けなかった。
しかし、箱庭の貴族たる黒ウサギがただの人間の眼光にビビッてなるものかと、自分を奮い立たせて、さっきシャッフルしたトランプを全て裏向きにしてカードテーブルの上に並べた。
「今回のギフトゲームでは、みなさまは初めてですので、特別に何も賭けていただかなくて結構です。強いて言うなら、みなさまにはみなさま自身の『プライド』を賭けていただきます。賞品は…そうですね。勝った方の言うことを神仏の眷属であるこの黒ウサギが一回だけ何でも聞くというのはどうでしょう?」
その言葉に、八幡の体に電撃が走った。
(なんでも…だと。なんでもってまさか…なんでもか?)
「あっ、もちろんいやらしいことはダメですよ?」
人知れず八幡のやる気が下がっていた。
そして、そんな兄を妹が冷めた目で見ていた。
「このゴミいちゃんは…」
ちなみに他の女性陣は、黒ウサギの発言で彼女の豊かな胸を注視していた十六夜を冷めた目で見ていた。
「別に冗談だよ。まぁいい、そのゲームに乗ってやる」
全員を代表して十六夜が言った。
「では、ゲーム成立です!」
そう言って、黒ウサギがまた指を鳴らすと、五人の手元に羊皮紙のようなものが現れて、こう書かれていた。
『ギフトゲーム名"スカウティング"
プレイヤー一覧、逆廻十六夜、久遠飛鳥、春日部耀、比企谷八幡、比企谷小町。
クリア条件、トランプ52枚の中から絵札を引く。
・引けるのはプレイヤー一人につき一回まで。
・トランプを引く時を除き、トランプに触れてはならない。
敗北条件 降参か、プレイヤーが上記の勝利条件を満たせなかった場合。
宣誓、上記を尊重し、誇りと御旗とホストマスターの名の下、ギフトゲームを開催します。
“サウザンドアイズ”』
「これは?」
「“契約書類”です。ホストマスターとプレイヤーの契約の書。そこにルールやクリア条件が記されています。ちなみに黒ウサギは“審判権限”という特権を持っていますから、ズルをしようとしても無駄ですよ。ウサギの耳と目は、箱庭の中枢と繋がっていますから」
「なるほど。じゃあ、ゲームの前にトランプに仕掛けがないか確認させてもらってもいいか?」
「はい。結構ですよ」
十六夜が確認をとると、黒ウサギから許可が出たので、五人は各々トランプを手に取って確認する。
十六夜はそれぞれを念入りに確認し、飛鳥は絵札のトランプをなぞり、耀は連れていた三毛猫に指をなめさせ、その指でトランプを擦っていた。
一方、八幡と小町はというと…
「何の変哲もない普通のトランプだな」
「そうだね。別にイカサマができそうでもないし。で、お兄ちゃんの“ギフト”ならこのゲーム、クリアできそう?」
小町の質問に、八幡は心中でNOと答えていた。
(そもそも俺は自分の“ギフト”ってのが何か俺自身ですら知らないんだぞ。そんなのでクリアできるわけがない。だが、それは“ギフト”を使ってこのギフトゲームに挑んだらの話だ)
八幡は周囲を見渡し、十六夜に目を向ける。
(恐らくアイツも気づいてるだろうな。このゲームのルールの穴に)
そして、八幡は次に黒ウサギの方を向いた。
「なあ、一応そのテーブルも調べさせてもらっていいか?」
「ええ、いくらでもどうぞ」
黒ウサギの許可が出たので、八幡はカードテーブルに触る。
(しっかりした造りだが、思ったほどの重さじゃないな)
確認を終えた八幡は、小町のところに戻っていった。すると、ちょうど四人がカードの確認を終わったところだった。
カードを並び直し終えると、黒ウサギは五人をそれぞれ見て言った。
「それでは、最初はどなたからになさいますか?」
「じゃあ、俺からで」
黒ウサギはやる気にあふれていた三人が最初に出てくると思っていたが、以外にも最初に名乗りを挙げたのは、先ほどからめんどうがっていた八幡だった。正直、黒ウサギはあそこまで面倒がる八幡がどう攻略するか見ものだと思っていた。
小町も、兄の“ギフト”が見られるとわくわくしていた。
飛鳥や耀も、面倒がっていた彼がどうクリアするか、期待半分で見ていた。
しかし、十六夜だけはさっきの八幡の視線から、違う予想をしていた。
(さっきのアイツの視線…よっぽど注意してなきゃ気づけないモノだったが、アイツのあの視線からすると、俺と同じこと考えてやがったな)
そう、彼らは知らない。
小町は知っていたが忘れていた。
比企谷八幡は、常に人の予想の斜め下をいくことを。
そして、八幡は十六夜が予想した通りカードテーブルの淵を持つと…
「うおりゃあああああああ!!」
「ええええええええええ!?」
思いっきり、カードテーブル上のトランプごとカードテーブルを倒した。
当然のことながら、カードテーブル上のトランプは、地面に落ちてしまい、ほとんどが表になってしまっていた。
「じゃ、俺はこれで」
「ヤハハ。やるなぁ、おまえ」
「私はこれ」
「私はこれにさせてもらうわ」
「じゃあ、小町はこれ」
「えっ、ちょ、これは…」
散らばったカードから、絵札を拾う五人に戸惑う黒ウサギに、十六夜が悪戯っぽい笑顔を向ける。
「別にコイツは何もルールに抵触してないはずだぜ、トランプには触れなかったしトランプを引いたのも全員一回だけだ」
「それは、そうですが…」
反論しようとしたところで、黒ウサギの耳がピコピコ揺れ、がっくり項垂れる。
「箱庭の中枢からも、『有効である』との判定が下されました。みなさまクリアです」
「やった」
「うん」
「イエーイ」
女性陣たちは、ハイタッチをして喜び合っていた。
十六夜は八幡の方に笑顔で近づくと、
「よお、おまえなかなかやるじゃねえか。だが、こういう派手なのは俺の役目だぜ」
「そりゃ悪かったな。で、おまえだったらどうやってトランプをぶちまけたんだ」
「んなもん、テーブルぶっ叩けばいいだけだろ。おまえは俺を誰だと思ってんだ?」
「そうかよ」
どうやら、十六夜は自分の腕に相当自身があるらしい。
「ところで黒ウサギ」
「はい、なんでしょうか十六夜さん」
「早速言うことは聞いてもらうぜ」
それを聞いて、黒ウサギがあわて始める。
「せ、性的なことはダメですよ!」
「それも魅力的じゃあるんだが、俺の訊きたいことはただ一つ、手紙に書いてあったことだけだ」
「なんですか?」
十六夜は、何もかも見下すような視線で一言、
「この世界は………面白いか?」
「————―――」
他の四人も無言で返事を待つ。
彼らを呼んだ手紙にはこう書かれていた。
『己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨てて箱庭に来い』と。
それに見合うだけの催し物があるのかどうかは彼らにとってとても重要なことだった。
そして、十六夜の質問に黒ウサギは満面の笑みで答えた。
「―――Yes。『ギフトゲーム』は人を超えた者たちだけが参加できる神魔の遊戯。箱庭の世界は外界より格段に面白いと、黒ウサギは保障いたします♪」
「じゃあ、俺からも質問いいか?」
「はい、なんでしょうか八幡さん」
この時、先ほどの十六夜の質問で空気が明るくなり、黒ウサギは忘れていた。
黒ウサギ自身が、八幡には自身が彼らに隠していることを見透かされているのではないかと、そう思うほどの眼光で彼から見られたことを。
「この質問には正直に答えてほしいんだが」
「ええ、当然でございます。黒ウサギはどんな質問でも正直に答えますよ」
「じゃあ、おまえが俺たちに対して隠していることと、この箱庭に連れてきた本当の理由を話してくれ」
「へ?」
黒ウサギの笑顔と、六人の間の空気が凍った。
何故小町も呼んだか?
彼女がいないときっと八幡はやる気出さないだろうと思ったからです。
今のところ、雪ノ下も由比ヶ浜も登場させる気はありません。
次回はフォレス・ガロあたりまでだと思います。