ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター! 作:雨あられ
病室のベッドの上、めぐはピクリとも動かずに目を閉じて眠っていた。
手首には銀色の針が刺さった点滴が、口元にはその不規則な呼吸を整える呼吸器がつけられている。折角、お兄様と一緒に居られると喜んでいたのに……それなのに……
「マスター……」
医者が去った後、蒼星石がリュックの中から姿を現す、スマホの中からは心配そうな面持ちをした雪華綺晶がめぐの方を不安そうに見つめている。水銀燈は……先ほどまで窓の外に居たようだがいつの間にか、居なくなっている。
「僕のせいだ。僕が……あの時マスターたちを守り切っていれば……」
「あの……、あの…………」
暗い顔を浮かべて拳を握る蒼星石にスマホ越しに一生懸命慰めの言葉を考えてくれている雪華綺晶……。
二人のそんな健気な姿が、怒りや悲しみに支配されかけていた感情をゆっくりと解きほぐす。
「マスター……?」「ぁ……♪」
まずは蒼星石のあたまをくしゃくしゃっと撫でてやり、続いて、指先をスマホに溶け込ませて人差し指の頭で雪華綺晶の頬を撫でてやる。
二人は驚いたように俺の方を見上げた。
「二人は立派に戦ってくれたよ。それより、問題は……」
少し開(はだ)けためぐの首筋を見やると、そこには今までなかったはずの紫色の薔薇の刻印が刻まれている。あんなに禍々しく紫色に輝いているというのに、医者やナースたちにはそんな痕は見えないという。
「あの白薔薇のドール……薔薇水晶の残した呪い」
紫の刻印は数時間前よりも明らかに強く、大きく光っている。
見ているだけでなんとも胸の奥がざわつくような不吉な刻印……。
「……なぁ雪華綺晶、あのドールはお前によく似ているけど、何か知らないか?」
そう聞いてみるが、雪華綺晶は小さく首を振るって
「わかりません。けれど、あのドール、なんだか……」
「なんだか?」
「…………嫌いです」
ブフ!と俺は思わず吹き出してしまう。ははは、嫌いか。それはそうだ。
よく考えてみれば俺が雪華綺晶と初めて会った時も彼女は薔薇水晶によって壊されかけたのだからな。
そう、薔薇水晶は強い。単身であの水銀燈や雪華綺晶、そして蒼星石を倒すほどに……。
だからこそ、みんなで力を合わせて戦わなければだめだ。
そうしないときっと次も……ん?
「どうかしたか、蒼?」
ふと、視線を感じて蒼星石を見やると。彼女は俺のことを見上げたまま嬉しそうに微笑んでいた。なんでもないよマスター。と、帽子を深くかぶりなおすと、一度目を閉じてから俺の方へと再び目線を向ける。何か、覚悟したような目だ。
「マスター。めぐさんを治すことができるかもしれない」
「え!?本当か!?」
蒼星石は首を縦に振って肯定の意を示すと言葉を続けた。
「……彼女は今。悪夢に囚われているんだ。そしてあの薔薇の刻印は少しずつ、彼女から生命力を奪っている。じわじわと身体を蝕む蛇毒のように」
「めぐの生命力を……?」
そうだとしたら、このままじゃめぐは……!
「悪夢から目を覚まさせてあげなくちゃいけない。そのためには……彼女の力が必要だよ」
蒼星石が目配せをすると雪華綺晶がゆっくりと洗面台にあった鏡を通ってnのフィールドに溶け込んでいく。彼女っていうのは……まさか?
「なるほど、それでこの翠星石様の力を貸してほしいってわけですか?」
病室に入ってくるなり、椅子の上に立って胸を張っているのは緑色のエプロンドレスに蒼星石とは対照的なオッドアイの持ち主、翠星石。
雪華綺晶に頼んで連れてきてもらったのは良いものの、まだ雪華綺晶に慣れていないのか随分とビビりまくっていた。そのくせに、いざ、呼ばれた相手が俺だとわかるとこのように、手の平を返して威張りちらし始める。
「翠星石も暇じゃねぇ~のですよ?」
「そこをなんとか、是非とも義姉さんのお力を貸してくだせぇ」
「ほ~、中々殊勝な態度ですぅ~って、誰が義姉さんですか!?誰がッ!」
冗談はこれくらいにして
「頼む、翠星石。めぐは大切な妹なんだ」
今度はふざけたりせずに深々と頭を下げる。
翠星石はじっと値踏みするように俺のことを見ていたが、ふぅと息をつくとゆっくりとその小さな口を開く。
「……人間、わかってるですか?夢に入るということがどういうことなのか?」
そう言われて顔を上げると、翠星石は俺が初めて見る顔をしていた。
悲しそうで、けれど、真剣な眼だ……。
「夢とは、その人間の心そのもの。そこに入るというのは、その人間の見られたくない心の中を覗くのと同じことです!どんなに隠したいことだって、覗いてしまうかもしれんのですよ!?」
……さっき蒼星石が少しためらっていたのはその為か。
確かに、他人に心の中を覗かれる、なんてことされたらゾッとしない。俺だって、隠しておきたいことの1つや2つ。いや、それだけでは足りないほどたくさんある。でも
「夢の中に入らなくちゃ、めぐは治らないんだろ?だったら……」
「それに!今のあの人間には薔薇水晶の呪いが掛かっているです!普通の状態なら、翠星石と蒼星石が入ってチャチャッとやれば終わりですが、今は入ったら何が起こるかわからんです。下手をすれば、あの人間の心を壊すことになる可能性だって……」
「なんだって?」
心を壊す!?
「入った翠星石たちだって、無事でいられる保証はねぇです。だから、もし別の方法があるのなら、そっちの方が……」
別の方法……あるとすれば、この呪いをかけた張本人である薔薇水晶を倒すことだろう。そうすれば、呪いも一緒に解ける可能性が高い。しかし……。
「めぐは身体が弱いんだ。それに、薔薇水晶を倒すにはめぐの契約した薔薇乙女、水銀燈の力が必ず必要になる。だから……あまり時間がない」
「……だったら!なおのこと夢に入るのは危険です!こっちの状況を分かってて仕掛けた罠に決まってるです!私は……」
「翠星石。僕からもお願いだよ」
すっと一歩踏み出すと、蒼星石は翠星石の手を両手で包むように握った。
突然のことに、翠星石は目を丸くする。
「そ、蒼星石!?」
「翠星石。めぐさんはとても大切な人なんだ。マスターにとって…………ううん、僕にとっても」
「けど、蒼星石。本当に何があるか……」
「お願い、翠星石。僕のわがまま……聞いてくれない、かな」
「っ!?」
珍しい、蒼星石の「お願い」を受けて翠星石は息を呑んだかと思えばとても複雑そうな顔をして拳に力を入れていた。かと思えば次の瞬間には大きく脱力してため息をつき……。
「……ひきょーですよ、蒼星石……」
「翠星石?」
「か、勘違いするなですよ忍!!これは、あくまでお前に貸しを作るため!ハゲノピーナッツ6個は覚悟しろよ!です!!」
「翠星石!」
そういって腕を組んで真っ赤な顔で叫んでいたが翠星石なら必ず受けてくれると思っていた。なんせ彼女は、蒼星石の姉で……不器用で、とても優しい人なのだから。
「……ありがとうな、翠星石」
「ふん、イチゴ味は必ず用意するですよ」
双子の姉妹は人口精霊を呼び出すと蒼星石はレンピカから庭師の鋏を、翠星石はスイドリームから庭師の如雨露を取り出した。そして……お互いの道具を重ね合わせると、金色に輝きを放ち始める。初めはマッチの火くらいの大きさだった光だったのに、段々と大きくなっていき、やがて部屋を飲み込むほど大きく膨れ上がり……そして!
「ここは?」
眩しさから反射的に閉じていた眼を開けると、そこは学校の中らしかった。
さっきまでいた静かな病室とは違って、顔のぼんやりした生徒たちが何人か廊下や教室で話し込んでいた、窓から見えるグラウンドには笛を鳴らして運動部がランニングをしている。階段からはブラスバンドの練習する楽器の音色が聞こえてきて、下校時の放送もなんだか少しノスタルジックな気分になる。ここはまさか……
「マスター……?」
声のした方へと振り返り、思わず生唾を飲み込んだ。
そこにいたのは薄い焦げ茶色のボブカットに、整った中性的な顔立ち、青いセーラー服を身に纏った……俺と同じくらいの身長をした『人間』の蒼星石だったからだ。