蟲の女王   作:兼無

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特には。


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 一度家に戻り爺様の集めた情報と桜の様子を確認しておきたかったが、アサシンの提案に従い、私は学校へと向かっていた。

 今日一日の探索でアサシンは既にキャスターの捕捉に成功したという。

 

「それにしても柳洞寺か」

「まずいのか?」

「ああ。この街で最も強力な龍脈の上にある。しかも山門以外は強固な結界が元々敷設されている。魔術的な要塞だけに、この地の知識を持つマスターから捕捉されやすいデメリットもあるが、キャスターは陣地作成スキルに優れているからな」

 

 引きこもるには最適な場所と言える。陣地作成の進行度次第では強襲する手もあるが、ハサンの性能はともかくアサシンはそういう使い方をするサーヴァントではない。

 不利と知ってなお挑みたがる奴がいれば放っておいても手を出すだろうし、そちらに関しては静観で構わないだろう。

 

「で、なんだって学校なんだ?」

「…………暗殺者の視点だが、事を実行する前に綿密な下調べをするのが習いだ。遠坂と間桐からマスターが輩出されることを知っている者なら、まずは確実にそれらが出向く場所を他人の目が無いうちに把握しておく。有利な位置取りのため、失敗時の逃走経路確保のため、あるいは先んじて罠などを仕掛けるために有効だ」

 

 膠着を嫌うマスターなら、捜索するまでもなく判明しているマスターに手を出すのが最善手か。

 一度戦端が開かれればそれにつられてやってきたマスターを把握することにも繋がる。魔力消費の激しいバーサーカーのマスター等であればその方向性は顕著だろう。

 

「どうやら当たりのようだぞ皐月」

 

 ハサンの顔が精悍に引き締まる。

 どうやら既に戦いが始まっているらしい。

 

「消えていろ」

「ああ」

 

 気配遮断したハサンを連れて、学校の裏手、雑木林の方から校舎へと入り込んだ。

 蟲を入れて強化された肉体は容易く私を屋上へと導いた。

 

「あれは、遠坂か」

 

 赤いコートを羽織った遠坂の側に控えるのは赤い外套の男。その手には双剣が握られている。

 セイバーなのだろうか。

 相対しているのは青い鎧を身に纏い、槍を構える男。

 こちらの側にはマスターらしき人物は見当たらない。

 

『ハサン、周囲に人影はあるか?』

『ふ、む。校庭の右、フェンス脇に男が一人立っている』

 

 既に日が落ちているし、この距離ではぼんやりと影がある程度の事しかわからない。

 目を強化して顔を確認することも考えたが、魔力を漏らして察知されるのは避けたい。

 

『マスターだと考えるべきだろうな』

 

 何故サーヴァントの側にいないのかと思案していると、

 言い合っていた青と赤のサーヴァントが動いた。

 激しい応酬。ヒーロー物の映画でも見ているようだ。

 強化していない目とはいえ、俯瞰できる位置にいるにも関わらずその動きの多くを追う事が叶わない。その一事で彼らの凄まじさは察せる。

 

『ハサン、どう見る?』

『相手をするのは俺にも可能だろう。赤い方は上手いな。カウンター狙いなのか見せる隙が妙に多い。誘いと本物の隙の差を一目で判断が付けられない。いやらしい戦い方だ』

 

 ハサンの目にはしっかりとその全てが見えているようだ。

 

『青い方は?』

『…………随分と余力があるな。手捌きと槍の速度が合致しない。様子見というところだろうか。推測でしか無いがあの男が全力で槍を振るえば俺では防戦が手一杯だろう』

『なるほど、白兵戦は不利か』

『当たり前だ。俺はアサシンだぞ?』

 

 呆れたようにハサンが笑う。

 

『ただの確認だよ。ん? じゃあ赤い方ならなんとか出来るってことか?』

『あれが全てならな。俺以上にランサーが本気でない事を察しているだろうし、当然手札は隠していると考えるべきだ』

 

 そんなことを話していると両者が弾かれたように離れた。

 ついでランサーの槍が激しい魔力を帯びる。

 

『宝具、か』

 

 ここで他サーヴァントの手札を見れるのはうまい。欠片も見逃すまいと集中する。

 迎え撃つ赤いサーヴァントも対応するように帯びる魔力を高めはじめ、当てられたように周囲の音すら消え失せたその時、

 

 ──パキリ──

 

 と、均衡を壊すような高い音が響いた。

 何事かを叫び走り出すランサーと、弾かれたように走りだすフェンスの男。ついでその後を遠坂達が追う。

 

『なんだ?』

 

 あれがランサーのマスターなら何故ランサーから逃げるのか。

 

『どうする皐月?』

『とりあえず階下に降りる。気配遮断は続けろ。私の身の安全は任せる』

 

 ハサンの了承に頷きつつ、私は階下へと走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 走る。只々走る。

 人外の戦いに見惚れていたのがそもそもの誤りだ。

 あの連中がマトモでないことなんか分かっていたはずだ。常人が見ることなど許されないと察することだってできたはずだ。

 走り来る男の殺気に麻痺した頭は人気のない校舎の中へと俺を逃げ込ませた。手詰まりだと分かっている。

 このまま走っていたってすぐに追いつかれてしまう。必要なのは何か状況を打開出来る策。

 それは今すぐ足を止めてでも考え見つけなければならないものだと分かっているはずなのに、恐怖に駆られた足は止まることを許さない。

 心臓は今にも破裂しそうなほどにやかましく、はあはあと自分の息遣いだけが暗い廊下に響く。職員室まで向かえば宿直の先生はいるだろうが、この状況で先生などなんの役に立つ?

 どこをどう走ったのか何故か自分は今二階にいる。

 逃げるなら下だ。隠れるような場所はどこにもない。

 気力を振り絞り走りこんだ階段で、俺は何かにぶつかって倒れこんだ。

 

「いたた、この時間に人がいるなんてな。走るなら校庭にしておけ。そこなら夜分に忍び込んでも大目に見てもらえるぞ、きっと」

 

 目の前から聞こえる声はあれだけ酷くぶつかったのに、随分と余裕がある。

 

「す、すみません」

 

 声を出す暇があったら呼吸をさせろとごねる体を黙らせ、なんとかそれだけを絞り出す。非があるなら謝罪はしなければならない。大事な事だ。

 

「ほう、衛宮だったのか。いいからどいてくれると嬉しいな。誰かに見られたら勘違いされそうだ」

 

 言われて自分が相手を下敷きにしている事に気がついた。

 ────いや、まてよ。

 体を無理矢理起こそうとすると、妙に柔らかい弾力が顔に返ってくる。女性、それも俺を知っている。というか、この声は。

 

「しかしこれなら心配は要らないか。衛宮がちゃんと女好きだと教えてやれば桜も喜ぶだろう」

 

 起き上がる半ばで呆然とする俺を押しのけ、その女はゆっくりと立ち上がった。

 間桐皐月。

 俺に懐いている間桐桜の姉にして、最も不用意に触れてはならない女として語り継がれる穂群原の男嫌い。

 何やら不穏な事を呟いているが、そっちは耳に入れたくない。

 

「ひぃ。ああ、す、すいません。け、怪我とかないですか?」

 

 体の疲れも忘れて飛び退る。事故とは言え押し倒されたなんて吹聴されては衛宮士郎は社会的に死にかねない。

 

「まあいいさ。怪我もしてないし。何をそんなに急いでいたんだ?」

 

 死にかねないで思い出したが、今俺は危機的状況にあったのだった。

 

「いやその────」

「────追っかけてみれば女と二人か。死に際の本能としちゃ上等だが、ちっとばかしぬるすぎねえか、坊主?」

 

 うっすらとかかる月明かりを遮り、槍を持つ男がそこにいた。

 

「おや、衛宮、知り合いか?」

 

 これだけ殺気をぶつけられて何を言っているのか。

 何にせよ桜の姉を巻き込むわけには行かない。

 

「────逃げて下さい」

 

 立ち向かえば死ぬと本能が告げている。だが、それでも引けなかった。

 

「いい面構えだぜ坊主。殺すのは惜しいが、まあ運が悪かったと思って諦めてくれや」

 

 槍を左右に払う予備動作。数瞬先の自分の死を噛み締めながら、

 

「あれっ?」

 

 俺の意識はあっさりとどこかへ旅立った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 衛宮の脳に一時的な負荷をかけ意識を奪った私は、倒れかかる衛宮を抱きとめ、階段を後ろ向きに飛び降りる。

 

「…………なんのつもりだ嬢ちゃん?」

 

 踊り場に立つ私と階上のランサーの距離は槍の間合いより広いが、容易く詰められる自負があるのだろう。ランサーの余裕に陰りはない。

 

「この男は妹の想い人でな。死なれては困る」

「…………なるほどな」

 

 ざり、とランサーは一歩下がる。

 

「消しておかなくていいのか?」

 

 もうじき遠坂がやってくる事を差し引いても、撤退を考えるには早すぎる。ランサーの手にかかれば私と衛宮二人を消すのに時間など必要ないだろう。

 

「ああ。マスターが帰って来いってさ。運がいいな、お前」

 

 不審を隠そうともしない私を放置し、溶けるようにランサーは姿を消した。

 

『ハサン、どう思う?』

 

 ハサンを使わずに済んだのは好都合だが、ランサーが引いた理由がわからない。

 

『まさか俺に気づいたということもあるまい。だが皐月、まだ気を抜くな。さっきの赤いのが来る』

『ああ、分かっている』

 

 ハサンとの念話を打ち切り遠坂の到来に備える。

 それにしても赤いのときたか。

 思わず笑ってしまった。

 衛宮を担ぎあげながら、足音のする階下へと向かう。

 

「…………っと、間桐先輩?」

「ああ、遠坂か。衛宮は気絶してるし猫被らなくていいぞ」

 

 私の目が背後に立つ赤いサーヴァントを見ているのに気がついたのだろう。遠坂は視線で下がるように伝え、サーヴァントはそれに従って溶け消えた。

 

「こんな夜中になんだって学校にいるんですか。先輩はマスターじゃないけど停戦は昼だけの約束です」

「分ってはいるが、呼び出されては無視するわけにもいかないだろう。進路指導だよ」

 

 断りなさいよ、などと言いつつも遠坂は納得したようだ。

 

「で、ランサーがこっちに来たと思うけどよく無事でしたね?」

「あの青いのだろう。相対はしたが、毒気を抜かれた風ですぐに帰ったぞ」

「帰ったって、何があったんですか?」

「走ってきた衛宮に巻き込まれて私は階段を転げ落ち、気絶した衛宮にのしかかられた、というところか。ランサーがそれをどう見たかは知らん」

 

 ところどころ脚色を加える。遠坂へ与える情報は虚偽でも問題ない。

 

「ま、まあ、無事ならいいんだろうけど。で、あんたどうするの?」

 

 どんどん口調が崩れていく。

 見た目通り、折り目正しいだけの女でないことは心得ていたが、こんな遠坂を見たら学園の男共はどんな反応をするだろうか。

 

「衛宮を家まで送っていくつもりだが、遠坂こそどうするんだ? 一応私は敵マスターに連なるもの、ということになるんだが」

 

 なにしろ夜だ。排除する名目は立つ。

 

「…………ここで潰しておく、と言ったらどうするのかしら?」

 

 遠坂のサーヴァントが一歩前に出た。

 

「…………実は危ないからと桜がサーヴァントを付けてくれてな。やるというのなら、私を守りながら撤退してくれるだろう」

 

 ブラフだが遠坂にその真偽はつくまい。桜なら言いそうな事だ。

 ならば対等と遠坂が攻勢に出てもよし。

 衛宮を気にして、遠慮してくれても構わない。

 

「…………じゃあ護衛はいらないわね。さっさと衛宮君を家まで送って下さい──っていうか先輩、衛宮君の家知ってるんですか?」

「桜が良く出入りしているからな」

「…………そう、でしたね」

「行っていいか?」

「ええ。でも、これに懲りたらもう夜はうろつかないでください。次は容赦しませんから」

「覚えておく。それじゃ、また明日」

 

 もう暫く校舎を見まわるという遠坂を残し、衛宮を担いだ私は校舎を後にした。

 

 

 

 夜の道を衛宮を担ぎながらゆっくりと歩く。

 

『皐月、何を考えている?』

『いや何、私がランサーのマスターならどうあっても私と衛宮は消していただろうと考えていた。魔術とは秘匿するもの。サーヴァントとてその一片だ。私を魔術師と見抜いたならば尚更消しておくべきだろうし、ただの一般人だとしても記憶を改ざんする』

 

 それが出来ないなら殺すのもやむなしだろう。

 そもそもランサーが衛宮を追ったのはそういう理由からだ。

 自らの手による記憶の消去ではなく、ランサーによる殺害を狙った理由は察しが着く。

 おそらくランサーのマスターは近くに居なかったのだろう。こと戦闘においてサーヴァントに比肩するなどという事は不可能だ。今日それを実感した。

 的確にサーヴァントを支える事が出来るのならまだしも、そうでないなら足手まといになる。

 サーヴァントの側にいるよりも隠れている方がいいと踏んだか、アサシンによる暗殺を警戒したか。そのどちらかだろう。

 

『────あるいは、遠坂だったか、あれがこの学校の生徒だと知っている者がマスターだったらどうだ?』

 

 ハサンの言わんとする事は分かる。遠坂ならば学友を殺すよりも記憶を改竄する事を選ぶ。追ってきているだろう遠坂に任せれば問題ないと判断した、ということだろう。

 

『…………少なくとも遠坂の魔術師としての技量に心当たりがある人間、ということか』

 

 しかし遠坂の俊英っぷりは十年前から噂になっていたし、その頃は当然時臣氏が当主なので時計塔との繋がりも密だっただろう。

 はるばる極東の儀式に参加しにくる魔術師が多くあるとは考えにくいが、そこまで視野にいれると絞り切れない。

 

『なんにせよ、幾つか情報が手に入ったな』

『ああ。こちらが切った手札の少なさを考えれば上等だ』

 

 今日はとりあえず背中の荷物を送り届けて良しとしよう。

 

 

 

 

 

 衛宮の記憶を消して居間に転がした私は、自分の痕跡を残さぬように家へと戻った。

 桜にこの事を知らせれば心配するだろうが、教えなければ後が恐い。聖杯戦争自体には差し迫った危機はない。強いて挙げるならキャスターを放置し続けるのは不味いということか。

 

「ようやく戻ったか、皐月」

 

 居間に顔を出すと全員が揃っていた。

 

「遅くなってすまん爺様。サーヴァントとかちあってな」

 

 言いつつ席につくと桜がお茶を淹れてくれた。

 

「ほう、よく無事じゃったのう」

「全くだ。我ながら運がある。先に報告しておこうか、遠坂が引き当てたサーヴァントは剣を使っていた。奥の手を見たわけじゃないからセイバーだとは言い切れないが」

「ふむ。遠坂の娘が最優を引き当てたとなればやっかいじゃのう。他にはないのか?」

「ランサーには会ったぞ。マスターには直接会っていないが、恐らく遠坂にそれなりに縁がある人物だ」

 

 爺様は何故と聞いて来なかった。私の推測への一定の信頼だろう。

 

「それと、柳洞寺にキャスターが居を構えている。消去法だけどな」

 

 この場ではアサシンの存在を明かせない。

 

「あんな場所に居を構えられるのは、時を稼ぐほど有利になるキャスターぐらいのものだ。

 他の主従が手出しすべきか判断を迷っているうちに陣地を強化する腹積もりだろう」

 

 茶をすすりながらそう締める。冷えた体に熱が戻る。

 

「儂はアインツベルンの森と、双子館を見てきた。アインツベルンの結界がきちんと機能しておるところを見ると、参戦は間違いない。双子館の方はもぬけの殻じゃった」

「キャスター、ライダー、遠坂のサーヴァント、アインツベルンのサーヴァント、そしてランサーか────ランサーがアインツベルンのサーヴァントである可能性はあるな」

 

 アインツベルンの魔術は戦闘に向かないと聞いている。引きこもってサーヴァントだけを活動させる可能性は十分にあった。

 

「残るはバーサーカー、アサシン、セイバー、アーチャーか。遠坂のサーヴァントはセイバーかアーチャーというところかの?」

「だろうな。狂っている様子は無かったし、ランサーと打ち合えるならセイバーが有力だが」

 

 アーチャーを視野にいれるなら当然アサシンも入るが、爺様は私がアサシンを引き当てたと確信しているのだろう。敢えて候補には入れなかった。

 

「ふむ────桜、慎二。主らは何かなかったか?」

「いいえ、特には」「僕もさ」

 

 二人の答えに爺様は唸りつつ黙した。

 

「────方針は決めておかねばなるまいて。儂は今少し様子見に徹したいが、皐月、どう思う?」

 

 爺様の慎重さは筋金入りだ。意見を求めてはいるが、何を言っても動くまい。

 それに私にもいい策があるわけではない。

 

「問題ないだろう。ただ、キャスターが力を蓄えるのを黙って見ているのも座りが悪い。新都のガス爆発、あれは魂喰いだろう?」

 

 龍脈から回収するマナ、それに加え魂喰いとなれば、最弱の謗りをうけるキャスターとて楽観視はできない。

 手持ちのサーヴァントは三騎士のクラスではないだけに対魔力に優れない。十分脅威になり得る。

 

「じゃろうな。綺礼めが奔走しておるわ」

 

 愉快そうに笑う爺様だが、心底喜んでいるというわけでは有るまい。

 

「あの規模で魂喰いをするとなればキャスターである可能性が高い。死者は出していないようだが、討伐令を監督役から取り付ければ杞憂は晴れる」

 

 とは言え魔術的な隠匿は完璧だ。だからこそキャスターだと私は睨むが、隠匿されているからこそ、キャスターの振る舞いに問題は無い。

 

「今は、放っておくしかなかろう。可能ならそれとなくキャスターが柳洞寺に有ることを他のマスターにちらつかせよ。あるいは三騎士の対魔力を以って討ち果たそうとする者もあるやもしれぬ」

「わかった。遠坂にはそれとなく伝える」

 

 あれが対魔力に優れると言われるセイバーなら、遠坂は自分の土地で魂喰いをするサーヴァントを放っておきはすまい。

 

「桜もそれでよいな?」

「はい、お爺様」

「慎二も今しばらくは夜遊びを控えておれ。間桐は顔が割れておる。捕まって人質などになればその生命は保証できんぞ?」

「ああ、解ってるよ。だけど提案がある」

 

 慎二にしては酷く真摯な顔だった。

 

「桜、先に確認しておくけど、お前戦いたいのか?」

「どういう意味ですか、兄さん」

「桜が戦いたくてしょうがないっていうんなら別にいいけどさ、そうでもないって言うなら僕がライダーのマスターってことにしておいて、陽動しようかと思ったんだ。正規のマスターじゃない僕をライダーが必死になってかばわなくていいって言うのはメリットだと思うけど?」

 

 爺様は黙って慎二を見据えている。

 

「悪い手ではないが、遠坂は桜がマスターだと知っているぞ慎二。何よりお前、それはいざとなったら死ぬってことだ」

「だからこそだよ。僕への警戒はすこぶる薄いはずだ。魔術師と言える姉さんと違って僕は本当に出来損ないだしね。桜がどうしても遠坂と戦いたいって言うなら大人しくしてるけど、仮にも実の姉だろう?」

 

 自嘲気味に言う慎二。少々危うい。

 

「…………いいえ、遠坂先輩はわたしの手で降します」

 

 桜にしては珍しく強い声に慎二は口を開こうとして黙った。

 

「でも兄さん、ありがとうございます」

 

 慎二をよく知る人間ならば、その言葉がただの利己主義から出た物で無いと分かるはずだ。歪んでいるからわかりにくいが、慎二は大事な物にはそれとなく気を使う。

 

「な、なんだよ。当たり前だろ? 僕は桜の兄だし、なにより間桐にとっての重要度が違う。そうじゃないか、お爺様?」

「うむ。だが慎二、お前は間桐の直系だ。好き好んで切り捨てたりはせぬ」

 

 否定する爺様だが、慎二の策を吟味しているのが伺える。この十年で桜は間桐の魔術師としても十全の力を手にしている。

 爺様が惜しむのは当然だ。

 

「なんにせよ、この段階で使う手じゃないな。だが悪くはないと思うぞ、慎二」

 

 あれだけ反対していた私が賛同したことに驚いているのだろう。訝しそうにしていたが問い詰めてはこない。賛成意見を潰すことを避けたようだ。

 

「慎二の案は考えておく───じゃが、暫くは静観じゃ」

 

 話はそれでおしまいだと、爺様は居間を後にする。

 残った桜と慎二の顔に不満がないことを確認して私も自室へと引き上げた。




というわけで単独一人称では物語の内容を表現しきれないんじゃね、という危惧から衛宮君視点を実験的に導入してみました。
だって元々のお話が衛宮陣営主体なんだもの。しょうがないよねとか言い訳してみます。
………………力不足ですすみません。
ペースだけは落としたくないですがさてどうなることやら。
三人称? 最初から書きなおすとかヤです。

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