銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~ 作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部
「ペンは剣よりも強し」という古い諺にもあるように、時としてひとつの言葉は万の兵士よりも強い力を発揮することがある。
リヒテンラーデ侯の発した通告によって、ガイエスブルク要塞の中では大きな動揺が生じていた。
ブラウンシュヴァイク公の暴挙によって二者択一を突きつけられ、ヤケクソで熱に浮かされていたように戦っていた兵士たちの心に、再び冷静な迷いが生じたのである。
――このままガイエスブルク要塞と15万隻の大艦隊の数を頼みに無差別波状攻撃をかければ、オーディンを征服して内乱の勝者となれるのかもしれない。
だが、そうなると最高権力者の座につくのはブラウンシュヴァイク公である。惑星オーディンの平民居住区に向けて無差別砲撃を撃ちこみ、敵味方をまとめて吹き飛ばすような戦い方をする男が、銀河帝国の頂点に立つのだ。
たとえ勝利してもそれは血塗られた勝利であり、そして実際に血を流すのは自分たち平民である。いかに勝ち馬に乗ったとして、その先はどうなるのだろうか? ひょっとしたら自分たちは、とんでもない男を勝たせようとしているのではないのか――?
こうした動揺は、門閥貴族の中にも広がっていた。
特に、日頃からブラウンシュヴァイク公と対立していたリッテンハイム侯は、強い危機感を覚えていた。
このまま戦いが推移すれば、リップシュタット貴族連合軍は勝利するだろうが、リッテンハイム侯爵家は敗北する。味方ごと敵を吹き飛ばしてローエングラム侯の討伐軍に大損害を与えたのも、ガイエスハーケンを撃ちこんで惑星オーディンごと人質にとって戦を有利に進めたのも、全てはブラウンシュヴァイク公の功績になるからだ。
――このまま何もしなければ、勝者はブラウンシュヴァイク公になる。
そうなればリッテンハイム侯爵家はもうお終いだ。リップシュタット戦役の初期においてリッテンハイム家が行った資金援助や、私兵を率いて加勢したといった功績は都合よく無視されるだろう。
ブラウンシュヴァイク公はもともと、そこまで寛大な男ではない。もしリヒテンラーデとラインハルトに門閥貴族連合が勝利すれば、次に起こるのは貴族同士の争いだ。
「……そうはいくものか」
リッテンハイム侯の脳裏にチラついたのは、「失脚」の二文字だ。名門貴族として長年、魑魅魍魎の跋扈する貴族の政界で生き抜いてきたリッテンハイム侯爵にとって、政争で負けた者の末路は明らかだった。
「父上! あれを!」
膝を抱えて悩んでいると、娘であるサビーネのヒステリックな声が轟いた。サビーネのほっそりとした指は震えており、それが指し示す先にあったのは小型監視カメラの映像であった。
「あれは……っ!?」
そこに映し出されていたのは、黒い装甲服を着込んだ一団だった。先頭には白いケープを羽織ったオーソン・クレニック大将の姿が見える。
「“デス・トルーパー”隊だと……!?」
リッテンハイム侯の声に怯えの色が混じる。
デス・トルーパー隊は、クレニックの個人的な護衛部隊だ。不気味な輝きを放つ黒い特殊な装甲服に身を包み、戦斧と高威力のブラスター・ライフルで武装している。彼らは任務を確実に遂行出来るように特殊な訓練を施されており、戦闘能力・状況判断能力は一般兵の比ではない。
(ブラウンシュヴァイクめ……ついにこの儂を排除しに来たか!)
ウィルヘルム・フォン・リッテンハイム3世は決断を迫られていた。
ウィルヘルムは基本的に豪胆な男ではない。先祖を辿れば武門の家に行き着くブラウンシュヴァイク家と違って、リッテンハイム家のルーツは銀行業で財を為した富豪の家系である。そのため荒事はあまり好まず、家でもフリードリヒ4世の娘である妻クリスティーネに頭が上がらない。
そんな小心者のウィルヘルムではあったが、個人としての性格はともかくとして、名門リッテンハイム侯爵家の長男として体に染みついた貴族教育はそう簡単に抜けるものでもなかった。
――すなわち、一個人の幸福よりも一族の名誉と繁栄、である。
彼の命は彼だけのものではない。領地や領民と同じく、リッテンハイム侯爵家が先祖代々受け継いできた大事な財産のひとつである。華麗に滅びるならともかく、無様な滅びは許されない。
「……こうなったら、消される前に消してやる。せめて道連れにするまで死ねるものか」
いつかはこうなる日が来ると、薄々感づいていたのだろうか。ついに“その時”が来たことを悟ると、後は驚くほどあっさりと覚悟が決まった。
リッテンハイム侯は反逆を決心すると、選りすぐりの部下を武装して引き連れてクレニックを待ち受けた。
こっそり逃げよう、などと無駄なあがきはしない。改造されたガイエスブルク要塞はクレニックの庭も同然だからだ。主な脱出口はとうに封鎖されているだろう。
やがて現れたのは、10人ほどのデス・トルーパーを引き連れたオーソン・クレニックであった。
「これはこれは、リッテンハイム侯爵閣下」
クレニックは軽く敬礼してみせるも、その眼は油断なくリッテンハイム侯とその衛兵に向けられている。
「ブラウンシュヴァイク公の命により、御身とご息女の身柄を拘束させていただきます」
「無礼者! 誰に向かって口をきいておるのだ!」
よく通る声でサビーネが激昂する。しかし流石に緊張しているのか、表情に余裕が無いのが見え見えだ。鍛えて引き締まった体も小刻みに震えており、それがかえってクレニックを苦笑させた。
一方のリッテンハイム侯の方はというと、覚悟を決めたおかげか娘よりはいくばくか落ち着いており、向けられた銃口の数を数えながら椅子から立ち上がった。
「拘束とはオットーも随分な暴挙に出たものよ。して、理由は?」
「“銀河帝国の正当な後継者”に対する、反逆罪です」
「すでに勝ったつもりか。笑わせる」
あざけるような返答に、クレニックは軽く肩をすくめた。
「実際、私の要塞はオーディンを射程圏内に収めた。最大出力で主砲を放てば新無憂宮はただの一撃で吹き飛ぶ」
リッテンハイム侯は声を立てて笑った。
「“私の要塞”か。貴公は相変わらずだな。正確にはブラウンシュヴァイク家の所有物だったはずだが。そのような不遜な発言がオットーの耳に入れば、縛り首にされても文句は言えぬぞ」
「かもしれませんな。もっとも、ブラウンシュヴァイク公の耳に入る前に、それを知る者を撃つことも出来るのですが」
抵抗されたのでやむを得ず、とでも言えばブラウンシュヴァイク公も正当防衛をお認めになるでしょう―――クレニックがそう告げると、デス・トルーパー達が一斉にブラスター・ライフルを構えた。
すぐさまリッテンハイム親子を守るように、侯爵に忠実な家臣たちや私兵たちも銃を構え、一触即発の空気が漂う。
「ここで殺し合うつもりか? クレニック大将」
張りつめた緊張の中、リッテンハイム侯が努めて冷静な声で問う。
「さぞブラウンシュヴァイク公が喜ぶだろう。彼にとっての邪魔者が二人も消えるのだからな」
「………」
わずかにクレニックの顔が曇った。
図らずも今回の内戦で最大級の功績をあげたのはクレニックの宇宙要塞であり、それは誰もが認めざるを得ないところだ。
だが、ひとたび内戦がブラウンシュヴァイク公の一人勝ちに終われば、随一の功績を立てたクレニックはむしろ煙たい存在となる。狡兎死して走狗烹らる、という奴だ。
「リヒテンラーデと金髪の孺子が死に、この儂までが処刑されれば、もはやオットーを止めるものはおらぬぞ。いや、むしろ貴様がその役を期待されるだろう」
「買いかぶり過ぎですよ。私は単なる技術屋に過ぎません。ブラウンシュヴァイク公をお諫めするなど、恐れ多くてとてもとても」
「そうだろうな。貴様の望みは最強の要塞を作る事だということぐらい、儂にも分かっておるし、オットーとてその程度は知っておるだろう。だが、人が本人の意思ではなく、立場とその時々の状況で勝手に期待され、勝手に判断されてしまう事ぐらい、貴様とて知っているだろうに」
クレニックはリッテンハイム侯の指摘の正しさを認めたが、それを表情に出すのは憚られた。その程度の事に気づいていなかった訳ではない。
しかし、かといって積極的にリヒテンラーデやラインハルト、リッテンハイム侯の側につく理由も無かっただけのことだ。
ここが勝負だ――リッテンハイム侯がずい、と前に進み出る。
「よく聞け、儂はリヒテンラーデに下る」
しれっと登場するデス・トルーパー隊。黒い装甲擲弾兵みたいなイメージで。
あとザビーネ様はフジリュー版のイメージです。顔は良いけど性格は門閥貴族のまま、増長して調子こいてたのが慌てふためくわ泣き叫ぶわで、どこぞの筆頭政務官っぽくてシオニストの作者に刺さる(どうでもいい)
リッテンハイム家の先祖云々の話は創作です。なんとなくブラウンシュヴァイク公がそこそこ軍事的才能あったのに対して、リッテンハイム侯はからっきしだったので、軍事貴族ではなくて経済力とかが権力基盤なのかなと。