結城リトの受難   作:monmo

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第五話

 ララを連れて自分の教室へと戻ってきた俺は、気を落ち着かせながら行動を起こす。

 

 「ララ、ここに座ってて」

 

 俺は彼女を空いている席に座らせた。机の中は空っぽだったので、たぶん誰も使っていないだろう。

 だが、彼女はすぐに願望を投げかけてきた。

 

 「リトの隣りはー?」

 

 「他の奴がいる。諦めろ」

 

 彼女は少しだけ駄々をこねたが、俺の説得に「まあいっか」と開き直って大人しく座ってくれた。俺もいつまでもここに立っている訳にはいかないので、自分の席に戻る。そしてまた、一息ついたのだ。

 

 ヒソヒソ……… ザワザワ………

 

 うん。教室に入った時点で感じていたのだが、周りからの視線が痛い。自分のやった事がどれだけ異常な行動だったのかはわかっている。だから彼等が俺の事を変な目で見てくるのも仕方がない。けれどもこの見られ様は心に覆い被さってくるものがあった。きっと、『結城リト』も最初はこんな拷問を受けていたのだろう。彼の心境がどんなものだったのか、想像はしやすい。

 

 少し時間を過ごしてから、俺は視線を直視しない様、横目で周りを見渡してみた。すると、ほとんどの男子は既に俺の事などを見てはおらず、ララの方に暑苦しい視線を送っている。変わって、女子は相変わらず、不思議そうにララと俺を交互に見ていた。

 

 その中には、西連寺の姿も見えた。だが、彼女はララの方を見てはおらず、俺の方を困惑した目で眺めていたのだ。やはり、『結城リト』こと、俺の方がよっぽど気になるのだろう。自分の好きな男がいきなり教室に美少女を連れて来たりなどしたら、気になるに決まっている。気にしないなんて無理だ。

 

 視線を動かすと、俺の視界に映っていた彼女は、すぐにサッと顔を隠してしまった。どうやら、こちらから見られるのは、相当恥ずかしい様子だ。

 彼女を流し目して、ララの方に目を向ける。相変わらずの彼女は、周りをキョロキョロと見回しながら、これから何が始まるのか想像している様に、好奇心溢れる瞳を輝かせていた。

 周りの席の野郎共は、俺と言う邪魔者がいなくなったわけか、積極的にララへ話しかけ始めているが、そいつらの顔は隠しきれていないくらいデレデレで、はっきり言って気持ち悪い。普通の女性だったら引いているレベルだ。

 だが、そんな暑苦しそうなオーラの塊を前にしても、ララはそれをちっとも気にせずに、笑顔で話し返している。第一印象で人を選ばない所が彼女という人間なのだ。実際は宇宙人だが……

 

 俺は苦笑いをしながら、何とも言えないその光景を眺めていると、教室の後ろのドアが勢いよく開いた。

 

 ガラガラッ、バン!

 

 「リト! てめーどこにいやがったんだよ!!」

 

 入って来たのは、数分前まで俺を追いかけ回してきた猿山だった。彼はゼエゼエと息を切らしながら、俺を見るなり怒鳴り始める。

 

 「お前らが追っかけてくっから隠れてたんだろーが!」

 

 俺は猿山と言い争っていたのだが、周りのほとんどはララに夢中で気にも止めていない。

 そんな中、落ち着けと言わんばかりに二回目のチャイムが教室に鳴り響いた。

 

 キーン コーン カーン コーン ♪

 

 お互いに舌打ちをして席に座る。このToLOVEるの巻き起こっている状況下でも、鐘が鳴れば静かになる辺り、この学校は凄いと実感した。

 

 ガララ………

 

 教室のドアがゆっくりと開き、クラス担任の骨川先生は部屋に入ってくるなり、話を始めてきた。内容がわかっているつもりの俺は机の上に頬杖をついて、話は適当に聞き流す事にした。

 

 「え〜〜突然ですが、転校生を紹介します。っと言っても、もうそこに座っておりますが……」

 

 先生はスッと手をララの方に差し出し、周りの注目を集めさせる。その隙に、持っている書類をパラパラと捲り、何かを確認しようとしていた。

 

 おそらく名前だろう。外国人もそうだが、宇宙人の名前は少し覚え辛い気持ちは、わからなくもなかった。

 

 「え〜と、ララ・サタリン・デビルークさんです。みんな仲良くするよーに」

 

 途切れ途切れの言葉で先生がそう言うと、彼女はもう一度首をキョロキョロ見渡して、

 

 「えへっ、よろしくね♪」

 

 と、ウィンクをしながら周りに笑顔を振りまいた。

 

 「「「うぉぉおおお!!」」」

 

 その瞬間、周りの男子共は物凄い奇声の様な歓声を上げて、ララの反応に答えた。正直、学級崩壊一歩手前ぐらいうるさい。西連寺だって程々に耳を押さえながら、その光景を見ているのだ。

 

 だが、そんな騒ぎはすぐおさまり、あとは先生の適当な話で朝のHRは終わった。そして、終わるなりララの周りは大量の男子と少量の女子に囲まれ、彼らは我先にと彼女に話しかけ始めた。俺の割り込む隙もない。だから、このまま授業開始時まで眠ってしまおうかと思った。

 

 瞑った視界の中でも、声はどうしようもなく聞こえてくる。

 

 

 

 「よっ、よろしく!」

 

 「ラっ、ララちゃんって呼んでいい?」

 

 「お、オレ〇〇って言うんだ!」

 

 「ドコ住んでんの?」

 

 「ねぇ、写メ撮ってもいい!?」

 

 「カワイイね〜ララちゃん」

 

 「す、好きな人とか、いるの……?」

 

 

 

 たぶん、これで猿山達の注目も俺よりララの方へと移るだろう。周りの騒がしい声が聞こえる中、俺は本格的に寝に入ろうとすると……

 

 

 

 「好きな人はリトでーす♡ 今は一緒に住んで……

 

 

 

 ララの言葉が言い終わる前に、俺は速攻で教室から逃げ出した。

 

 ララのバカ……とりあえず授業が始まるまで、また屋上に隠れるとしよう……

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 ララのお陰で、俺は授業とかくれんぼ、たまに鬼ごっこを幾度か繰り返す羽目になったが、時間はようやく昼飯の時となった。

 四時間目が男女別の体育だった為、ララとは離れていた。先に早く教室に戻って来れた俺達男子は、弁当を食べるやつ、友達とつるんで購買へ走って行くやつへと分かれていく。俺はララを待とうか、弁当を開けようか迷っていた。

 

 ちなみに、男子の授業はサッカーだった。俺は球技が得意ではなかった筈なのだが、体はしっかりとボールを操れていた。これも『結城リト』になってしまった影響なのだろうか。今の俺には、凄いとしか言い様がない。足の筋肉はしっかりしているし、結構走ったのに軽い息切れで済んでいる。宇宙人の攻撃から逃げるだけの事はある。

 

 もし、この運動能力を使いこなせばとんでもない力へと発展するかもしれない。と言うのも、俺は球技以外ならスポーツが得意であってクラスに一人はいる、『特に部活入ってないくせに、やたらくた運動神経のいい奴』というカテゴリに分類されていた人間だったから。

 

 最初はこの体に、妙な嫌悪感を抱く事もあった。だが、この新しい体もそれ程凡骨ではないと分かると、酷く安心する事ができた。『自分』としての存在が、更に薄れて行く様な気がしていたからだ。

 しかし、俺には安心するだけで済ませるだけの余裕はない。一刻も早く、この体を使いこなさなければならないのだ。遅かれ早かれやって来るであろう、デビルーク星親衛隊隊長の対策の為にも。いつか現れる、銀河系最強の暗殺者の為にも。

 

 ただの自慢話になりそうなので話を変える。

 猿山とその間までは、お互いにピリピリと静かにいがみ合っていたが、一緒にサッカーをやったらすぐ元の愉快な雰囲気に戻った。やっぱり、なんだかんだあっても二人は親友なんだなと、俺は自分の方を見て笑う猿山を思い出しながら感慨にひたった。そしてリトの為に、この絆を絶対に壊さない様にしようと、心に決めたのだ。

 

 そして今、いつの間にか俺はその猿山とその他二人の友達に囲まれている。

 

 「さぁリト、全て吐いてもらおうか…」

 

 猿山はカッコつけた様にそう呟くと、足を組み直して俺の事を睨んできた。何を吐けとは、おそらくララとの関係だろう。まるで警察署の取調べ室での雰囲気を醸し出しながら、猿山達は物凄い目つきで俺を見ていた。どこから持って来たのかもわからない電気スタンドを、俺の机の上に置いて。

 

 「一緒に住んでるんだってなぁ……」

 

 「婚約者って聞いたんだけどぉ」

 

 「まさか、本当に大人の階段……

 

 「違うっ!!」

 

 彼等が俺に尋問してくるのは、想定していない事ではない。現に、先程までは追いかけ回してくる様な関係だったのだから、余程俺をぶっ飛ばしたいのか、それとも『ララ』との関係を知りたいのか、はたまた彼女自身の事を知りたいのか。

 答える気の無い俺は、猿山達の質問を適当にはぐらかしていると、丁度そこへララ達女子が帰ってきた。

 

 「ララさん凄いね! 運動神経バツグンじゃん!!」

 

 「ねぇ、テニス部入らない?」

 

 ララは籾岡と沢田の二人と一緒に談笑をしていた。しまった。地球人とパワーを合わせる様、ララに言っておくのを忘れていた。

 

 それにしても、籾岡達とはもう友達になれた様だ。確か原作だと林間学校終わった辺りから仲良くなっていた様な気がしたが、これも『俺』と言う存在の……

 

 「おいリト! オレの話聞いてんのか!?」

 

 「え?」

 

 すっかりララの方に気が向いていた俺は、猿山の話を全く聞いていなかった。

 悪い悪い、と俺は彼に謝っていると、そこへ彼女が猿山と俺の間を割って入ってきた。片手には、布で包まれた弁当箱を持って。

 

 「リト、お弁当食べよ! 美柑が私の分も作ってくれたんだ♪」

 

 俺は戦慄する。別に嬉しくないわけではないのだが、今の俺の状況でその言葉は非常にマズい。ほら、猿山達は俺に殺意の様な視線をぶつけ始め、おまけに籾岡と沢田は、この状況を遠くからニヤニヤ笑いながら俺を見ている。救いの手は無い。正に絶体絶命なこの状況。

 

 俺の後ろ側に居た一人の友達が、腰を抓ってきた。痛い。

 

 ララの誘いを断る理由は無いし、猿山達もなんやかんや言って良いヤツなのだから、昨日と同じ様に飯が食いたい。だから、先程から抓りっぱなしのその指を取っ払い、彼女に提案した。

 

 「ララ。一緒に食っていいから、コイツらも誘っていいか?」

 

 「うん!」

 

 元気の良い二つ返事でララは賛成してくれた。

 

 「悪いな、ラ、

 

 「本当!? ララちゃん!!」

 

 俺の言葉が言い終わる前に、猿山と二人は椅子と机をガタガタ動かし、ララの近くへと席を寄せてきた。が、彼女はヒョイっと猿山の机の間を抜け、俺の真横に椅子を持ってくると、そこへ座る。

 これじゃあ、俺とララがイチャイチャしてるだけだろう。目の前の三人も、呆れた様に俺の事を見ている。

 

 「ねー、リサとミオも一緒に食べよー♪」

 

 これはまた後でどつかれるな……と俺が思っていたら、ララは籾岡達に手を振り食事を誘っていた。少々驚いたが、男四人の集まりに女ひとりというのも変な光景だと思っていたので、俺はララの行動が助かった。

 彼女の誘いに、ちょっとだけ困惑する籾岡。ただ、目が笑っていない。絶対に、いかがわしい事を考えていると、心の中で確信した。

 

 「いいの、ララさん? おアツイところジャマしちゃって……?」

 

 「いいのいいの! こーゆーのはみんなで食べた方がおいしーんだよ!」

 

 ララの言う通り、飯は集まって食べた方が美味い気がする、というのは間違ってはいないのかもしれない。が、それをララが知っているとは俺は思わなかった。

 どこで覚えたんだろうか。美柑? いやそれよりずっと前? 考えてはみるが、答えは出ない。

 そんなララの言葉に、籾岡は少しだけ沢田と耳打ちをして、ニヤリと笑いながら俺の方を見た。あまり好きではない視線だったので、危うく睨み返しそうになった。

 そんな俺の心境など知らずに、籾岡は、

 

 「じゃっ、お言葉に甘えて、おジャマしちゃおーかしら♪」

 

 と言って、俺のチョイ後ろ辺りに椅子を出し、座るなり足を組んだ。パンツが見えているが、どうでもよかった。

 

 「ホラッ、春菜も行こ!」

 

 沢田はと言うと、近くに座っていた西連寺の手を引っ張り上げて、籾岡の近くの席へと座る。

 

 「えっ、わ……私も?」

 

 突然、呼び出された西連寺は、驚きながらもチラッと俺の方を見て、そのままララの近くの席に座った。

 

 「「「いっただっきま〜す♪」」」……す」

 

 元気なララの挨拶に、普段は絶対に挨拶なんかしない野郎共もテンションが上がっていたのか、彼女に声を合わせていた。それを、奇妙な物でも見る様な視線でそれを眺める、残りの俺含む四人。だが、この内三人の口元はほんの少しだけ笑っていた。

 

 ララは籾岡や沢田とは仲良く話をしているが、西連寺にはちょっと話すだけで、あんまり喋りかけていない。何だか彼女だけ浮いてる様な気がしたので、彼女に話しかけようと思ったのだが、話題が見つからない。と言うか、下手に昔の話題とかになると俺が危ない。

 で、その西連寺はと言うと、籾岡と沢田には話しかけられたら返すと言った状態で、ララとは距離を置いている様な感じだ。『俺』が近くにがいるからなのだろうか。それともララの存在が原因なのだろうか。

 

 でも西連寺……そんなチラチラチラチラ俺の方を見ていたら、本物のリトも気付くと思うぞ。まぁ、これで気が付かないリトもリトだが……

 

 とそんな事を考えていたら、ララは弁当のおかずを箸で器用に、俺の口元に近づけていた。

 

 「リト、あ〜ん♡」

 

 「あっ、リトてめー!」

 

 「あはっ、ララさん積極的ぃ〜♪」

 

 今日からは、ララのおかげでもっと大変になりそうだ。

 俺は溜め息を吐きながら、自分の弁当箱に箸をつけた。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 「じゃあ、結局どこにも入んなかったのか?」

 

 一時はどうなるかとまで思った学校作戦も、ようやく終わりを迎える事ができた。そして今、俺とララは帰り道である川沿いの土手の道を歩いている。

 

 「うん、テニス部はちょっと楽しそうだったんだけどね〜」 

 

 俺達が何の話をしているのかは、この台詞を聞くだけでも分かるであろう。今日の放課後、ララは西連寺に学校の部活の案内をされていたのだ。

 

 詳しい事、何をやっていたのか。何を話したのかはわからん。なぜなら、原作の時と違って俺はストーカーをしなかったから。前にストーカーはやらないと決めているし、ララが面倒な事は言わないだろうと思っていたので、ここは西連寺に任せる事にした。

 

 だが、さすがに登校初日のララを一人で家に帰らせるのは不安だったので、俺は学校の前で彼女を待つ事にしていた。

 三十分ぐらい経った所で、元気な声で俺の名前を呼びながら、ララは戻って来た。ピョンと抱き付いてくる彼女を振り払い、俺は遅れてやってきた西連寺にお礼を言う。表情からは読み取れないが、物凄く疲れた様子だった。まだ好奇心の塊みたいなララを先導したのだ。苦労したのだろう。

 俺は、ついて行かなくて正解だったと安心したのか、西連寺の様子を踏まえてついて行くべきだったか、複雑な気持ちを抱えたまま、彼女に別れを告げた。

 

 ララを連れて歩く俺は、西連寺にはどう映っただろうか。おそらく、彼女は俺の歩く後ろ姿を見ていたに違いない。

 だから、俺は振り返りはしなかった。たぶん俺自身、見たくなかったのだと思う。隣りにいるララは、隙あれば俺に寄り添ってくる。彼女なだめて、気分を誤摩化したかった。

 

 後何回、こんな意味のない事を繰り返すのだろうか。俺は早く、この受け入れがたい『結城リト』言う人間に慣れてしまわなければならないと、内心諦めながら、ララと二人で帰り道を歩いていている。丁度、冒頭の部分に戻るのだ。

 

 横では楽しそうに部活で見た事を話すララがいる。あんまりにも楽しそうに話すものなので、俺は催促をいれてみた。

 

 「ちょこっとやってみるぐらい、良かったんじゃないか?」

 

 俺は部活の事には賛成的だ。彼女が色々な物事に興味を持つのは全然構わない。

 

 これは俺の予想なのだが、ララの同年代の友達はあの二人しかいなかったと思われるのだ。それも彼女が八歳になる前の事で、その後はずっと自分のスケジュールをお見合い詰めにされてしまって、遊ぶ暇もなかった様だ。

 だから、彼女にはもっと人と触れ合ってほしいと思うのが、俺の意見だった。宇宙から見れば地球など未発達の惑星でしかない存在なのかもしれないが、見て学べる事なんか沢山ある筈だ。これからは、宇宙で学べなかった事を学びながら、地球の常識もゆっくり覚えていってほしい。俺は、原作とは違うララになっても良いと思っているのだから。

 

 俺の言葉にララは少し悩んでいた様だが、何を言う気なのか今度は俺の顔を覗き込んできた。

 

 「でも、リトはやってないんでしょ? ブカツ」

 

 「ぁあ? ああ……」

 

 『結城リト』は部活をやっていない。それは彼の家庭を考えればわかる筈だろう。

 親は共働きで、オヤジの方からは「手伝え」と、ちょくちょく呼び出される。妹の美柑は大半の家事を引き受けているが、やはり小学生の女の子一人では無理があるので、彼は、買い物なり、少しでも彼女の負担を減らそうとしているのだ。

 

 それと……美柑が寂しいだろうという、優しい兄の気持ちも混じっているのかもしれない……。おそらくではあるが……

 

 そんな事を思い出しながら、俺は疑問気味でララの言葉を返した。彼女は少しだけ間を空けると、赤面しながら答えた。

 

 「なら……やっぱりリトのそばにいたいもん♡」

 

 そう言った彼女は、ポッと赤らめた頬を両手で押さえ、顔をちょっとだけそらす。

 

 なぜ照れる様な事を無理してまで言うのかと、問い詰めてやりたくなったが、とにかく、部活は入る気はない様子。別に入らないなら入らないでも良い。部活だけが全ではないのだし、無理矢理やらせても意味はないのだ。

 

 それにしても、ララは可愛い。さっきまで少し真剣な事を考えていたのに、そんなのどこかにすっ飛ばしてしまいそうな笑顔を彼女は俺に向けていた。

 

 まったく、とんでもないコムスメである。

 

 俺は溜め息を吐いて、体をすり寄せてきたララの頭を押し返そうと手を伸ばそうとした。その時、

 

 「ララ様ッ!!」

 

 突然、ララの名を叫ぶ声が後ろから聞こえた。俺はすぐさま振り返ったが、そこに人の姿は無く……と思っていたら、そいつは上から舞い降りてきた。あまりにも異様な光景だった。

 

 「ザスティン!」

 

 そこには真っ黒なマントを羽織り、化け物の骨の様な物をあしらった鎧を身につけ、サソリの様な尻尾を生やした、見た目からしてデビルーク星人。それも白髪でとびっきりのイケメンが、ようやく見つけられたと言わんばかりにゼイゼイ息を切らしながら、こちらを見ていたのだ。

 

 ララの言葉でもうわかっているが、一応説明しておく。

 彼の名前は『ザスティン』。デビルーク星の親衛隊の隊長、様はデビルーク星人の中でもメチャクチャ強い人だ。『結城リト』は、よくこんなヤツから逃げれたと思う。

 

 「フフ……全く苦労しましたよ。警官に捕まるわ、犬に追いかけられるわ、道に迷うわ……これだから発展途上惑星は……」

 

 ひとつ言い忘れた。前述言った様に彼はイケメンなのだが、頭文字に『ザンネンな』と言う単語が付くイケメンだ。これが『ラブコメ』と言う世界に生まれてしまったイケメンの運命なのだろうか……俺にはわからない。

 

 「しかし! それもここまで!! さァ、私と共にデビルーク星へ帰りましょう、ララ様!!!」

 

 「べーーっだ! 私、ここにいるリトの事好きになったの!! だからリトと結婚して地球で暮らす!!」

 

 ララは舌を思いっきり伸ばし、ザスティンを挑発する様な態度で自分の主張を押し通そうとし始めた。しっかりちゃっかり、結婚の事まで発言してやがる。俺は一言も結婚すると発言した事はないが、ここはあえてツッコまず、スルーする事に決めた。

 

 ザスティンはしばらく黙って俺の方を睨んでいたが、

 

 「……なるほど、そうですか……」

 

 僅かながら納得した様に呟くと、やがて腕を組み首を傾げ、何かを悩み始めた。原作のリトの言う通りだ。もうちょっと考えようよオマエ……

 

 「部下からの報告で気になってはいたのです。ララ様を守った冴えない地球人がいる……と」

 

 脳天まで届いた衝撃的発言。コッ、コイツまで冴えないって言いやがった……

 

 俺が凹んでいる中、ララは更に言葉を告げる。こんどはハッキリと真剣な表情で。

 

 「わかったら帰ってパパに伝えて! 私はもう帰らないし、お見合いする気もないって!!」

 

 よっぽど故郷に帰りたくないのか、それとも本気で俺の事が好きなのか。多分前者なのだろうが、ザスティンの真剣な口調が凹んでいた俺の思考を遮る。

 

 「……いいえ、そうはいきません。このザスティン、デビルーク王の命によりララ様を連れ戻しに来た身…………得体の知れぬ地球人とララ様の結婚を簡単に認めて帰っては王にあわせる顔がない」

 

 彼の言い分は、俺にはわからなくもなかった。でも、この一連の事件を起こした張本人がお前のところの『王様』だという事を考えると、俺の口からはとても言いづらい物が喉につっかえてくる。

 『ザスティン』。彼は結構な苦労人だ。『王様』からも『お姫様』からも振り回されていたのだから。

 

 彼の弁明に、ララはすぐさま反発する。

 

 「じゃあどーすればいいの?」

 

 彼女がそう言うと、雰囲気が変わったザスティンの辺りにどこからともなく小さな風が吹き始める。そして、俺は感覚的に、彼が『来る』と確信した。

 

 

 

 ヒュオォオォォ………

 

 

 

 しばしの沈黙。俺はララから数歩離れ、ザスティンに全神経を集中させたが、

 

 「おさがりください、ララ様」

 

 そう言った瞬間、彼は腰の辺りから剣を取り出し、そのまま俺目掛けて突っ込んできた。

 

 「うぉ!」

 

 ズガガガガ!! と爆風が広がる中、俺は間一髪、横へと跳ね避けた。が、そこは丁度、川沿いの道の周りにある、草が生えた坂。

 

 「っ!!」

 

 そのままゴロゴロと転がり落ちた俺は、揺さぶれる頭を押さえつけながら立ち上がり、ザスティンの方を見る。ブアァっと舞い上がる砂煙の中から、彼は出てきた。

 彼の持つ剣。一瞬チラッと見た時は柄だけだったが、今のソレには光の刃が伸びている。触れるだけでも怪我をしそうなオーラをソレは放っていた。例えを挙げると、形こそ違うが『ライトセ◯バー』だ。

 

 「私が見極めましょう。その者がララ様にふさわしいか否か」

 

 ヴォン、ヴォンとその剣を数回振り回し、ザスティンはゆっくりと俺の方へ近づいて来る。

 俺は横目で彼の放った斬撃を確認した。場所が場所でよくは見えないが、草の生えた地面からコンクリートの街道までもが、がっつりと抉られている。さっきまで自分が立っていた場所だと思うと、ゾッとした。

 

 「さァ、リトとやら……貴様はおかしな体術を使うと部下から聞いている。」

 

 シャレにならない破壊力を目の当たりにしながら、俺はザスティンの言葉に少し後退りをしていた。まさかアイツ等がそんな事まで話しているのは、俺にとっては予想外だったのだ。

 

 「なら、体術の一番有利であるゼロ距離の近接戦闘に持ち込まなければ良い事! 覚悟!!!」

 

 そしてこの瞬間、彼は本気で殺すつもりなんだと、俺は確信した。

 

 絶体絶命の境地に立たされていると理解した俺は、死ぬかもしれないという恐怖に恐れおののいて、半自動的に動いた足をその勢いに任せたまま、逃げた。

 

 「どうした、逃げるのか地球人!! そんな事では貴様を認める事はできんぞ!!」

 

 ザスティンがそう言い放った瞬間、再び斬撃と共に爆風が捲き起こり、俺はそれに巻き込まれて吹っ飛び、転倒する。そんな状態でも彼は俺に向かって剣を振りかざし、耳元まで迫る爆音と共に俺を追い詰めてきた。

 亀裂の入る地面。真っ二つに両断されるトラック。そしてその残状を作り上げるザスティン。今の俺にはその光景を見るだけで、気がおかしくなりそうだった。現実では有り得ない事が起こっているのだから、あまりにも非常識的な状況に怯えていたのだと思う。

 

 しかし、そんな状況に陥っていても、俺の心の中では『生きる』という渇望が『恐怖』よりも僅かながら勝っていた。死ぬ一歩手前の土壇場を走り回る中、俺は今この状況の理不尽さを、怒りに任せながら半狂乱で叫んだのだ。

 

 ふざけんな!!! と。

 

 よくよく考えればそうだ。『結城リト』なんかになった所で、『俺』に良い出来事なんて起こる筈が無いのだ。ただ、こんな恐い思いをして、好きでもない女に振り回され続ける毎日だろ? 勘弁してくれよ。これからどんどんヒロイン増えるんだぞ? そうだ、史実の後半になると理不尽な痛い目に遭うじゃないか。冗談じゃねぇよ。『俺』はこんな所で楽しんで良い男じゃないんだよ。本当は『アイツ』が幸せになる物語だろ? 『俺』なんかいらない存在じゃねぇか。それでも俺は『彼』を殺したくないから、この『結城リト』と言う名の皮を被り続けて生きているけどさぁ……

 

 何で、俺こんな所で死にかけてんだろ……ったく、『俺』を返してくれよ……。なぁ……

 

 そうしたら少しだけ冷静になれたので、俺はザスティンを見ながらこの状況を打破する方法を思考する。いつの間にか、俺はザスティンの剣を見ながら後ろへと下がるようになっていて、素っ転ぶ事すらなくなっていた。

 とりあえず、まず彼の持っている剣をなんとかしなくてはならない。遠くからララの「ヒキョーだー!」と言う怒り声が、ギャーギャー聞こえる。

 

 そんな彼女の怒声を聞いていると、俺にもヒキョーな手が思いついた。と言うか、これしか思いつかなかった。

 

 足で地面の砂を蹴り上げ、ザスティンに向かって思いっきり吹っかけた。

 

 「グッ、コシャクなっ!?

 

 彼は素早く、マントで砂を振り払おうとしたが、その行動のお陰で彼の視界は一瞬、俺から外れる。

 

 その一瞬の間は、俺にとっては十分すぎる時間だった。

 

 俺はザスティンの腕を掴み、剣を持つ手の甲を思いっきり押し叩く。ガッ、と鳴った音と共に彼の手は開き、持っていた剣は地面に落ちた。

 更に、俺は掴んでいた腕を引っ張りバランスを崩させると、そのまま足払いをかけた。

 

 ガザザザザ!! っと鎧が地面と擦れる音を立て、崩れていく様に転ぶザスティン。そして俺は彼の腕を掴んだまま、ようやく一息ついたのだ。理不尽な状況から脱出できた事に、薄ら笑いを浮かべながら。

 

 「なっ、なんと……この私が……」

 

 全くだ。俺も彼と似た様な言葉しか出てこなかった。勝てちまった。

 

 「わーい、リトが勝ったー♪」

 

 ララは向こうで小躍りしながら喜んでいるが、俺の心はいまいちスッキリしない。冷静になったせいか、半狂乱だった俺の思考に理性が戻ってきたのだ。

 果たして、この事件を力ずくで解決してしまって良いのだろうか。俺には『Yes』とは言い切れなかった。

 なぜなら、これは『ララ』の問題だったからだ。最終決断をするべき人物は『彼女』であって、『俺達』が争って決める必要性など最初から無いはずなのだ。当事者だけで話し合えばいいのだが、この通りララは逃げ出して地球にやってきた。それだけ彼女の父親は聞く耳を持っていないのだろう。だから争いになってる。

 それを良しとしない今、歪でもいいから丸く納めなければならない。

 

 俺は彼女に聞こえない程度の小さな声で、ザスティンに話しかける。彼は地面に寝転んだまま、不機嫌そうだった。

 

 「ザ……ザスティン?」

 

 「むっ、なんだ地球人」

 

 彼は俺の方を睨んできたが、そんな事は構わず、俺は言葉を続けた。

 

 「俺は……ララと結婚する気なんてないし、アイツの事が好きでもない」

 

 「なっ!!?」

 

 目を丸めて俺を見るザスティン。まぁ、そんな反応をされるのは当然だろう。ララが好き好き言っている奴の言葉がコレなんだから。

 

 「でもな……アイツは『自分の好きな様に生きたい』って言っててな……ようやく、それができたんだよ……」

 

 もし、このまま俺が『彼女を好きではない』と言う事を貫き通すと、ザスティンには彼女を無理矢理にでも連れ帰らせて良い理由が出来上がってしまう。『俺』が好きじゃないのなら、この地球に『彼女』を放ったらかす必要などないのだ。『いつもの家出』なのだから。

 よって、俺は『ララが地球に居て良い理由』を作る必要があった。偽善かどうかなんざ関係ない。これは『彼女』にとって必要な運命だと思うのだから。

 

 「だからさ……アイツには少しの間だけ自由にさせてやってくれないか……? デビルーク星には必ず帰すから……アイツを自由にさせてくれよ……」

 

 言いたい事を言い切った。何だか恥ずかしくなって、しばらくザスティンの顔を見れずにいた。彼は話さない。勇気を振り絞って首を動かすと……彼は目から大量の涙を流していた。

 

 「そうか……負けたよ、地球人」

 

 俺が驚く中、ザスティンは静かに立ち上がりながら自分の事を語り始めた。

 

 「デビルーク王に従うのが私の役目……それゆえ私はララ様の気持ちも知らず……いや、知りつつも考えない様にしてきたのだ……」

 

 どこかで聞いた様な台詞だった。

 嫌な話だ。ずっと、上からの命令に従い続けてきたらしい。ララの気持ちを知ったまま……。何で俺達さっきまで殺し合ってたんだろうな……。

 

 「それを指摘されては……私の負けだ……」

 

 涙を拭い、鼻水をすするザスティン。もしかしたら、彼はかなり前々から悩んでいたのかもしれない。

 

 「宇宙に数多くいるララ様の許嫁候補どもが君のそれに納得するかどうかはわからぬが……デビルーク王には私から報告しておこう……」

 

 ザスティンは俺の方に振り向くと、ビシッと俺に指を指した。

 

 「お前なら任せられる!!! ララ様のお気持ちを真に理解できる、お前なら……!!」

 

 「悪いな……こんなわがままみたいな事……」

 

 溜め息を吐く俺に、ザスティンは手を振り返す。

 

 「気にするな、私も君のような地球人に出会えて本当に良かったと思っている……」

 

 俺の目を見て話してくるザスティンは優しく微笑んでいた。

 

 「ではさらばだ、地球人!」

 

 最後にそう一言言い放ったザスティンは、今度は俺に背中を向ける。そして軽々と十数階はありそうなビルを飛び越え、どこかへと行ってしまった。あっという間の出来事だった。

 

 見慣れたはずのデビルーク星人のパワーに見とれていると、不意にララが俺に飛びつき、頬をすり寄せてきた。幸せの絶頂の様に喜びながら。

 

 「やった! これでリトと結婚できるね!」

 

 逃げ回ったせいか、彼女の抱擁が節々に響く。ボロボロの体を振り回してララを引き摺り下ろすと、溜め息を吐いた。

 

 「まだ決めてねーよ……これからもっと大変だ」

 

 「え〜、いいじゃ〜ん」

 

 のんきなやつだ。さっきまでお前は俺の言葉ひとつで故郷に強制送還も良い所だったって言うのに。そんな危機など、彼女には全くもってわかっていないだろう。別に知らなくたっていい事だが。

 

 あまりにも嬉しそうに喜ぶのが疑問に思った俺は、彼女に現実的な疑問を突き刺してみた。

 

 「俺以外にも良いヤツがいるかもしれないぞ?」

 

 これは、ある意味での確認である。いくらお見合いが嫌でも、その中には真剣な男だって一人や二人ぐらい見合っていただろう。本当にこの『結城リト』が一番なのであろうか? 俺には、『彼』ぐらいしか思いつかないが……

 

 「ううん、そんなのいないよ。リトだけだもん♡」

 

 どうやら、完全に『彼』の事は忘れ去られている様だった。何だか酷く空しい気持ちになってきた。

 

 もう辺りは真っ暗だ。早く帰らないと美柑に心配される……

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 ☆おまけ☆ (西連寺視点)

 

 

 

 気になるけれども、なんだか凄く話しづらい。それが……結城くんが教室に連れて来た、彼女の印象だった。

 

 

 

 放課後。鞄に荷物をまとめて、リサとミオの二人と一緒に部活に行こうとした。けれども机から立った時、私は担任の骨川先生に呼び止められた。

 

 「西蓮寺くん。キミ学級委員だよね? ララくんに学校の部活の案内を頼みたいのだが……いい?」

 

 「あ、ハイ……」

 

 断るのがニガテな私は流される様に頷いてしまい、ララさんの方を向いたんだけど……

 

 「リトー、一緒に帰ろ!」

 

 「お前、今の話聞いてた……?」

 

 ……なんだか、とても声をかける様な状態じゃないよね…………どうしよう…… 

 

 と困っていたら、近付く事に躊躇していた私に向かって結城くんは手を振ると、もたれかかっていたララさんの背中をトンッと押し、私の方に寄せてきた。

 

 「西連寺と楽しんでこい。俺は学校の正門で待ってる」

 

 「うーん、わかった! 待っててね〜♡」

 

 「わかったわかった……はやく行け……」

 

 結城くんは、パッパッと手を振ると、背伸びとあくびをしながら教室から出て行っちゃった。疲れているのかな? 朝はクラスメイトの男子に追い掛けられて、走り回っていたって聞いたし、お昼の時は色んな事に反応するララさんの質問を、ひとつもはぐらかさないで説明してたから……

 

 そういえば、私……ちゃんと自己紹介したっけ?

 

 少し不安になった私は、ララさんにオドオドと自己紹介をする。

 

 「さっ、西連寺春菜です……」

 

 「よろしくーっ」

 

 あっ、どうやら私の事はあんまり気にしてなかったみたい……私もお昼休みの時は一緒にいたんだけどね……

 

 フクザツな私の気持ちはさて置き、私は部活の紹介を始める。校舎の中にいたから、最初は文化部から説明してあげる事にした。ララさんは、「へーっ」とか「ふーん♪」とかしか言ってないけど、楽しそうに私の話を聞いてくれる。

 

 でも……あのフリフリと動くシッポはアクセサリーなのかな……? 

 

 本物……なワケないよね……

 

 「ねーねー春菜〜〜」

 

 「は、はい?」

 

 あっ、ちょっと考え事としてたから、声が裏返っちゃった。

 

 「ガッコって楽しいね〜。同じ場所にみんなで集まってワイワイやって! やっぱり来てよかったよ♪」

 

 「そ……そう……」

 

 ……? どういうことなのかなぁ……? そのまま考えると、ララさんは学校を知らないってことになるけど……違うよね?

 

 そういえば……リサとミオから少しだけ聞いたけれど。ララさんは外国のお姫様……らしい。それで結城くんとは……婚……約……者………………

 

 やっぱり……話……ちゃんと聞けばよかったかな……

 

 少しだけ、後悔した思いを抱えたまま、私はララさんに運動部の説明をするために校庭へ出る。しばらくして、またララさんが私に話しかけてきた。

 

 「春菜は好きな人いる?」

 

 その質問は凄く唐突で、私はほんの少しの間だけ、何を言われたのかわからなかった。

 

 「な、なに!? いきなり……」

 

 ドクンと跳ねる心臓の音。その瞬間、真っ白な私の心の中に浮かんできたのは……ゆ、結城くん……?

 

 でも、ララさんは、私の考えている事など知らずに言葉を続ける。

 

 「私ね、最近生まれて初めて好きな人ができたの♪ 好きな人ができるととても不思議な気分になるんだね〜……胸がドキドキしてる」

 

 ……それって……やっぱり結城くんの事……だよね……

 

 私はガマンできず、ララさんに話しかけた。

 

 「あ、あなたは……」

 

 私はどうしても、結城くんとの関係をハッキリと知りたかった。知ってどうするのかまでは、考えてなかったけれども。

 でも、ちょうどそのとき、野球部の方からボールが転がってきて、ララさんの足下で止まった。

 

 「わ! 何コレ?」

 

 「あ、野球部の……」

 

 え〜と、この学校の野球部は男子だけで、女子にはソフトボール部があるから、ララさんにはそっちを説明しようかと思ったんだけど……ララさんは、そのボールを興味津々の目で見つめてる。

 

 ……もう、私の話、聞いてないよね……

 

 私は困った様に溜め息を吐こうとしたら、

 

 「ねー私にもやらせてー!!」

 

 ララさんは声を張り上げて野球部の方へと走って行っちゃった。私は慌ててララさんの後を追ったら、なんかちょっとした騒ぎになっちゃってるし……。私はちょっと離れて、遠くからその様子を眺めることにした。

 

 どうやらララさんには、ボールを打たせてくれるらしい。でも、あのボールを投げる人、野球部のエースの先輩だよね……まさか本気で投げたりはしないと思うけど……大丈夫かな、ララさん……

 

 先輩は余裕そうに投げたけど、私にはとても速く感じて……

 

 カッン!

 

 「おーーっ、飛んだ飛んだ!」

 

 え!? ……すごい……打っちゃった……。先輩も、周りの人も、遠くへ飛んでいったボールをポカーンと見ている。私も同じだった。

 

 しばらくすると、先輩は得意げに笑い、ララさんに話しかけてきた。

 

 「気にいったぜ。お前、オレの彼女にしてやる!」

 

 いっ! 今、先輩はララさんに告白した! ……って言うのかな? あの言い方……

 

 「え? お断り」

 

 うん、ララさんが頷くハズないよね……だってララさんは結城くんの事が……

 

 「な……ならオレと勝負しろ!!」

 

 先輩はあまりにも一方的な条件で、ララさんに勝負を挑んできた。私は、すぐに断ると思ったんだけど……

 

 ララさんは良さげに勝負を受け入れようとしていたら、ピタッと立ち止まり、なんだか考え事を始めているみたい。

 

 ……あの、ララさんの髪の毛の、白くて丸い髪飾り、喋ってる様な気がするけど……気のせい?

 

 しばらく考え事をしていたララさん、「ちょっとまっててねー」っと言って、どこかへと行っちゃった。どうしたんだろう? 逃げちゃったり……しないよね……?

 

 「おまたせ〜」

 

 程なくして、ララさんは誰かを連れて戻ってきた。私は少しホッとしたけど、連れて来たのは……結城くん!?

 

 「オイ、オイッ……いきなり引っ張って来て何なんだ?」

 

 なんだか訳がわからないって様子で周りをキョロキョロ見渡してる結城くん。……あっ、私の事を探してるのかも!

 私が手を振ったら、結城くんは缶ジュースを持った手で振り返してくれた。やっぱり、こんな離れたところにいるのって変だよね……。私は二人がいる場所へと向かう。

 

 そういえば結城くん、ララさんを待ってたんだよね? いいなぁ……

 

 ララさんが今の状況を説明してるけど、そうしている内に結城くんは、ちょっとイヤそうな顔してる。

 結城くんにボールを打たせるつもりなんだよね……。サッカーは得意だけど、野球はどうだったけ? 結城くんはしばらく疲れた様に頭を抱えてたけど、

 

 「やってやるか……」

 

 と呟いて、ララさんからバットを受け取り、ブンブン振り回しながら野球のボールを打つ場所へと歩いていく。私はそれを無言のまま、見ていた。

 

 なんだろう……結城くん、少し雰囲気変わったかな? お昼の時からずっと様子を見てたんだけど、なんていうか、冷めたって言うんじゃなくて……大人っぽくなった? そんな感じがするの……

 

 でっ、でも嫌いになったワケじゃないよ! 前みたいなアツい結城くんも好きだったけど……この大人っぽい結城くんも……

 

 って何考えてんの私!!?

 

 「ガンバレー、リトー!!」

 

 私の近くに来て応援をしながら、ララさんは結城くんの持っていた缶ジュースを口につける。それ、結城くんのくちづけだよ? ……いいの?

 

 喉乾いたから私も、もっ、もらっちゃおうかしら……

 

 「お前が代わりだと? ハハハッ!!なめるんじゃねーぜ!」

 

 私がちょっぴりイケナイ事を考えていると、先輩の声が聞こえてきた。本気玉って言ってたけど、結城くん、本当に大丈夫かな?

 

 私がハラハラしている内に、先輩はボールを投げる。それはさっきよりも速いスピードだったんだけど……

 

 

 

 ガゥン!!

 

 

 

 「えっ……?」

 

 「キャーーリトかっこいい〜〜〜〜♡」

 

 私の思考が一瞬停止していたら、ララさんが横から嬉しそうな歓声をあげて、ハッと我に帰った。結城くんの打ったボールは、私の想像違いの方向へと飛んでいく。

 

 でも打った……先輩の本気玉に……。結城くんって、サッカー以外にも得意なスポーツ、あったんだ……

 

 「あー……完全にアウトだな……」

 

 白線の外側で落ちたボールに、結城くんは残念そうな顔をしてるけど、先輩は絶望したみたいに、地面に手をあてて落ち込んでる。結城くんの勝ちだよ♪

 

 少しだけはにかんだ様に笑いながら、ズレたネクタイを結びなおして、こっちにやってくる結城くん。カッコイイ……♡ 大人びたけど、あの笑顔は全然変わってないや。

 

 私がクスっと笑った瞬間、結城くんはこっちを見てきた。

 

 「んっ?」

 

 「えっ!? あっ、ううんっ! なんでもないよ!」

 

 「あっ? あぁ……」

 

 大慌てで、私は結城くんから、ぐるん!と背を向ける。うぅ〜、ヘンなところ見られちゃった。今、絶対顔赤いよ、私……

 

 えっ、ちょっと結城くん! お顔なんか覗き込んでこないで〜〜。心配そうな顔されてるけど……違うから! 別に気分が悪いんじゃなくって、

 

 私は……えっとぉ〜〜……

 

 「ラっ、ララさんっ、次行こ!」

 

 「え? あっ、ちょっと、春菜〜〜!?」

 

 はぁ……ダメだ、気持ちがまとまらないよ……

 

 私はララさんの手を引っ張って、校庭から一目散に逃げ出しちゃった。あとで質問攻めにあっちゃったけれど……どうしてララさんは私の方を見て、嬉しそうに笑ってるんだろう……




やっぱり視点が変わると、難しいですね・・・

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