もし一人のオリキャラが増えることで、ユウキが生きるルートが生まれるなら   作:葦束良日

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15 SBCグロッケン

 

 

 詩乃にとって“最も忘れられない出来事は何か”と問われたなら、それは間違いなく十一歳のあの日のことだった。

 

 まだ自意識がそれほど発達していなかった頃に父親を亡くした詩乃は、父の顔を知らない。家族旅行中の交通事故によって命を失った父は、事故現場が人通りの少ない旧道であったことが災いして発見が遅れ、帰らぬ人となってしまった。

 そのため、詩乃の親は母しかいない。しかしその母も、事故当時に隣で冷たくなっていく父を何もできずに見つめ続けたショックからか、やや精神が逆行してしまった。

 父との思い出を全て処分し、父に出会う前の少女の頃にまで自分の心を巻き戻した母は、外見は大人でありながらもひどく儚く詩乃には見えていた。

 詩乃にとって幸運だったのは、それでも母は詩乃に愛情を注いでくれたことだ。それが娘に対するものだったのか、それとも妹のように思ってのことだったのかはわからない。けれど、詩乃は十分に母を母として慕うことが出来ていた。

 けれど、母は詩乃にとって守ってもらう存在ではなかった。むしろ逆で、詩乃のほうこそが母を守らなければと考えていた。何故なら詩乃の母は、その内面のせいか、いかにも弱々しかったからだ。

 私がしっかりしなければ。そう幼いながらも詩乃が決意したのは、ある意味では当然だったのかもしれない。

 

 その思いが、やがて予想だにしない結末を導いて詩乃の心を縛ることになるとは、その時は誰もわからなかった。

 

 

 

 六年前。十一歳のある日。

 詩乃と母は連れだって出かけた町の郵便局で、ある事件に巻き込まれた。

 全ては、一人の男がドアを潜って来た時から始まった。

 

 男は窓口に足早に向かうと、詩乃の母を突き飛ばした。愛する母が受けた突然の暴力に、詩乃は抗議をしようと腰を浮かせる。しかし詩乃が行動を実行する前に、男は持っていた鞄から黒光りする拳銃を取り出して局員の男に突き付けていた。

 

 金を鞄に詰めろ!

 

 枯れた声でそう喚く男の目は、明らかに常軌を逸していた。

 たちまち静かな郵便局の中はパニックになった。詩乃の母は倒れ込んだまま恐怖と驚愕に固まり、詩乃もまた突然の事態に立ち尽くすことしか出来なかった。

 男は拳銃を片手に金を要求し続けた。銃という人の命を一瞬で奪い取ることの出来る武器を手にした男に、誰もが恐怖した。

 

 その時突然、つんざくような破裂音がジンと詩乃の鼓膜を強烈に揺らした。

 

 それが発砲音であったと気付いたのは、少し遅れてからだった。

 人が撃たれた事実に動揺して一向に動こうとしない女性局員に男が再び銃を向けてから初めて、詩乃はそれが人の命を奪った音だったと気がついたのだ。

 男はそれから、半狂乱で銃を客の方へと向けた。まずは一番近くにいた詩乃の母親へと。

 

 その時、詩乃は深く考えて動いたわけではなかった。

 ただ母を守りたい一心で、詩乃は全力で男に向かって駆け出すと、拳銃を握る男の手首に噛みついた。結果、男から拳銃を放すことに成功し、足元に転がったそれを、詩乃はすぐさま拾い上げた。これを渡してはいけないと理解していたからだった。

 男は拳銃を奪い返そうと手を伸ばしてくる。恐ろしい表情だった。奇声を上げて飛び掛かってくる男は、恐ろしい怪物のようですらあった。

 

 この男をこのままにしては、母が危ない。自分が母を守らなければ。

 

 そんな思いに突き動かされて、詩乃は手に持った銃を男に向けて構えた。

 これを奪われてはいけない。その思考がよぎった次の瞬間、詩乃の指に力が籠められ、乾いた音が響き渡った。

 発射された銃弾は、男の腹部に命中した。少し間を置いて血が溢れるように流れ始め、男は絶叫した。

 それでも動きを止めるには至らず、男はなおも詩乃に向かってくる。

 詩乃の手が震えた。そして再び発射された弾丸が、今度は男の鎖骨付近を抉る。度重なる痛みと興奮による男の掠れた叫び。血まみれになって倒れた男が、この世のものとは思えない形相で上体を起こし、詩乃を見ている。

 詩乃は恐怖した。このままだと自分は殺される。自分が殺されれば、きっと母も殺されてしまうだろう。母を殺させるわけにはいかない。

 

 だから、この男にここで確実に対処しなければ。

 

 死に対する根源的な恐怖と、危機的な状況、そして母への愛情からそう思考が一本化された詩乃は、二度の発砲によって痛む体に鞭打って、もう一度銃を構えた。

 そして三度、銃弾は放たれた。

 今度は男の顔の真ん中を貫通して銃弾は壁に食い込んだ。男はもう、動かなかった。

 

 ――守った。

 

 その瞬間、詩乃の心にあったのは、母を守りきれたという安堵と達成感であった。

 そんな気持ちを抱いたまま詩乃はゆっくりと倒れたままの母を見た。

 そこには、詩乃を見つめる母の姿があった。怯えと恐怖に彩られた目で。

 それは明らかに、詩乃のことを恐れる表情だった。

 未だに手に持っている、男の命を奪った拳銃。そして顔や服にこびりついた男の返り血。それらをついに認識した詩乃は、ようやく悲鳴を上げて拳銃を床に落とした。

 

 

 

 

 正当防衛とはいえ詩乃が犯人を殺害したという事実は、マスコミ各社の報道に自主規制を促した。

 しかし、小さな町での出来事であるし、人の口に戸は立てられないものだ。詩乃が銃によって犯人の命を奪ったことは、やがて周囲に知られるようになっていた。

 詩乃に対する周囲の反応は冷ややかだったし、腫れ物を触るかのようであった。しかし、詩乃はさほど気に留めていなかった。もともと他者への関心は人より低い性質だったためだ。

 それに、そんなことよりも余程気にしなければならない問題が事件以降の詩乃には起こっていたのだ。周囲よりも、詩乃にとってはそちらの方が大きな問題だった。

 

 いわゆるPTSD。あれ以来詩乃は、銃に類するものを見るだけで過剰なショック症状を引き起こすようになってしまった。写真に映像、子供用玩具の銃、果ては指で銃の形を作るだけでも、駄目だった。

 それを認識した途端にフラッシュバックを起こし、詩乃の体は過呼吸や身体の硬直、嘔吐、悪ければ失神してしまう。それほどまでに、事件が残した爪痕は深く詩乃の心に刻み込まれていた。

 どんな病院に行っても、どんな薬を飲んでも、詩乃のそれは治ることなく心の奥底に巣食っていた。

 まるで呪いだった。事件は、決して男を殺したことを忘れるなとばかりに大きな楔を詩乃の心に打ち込んだのだ。

 

 それから中学を卒業して、詩乃は東京に引っ越して一人暮らしを始めた。

 煩わしい視線に辟易していたからではない。それよりも、そのまま町の中に居ては決して自分のコレは治らないと悟っていたからだった。

 しかし、環境が変わったところで、結局は同じ。

 

 詩乃は今も、過去の事件に縛られ続けている。

 

 

「――でも……」

 

 部屋に戻った詩乃は、一度トイレに入って胃の中の物を出しきった後、のろのろとした動きでベッドへと向かい、アミュスフィアを手に取った。

 GGO。東京で出会った新川恭二という友人から勧められて始めた、銃の世界。

 この世界では、詩乃は銃を見ることも出来たし、触れることも出来た。それは何故か、というのは問題ではない。大切なのはその事実。銃に向き合えるという事実が、詩乃に大きな喜びと期待を齎した。

 

 この世界でなら、自分は過去を克服できるかもしれない。

 

 ごく自然に詩乃はそう思った。

 この世界で銃を用い、銃に向き合い、銃に勝ち、誰よりも強くなれば。銃を持った相手をどんどん倒して全ての強者と呼ばれる者達の頂点に立てば。

 きっと自分は過去を乗り越えられる。詩乃はそう信じた。

 何故なら、最強になるということは、多くの敵を倒すということだ。

 そうすれば、やがてこの症状の発端となった《犯人の男》と《あの銃》は、これまでにシノンが倒してきた人間の内の一人として記号化され、殊更に意識するような存在ではなくなるだろう。

 その時こそ、ようやく自分はこの悪夢から解放される。それほどまでの強さを手に入れたその時が、救いの日となるのだ。

 それこそが詩乃が見出した希望。この現実と自分を変える方法だった。

 

「……リンク・スタート」

 

 囁くような声で別世界へと赴くワードを口にする。

 今日もまた詩乃は、それだけが救いになると信じて硝煙の香りの中に身を浸すのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、なんでこうなってるんだ?」

「知りたいなら、そこの変態に聞きなさい」

 

 GGO内に存在する都市、《SBCグロッケン》に存在する総督府。その地下に広がる広大なドーム空間――BoBの会場となるその場所にエントリーを終えてやって来た俺は、険しい顔つきのシノンと、彼女を気まずそうに見る黒髪の少女を見つけた。

 シノンはとっつきにくい性格ではあるが、決して愛想がないわけではないし、理由もなく人につっけんどんな態度を取ることもない。

 となれば、黒髪の少女のほうが何かしらをシノンにしてしまったのだろう。そう思った俺は、やれやれと思いながらも二人に話しかけることを決めた。

 友人が困っているのなら助けたかったし、何よりあと十分少々で予選が始まるというのに、心にしこりを抱えたままでは互いに全力を尽くすことはできないだろうと思ったからだった。

 で、話しかけた結果がシノンの憮然とした答えである。

 変態とはまた何とも随分な評価である。

 俺はそれ以上は口を開かないシノンから黒い少女のほうへと視線を移した。

 

「で、変態ちゃん? 君は一体何をしたんだ?」

 

 俺の呼び名に、彼女の表情が何か言いたくても言えないもどかしさに溢れる。

 しかし気を取り直したのか、心底困ったように少女は頭を掻いた。

 

「い、いや、その……不幸な擦れ違いと言いますか、これは不慮の事故とでも言うべき案件でですね……」

 

 しどろもどろにそう弁明を始める少女に、シノンが鼻を鳴らした。

 

「何が不幸な擦れ違いよ。そっちはどうせ私があんたの事を女だと勘違いしてるって、わかってたんでしょうに」

「うっ」

「は? っていうことは、この見た目で男なのか?」

 

 聞き逃せない台詞に俺が思わず問うと、シノンはこくりと頷く。

 またなんとも、このアバターで男とは難儀なことだ。これほどまでに女性に寄った見た目なら、そりゃ普通は勘違いするだろう。

 となると、シノンが怒っている理由も見えてくる。目の前の彼が少女ではなく少年であると知らないまま、シノンは女性に対してしか普通は開示しないような真似を何かしてしまったのだろう。

 それを彼は、シノンが自分のことを女だと勘違いしていることを承知だったにも関わらず、何も言わなかったと。

 

「なるほど。そりゃあシノンが怒るわけだ。で、シノン的には許すのか?」

 

 シノンを見る。

 目を吊り上げたままのシノンは、俺のほうを一瞥した後に件の少年のほうを見た。というよりは睨みつけたと言うべき眼光だった。

 怯んだ彼を見つめたまま、シノンは小さな呼気をこぼした。それで一応の気持ちの整理はつけたのか、今度は真っ直ぐに相手を見据える。

 

「……平手一発じゃ、足りないわ。きっちり私の弾丸で貫いてやらないと気が済まない」

 

 その闘志を受け止めた彼が、驚いたようにシノンを見る。

 俺は苦笑してシノンの肩に手を置いた。

 

「だとさ。要するに、許してやるから大会で負けるなよってことだ」

「そんなこと言ってないわよ」

 

 俺の言葉に、また表情を不機嫌そうにする。まぁまぁという意味を込めて肩に置いた手をぽんぽんと叩くと、シノンはぶすっとしたまま俺の手をぱしんと払った。

 

「こう見えて、優しくて頼りがいのある奴なんだ。あんまり誤解してやらないでくれ」

 

 途端に、シノンはぎょっとした顔で俺のほうを見た。

 

「ちょっと! 何を勝手な……」

「ああ。それはもう十分にお世話になったから、よく知ってる。ありがとう、シノン」

 

 否定しようとしたシノンの言葉にかぶせて、彼の口から感謝が告げられる。

 それが心からのものであることは、きっとシノンにも分かっただろう。

 

「……っ、別に……」

 

 だからか、シノンは言うべき言葉を見失ったようで、ぷいっと顔を逸らした。

 それを見た俺が「照れてる?」と訊くと、水色の少女は頬を上気させて「うるさい」という言葉と共に俺の腕を叩いた。

 そんなシノンの様子が可笑しくて俺が思わず噴き出すと、シノンは「たとえ《飛鷲(イーグル)》といえども、ゼロ距離ならただのカモよね?」と言いながら腰に装備したMP7に手を伸ばした。俺は両手を挙げた。

 シノンが得意げに笑って腰から手を離し、「冗談よ」と肩をすくめる。俺はほっと一息ついて「心臓に悪い」と言いながら苦笑いを浮かべた。

 

「仲がいいんだな、二人とも」

 

 俺たちの様子を見てそう呟かれた言葉に、俺とシノンは一度互いに顔を見合わせた。

 

「まぁ、かれこれ二か月の付き合いだしな」

「そんなにログインしてなかったくせに、よく言うわ」

 

 俺が薄く笑ってそう返せば、シノンは呆れたように言葉を付け足した。

 そして「そのくせ一足飛びで強くなっていくんだから、たまらないわ」となんだか納得いかなさそうに言う。それはまぁ、俺は前提条件からして一般プレイヤーとは違うのだからある程度は仕方がない。

 

 約二年の間、一秒もログアウトせずにVR環境に適応してきた人間と、現実での生活と両立させながらプレイしている人間に差が出来るのは当然だ。

 それは、たとえ初見のゲームであっても変わらない。ゲーム内ルールの把握と熟練に時間は必要でも、俺たち《SAOサバイバー》は総じて早熟だ。それほどまでに、俺たちは仮想世界そのものに慣れきっている。

 だから俺は、曖昧な笑みを浮かべるしかない。そんな理由、わざわざ他人に説明するようなものでもないからだった。未だ、SAOという単語が人々に与える影響は大きい。

 

 さて、と俺は雰囲気を変えるように前置く。そして、黒髪の彼へと改めて向き直った。

 よく考えれば、まだ俺は彼の名前を聞いていないからだった。

 

「遅くなったが、自己紹介といこうか。俺はシノンの友人で、ソウマだ。よろしくな」

「……ふぁ?」

「え?」

 

 途端、素っ頓狂な声が少女然とした顔から飛び出して、俺は訝しげな声を上げた。

 すると、彼は何故だか動揺して視線を泳がせた。そして「い、いや、俺の知り合いに名前が似てたから……」と言いつつ隠しきれない動揺を残したまま再度口を開く。

 

「えーっと、俺はキリトっていう。よろしく……」

「は!?」

 

 今度は俺が驚きの声を上げる番だった。

 キリト、全身黒、俺の名前に動揺、知り合いの名前と似ている……。それらの要素が全て一瞬で脳裏をよぎり、まるでジグソーパズルが組み上がった時のように、一つの答えを導き出した。

 同時、あちらもその結論に達したのだろう。驚愕に目を見開いて、黒一色の少年――いや、キリトは俺を指さした。

 

「驚くってことは、やっぱりお前……ソウマか!?」

「そういうお前は、キリトかよ!? 黒の剣士の!?」

 

 ああそうだよ、とキリトが肯定する。

 互いに互いを指で示し合って、俺たちはこの奇妙かつ稀有に過ぎる邂逅に目を丸くする。

 そんな俺たちを見て、シノンが「知り合いなの、ソウマ?」と俺を見てくる。

 それに頷きを返しながら、俺はまだ目の前のアバターを操作するのがキリトであるという事実の衝撃から立ち直れていなかった。

 数多あるゲームの中、GGOというタイトルの、更に広いゲーム内世界の中で出会うなんて、どんな確率だ。

 それに、なんだってキリトがGGOをプレイしている? キリトの本領は剣だし、本人もそれを自覚しているうえ、キリトは単純に剣が好きだ。わざわざ特に興味も無い銃を扱いたいと思うとは考えにくい。

 そのうえ、ALOとは違ってこの世界に知り合いはいない。だというのに、なぜわざわざ足を踏み入れたのか。キリトも俺と同じくゲーマーではあるが、立場が異なる。

 キリトにはALOでしか会えない《ユイ》という娘がいる。キリトはユイのことを本当の娘のように大切に思っていることは、わかりきった事実だ。

 そのキリトが、ユイとの時間を削ってまで、一度たりとも話題に出したことが無かったこのゲームを始める? 自然というには、いささか無理がある気がした。

 俺はキリトを見た。まるで少女のような出で立ちのそのアバターを。これがキリトとは悪い冗談のようだが、現実にそうである以上は受け入れる他ないだろう。

 

 何故キリトがこの世界にいるのか。それはわからないが、しかし今確実に俺がすべきことが一つ、確定している。

 キリトが、真剣な顔で俺を見た。

 

「そうか、お前もこの世界にいたのか……。なら、悪いが色々教えてくれないか? まずは、このBoBについてとか。試合開始まであと十分もないし。詳しくは言えないんだが、やることがあって――」

 

 カシャ。

 妙に軽い音が響くと同時に、キリトの言葉が止まった。

 

「……おい、ソウマ。お前いま何した、こら」

 

 ひくひくと頬をひきつらせて、キリトが高い声で器用にドスをきかせる。

 俺は悪びれずに、手に持っていた周囲の景色を撮影するためのアイテムを懐に仕舞った。

 

「いや、記念すべきキリ子ちゃんの姿をユウキやアスナたちにも見せるべきだな、と思って」

 

 瞬間、キリトは持ち前の反応速度で以って俺に詰め寄ってきた。

 

「てめぇ、ふざけんな! 俺が好きでこんな格好してると思ってるのか!」

「思ってないけど、それはそれ! これはこれだろ!」

「そんなわけあるか! 消せ! 早く消せ!」

「いやでもきっとアスナやユイは見たがるぞ?」

「うぐ……だ、だからなんだっていうんだ」

「俺はなキリト、ただ皆の笑顔が見たいだけなんだ。これは多くの人を笑顔にすることができる行為なんだよ」

「笑顔って、それ絶対面白おかしく笑ってるだけだろうが! いくらユイとアスナの為でも、俺は絶対嫌だぞ、こんな姿を見られるのは!」

「いや、しかし……」

「しかしじゃない! それに、まだバレるわけにはいかない理由があるんだ!」

「理由?」

 

 半ばじゃれ合いに近かった騒ぎの最後、唐突に表情を陰らせて言ったその言葉に、俺は違和感を覚えて声を潜めて反復する。

 それに、重々しく首を縦に振ったキリト。そのただならぬ雰囲気に、またしてもキリトは何らかの事情、あるいは事件に関わっているのだと察する。

 SAO、ALO、続けて起こった二つの事件の渦中にいた存在、キリト。もし今キリトが表情を変えた原因がこのGGOに関係する何事かだとすれば、これでVRゲームの事件に関わるのは三度目だ。

 もともとトラブルを引き寄せやすい体質なのか、それともたまたま巡り合わせが悪かったのか。どちらにしろ、何度もそういった面倒事に見舞われるキリトに俺は同情を禁じ得ない。

 

 俺は一つ息を吐いて、気持ちを切り替える。既に心はキリトの手助けをすると決まっていた。

 SAOの最後、ヒースクリフとの戦いをキリト一人に任せて六千人の命を背負わせてしまったことを、俺は今でも後悔している。もう、あの時のような思いをするのは嫌だった。

 それに、友達が困っているのだ。それでなくても、何かに巻き込まれている。

 ならば、それを助けるのが当たり前だし、仲間というものだろう。

 だから俺は迷いなくキリトに「詳しいことを話してくれ」と言おうとして、

 

「ん?」

 

 横から袖をくいくいと引っ張られ、そちらに顔を向けた。

 

「何だ、シノン?」

「……正直、私が親切に教えてあげる義理はないと思うんだけど」

 

 突然そんな要領を得ない前置きをしたシノンに、俺もキリトも首を傾げる。

 そんな俺たちに溜め息を吐いて、シノンは言う。

 

「……そいつ、BoBのエントリーの仕方すらわかってなかった初心者よね? 大会についての説明とか、しなくていいの?」

 

 シノンが指で上を示し、俺たちの視線も上を向く。

 視線の先には、ドーム中央に配置されたホロパネル。そこに表示されている予選開始までの残り時間は、あとわずかに七分だった。

 

「あ」

 

 俺とキリトの間抜けな声がかぶり、シノンが駄目だこいつらと言わんばかりに頭を振った。

 

 

 

 




キリ子って名前、むせそう(装甲騎兵並感)

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