蟲の女王   作:兼無

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Q.間桐の男の人はおかしい、というけど、じゃあ女はどうなんでしょう。


5

 時期はずれな聖杯戦争に急遽各地の行脚を中断して戻ってきた爺様は、そのすりあわせに忙しい。邪魔はしたくないが、仕方のない事と言える。

 

「これでよいか────待たせたな皐月。何用じゃ?」

 

 作業に区切りがついた爺様はようやく私へと向き直った。

 

「いくつか確認に来ただけだ。爺様は今回は聖杯を取りに行くんだよな?」

「うむ。とはいえ桜に埋め込んだ聖杯の欠片が芽吹くかどうか、という所じゃが」

 

 この件については既に私も了承済みだ。

 桜を使い潰すならば、聖杯の取得に関わらずその魔術刻印の一切を、爺様の生命維持に関わらぬ物から順に私が貰い受ける。そういう約束になっている。

 

「そっちじゃなくても勝ちの目があるかもしれん」

「ほう」

 

 袖が捲られた腕を凝視し、爺様は黙った。

 

「正直魔術刻印の事が無ければ黙っていようかと思ったんだがな」

「カカカ、それでこそ我が孫よ。しかしそうか…………」

 

 爺様の悩みは察せた。

 

「あまりおおっぴらにするとな。間桐からマスターが二人となると、警戒は当然のこととして、対間桐の同盟までありえる」

 

 初期から味方がいるというアドバンテージを失うのは避けたい。

 

「うむ。となれば────」

「桜のサーヴァント次第だが、私は隠密に向くサーヴァントがよさそうだ。爺様、聖遺物の手配はどうなってる?」

「何分急じゃったからな。ほれ、エトルリアより発掘された鏡じゃ」

 

 古い事は分かるが、あまり縁には期待できそうにない。

 

「もう一つ、となると厳しいか」

「そうじゃのう。皐月がアサシンを引当て、桜が三騎士のいずれかを召喚するのが一番良い流れじゃが」

「いっそ桜が召喚したサーヴァントを触媒にしてもいいがな」

「ふむ、それも無い手ではないか」

 

 難しい顔をして爺様は黙った。策を組み直しているのだろう。

 

「私の用はそれだけだ。それじゃあな」

 

 返事はない。思考に没頭しているのだろう。構わず私は部屋を出た。

 

「しかし聖杯戦争か。全く厄介な事に巻き込まれたものだ」

 

 ため息混じりにそうこぼしながら、私は自室へと引き上げた。

 

 

 

 

 

 卒業を間近に控えた時期だけに、最早定例になりつつある進学相談の為に私は職員室へ呼び出されていた。

 

「間桐は本当に進学する気はないのか?」

「はい。卒業後は暫く国外を回ってみようと思っています」

 

 そもそもセンター出願の時期は過ぎている。今さら何を言うのか。

 

「悪いことじゃないが、間桐の成績ならいい大学に行けただろうに」

「多少悩みはしましたが、後悔はないですよ」

「そこまで言うならもうとやかく言わない。呼び止めて悪かったな」

 

 先生なりに気遣ってくれているのはわかるので、一礼して応えた。

 ただ、今の私は忙しい。赤本とにらめっこしたりセンターの過去問と格闘している同級生たちとは別な意味で。

 教室への階段、その脇に赤いコートの端がちらついている。

 

「遠坂も職員室に用か?」

 

 無いと知りつつ口にする。

 

「いいえ間桐先輩、貴方にです。教室に行ったら職員室にいらっしゃるとのことでしたので」

「その気持ちの悪い敬語はよせ。この時期の用向きなら察しがつく。屋上でどうだ?」

「構いません」

 

 一つうなずき、遠坂は屋上へと足を進め始めた。

 

「忙しい時期にすみません。一つ確認しておきたい事があったので」

 

 歩きながら遠坂はそんなことを言ってきた。

 

「私は進学しないから、その心配は無用だ」

「…………意外です。就職するんですか?」

 

 本当に驚いたらしい。

 

「いや、外国を歩いてみようと思っている。そんなに意外か?」

「…………はい。正直先輩はあまり周りに興味が無いものかと」

「そんなことはない。関心が無ければ自分に関係のない話を聞きたがっている遠坂に付き合ったりはしない」

 

 そうですね、なんて可愛げのない口調で遠坂は答えた。姉の贔屓目が入っているかもしれないが、これなら桜のほうが可愛げがある。

 寒くなってきた事もあり、屋上には人影がなかった。

 

「で、要件はなんだ、遠坂」

「念のためです。先輩、両手の袖、捲ってもらえますか?」

「構わんぞ」

 

 言いつつ私は両腕の袖を肘まで引き上げた。

 当然そこには令呪など無い。

 

「…………ってことは」

「ああ、間桐のマスターは桜だよ」

 

 遠坂の顔が翳った。まあ、姉妹で殺し合いなんて面白くもなかろう。

 

「そう、ですか。ありがとうございました」

 

 用は済んだとばかりの遠坂だが、それでは足りない。

 

「まて、お前はマスターで間違いないんだな?」

「何故そんなことを?」

 

 答える必要があるか、と問いたげな顔。

 

「等価交換だろう?」

 

 これでチャラにしてやるぞ、という意図は正しく伝わったらしい。

 

「…………ええ遠坂のマスターは私です。他に人もいませんし」

「だろうな。安心しろ、桜はちゃんと魔術師だ」

 

 それはつまり、魔術師として正道たれば、実の姉と戦うだけの気概が有るということ。

 思う存分戦えという言葉は、人としては残酷で、魔術師としては正しい。

 

「っ────ありがとう、ございます」

 

 髪を翻して去っていく遠坂を見送り、息を吐く。

 ざわりと私の左腕が蠢いた。

 

「しかし、慣れんなこの感覚は」

 

 左腕に令呪があるのを確認して袖を戻す。

 間桐の吸収を以って蟲を取り込み、起源たる流転と回帰で以って肉体をある程度自在に操る術を持つ私に取って、皮膚に刻まれた令呪の位置など容易く動かせる。

 もっとも肉体に取り込んだ蟲を人体に擬態させる為に常に魔力を消費しているため、私の健康状態は魔術回路の励起と比例する。

 爺様の様に全身を蟲に置換していれば完全に安定するのだろうが、流石にまだ人をやめる気はない。

 これは単にいざという時、つまり爺様が死んだ時、その肉体を構成する蟲を取り込み、魔術刻印を抽出、定着させるための予行演習のようなものだ。

 遠坂には嘘はついていない。間桐のマスターは間違いなく桜だし、私がマスターでないと言ったわけでもない。

 言峰には教えてしまったからあまり効果は期待できないが、何もしないよりはマシだ。

 

「今晩あたり私も喚ばねばならんか」

 

 重い気を引きずりながら、私は教室へと引き返した。

 

 

 

 

 

 日が落ちようという頃、ようやく家に帰り着いた私を出迎えたのは一本の杭だった。

 玄関をくぐったと同時にピタリと喉に押し付けられたそれと、目の前に立つ眼帯の女。  

 尋常ではない雰囲気と、日常では有り得ないシチュエーションに、私は珍しく思考停止した。

 女の後ろに桜の姿を認めて私の脳は再起動する。

 状況からして、この女が桜のサーヴァントなのだろう。

 

「おい桜、これは一体どういうことだ?」

 

 生憎と首は動かせないので視線だけを妹に移す。

 流石に間桐家断絶計画が発動したわけではないだろう。単にサーヴァントの独断だと思われる。

 

「ら、ライダー、この人は私の姉さんです」

「…………そうでしたか。これは失礼しました」

 

 桜の言葉を受けて首筋に突き付けられていた杭が引っ込む。言葉に悪びれた様子が無いのは気に入った。

 

「あまり驚かせるな。サーヴァントの召喚に成功したようでなによりだ」

 

 首筋を擦りながらようやくそれだけを言う。

 大概擦れた性格をしているがそれでも死は恐ろしい。

 他人ごとのように自己分析しつつ、桜のサーヴァントだという女を見やった。

 

「背、高いなお前」

 

 私はこれでも一六五cmと平均以上に背が高い。その私が目を合わせようとすると少し上向き加減になる。

…………もっともその眼は眼帯に覆われているので気分の問題だが。

 ただの感想だったが、サーヴァントから歯ぎしりのような音が聞こえた。

 背が高いのを気にしているのかもしれない。

 

「…………身長の高低を競わせる為にあなた方はサーヴァントを呼んだのですか?」

 

 訂正、気にしているようだ。

 ん、あなた方?

 

「他でも同じ事を言われたのか?」

「その、兄さんが」

「…………慎二を殺しちゃいないだろうな?」

「ええ、それは、大丈夫です」

 

 桜の目が泳いでいる。

 大方部屋に篭って泣きべそをかいているのだろう。

 

「それはいいか。遠坂と会ってきたよ。あれもマスターだった」

「…………そう、ですか」

 

 分かっていたことだろうに、目に見えて桜は暗くなる。

 

「どうしようがお前次第だ、桜」

「はい。分かっています」

 

 好きにしていいぞ、と言う意味で言ったのだが、ますます思いつめてしまったようだ。

 

「ライダーだったか。見ての通り桜は少し内向的なところがある。魔術師としての性能には問題ないだろうが、うまく支えてやってくれ」

「心得ています。えっと────」

 

 そういえば名乗っていなかった。

 

「皐月だ」

「サツキ。正直貴方が居てよかった。どうにも間桐の人は皆どこかおかしい」

 

 あんまりな言い草だったが事実なので仕方がない。

 

「…………苦労を掛けると思うぞ。それに私も間桐には違いない。まだ尻尾を出していないだけだ」

「気をつけておきます」

 

 英雄だなんだというからもっと堅いものを想像していたが、冗談を解すらしい。

 にやりと歪んだ口元はしてやったりと言わんばかりで、私は英霊に対する認識を改めることにした。

 

 

 

 

 深夜、全てが寝静まった時間になって私はベッドから這い出し、爺様の部屋へと向かった。

 半開きの扉から茫、と明かりが漏れている。起きているようだ。

 

「爺様」

「どうした皐月?」

 

 驚きもせずに爺様は私を迎え入れた。

 

「今日、喚ぶことにする」

「…………聖遺物はないが、よいのか?」

「仕方ない。欲を言えば言峰から現在召喚済みのサーヴァントぐらいは訊いておきたいところだが、教えてはくれないだろうしな」

 

 最善手ではない。爺様は悔しかろう。

 これが周期通りの聖杯戦争であれば話は違ったのだろうが。

 

「────ふむ。許可しよう。蟲蔵は開けてある」

「ああ。それじゃ」

 

 それだけの短い会話の後、私は蟲蔵へと足を進める。

 魔力を漏洩しないための結界を起動。

 

「さて、と。

──────蟲毒の壷で我は謳う──────」

 

 ついで、抑えている魔術回路を最高調で回す。

 望むのはアサシン、暗殺者などと卑下され忌避される者。それでも英霊に属する者には違いない。迎えるこちらに手落ちなどあってはならない。

 何をして英雄になったかに好悪はあるが、人の身でそこに至ったとあれば敬意を以って事に当たらねばならない。

 故に切り札とも言える子飼いの蟲、中でも私に同化し、そのオドを十分に喰らったもの、それらの体液で以って方陣を描く。

 触媒は無いが故に、用いたのは自身そのもの。

 

「素に銀と鉄。 礎に石と契約の大公。

降り立つ風には壁を。

四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ。

閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。閉じよ。

繰り返すつどに五度。

ただ、満たされる刻を破却する」

 

 高まるオドにマナが共鳴する。一つの魔術として形を成さんと、暴風のようにマナが荒れ狂う。

 その勢いを削ぐ事なく、儀式魔術として最適な形へと導く。

 只々、殉教者として、狂信者として、滅私し続けたであろうイスラムの一教団、その長の顕現を願う。

 

「――――告げる。

汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に。

聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ 

誓いを此処に。 

我は常世総ての善と成る者、 

我は常世総ての悪を敷く者。

汝三大の言霊を纏う七天、

抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ―――」

 

 ────成った。

 あれだけのマナが掻き消え、令呪に鈍い痛みが走る事こそその証左。

 直立する黒い影が、ゆっくりと方陣より歩み出る。

 凡俗である私の目が、それは埒外の存在であると告げる。

 私に許されるのはただ、その様子をできるだけ泰然と見守る事だけ。

 男が被ったフードが影になって顔は見えないが、目と目があっているのは間違いない。

 一度主従となればその不遜は叶わぬが故に、この英霊は今、私を見極めんとしている。

 

「お前が俺のマスターか?」

 

 響く声は透徹している。

 彼は英雄だ。ならば仮にもその主を僭称する私は、それに足る姿でなければならない。

 

「そうだ」

 

 ただ一言、切って捨てるように応えた。

 ぐ、と男が膝を折り、頭を垂れる。

 

「サーヴァントアサシン、召喚により参じた。この身、好きに使うがいい」

 

 そのまま男は動きを止めた。

 それが至らぬマスターから顔を背けるためのものか、主の言葉を待つためのものか、私にはまだ分からない。

 

「ああ、そのつもりだ。だがしかし今は気配遮断を。続きは念話でしよう」

 

 言うやいなや、その存在は知覚できなくなる。

 去り際に見えたそのステータスはアサシンとしては破格のもの。

 

『よもや願ってアサシンを呼び出す者が有るとはな』

 

 正面から他の英雄と打ち合うには脆く、また、アサシンを懸念することからマスター達の警戒は厚い。

 難しいサーヴァントではあるだろう。

 だが、

 

『私は最優を引き当てたつもりだぞ』

 

 真にアサシンが恐れられたのは目的の為に好悪を廃する合理主義。そして誰を討てば望む形に世が進むかを計れるその政治嗅覚。

 そしてなにより、時代の英雄と呼ぶべき者たちを必要と有らば消すことが出来るだけの計画性と実行力。

 その頂点に立つハサン・サッバーハ、つまり山の翁は、属するアサシン達を手足のように使いこなす器量を持たねば勤まらない。

 

『…………冗談ではないようだが、俺は一介の暗殺者に過ぎない。忘れるな』

 

 過度の期待からくる無理難題への予防線だろう。

 この計算高さが、私の予測を裏付ける。

 

『心配せずとも無理は言わない。アサシンはアサシンとして使う────ああ、クラスとしてアサシンと呼んでいるが気に入らなければハサンと呼ぶぞ?』

『…………気にはしないが、その配慮は有難く受け取らせてもらおう』

 

 アサシンとはハシシを吸う者の意とも言われる。その説が正しければアサシンの呼称は、死への恐怖を麻薬で誤魔化す薬中呼ばわりにも等しい呼び方になってしまう。

 私に言わせれば馬鹿馬鹿しい。現代の戦争でさえ、前線に立つ者には向精神薬が配給される。怯懦を消す為の物という意味でそこに差はない。

 とはいえ最早アサシンは元の語義よりも、暗殺者の意味合いを強くしている。ただ、時代を超えてここにいるハサンの心情を考えれば無配慮なマスターとして振る舞うべきではないだろう。

 

『言いたいことがあれば言ってくれ。私のような小娘より、教団を統率してきたお前の方が見える物もあるだろう』

『…………そうだな。この家には他にもサーヴァントの気配があるようだが』

 

 ハサンの優先順位はそこか。

 

『それは今のところ味方と考えていい────召喚からお前の気配遮断までで、相手に気付かれたと思うか?』

『恐らく問題ない』

 

 ハサンは返答に迷わなかった。

 スキルとしての気配遮断は別に、暗殺者として身に付けた在り方がそうさせるのだろう。

 

『ならいい。そのマスターには私がマスターであることは秘している。案ずるな』

『わかった。それと────言い難いが、マスターからの魔力供給量が落ちている。体調が芳しくないのか?』

 

 次は戦力査定。その腕力よりも技量に重きを置く存在とはいえ、当然の疑問だ。

 

『召喚の疲れはあるが、これは意図して落としている。有事とあらば召喚時並の魔力供給を約束する。不満か?』

『いや。無能を装わねばならない事情があるんだな?』

 

 口角が釣り上がるのを抑えられなかった。

 

『話が早くて助かる。が、私はお前ほど聡明ではない。重ねて言うが、思う所あればすぐに言ってくれ。令呪を使ってでも頼みたいぐらいなんだ』

『そんなことに使われては敵わん。心得ておく』

 

 これほど自制の効いた英雄を外れなどと言った奴はなんだったんだろうか。今代までのアサシンのマスターが無能揃いだったか、私が飛び切りの当たりを引いたに違いない。

 召喚陣を掻き消し、結界を解く。

 長居は無用だ。気怠さを抑え、部屋へと戻ることにした。

 

『お前にはサーヴァントとマスターのペアを探して欲しい。まずは情報を集めたい。だが如何な好機であろうと手を出すな。気配遮断を破る宝具とて有り得なくはない。油断はするな。不満はあるか?』

『…………マスターが本気で勝ち残る気なのが良く分かった。俺に異論はない』

 

 つまり私はハサンを用いた直接対決はしないと言った。

 別にハサンの英雄としての性能を軽んじているわけではない。

 ただ、個人の武勇に頼るよりは、戦略でもってマスター達を潰し合わせ、弱った最後の一組を刈り取ると、そう言ったのだ。

 それをハサンは良しとした。

 真っ向勝負を好む、正道の英雄であればこうは行かなかっただろう。

 

「おやサツキ、こんな夜中にどちらへ?」

 

 不意に掛けられた声の方を見やると、桜の部屋の前、眼帯の女が座り込んでいた。

 

「ああ、ライダーか。急に声を掛けるな。びっくりする」

「…………それは失礼を」

「シャワーを浴びたくなってな。どうも体が冷える。ライダーこそそんなところで何をしているんだ。部屋の中で霊体化していれば桜は守れるだろう?」

 

 それと悟られぬようその様子を探る。

 

「その、慎二が────」

 

 馬鹿め。引きどころは弁えているから無軌道でこそないが、またぞろ桜にちょっかいを出したようだ。

 

「────みなまで言うな。分かった。去勢はともかく割礼ぐらいはしておく」

「ああいえ、そうではなくてですね、桜に私を貸せ。と」

 

 困ったようにライダーは顔を伏せた。

 本当に見境の無いやつだ。

 

「やはり去勢するしかないか」

「ですから、女としてではなく、サーヴァントとしてです! 慎二にはマスターたる素養がありませんし、私としても桜から離れる気はないのですが、桜は押しに弱い。会えば頷いてしまうと────どうしてこう間桐の人はシモな方に話を持っていくのですか」

 

 最後の方はほとんどライダーの言葉は聞こえていなかった。

 私がサーヴァントを手にしたら貸してやるが、桜から借りるのは諦めろと私は言ったはずだ。まあ約束を破っているのはお互い様だが、私のはまだバレていないので考慮しなくていい。

 

「ふん、いいだろう。私に逆らうとどうなるか未だ身に染み付いていなかったようだな」

「さ、サツキ?」

 

 背後で誰かが呼びとめた気がするが、知らない。

 ノックもなく慎二の部屋の戸に手を掛けるとどうやら鍵が掛かっている。

 ふむ、どうしようか。

 などと悩む頭を置き去りに、体は既に動き出していた。

 掌打一発でドアはドアとしての機能を消失した。

 

「な、ひ、え。ね、姉さん、なんだよ急に」

 

 轟音に驚いて飛び起きたといった風情の慎二を嬲るように見下ろす。

 

「いや何、私に逆らうとどうなるか忘れてしまった馬鹿者がいるようなのでな。覚えの悪い頭ではなく、体に思い出してもらおうと思っただけだ」

 

 するり、と寝間着を肌蹴させる。

 

「って何を、う、うわああああああああああああああああああああああああああああ!」

 

 深夜二時を回った頃、間桐邸から響いた絹を裂くような悲鳴に、近隣住民は、

 

「なんだ、また間桐か」

 

 と安心したように二度寝を決め込んだという。

 

 

 

「やれやれ。疲れているというのに手間を掛けさせる」

 

 慎二への制裁を終え自室に戻るとハサンが床に付し、礼を取っていた。

 

『なんだ、どうした?』

『いや何、決してマスターには逆らうまいと思っただけの事だ』

 

 よく分からないが粉骨砕身仕えてくれるというのなら有難いが、しかし。

 

『忠義は有難いが、お互いを知らねばそれは成らぬ事だろう?』

 

 形だけの忠義立てでは無意味だ。知り合い、尽くす価値があると踏んでのその態度なら素直に喜べるのだが。

『それはそうだが、さっきの男と同じような目に合いたくはないのでな』

 

 好いた女でも居たのだろうか。そもそも私にその気はないのだが。

 

『なんだか腹が立つが私は寝る。疲れた』

 

 何故か部屋の隅で身構えているハサンを放置し、ようやく私が安眠を手にしたのは明け方四時を回ろうかという頃だった。




A.やっぱり女の人もおかしいようです。

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