銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~ 作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部
帝都に住む数億の住民は神々の黄昏ラグナロクを思い起こさせる光景に恐怖しながら、自分たちの頭上で繰り広げられる地獄の芸術をただ見ていることしかできない。
銀河帝国の中心惑星たる帝都オーディンとはいえ、そこに住む人々の大半はごく普通の平民たちだ。
もちろんルドルフ大帝以来の伝統により、とりわけゲルマン系の特徴を備えた金髪碧眼白色人種に偏っている節はあるが、それでも大半の平民たちはごく平凡でありきたりな毎日を送っていた。
一応は皇帝のお膝元ということもあり、オーディンに住む特権といえば戦乱と無縁であることぐらいのものだったが、今やそれも過去の事となった。
ブラウンシュヴァイク公の命令で発射されたガイエスハーケンの一撃は、ただの一度の砲撃で街ひとつを巨大な瓦礫の山に変えてしまった。
***
「っ………!」
なんの警告も無しにガイエスブルク要塞からオーディンに向けて主砲が放たれた時、ラインハルトの心に浮かんだのはある種の驚きであった。
オーディンに向けてガイエスハーケンが放たれた、という事にではない。
今のブラウンシュヴァイク公は、何をしでかすか分からない爆弾のようなものだ。だから2時間の猶予を与えると言っておきながら、それを平然と無視しても不思議は無かった。
むしろ清濁併せ持とうと努めながらも、結局は邪道を避け、潔癖にこだわったばかりにその裏をかかれてしまったこと、そしてそれを成し遂げたのが小物でしかないと思っていたブラウンシュヴァイク公であった事であった。
(歴史は勝者が作る……俺はこれまで勝ち方ばかりにこだわり、負ける可能性を考えてもいなかった。負ける可能性があると、手段を選ぶなどという贅沢は出来なくなるということか……)
ラインハルトはぎゅっと拳を握りしめる。
「オーディンの被害を報告せよ!」
「第7地区が完全に破壊されました!」
モニターを見ていた士官が悲痛な声をあげた。
「今の一撃で、およそ40万人のオーディン市民が死亡したと思われます! 続く火災や停電で、他の地区にも二次被害が拡大している模様!」
「オーディンの事はリヒテンラーデに任せておけ。それより二度目を撃たせないよう、全艦隊の砲撃をガイエスブルク要塞に集中せよ」
ラインハルトの額に冷たい汗が浮かんだ。
(……姉上)
ラインハルトは覇道を進むことを覚悟し、必要な犠牲なら厭わぬ覚悟もある。必要であればオーベルシュタインの冷徹非情な策に従って粛清を行うこともあるし、味方の犠牲が出る事を承知で作戦を立てることもある。
同盟の帝国領侵攻作戦では住民から食糧を巻き上げることで同盟の兵站を破壊したが、それによって生じた暴動や食糧不足で多くの住民が死亡したこともまた事実である。
しかし、それは少なくともラインハルトにとって「必要な犠牲」であった。より多くを救うための必要な犠牲―――例えそこに自らの家族が入っておらず、偽善だとしても無意味な大量殺戮を命じるつもりはない。
だが、ブラウンシュヴァイク公はあっさりとそれを踏みにじった。ラインハルトの眼前で展開されているのは、およそ会戦などという上等なものではない。戦術とも用兵と無縁な殺し合いに過ぎなかった。
「門閥貴族共は戦術というものをご存じない」とラインハルト陣営は高をくくっていたが、戦術以下の単純な虐殺であれば充分にその力を発揮していた。
威風堂々と15万隻の大艦隊を率いて星の大海を征くべき貴族連合軍は、いまや凶暴な肉食恐竜と化して形あるものを全て貪り食っている。その姿には尊厳の欠片も無い。戦略的な意味も、戦術的な必要も無視して、破壊者の牙をそこかしこに突き立てているだけだ。
宇宙は広いのだ、とラインハルトは改めて知った。自分よりも更に非常識で、おまけに非人道的な体制の破壊者があろうことか門閥貴族の中から現れ、ゴールデンバウム王朝を破壊しつつある。
――授業料は高くついた。だが、その分だけ常勝の英雄は成長する。
ラインハルトはすぐさま部下を呼び出した。
「リヒテンラーデに繋げ。今すぐにだ!」
***
ちょうどそのころ、惑星オーディンでは数世紀の間に経験したことのない未曽有の混乱が全土を覆ってた。
それは直接被害を受けた平民たちばかりではない。新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)でも宮廷貴族たちが悲鳴を発し、慌てふためいた宮廷官僚たちが逃げ惑っていた。
「このままでは帝国が滅びてしまうぞ!」
「おお神よ、こんな事があってよいのか……」
「ローエングラム侯は何をしているんだ!?」
市街地では平民がパニックに陥り、催涙ガスやライオットシールドを突破しながら、憲兵隊めがけて殺到している。一部では実弾が使用されるも、すぐに膨大な数の群衆に飲み込まれていき、倒れた憲兵の上を無数の靴が乗り越えていった。
首都が無秩序に覆われていく様子を、新無憂宮(ノイエ・サンスーシ)の地下に設置された危機管理センターでクラウス・フォン・リヒテンラーデ侯が愕然としながら眺めていた。
「ガイエスハーケンが再び発射されました! 第7区に続いて第3区も崩壊……!」
ヒステリックな報告が地下室中に轟く。隅の方ではエルウィン・ヨーゼフ帝やお付の女官たちが震え、ラインハルトの姉であるグリューネワルト伯爵夫人も顔面蒼白で立ち尽くしている。
「どいつもこいつも、寄ってたかって帝国に仇を為そうと……!」
宇宙を支配し、人類の頂点に君臨したゴールデンバウム王朝500年の歴史が終わろうとしている。
亡きフリードリヒ4世が望んだような「せいぜい華麗に滅びるがよい」という言葉からは程遠く、混乱と無秩序のまま無様に滅びようとしているのだ。
惑星オーディンでは情報が錯綜し、恐怖と恐慌に溢れかえっていた。何を信じたらいい変わらないまま人々はぶつかり合い、感情のままに殴り合った。ゴム弾や催涙弾を使った憲兵隊の威嚇射撃はとうに効果を失い、レーザーや実弾を使った正規軍の鎮圧作戦が始まっていた。
磨き上げられたレンガ造りの街路に血が流れ、老人や幼児が倒れ込み、その上を戦車や装甲車が死体を踏みつけていく。一方で逆上した市民は軍用車両を取り囲み、火炎瓶を投げこみ、そこかしこにひっくり返った車両でや瓦礫で作られたバリケードが築かれていた。
「この期に及んで内ゲバとは……馬鹿者共め! ええい、どこかに味方はおらんのか!?」
リヒテンラーでの悲鳴に、しかし答える声はない。どこの部署も同時多発的に発生する大惨事への対応で手一杯だったからだ。
それは惑星オーディン、ひいては銀河帝国を支配するゴールデンバウム王朝の統治能力低下をまざまざと世に示しているかのようであった。
「閣下! ローエングラム侯から秘匿通信です!」
ラインハルトから通信があったのは、その時であった。
「ローエングラム侯だと!? あの口先だけの無能め、今更いったい何の用だ!?」
リヒテンラーデはそう毒づくと、ひったくるようにしてオペレーターからデバイスを取り上げる。
「――――」
二人の間でどのようなやりとりが交わされたのかは、今もって詳細は分からない。しかし短いやり取りが交わされたのち、通信が切れてリヒテンラーデが何かを決心したことだけは確かであった。
周囲が恐る恐る見守る中、リヒテンラーデは大きく深呼吸した。
「っ…………こうなっては、儂も腹をくくるしかないか」
リヒテンラーデ侯は憮然として呟いた。彼にもまた、今まで内務・宮内・財務尚書・宰相代理という重職を歴任して帝国を支えてきたという自負がある。このまま門閥貴族の暴挙に黙って押し潰されるつもりはなかった。
「全ての通信回線に繋げ! これより皇帝陛下のお言葉を伝える!」
緊張の電撃が周囲に走った。もちろん幼いエルウィン・ヨーゼフ帝は何も発言などしていない。
これほどあからさまな、君主をないがしろにした「虎の威を借りる狐」というのも珍しいものだが、老宰相に手段を選んでいる余裕は無かった。
「オーディンにいる、全ての将兵に告ぐ!これは勅命である!」
大声を出す必要も無かったはずだが、リヒテンラーデ侯の声は雷鳴の轟きを伴って、あらゆる通信回線を揺るがせた。
「この際、身分は問わぬ! 誰でも構わぬから、逆賊ブラウンシュヴァイク公オットーの首を獲るのだ! さすれば身分も2つ昇進させた上で、一生かかっても使い切れぬ賞金と両手いっぱいの勲章、そして居住可能な惑星を含む星系1つ分の領地を与える!」
ゴールデンバウム王朝が店じまいする前の、特大級のバーゲンセールであった。
後に「リヒテンラーデの大安売り」として銀河の歴史に記録される、今なお議論を呼ぶ不名誉かつ現実的な起死回生の一手であった。
タイトルが紛らわしいけど、リヒテンラーデは安売りしてる側の人間です。安売りされてる側ではないので、間違いの無いよう。
陛下の大御心を騙るのは基本。要塞は内側から崩すのも基本。