もし一人のオリキャラが増えることで、ユウキが生きるルートが生まれるなら 作:葦束良日
全員がログインしたところで洞窟――ルグルー回廊(なんでも洞窟の半ばにルグルーという中立の鉱山都市があるからだそうだ)に侵入した俺たち。
数度の戦闘も難なくこなしつつ先を急ぐ俺たちだったが……。
現在、ひたすらに逃げていた。
「なんで十二人なんて大人数のプレイヤーが追って来てるんだ!?」
「知らないよ! しかもトレーサーなんて高位魔法まで使って尾けてくるなんて……!」
「キリト、お前何やったんだ!?」
「え、これキリトのせいなの!?」
「冤罪だ!」
もはやリーファ曰くの追跡魔法《トレーシング・サーチャー》が露見し、それを破壊した時点で俺たちのことはバレている。今更静かにする意味はないということで、俺たちは口々に文句を言いつつ走っていた。
洞窟に入っておよそ二時間。POPするモンスターも大したことはなく順調に進んでいたのにケチがついたのは、そんな時だった。
不意にキリトが「なんか人に見られてるような……」と違和感を訴え、それに俺も「モヤモヤする感じはするな、何となく」と続き、ユウキまでもが「気のせい、かな?」と首を傾げた。
リーファはゲームの中でそんな第六感があるのかと疑問視していたが、念の為にとユイが偵察に向かったところ、トレーサーに発見された。ユイが発見されたということは俺たちのことも見つかったということであり、すぐさまリーファは赤い蝙蝠の形をしたソレを潰し、この状況に陥ったというわけだった。
赤ということは、炎属性。すなわちサラマンダーの魔法だ。ユイによれば十二人。一つのパーティーとしても多すぎる人数である。
意図的に組まれた一団であるのは明白だ。しかもわざわざトレーサーを飛ばしてこちらのことを探っていた。どう考えても厄介ごとであり、身の危険を感じるシチュエーションだ。
俺たちが逃げの一手を打つのは当然だっただろう。
「ひょっとして、リーファがさっき受け取ってた友人からの連絡っての、これを知らせてたんじゃないのか?」
「っ! あの最後のSは、まさかサラマンダーってこと……?」
何か思い当たったのか、リーファは走りながらも難しい顔をして考え込む。
シルフとサラマンダーは敵対していると聞くから、向こうの狙いはリーファなのだろうか? しかし幾らなんでもそれだけのために十二人なんて編成をしてくるだろうか。
何かすっきりとはしない感覚を抱えながら、俺たちは足を止めずにひたすら奥を目指す。
リーファによれば、この先には湖があり、その上に架かる橋を超えれば中立都市であるルグルーに着くらしい。街中はアタック不可能域に設定されているため、そこまでいけば安全ということだった。
そんなわけでそこを目指しているのだが……。やはり、そう上手く事は運ばないようだった。
ようやく湖まで出て橋を渡ろうとしたところで、後方から魔法が飛来。俺たちに当たりこそしなかったが、橋の奥で着弾。土の壁を形成して俺たちの行く先を塞いでしまったのだ。
キリトが剣で斬りかかるも、壁はびくともしない。つまり、この先にはしばらく進めない。
となると、必然俺たちに残された選択肢は。
「戦って、打ち破るか」
「いいじゃん。ボクは好きだよ、そういうシンプルなの」
今駆け抜けてきた道を振り返れば、そこには既にサラマンダーの集団が見えていた。
重武装のうえ大きな盾まで装備した一団。その奥には恐らく今の魔法を放ったメイジがいるのだろう。
前衛が攻撃を防ぎ、後方の大火力で殲滅。実にわかりやすく、効率的な陣形だった。
俺とユウキが剣を構える。
次いでキリトが構え、リーファも剣を抜いたところで、キリトがリーファに声をかけた。
「リーファ。君の腕を疑うわけじゃないけど、ここは回復に徹してくれないか」
「え?」
「この中で回復が使えるのは君だけだ。パーティーの中で、ヒーラーがやられるのは何より防ぐべきことだし、それに――」
言葉を切り、キリトは俺とユウキの前に立った。
「――そのほうが、俺たちも思い切りやれる」
その言葉に俺とユウキは頷き、リーファを見る。
リーファはどこか納得いっていないようだったが、一つ息を吐き出すと諦めたように一言。
「わかった。……頑張って!」
それが、開戦の合図となった。
*
場所は狭い橋の上。ゆえに包囲されての殲滅というこちらにとっては最悪のシナリオはない。しかし、それは最悪ではないというだけで、一人が重装甲のサラマンダーを倒していきつつ、そのうえ魔法攻撃にも備えなければいけないという不利は覆せてはいない。
数の上では当然不利。装備の上でもやはり不利。そして攻撃魔法特化のメイジがいることから戦術でさえも不利。
勝ち目は著しく低い。
――と、普通はそう思うのだろう。
しかし、現実は違っていた。
「セィッ――!」
キリトが大剣を担いで勢いよく地を蹴った。
両刃の大剣はそれだけでかなりの重量であるはずが、もともとパワーファイターのキリトだ。SAOでさんざん振り回した経験もあり、その扱いはお手の物である。
ゆえにその斬撃は正確無比。速さを加えて繰り出された一撃は、激しい金属音を響かせて敵の盾との間に火花を散らした。
しかし、まだ終わらない。たとえ二刀がなくとも、キリトの真骨頂はその速さにこそあるのだから。
「フッ――!」
呼気は一度。それだけで、キリトは何度も剣を振るった。全て相手の盾に防がれながらも、斬りつけるは五度連続。一息の間にそれを続けたキリトだったが、やはりそこで攻撃は途切れそうになる。
対してあちらは防御だけで余裕がある。この猛攻でHPは一割ほど削れていたが、十分に攻撃後のキリトに痛打を加えられる範囲内だった。
そう、キリトが一人だったならば。
「スイッチ!」
俺の掛け声とともに、キリトがひときわ大きな攻撃を放った後に剣を引き戻したタイミングで後ろに転がる。その上を飛び越えて、俺は既に振りかぶっていた剣を相手に叩きつけながらキリトがいた場所へと降り立った。
「セ、ヤァアッ!」
「うっ……!?」
相手が防御後の行動をとる前に、俺の攻撃が相手に届く。
キリトほどではないが、俺とて攻略組のトップランカーを張っていたのだ。たかだか一年間、現実世界と行き来しながらプレイしていた輩に、遅れをとることなどあるはずもない!
しかし、敵も行動が早い。頭上から火球が降り注いできたのだ。たまらず俺は一度下がる。すると、相手もこのままにするのは良くないと判断したのか、即座に後ろから二人目のサラマンダーが現れ、一人目の右側に並んだのだ。更にもう一人。左側に並ぶ。
計三枚の壁。容易に突破することは叶わず、そして即座に互いのサポートが行える態勢だ。相手は耐えれば大火力で殲滅できるのだから、なるほどそういう手で来るのは確実だろう。更にヒールの光が盾役だった一人を包む。回復も万全というわけだ。
リーファの回復魔法を身に受けながら考えをまとめた俺は、既に前にいたキリトとユウキに並ぶと、声をかけた。
「キリトはいつも通りで」
「ああ。懐かしいな」
「確かに」
小さく互いに笑い合った。
「ユウキ」
「うん」
「俺たちが道を作る。お前の速さで、後ろに縮こまってる奴らのとこまで飛んでいけ!」
「まっかせて!」
俺たちは既にユウキの力を認めている。だからこそ、この役を任せられる。
その信頼を感じたのだろう。ユウキは自信すら覗かせる力強い言葉でその大役を請け負ってくれた。
「それじゃ……GO!」
弾かれたように、俺とキリトが駆け出す。
横に並んで盾を構えた三人と相対する。だが、そこはキリトに任せる。
「ぉおおッ!」
キリトが再びその持ち得る技術を剣に込め、SAOで黒の剣士と特別な名まで与えられた力を存分に開放する。
一本の黒い大剣が織りなす斬撃の嵐は、まさにキリトの全力だった。相手方の三人もその猛チャージには防御に徹さざるを得ないようで、盾の裏に引き籠っている。
つまり、今がチャンスだ。
「背中もらったぁ!」
舞い散る剣戟の音の中へ走り、俺はキリトの背中を踏んづけると、前方へ飛び込んだ。
現実でやろうもんならキリトが潰れること間違いなしだろうが、そこはゲームの中。体勢さえきちっとしていれば、現実の体とは異なるスペックを宿すこのアバターは、時に現実以上の行動を可能にしてくれる。
盾役の三人の裏に飛び込んだ俺は、後ろからまずは前衛の一人を剣で貫く。こちらを倒そうと襲い掛かってきたのだ。いまさら倒されることに文句はないだろう。
そして一人前衛が欠けたのを確認して、俺はすぐに前に向き直る。そこには先程の重武装とは異なる装いのサラマンダー。そしてこのタイミングで、後ろから聞こえていた詠唱が途絶える。
魔法が完成したのだ。
「その魔法、ちょーっと待ったー!」
しかしその直前、俺の後ろに続いていたユウキが俺の背中を蹴って敵陣へと踏み込んでいった。
そしてそのタイミングで。
「ソウマ!」
「きたか、キリト!」
一人が欠けたことで、万全と思い込んでいた彼らには明確な隙が出来た。それを見逃すキリトではないだろう、という信頼にキリトは見事に応えてくれたようだ。綻びのできた盾ならば敵ではないとばかりに二人を斬り伏せたのだ。
この時点で俺の前にも敵が三人。しかもどう見てもメイジだ。この距離は既に近接戦しか通じない距離である。なら、俺とキリトが組めば敵ではない。
キリトが猛然と剣を振るい、俺もまた敢然と剣を薙ぐ。それだけですぐさま恐らくは前衛の回復を担っていただろうメイジの三人は倒れた。
そして残るは六人。しかしその全てもメイジであったらしく、見ればユウキの手によって既に半数が倒されていた。
後は簡単だ。俺とキリトはすぐさまユウキの元へと駆け出し、残るメイジの打倒へと移るのだった。
*
終わってみれば呆気ないもので、結果としてはこちらの完勝であった。
どう考えてもキリトのようなパワーファイター向けの編隊をしていたことから、あちらさんはどうもこちらのことを知っていたようだが、考えが甘かったようだ。
俺とユウキをその装備から単なるニュービーだと思っていたかもしれないが、その実、戦闘能力はキリトにこそ劣るが充分に高位に存在する二人である。
とはいえ、俺たちのような例は稀有だ。初期装備の人間がまさか指折りの実力者であると想像できないのは仕方がない。なので、そういう意味では俺たちに運があったということなのだろう。
さて、そんなわけで不審なサラマンダー部隊に勝った俺たちは、早速その中の一人に尋問を開始した。わざと一人残しておいたその男は、最初こそぐっと口を引き結んで情報を漏らすまいとしていたが……。
「話してくれたら、今の連中から手に入れたドロップ、全部アンタにやってもいいんだけどな~」
というキリトが提示した甘い蜜にあっさり手のひらを返して、ペラペラと内部事情を喋り出した。
所詮は一時部隊を組んだだけの薄い繋がり。そこまで義理立てするつもりは更々ないようであった。
ちなみに。ニヤリと笑い合う二人、という交渉成立の場を見たリーファたちの反応は。
「男って……」
「実も蓋もないですねぇ」
「ソウマ、同じ男として一言!」
「ノーコメントで」
ユウキのからかいに、俺はなるべく表情を出さないように努めてそう返した。
で、サラマンダーの男から得た情報は大雑把に分ければ以下の三つだ。
曰く、これは俺たちのパーティーを確実に潰すための作戦。
曰く、その理由は知らされていないが「作戦」の邪魔になるから、らしい。
曰く、サラマンダー上層部の動きが慌ただしい。集団が北に飛んでいくのも見た。
彼が知っている情報はそれだけで、キリトとの約束である仲間のドロップ品をストレージにしまうと早々に俺たちの前から去った。
以後は安全に中立域《鉱山都市ルグルー》に入ることが出来た俺たちは、会話の中でふとリーファに届いたメッセージについての話になった。
そして一応きちんと確認した方がいいんじゃないか、ということに落ち着いたのである。リーファはどうもメッセージを送ってきた相手とはリアルで知り合いであるらしく、一度確認してみるということで一時ログアウト。
そして数分後、戻ってきたリーファの表情を見て、俺たちは一様に驚いた。その顔つきが目を見張るほどに切羽詰ったものだったからだ。
「みんな……ごめんなさい。あたし、急いで行かなきゃいけない用事が出来ちゃった」
もう戻ってこないかも、ともリーファは続けた。
申し訳なさそうにしながらも、気が急いているのかリーファは落ち着きなく体を揺らしている。
時間が本当にないのだということを悟った俺たちは、とりあえずリーファが行かなければいけないという用事がある方向を訊き、そちらに向かって全員で走り出した。
その途中で事情を聴く。それは、先程のサラマンダーから聞いた話に関するものだった。
――サラマンダーはシルフとケットシーの同盟を潰そうと画策している。
――その同盟を結ぶための会談は四十分後に行われる予定。
――既にサラマンダーの大部隊が同盟を結ぶ両領主を討つべく出発している。
なるほど、シルフ領に所属するリーファとしては到底無視できない大事件だろう。ここまでの焦りようにも納得できる。
俺たちを襲ったのは、シルフであるリーファと共にいたキリトの戦力を邪魔に思ったからか。キリトによれば、一度サラマンダーの部隊を撃退したらしいし、そこで目をつけられたのだろう。
また、リーファによれば種族の領主を討つことは、莫大な利益に繋がるらしい。領主討伐ボーナスに加え、領主館の蓄財三割に、領内で十日とはいえ好きなだけ税金がかけられる。サラマンダーが今最大勢力なのも、過去にシルフの領主を討ったのが最大の要因らしかった。
サラマンダーは今回もそれを狙っているのだろう。そして、そこで得た利益を基に世界樹の攻略に向かうつもりなのだ。サラマンダー単独で成し遂げたという栄光のために。
「だから、キリトくん。君たちの目的のためには、あたしに付き合う理由はないよ。ううん、世界樹の攻略をするならサラマンダーについたほうが得策だと思う……」
何故なら同盟阻止に成功した時点で、サラマンダーはもはやどの種族も追いつけない一大勢力になる。世界樹の攻略にも類稀な規模と体制で挑めるだろう。スプリガンであるキリトやインプである俺は、傭兵として参加する道もある。
だから今ここで自分を斬ったとして文句は言わない、とリーファは言った。
その彼女の言葉を、俺とキリトは最後まで聞いていた。
なるほど、もしその選択をするのならシルフであるリーファは敵対者であるということになる。なら、その討伐を行いサラマンダーの元へと向かうというのは、まぁ有り得る可能性ではあるのだろう。
ユウキがどこか不安そうな目をこちらに向ける。それに気づいた俺は、安心させるように小さく笑みを返した。
確かに、効率で見ればそうなる可能性もあるのだろう。しかし、それはあくまでその選択肢を選んだ場合の話である。
「ネットの中だから、やりたいことをやればいい。殺したければ殺すし、奪いたければ奪う」
「え?」
キリトは、真剣な顔で言葉を紡いだ。
「そんな奴には沢山会った。俺自身、そう思っていた時もある。けど、違うんだ。ここが現実じゃないからこそ、大切にしないといけないものがある。ゲームとして見れば、それがどんなに愚かしいことでも、忘れちゃいけないものがあるんだ」
SAOのことを思い出す。俺はキリトと視線を合わせた。
「たかがゲーム、だなんて言い訳に過ぎない。それがアバターだろうと現実の体だろうと、やっているのは俺たちの意志だ。俺は俺だし、キリトはキリト。現実の自分と今の自分は一緒なんだ。だからこそ、俺たちはきちんと自分で自分の心を律するべきなんだ」
キリトは頷いて、リーファを見た。
「俺は、リーファのこと友達だと思ってる。まだ会って一日ぐらいだけど、そう思ってるよ。たとえどんな理由があっても、自分の利益のために友達を傷つけるような真似を、俺は絶対にしない」
「もちろん、俺もな」
「なんか乗り遅れたけど……ボクもね、リーファ!」
「です!」
「みんな……」
リーファは感極まったように声を詰まらせた。会ってほんのわずかな俺たちが、ここまではっきりとリーファの提案に否を唱えるのが意外だったのかもしれない。
けれど、それが俺にとっては当たり前のことだったし、キリトにとってもユウキにとってもそうだったというだけのことだ。そして、案外そういう奴は多いんじゃないかと思う。
みんな現実とゲームを分けて考えるから、難しくなってしまうのだ。俺はどうなろうとも俺なのだ。そう受け入れてしまえば、世界はきっと広くなる。無理に偽った自分を作らずとも、自分自身をそのまま出して生きることが許されるぐらいには、この世界はきっと寛容なはずなのだから。
リーファは僅かに潤んだ目で、俺たちを見る。そして、万感の思いを込めた声音で囁くように、
「……ありがとう」
と言った直後、その両手をキリトとユウキに掴まれた。
「へ?」
それを確認して、俺はユイに告げる。
「それじゃユイ、前方確認よろしく」
「了解です!」
「キリト、ユウキ。俺が先行する。ついてこい」
「おう」
「りょーかい!」
「え、ちょ、なに?」
突然のことに混乱している様子のリーファに、俺は顔を向けた。
「いやなに、急いでるんだろ? なら、これが最善だ。ユイが道の先を確かめ、俺が道を実際に通り、その後をキリトたちが安心して通る。な?」
「や、な、じゃなくて……」
「安心しろ。キリトとユウキの速さはリーファも見ていただろう?」
「そうでもなくって!?」
リーファの言葉はどうにも要領を得ない。
ならば急いでいる現状、まずは出発するべきと判断して俺は声を上げた。
「じゃあ行くぞ! すぐに洞窟を抜ける! GO!」
その言葉と共に、俺たちは弾丸のように加速する。狭い洞窟内を最高速で駆ける。道の先にいるモンスターはユイが確認し、俺がそのモンスターの脇を通り抜け、そのルートを直後にリーファを連れた二人がトップスピードで突き進む。
キリトは言わずもがな、ユウキの反応速度もこの短い間で確認済みだ。スピードを落とすことなく二人はついてくる。
モンスターを避け、壁を避け、障害物を避け……それでもスピードは維持する。これならば大きなロスもなく洞窟の出口まで辿り着けるだろう。俺は高速で走りながらそう満足げに一人ごちる。
とはいえ。
「きゃぁあああぁあああッ!?」
二人に手を掴まれているリーファには、少し酷なことになってしまったようではあったが。
あまりの速さで流す涙すら後方に置き去りにしつつ、リーファの悲鳴だけが暫くのあいだ洞窟の中に響き続けた。
「寿命が縮んだわよ!」
縮んだかと思ったわけではなく、縮んだらしい。断言されるとは思わなかった。
洞窟から出て真っ先にリーファから言われた一言に、俺は少し見当違いな感想を抱いていた。
しかし、俺としてはリーファのことを慮ってやったつもりではあったので、少しだけその辺りを説明しておく。
「けどなリーファ。これがもしキリト先導だったら、もっとひどかったぞ」
「え?」
「こいつの速さはそれこそ折り紙つきだ。たぶん、今の一・五倍ぐらいの速さで移動してたんじゃないか?」
そうキリトに水を向ければ、キリトは「ん」と頷いた後で、
「まぁ、そうだな」
と言った。当たり前であるかのように。
「………………」
「パパが本気を出したら、そもそも私がナビできませんでしたしねー。速すぎて」
開けた空間ならまだしも、洞窟のような場所でキリトが本気で動けば、ユイのナビのほうが後手に回ってしまうことだろう。
絶句するリーファに、ユイがあっけらかんとした物言いで続き、リーファは何故だか打ちひしがれたように肩を落とした。
「ねぇ、リーファ。それより時間はいいの?」
ユウキが尋ねると、リーファははっとして現在時刻を確認した。会談の開始まで、残り二十分。ここから北東のほうにあるケットシー領、その傍にあるという《蝶の谷》が会場であるという。
リーファ曰く、間に合うかはギリギリということだった。
「よし! なら、急いで行こう!」
ユウキが翅を広げてふわりと浮く。既に洞窟を抜けているため、光を浴びなければ飛べないというALOでの飛行制限はクリアしているのだ。
リーファが頷き、ユウキに続く。それに俺とキリトも続くが、キリトは少しだけ視線を北東からずらした。俺もその視線を追う。
そこには、天高くそびえる世界樹が見えた。まだ距離があるが、それでも巨大さが伝わるこの世界のシンボル的存在。そして、何よりキリトにとってはアスナの手掛かりがあるだろう目的地だ。
俺は何も言わず、キリトの肩を叩いた。言葉をかけても意味がない時もある。
キリトも黙って頷き、俺たちは一直線に会談場所である《蝶の谷》へ向けて飛翔した。
予定通りではありますが、特に今回は原作をなぞっています。
次話からはALOの後半戦。
ユウキの現状なども描いていきたいですねー。