ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター!   作:雨あられ

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第6話

「蒼星石。忍はデリカシーの無いことはしなかった?」

 

「え?」

 

ドアをくぐると、三葉さんがそういった。答えようと思い口を開こうとしたら、ちょっと、ここに座っていて、と言い持ち上げられて、黒い丸椅子に座らせられる。辺りを見回すと、部屋中にドールのパーツや、様々な服が飾られている。少し古めのミシンや鋏、乾いた絵の具や油のにおい、お父様の工房と少し似ている気がした。三葉さんは、作業机の引き出しを開けると、中から巻尺とものさしを取り出した、それから、机の上に置かれたメモ帳を持って綺麗な金髪のポニーテールを揺らしながら僕のほうへと歩いてくる。

 

「あの馬鹿、いつもいつもいつも、こっちの気持ちも考えないで動くでしょ?

だから、あなたに何かしたんじゃないかって。」

 

「別にそんなことはありません。」

 

眉を吊り上げて、マスターに対する愚痴を吐き続ける三葉さん。マスターを悪く言われて、気分が良いものではなかった。

 

「大体、来るなら連絡くらいよこしなさいってのよ。突然やってきて、服を作ってくれーだなんて。」

 

「…三葉さん、あまりマスターのことを悪く言うのはやめてください。マスターは、とても優しい人です。今回だって、僕が外を出歩けるようにここに来てくれたのですから。」

 

少し、語気が強くなってしまう。内心自分でも驚いた。僕の言葉を聞いた三葉さんはさっきまでとはうってかわり、申し訳なさそうな顔で

 

「…ごめんなさいね、言い過ぎたわ。あなたは主人想いの、本当に良いドールなのね。ごめんなさい。」

 

「え、あ、いえ」

 

謝罪とともに、優しく微笑んで僕の頭を軽く撫でた。そうか、彼女は、誰かに似ていると思っていた。彼女は、翠星石によく似ているのだ。本当は優しくて、誰よりも思いやりのあるのに、それを表に出せない、人の心に敏感だからこそ、不器用な人…

この人は、僕よりもマスターとの付き合いが長いのだから、マスターがどんな人かくらい、僕以上に詳しいはずだ。突然頼みに来たマスターに、お金も受け取らずに服を作ってくれると言うのだから、マスターを少なからずよくおもってくれている証拠だ。

 

「すみません、三葉さん。少し言い過ぎました。」

 

「いえ、いいのよ。ふふ、でもあなたのような優しいドールは、忍にはもったいないわ」

 

「僕は…」

 

優しくなんかない。本当は、醜くて、嫉妬深くて…今も、逃げ出すように話題を逸らすことを考えた。

 

「ここに居るドールたちは、みんな三葉さんが作ったのですか?」

 

「いいえ。みな、私の師匠の作品よ。…師匠は、腕だけなら本当に素晴らしいマエストロよ。でもね…」

 

「でも…?」

 

ずらりと並ぶ人形たち、かわいらしい顔立ちをした金髪の人形や、黒い髪をした着物をきた人形。確かに、どれも生き生きとしている、今にも動き出しそうなほどの精巧さだ。彼女は同じように辺りを見ながら、複雑な顔を浮かべていた。しかし、こちらにふり向くと、青い目を開いて、ぱっと明るい笑顔になる。

 

「…ね、蒼星石はどんな服が良いかしら?やっぱり、ドレスのついた可愛い洋服がよいかしら?」

 

「僕は、余りフリフリした洋服は…」

 

「あら?どうして?」

 

「その、似合わないですから。」

 

ふりふりしたような服は、翠星石や真紅のほうが似合うだろう。僕なんかに、そういった服は似合わない。

 

「…そんなことないわよ。忍だって、あなたのことを可愛いと思ってくれるはずよ」

 

「え…!?マスターが?」

 

「ええ。」

 

そういって微笑む三葉さん。赤いめがねをかけると、腰を下ろして、目線を合わせる。本当に、綺麗な人だ。眉はきりっとしているし、体躯もすらっとしていて大人っぽい。なのに、頬や唇の桜色が、綺麗だけでない可愛らしい印象も与えている。

 

「町を出歩くなら、余り派手なものは作れないけれど、蒼星石に似合う可愛い服、一生懸命作るわ。だから、どうか私にあなたの服を作らせて?」

 

僕の手を握って、真剣な目でこちらを見つめる三葉さん。そんな目のできる彼女を、少し、うらやましく思った。

 

「はい、もちろん。こちらこそ、どうかよろしくお願いします。」

 

「うん!さ、手を上げて、寸法を測るわよ。」

 

巻尺を近づけると、ゆっくりと僕の後ろに手を回して胸囲を測り始める三葉さん。なんとなく、わかった。マスターが彼女に服を作らせたがったわけが。

 

「ねぇ、蒼星石。」

 

「はい。なんですか?」

 

「…その、来てくれて、ありがとう。」

 

「あ…」

 

僕は、彼女のようにはなれないだろう。マスターに頼られて、信用してもらえるような……そんな彼女が、マスターに信じてもらえる彼女がうらやましかった。そう思っている自分に気が付き、なお、自分が嫌いになる。

僕は、翠星石のように、三葉さんのはようになれないだろう。だから、せめて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あの後、三葉さんは、ちょっとやっておきたいことがあるから、と言って工房に泊まっていくといった。服を作るために無理をするなら…、と言ってマスターは引き止めるのかと思ったが、意外にも、そうか、あんまり無理はするなよ、とだけ言って、そのまま僕をリュックに入れると、店を出て行った。それだけ、馴れたことなのだろう。

 

家に帰ってくると、マスターとご飯を食べて、クイズ番組を見た。頭の知識が必要な、流行りものの問題などはほとんど解けなかったけど、知っていることや、ちょっとした推理ものは簡単に解けて、マスターに答えを教えてあげると、すごいな、蒼星石!とマスターは嬉しそうに笑った。

 

そのままクイズ番組をみていたら、疲れていたのかマスターは歯も磨かずにそのまま寝てしまった。布団をかけるか、一旦起こして歯を磨きにいかせるか迷ったのだけれど、マスターの腕がにゅっと伸びてきて、僕を抱き寄せてしまって、

 

そのまま

 

 

一緒に

 

 

 

 

夢の中へと…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

空は青く、風も穏やかで雲はゆっくりとながれている。心の樹も少し邪魔な草が絡んだりしているが、それは僕が鋏で切るだけで良い。ここは、マスターの夢の中。木も空も雲も、みんなみんなマスターの心そのものを表している。マスターの心がとても落ち着いていることがわかり、つい自分の顔がゆるくなるのが分かった。

 

不要な枝を切ろうを樹を見上げた

 

その時!

 

不意に、後ろに気配を感じて、レンピカを呼び出す。振り向きながら庭師の鋏を展開するとそこには見慣れた黒い服に、銀の長髪。

 

「こんばんは、蒼星石ぃ」

 

「…ここはマスターの夢の中。水銀燈。君が来るような場所じゃないと思うのだけれど。」

 

「そうかしら?ま、あの男のことだから、言えば入れてくれるわ。そんなに警戒することないんじゃなぁい?」

 

そう言ってくすくすと笑う水銀燈。

彼女が、マスターの夢の中にいるというだけで僕にとってはたまらなく嫌だ。

しかし、ここで彼女と争うとマスターの心の樹を傷つきかねないし、向こうも争う意志はないようなので、仕方なく鋏をしまって彼女を睨むだけにとどまった。余裕そうに、挑発的な笑みを浮かべる彼女が、こちらの嫌悪感をさらに煽った。

 

「水銀燈、君は、本当にアリスゲームを諦めたのかい?」

 

「そんなわけないじゃない、私の目的はあくまでアリス。お父様に愛してもらうこと、それが全てよ。」

 

「…」

 

「それは、あなたも一緒でしょう?ね、蒼星石ぃ?」

 

口の端を吊り上げて笑う水銀燈。違う

 

「僕は、僕はただ。」

 

返答に詰まる。分からない、自分が何をしたいのか、どうなりたいのか。アリスになってお父様に愛される。本当に、それだけなのに。なのにどうして、マスターの笑顔がちらつくんだろう。

 

「…うふふ、あなた、ジャンクね。私はアリスになることも、ローザミスティカを得ることを諦めたわけじゃない。ただ、めぐ…がいやがるだろうから、今はとらないでいてあげている、それだけよ。」

 

だから大事に取っておくのよ、蒼星石。と付け加え、ふわりと飛んでマスターの心の樹に乗りかかる。しかし、めぐさんが悲しがるからという意を組み込むこと自体、水銀燈らしくない。彼女の方を見上げると、片膝を立てながら、マスターの樹の枝に座っていた。

 

「この樹は不思議、とっても、暖かいわ。それに雲も空も、みんな広くて、包み込むよう。」

 

あたりを見回す。マスターの心は、丘の上に心の樹がたっていて、そこから空や、海や、川や、草木が、一面に広がっている。そんな優しい空間だった。

 

「珍しいね、君が人を素直に褒めるなんて。」

 

「…別にほめてるわけじゃないわ。だって、逆に言えばそれだけ。ここには何も無い。昔は色々と置いていたみたいだけど、捨てちゃったのね。彼。」

 

「…」

 

僕は何も答えない。マスターの心の中には、ほとんど何もなかった。心の樹は、どちらかというと健康に育っており、太くてあたたかい頼れるものだったが、彼自身をあらわすものがほとんどここには置かれてなかった。今日、三葉さんに会うまで、彼女に関係しているものまでもマスターは捨てようとしていた、隠していた。でも、僕はしっている。

 

「昔は、もっと何も無かった。」

 

「…」

 

「この空間は本当に何も無いところだったんだ。空や雲や海も、もっと灰色で、樹も、ただ大きいだけで…。でも、確かにマスターは少しづつ、変わっている。僕や、君に出会って確かに変わっているんだ」

 

とっても、とっても、明るくて、まぶしいくらいに。曇り空も、夕焼けや朝日が見える、青空になっていったんだ。

 

「僕は、そんなマスターを誇りに思う。少しづつ変わろうとしている彼を、前に進もうとする彼を手伝えることを。これからも僕はマスターの隣で支えていきたいんだ。マスターが前に進むのを。」

 

「それって、愛の告白かしらぁ?」

 

そういわれて気が付く、確かに、さっきのような言い方では。首筋まで熱が一気に伝わり、耳まで熱くなるのがわかった。

 

「そ、そんなんじゃ…」

 

「わかってるわよぉ、ふふふ、真っ赤になっちゃって可愛いわよぉ。蒼星石」

 

今度は、恥ずかしいやら、馬鹿にされたことに対する怒りやら、織り交ぜたような感情で彼女を睨む。クスクスと笑うと彼女はすっと、腰を上げて。

 

「…今度、めぐの樹もみてあげてほしいの……。めぐの樹は、まだまだ元気にならなくてはいけないから。」

 

「!それって」

 

「じゃあね、蒼星石。愛してるわぁ」

 

上を見上げると既に水銀燈の姿はなく、黒い羽だけが宙を舞っていた。

 

「水銀燈、君も変わってきているんだね。少しづつ、マスターのように」

 

僕は、変わっているのだろうか。何も変わっていないんじゃないだろうか。

近くに咲いている、ピンク色のパンジーをみた。まるで、マスターの心のような、今の自分のような。

 

…僕は

 

僕は、マスターの役にたてるのならば、それで、幸せだから。ただ、許されるのなら…

 


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