銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~   作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部

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05.イカサマ戦争

 

 フェザーンの風景を一言で表すならば、「荒涼の美」という単語がもっともふさわしいだろう。

 

 帝国でも同盟でもないこの特異な惑星は、居住可能惑星でありながら水が少ない。大地のほとんどは赤い岩砂漠の荒野で、浸食と風化の進んだ地形が織りなす複雑な形状の峡谷や奇岩が林立する幻想的な風景を生み出している。

 

 

 その一方で貴重なオアシス地帯には鮮やかな光に彩られたメガロポリスが広がっており、その中でも特に高級地区とされる摩天楼の一室では2名の男女がワインを飲み交わしてた。

 

 

「世の中は不可思議に満ちているからこそ面白い……そうは思わんか、ドミニク」

 

 

 仕立ての良い革張りのソファーに座っている男―――第5代フェザーン自治領主、アドリアン・ルビンスキーは窓際に立つ愛人にそう声をかけた。

 

 

「難攻不落と思われたイゼルローンがあっさりと同盟の手に落ちたかと思えば、空前の規模で行われた帝国領侵攻は散々な結果に終わり、勝ったはずの帝国も国内を二分する内乱で大混乱とは皮肉なものだ」

 

 

「つまりは全て思い通りだと言いたいのかしら?」

 

 

 楽しそうなルビンスキーと違って、ドミニクの声は気だるげだった。政治そのものに興味が無いというより、その手の話に垣間見える男の自己顕示欲に辟易している、といった類の反応だった。

 

 

「一度くらい、貴方が本気で驚いたり慌てふためく姿を拝んでみたいものだわ」

 

「イゼルローンの時もレンテンベルクの時も驚きはしたさ。だからといって慌てふためきはしないがな。その二つは別のものだ」

 

「そう」

 

 

 重ねて問うことはしなかったが、ドミニクはルビンスキーのすぐ隣まで近づいてきてワイングラスを傾けた。

 

 どうやら多少は興味を引く事が出来たらしい。ルビンスキーは口元をほころばせ、新しいワインのコルクを引き抜いた。

 

 

「そうだな……俺が慌てふためくとしたら、それは帝国で市民革命が起こったときか、同盟で全権委任法あたりが可決した時だ。数人の天才が起こした変革程度じゃ物足りない」

 

 

 歴史を動くきっかけは少数の天才が作るが、その流れが続くかどうかは無数の一般人にかかっている。

 彼らのうち多数派が変革を起こす側に回らねば、せっかくの変革も孤立化し、いずれは社会という名のシステムの中へ消化吸収されてしまうのだ。

 

 

「例えばだ、我々が投資したオーソン・クレニックは予想外の戦果をあげた。あれには俺も驚いたが、結果からみれば自治領主として慌てるような事態にはなってない」

 

 

 空になった自分のグラスにも赤ワインを注ぎながら、ルビンスキーが語ったのは奇しくもラインハルトのそれと同じ見解であった。

 

 つまるところレンテンベルクの勝利やクレニックの新型宇宙要塞砲が、最初から貴族連合軍の戦略なりドクトリンなりに組み込まれていたのなら、リップシュタット戦役は軍事上の一大革命になったかもしれない。

 

 だが、そうはならなかった。

 

 貴族連合軍はレンテンベルクの勝利を活かすことができず、戦線は3ヶ月もの間にわたって膠着状態に陥っている。これは双方が軍事的に攻めあぐねているというより、政治的な駆け引きが長引いた結果だった。

 

 

「まずリヒテンラーデ=ローエングラム枢軸だが、初陣の敗北で日和見をしていた貴族・軍人らが動揺している。ローエングラム侯は軍事的な勝利によってこれを覆そうと主張しているようだが、まぁリヒテンラーデ公が認めるはずもないな

 

「どうして? たとえ一時的な同盟だとしても、門閥貴族を倒すまでは味方のはずでしょう?」

 

「ローエングラム侯にとってはな。だが、リヒテンラーデ公にとってはそうではない。この戦いはローエングラム侯は内乱に“勝たねばならない”戦いだが、リヒテンラーデ公にとっては“負けなければいい”戦いだからだ」

 

 

 そもそも傀儡であるエルウィン・ヨーゼフ帝を擁立し、宮廷貴族の最上位である宰相にまで上り詰め、内戦によって外戚たる門閥貴族を宮廷から追い出した時点で、リヒテンラーデ公は既にゴールデンバウム王朝の最高権力者として君臨しているのだ。

 

 

「つまり、リヒテンラーデ公は帝国を2つの国に分けて、そのうち片方の支配者でいられれば満足ってことね」

 

「そうだ。仇敵たる自由惑星同盟は先の帝国領侵攻で大きく疲弊し、帝国に再度の侵攻をしかける余力はない。そしてリップシュタット貴族連合軍が存在している限り、彼らに向けられたローエングラム侯爵の矛先がリヒテンラーデ公自身に向かうことはない」

 

 

 現状維持――-それがリヒテンラーデ公にとってベターの状態なのだ。

 

 もちろんベストは門閥貴族を撃破した後にローエングラム侯爵を失脚させることだが、固有の軍事力をもたないリヒテンラーデ公にとってラインハルトと直接対決のリスクは大きすぎた。

 

 あるいは共倒れを狙うという事も考えられるが、もし戦場でどちらかが大きく勝つような事になれば絵に描いた餅である。そもそも軍人でないリヒテンラーデ公が、ラインハルトと貴族連合軍のどちらも勝ちすぎないようにバランス調整をするなど出来るはずもなかった。

 

「つまり内政面においてリヒテンラーデ公としては、ローエングラム侯に防戦を命じて彼がこれ以上の功績を上げるのを防ぎつつ、裏で中立派の貴族や軍人と結んで自前の戦力を揃え、ローエングラム侯ら軍部のクーデターを牽制する、というのが妥当な戦略だろうよ」

 

 

 そこまで言って、ルビンスキーがにやりと意地悪く笑う。

 

 

「そして現状、戦場と宮廷の両方に敵を作るわけにいかないローエングラム侯は歯がゆい思いをしているだろうな。どれだけ大軍を率いていようと、全てはリヒテンラーデ公の掌の上という訳だ」

 

「あら、随分とリヒテンラーデ公を高く評価しているのね」

 

「そうでもないさ。ローエングラム侯も思いのほか不甲斐ないと言ってるだけだ」

 

 

 そう言って、ルビンスキーは手に持ったワインボトルを傾けた。ドミニクのほっそりとして手に握られたグラスに年代物の赤ワインが注がれ、芳醇な香りが彼女の形のいい鼻をくすぐる。リッテンハイム侯の所有する惑星にある高級ワイナリーで生産された、100年物のヴィンテージだ。

 

 ドミニクはワインに口を軽くつけると、ルビンスキーの方へ向き直った。

 

「そういえば、最近だとローエングラム侯より、いつも一緒にいる赤毛の坊やの方が目立ってるみたいね。辺境の平定が成功して、“辺境星域の王”なんて御大層な異名までついてるみたいじゃない」

 

「キルヒアイス上級大将のことか」

 

 

 レンテンベルク要塞をはじめとする主要な星域で戦線が膠着している間、唯一の例外といっていいほど目立った功績を挙げたのがキルヒアイス上級大将だ。

 

 彼の指揮する討伐軍別働隊は辺境星域の平定にあたり、発生した60回以上もの小戦闘にもすべて完勝をおさめている。

 

 

 キルヒアイス上級大将の採用した戦法は「プラネット・ホッピング」と呼ばれ、要塞化されるなどして侵攻が困難な敵惑星を避けながら、比較的敵軍の戦力が薄い惑星に帝国軍の戦力を集中させて攻め落としてゆくというものだった。

 

 

 これを可能にしたものはキルヒアイス上級大将の指揮能力と将兵の練度の高さであり、討伐軍は艦隊決戦においてほぼ無敗を誇ったため、多くの貴族の惑星を孤立させ、無視できる存在にした。

 

 また、もともと貴族連合軍がガイエスブルク要塞における決戦を基本戦略としており、残る惑星や拠点を戦略縦深上の捨て駒として敵に消耗を強いる以外の役割を期待していなかったこともプラスに作用したといえよう。

 

 

「最初はローエングラム侯の腰巾着ぐらいにしか思われてなかったけど、今じゃそのうちローエングラム侯のライバルになるって噂もあるぐらいよ。見た目も同じぐらいハンサムだし、人気は出ると思うわ」

 

「なんだドミニク、随分と詳しいじゃないか。それとも、ああいうのが好みなのか」

 

「同じ赤毛として親近感は持っているけど、どうかしら。目立つようになると自分の意志とは無関係に周りから持ち上げられるから、彼の今後を考えると少し同情はするわね。誰の事とは言わないけど」

 

 

 ドミニクの瞳が疑るようにルビンスキーをとらえると、禿げ頭の男はおどけるように肩をすくめた。

 

 

「人聞きが悪いな。帝国も同盟も、貴族も帝国軍も特定の誰かが勝ち過ぎないよう、銀河のパワーバランスを保つのが自治領主の仕事だ。そのために打てる布石は全て打っておくさ」

 

「そのうち誰かに後ろから刺されそうな仕事ね」

 

「そうなったら俺もそれまでの男だったという事だ。だが、キルヒアイス上級大将に関していえば俺は何もしてないぞ。少なくとも今のところは、な」

 

 

 ラインハルトに対するキルヒアイスの忠誠心は本物だ。たとえ外堀を埋めて反逆せざるを得ない状況に追い込んだとしても、反旗を翻したりせず素直にその首を差し出すだろう。ジークフリード・キルヒアイスとはそういう青年なのだ。

 

 とはいえ、ルビンスキーは友情や忠誠心などといった実体の無いものを信じるタイプではない。彼の場合はもっと単純な理由からだった。

 

「工作を仕掛けようと思えば出来ない事はないが、その必要がない。既に現状、帝国は事実上の4派閥に別れつつある。表向きは門閥貴族軍と討伐軍の戦いだが、前者はブラウンシュヴァイク派とリッテンハイム派に、後者はリヒテンラーデ派とローエングラム派に分かれて水面下で暗闘や駆け引きが繰り広げられている」

 

 

 つまりはこれ以上、帝国を分裂させて弱体化されては困るのだ。フェザーンは常に、銀河帝国と自由惑星同盟の間でバランスをとる事で生き残ってきたのだから。

 

 

「でも自由惑星同盟の方は帝国領侵攻作戦で大敗した上に、今度は国内で救国軍事会議のクーデターまで発生してるわよ? 帝国にはもっと弱体化してもらわないと、銀河の黄金律は維持できないんじゃないかしら」

 

 

 ドミニクが言う“黄金律”とは「帝国48:同盟40:フェザーン12」という、半世紀以上も昔からの勢力比の事である。これを維持し続ける事が、歴代のフェザーン自治領主の仕事と言っても過言ではない。

 

「痛い所を突くな。軍事的にはお前の指摘はもっともだが、経済的にはそうもいかん」

 

 フェザーン経済における利益の源泉は、帝国と同盟との間で行われる中継貿易だ。双方がともに疲弊して経済活動と国際貿易が縮小すれば、むしろその煽りを一番受けるのが両者に依存するフェザーン自身なのである。

 

 既に同盟が帝国領に攻め込み、同盟と帝国の両方で同時に内乱が発生したことで、フェザーン経済が被った損失は計り知れない。一部では経済危機の可能性すら囁かれるほどだ。

 

 さらに帝国と同盟が共に打撃を受けたことで、銀河におけるフェザーンの国力が相対的に向上しており、「侮りを受けるほど弱からず、恐怖されるほど強からず」という国是も揺らいでいる。

 フェザーンの国際的な地位向上は帝国・同盟両者の反発と警戒を呼びつつあり、下手を撃てば双方から抹殺されることになりかねない。

 

 

「どうするつもりなの?」

 

「何もしない。アルテナ星域の戦いのおかげで、しばらく銀河は誰も動けないはずだ。だから俺も焦らず事態が変わるまで静観するさ」

 

 

 ルビンスキーはそう言うと、ワインを一気に飲み干した。政治談議を兼ねた自慢話はこれで終わり、ということなのだろう。

 

 

「長話をしてしまったな。次はお前のステージの仕事が終わった後に会いたいものだ」

 

「……もし時間があればね」

 

「たまには夜通し語らいたいものだ。色々と」

 

 

 ほんの少しだけドミニクの頬が緩んだように見えたが、すぐに身支度を整えて仕事場へと消えていった。それを見送った後、ルビンスキーはしばらく空になったグラスを見つめていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 イカサマ戦争―――。

 

 

 

 帝国暦488年4月に始まった、銀河帝国政府と門閥貴族連合との間に発生したリップシュタット戦役を、人々は翌月からそう呼ぶようになっていた。

 

 

 事実、両軍は前線での睨み合いに終始し、大艦隊同士の正面決戦を回避しようと努めていた。

 

 

 無論、まったく戦闘が無かったわけではない。

 

 小規模な哨戒艦同士の偶発的な戦闘や、キルヒアイス上級大将の辺境星域制圧といった軍事行動、そして門閥貴族の所有する惑星や討伐軍の占領地における暴動といった流血沙汰はあったものの、いずれも小規模に終わっている。

 

 その理由についてはルビンスキーが看破したように、両軍がどちらも一枚岩でなく、政治的な暗闘によって積極的に攻撃に移れない事情が指摘されている。

 

 

 全てのきっかけはアルテナ星域会戦の結果がもたらしたものだ。

 

 

 もしあの戦いでミッタ―マイヤーが勝利していれば、ラインハルトはそのまま勢いに乗ってリップシュタット貴族連合軍を一気に滅ぼしていたかもしれない。

 

 

 だが、幸か不幸かそうはならなかった。

 

 

 そしてその原因を作った張本人であるオーソン・クレニック長官はこの「イカサマ戦争」と呼ばれる戦闘休止状態を利用して、次なる“移動要塞”構想を現実のものとすべく、着々と準備を進めていた……。

  

     




 唐突なルビンスキー回。門閥貴族軍も討伐軍も水面下の派閥闘争のせいで迂闊に動けず、フェザーンにとっては都合がいい状態。

 そして相変わらず宇宙要塞を作り続けるクレニック長官(今回は出番ないけど)


 ちなみに作者的にドミニクさんは石黒版の方が好み。ジェシカも石黒版で、アンネローゼとフレデリカはノイエ版、ザビーネ様はフジリュー版、ヒルダはフジリュー版も割と好きだけおノイエ版も気になる(どうでもいい情報)

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