銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~   作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部

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09.オーディン会戦②

 

              

 銀河帝国に存在する18個の正規艦隊、そして貴族の私兵である7個艦隊分を合わせて計25個艦隊もの大兵力が、帝都オーディンを巡って攻防を繰り広げている。

 

 漆黒の銀河を背景にした死の舞踏会。歴代の皇帝が想像もせず、自由惑星同盟が夢見た壮大な光景が、オーディンの軌道上で繰り広げられていた。

 

 

 銀河帝国は、空前の規模をほこった自由惑星同盟の帝国領逆侵攻から1年も経たない内に、再び銀河最大規模の殺戮戦を経験していた。

 

 

 

「まずいぞ……敵に懐へ入り込まれた!」

 

 

 要塞司令室中央に設置された立体三次元モニターを見ながら、シュターデン提督が上ずった声を上げた。

 

 

 

「金髪の孺子どもは並行追撃をしてくるのではなかったのか!?」

 

 

 

 驚いたのはシュターデンだけではない。正当派の用兵家であるメルカッツやファーレンハイトといった正規軍諸将もまた、ラインハルト軍のとった行動に驚きを隠せないでいた。

 

 彼らは正規の軍人であるがゆえに、先例と経験を重んじる。それゆえ古今東西の研究を通じて分析した結果、ラインハルト陣営がガイエスブルク要塞を攻略する方法は一つしかないとの結論に至った。

 

 

 すなわち、かつての敵である自由惑星同盟のシドニー・シトレ元帥が第5次イゼルローン要塞攻防戦で用いた並行追撃戦法である。

 敵艦隊に対して乱戦に持ち込み、至近距離まで肉薄して要塞を攻略する。敵味方が入り乱れている中に、普通なら主砲は撃ちこめまい。

 

 

 だが、ラインハルトの軍勢は乱戦に持ち込もうとせず、そのまま突撃の速度を緩めないまま要塞に向かって突っ込んでいったのだった。その勢いは回避が間に合わず、門閥貴族艦隊と正面衝突する艦が出るほどだった。

 

 

 

「全艦に伝えろ―――“撃てば当たる。攻撃の手を緩めるな”とな!」

 

 

 先鋒を務めるフリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト中将はその圧倒的な破壊力をもって、分厚い門閥貴族艦隊に無理やり風穴をこじ開けてゆく。それに続く全軍が一体となって紡錘陣で一点突破を図り、そのまま一気にガイエスブルク要塞表層にまで到達したのである。

 

 

「主砲発射!」

 

 

 ビッテンフェルト艦隊の主砲が火を噴く。イゼルローンと違ってガイエスブルク要塞の表層からは流体金属が蒸発しており、集中砲火を受けた区画はひとたまりもなく次々に爆散した。

 

 

「続けて姿勢制御スラスター噴射! 下部エンジン機関最大、急上昇して離脱せよ!」

 

 

 あと少しで要塞表層に激突する、というところでビッテンフェルト艦隊は大小のスラスター噴射で姿勢を建て直す。そのまま要塞の表層スレスレを低空飛行する形で離脱していった。

 後続の艦隊もまた順次突貫し、着弾を見ながら主砲を斉射、姿勢制御ののち離脱という動きになる。

 

 

 早い話が、急降下爆撃機の要領だ。下手をすれば艦隊ごと要塞に激突しかねない危険な艦隊運動であり、指揮官の技量はもちろん個々の艦長にも高い操舵能力が求められる。

 

 実際、中にはスラスター噴射のタイミングが遅れてしまい、そのまま意図せず要塞にカミカゼ特攻をかけてしまう艦や、急上昇した際に後続の急降下してきた艦と激突してしまう艦もちらほら見受けられた。

 

 

 しかしそれでも全体としては急降下攻撃に成功しており、改めてラインハルト陣営に属する将兵の質の高さを見せつける結果となった。

 

 

 **

 

 

 繰り返し攻撃を受けたことで強固な要塞表層にも徐々にヒビが入り、さらに後続の艦隊が亀裂目掛けて精度の高い砲撃を行ったことで、ガイエスブルク要塞では完成してから初めての死傷者が出ていた。

 

 

「こちら要塞司令部、クレニック大将である。被害を報告せよ」

 

「第7区画、崩落! 第8区画にまで爆発が広がっています!」

 

「了解した。 第7区画および第8区画は封鎖区画に設定、全ての隔壁を起動して被害の拡大を遮断せよ。その他の区画についてダメージコントロールを継続」

 

 

 目の前のモニターに広がる兵士たち必死の消火作業には目もくれず、クレニックは淡々と応急処置を指示する。

 封鎖区画に設定された通路では警告音と共に赤い非常灯が点滅し、分厚い強化装甲でできた隔壁がゆっくりと降りていく。

 

 

「やばいぞ、逃げろぉおおッ!」

「誰か助けてくれ! まだあっちには怪我をした部下が……」

「諦めろ! このままじゃ皆閉じ込められて死ぬぞ!」

 

 

 まるで沈没寸前の豪華客船のボイラー室のように、大を助けるための小として犠牲にされた兵士たちの悲鳴が響く。その間にもラインハルト軍の攻撃により、次々に被害は拡大していく一方だった。

 

 

「なんという事だ……」

 

 メルカッツの顔に沈痛な表情が浮かぶ。恐らくは犠牲となった兵士たちの事を悼んでのものだろう。

 クレニックの顔にも沈痛な表情が浮かんだ。こちらは恐らく被害を受けた要塞のことを慮ってのものだろう。

 

 

「よくも私の要塞を……!」

 

 

 クレニックの口から、苦々しげな呪詛が漏れる。

 

 その間にもラインハルトの艦隊は超低空飛行で要塞の表層を縦横無尽に動き回り、戦果を拡大していった。

 

 

 

「ええい、早くガイエスハーケンを撃たんか! このままでは要塞を削り取られてしまうぞ!」

 

「この状況でガイエスハーケンを撃つのは不可能です。敵がいるのは主砲の死角、近すぎて主砲を撃とうにも俯角が足りません」

 

 

 焦るブラウンシュヴァイク公に、クレニックが重々しく告げる。

 

 だが、やられっ放しという訳にもいかない。クレニックはすぐさま戦闘指揮所に向かって指示を飛ばした。

 

 

「第13から第29区画、全ての砲塔を起動せよ。対空機銃は自動迎撃システムを起動、ターボ・レーザーは各自手動操作で大型戦艦を優先目標に設定」

 

 

 クレニックの指示が次々に伝達され、宇宙要塞は敵の肉薄攻撃に備えた。特に新型の2連砲塔XX-9重ターボレーザーは、例え相手が宇宙戦艦であろうと一撃で消し去る威力がある。

 

 

「――――敵艦隊、接近中!」

 

「射程圏内に入り次第、各自迎撃を開始せよ。全兵装使用自由(オール・ウェポンズ・フリー)!」

 

 

 クレニックの号令と共に、ガイエスブルク要塞は全身からハリネズミのように十字砲火を放つ。重ターボレーザーは相手の射程圏外から宇宙戦艦をズタズタに切り裂き、その威力を周辺の小型艦艇にまで撒き散らした。

 

 爆発が連鎖し、破壊された戦艦から飛び散る破片は流れ弾となり、脱出しようとしたワルキューレの一団に容赦なく降り注いでいく。

 

 

 そして遅れて登場するのがお決まりの騎兵隊が姿を見せると、再びガイエスブルク要塞司令部は歓喜の声に包まれた。

 

 

 

「叔父上! 不肖フレーゲル、ただいま到着いたしました!」

 

 

 

 ラインハルト軍にすり抜けられた、門閥貴族艦隊が大挙して追いかけてきたのだ。

 

 

「お待たせしました叔父上。この私が来た以上、もう金髪の孺子の好きにはさせません!」

 

「おお、よく来たフレーゲル!頼りにしているぞ。見事あの小癪な金髪の孺子を討ち取って我らの武名を銀河に轟かせるのだ!」

 

「お任せください! 聞いたか皆の者! 宇宙要塞の危機を助けるのだ! ふはははははははは!」

 

 

 フレーゲル男爵の高笑いがオープン回線で響き、同様の興奮に駆られて門閥貴族艦隊は動き出した。

 

 

「跳んで火に入る夏の虫とは奴らの事よ!」

 

 

 自信たっぷりなフレーゲルの物言いは、常識で考えればあながち間違いとも言えなかった。なにせ艦隊数は1.5倍ほど上回っており、要塞に備え付けられた対空砲火やターボ・レーザーまであるのだ。

 

 ガイエスハーケンの射程内にいても発射の邪魔になるだけなので、もともと門閥貴族軍宇宙艦隊の大半は主砲の死角に配置されている。そこにラインハルト艦隊が突っ込んできたのだ。

 

 数で上回る門閥貴族艦隊は敵を前後左右から包囲し、その圧倒的な火力によってラインハルト艦隊は、陽光に照らされたアイスクリームのように溶けて消えるはずだった。

 

 

「やはりラインハルト元帥の軍が有利か」

 

 

 目の前で艦隊戦が繰り広げられていくのを見て、メルカッツがそう呟いた。彼でなくとも、正規の教育を受けた軍人ならすぐに分かることだった。

 

 もし貴族連合軍が有利であればフレーゲルの目論み通り、ラインハルト艦隊はとっくに消え去っていただろう。そうなっていないのは、ラインハルト軍が善戦しているからだ。

 

 

 局所的には、門閥貴族側が勝っているように見えなくもない場面もあった。だが、それは見せかけの優位であり、さらなる罠へと彼らを誘う前座に過ぎない事に気付いた門閥貴族はほとんどいなかった。

 

 

「いいぞ!もっとやれ!」

 

 

 中でもヒルデスハイム伯爵の艦隊の勢いは凄まじく、彼に率いられた貴族軍艦隊は猛烈な砲火を討伐軍に浴びせ、自らの陣形が崩れる事も厭わずに後退する敵を猛追する。

 

 

「なんと愚かな!」

 

 

 見る見るうちに整然とした陣形が無秩序へと変化していくのを見やり、シュターデンはそう毒づかずにはいられなかった。

 

 あれでは指揮も作戦もあったものではない。興奮に駆られてやみくもに走り出す水牛の群れではないか。火力の優位を活かすには、整然とした陣形を維持した砲撃戦に限る。乱戦など敵の思う壺ではないか。

 

 

 一方で、もう一人の帝国正規軍指揮官であるメルカッツ大将は落ち着いて事態を静観していた。門閥貴族との付き合いも長い彼にしてみれば、生まれてから我慢することを知らないまま育った貴族たちをよく今まで抑えてこれたものだ、という達観の方が大きい。

 

 

「艦隊、各自の判断で敵を攻撃せよ。繰り返す、各自の判断で敵を攻撃せよ」

 

 

 シュターデンやクレニックが驚く中、メルカッツは諦めのこもった声で全軍にそう告げ、ファーレンハイトに向き直った。

 

 

「ファーレンハイト中将……彼らのフォローを頼む」

 

「尻拭い、の間違いではないでしょうかね?」

 

 

 皮肉っぽく返したものの、ファーレンハイトはメルカッツの決定そのものに異を唱えることはなかった。彼もまた、そうするしかないだろうなと薄々感づいてはいたからだ。

 

 各艦隊がそれぞれの指揮官の判断で動くということは、門閥貴族艦隊に行動の自由を許す愚策である一方、裏を返せばファーレンハイトら正規軍艦隊もまた陣形にとらわれず柔軟に動けるという事でもある。

 

 元より門閥貴族艦隊に期待していないメルカッツとしては、戦術の素人である門閥貴族たちに対して、細かい戦術的技巧にこだわる事は諦めていた。ただ彼らの数のみを頼みとして戦術的縦深として扱い、ファーレンハイトら正規軍艦隊を機動防御に当てる腹積もりであった。

 

 

 ベストではないが、ベターな選択といえよう。それこそが、「堅実にして隙なく、常に理にかなう」と賞賛されたメルカッツの艦隊指揮能力の神髄であった。

 

 




ちょっとした解説

第5次イゼルローンの並行追撃と違う点として

①第5次イゼルローンの時は主砲を撃てる状態なのに対して、今回は一応ドライアイス攻撃で封じてある

②第5次イゼルローンでは攻撃側の同盟軍艦隊の方が数が多かったのに対して、今回はむしろ防衛側の門閥貴族軍の方が数が多い

そのため、要塞に近づくのは第5次イゼルローンより難易度は下がっているんですが、代わりに艦隊戦の難易度は上がっているので、並行追撃より一気に敵艦隊を突破して要塞に肉薄した方が自然かなと

ついでに一度肉薄してガイエスハーケンの死角に入りこんでしまえば、要塞の対空機銃の被害は増えるでしょうが、ガイエスハーケン撃ち込まれるよりかは被害は減るでしょうし。

艦隊戦は将兵の質でゴリ押し。

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