ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター! 作:雨あられ
「兄ちゃん、最近何かいい事あったんか?」
「え?」
18時、バイトも終わり、制服を脱いでいたら突然店長に声をかけられた。見た目はバリバリの外国人シェフ(しかも髭の生えたイギリス紳士風)なのに、話す日本語はコテコテの関西弁という変わった人だ。初めはみんな驚くのだけれど、面倒見がよく、基本的に良い人なのでお客さんからもバイトのクルーからも信頼されている。勿論、俺も例外ではない。そんな店長が髭をいじりながら俺にそんなことを聞いてくるのだ。
「なんていうか、前よりもうきうきしとるっちゅうか、はよ帰りたがってる?感じがするやろ?もしかして…」
これか?っといって小指を立てる店長。目がエロ目になっているのもあり、見た目の紳士っぽさとのギャップが激しい。というか、そんな姿、俺がはじめてくるお客さんなら絶対見たくない。
「違いますよ」
と言って顔を逸らす。が、っ向こうは変に顔をニヤつかせて。
「はっはっは、そうかそうか」
と言いながらばんばんと背中を叩いた。あまり本気ではないのか痛くは無い。今日はお疲れ様でした。っと独特のイントネーションで俺に労いの言葉をかけるとニコニコしながら後ろに手を組んで厨房に帰っていった。何が、そうかそうか、なのか。痛くはない、その背中を擦りながらそんなことを考える。
うきうきか、誰かが待ってくれている家に帰る。それだけなのに、妙に幸せというか。多分、そのせいだろう。不思議な気持ちがしているのは確かだ。
店の裏口からコートを羽織って外に出ると、びゅおっと冷たい風が顔にまとわり付く。たまらず体を縮め、手をコートのポケットに突っ込んだ。寒い、が、それでも、家に帰れば蒼星石が待っているということを思い出すと自然と顔が緩んだ。
お土産にアイスクリームでも買っていくかと、幸せそうにアイスを頬張る蒼星石の姿が脳に飛び込んできたのでそのままコンビニに足を運ぶ。らしゃいあせーという何語かわからない言葉に出迎えられると、アイス売り場に直行し、6個入りのカップに入った少しお高い某アイスを見つける。蒼星石は喜んでくれるだろうか。水銀燈も、もしかしたらめぐもいるかもしれないし。奮発だな。
暗かった。辺りはもうすぐ冬ということと、あまり良くない天気も手伝って真っ暗だった。さっきまで居た商店街は明かりで溢れていたのだが、そこを通り抜けると頼りない電灯と家々の明かりだけが辺りを照らしているだけだ。ただ、その頼りない光はマンションの、俺たちの住んでいる一室も例外ではなく、辺りを照らすものの一つとなっていた。ようは、家の明かりがついているのだ。
帰ってきた。と言う感じがしていて何だか温かい。自身の部屋へと階段を上る足取りも、心なしか軽い。少しでも、早く帰りたいのだ。
「ただいまー」
とドアを開けると
「おかえりなさい。マスター。寒かったでしょう、暖かいお風呂が湧いてますよ」
「ありがと。じゃあ、いただこうかな」
微笑み。奥でなにやらぐつぐつと作って居たであろう蒼星石が白いエプロンをつけたまま俺のことを出迎えてくれる。特に何かをするわけではないが、蒼星石はおかえりを言うためにいつも玄関まで来てくれる。もう、俺はこのおかえりを聞くためだけに帰宅を楽しみにしているようなものだ。
水銀燈…もいるみたいだな、コートをかけて居間を見ると、いつものようにソファで寝転んだまま本を読んでいる水銀燈が居た。俺の存在に気が付くと、あら、帰ってきたの。と、目だけ一瞬こちらにむけて、てきとーな言葉をくださった。ま、平常運転と言う奴だ。ちなみに読んでいる本は、くんくん大全集とか言うくんくんにまつわることが書かれているファンブックで、水銀燈は何度も何度もその本を読み返している。それこそページに皺が出来るほどだ。まぁこの本を読んでいるときは機嫌が良いし、よほど好きなのだろう。買ってきた時の態度こそ冷たかったが、大事に読んでくれているのを見る限り結構お気に召しているようだ。
「マスター。それは?」
「ああ、アイスだよ。お土産。後でみんなで食べようかと」
「はい。ありがとうございます。」
ニコリと笑うと両手で俺の持っていたレジ袋を取っていき、冷蔵庫前まで歩いて、台に乗る。上から2段目の冷凍庫を開けてアイスをしまうと、今度は別の扉を開けて、なにやら緑色の葉っぱみたいな食材を取り出すと流れるようにして良い匂いのしている台所の方へと歩いて行った。もはや、蒼星石のほうが我が家の台所事情に詳しい。
あの三葉の家に遊びに行った日から3日が経った。蒼星石は俺の胸の中で大泣きしてからというもの、どこか変わった。もちろん、良い意味でだ。なんというか、どう変わった、といわれても答えに困るが、何かから開放されたように見える。余裕があるというか、あせってないというか、上手くいえないがそんな感じだ。
ネクタイを緩めて、靴下だけ先に脱ぐと洗濯物カゴにぽいとほおりこむ。再び、水銀燈の方に目をやると、さっきと変わらず、足を組んでごろごろと本を読んでいる。完全にだらけきっており。今は初めてあった時の、カミソリのような殺気や鋭さを全く感じられない。まぁ出す必要も無いのだけれど。
この前、金糸雀に会ったということを水銀燈に伝えたのだが、苦虫を噛んだみたいな顔をするだけで、あの娘なんてほっといても別に問題ないわ。と言って目を逸らした。戦う気がなくなったのか、或いは本当にそう思ってるのか。確かに金糸雀はアレな感じだったがローゼンメイデンである以上、何か特殊な力を持っているだろうし無視して問題ないことはないだろうに。水銀燈も少し、昔と少し変わった気がする。
意外と何か金糸雀が苦手だから戦いたくない。とかそんな可愛い理由だったりしてな。はは、ま、ないか。
さて、とっとと、風呂に入るか。自身の部屋に着替えを取りに行こうとした、
そのときだった。
窓に向かって、ドシーン!っと何かが衝突した音がする!
突然のことに俺も驚いたが、ソファの水銀燈も同じように驚いていた。一瞬びくっとなって、上半身を起こしてあたりをキョロキョロと見回しだしたのが、なんか可愛かった。
と、のんきなことを考えている暇は無い。その後もカーテンのかかった大きな行き違い窓からはどん!どん!と音が鳴り響き、一向に止む気配が無い。
「な、なんなんだ、一体」
「誰かが窓の外に居るからに決まってるでしょう。おばかさん」
そりゃわかってるけどさ。閉まっていたカーテンを開いて暗くなった窓の外を見ると、どこかで見た感じの茶色い鞄が空を飛びながらがつんがつんと窓に向かって体当たりを仕掛けているようだった。
この窓は地震にも耐えられるよう作られている、そこそこ良い素材で出来た強化ガラスだ。もしかしなくても、この鞄はそれを突き破ってでも中に入るつもりなのだろう。いくら強化ガラスとはいえ何度もこの調子で体当たりされては堪らない。
…!中々窓が壊れないので奥の手を使うつもりか。そう、浮いている鞄は遠くにゆっくりと遠ざかり、距離をとりはじめたのだ。鐘を鳴らすために、撞木、たたき棒を振りかぶっているように。助走をつけて、体当たりしてドアを蹴破る刑事のように…!ぐんぐんと遠くになって行く宙に浮く鞄。そこから突っ込んでくる威力も……!!
ぶおっと猛スピードで突っ込んでくる鞄が窓に衝突する前にあわてて鍵を開けて、窓を開けると、間一髪、そのままの猛スピードで、鞄は冷たい外気とともに部屋の中へと突っ込んできた!
ドン!
と、昔水銀燈が羽をさくさくと刺したあの壁へと鈍い音とともに激突し。鞄は重力のままに地面に落ちた。壁を見ると、少しへこんでいる…お隣さんが住んでいなくてよかった、また大家さんにばれない様に壁をこっそり直さないと。
「マスター。何かすごい音がしたのだけれど、一体…」
騒ぎを聞きつけた蒼星石が、手に料理用のピンクのミトンをはめたまま台所を出てきた。うむ、若妻が料理中って感じでポイント高い。じゃなくて!
「蒼星石!そこに凶悪な鞄が!気をつけろ!」
「凶悪な鞄?」
驚く蒼星石を尻目に、しゅーっと鞄がひとりでに開いていく。すると、中から
「いててて、まったく、最初から素直に開けやがれですぅ!」
と言って、小さな人影が中から出てきた。そして、目を奪われる。
床すれすれまで伸びたカールになっている茶色い髪。北欧の民族衣装のような緑色をしたエプロンドレスに頭のヘッドドレス。蒼星石と同じ、しかし左右の色が逆になっているオッドアイ。間違いない。彼女は蒼星石に何度も聞いた、ローゼンメイデン第3ドール
「翠…星石?」
「!そ、蒼星石~!!」
鞄中に居た翠星石が蒼星石の存在に気が付くとばっと飛び出し、そのまま蒼星石に飛びついた。彼女が、蒼星石の双子の姉。翠星石だ。彼女は目を閉じて蒼星石を抱きしめ、再会を心から喜んでいるようだった。一方、蒼星石の方は驚きと戸惑いがまだあるのか、抱きしめられるままになって狼狽しているようだった。
「本当に、翠星石なんだね?」
「あったり前ですぅ!蒼星石の双子の姉は、この翠星石ただ一人だけですぅ!」
一瞬体を離して見つめ合っていた二人だったが、お互いの存在を確認しあうと、今度は本当に、お互いを優しく抱き締め合っていた。……まるで離れ離れになっていた恋人が再会したような。二人がそれぞれを想いあっていることが分かる、美しい姉妹愛がわかる光景だった。
「うふふふふ」
「ん?…げぇ!?水銀燈!?」
しばらく聖域のような二人の様子をじっと見守っていたが、突然、ソファの水銀燈が不気味に笑い始めた。それを聞いた翠星石ははっと我に返り、蒼星石から離れると、そのまま背に隠れるようにして身を縮こまらせた。
「な、ななな、なんであんなやつがここにいやがるですか!?」
「あら、私がここに居られると何か不都合があるのかしら?」
ソファの背もたれの上にふわっと立つと、ばさっと黒い羽が舞い、翠星石ににやついた笑みで話しかける。
わかった、高いところから、自信たっぷりな感じで登場を演出したかったんだな。水銀燈。いつも見慣れている俺には背伸びをしたい子供のような可愛らしい演出に見えたが、翠星石にはかなり効果があったのか。
「そ、蒼星石、はやくにげるです!あいつは危険ですぅ!」
「翠星石これは…」
と、蒼星石の背中の後ろで服を引っ張りおびえている。やっぱ水銀燈は他のドールに相当危険視されているのか。それでも、最近は蒼星石とも、仲が良いとまでは行かないが、普通の姉妹という感じにはなったのだ。暗黙の了解や家での決まりは守るといった感じにまで成長した。たとえば、水銀燈がテッシュを取ってくれといえば蒼星石は取ってくれるし、蒼星石が皿を運んでと頼めば水銀燈も甲斐甲斐しく運ぶ。些細なことだが初めに比べれば大きな進歩だ。
その水銀燈自身も、久しぶりの他人がおびえている感覚に気を良くしたのか、はたまた戦闘狂としての血が騒ぐのか
「くすくす、ちょうどいいわぁ。二人のローザミスティカをここで奪っちゃおうかしら」
「!そ、そんなことはさせねぇです!」
翠星石は蒼星石を抱きしめて庇うように前に出たが、その顔は未だに恐怖がありありと見える。
硬直
しばらくにらみ合っていたが、はぁ、と蒼星石はため息をつくと、翠星石の制止の声をも振り切って、水銀燈の目の前までつかつかと歩きはじめたのだ。何を言うわけでもなく近づいてきた蒼星石に、水銀燈は若干びびってる。
「な、なによ」
「水銀燈、今日のご飯はシチューだよ」
「え?」
「それに、マスターが買ってきたアイスもあるんだ。もし、ここでアリスゲームをするようなことがあれば……」
わかるよね?と無表情で水銀燈に言い放つ蒼星石。するとそのまま踵を返して台所の方へと戻っていった。それを聞いた水銀燈はさーっと血の気を引かせて、大慌てでソファーに座りなおすと。ちょっとした冗談よぉ、おばかさん。と頭を軽く自らの拳でコツンと小突き、また大人しく、くんくん大全集を読み始めた。ああ、水銀燈。それで良いのか…どうやら、食事>アリスゲームと言う図式が徐々に完成しているらしい。
「どういうことです?何で蒼星石が水銀燈なんかと一緒に!っというよりシチューってなんなんですか!私も食べたいですぅ!」
「うん、翠星石、今日は食べていってよ。その、良いかなマスター?」
「え?ああ、勿論」
「はぁ!?ま、マスタ~!?」
今の今まで、俺のことが眼中に無かったのか俺の存在を見て眉を吊り上げる翠星石。火が付けっぱなしだったんだ、また後でね、翠星石。と言って、エプロンを結びなおすと、とことこと台所に戻って行く蒼星石。
そして
ついにぼーっと突っ立っていた俺と翠星石の目があった。その目は、ぎらりと光、その小さな拳はわなわなと震えている。
「…えが」
「え?」
「お前が蒼星石を扱き使ってるのですか!」
「いや、そういうわけでは…」
「許せんです!覚悟しやがれ!ですぅ!」
「ちょ、ちょっと、どわ!」
ぴょーんとジャンプをすると、俺の顔面にめがけて迷いの無い右ストレートを叩きこみに来た。慌ててよけると、今度はけりが!頭突きが!てか、これはそこにいる水銀燈と本来やるべきことなのでは…見ると、ごろごろとしているだけだった。あぁくんくん、なんて言って、俺たちの方を見向きもしない、てか、いて、いてててて、怒りの篭った打撃は普通に痛いぞ。
「やめろって」
「離すです!離しやがれですぅ!お前はこの翠星石がギタギタのボロ雑巾にしてやらんと気がすまんです!!」
ボロ雑巾になるまでかよ!?ってか、そういう問題ではない。ひょいっと脇を抱えるとじたばたと暴れ続ける翠星石。何で清楚な外見なのに、ここまで凶暴なんだ。
「まぁまぁ、落ち着いてくれよ、お義姉さん。蒼星石は自分から…」
「はぁあああああ!?だっっっるぇがお前のお義姉さんですか!○ね!」
キーン!とそこは男の魂。
くぁwせdrftgyふじこlp!?翠星石の慈悲なき蹴りが俺の息子に直撃する。や、こ、やばっ、あ、かんや…つ…
ばっと手を離し、あまりの痛さに床の上に倒れてあそこをおさえて悶絶していると、追撃をかけるように自由になった翠星石が俺を攻撃してくる。
「くーっくっく、ざまーみろです!お前のようなゴミ人間にはちょうど良い報いですぅ」
げしげしとお尻を蹴られる。こいつ!何かに目覚めたらどうしてくれるんだ…
「翠星石」
「ひえ!」
あそこのあまりの痛さに耐えられず、されるがままになっていたのだが、不意に蒼星石の声が聞こえてきた。顔を上げるとそこには、にこやかに微笑む蒼星石の姿があった。…なんか、怖いけど。
「そ、そそそ蒼星石!翠星石はただ、このゴミ人間が蒼星石を扱き使ってるのが許せなかっただけで…」
「翠星石、マスターに何したの?」
「ちょ、ちょーっとお仕置きしてやろーと思っただけですぅ。本当、柔らかいタオルで叩くようなもんですぅ」
ぺちぺちと、俺を力なくたたく。こやつ。先ほどまではボロ雑巾にしてやるなんて言って、本気の拳をぶつけてきたくせに。
「でも、マスターは随分痛そうだよ?」
「ひえ!?おい、ゴミ人間さっさと立つです。その程度何ともないはずですぅ」
「翠星石?ゴミ人間…ってまさか?」
「あわわわわ」
あ、あれ?さっきから蒼星石とめぐの姿がシンクロするというか。浮かべている暗黒微笑は、まさにめぐが怒ったときに見せるときのそれに酷似している気が…。カタカタと震えだす翠星石を見ていると、何だか不憫だ。
「ゆ、許してほしいです。ただスキンシップを取っていただけですぅ」
「スキンシップ?」
「です、ね?ご…人間」
二つのオッドアイが揺らぐ。仕方がない。
「え?ああ、うん。まぁそんなところだよ」
「何だ、そうだったんですね」
流石に再会したてで怒るのも、怒られているのも可哀相だし、今日のところは助け舟を出すか。胡坐をかいて座りなおすと、俺の言葉を聞いた蒼星石は安心したように頷いた。しかし、俺の言葉を聞いて一番笑みを浮かべたのは翠星石だった。ぱっと顔を明るくさせて
「そうです。全く、あれもこれも全部スキンシップ…です!」
「いって!!」
ばこんっと、座っていた俺の頭をハリセンで叩く翠星石、ば、馬鹿。てか、何処から出したんだよ、それ。
「!!翠星石…!」
「大丈夫ですよ、大丈夫。この人間にはこれがコミュニケーションになってるです。ね?」
ぐぬぬ、こいつ、人の恩を仇で返すとは、清々しいほど良い性格をしている。にひひひひっと笑いながら、ハリセンをふりかぶる。
「翠星石」
「ほら、蒼星石も叩くとい…い…」
あーあ。やばい奴だ、絶対零度の蒼星石の、目。何か自分に向けられたものじゃないのに背筋がぞくぞくするほどだ。翠星石も流石に調子に乗りすぎたことに気が付いたのか、慌てて取り繕おうとする。
「あ、あははは、冗談ですよ。冗談」
「何でそんなことをするの?」
「え?」
「マスター。凄く良い人なのに…翠星石とも本当は仲良くしてほしくて…」
「そ、それは…」
と蒼星石は普通に怒っていたが、今度は目を潤ませながら段々泣きそうな顔になっていった。釣られて、言い訳をしていた翠星石までどんどん表情が崩れてきた。
泣きそうな蒼星石も可愛い。じゃなくて、や、やばい。何とかしないと。場を収める言葉を考えるが中々浮かんでこない。今にも泣きだしそうな、そんなときだった。
「蒼星石?おなべが焦げてるんじゃなぁい?私は真っ黒焦げのシチューなんか絶対嫌よ」
「え?あ!」
「翠星石ぃ。あなたはさっきからごちゃごちゃとうるさいのよぉ、ここでジャンクになりたいのかしら?」
「い!そ、そんなことはねぇですよ」
思い出したかのように慌ててシチューの様子を見に行く蒼星石と、借りてきた猫みたいに静かになって俺の隣に正座する翠星石。これは……
水銀燈の方をみると、ふん、と面白くなさそうに鼻を鳴らして本に目を戻していた。しかし、俺にはまさに、そんな姿すらめぐの言葉を借りれば天使のような後光が差して見えた。
ありがとう、と口パクで伝えると、おばかさん、と返して再びそっぽを向いた。ああ、銀様…なんて。やっぱり長女、妹のことをよくわかってるんだな。見習いたい、その対応力の高さ。
シーンとなった居間。
ひそひそと隣の翠星石が話しかけてきた。
「やい、ゴミ人間、おめーのせいで蒼星石と水銀燈に怒られちまったじゃねぇですか」
「ゴミ人間て…俺には柿崎忍っていうちゃんとした名前がある」
「ふーん、翠星石には翠星石という素晴らしい名前が付いているです。ま、これを機にそのちっこい脳みそで覚えやがれですぅ」
……ん?これってもしかして、自己紹介してくれてるんじゃ…
「その、さっきのは確かにちっとやりすぎだったかもしれんです。だから、その、水に流せです」
こいつは
「さっき?何かあったっけ?」
「!!ふ、ふん、おバカなお前に何を言っても覚えてなかったですか」
「悪い悪い。でも翠星石のことはこれからちゃんと覚えていくから、よろしくな」
「まぁ、ゴミ人間の方がそういうなら、仲良くしてやらんこともないです」
そして、座ったままその小さな手と握手を交わす。なるほどな、不器用で臆病者。性格は双子なのに大人しい蒼星石とは全然違う気がした。でも、根っこには優しさがちゃんとある。さっきのは翠星石なりの本当にスキンシップだったのかもしれない。
つながれた手の先の、今日初めて見せてくれた笑みはやはりというか、蒼星石に似た、いや、それとはまた違って綺麗だった。
「ばっちい手ですぅ。あー汚い」
その笑顔のまま、ごしごしと俺の服に手をねじくる翠星石。
前言撤回。こいつは優しくなんかない!
俺と、小うるさい姑、翠星石との出会いはあまり良いものではなかった気がする。
そして、抱えてきた厄介ごとも……