結城リトの受難   作:monmo

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第三話

 新鮮な感覚だった学校も終わってしまい、俺は家へと帰る道を歩いている。

 朝に話した、猿山のゲーセンに付き合ったお陰で、帰る時間は随分と遅くなってしまったが、美柑は怒っているだろうか。もし、あんな可愛い顔で怒られたなら……今度からは真っ直ぐ帰ってこようと思う。

 

 今日の晩飯は何だろうか。

 

 俺はすっかり美柑の料理に舌が肥えてしまった様だ。お腹を鳴らしながら歩いていると、ようやく見えてきた『俺の家』……本当はまだ『俺の』と言う事にも慣れてはいないのだが、それでもそのモヤモヤとしたものを振り払い、俺は結城家の玄関を開けた。

 

 「ただいま〜……」

 

 靴を整えて俺は廊下を歩く。立ち寄った居間では、美柑がソファーに座りながら、お菓子のポテチをつまんでいた。

 

 「お帰りィーリト。お父さん、今日も帰り遅くなるってさー」

 

 いつも通りの美柑の姿。どうやらリトの道草食いは、日常茶飯事の様だ。あるいは彼女はわかってないのかもしれない。

 すると、俺の頭の中から「道草をする」と言う思いは、微塵も無く消えてくれた。今度からは早く帰ってこようと思ったのだ。

 

 「んー、わかった」

 

 美柑の言葉に適当な返事をした後、取りあえず制服を脱ごうと、俺は階段を上りながらネクタイをほどき、制服を脱いでいく。そして、ちょうど良いタイミングで開ける事のできたクローゼットに、脱ぎ終えていた制服をしまった。

 

 俺はユルい部屋着に着替え、昨日の続きと言わんばかりに、リトの部屋をあさってみた。

 昨日は余裕のなかった本棚を観察してみると、ほとんどが見た事聞いた事のない漫画だったが、なぜかジャンプコミックは普通にあった、それも本物と同じ名前で。一体何を意味するのかは、考えない事にした。

 開いてみたが、ストーリーも絵も変わっていない。この世界にも漫画の作者は普通に生きていて、漫画を書いているんだと思うと、武者震いの様に心がざわめいた。可笑しな気分だった。漫画の世界で漫画を読んでいるなんて。

 当然ながら『ToLOVEる』と『BLACK CAT』は無い。当たり前か。

 

 あ、『BLEACH』だ。リトが『BLEACH』読んでる。凄いシュールな光景を思い浮かべながら、俺は本棚を探索していった。

 

 やがて、本棚の探索に疲れた俺は、ベットにゴロンと寝転がった。

 

 

 

 〜♪ 〜♪ 〜♪

 

 

 

 今の音は……風呂が沸いた音だ。たぶん……。

 丁度、疲れてた事もあったので、俺は飯の前に風呂に入る事にした。

 

 服を脱ぎ、軽くシャワーを浴びて風呂に肩まで入る俺。疲労は体から抜けていったが、後に残ったのは冷静な頭脳だった。俺は、ようやく重要な事を思い出したのだ。

 

 

 

 ララのヤツ、いつ来るんだ?

 

 

 

 彼女との出会いは、程度の凄さを筆舌にできないほどの衝撃的なものとなるのだが、別に俺はその出会い方で悪くないと思っている(と言うか、それ以外にどうゆう出会い方があるのか俺にはわからない)。だが、その出会い方にはひとつだけ問題がある。

 その運命の時期は、一年の春頃で間違いないと思うのだが、月、日、時間、共に不明。泣きたくなるぐらい、現状には情報が無いのだ。

 そんな有り様で、どうやって出会ったらいいのだろう? 正直、風呂場で我慢大会なんぞやりたくはない。

 

 俺は鼻まで湯船に浸かって、確実に『ララ』と会う方法を考えようとしていた。

 

 その時……

 

 

 

 ポコン、ポコポコ……

 

 

 

 「ん?」

 

 あれ、オナラなんかしたっけ? そう思ったのはほんの一瞬だけの事。何もない場所から湧き出てくる泡に、俺は「嘘だろ」と心の中でまだ疑心になりつつも、体を上げて黙ってそこを見ていた。

 

 

 

 ヒィィィィィィィ……

 

 

 

 淡い光に俺と湯船が包まれていく。だが、その光はみるみる輝きを強め、一瞬だけ カッ! と強烈な閃光を放つと、次の瞬間、

 

 

 

 ドボオォォン!!!

 

 

 

 「うわっ!!」

 

 予想以上に凄まじいバクハツに巻き込まれ、俺は風呂の水を目と鼻の先から顔に被り、飲み込んでしまった。湯船が爆発したのだ。俺は目の前が爆発したと思った。

 

 「ゲッホッ! ゴッホっ!」

 

 喉の変な所に流れた水に、激しくむせ返る。目にも水が入った。それでも俺は両目を擦り、煙がモクモクと立ちこもっている目の前の光景を見遣る。

 

 煙の晴れたそこからは、元気な女の声が聞こえた。

 

 

 

 「んーーーっ、脱っ出成功っ!」

 

 

 

 そこには、あどけない可愛らしさを持つ美少女が、生まれたままの姿で嬉しそうに背伸びをしていた。

 

 彼女こそ、この漫画『ToLOVEる』のメインヒロイン。『ララ・サタリン・デビルーク』である。銀河を統一していると言う、『デビルーク星』の第一王女。つまりは……『宇宙人』なのである。

 見た瞬間に目を奪われるその特徴は、地球には絶対にあり得ないであろう、太もも辺りまである長いピンクブロンドのロングヘアに、エメラルドグリーンに近い色をした綺麗な瞳。そして人類には無い、真っ黒で先っちょがハートマークになっている尻尾。日本人じゃないってのは、見た瞬間わかる様な容姿だ。

 性格は天真爛漫そのもの。常にポジティブな思考を持つ元気の良い女の子。おまけに可愛いのか恐ろしいのか、裸を見られても動じない程の天然ボケを持っている。ある意味最強の娘なのだ。

 

 そんな彼女は、今俺の目の前で裸のままで大きく背伸びをしている。見れば見るほど映えてくる完璧なプロポーション。大きな胸の先っぽには女性らしい突起が付いていて、腰も程良くくびれている。下半身に目を向けると、男ならどうしても気になってしまう、無毛の割れ目が眼前にあった。

 だが、俺の視線はそこをさっさと見回ってしまうと、彼女の顔を見つめてようやく硬直したのだ。

 

 超可愛い。どっかの誰かが言っていた様に外国人っぽいが、日本人っぽさもある。好みがわかれないハーフ……? そんな簡単な言葉では言い表しきれない……いや、言い表してはならないくらい、ララは可愛かったのだ。

 

 「ん?」

 

 そんな俺の視線に、不思議そうに俺を見るララ。どうやら、今の今まで俺がいる事に気付いてなかったらしい。このままでは色々と見えて、また、色んな意味で危ないので、俺は近くにあった小さめのタオルを取ると、ララの裸を直視しないように顔を逸らして、それを渡した。

 

 「えっと……はい……」

 

 「あ、ありがとー」

 

 無邪気な声でタオルを受け取り、俺に笑顔を振り撒くララ。俺は我慢していたがそれでも口元がにやけてしまった。仕方ないだろう。彼女、一個一個の仕草が可愛すぎるのだ……

 

 「私、ララ。デビルーク星から来たの!」

 

 そんな事を思っている内に、ララは湯船に座り込んで自己紹介を始めだしてしまった。端から見れば二人で風呂に入っているようにしか見えない。おまけにララは前のめりに座っているので、プロポーション抜群の体できた胸の谷間が嫌でも俺の目に入る。当然、彼女は全く気にしていない。

 

 さてどうしよう。薄々、感付いた人がいるかもしれないが、俺はララに会う方法ばかり考えていて、会った後の事を全く考えていなかったのだ。

 

 悩んだ末、体を洗うのを諦めた俺は手を前に出して、ララの話に割り込んだ。そして、少し緊張した声で話したのだ。

 

 「なっ、なぁ……ここで話すのも……えっと、アレだから……風呂からあがらね?」

 

 「え? ……いいよー」

 

 彼女がどっちの意味で「いいよ」と言ったのかはわからなかったが、勝手に肯定の方に決め付け、俺は行動を始める。置いてあったもうひとつのタオルを手に取り股間を隠すと、ララの手を引いて風呂場から出ようとした。

 目指すのは俺の部屋だ。美柑にバレなければいのだが……そんな事を考えていた俺だったが、どうやら漫画の世界ではこう言うのを、『フラグ』とか何とか言うらしい。

 

 考えていた矢先、脱衣所に入った所で悲劇は起こった。

 

 

 

 ……ダッダッダッ! ガチャン!

 

 

 

 「え……?」

 

 「リト!? 今ものすごいバクハツみたいな、音……が…………」

 

 突然、脱衣所のドアを開けて風呂場を見に来た美柑の声は、その光景を目の当たりにした瞬間、徐々に言葉のテンポが遅くなり、やがて消えた。彼女の視界には、ほぼ全裸の姿の俺と、全裸のララが見えているだろう。

 

 「「「………………」」……?」

 

 無言のまま固まる俺達三人(それでもララはニコニコと笑っていたが)。

 美柑は無言のままスルーしてくれるだろうか……

 

 「……き、きっ……」

 

 あぁ……どうやらダメっぽい。顔はみるみるリンゴの様に紅潮して。目を回している様な気がした。

 

 「キャーーーーーーーーーー!!!」

 

 風呂場に響き渡る美柑の大絶叫。そりゃあ、そんな反応をとられても仕方がない。玄関から入ってきたわけでもない見知らぬ女性が兄である『俺』と風呂に入っていたら叫ぶに決まってる。いや怒るか? あるいは……泣くよな……。

 

 早くも、原作から大脱線をした俺は、溜め息を吐きながら両手で頭を抱え、美柑の怒声を受け止めていた。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 俺とララは美柑に風呂場から引っ張り出され、今は居間のソファーに座っている。俺は風呂に入る前に着ていた服を着ていて、ララは大きめのバスタオルを体に巻いていた。

 別に俺の服を貸しても良いのだが、すぐにアイツが来るだろうと、俺はこの修羅場の様なモノに近い、非常に危険な状況の中、そんな事を考えていた。

 

 美柑はずっと俺の事を睨んでいる。さっきまではギャーギャー騒いでいたが、ソファーに座る事で、ようやく落ち着きを取り戻した様だ。

 そうして彼女はゆっくりと口を開いた。その声は、昨日今日で俺が聞いていた、あの優しい妹の声ではない。子供っぽさは残っているも、怯み上がりそうなドスのきいた声だ。

 

 「リト……その人、誰?」

 

 「え、と……」

 

 「私? 私、ララ」

 

 焦っている俺よりも早く、先にララが答えてしまった。美柑は俺に向けて睨んでいた視線をララの方に向け、今度は胡散臭そうに見つめている。

 

 「ラ、ララ……さん……?」

 

 オドオドと答える美柑に対し、ララはハッキリと、どこか嬉しそうに答えた。

 

 「そ! デビルーク星から来たの」

 

 彼女の見せたその笑顔に、少しだけ表情がほころぶ美柑と俺。俺は緊張の糸が緩んだって言った方が正しいのだが……。

 美柑は依然ゆっくりとした口調で、彼女の言葉の意味を口にした。

 

 「……う、宇宙人?」

 

 「まぁ、そーゆー事になるねーー」

 

 「………………」

 

 美柑はジーっとララの方を見る。疑っているのだろう。もしくは彼女の事を変人として見てしまっているのか。でも、無理もないと思う。いきなり宇宙人だと言われても、信じるのは相当可笑しな事だから。

 

 その疑いの視線は、どうやらララにも伝わった様だ。

 

 「あれ? もしかして信じてない? じゃあホラ、これ見てよ!」

 

 そう言って、ララは立ち上がって美柑に背中を向けると、ペロンと自分のバスタオルを捲った。そしてそこにある、まんまるとしたお尻と、フリフリと揺れ動く真っ黒な尻尾を、彼女に見せつけてきたのだ。

 

 「「!!!?」」

 

 「ね? 地球人には無いでしょ? コレ♡」

 

 その大胆すぎる行動と目の前で動く尻尾があまりにも衝撃的だったのか、美柑は目を見開き、口をパクパク動かしてそれを見ていたが、すぐ我にかえって俺の方を睨んできた。おそらく、俺がララの尻を見ていると思って、それを止めさせようとしたのだろう。

 だが、そのときの俺はララの尻尾が尾てい骨の場所から生えているのを確認して、美柑の視線よりも早く顔をそっぽに向けていた。『ララ』だから当たり前の事だが、いくら見た目が違うとは言え、人に尻尾が生えているのはとても不思議な興味を感じたからだ。

 

 「あ、別にシッポ生えてるからって満月見て変身したりはしないよ♪」

 

 俺はララの方を見ずに、美柑の様子を窺った。彼女はもう俺の方を見ておらず、ララのシッポに顔を戻していた。俺と同じく、興味が湧いたのだろうか? 

 このままだと話が進みそうも無かったので、俺はララに隠す様言う事にした。

 

 「ララ、もう良いから早く隠せ……」

 

 彼女は案外素直に、でもどこか嬉しそうにバスタオルを元に戻して、ソファーへと座りなおしてくれた。

 さて、これからどうしようかと俺は二人に話しかけようとした。すると、

 

 『ララ様ーー』

 

 突然、廊下から不思議なデザインの服を着た、ぬいぐるみくらいの大きさのロボットが現れて、ララの元に飛び込んできた。て……なぜ廊下から?

 

 「ペケ!」

 

 ララは嬉しそうにそのロボットをギュっと抱きしめる。何だか立ち位置が悪くなってしまった俺は、テーブルをぐるっと回って美柑の横に座った。彼女は特に気にしていない様だ。

 

 「よかったーーー!! ペケも無事に脱出できたのね!」

 

 『ハイ! 船がまだ地球の大気圏を出てなくて幸いでした!』

 

 二人は小躍りしながら再会を喜んでいたが、取り残された俺達二人は、ポカーンとその様子を眺めていた。

 ふと、ペケが俺の方を見て指をさす。

 

 『ララ様、あのさえない顔の地球人は?』

 

 

 

 クスッ

 

 

 

 美柑に笑われた。ちょっとショックだった。

 

 俺はペケに会ったら絶対にこの言葉を言われると思い、ある程度の心構えをしていたのだが、実際に言われると結構、心にクるものがあった。そして、『結城リト』は冴えない男なんだと言う事を、しみじみと心に感じたのだ。

 

 「そーいえば、まだ名前きいてないね」

 

 そういえばそうだった。

 俺は立ち上がって名前を言うと、美柑も俺につられてソファーから立ち上がった。

 

 「俺は……結城リトだ……」

 

 「私は美柑、リトの妹よ♪」

 

 さっきのショックが少し響いていて、俺の声は小さい。反して、美柑の声は元気だった。アレ? 彼女はもう慣れてしまったのだろうか?。

 

 「ふーーん。このコはねーペケ。私が造った万能コスチュームロボットなの」

 

 『ハジメマシテ』と手を挙げながら、やや片言の口調で俺と美柑に挨拶するペケ。やはり二次元ではない実物を目視するのとでは印象が違って感じる。とても凄いと、素直な感想を思ってしまった。こんな生き物の様に動くロボットなど、まだ地球には存在しないのだから。

 

 「万能……コスチューム?」

 

 美柑がララの言葉をゆっくりと呟いた瞬間、彼女は体を巻いていたバスタオルを取り、俺に投げつけてきた。

 

 「おいおいおい! おいっ!!」

 

 俺はバスタオルを掴んで目を瞑りながら叫んでいたが、突然、真っ暗な視界がきらびやかな音と共に、パッと明るくなった。

 

 「じゃーん!!」

 

 「うわっ! すご……」

 

 「!!」

 

 目を開けると、そこは深く説明するまでもないだろう。『ToLOVEる』一巻の表紙と同じ服を着たララが、そこに立って元気良くポーズを決めていた。

 

 何と言うか……やっぱり変な服だ。

 

 それより、美柑が予想外の反応を見せた。彼女も、たぶん俺と同じ『変な服』とでも言うと思ったのだが、それどころか結構ララの服に興味を示した様な反応をとっている。

 そういえば、彼女はしっかり者とはいえ小学生だ。まだ魔法使いとか、ヒーローとか、そう言うものに憧れを持っているのかもしれない。そう思うと、普通に納得できた。

 

 そんな事を考えていると、いつの間にかペケが話を進めていた。

 

 『時にララ様、コレからどうなさるおつもりで?』

 

 「それなんだけどぉ、私ちょっと良い考えがo、

 

 ピンポーン♪

 

 ララの声を遮るように流れた音。一瞬、俺には何の音だったかわからなかったが。すぐにインターホンの音だと気付いた。

 

 「ヤバッ! お父さんかな……?」

 

 美柑の言葉に、俺は戸惑った。もしそうだったら、この状況を見られるのはかなりマズい。話が更にややっこしくなると、俺は断定したから。

 俺と美柑、その後ろにララとペケ。四人の内二人は、恐る恐るインターホンのモニターの前に近付いたが、その画面を見た瞬間、一人はピタリと固まってしまった。

 

 「リッ、リト……」

 

 「………………」

 

 良かった。オヤジではなかったのだが、美柑が固まるのも無理はなかった。なぜなら、モニターに映っていたのは、黒いスーツを着た二人組のヤバそうな男だったのだから。

 

 コイツら、インターホンなんか良くわかったな……

 

 俺はバリバリと頭を掻き毟り、美柑の呼ぶ声も聞かず、玄関へ向かった。そして、外へと続くそのドアを勢い良く押し開けたのだ。

 

 そこにはモニターで確認したときと同じ、顔に切り傷の様な傷痕をつけた金髪の男と、ガタイの良い大男がそこに立って俺を見ていた。

 コイツらは……ダメだ記憶が曖昧だ。どっちが『マウル』でどっちが『ブワッツ』だったかは忘れてしまった。ただ、共通する特徴と言えばさっきも言った様に、黒いスーツに黒いサングラス。眉毛無し。そしてあまりにも不似合いなシッポ。ララのものとは若干形の違う、黒いシッポが生えていた。

 

 「ララ様……」

 

 「え!?」

 

 黒服の呟きに俺は振り返ると、俺の数歩後ろにララが立ちつくしていたのだ。美柑もララに遅れてやってきたが、その黒い二人組を見た瞬間、怯えたようにララの後ろに隠れてしまった。お前、隠れてればよかったのに……。

 

 「ペケ……」

 

 『はっ、ハイ!』

 

 ララは美柑を軽く抱きしめながらペケに怒りの声を向ける。ペケはかなり怯えた様な声を上げて返事をした。

 

 「私言ったよね、くれぐれも尾行には気をつけてって」

 

 『……ハイ』

 

 少しの間だけ黙っていたが、やがて自分の過ちを認めた様にペケは返事をした。

 すると、ララは子供の様に『自分は怒っている』と言う事を体で表現しながら、ペケを叱り始めたのだ。

 

 「もーーーーーこのマヌケロボ!! ぜんぶ水の泡じゃないのっ!!」

 

 『ゴメンナサイ〜〜!』

 

 ペケが謝っている中、美柑が不安そうに声をかけた。

 

 「ララさん……?」

 

 「……ゴメンね、私……追われてるんだ……。そいつらは、その追っ手……」

 

 ララは美柑に顔を向けて申し訳無さそうに答える。同時に、茶番を終わらせようとするかの様に、黒服の二人は言葉を呟いた。

 

 「さぁ、今度こそ覚悟を決めてもらいましょーか」

 

 後ろでペケが何か言っている中、黒服はそれだけ呟くと、ジリジリと俺との距離を詰めてきた。

 だが、その俺は今立っている位置から全く動かず、美柑とララを背に立ちはだかっていた。黒服から見れば、丁度、立ち塞がる様な状態である。

 そんな俺は黒服にとって当然邪魔であり、彼等は俺に「退け」と命じてきた。

 

 「そこをどけ、地球人。私達はそこにいる子を捕まえにきただけだ」

 

 完全に瞳孔の開いた目で俺を睨んでくる黒服。ハッキリ言おう。そこら辺の警察官より全然強そうである。いや、実際強い筈なのだから、下手をすればあっという間にケチョンケチョンにされそうなオーラを、そいつらは放っている。

 

 だが、俺はそいつらを目の前にしても引く事はなかった。いや……どちらかと言えば、引けないのだ。

 原作ならリトは風呂場で出会った後、家の二階で再び出会うと言う運命を辿る。そしてそこを彼ら黒服に襲撃を受け、リトは彼女を助ける為に、愛(?)の逃走劇を始めていたのだが、そんな未来は今のここでは大いにズレてしまい、俺は玄関でコイツらと対峙している。

 しかし、こんな状況でも、俺は『ララ』を助けるつもりでいた。彼女がこんな所に来た理由はよくわかっているつもりだし、そんな彼女を素直に引き渡す程、俺は屑ではない。

 つまり、俺はこの二人を倒さなくてはならないシナリオになってしまったのだ。

 

 本当は、ララに任せてしまっても解決しそうだと思ったのだが、その過程が物凄く嫌な予感しかしなかったし、何より女に助けられると言うのは『俺』自信のプライドが許さなかったのである。

 

 とは言え、デビルーク人の人並み外れた戦闘能力は原作でしっかりと頭に焼き付いている。まともに戦う気は毛頭ない。

 じゃあどうしようと言う事なのだが。俺は原作を思い出している内に、ある希望と可能性が俺の頭の中に閃いたのだ。

 

 だから俺は戦う。黒服に対する返事はこうだ。

 

 「嫌だ……」

 

 俺の吐いた言葉に、「「リトっ!?」」とララと美柑、驚いた二人の声が重なるが、そんな事には気にもせず、俺は構えをとった。

 

 金髪の男はそれを見て、僅かに眉間を動かすと、

 

 「そうか……なら力づくでどかしてやろう!」

 

 そう言って俺に手を伸ばしてきた。多分押し飛ばそうとでもしたのだろう。

 

 

 

 しかしその手の動きは、俺には単調すぎて、遅い。完全に舐めてかかって来たのだと思った。

 

 

 

 俺は素早く金髪の腕の袖とスーツの襟を掴み左足を一歩踏み込むと強く、ヤツから見て右後ろに押し上げる。体格がかなり違う為結構な力を用いったが、なんとか金髪の左足を上げる事に成功する。

 そのまま俺は自分の右足を思いっきり振り上げると、それを戻す勢いで金髪の右足を刈った。体の支えを全て失った金髪は俺に刈られた勢いのまま、背中から地面に叩き付けられた。

 ただの『大外刈り』である。本来は、体格の大きな人が使う様な技なのだが、自分の体格が『結城リト』になっていた事を、俺はすっかり忘れていた。

 

 「ごッハっ!!!?」

 

 一応、袖はしっかりと掴んでおいた。この投げ方は何も知らない奴が受けると後頭部直撃するから、本気で投げる際は程々の注意が必要である。

 そんな危険な技をモロに喰らった金髪は、おそらくこんな攻撃に遭うのは初めてだったのだろう、ズレたサングラスから目を覗かせ、何が起こったのかわからない、と言った顔で俺の事を見ていた。

 

 「なっ!? 貴様!!」

 

 と、もう一人のガタイの良い大男が俺に掴み掛かろうとするが、俺は冷静にそれを察知していた。

 さっきと同じように左手で袖を掴むと、今度は中のシャツごと襟を掴む。そしてヤツが俺の服を掴んだ瞬間、俺は掴み掛かっていた大男の懐に素早く潜り込むと、腕を引き、更にヤツを前に崩す。

 完全に転ぶ体勢になった大男を俺は軽く背負い上げ、すぐに投げ飛ばした。投げた先は、金髪の上である。

 

 ゴズンッ!

 

 「ぐわっ!」

 

 「ギャン!!」

 

 そんな声を上げて黒服は地面に突っ伏した。金髪の方は、多分、気絶したな。

 手をパンパンとはたきながら、玄関の前で重なっている黒服を見る。予想以上に呆気なかったと思うも、俺の予想が当たっていたので仕方がない。

 ララと美柑の方に振り返ると、二人はボーゼンとしながら俺の方を見ていた。やはり、やり過ぎたと思う。美柑の視線が『結城リト』を見ている眼ではなかったのだから。

 

 「なっ、なぁ……これで良いと思うか?」

 

 自分でやって何言ってんだと思ったが、俺は二人に聞いてみた。原作と違う事をしてしまって、酷く不安になったのだ。

 

 「えっ!? たぶん……あっ!」

 

 少し落ち着かない様な口調で喋る美柑の言葉が急に強まって、俺は素早く振り返った。黒服のガタイの良い方がヨロヨロと立ち上がったのだ。

 黒服は、痛むのであろう背中を押さえながらララに申し出た。

 

 「……ララ様、どうか私達とお戻りにn、

 

 「イヤ!」

 

 ララはべっと舌を出して黒服の男を嫌う態度を見せた。

 

 「ララ様……」

 

 黒服は諦めたように彼女の名を呟くと、今度は俺の方を睨みつけてきた。八つ当たりか?

 

 「いいか地球人! これで終わったと思うな!!」

 

 そう言い捨てながらガタイの良い大男は、ぐったりと倒れ込んでいた金髪を背負い込み、そそくさと民家の屋根を飛び越えどこかへと行ってしまった。後に残るのは夜風の音が鳴り響くばかりだ。

 

 「……ハァ」

 

 俺は開けっ放しのドアを閉め、そこに寄り掛かって一息つく。ようやく体の至る所にある緊張の糸が切れて、ホッとしたのもつかの間、俺は気付いた。

 

 それは、キラキラと眼を輝かせながら俺の事を見つめる、ララだった。

 

 思わず俺は冷や汗を垂らす。まさか、原作より最速に結婚宣言されるんじゃないかと俺は思ったのだ。美柑もララの表情に気付いたらしく、彼女からほんの少しだけ離れた。

 

 ララはゆっくりと口を開く。

 

 「リト……どうして、助けてくれたの?」

 

 俺の予想は外れた。と思ったのだが、表情が変わっていない。恋する乙女の瞳をララは止めていなかった。

 

 それよりも、彼女の質問は簡単そうで難しかった。原作の知識を暴露する訳にもいかず、俺はほんの少しだけ考えると、なんかひと昔前の熱血漫画っぽい答えをララに教えた。

 

 「……人を助けるのに、理由はいらないよ……」

 

 あまりにもクサい台詞を吐くと、俺はごまかす様にララへ笑いかけた。悪かった。こんな言葉しか思いつかなかったのだ。

 

 「なーにカッコつけてんの? リトっ」

 

 美柑が茶々を入れてきたが、その表情からは笑顔が漏れている。やっぱりカッコつけた様に見られていた様だ。しかし彼女が笑っていたので、すぐにどうでも良くなってしまったのだが。

 

 そんな心境だった俺に、ララは嬉しそうに近寄ってくると、更に俺の前に顔を近付けてきた。そして、

 

 「リト……ありがt、

 

 何かを言おうとした、

 

 

 

 その時だった。

 

 

 

 ガチャン! キィィィ

 

 「ただいまぁ!! お、まだ起きてやがんのか! リトと美柑、と……?」

 

 最悪のタイミングでオヤジが帰ってきた。いや、帰ってきてしまったのだ。

 

 俺は美柑と一緒に溜め息を重ねた。そういえば、まだ晩飯を食べていない。どうやら休む事ができるのは相当先だと、俺はこの混沌とした空気の中、そんな事を考えていた。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 ☆おまけ☆

 

 

 

 俺はララに聞いてみた。

 

 「ララ……」

 

 「ん、なぁに?」

 

 少し質問の仕方に迷ったが、俺は言葉を続けた。

 

 「デビルーク人の戦闘スタイルって、どんなの?」

 

 ララは少し考えると、楽しそうにジェスチャーを始める。

 

 「え〜とパンチでドカーンとかー、ビームでバババ〜とかー」

 

 「あぁ、もういい…。ありがと……」

 

 どうやら宇宙では、パワーのインフレが起こっているらしい。柔道で簡単に倒せたのも無理はなかった訳だ。


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