ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター!   作:雨あられ

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第17話

「ッチ、いつまでついてくるのよぉ。目障りよ」

 

「これは罠の可能性もあるわ。安易な単独行動は避けるべきよ」

 

「それなら返り討ちにしてやるまでよ…」

 

「あーもう疲れたかしらー…」

 

「いい加減一つくらい当たりが出ても良い頃ですぅ…」

 

ガチャ、ガチャと、ドールズたちがドアノブを捻る音が響く。僕たちはつま先立ちで背を伸ばし、真紅はステッキを器用に使い、水銀燈はぷかぷかと腕と脚を組んだまま浮かび、人工精霊であるメイメイに鍵穴を覗かせて、扉の向こうの世界を見る。鬱蒼とした森林、賑やかな屋敷、太陽の輝く砂漠に月が光る湖…

中々出てこない出口に皆も段々とイラついてきている。それでもみんな体を動かすのは辞めない。

みんな…自分のマスターが心配だから。

開けては閉めて、開けては閉める…単純作業の繰り返しだ。

 

 

今すぐにでもこの空間を駆けまわり、全てのドアを開けてマスターの元へと向かいたい。だけど、ここで消耗しきってしまえば、もし肝心の雪華綺晶と対面した時に、あっけなくもやられてしまうだろう。僕が、マスターを助けるんだ。

冷静に、怒りの闘志は燃やしながら、体力は温存する。焚き火に一つ一つ枝をくべる様に静かに、じらじらとこの火を絶やさないように出口を探す…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

どのくらいの時が流れたのだろう。

 

 

 

足を動かして、ドアへと向かう、ドアノブを捻って開けて、閉じて、また歩く。

 

初めは口数も多く、それぞれ口喧嘩や皮肉を言い合いながらドアを開ける作業をしていたのに、いつの間にか誰も口を開かなくなっていた。ただ、進む。戻っているかもしれないこのフィールドを…

 

「それにしても、ここは……変だわ…本当に雪華綺晶のフィールドなのかしら」

 

沈黙を破ったのは真紅だった。変、今の状況を的確に表した言葉だと思う。夢の扉と、その夢の世界に近いこの暗い空間は、雪華綺晶のフィールドと言うよりも…もっと単純な…そう、狭間だ。僕はまだ彼女の事を良く知らない。だけど、この空間はあまりにも「彼女らしくない」のだ。

出会って感じていた歪んだ狂気も、妖艶さも、稚拙さも何も感じられないこの空間は、まるで借り物と言うか、本当に何もない、からっぽな夢の空間の「レプリカ」を作っているだけのような…そんな場所。彼女のフィールドならば、もっと彼女らしさが前面に出たフィールドになるはずなのにだ。

 

「きっと、翠星石たちを閉じ込めて楽しんでるですぅ。あいつ、遊びましょうと、そう言っていやがったですし」

 

「そうかしら?楽しむだけなら、私達を迷わせるだけではなくて、妨害なり攪乱なり、何らかのアクションをとってくると思うのだけれど…」

 

「うん、その通りだよ。ここは、あまりにも彼女のフィールドらしくない。雪華綺晶が作った場所じゃ……」

 

「……くく、ふふ、あはは!あーっはっははっは!」

 

突然、黒い羽を舞わせて、笑いながら空高くへ飛び上がっていく水銀燈。一体どうかしたというのか彼女は。空中で足を組むとあははは!とまだお腹を抱えて笑っている。見上げる僕たちも、顔を合わせて困惑する。

 

「気でも触れちまったですか」

 

「元々だいぶいかれていたもの…可能性はあるわ」

 

「おばかさん!私は初めからおかしいと思っていたのよぉ…みょ~な視線を感じていたわぁ、それが、あの末妹のものだとずっと勘違いしていたけれど…」

 

瞬間、彼女の赤い目は怪しく光る。手を掲げ、その黒い羽を大きく広げて見せるとズバザザザと羽の矢をある一つの扉に向って打ち込んだ!そう、あれは…僕たちが入ってきた薔薇の紋章の描かれた扉!

 

水銀燈の羽が扉に刺さる直前に

 

カッと扉からは眩い光が発して

 

僕たちの傍にあった扉、遠くに浮かんでいた扉、すべての扉が粉々な木片へと変わり、その木片すらも消え去っていく。

気が付くと、扉は一つになっていた。その薔薇の扉がたった一つに…。

 

パチパチパチと、渇いた拍手と共に、ゆっくりと、その扉は開いていく。

 

「ブラボォ!素晴らしい!」

 

ドアが開いた。ウサギのような顔に、紳士風な衣装に身を包んだその人物は、いや、人かどうかもわからない。ローゼンメイデンでもないのにこのnのフィールドに干渉できる謎の道化師!

 

「ラプラスの…魔…!」

 

「ご機嫌麗しゅう、お嬢様方」

 

赤い目を細めると、小さな黒い帽子を軽く上げて、背筋を伸ばして綺麗な礼をしてみせる。なるほど、道理で謎が解けた。これなら全ての辻褄が合う。問題はなぜ、この怪人が雪華綺晶の方に味方したのかだ。内なる炎は、赤く燃え上がり始めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんまりくつろげなかった…

風呂を出て、身体を拭い、髪を軽く乾かして、ユヌクロのパジャマに着替えたというのにまだ風呂に入っているかのような、変な浮遊感があった。

 

居間にはめぐの姿がない。リビングのテレビはついたままである。外に出たわけではないだろう。ボスンとソファに腰掛けながら、ふやけた皺皺が戻り始めた指で携帯をいじりながらぼんやりと状況を整理する。

 

めぐは十中八九俺の部屋に居るのだろう、蒼星石たちは帰って来ていないようだし…その第7ドールが襲ってきたという形跡もない。今一番深刻な被害を受けたのは俺の携帯電話だ。男の名前しか残っていない連絡先を見るとため息しか出ない。これは流石に兄として、びしっと叱りつけなければ駄目なのだろう。

 

幸い、連絡先はバックアップで復元可能だ、何かサポートセンターに電話したりしないといけないが…最悪のケースは免れている。はぁともう一度ため息をつくと携帯を机の上に置いてごろんとソファに寝転がる。

もしもリビングにめぐが顔を出したら、やはり一言言わないと…と思った矢先、はっとする

 

「もしかしてもう寝てるんじゃないか」

 

軽く反動をつけて起き上がる。そうだよなぁ、普段のめぐなら、風呂上がりの俺に何らかの行動を起こすはずだ。匂い嗅いだり写真撮ったり密着してきたり…まぁ、それもどうかと思うがそれが普段通りの柿崎めぐだ。

 

そのまま立ち上がると、キィキィとなる廊下を渡り、コンコンと、さっきは入り難かったドアをノックする。返事は…無かった。

 

構わずドアを開ける、元々俺の部屋だ。怒られても問題ない…部屋の中は真っ暗で、枕もとで時計が薄く発光しているだけだった、廊下の光が差し込むと、少しずつ輪郭を取り戻していく。

 

「あー…めぐ?」

 

「すぅ……すぅ」

 

……寝てる。やっぱり寝ている。普通の事だけれど、何だかほっとして安心した。

俺のベッドで、布団に足を絡めて抱き枕にして、枕に顔を埋めて。パジャマはめくれて、だらしなくもおへそが見えてしまっている。

 

どっと疲れた。こっちが色々と考えているときに当の本人は既に夢の中とはなぁ…肩の張った力が一気に抜けていく。ゆっくりと歩み寄り、ベッドの縁に腰を下ろすと、指で顔にかかった長い黒髪をゆっくりと払い退けてやる。それからはだけたパジャマを元に戻して、部屋の暖房の電源を入れる。はぁ、風邪なんか引いたらどうするつもりなのか。

 

開いたドアの、廊下から差し込んでくる光でしかその姿を見ることは出来ないが、こうしてみるとめぐは、本当にどこにでもいる普通の少女だ。

普段はお見舞いの花を生首だと言ったり、屋上からダイブする人は空に唆されたなんて言ったり、電波っぽくて、ブラコンで、変わったところもあるけれど、だけど、こうしていると病気なんてないような、健康な少女で…。

 

顔色も、昔より大分良くなったようだった。生気に満ちた、漆のような艶のある肌になったし、良く作っていた目元の隈もなくなった。先生は発作の回数も減ったと言っていたし、少しずつ、良くなっている。昔は隣同士のベッドで、毎晩めぐが発作を起こさないかとひやひやしたものだ。なるべく寝顔を見るようにして、何事もなく寝ていれば今みたいに、ほっとして、何処かつらそうな顔をしていたら、なるべく傍で起きて居ようと思った。そういう寝顔をしている日は、必ず何かめぐの身に悪いことが起こるのだ。発作や痙攣で、苦しそうに足を張りつめて身体を悶えさせるめぐを見るのが…つらかった。

 

自分で勝手に作ったルール。守る必要のないルール。めぐより遅く寝て、寝顔を見るのは。だから結果として少し夜型になって寝坊をよくするようになってしまったが、それでも世話がかかるとか、面倒だとか思ったことはない。誰かに言われたわけでもない。そうしてあげるのが、自分がめぐのお兄ちゃんとしての使命の様に感じられたから。勝手にやっているだけだった。

 

立ち上がると、暖房をぴっぴぴとお休みモードという弱めの暖房に変えて、最後にもう一度だけめぐの方へと目を移す、今日は…大丈夫だろう。

腰を持ち上げ、ドアへと戻ると再びゆっくりと扉を閉めていく。

 

「おやすみ…めぐ」

 

「……ん……」

 

幸せそうに、ちょっとだけ笑ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「蒼星石たち、遅いなぁ」

 

時刻は既に夜の11時。普段なら蒼星石はとっくに鞄で寝ている時間だ。

すぐに帰ってくるだろうと、ホットコーヒーを入れて、それを飲みながらテレビを眺めて待っていたのだが一向に帰ってくる気配がない。会議とやらがそこまで長引いているのか。あるいは何か事件があったのか……

 

雪華綺晶という第7ドールの出現が、何を意味するのか俺には良くわからない。ただあんなに苛立った水銀燈も、余裕のない表情をした蒼星石も初めて見たのだから、相当やばい奴なのだろう。でもしかし、しかし、だ。

 

「案外良い奴だったりしてなぁ」

 

確証はない。ただ、一つそう思う理由としては、今まであったローゼンメイデンがみんなそうだったからとしか言いようがない。

水銀燈も金糸雀も、翠星石も真紅もそして、蒼星石も。彼女たちは強い個性を持っていて、根っこの部分はやっぱり似ている姉妹だったから…

 

「…して、…から」

 

…ん?テレビの調子が突然おかしくなる。音声は途絶え、画面がぶれ始めたのだ。たまに電波の都合か何かで止まったりはしたことはあるが、こんなビリビリに画面が歪むなんてのは、地デジになってからは一度もないぞ。リモコンに触れて、チャンネルボタンを押してみるのだが効果はない。電源を押して消そうとしているのだが、これまた効果がない。破れたように画面は歪んだ音声をだし、途絶え途絶えで映像はついたり消えたりはっきりしない。

 

「お…ガー…と…」

 

「ん?」

 

参ったぞ、今度は画面がほぼ灰色の砂嵐にかわ…

 

「…ア…なた、がほ。し・い!」

 

「え」

 

ぱっと、

部屋中の電気が消えた。

そう、今ついている壊れたテレビ以外のすべての光が停電を起こしたように一斉に消えたのだ。

そして、薄暗く光っている、灰色の画面に黒いシルエット、少女の、そう、あの時確かに見た…ローゼンメイデンの一人である…雪華綺晶の姿が映る!

小さなダイヤのような粒粒が集まった砂嵐は今も蠢いている。無意識のうちに、ソファからは立ち上がり、顔は食い入るように画面にくぎ付けになっていた。

 

「ま……すた…」

 

「蒼星石!」

 

その黒いシルエットが苦しそうなに地に這いつくばっている蒼星石のシルエットへと変わる。どうなっているんだ、これは。ドッドッと鼓動の音が大きくなっていくのがわかる。あまりにも非現実的な現象だが、だけど確かにここは現実だ!

夢の中では思いつかない、いや、試そうともしないほっぺたを引っ張ると言うわざとらしい行動をとってみる。手加減してたから、痛いと言うほどではないが、確かに痛覚はある。

 

「たず…け…ます、た……」

 

席を立ち蒼星石の映った画面に近づいていってみる。そして、そのテレビに右手を近づけた瞬間、ガシっと冷たい何かが、俺の手首を両手で掴んだ!そう、手だ。幼児くらいの小さな手。

 

あ、これ多分、罠だ。なんてことを考えながら頭の中はやけに冷静に戻った。寧ろ掴んできた力強い手の動きに逆らわず、ゆっくりと自分からテレビに手を近づけると同時に、ばちっと、静電気に、触れたような衝撃が体中を駆け巡った。ぞわぞわっ全身の毛に電気が絡みついたのかと思ったら。

 

 

「いって!」

 

 

するっと、落ちた。テレビの中に落ちた。いや、何て言うか、あっけない。テレビの中にそのまま居ると言うか、テレビの枠が小さい窓みたいな入り口になっていて、そこから別の部屋に入ったようなそんな気軽感覚だった。尻を擦りながらあたりを見てみると、へんてこな空間だった。灰色で、不安定で、壁や天井は水晶みたいで…さっき見ていた砂嵐が結晶になって背景になっているよう場所だった。

 

「…いらっしゃい」

 

「あ、ああ」

 

掴まれた腕の先には、やはり雪華綺晶が居た。こんなに近くで見るのは初めてかもしれない。お尻をついているから目線も合う。思いのほか弱弱しくて。所謂X脚といわれる膝と膝を合わせたような心もとない立ち方。目の片方がやはり本物に見える白い薔薇になっていて、ふわふわとウェーブのかかった白い髪、大きく開かれている、渦のような片目。心なしか、ぼんやりとさっきのテレビの画面のように光っているようにも見える。オーラと言うやつか。

 

「…」

 

「…」

 

じっと、こちらを見続ける片目。腕を両手でつかんだまま、それ以上のリアクションを向こうは取らない。俺も今更、お、お前は雪華綺晶!みたいな感じで驚く気にもなれない。だから…硬直した。しばらく、無言で目だけ合わせていた。

 

 

 

「俺はその、柿崎忍、蒼星石のマスターをやってるよ。よろしく、雪華綺晶」

 

 

 

気付いたら、既にもう片っ方の手を差し出していた。

 

さっきも少しだけ考えていたが、こいつが良い奴なのか悪い奴なのかはこの目でしっかり見ないとわからない。確かに、オーラと言うか、全体的に戦々恐々としてしまうような威圧感はあるが、それは初めて水銀燈と対峙した時のような未知のプレッシャーではない。寧ろ何処か…俺には懐かしいような…

雪華綺晶は出された手を見て口をへの字に結んで、上目づかいで

 

「この…手はなぁに?」

 

そう、尋ねてきた。

 

「何って握手だろう。仲良くしようって意味だよ」

 

「仲…よ……く?私と…」

 

掴まれてる右腕がミシミシっと、音を立てた。骨が軋んでいる。いたい、いっ!痛い…

だが、今声を上げちゃだめだ。逃れようとしては駄目だ。背中はいつのまにか汗ばんでいたが

 

「ま、一つよろしく頼むよ」

 

そう言って軽い感じでさらにずいっと左手を差し出す。向こうはじーっと力を抜いたが、未だに右腕は離さない。やはり、話の通じる相手では…

 

「……けた」

 

「え?」

 

「見つけた!」

 

手を放すと、ぎゅっと、地面を蹴って抱き着いてきた。あまりに突然だったので、その勢いに押し倒されるような形になる。向こうはそんなことは構わないとばかりに背中を肉ごと掴み、胸に顔を埋める。背中が痛い。

 

「見つけた見つけた見つけた!!」

 

向こうはこれでもかとばかりに口の端を吊り上げて、定まっていなかった渦のような目は金色に輝き、興奮したように頬を染めて俺の顔を覗きこむ。初めて会った時とも、さっきまでとも明らかに違う。プレゼントをもらった子供のような、そんな…

 

「私の、私のマスター!」

 

「!」

 

雪華綺晶が馬乗りになって胸板に手を添えたと思ったら、地面の結晶からは薔薇の蔦が絡みついてきた。うっ!?チクリとした茨が食い込み、手足は縛られ、首もその茨に絞めつけられる。無理やり今の姿勢を続けさせられているような地面に磔にされている。呼吸が、苦しい、命を、握られている。

 

「ふ、ふふ、ふふふふふ?」

 

「雪華綺晶、何を」

 

そして、雪華綺晶はゆっくりと俺の身体をハイハイをしてよじ登ってくる。耳の真横に手が置かれた。視界いっぱいに、雪華綺晶の顔が映る。

 

「ほしぃ……お願い……」

 

耳元で甘ったるい声を出されてしまい、思わず生唾を飲んでしまう。妖艶で、官能的なその声が、響きが。脳をおかしく蕩けさせる。

そして、ゆっくりと、近づいてくる。口が開いたと思ったら、その、にちょりとした唾液の絡んだ舌の先端には……

 

薔薇の指輪!

 

「ま、まて!」

 

俺とこのまま契約するつもりか!?

身体はいくら動かしても絡みつくこの薔薇の茨を振りほどけそうにない!寧ろ暴れれば暴れる程薄い手首や首の皮に食い込み、痛い!

 

「誓いの…キスを…」

 

もうだめだ!ぎゅっと目を閉じ、精一杯…顔を背け…。

 

 

 

 

 

「ああ!?」

 

 

 

 

短い、悲鳴のような声が聞こえたと思ったら、やけに体の上が軽くなった。

カっと目を開くとそこには先ほど俺に覆いかぶさっていた雪華綺晶の姿はなく…

 

…数回焦るように浅い呼吸をするとようやく何が起こったか理解できた。誰かが助けてくれたのだ。一体、一体誰が…ぐいっと棘に首を食い込ませながら頭を少し横に向けると

 

「雪華綺晶が…二人?」

 

水晶の壁にぶつかり、右手を抑えて足を震わせながら立ち上がった白いドレスの雪華綺晶。対して、俺から見えるのは背中だけだが、同じく白いウェーブがかった髪に、ツインテール…紫色のドレスを纏って、薄紫色のブーツを履いた…雪華綺晶?

右手には剣に見立てた水晶のようなものを持っている。俺を助けてくれたのが、この紫色の雪華綺晶なのか…?

 

「!」

 

こちらを一瞬見た。そして気が付いた。違う。似ているが違う。紫色の薔薇は本物ではなく眼帯だし、左目にかかっているから位置が逆だ。こちらを一瞥したが、その紫色のドールはすぐに前へと向き直って俺から視線を外した。

 

み、味方…なのだろうか?

 

「…!」

 

「あぁ!?」

 

跳んだ。と思ったら本物の雪華綺晶は再び水晶の壁に激突していた。その時、俺を縛っていた謎の茨も解けてなくなってしまう。どうやら、身体に自由は戻ったようだが…今、起き上がるのはまずい気がして…死んだふりではないが、動かないことにした。な、何かあの紫色のドール…やばい…!

 

「あ、ぁあ!!」

 

「…」

 

あの雪華綺晶が、やられている。雪華綺晶は同じような透明の結晶剣を作り出し、その紫色のドールに応戦しているのだが…初めに負った傷があるからか見る見る切り傷が増え、明らかに劣勢だった。このままじゃ、雪華綺晶は負けるんじゃ…

 

って、俺はなんで雪華綺晶を贔屓するような目で見てるんだ。

 

あの紫の薔薇のドールが何者かは俺にはわからないが、少なくとも俺を助けてくれたのは確かなのだ。なのに、どうして俺は襲われた方の、雪華綺晶の肩を持つようなこと…やっつけてくれるなら、それで良いじゃないか…!?

 

う、腕が飛んだ。

 

雪華綺晶の水晶を持っていた左腕が、どさっと落ちた。そのまま、雪華綺晶の身体も崩れる様に地面に倒れた。

ど、どうやら、勝負がついたようだ…。勝ったのは、あの乱入してきたドールの方か。いや、良かった。これで俺は…

 

「あ、ぁあ…ます…たぁ…私の……」

 

「!!」

 

 

 

 

俺は…どうかしてるのかもしれない。

左腕を拾って、走って、スライディングで滑り込み、雪華綺晶を拾い上げに行っていた。虚を突かれたのか、紫色のドールは反応できなかったが、それでも、ぎりぎり鋭い水晶の切っ先で切られて少し背中が血で生暖かい…だが、間に合った。

腕の中で、雪華綺晶は俺を見上げて口を開けている。なんでって、顔をしているが、俺がききたいくらいだった。

 

「…なぜ?」

 

無表情で、小さな声だったが相手のドールは確かにそう言った。

 

「なぜって、な、なんとなく」

 

「なんとなく?」

 

「わかんないんだよ、俺にも」

 

「ぁ…!」

 

ぎゅっと、服を精一杯残った右手で掴む雪華綺晶。わからないけど、放っておけなかったんだ。このままじゃ、多分あのドールに壊されていたから…

 

「…わからない…」

 

でも、これってすんごくやばい状況ではないだろうか。

ぶんぶんっと、向こうは水晶を振るって雪華綺晶に肩入れした俺への処遇を決めた様に見えた。一方、腕の中の雪華綺晶はと言うと…とても戦えるような状況ではない。

 

逃げ回るか?このわけのわからん空間を?それは多分…無理だ。

 

戦うか?いや、それも厳しい。俺ごときじゃあの不思議な力にはとても…

 

ええい、男なら覚悟を決めろ!腕の中に居る雪華綺晶に向き直る。勝てる見込みはこれしかない。助かる手段もこれしかない!

 

「雪華綺晶!」

 

「ん!?ん、んん…ふぁ…」

 

「…!?」

 

雪華綺晶の口に指を突っ込み、にゅるんと唾液のついた指輪を引っ張り出すとキスと言うより勢いのまま唇に指輪を押し当てる!

 

じゅっと、燃えるような、火を押し当てられたようなあの感覚が薬指を焼き付ける!やってしまった、もう後戻りはできない。輝きだす、雪華綺晶の身体、再びくっつく左腕…そう、契約してしまった。俺は今、雪華綺晶と!

 


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