銀河要塞伝説 ~クレニック長官、デス・スターを建造す~ 作:ゴールデンバウム朝帝国軍先進兵器研究部
漆黒の銀河の闇に、目も眩むような閃光が走る。
恒星や彗星の光ではない。大勢の乗組員の命と引き換えに、宇宙戦艦が放つ最後の輝きだ。
この日、アルテナ星域では多くの命が散っていた。
帝国暦488年、銀河帝国政府と貴族連合との間に発生したリップシュタット戦役最初の戦闘がこの日、アルテナ星域で始まっていた。
***
時おり眩い光を放つ銀河の大海原を、一人の男が見上げていた。
天上を彩る無数の星々の煌めきが、壮年に差し掛かった男の灰色の髪を照らす。肌は白く、淡いブルーの瞳が理知的な印象を与える男であった。
彼は何光年にも広がる漆黒の銀河を静かに眺めながら、ただじっと何かを待っていた。
その横には巨大な円形の管とでもいうべき空間が存在した。なめらかな強化セラミックのトンネルが前後に果てしなく伸びている。その幅は小型の宇宙船が通れるほど広い。
やがて“その時”が来た。
技術者らしき白衣の若者が近づいてくる。背後には帝国軍の黒い軍服を纏った偉丈夫がぴったりとついていた。
「どうだ?」
男は宇宙を見上げたまま質問した。
「準備に抜かりは無いだろうな?」
「はい。連中の度肝を抜いてやりますよ」
当然だ。その為に何年もかけてこの要塞を改造したのだから。
「いよいよ、ですね」
若い技術者の返答に満足したように男は頷き返すと、壁に掛けてあった通信機を手に取った。
『―――兵士諸君』
要塞の至るところに備え付けられているスピーカーを通して男の声が響く。作業をしていた兵士たちは一斉に動きを止め、男の言葉を待った。
『歴史の歯車は動き出し、帝国の未来は勝利と栄光によってのみもたらされる。決戦の如何は、ひとえにこの要塞と新兵器の健闘にあり。我ら決戦の火蓋を切り、勝利への号砲と為さん!――― 銀河帝国に栄光あれッ!!』
おお、と歓声をあげる部下たちを見渡すと、男は再び視線果てなく続く巨大な円形の管へと向けた。
膨大なエネルギーが目の前で充填されていく。禍々しい緑色に輝くクリスタルを食い入るように見つめながら、男は誰にともなく呟いた。
「そうだ……この要塞砲こそが未来の戦争の行方を決める。歴史を動かすのはこの私、オーソン・クレニックなのだ」
***
帝国暦488年 4月24日 アルテナ星域
ゴールデンバウム朝銀河帝国を二分した“リップシュタット戦役”、その初戦である“アルテナ星域会戦戦”は反乱を起こした門閥貴族連合軍の惨敗に終わろうとしていた。
「右翼ヒルデスハイム伯軍、壊滅した模様!」
「シュターデン提督がストレスで吐血したぞ! 速く医務室へ運べ!」
「退却だ! 急いでレンテンベルク要塞まで退却するんだ!」
この日、シュターデン率いる門閥貴族軍は16000隻の艦隊のうち、実に7割を失い敗走の真っ最中であった。
「いいぞ! このまま追撃して敵を蹴散らせ!」
対して初戦で勝利した銀河帝国軍は将兵共に士気軒昂、敗走する敵軍を猛追撃している。艦隊司令官であるミッターマイヤー提督得意の素早い用兵もあってか、一人も逃がさぬと言わんばかりの勢いだ。
(このままでは、本隊が到着する前に敵を全滅させられるかもしれんな)
あっけない敵軍の崩壊と無秩序な敗走を見て、ミッターマイヤーは過信や驕りではなく冷静な分析からそう判断する。元より烏合の衆であった門閥貴族軍は、指揮官であったヒルデスハイム伯を失い、シュターデン大将が倒れたことで混乱の極致にあった。
「全軍、そのまま追撃の手を緩めるな! 1隻でも多くの敵を沈めろ!」
指示を出しながら、ミッターマイヤーは敵軍の進路を見やる。敗走する門閥貴族軍が目指しているのは、隣接するフレイヤ星域にあるレンテンベルク要塞だ。
小惑星をくりぬいて作られた勾玉のような形状をしたレンテンベルク要塞は、銀河帝国の標準的な要塞での一つだ。
イゼルローンやガイエスブルクのような主砲こそ無いものの、100万単位の兵員と1万隻を超える艦艇収容能力をはじめ多くの機能と兵力を擁した重要な軍事拠点であり、リップシュタット戦役の勃発にともなって貴族連合軍の勢力下に入っていた。
「無視されるためにある難攻不落」
誰が言ったか定かではないが、とにもかくにも昔から今まで要塞は堅牢であればあるほど迂回される傾向にあって、その実力がいかんなく発揮された事例は驚くほど少ない。
マジノ線然り、バーレブ・ライン然り、である。もちろん攻め手からすれば守り手の都合に付き合ってやる義理はないのだから当然ではあるのだが、かくしてミッターマイヤーもその手の合理的判断を有する指揮官であった。
「閣下、このまま追撃して要塞まで肉薄いたしますか?」
「いや、要塞の射程圏内に入る直前で離脱する。要塞に逃げる敵を追って城ごと陥落させるというのも魅力的だが、そこまでは欲張らんよ」
ただし要塞の射程圏内までは追撃の手を緩めるな、とミッターマイヤーは念を押す。欲張るのは愚かであるが、無欲も過ぎれば怠惰である。無理をしない程度にほどほどの欲を出す事の積み重ねが功績に繋がるのだ。
(初戦は我が軍の勝利とはいえ、未だに貴族連合軍は多くの兵力を有している。敵は削れるうちに削れる分だけ削るべきだろう)
同盟を名乗る叛徒との戦いと違って、今回の戦争は内乱である事もミッターマイヤーのこうした判断を後押ししていた。
身内が殺し合う内乱が長引けば、どちらが勝っても帝国の国力は低下する。被害を最小限に食い止めるには可能な限り戦争を早期終結させることが望ましい。
せめて要塞の対空砲火の射程ギリギリまでは追撃して後顧の憂いは取り除いておきたい、とミッターマイヤーが考えた時の事だった。
「レンテンベルク要塞より、高熱源反応あり!!」
司令室にオペレーターの悲鳴が響き、全員が一斉にスクリーンを見る。
「ば、馬鹿な!レンテンベルク要塞には対空砲火しか無いはずだ!」
幕僚の一人が叫ぶ。ミッターマイヤーが技術士官と諜報参謀を順に見るが、どちらも困惑するばかりだ。
「相手はイゼルローンやガイエスブルクじゃないんだぞ!? どこにそんなエネルギーが……!」
たじろぐ幕僚たち―――だが、その間にもレンテンベルク要塞の一角からは不気味な緑色の光が漏れ出し、どんどん輝きを増してゆく。司令室中の人間から血の気が引き、瞬く間に恐怖が全軍に伝播していった。
まずい、とミッターマイヤーは直勘的にそう判断した。
「全軍、かい―――」
ミッターマイヤーが回避の指示を出そうと口を開いた時、レンテンベルク要塞が眩い光を放つ。激しい閃光によって、ブリッジでさえ眼も開けられないほどだ。
「っ―――――!?」
次の瞬間、スクリーン全体が緑色の光に包まれた。目も眩むような閃光と共に船体が大きく揺れ、ミッターマイヤーもバランスを崩して柱に掴まる。
(一体なにが………?)
至る所でエマージェンシーコールが流れ、救援や被害報告を伝える通信が鳴り響いている。詳細は分からないが、自軍に大損害が出たことは確実のようだ。
「状況はどうなっている……?」
ミッターマイヤーが目を開くと、そこには艦隊の半数を失った自軍の残骸が広がっていた―――。
ノリと勢いで作ったほぼ一発ネタ