ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター!   作:雨あられ

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第16話

「やぁドールズ会えて嬉しいよ」

 

暗闇の中、大きな丸いテーブルと7つの小さな長椅子。机の上には紅茶のカップも7つ。3つの席を除いて4つ。ドールズたちが席を埋める。1番3番4番、5番。それぞれ自分の席がいつのころからか決まっていて、僕の隣は翠星石と真紅になるのだけれど…これじゃあなんだか水銀燈一人だけが対面に座っているように見える。本人はその方が良いと言う風に思っているかも知れないが、彼女の隣に座るはずの金糸雀だけが来ていないし、第7ドールの席は、誰かが座ったことがない。

 

ここはnのフィールドのとある空間。何時ごろからあったかなんて覚えてはいない。ただこの空間は昔から机が一つに椅子が7つと決まっている。何百年も前も、その前も、机が一つ、長椅子が7つ…

 

「あら真紅ぅ、さっきの今で、その間抜けな面にますます磨きがかかったわねぇ」

 

「…あら居たの?ごめんなさい、気が付かなかったわ。周りと同化してるんですもの」

 

「あぁ!?」

 

「お、落ち着くですぅ二人とも、大体、今回は緊急事態だから、喧嘩はしねーって話だったですぅ」

 

「そうだよ二人とも」

 

「チッ」

 

どかっと、席に座りなおす水銀燈と、私は悪くないと言わんばかりの澄まし顔を浮かべる真紅。この二人は、いつもこうだ。だけど今日くらいはそれもやめにしてほしい。

 

「ごめんなさーい!遅れたかしら」

 

そこへ、部屋のドアを開けてまた一人。ドールが増える。黄色いドレスに無垢な笑み。

 

「遅いわよ金糸雀!この私をどれだけ待たせるつもり!」

 

「あ、水銀燈久しぶりかしら!それが、カナのマスターの撮影会を抜け出すのにちょっと、手間取っちゃって…って、うわー。今日はこの部屋に5人も集まってるだなんて、ちょっとわくわくしてきちゃうかしらー!」

 

「く、この子は…」

 

「金糸雀、早く席に付きなさい。…蒼星石、はじめて頂戴」

 

すっかり毒気を抜かれた水銀燈をよそに、真紅がそう声を掛ける。金糸雀は水銀燈と翠星石の間の席に座ると、隣の水銀燈ににっこりと微笑んだ。それを苦々しい顔で受けて、そのまま顔を反対方向に向けて逸らした。何はともあれ、全員揃ったみたいだ。

今まであったことのあるドールズが5人。第6ドールと第7ドールを除いて…

僕は席を立つと、机に手をついて、改めて彼女たちを見渡す。

 

「みんな、今日は来てくれてありがとう。

集まってもらったのはほかでもない。僕たちの一番下の妹、ローゼンメイデン第7ドール…雪華綺晶についてだ」

 

ざわ。と水銀燈以外のドールズに緊張が走る。無理もない、今まであったことのない第7ドールに僕たちはみな夢を見、憧れ、恐れ、期待して持っていたのだから。だけどまさか、こんな形での出会いになるなんて…

続けて頂戴。という真紅の声に頷き、また前を向き直る。

 

「雪華綺晶は水銀燈のマスターである柿崎めぐと言う人を今日の夕方、襲った。話によると、彼女はどうやらボディがない、僕たちとは違ってアストラル体で出来ているみたいなんだ。そして、僕たちドールズの身体を密かに狙っていると言っていたよ……危険な存在だと思う」

 

「か、身体を狙う?それってなんだか怖いのかしら…」

 

「それに、もしもこれでチビチビが目覚めちまったら…」

 

「そう……ローゼンメイデンが全員目覚めることになる」

 

皆静まり返って、翠星石は不安そうに瞳を揺らし、真紅はその青い目で紅茶の入ったカップの波紋を見つめる。水銀燈は思いだしたかのように怒りを燃やし、金糸雀は…ちょっとよくわからないが、驚いているのは確かなようだ。

 

「アリスゲームよ」

 

水銀燈が同じように手をついて立ち上がった。好戦的な、笑みを浮かべて。

 

「この平和ボケ劇場もついに終わるのよ!大体、ローゼンメイデンが6人も目覚めていて今まで誰一人として脱落してない現状こそ異常だったのよぉ」

 

「そんなことはねぇです!確かにアリスゲームはお父様の望みですが…きっとアリスになるには、それ以外の道だってあるですぅ!」

 

「でもー。お父様はなんで雪華綺晶にだけボディを作ってあげなかったのかしら。これって、何だか重要だとカナは…」

 

「皆、静かにしてちょうだい…蒼星石、雪華綺晶はなぜ、その柿崎めぐというミーディアムを襲ったのかしら?私がボディを狙うのならば、真っ直ぐに弱そうな雛苺か金糸雀を狙うわ」

 

「な!失礼千万かしら!」

 

「確かに、そうだね…」

 

真紅の言う通りだ。何故、めぐさんを狙ったのだろう。マスターの所にも、現れたと言っていた。夢か何かだと思うくらい、ほんの少しだけだったらしいが、どうしてなのだろう。

 

「ふん、差し詰め人質にでもするつもりなんじゃないのぉ?そんなことしたところで、私は新しいマスターを探すだけだから気にしないのにぃ」

 

「その割には、今日は随分焦っていたね」

 

「蒼星石、あなた!」

 

「へぇ…それは興味深いわね水銀燈。あなたが…ふふ」

 

「真紅ぅ!やっぱりここであなたは沈めてあげるわ」

 

「受けて立つのだわ」

 

「受けてたっちゃだめだよ!真紅!」

 

「そうですぅ。もういい加減にしろです!」

 

これじゃあ何時まで経っても話が進まない!

 

「ふふ、楽しそう。私も入れてくださいな」

 

 

 

……目を見張った。皆、動けないでいた。

 

雪華綺晶!

 

 

「ひどいです、お姉様方、私だけこんな素敵なお茶会に呼んでくれないなんて」

 

7番目の、席に座るとニコニコとした笑みを浮かべる。しかし、その細められた片目は深い闇の様に底が見えない恐ろしさがあった。どうやってここへ。入り口は一つ、僕たちの前にある薔薇の刻印の入ったドアが一つだけ。それ以外は、どうやっても入れるはずがないと言うのに!

 

「良くもまぁノコノコと!」

 

「待ちなさい水銀燈!…ねぇ雪華綺晶。あなたも一緒にお茶会に参加してはどうかしら?」

 

座ったままの真紅が、落ち着いた表情でそう言った。

 

「真紅!何言ってるですか!?」

 

「待って、翠星石。…確かに、それは名案だね。もともと、この部屋はそういう部屋なのだから…紅茶で良いかな?」

 

にこりと、また笑った。言葉は発していないが、同意してくれたと言う事だろう。じょぼじょぼと、白いティーカップに暖かい紅茶を注いでいくと、彼女の前にそっと出してあげる。

 

「ありがとうございます。蒼のお姉さま」

 

そう言うと、子供の様にカップを両手で持って、口を付けた。しかし、熱かったのか、べっと、舌を出した後、口を尖らせて息を吹き付ける雪華綺晶………

隣の席の水銀燈は、その様子を見て眉間に深く皺を刻みこみながら、睨むように目を向けて、やがて、席に着いた。始めから座っていた真紅を除いて、僕たちも全員再び席に着く。少なくとも皆の顔には焦りや不安の色が見えるが、雪華綺晶と真紅だけはとても落ち着いている風に見える。

 

これが、雪華綺晶。第7ドール。

 

白いドレス、薄いピンク色の髪。そして、右目のアイホールから覗かせる白い薔薇…彼女自身が白い薔薇のようにも思われる。とげとげしいオーラと、無垢で美しい妖艶なオーラを併せ持つ、今までにないタイプのドールだった。水銀燈とはまた違った威圧感を持っていて、翠星石も恐れを抱いているのか僕の方へと席を寄せて、服の袖を引っ張った。

真紅に目を向ける、じっと観察するように彼女もまた雪華綺晶を眺めていたが、目を瞑ると同じように紅茶を飲み始めた。何か、考えがあるのだろう。

 

「雪華綺晶、と言ったわね。聞いたわあなたの事」

 

「まぁ、本当ですか。これからはよろしくしてくださいな。紅薔薇のお姉さま」

 

「ええ、こちらこそ」

 

少し戸惑う。彼女は本当にめぐさんを襲った「雪華綺晶」と同一人物なのだろうか。いや、間違いないだろう。現にあの水銀燈も、恐ろしいほど強力な殺気を隣に向って飛ばし続けているし、何よりも言葉で言い表せない、この胸の中の感覚、繋がりのようなものこそがその証拠だ。

真紅は紅茶のカップを持ったまま、真っ直ぐに雪華綺晶の方を見据えた。

 

「ねぇ雪華綺晶。あなたはどうして水銀燈のマスターを襲ったりしたの?教えて頂戴」

 

「簡単ですわ、私は他のマスターもみんなみんなほしくなってしまうの…

桜田ジュンも

草笛みつも…

柿崎めぐも…柿崎忍も…

みんなみいんなほしくなってしまうの」

 

あは。とおどけた様にして話す彼女の言葉に耳を疑う。

何を…言っているんだ…?

他人のマスターが…ほしくなる?

静かな狂気が渦巻き始めた気がした。世間話をするように、彼女が言ったその言葉が今でもどこか胸の中でざわざわと揺れ動いている。ごくごくと。カップを傾けて紅茶を飲み終わるとカタンとお皿に戻して、今度は目を見開いたまま笑う。

 

「…そう、欲しい。私はほしい。ほしい…お姉さま方の誰でも良いの、そのボディを私にくださらない?」

 

「っは、冗談」

 

「そ、そうですぅ!マスターやボディをくれだなんて、正気の沙汰じゃあないです!」

 

警戒を強める。水銀燈は羽を広げて、翠星石は僕にしがみ付き…

だがそんな僕たちを見て彼女は人差し指をほっぺたに当てて、首を傾げる。

 

「お姉さま方?私はアリスになんて興味がないの。ローザミスティカだって…ほしぃのはそう、ただ一つだけ…」

 

すっと、金糸雀を見つめて手を伸ばす。金糸雀はひっと、短く声を漏らすとがたりと席を立って後ずさりをするとその場を離れた。

雪華綺晶は僕たちをぐるっと一瞥すると、次には机に乗って、僕と翠星石の方へ手を伸ばした。く、来るなですぅ!と言って翠星石がスイドリームを呼び出すと、庭師の如雨露をブンブンと振り回す。

 

バチィ!

 

と振り回した如雨露の先が、雪華綺晶の白い手にあたってしまった。

雪華綺晶の顔はどんどんと曇っていき、次第に泣きそうなものへと変わっていく。

 

「ひどいわ。お姉さまたち…お茶会にも呼んでくださらない。私のお願いも聞いてくださらない。それにこんな…本当にひどい」

 

「ふん。末妹…あなた、末っ子だからってわがままが過ぎるのよぉ。ここに何しに来たかわからないけれど、袋のネズミって感じかしら?」

 

「やめなさい水銀燈。雪華綺晶も!机の上に乗るなんてことはレディのすることではなくってよ?降りなさいな」

 

「ふ、ふふ。あは?優しい蒼のお姉さま?私に体をくださいな」

 

瞬間。

机に乗った彼女の身体から、光る薔薇の茎が!蔦が!洪水のように辺り一面にあふれ出した!

 

「ぎゃー!なんなのかしらー!」

 

咄嗟に庭師の鋏でそれを切り裂き、飛び退く!金糸雀と僕から少し離れた翠星石は捉えられてしまったようだった。真紅と水銀燈は…流石だ。あれをかわして雪華綺晶へと逆ににじり寄っていた。

 

「ふ、ようやく本性を現したわね!」

 

「やめなさい。雪華綺晶、あなたも!」

 

…雪華綺晶はあの二人に、任せよう。とりあえず捕まっている翠星石と金糸雀を助け出さないと。

 

「うふふ、お姉さま、遊びましょう?」

 

!この部屋唯一の扉が開いて、雪華綺晶はそこに飛び降りるようにして出て行ってしまう、ドアの方に重力があったような、横に落ちていくような。そんな感じで。

慌てて真紅と水銀燈が扉に向ったようだが、ドアノブに触れようとした瞬間、金属が白い薔薇のつぼみに変わり、大きな花が咲き、花びらが、弾けた。

 

「く」

 

「チッ」

 

水銀燈たちは各々翼の羽や花弁で薔薇を咄嗟にはじき返して、相殺し、難を逃れたようだ。鮮やかだったが、見とれているわけにはいかないと、僕自身も鋏で翠星石と金糸雀の蔦を絶ち切り終えると、ドアを開けてまさに部屋を出ようとする真紅と水銀燈の後へと続いた。

 

やはり彼女は良くない存在だった。

 

ドアを開け放った。水銀燈と真紅は前に進む、後ろで必死に僕を呼び止める翠星石の声もある。それでも止まれない。マスターたちが、危ない!

 

「な」

 

「これは」

 

ドアの先は、暗い闇の空間に、また、いくつものドアが浮いている。そこには部屋何て概念はない。宇宙の様にふわふわとしたところに、ドアが、右に左に、上に下に…そう、これは人の夢と夢とを繋ぐような場所。どうして、こんな。あの部屋のドアを出たら、思った景色に。マスターの家の洗面台に出ると思ったのに!

水銀燈が、一番近くのドアを一つ、開け放った。その先にはヤシの木が見えて、波の音とカモメの鳴く声…違う。居ない。ばたんと彼女は扉を閉めると、今度は真紅が別のものを開けた……寒い吹雪の雪山…違う。

 

まるで迷路だ。何も感じることが出来ない。普段、夢の中を行き来するときなどはあらかじめどこが何処につながっているかわかると言うのに。この空間では全く分からない。

 

「やはり、雪華綺晶のフィールドのようね…」

 

「こ、これじゃあどこが出口かわからないのかしら」

 

やってくれるじゃないか。第7ドール!

不安そうに僕の袖を握る翠星石を引き寄せると、ふつふつと焦りと怒りが湧いてくる。この迷路のような空間を僕たちだけで出口を探さなければいけない。途方もない無限のドアを見て、頭の奥が燃えるように熱くなってきた。

 

マスターたちと引き離されて、閉じ込められたのだ。僕たちは。

 

 


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