ヤンデレの病弱妹に死ぬほど愛されているお兄ちゃんは蒼星石のマスター!   作:雨あられ

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第14話

時間を適当に潰し終えると、ついに水銀燈お待ちかねのくんくん推理ショーの30分ほど前になった。既にチケットは入手していたので焦らずとも問題ないのだが…それでも何処か回る予定もないし。座りながら三葉たちと談笑をして、こくこくとその時間が来るのを待った。待ったのだが。

 

「凄い人だな…」

 

「くんくんって結構人気があるのよね」

 

余裕を持って4人分の席を使って座っていたのだが、どうにもこのお客さんの入り方じゃ席が足りなくなってしまうペースだ。というか、見る見る座席が埋まっていき、ほとんどの席が埋まっている。これから更に席が混むだろう。そうなる前に、少しでも席は空けた方が良いかもしれない。

 

「蒼星石、俺の膝の上に座るか」

 

「え、う、うん!」

 

「じゃ、水銀燈は私の膝のう…」

 

「…冗談じゃないわ」

 

なんと、水銀燈は蒼星石が席を立つと同時に、ばっと飛んで俺の膝にふわりと蒼星石より早く飛び乗ってきた。そのまま足を組むと、何が起こったかわからないという風な顔をした蒼星石を見下ろしながら、足を揺らして挑発する。

 

「この席は満員よぉ。隣に行けばぁ?」

 

「!君は!」

 

くすくすと言って三葉の膝の上を指差す。それを聞いた蒼星石は何だか握り拳を握って非常に複雑な表情を浮べていた、しかし、小さく手を広げてそわそわと待っている三葉を見るとおとなしくその膝の上に座ったようだった。俺なんかよりも、三葉の膝の上のほうが柔らかいのになぁ。

 

「あそこが空いたわ、のり」

 

「本当、あの~、すみません。お隣よろしいですか?」

 

するとさっそく横からうろうろしていた見物客の声が聞こえてくる、大きなリュックを背負った眼鏡の女の子のようだ。勿論、条件反射的にどうぞ。というと、もう少しだけ三葉のほうへと席を詰めてあげる。大学生?くらいだろうか。何だか、おっとりした雰囲気の持ち主だ。しかし、その娘が腰を降ろし、カバンから出した、いや出てきたものが、目に入ったものが、あまりにも衝撃的過ぎて面食らう。

 

「まさかこんな日が来るなんて……あまり前のほうでは無いけれどちょうど真ん中辺りで絶好の席よ。あなたにしては上出来よ、のり」

 

赤い、真っ赤なワンピースにケープコート、金色の二つに結んだ髪は先っちょがくるんとカールしていて首を振るとひゅんひゅんと唸った、その上にはボンネット状のヘッドドレスをつけた、小さな、西洋人形。間違いなく、背丈からもその精巧さからも、蒼星石と同じ、ローゼンメイデン!

俺の驚きもさることながら、俺よりも膝の上の水銀燈は尋常じゃないほど目を見開いて驚いている。そりゃもう、長年の宿敵に出会ったライバルっていう感じだ。そして、膝から降りると黒い羽がちょっと舞い、それに気がついた赤いドールと、目があい、叫ぶ。

 

「水銀燈!」「真紅ぅ!」

 

「あ、あなた…」

 

「ウフフフフ…586920時間37分ぶりね、真紅…」

 

「あ、あぁ…あなた…い、一体」

 

「いいわ、いいわよぉ~真紅!その驚いた不細工な顔!最高に傑作よぉ!アッハハハハ!」

 

「あなたそのくんくんの探偵服を一体何処で手に入れたのよ!まさか、100名限定のくんくんの懸賞……!私に届くはずだったくんくんの懸賞に、当たったんじゃないでしょうね!」

 

「え!?こ、これはそんなんじゃ…」

 

…なんか、悪役まっしぐらだった水銀燈が、早速押されはじめたぞ。にしても懸賞か、そういえばそんな企画をくんくんでやっていた気がする。魚肉ソーセージのポイントを集めるんだったかな。どうせ当たらないからって言って、応募しなかったんだ。それについてくるくんくんのシールだけで、水銀燈は満足していた。

 

「ま、まさか、私の家に届けている途中だった、業者を襲ったのね?!そうだわ、そうに違いない…!」

 

あのポーズは、くんくんが推理しているときの、それだ。なりきっている。

 

「あの、あのね?真紅」

 

「許されないわ。これは、絶対に許されない行為よ、薔薇乙女としてあるまじき、最低の行為よ…!」

 

拳を震わせて、キラリと座った目を光らせると明後日の方向を見つめてから、凄い目力で再び水銀燈の方に向き直る。真紅と呼ばれたドール。じりっと足を踏み込むと、水銀燈は小さく声を漏らして、おろおろと後退して居る。あの水銀燈をここまで…!このドール一体何者…

 

「やぁ、真紅、久しぶりだね」

 

「蒼星石、あなたも居たのね。あら、ふふ、中々可愛いじゃないそのお洋服。

…そうだ、聞いてちょうだい、水銀燈がとんでもなく卑劣で許されない行為を…」

 

そこへ割って入ったのが我らが蒼星石。三葉の膝の上から飛び降りると、いつもの笑顔。それから服を褒められたのが嬉しかったのが頭を掻いて少し照れた。可愛い。しかし、すぐに状況を思い出したのか柔らかい笑みを浮べたまま、真紅を説得し始める。

 

「まぁまぁ、よく見てごらんよ。水銀燈のこの服は自家製だよ。ほら、あの白いビラビラした服についているタグは何処にもついていないし、服のサイズも、水銀燈に完全にフィットしている。その懸賞のものだとしたらここまではいかないだろう?それに、僕たちも懸賞の事は知っているのだけれど、真紅の家に届くとしたら、まだもう少し期間はあったと思うよ?」

 

「え?…確かに…そうね」

 

おお。流石は蒼星石、あのヤクザみたいな言いがかりをつけてきた赤いドールを言い負かしたぞ。まるでわが子が討論会で勝った時の様に嬉しくなる。風向きが変わったのを察したのかここぞとばかりに前に出てくる水銀燈。

 

「ふ、ふん。わかったかしら?大体、わざわざそんなことをするほど、私は暇じゃないのよぉ」

 

毎日家でごろごろしてるくせに~。と今言えば黒い羽で蜂の巣にされるのだろうな。我慢我慢。

 

「ごめんなさい。水銀燈、あなたを誤解していたわ…」

 

「え?ええ、良いのよ、間違いなんて、誰にでもあるものだもの…」

 

あれ、急に態度が変わったな。いや、こっちが本来の姿なのか?すっと真紅は水銀燈の手を取ると、目を見て本当に誤解していたことを謝罪し始めた。なんか、水銀燈のやつ頬なんかそめて満更でもない、ような気がする。仲が悪いと思ったけれど。本当は仲良…

 

「ええ、あなたは素晴らしいドールよ…そこで、仲直りの印と言ってはなんなのだけれど。そのくんくんの服、私にくれないかしら?」

 

「え!?」

 

ダメだ、この赤いやつ。笑顔、本当、女神みたいな穏やかな笑顔で言っている事はこの上なく外道だ。こ、こら、水銀燈、流されて折角縫って貰った探偵服を脱いで差し出そうとするな!だまされてるぞ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あんなことがあったばかりだというのに、膝の上の3体のドール達はそれぞれやいのやいのと、マニアックなくんくんの知識について話始めている。少し、けんか腰で。

第21話がどうのこうのだとか。あの話が感動した、だの…。マニアックすぎて後ろから聞いていてもさっぱりわからない。しょうがない、こちらはこちらで親交を暖めることにしよう。

 

「あの、はじめまして、蒼星石のマスターの、柿崎忍です」

 

そう言って頭を軽く下げると、今度はちらっと隣に居る三葉に目配せする。わ、私は結菱三葉、よ、よろしくね。と遅れてつかえながらだが、ちゃんと自己紹介できたようだ。大学生になっても、未だに三葉の人見知りは直っていないらしい。

 

「忍さん…?それに三葉さん……もしかして、ニン兄に、みっちゃん!?」

 

「…!その呼び方。もしかして、ノリちゃん!?ほら、忍!のりちゃんよ!」

 

ばしばしっと背中を叩かれなくても、その名前は覚えている。いや、思い出した。確かに面影がある。昔、薔薇屋敷に迷い込んだ姉弟が居た。しっかりものだか、惚けているのかわからない姉と。優しいのだけれど少し引っ込み思案のきらいがあった弟の姉弟。二人と会った日から何回か一緒に遊んだことがあるのだけれど、いつからか、連絡もなしにぱったりと来なくなったのを覚えている。のりはその姉の方だ。突然騒ぎ始めた俺たちに、ドールズも口を開けて不思議そうにしていた。

 

 

 

 

 

 

「そうか、両親が仕事で…大変だったなぁ」

 

「うん。ごめんね、私達もその、時間が経ってから行くのが、何だか怖くて」

 

「ううん。また会えて嬉しいわ。何かのりちゃんやジュン君を怒らせるようなことをしたんじゃないかって、私も怖くて…」

 

「みっちゃん…」

 

のりの家の両親が、ある日を境に急激に忙しくなり、家事や留守番で遊びに来れなくなってしまったらしい。その上、今も未だに海外赴任中の両親の代わりにジュン君と二人暮らし、家は一人で切り盛りしているというのだから大変だ。

 

「そうだ、ジュン君は何処に居るの?まぁ、ジュン君のことだから、くんくんのショーなんて興味ないとか言ってそうだけど」

 

「えーっとジュン君は…」

 

『さー皆さんこんにちは~!司会の、お姉さんだよー!今日は、みんなと一緒にくんくんの推理ショーを』

 

?なにやら目を泳がせて言葉を濁したのり。しかし、ショーが始まってしまったのならこれ以上雑談を続けるわけにも行かないだろう。くんくん、くんくんを早く出しなさい!と叫ぶ真紅や、そわそわと落ち着かなく膝を揺らしている水銀燈。じーっと真剣にお姉さんの話を聞いている蒼星石の邪魔をするわけには。行かない。

 

「とりあえず、積もる話はショーの後にしましょう。ね?」

 

「そうだな」

 

手を合わせて会話を中断させる三葉。俺もそれに同意すると、のりも、それを微笑んで首を縦に振って頷いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

『くんくんを呼んでみましょー!くんくーん!』

 

「くんくーん!!!私はここよ!くんくーん!」

 

「ば、馬鹿みたい…」

 

「くんくーん…」

 

上から真紅、水銀燈、蒼星石なのだが、注目すべきは、やはり蒼星石の照れながらの叫び声。もう一度、大きな声でー!というと、今度は水銀燈まで、く、くんくん。とぼそりと呟き始める。どこまでドールズたちを夢中にさせるのか。

 

おそらく、何人もの人がひしめき合っているだろう台の下からにゅっと針金で動く犬の人形。つまりはパイプを持った垂れ目の犬の人形、くんくんが顔を出したのだ。そして続けて口を開く。

 

『やぁみんな!今日は来てくれてありがとー!』

 

「「きゃああああ!くんくん!くんくんよー!」」

 

とシンクロして手を合わせる赤と黒。お前ら本当は仲良しだろ!本質というか、根幹というか、姉妹なのだろう。一人、蒼星石だけは、マスター。本物のくんくんだよ。と目を光らせて振り向いてくれた。笑顔で返すと、すぐにまた前を向いてくんくんの話を聞きはじめる。蒼星石が、そこまで盲目的にくんくん好きじゃなくて良かった。だとしたら、今頃家中くんくんのぬいぐるみだらけで。着ぐるみの購入まで考えただろう。それに、俺も嫉妬というか、拗ねちゃうかも。

 

『じゃあ、みんな、今日は最後まで、よろしくんくん!』

 

「「「よろしくんくん!」」」

 

あ!蒼星石、今普通に!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『にゃ!にゃんと!くんくん君、きみは犯人がこの中に居るというのか!?』

 

『ええ、間違いありませんよ猫警部、僕の鼻が、確かに犯人がこの中に居ると嗅ぎ分けたのさ!』

 

『しかし、この中に居るのは皆、信用のおけるものばかりですぞ!?』

 

恋する乙女。とはまさにこのことだろう。ごくりと生唾を飲み込んで祈るように手を合わせる真紅がまさにそれだ。水銀燈はさっきまでの偉そうな座り方じゃなくて、膝の上で手を丸くして食い入るように劇を見ている。蒼星石もまた、同じように姿勢を正して微動だにしない。

 

俺たちは、実は既に犯人を知っている。というか、くんくんサイドで話が進んだと思ったら、悪そうな、しかし何処か憎めない泥棒キャットとドジな下っ端ネズミという典型的な悪役が出てきて、俺たち観客の見ている目の前でアカデミーリングを盗むという犯行を犯したのだ。そして、現在は泥棒キャットはアザラシ男爵に変装している。こういった裏事情を俺たちだけが知っているというのはショーでは良くあることで、その後、やたらコミカルな話術でオレが犯人だってことは黙っていてほしいにゃ。と泥棒キャットたちはお願いすると、子供には分からないメタ発言も交えながら俺たち保護者を言葉巧みに笑いに引き込み、ハートをわしづかみにしたのだった。俺としては、今日はすでに泥棒キャットを応援したい気分になっている。てか、あれ絶対アドリブだろ。お客さんの反応を見ながら話す姿はまさに人形界の綾小路きみ○ろ。

 

『それに、証拠がないと犯人がわかって居ても、逮捕することはできないですにゃ』

 

『それはもちろん。だって、証拠は無くても、ほら、証人ならここにいっぱい居るじゃないか!』

 

おお!そう持ってくるのか。そうよ!私たちはこの両の眼で確かに見たわ!と真紅。あいつ、あいつが犯人よ!くんくん!くんくん!と、訴えても仕方がないことを声を張り上げて叫ぶ水銀燈。うんうんと頷いてくんくんに同意している蒼星石。やがて、くんくんがラビット婦人の前まで、移動して

 

『やったのはラビット婦人!?』

 

「違う!違うわくんくん!」

 

「くんくん!ラビット婦人はあなたに推理のヒントをくれたじゃない!ここに来て裏切るつもり!」

 

『じゃなくて』

 

ほっと胸をなでおろす二人。かと思えば。

 

『君だ!猫警部!』

 

と叫ぶと

 

「何をいっているの!くんくん!あいつ!あいつがやったのよ!私の声を聞いて!」

 

「くんくん~!あなたなら正しい答えを導けるのを、私は!私は!」

  

『でもなくて』

 

もうこれ完璧に遊ばれてるよ。くんくんに弄ばれてるよ。

 

『あなただ!アザラシ男爵、いや!泥棒キャット!あなたが、このアカデミーリングを盗んでいった!そうでしょう?みんな!』

 

その瞬間会場の子供達が見たー!だの、そうだー!とか叫びだして、一層大きな声が鳴り響く。真紅と水銀燈も例外ではなく、そうよ!流石はくんくん!だの、くんくん!くんくん!だのとそれはもう膝の上で立つほど興奮されている。痛い、ぴょんぴょん跳ねないでほしい。蒼星石は満足げに頷くだけだったが、どこかほっとしているようだった。

 

『何を言っているんだねくんくん君、私はずっとここに居たアリバイがあるのですぞ?なぁみんな?』

 

おうそうだぞー!いたいたー!などというのは汚い大人たちの声と、一部のひねくれた子供。俺も冗談でいたいたー!と泥棒キャットの味方をして叫ぶとぴしゃんと真紅のツインテールがムチのようにしなって顔に直撃し、どごっと水銀燈の肘うちが飛んでくる。絶対、この、コンビネーション…仲良い…だろ。

 

『いいや、君にはアリバイなんて最初から無かったんだ。だってこれは、二人の共犯者が居て初めて成り立つトリックなのだから!』

 

『な、なんとー!?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

劇が終わると、真紅は涙を流して、ぱちぱちぱちと惜しみない拍手を送っているようだった。水銀燈も同じように泣きそうな顔を口を結んでこらえながら拍手している。蒼星石も、ぐすっと涙ぐみ、三葉にハンカチを手渡されている。まさか、まさかあんなに感動のラストが待っているとは…。くんくんを庇って銃弾を受けて動けなくなってしまった猫警部のシーンでは、不覚にもほろりときてしまったし。最後の、実は泥棒キャットが盗んだのは既に偽物のアカデミーリングで、真犯人がラビット夫人だという大どんでん返しの名推理には度肝を抜かれた。鳥肌ものだ。

 

「素晴らしい、素晴らしいわ!」

 

「くんくん……ぽ」

 

「まさか、まさかこんなことになるなんて…」

 

会場全体は俺たちと同じようにこの人形劇に釘付けとなり、最後に人形達全員が舞台の上で手を繋いで礼をすると、パチパチパチっとスタンディングオベーションが起きる。会場中に拍手の音がしばらく鳴り止まなかったのだった。

 


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