ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター!   作:雨あられ

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番外編
義姉さんが来る


ういいいいんと、掃除機の中のモーターがうなる音が聞こえる。掃除機の音は耳に響いて苦手だ。ごろごろと居間のカーペットの上でポテチを頬張りながらそう思う。そこへ

 

がし

 

がしがし

 

がつんがつんと足に当たっているのは掃除機の先端。これはつまり、どいてくれと言うことだろう。だけど、どかない。今日の俺はごろごろすると決めたのだ。

 

あの学園祭から暫くして、すぐに、元の平穏な日常がもどってきた。のだが…

 

「やい!忍!お前は、なぁに昼間っからごろごろしてるですか!とっととそこを退きやがれですぅ!」

 

と怒鳴りつけてくるのは翠星石。掃除機を動かしている張本人だ。何故かは知らないけれど最近よく遊びに来る。何でもおじじさんとおばばさんが絶賛喧嘩中で家に居たくないらしい。おかげで、蒼星石とのコミュニケーションが大きく減少している。

…退くのは無理だな、今日の俺にはほら、腹から根っこ生えちゃってるから。

…いや、それは気持ち悪いな。吸盤くらいにしておこう。ようは、起きるの面倒くさい。横着して、ちょっとだけ足を上げたら、がしがし!っと更に膝の裏目掛けて掃除機をぶつけてくる。

 

「マスター、ごめんね?ちょっとだけソファに座っててくれないかな?」

 

そこへ、蒼星石のちょっと困ったような声。それを聞いて寝てられるほど俺は腐っては居ない。寝ている場合じゃねぇ!と言わんばかりの勢いで起き上がると、ごろごろと食べていたスナック菓子を持って、ソファに姿勢よく座りなおす。

それを見ていた翠星石が目を丸くして

 

「お、おま!翠星石の時と明らかに態度が違うです!」

 

「いやぁ、ははは、怒ると可愛い顔が台無しですよ、義姉さん」

 

「か、可愛いってそんな…って、うるせぇです!大体、お前に義姉さんと呼ばれる筋合いはねぇです!

蒼星石だって蒼星石です、こいつを甘やかすからこんなダメ人間になっちまうです!」

 

「そうかな?でも、掃除はもともと僕が好きで始めたことだから」

 

「むむむ、お前も、蒼星石が健気に掃除しているのを見て、手伝おうとか思わないですか?」

 

もちろん、初めのうちは手伝っていた。まだ来たばかりの頃は、俺が部屋の掃除をしだしたら蒼星石が控えめに手伝ってくれるような感じだったのだ。ところが、いつの間にか主導権と言うか、掃除の決定権のようなものが俺から蒼星石に移行していて、蒼星石が何かしてくれって言われない限りむしろマスターは座って大人しくしていて、って感じになってしまったのだ。今日だって大人しくごろごろ…

 

…って、あ、あれ、本当に俺って今ダメ人間になってるんじゃ…

 

「マスターは普段は大学やアルバイトで忙しいんだ。今日みたいに、家に居るときくらい好きに休ませてあげてよ」

 

うお、まぶし!笑顔が眩しい、何だこの天使は…そんなんだから俺がダメンズになっちゃうんだよ!大学もアルバイトも言うほど忙しくない、なのに、包容力と言うか、ボーイッシュな見かけによらず蒼星石の溢れ出る母性がすごい。だから、うん、甘えてしまうのも仕方がないのだ。

 

「ほらな仕方ないだろ?」

 

と諦めた風に肩を竦めてみせると翠星石は肩を震わせて

 

「……こっの!ゴミ人間がぁああ!」

 

「ぐふ!」

 

勢いを付けて腰をひねると座っていた俺目掛けてドロップキックを飛ばしてくる。は、腹が…そのまま、俺の膝の上に馬乗りになって着地すると、俺の額に人差し指を押し付けるように当てながら、上目遣いで睨むように俺の目を見る。

 

「こうなったら、今日はお前が蒼星石のマスターに相応しいか、翠星石が密着で一日中チェックしてやるですぅ!」

 

「……へ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ…

 

「はい、水銀燈、あーん」

 

「あ、あーんって、なにやらせてるのよ!しかもこれ、すごい煮えたぎってたおでんじゃないの!」

 

急におでんが食べたいと言って、下の購買で買ってきたと思ったら何を思ったのか湯気の出ている熱々のたまごを私の口元目掛けて持ち上げるめぐ。正気を疑う。

 

「?あつあつで美味しいわよ。それに、水銀燈、味付けタマゴ好きじゃない」

 

「そ、それは好きだけれどって、あつっあつ!」

 

「うふふ」

 

この!あつ!おいし、あつ!お父様―!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「むむ、ごろごろしたと思ったら、次はゲームですか。関心しねぇですね」

 

「本当に密着するつもりなのか」

 

あれから、しばらくして。結局俺は掃除を手伝って、翠星石と蒼星石がわいわいと二人で生協のカタログを見始めたころ。水銀燈も居ないし暇を持て余した俺はそーっとテレビをつけてゲームの電源を入れると目ざとく見つけたのか背後には翠星石の影が出来ている。

 

「大体ですね、お前みたいなダメ人間はもう少し真面目に勉強するくらいでちょうど良いですよ。今のうちにしっかりと勉強して将来社会の役に立たないとダメですぅ!」

 

な、何か説教が始まったぞ。しかも微妙に耳が痛い。微笑ましそうに紅茶のカップを持った蒼星石はこちらを助けてくれる気配はない。そのままカップを置いてペンを持ち直すとカタログに目を通し始めた……な、何か話題を。

 

「今の世の中、不景気だとおじじとおばばもよく言ってるですぅ。よくわからんのですが、戦後は何もなかったけれど工夫次第で…」

 

「まぁまぁほれ、翠星石」

 

「ん?何ですか、これは」

 

「何ってコントローラーだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほい!そこです!あぁ!何やってるですか忍!」

 

「何やってるのはそっちだろ!何でそっちは体力満タンなのにマキシムトマトを取るんだよ」

 

「道に落ちてるもんは、全部この翠星石のもんです」

 

「ま、でも、このゲームにはこういうシステムがあるのさ」

 

ぶちゅっと画面の一つ目のビームを出す俺のキャラがピンク色の球をしたキャラに口付けをすると体力がぴぴぴっと回復する。

 

「なぁあ!?何してるですか!」

 

「回復だよ、回復」

 

「く、口もねぇのにどうやって…まぁそっちが回復アイテムとれば、今度はこっちからちゅーして回復すれば良いんですね」

 

「そうそう。ああ、翠星石そんなに急がれると画面外で俺が死ぬから待ってくれ」

 

「ならとっとと付いてこいです、お、こいつ良い感じのコピーになりそうですね、ぐひひ吸い込んでやるですぅ」

 

どうやら、話題をすりかえることに成功したらしい。俺の隣に座った翠星石は身体を揺らしてほっ、はっ!とゲームに熱中している。何やってるですか!と背中を叩いてきたり、今みたいに、協力する場面では楽しそうに笑いかけてくれるなど中々穏やかな感じだ。

 

「おうおう、忍、何かでっかいタイヤの化けものが出てきたですよ」

 

「がんがん攻撃だ翠星石」

 

「了解です」

 

何だよー。普通にしてれば可愛いじゃないか翠星石。こんなことならもっと初めから仲良く…と蒼星石のほうへ笑顔で振りむ……。

 

「…」

 

ガリ、ガリガリリ!っと凄い筆圧でカタログのチェックをしている蒼星石、あ、あれ。普段あんなに力入れてやってたっけか。心なしか、前髪に隠れた目がすごく怖いような…

 

「なにボーっとしてるですか。はやく倒すですよ」

 

「あ、ああ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから3日後。

 

「忍―!早くソファに座るですよ!」

 

「わかったわかった」

 

バイトから帰ってくると、蒼星石がいつものように玄関まで迎えに来てくれる。そして、部屋に入るとソファの隣をぽふぽふっと叩いてコントローラーを持つように促してくる翠星石。最近ずっとこんな感じだ。すっかり、ゲームに嵌ったようだ。水銀燈は今日も居ない、きっと夜ご飯になったら帰ってくるだろう。

 

「はやく、はやくやるですぅ!」

 

「はいはい」

 

荷物を置いてから軽く手洗いうがいをするとタオルで手を拭いて、翠星石に促されるままにソファに腰掛ける。翠星石はゲーム機の電源をつけると、急いでスカートの裾を持ちながら俺の隣に、ぼすっと腰掛けた。俺の膝を肘置きにするのはやめてほしい…

 

「……マスター、何か食べたいものなどは…」

 

「ん?いや、特にはないよ。翠星石、何か食べたいか?」

 

「そうですねぇ。私も何でもいいです」

 

「……うん、じゃあ僕が決めて作るね」

 

そう言って、踵を返す蒼星石。にしても、蒼星石のやつちょいと元気ないな…

その背中を見届けていると、膝をぽんぽんと叩いて意識をこちらに向けさせる翠星石。

 

「ほらほら、今日はついに最後の銀河にねが…ぎょえー!?なんですか!?この0%が3つってのは!?ま、まさかまた初めから」

 

「ああ…昔のゲームのセーブデータは消えやすいんだ」

 

ぱらっぱっらぱん♪

っったん!(タイトル)

 

どん!と0%のファイルが3つ並んでいる。

 

…まぁ昔のカセットのある意味、醍醐味だな。長編RPGなんかは特に危険だ。魔王の城の手前で消えたりするのも今では良い思い出だ。お陰で皆最短プレイが当たり前になっていくのだ。

 

「こ、こうなったら今日は一気に最後まで突っ切ってやるです。行くですよ忍」

 

「がってん承知の助」

 

ざく!ざく!っと蒼星石が何かを切る音が聞こえているのだけれど、な、何か音がでかくないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方そのころ。

 

「めぐ、だ、だめよ!そこは!」

 

「ふふふ、可愛い、水銀燈」

 

「でも、そこは…ひう!」

 

かりかりっと耳の中の耳かきを動かすとふぅっと息を吹きかけてくるめぐ。くすぐったくて死ぬ。でも動くと耳の穴に耳かきが突き刺さって死ぬらしいから動くに動けない。

 

「動いちゃだめよ水銀燈。暴れると死んじゃうわよ?」

 

だ、だめ。かりかりかり!っと耳の穴を上下する棒の勢いは衰えることをしらず。

このままじゃ、あ、あ、お、お父様―――!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「悪い翠星石、ちょっと進めててくれ」

 

「?まぁ別に良いですが…トイレですか?」

 

「まぁそんなもんだ」

 

「フン、まぁ足手まといが居なくなってすいすい進めるですぅ。……すぐに、済ませるですよ?」

 

ソファを経つと、コントローラーの操作をCPUに切り替えてトイレには行かず、台所の方へと向かう、如何せん、蒼星石の様子が気になってゲームに集中できないのだ。そっと、台所の中を影から覗いてみると。蒼星石はなにやら味噌汁を小皿に入れてずずっとすすり、暗そうな顔をしていた。

 

「マスター。喜んでくれるかな?今日は、初めて作った料理だから…それに、今日はマスターの健康を考えて、あまり好みじゃない素材も入ってるからもしかしたら、食べてくれないかもしれないし……」

 

そうか、俺が遊んでいる間にいつも蒼星石はそんな事を…。

いつからだったか、蒼星石の居るのが当たり前になっていて、最近はコミュニケーションも減っていたかもしれない。俺のほうが、何だか甘えすぎていたのだ。なのに、蒼星石のやつは健気に、甲斐甲斐しく献立にまで気を使って…。

今すぐ飛び出して、抱きしめて、ぐるぐると回って高い高いしたいくらい気分が高まっているが、ここは、ぐっと堪える。そのまま、トイレに行って用を足すと遅いです、何やってたですか、と言う翠星石の元へと戻ってきた。そう、俺がするべきなのは。

 

 

 

 

 

 

「すごく美味しかったよ、蒼星石」

 

「本当ですか?」

 

食後、全部綺麗に平らげて見せてから蒼星石にそういうと、本当に嬉しそうに笑う。ちょっと苦手なものも確かにあったが、それを回りの食材で上手に隠していて、ほとんど気にならなかった。こんな工夫を、いつもしてくれていたのだろう。

翠星石は早々にゲーム機の前に飛んでいったし、水銀燈は未だに帰ってきていない。

 

「ああ、食器、洗うよ」

 

「え?僕が…」

 

「良いから、たまには座って待っててくれよ」

 

そう、蒼星石にはたまには甘えてもらわないと。最近の蒼星石は働きすぎだ。真面目で頑張り屋さんなのは分かるけれど、何処かで楽をしないときっといつかいっぱいいっぱいになってしまうだろう。

 

俺の言葉を聞いた蒼星石は、予想通り、あまり嬉しそうな顔はしなかった。それから、右手で顎を持って、左手でその肘を持って考える人のように思考すると、何かを思いついたのか、こちらに顔を上げて目を細める。

 

「それなら、一緒に洗お?マスター」

 

それは、俺にとっては少し予想外の返しだった。

 

「え?いや、それじゃあ意味がないだろう」

 

「一人より、二人の方がすぐ終わる。いつもマスターの言ってる事だよ」

 

そう言って、小首を傾げながらニコリと笑う蒼星石。こんな顔も出来るのか、と驚いていると、俺の返事も聞かずにせっせと椅子の上で背伸びをしながら皿をまとめはじめた。そこまでさせるわけには行かないと仕事を取り合うようにして、皿を片付ける。最後の一枚を取ろうとしたときに、手が重なって、思わず二人で目線を合わせると、次には顔を赤らめて、あははと、蒼星石は当たった手をもう片っ方の手で包み込みながら、笑うのだ。こんなの惚れてしまうだろうが!

 

「忍―早くするですよー」

 

「はいはい。蒼星石も後で一緒にやろう」

 

「え?でもあのゲームは二人しか」

 

「俺のコントローラーで一緒にプレイすればいいよ。二人でやったら、きっと楽しいよ」

 

「マスター…うん!」

 

がちゃがちゃと皿を運ぶ一人と一体。その様子を、小さな鏡から覗いている白い薔薇の存在にも気が付かずに…

 


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