ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター! 作:雨あられ
「あ!あああ!あ、あッ…!」
契約中、雪華綺晶は突然声を張り上げて、俺の服を更に強く握り、ビクビクっと小刻みに体を震わせるとがくっと頭を垂れて力尽きた。な、何て言うか…やけに色っぽい。
しかし、相手はこちらの事情なんか知ったこっちゃない。紫薔薇のドールは水晶の剣を構えたまま、徐々にその距離を詰めてきている。立ち上がって、逃げようとしたが、何だか腰が抜けてしまっていて力が入らない。やば
「ふ、ふふふふ」
動いた。
雪華綺晶はぐりんと首をその紫薔薇のドールへと向けて、俺にしがみ付いていない方の手を宙に伸ばすと、カッと目を見開いた。
!?じ、地面がぐらぐらと揺れだした、何が起こるんだと辺りを見回し、じゅっと薬指の指輪が熱くなったと思った、その瞬間!
「うお!?」
「っく!」
結晶の床から、ガギン!と先端の尖った凄まじくでかくて太いクリスタルが、紫薔薇のドールへ向かって斜め方向に飛び出した!貫かんばかりの勢いで伸びていく!
それを咄嗟に水晶の剣で受けた相手、しかし、生えた水晶はその勢いを保ったままどこまでも伸びる。伸びる!ドシーン!!と壁にそのまま押しつぶされるようにして激突したようだった。尚も水晶は伸びていき、奥の部屋の、そのまた奥の部屋の壁まで激突した音が聞こえる。オーバーキルなんてレベルじゃない、煙を巻き上げていてその様子は良く見えないが普通の人間なら即死だ。
パワーが違う。
これが、先ほど競り負けていた雪華綺晶なのか?
「マスター」
「…?あ、ああ」
そうか俺が雪華綺晶の新しいマスターになったんだった。蒼星石以外に俺をその呼び名で呼ぶ人、いや人形が居なかったから変な感じだ。雪華綺晶は目を細めて、こちらを見上げている。そして
「マスター…倒しました…」
「そう…みたいだな」
雪華綺晶は目を閉じて。力を抜くと頭を垂れて、再び動かなくなった。
力を使って疲れたから、そのまま眠ったかと思った。しかし、そうじゃない。何度かものほしそうにこちらを見ては、少しだけ頭を下げて、またこちらを見て頭を突き出してくる。
…褒めてくれって…言ってるのか?
恐る恐る右手を雪華綺晶の頭に置いた。初め、相手はそれに体を強張らせたが、そのままゆっくりと手を動かすと、徐々に張った力が抜けていき、表情も随分、柔らかい。
「…ぁぁ、名前、名前を呼んでください…」
「…雪華綺晶?」
「はい…」
!?俺の撫でていた手を取ると、その手の平に、雪華綺晶は自らのほっぺたをすり寄せた!?
ぞくぞくっと、何かが俺の中の何かを刺激したように思われる。先ほどよりも、どこか、危険な香りが…。
「……強い…」
って、まずいぞ、どうやら相手は無事だったらしく、煙が晴れると、再び水晶の剣を作り出す。目つきが、少し変わった。
「雪華綺晶!」
「はい、マスター…」
幸せそうに俺の胸元に顔を埋める雪華綺晶。って
「ち、違うそうじゃなく「マスタァァァァアアア!!!」」
相手が切りかかってきたのと、どこからか蒼星石の声が聞こえてきたのはほぼ同時だった。鋏を外して双剣のように持った蒼星石。俺の前に突如「落ちてくる」と敵の剣を受け止めた。
「蒼星石!」
いや、蒼星石だけじゃない、続いて水銀燈に真紅、翠星石に金糸雀まで。続々と上から降ってきては着地するローゼンメイデン達。何でも良いが金糸雀は着地までしまらないなぁ。
「いたたたた」
「どういうこと、末妹が…二人?」
「違うわ。あの子、どこか…」
「マスターから…離れろ!」
「ま、待て蒼星石!」
ひえ!?うおお!?ぶんぶんと、俺が居ると言うのに構わず両手に持った鋏の刃を振り回す蒼星石。相手のドールが居るのに背を向けて今度は俺の方へとグルンと方向転換して切りかかってきたのだ。ぎゅっとくっついた雪華綺晶のやつは幸せそうに何も言わずに目を閉じている、雪華綺晶を敵だと思っているのか、それどころじゃないのに!
「ああ、もう!」
「うわ!ま、ままままま、マスター!?」
怒りに身を任せて突っ込んでくる蒼星石を思いっきり抱きしめる。両手に花ならぬ両手に薔薇乙女。蒼星石は突然の事に、鋏を手放して顔を真っ赤にした。蒼星石は大人しくなったが翠星石のやつが今度は睨んでくるし、もう何が何だか。
「…その子の事は後で説明してもらえるかしら?」
「!わかった」
真紅の一言に頷く。落ち着きの戻った蒼星石も眉をひそめていたが前へと向き直った。ドールズも皆真剣な顔で紫薔薇のドールを見る。やばい、真紅ってこんなに頼りになったっけ。
「…それで、雪華綺晶…に似た、あなたは?」
「……真紅!!」
初めて、無表情だった彼女の表情に明らかな感情が見えた、それは、怒り!
顔を歪めて、真紅を睨んでいるようだった。
「しんくぅ…あなた、また何か人の怒りを買うようなことを…」
「は?」
「確かに、真紅って敵を増やしやすいタイプですしねぇ」
「…ちょっと待ちなさい。私はそんな」
「そうそう、良くも悪くも自分のペースを押し付けてくるのかしら!」
「な!?そういうあなたたちだって毎回毎回遅刻や単独行動を!」
「ほーら!またそういう事言って話を逸らそうとするかしら!」
わーわーと、いつの間にか姉妹喧嘩に発展していた。いや、今そんなことしている暇は…。それにしても、この姉妹喧嘩をいつも蒼星石は一人で止める側として頑張っていたのか。とんだ苦労人だな…って。あ。
「…またお会いしましょう」
「ま、待ちなさい!」
地面が光って、その中に溶け込むようにして…紫の薔薇は逃げたようだった。
流石に、この人数は向こうも厳しいと判断したのだろう。まぁ、実の所、俺は一度助けてもらった身として、ここでみんなで袋叩きにするようなことにならなくて済んだとちょっとほっとしていた。本当は謝らないとなぁ。今度会ったら。
「あの白薔薇は一体なんだったんでしょうか?」
え、白?思いっきり紫だったけど…
「わからない、僕らと同じローゼンメイデンではないだろうけれど、何処かお父様に似た雰囲気もあった…それに、まさかお父様以外に僕たちのような生きた人形を作り出すなんてこと…」
「そんなことよりも、よ」
じっと、皆の視線がこっちに、と言うよりも腕の中に居る雪華綺晶に集中する。雪華綺晶は長い睫を数回動かすと、笑みを浮かべて俺の方を見上げる。皆の視線も一斉にこちらに集まる。特に、特に蒼星石の目がいつもに増して怖い。
「あー、その、雪華綺晶と契約ちゃったから。今日からよろしくしてあげてくれよ」
「なんですって!?」
「ど、どういうことかしら…」
ぶちっと、何かが切れる音が確かに聞こえた。最後に目に映ったのは真っ黒な羽を龍のようにして構えた水銀燈と、光沢の消えたオッドアイの瞳でこちらを見上げる蒼星石、便乗して金色の如雨露を持って目を光らせる翠星石の姿だった。
「さっさと起きなさい」
「ふげ!」
バチンとビンタされて目を覚ました。てか、馬乗りになった水銀燈に文字通りたたき起こされた、叩かれた頬がすごく痛い。手加減がまるで感じられない。
ちゅんちゅんと鳥たちの鳴く声が聞こえる。あれ、ここは…俺の部屋?
「…朝よ」
「あ、ああ、ありがとう」
「フン」
ずんずんと、俺に背中を向けてとっととリビングへと歩いて行ってしまう水銀燈。それにしてもだ。頭が覚醒してくると、徐々に俺は昨日何があったとか、今どういう状況だとか、思い出してきていた。雪華綺晶、めぐ、蒼星石、水銀燈間違いなく修羅場を迎えて…
「ぎゃー!それは私の卵焼きかしら!」
…
「ちょっと、紅茶が切れたわ。誰か入れて頂戴」
「ひえー!レンジに卵を入れたら爆発しやがったですぅ!」
……へ?飛び起きた。ドアを開けて短い廊下を歩くとすぐにその異様な光景が目に飛び込んでくる。ソファ、の端っこにはつまらなさそうな顔をしている水銀燈、料理の並んだテーブルには真紅に金糸雀が座っている。もう少し先に進むと、爆発したレンジの前には蒼星石と翠星石。そして…
「あ、お兄様、おはよう」
「おはよう…めぐ」
にこっと笑ったピンクのエプロンを付けためぐが台所に…。良い匂いのして来る味噌汁と焼き魚を運んでいるが…そうじゃない。
「どうしてみんなここに居るんだ?」
「あら、何か不都合が?」
ジトっと真紅に睨まれると少し言葉に詰まる。
「い、いやそう言うわけじゃないけど」
「ならいいじゃないの」
「めぐー、この卵焼きは美味しいのかしら~!きっといいお嫁さんになるのかしらー」
「ありがとう。…それ、蒼星石が作ったの」
「え!?あー…」
何かひと悶着ありそうなめぐの後ろを通り抜けると、すぐに少し薄暗い洗面台でばしゃばしゃっと顔を洗って改めて目を覚まさせる。一体、この家は今どうなっているんだ、鏡に映った自分の姿に自問自答する。
『マスター』
「おわ!?」
目を開いて笑う、雪華綺晶が鏡に映っている。そして、こちらに手招きしている。
そうか、彼女は確か体がないのだ。nのフィールドでは普通に触れることが出来たが、現実世界にはこれないのか。思わず手を出してしまうと凄い力で引っ張られて、いった!痛い、洗面台に思いっきり膝ぶつけた!無理だ、ここいたたた。
「ま、まて雪華綺晶!ここからは俺には無理だ」
『マスター…』
「あーわかったわかった。待ってろよ!」
手を振りほどいて、テレビの前へと向かう。こちらから行くしかないな。ドスドス歩いていたから皆が不思議そうな目で見ていたが気にしない。テレビに手を触れると、ばちっと静電気が来るだけで昨日みたいにテレビには入れなかった。
「…?」
「……邪魔よ、画面が見えないじゃない」
「わ、わるい」
なんで入れないんだよ。いや、入れるのがおかしいんだけど。
「マスター。ご飯にしようよ」
「あ、ああ…」
皆が席についている中、俺だけ歩き回っているのも変だ。それに、早くご飯を食べなければ遅刻する。しかも、今日は出席のある語学からだ。なんだか、みんな一緒にご飯を食べると言うのに、雪華綺晶だけいないなんて、ちょっと悲しい気がする。
「なぁ、nのフィールドで飯は食えないのか?」
「そんなアホな質問したのはお前が初めてですよ、忍」
「…あの子の事を言っているなら、鏡にご飯でも入れて見たらどうかしら?」
ふーむ、なるほどなぁ。
「あの子?」
「い、いやいや何でもないんだ。久しぶりのめぐの作ってくれたご飯。おいしいなーははは」
「…」
まずいなぁ。いや美味しいけど、まずいぞ。
結局用意をして、逃げるようにして大学に来てしまった。
今、あの家には蒼星石と二人で暮らしていた時のような安寧は無い。少なくとも俺はこうして大学に来ている方がよっぽど気が楽である。恐妻家の旦那が出張を喜ぶと聞いたことがあるが、その気持ちがよぉくわかる。
建物の中に入ると凍てつく寒さとは反対に中々暖かかった。
「おっすー。忍」
「おっす」
既に窓際の中間の席に座っていた彰の隣の席に腰掛ける。座ると暖かいと言うよりも暑いくらいなので、コートを脱いで背もたれに掛けるとふぅと、色々な疲れからか一気に疲労感が…あれ、そう言えば、背中、切られたはずなのに、痛くないな…。触ってみても、傷痕とかないし、誰かが直してくれたのか?
「やべ、今日当てられるじゃん。忍、答え確認しとかね?」
「お、いい…ぞ…」
と何気なく鞄を置こうと窓の方を見た、その時。
雪華綺晶が、べちゃっと手を張り付けてじーっとこちらを見ていることに気が付いた。さーっと顔が蒼星石よりも蒼くなっていくのがわかる。俺と目が合うと、にこっと笑った。割と可愛い、じゃない。
「あー…は、ははは!その前にちょっとトイレ行ってくるわ」
「?おー行っといれ」
それ好きだな彰。教室を飛び出して、トイレへと急いだ。
トイレの前の鏡に向かうと、案の定、鏡の前まで雪華綺晶は追いかけてきた。
『マスター』
「雪華綺晶、まずいって、ここは大学だぞ」
『マスター…来て…』
手を広げて、口元を緩めている雪華綺晶。多分、純粋に俺の事を呼んでいるのだろうということはわかる。しかし
「でさー、金卵3連チャンでよー」
「まじかーフェスでもないのにめっちゃ運良かったじゃねーか」
やっぱり、誰か来たぞ。今はそんなnのフィールドに行く時間も余裕もない。とりあえず、落ち着いて話が出来るような場所を探さないと…
窓は、大概生徒が行き交う、トイレの鏡なんて、朝なら髪直してるだけのやつだってたくさん来る……そうだ。
「雪華綺晶、こっちにこい!」
『?』
「はやk」
「でさー、ん?」
鏡に向かってスマホを掲げていた俺を、入ってきた二人組がものすご~く不思議そうな顔をして、通って行った。鏡には、当然、そんな虚しい自分の姿が映っているだけである。俺がそのままトイレを出ると、ひそひそと声が聞こえてきた、俺だって変なことしたと思ってる。
辺りを見て、外に人目のなさそうな植え込みを見つけたのでドアを出て、そこにしゃがんで持っていた暗いはずの携帯の画面を覗き見る…相変わらず目を見開いたまま笑っている雪華綺晶が明るい画面の中には居た。電源を付けたわけでも、待ち受け画像にしたわけでもない、勝手に動いているのだ。
「いや、今朝はすまん」
『私、とっても悲しかったです。マスターは、私の手を払ってしまう…』
「悪かった、悪かったよ」
めぐに、本当にそっくりだ。こんなところまで。液晶の越しに指でなでなでしていたら、ずぼっと、画面の中に指が入りこんで、本当に、雪華綺晶の頭に指が触れていた。何か、変な感じだ。
『あぁ…』
「兎に角、あんまりやたらとその辺の鏡や窓に映らないでくれよ、みんなびっくりするからな」
『ふふ、見てください、ここの中には中々面白いものが…』
「あ、おい」
俺の話を聞いているのか居ないのか、突然スマホの中で手を伸ばすと右上の電池のアイコンに触れたり、画面の下でごそごそとカメラや電卓を見つけてきたりと理解できないフリーダムな動きを取り始めた。お、俺の携帯が…何かおかしいことになってきたが大丈夫かこれ。
「静かに、た、頼んだぞ」
まるでたまごっちを学校に持ってきた気分だ。
画面の中の雪華綺晶はごそごそとあたりを荒らして、子供のようにアイコンを投げたり、某ゲームのちっこいモンスターを手の載せて遊んだりしている。とても心配だ…
「In the 1970s, La Raza Unida filed Latio candidates and …」
キュキュっとホワイトボードに書かれていく英文法をノートに写しながら、ちらっと膝元に置いたスマホを覗き見る。
何が面白いのか、さっきから雪華綺晶はずっと何かの本を読んでいる。ネットから見つけてきた小説なのか、将又俺のフォルダに入っていた何かなのか、それとも…良くわからないが嫌な予感しかしない。
指を伸ばすと、また、ずぼっと画面に指が入った。
好奇心で、ねこじゃらしのようにピコピコと指を揺らすと、雪華綺晶が本を閉じて、獲物を捕らえる猫のように4足歩行の前かがみでそろりそろりと近づいてくる…飛びついてきた瞬間にピッと指を離してやると、酷く残念そうな顔をした。なんだか、面白いな。
「おい」
「ん?」
「当てられたぞ」
「え、あ」
「2番」
「サンキュー」
「ゆあうぇるかむ」
危ない危ない。雪華綺晶のやつは、そんな俺の情けない姿を見て口元に手をやってくすくすと笑っていた。一体誰のせいでこうなったと思っているのか。本当は授業中携帯いじったりしないんだぞ、俺は。
しかし、俺の苦労はここから更に加速するのだった…