ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター!   作:雨あられ

23 / 27
第23話

「蒼……なのか?」

 

「う、うん。マスター」

 

自身の変化に戸惑っている風な蒼星石に近づいてみる。

俺よりも頭一つ分ほど低い身長に、スカートの下から覗かせる関節球体の無い白い脚、それに……

 

「……あ……マスター?」

 

そっと手を握ってみると、血が通っているかのように……暖かい。これがめぐの夢の中だから?

目を合わせると、不安そうに揺らぐ蒼星石の瞳。

 

「人間になっても美人だな、蒼は」

 

「えっ……!?も、もう、マスターってば……」

 

うむ、照れてもじもじしている姿も大変可愛ら……いったっぁ!!?

 

何かに指を噛みつかれたッ!?

ブンブンと手を振ると小さなものが地面に着地し、瞬く間に蒼星石の身体を駆け上っていく……これは、ネズミ?いや、リスか!?

 

「こんな時に人の妹を口説くアホがどこに居るですか!このゴミ人間!」

 

「リスが喋った!?って、その声……もしかして翠星石なのか!?」

 

蒼星石の肩に乗って偉そうな態度と口の悪さを披露する栗毛色した小さなリス。姿は違うが……翠星石で間違いないのだろう。

 

「義姉さんも可愛いですよ」

 

「!ふ、ふ~んだ。そ~んなおべっか使われても、ち~っとも嬉しくなんて……って、義姉さん言うな!です!!」

 

翠星石がいかりの前歯を繰り出してきたので慌てて避ける!

 

「うおぉ!?」

 

「その喉、かっ切ってやるですぅ!」

 

何度か一進一退の攻防を繰り返しているとひょいと蒼星石が翠星石を持ち上げて肩へと乗せると指の関節で蒼星石の顎元を撫でる。

 

「まぁまぁ、本当に小さくてかわいいよ?翠星石」

 

「がるる!」

 

「な、なんて凶暴なリスなんだ……二人の姿が変わったのも、これが夢の中だからか?」

 

蒼星石と翠星石は顔を突き合わせると同時に首を振るった。

 

「いいえ、それが……翠星石達にもわからんです。こんなこと初めてですし」

 

「うん……。薔薇水晶の呪いによって夢の中身が歪められているのかもしれないね……」

 

なるほど、二人にとってもこれは予想外の事態なのか……ん、二人?

 

「雪華綺晶は?」

 

一緒に居たはずの雪華綺晶が居ない。

持っているスマホにも、周囲の窓ガラスの中にも彼女がいる気配がない。

 

「ここは夢の中、実体を持たない彼女でも姿を現すことが出来るはずだけど……」

 

「夢の扉を通ってこちらに来ていないという可能性もあるですね……ま、どうせ前みたいにその変うろうろしてるですよ。それよりも今は樹を探さないと駄目です」

 

「樹?」

 

「心の樹ですぅ。そのどこかにきっとあの水銀燈のミーディアムを苦しめている原因があるはずです」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

蒼星石と肩を並べながら校舎の中を散策をする。

 

「マスター、ここは?」

 

「ここは家庭科室だな。授業の一環で裁縫を覚えたり、料理を覚えたりする場所だ」

 

「ふーん、それって男もやるのですか?」

 

「そりゃもちろん。っていうか、今どきはそういう男だからとか、女だからとかないよ」

 

「へぇ、奇特な時代になったもんですねぇ」

 

二人は好奇心からか置いてあったミシンや棚にしまわれた食器などを眺め見ている。

 

……不思議な感覚だ。

今まで蒼星石と外へ出歩く時は大抵、リュックに入ってもらうか。或いは学際の時のように遠い親戚の子供だとか、そういう嘘をついて歩いていたような気がする。けれど今は……。

 

「マ……?マ…ター?…………もう、せ、先輩!」

 

「がはッ!?」

 

せ、先輩……だと!?

考え事から急に現実に引き戻されて蒼星石の方をみると、そこにはスカートの裾を掴んで恥ずかしそうにしている蒼星石の姿が……!?

 

「蒼星石、なんですか、急に忍を変な呼び方して」

 

「う、うん。学校ではね、学年が上の人のことを敬って先輩って呼ぶらしいんだ」

 

「へぇ~。それだったら、どちらかというと翠星石たちのほうが先輩って呼ばれる立場ですぅ。やい忍、これからは翠星石のことは翠星石先輩って呼べ!です!!」

 

……すごくゴロが悪いな。って、それよりもだ。

 

「……なぁ、蒼星石。もっかい、もっかいだけ俺のことを呼んでみてくれないか?」

 

「え?う、うん……先輩?」

 

ああああああああああぁぁぁぁッ!?

こてっと首を傾げて、上目遣い気味にこちらを覗き見ながら顔を赤くする蒼星石。これは効く!!俺に効く!?

よろよろと頭を抑えながら壁に手を着くと心配そうに蒼星石が駆け寄ってくる。

 

「だ、大丈夫ですか!?マス……先輩?」

 

「がぁッ!?や、やめ。もういい。いつも通りで良いから」

 

「そう……ですか」

 

なんでちょっと残念そうなんだ蒼星石!?

 

「クックック。どうやら忍はこの言葉が弱点みたいですねぇ。ん、んん!セ~ンパ~イ♪くんくんのDVDBOX買ってほしいです~♪」

 

「……よし、次行くぞ」

 

「おま!ちっとは反応しろぉ!?です」

 

そりゃ翠星石先輩、そんな目をウルウルさせて可愛らしくお願いしても今はただのリスだから……。

普段の姿だったら……結構、やばかったかもしれないが。

 

「……し、忍先輩……。な、な~んて……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

探索を続ける。

校舎の中は、昔俺が通っていた高校の構造によく似ていた。図書室や化学室、音楽室に……いつも通っていた教室。どの部屋も何となくぼんやりしているというか、生徒たちのようにまるで実感がないように曖昧な気がする。それでも、どこかにはめぐの樹へとつながる扉があるはずだと言っているのだが……中々見つからない。

 

「……僕も学校に通っていたら、マスターと一緒に勉強していたのかな」

 

「え?」

 

階段を歩く足取りに若干の疲れが見え始めたころ、話しかけるというよりも漏れるといった風に蒼星石がつぶやいた。

俺が振り返ると蒼星石は驚いてはいたもののすぐに目を細めて微笑んで見せる。

 

「何だかこうしてマスターと肩を並べて歩いていると……そんな未来もあったのかなって」

 

「はは、そりゃいいな」

 

同じ学校か……おそらく王子様のような蒼星石のこと。女子のファンクラブなんかが出来てしまうくらい人気になるに決まっている。ただそうなると、蒼星石と絡むようなことが有ればそのファンクラブの女子たちに半殺しにされてしまうかもしれないな……。現にファンクラブの第1号になっていそうな翠星石先輩が恐ろしい眼光でこちらを睨んでいる。

 

「真紅は……よく図書室なんて行っていそうだね」

 

「あ~何となくわかるですぅ。そうしたら、水銀燈のやつと読みたい本が被って喧嘩するやつですね」

 

「あはは。そうそう、それで金糸雀は音楽室でヴァイオリンを弾いていそうで……」

 

「チビチビは美術室で下手糞な絵なんて描いていそうですね」

 

……確かにそれは楽しそうでいいな。チビチビってのが誰だかわからんけども。

アリスゲーム。なんてものもせずに、ただ普通の女の子と変わらずに、そんな平和な日常を……。

 

「それだったら雪華綺晶は……」

 

「雪華綺晶は……なぁに?マスター……?」

 

え?

急に誰かが後ろから抱き着いてきたかとお持てば、柔らかい両手で視界を塞がれてしまう。この声……まさか?

 

「……えっと」

 

「うふふ、残念時間切れ。正解は……」

 

ふわっとした匂いがしたかと思えば視界を覆っていた両手が解かれる。

そのまま後ろに振り返ると……。

 

「マスターのことがだ~い好きな……女の子」

 

真っ白な白衣に身を包んだ雪華綺晶が俺におぶさるようにして抱き着いたまま笑顔を見せる。雪華綺晶も、蒼星石と同じく人間に……!?いや、これは……

 

「雪華綺晶は変わってないんだな」

 

よく見ると、そこに居たのはいつもの頭身でいつも通りの姿の雪華綺晶だった。違うのは、どこからか拝借したであろうぶかぶかの白衣を着ているということだけ。

 

「どう、マスター。似合ってる?」

 

「あぁ、可愛いよ」

 

「うふふ」

 

余った袖で口元を隠して嬉しそうにする雪華綺晶。

ポジションで居れば……怪しい科学実験でもする理科部員って感じか。

 

「雪華綺晶、無事で良かったよ」

 

「ま、翠星石は大丈夫だろうと思っていたですよ」

 

「はい……けれど、これからあまり良くないことが起こりそう」

 

「良くないこと?うわ!」

 

なんだ!?大きく地面が揺れ始め、すぐに近くに居た蒼星石引き寄せる。もう片方の手で手すりを掴む。

じ、地震か?

 

「キャー!!?」

 

「見て!マスター!地面が!?」

 

これは、階段の下の地面からみるみる真っ黒にコポコポした液体があふれ出してきた!?

徐々に徐々に、風呂の底からお湯が張っていくようにそのヘドロのような液体は水位を上げていく……!

 

「い、一体何が?」

 

「わからない。けど……」

 

「あのまま闇に引きずり込まれたら、夢から出られなくなっちまうですよ!!?」

 

「なんだって!?」

 

そいつはやべー!蒼星石と手をつないだまま階段を駆け上り始める。

夢から出られなくなるだって?それってつまり、目が覚めない……死ぬのと同じってことか!?

 

「危ないマスター!!」

 

キン!と蒼星石が素早く庭師の鋏を出すと、何かを弾いて俺のことを守ってくれた。

眼を凝らして飛んできた先を見ると……そこに居たのは、さきほどまでこの校舎にいた顔の虚ろ気な生徒たち……。飛ばしてきたのは……ペンやカッターにコンパス?

 

「ひぃ!?ゾンビみたいですぅ!?」

 

「これは……」

 

「僕たちを、悪夢に引きずりこむつもりだね」

 

うぅぁ……!なんてうめき声をあげて一斉に飛び掛かってくる顔のない生徒たち。

やばい、と思った次の瞬間、背中にいた雪華綺晶が手をかざし水晶の欠片が弾丸となって生徒たちのことを貫いていく。

 

「お、おぉ!な、中々やるですね。新入り妹」

 

「うふふ、もっと褒めて……翠のお姉さま。マスターも……」

 

「あ、あぁすごいぞ雪華綺晶!よし、今のうちにもっと上に逃げよう」

 

頬を擦り付けてなでなでを要求してくる雪華綺晶の頭を数度優しく撫でてやると俺達はそのまま生徒たちを蹴散らしながら階段を駆け上る。

 

「はぁ、はぁ……う!?」

 

バタンと、屋上の扉を開けると……そこには……ただひたすらの暗黒が視界のすべてを覆っていた。

 

「っげぇ、行き止まりですか!?」

 

「まずいよマスター!下からも暗闇が!」

 

気が付くと、階下のすぐ目前まで黒い闇が飲み込み始めているようだった。

ま、まずいぞ、このままじゃここで!?

 

「て、撤退~!!撤退です蒼星石!一度夢から脱出するです!」

 

「うん!わかった!」

 

蒼星石が持っていた鋏で背後の壁を切り裂くと、そこには先ほどまでいた病室が映し出されていた。すぐに我先にと翠星石が飛び込み……

 

 

『お兄ちゃん、こっち』

 

 

「ッ!?」

 

「マスターも早く!」

 

「あ、あぁ……?」

 

なんだ、今……声が……!

声のした、先ほどの暗黒空間をよくよく覗き込んでみると。地面に、ここよりもずっと下の地面には……茶色い扉が一つだけ、ポツンと見えいていた。

 

あれが、めぐの心の樹へとつながる扉か!?

あんな場所にあるなんてめぐらしいというかなんというか……それに、俺にはその扉がひどく懐かしいもののように思えた。

 

「マスター早く!?」

 

「蒼星石……俺って実は、高所恐怖症なんだよな……。子供の頃、高いところから落ちて死にかけたことがあってさ」

 

「きゅ、急に何を言ってるの、マスター」

 

「……すまん、蒼星石!雪華綺晶も!先に行っててくれ。後で必ず帰る!」

 

肩に乗っていた雪華綺晶を蒼星石に託すと、俺は夢の扉の奥へと二人を押し込んだ!

蒼星石と雪華綺晶の目がかつてないほど見開かれ、俺の方へと必死に手を伸ばす。

 

「「マスッ……!」」

 

プツンと声が途切れ、扉が閉まる。これで退路は完全に断たれたというわけだ……。

階下に迫る暗闇は、あと一段と言うところまで迫ってきている……。

 

「くそー、くそー……世話のかかる妹だよ!」

 

震える足を乱暴に叩くと、俺は、開いた屋上の扉から外へと飛び出し、地面に置いてあるドアへと向かって飛び込んだ!!

 

って、長い、長い長い!!?あと、思ったよりも遠い!!?

やばい、やばいぞこの浮遊感、この落下速度!!

やばい。死……!?

 

 

「お馬鹿さんッ!」

 

 

な、無かった。

見上げると、そこに居たのは銀色の髪に、黒い編み上げた逆十字の漆黒のドレス。

 

「水銀燈!?」

 

水銀燈が、俺のことを抱き着くようにして抱えると、翼をめいいっぱい広げて飛んでくれているようだった。

その姿は、夢の中とはいえいつもと変わらないドールの姿のままである。だが……!

 

「お、おもッ!?っぐ、少しくらいは運動したらどうなのッ!?」

 

「す、すまん!大学に入ってから、運動不足で!!」

 

後、蒼星石の飯が美味いんだよ!

 

「こ、このッ!!!あたしを……舐めるんじゃないわよッ!」

 

バサ!!っと、黒い翼が更に大きく開いた!

急速に続いていた落下も、そこでようやく緩くなっていき……やがて、空中で完全に制止する。

 

「はぁ、はぁ……」

 

「あ、ありがとう水銀燈。助かったよ」

 

「ふん……あんたに今死なれたら困るのよぉ……それで、めぐはどこに居るの?」

 

「え?……あぁ、声がしたんだ。あっちの方から」

 

先ほど、声のした方を指さすと、ゆっくりと水銀燈が滑空を始めてくれた。

 

「水銀燈。夢の中でも飛び降りて死ぬことってあるのか……?」

 

「……何なら試してあげましょうか?」

 

ゾクッ!

 

「い、いや、結構です!あ、安全運転でお願いします……」

 

「ど~しようかしら~。あら、何だか急に手元が……」「うわあああああ!?」

 

アハハハ!と慌てる俺を見てご満悦な水銀燈。

今更ながらに、あの時無茶に飛び込まずに蒼星石たちに相談した方が良かったのではないか?

と、そんな風に思えてきた……。

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。