結城リトの受難   作:monmo

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ゴメンなさい。今回ちょっと短いです。


第十六話

 「さて! もうすぐ彩南高校の学園祭が始まる!! というわけで実行委員の猿山だっ!!」

 

 いつもはおちゃらけて周りを楽しませている男だが、今日に至っては真剣な表情で声を張りながら、教壇の前に立って俺達クラスメイト全員に話をしている。

 

 今から俺達が始めようとしているのは、彼の言った通り、ここ彩南高校の学園祭が近付いているので、自分達のクラスが何をやるのか、催す物の案をまとめ、それを決める事だった。

 

 前回のHRではクラスで一人ずつ案を出して、紙でまとめた。だから今回は、そのまとめたヤツをクラスで決める予定だと思われるのだが……。

 

 「え〜と、この前のHRでお前らに出してもらった出し物の案なんだが…………オバケ屋敷に演劇とかわたがし屋とか、どれも普通すぎてあまりにもつまらない!!」

 

 と、猿山はいきなり俺達のまとめた案を一蹴。俺が呆れ、クラスの周りがざわつく中、彼は教壇に背を向けると、慣れない手つきで黒板に力強くチョークを滑らせ、最後にドン! と汚ねえ字で書かれたそれを力強く叩き、クラスの注目を集めた。

 

 「そこで考えた結果! 俺達のクラスは『アニマル喫茶』でいく事にした!!」

 

 猿山が一際強く声を張り上げたが、周りは彼の勢いについて行けず、数秒遅れで内容を理解しても、そこから返ってきた相づちは、批判の嵐だった。

 

 「アニマル喫茶ぁ〜〜? 何ソレ、コスプレ喫茶みたいなモン?」

 

 「えー、やぁーだぁーー」

 

 「はやんねーよ、そんなの!」

 

 クラス中のブーイングが猿山に集中する。しかし、彼はクラスの抗議に腰を引く事なく、

 

 「絶っっ対にはやる! はやらせる!! いいか! 時代はアニマル!! 弱肉強食の時代だァ!!!」

 

 それら全ての反論を凄まじい大声で押し返した。

 

 猿山はそこで口を止めず、更に自分の案の内容などを細かに説明を始め、ブーイングを放っていたクラスの連中共を押さえつけようとしていた。

 そんな中、俺は猿山の凄さを再認識していた。クラス中のブーイングを押し返すなんて、余っ程の度胸がなければやれる様な事ではない。これは彼の凄い所であろう。もしかしたら、彼の方がデビルーク星の王などに向いているのではないだろうか。

 

 俺がどうしようもない評価を考えている間にも、猿山の説明は続いている。いったいいつまで話すのかと思っていると、横目にレンが恐る恐る手を挙げる姿が見え、俺は体を彼の方へと向けた。

 

 「よ……よくわからないけど、そこまで言うなら……とりあえずどんな物だか、彼に見せてもらおうよ。反論はその後でもいいだろうし……」

 

 それはおそらく彼の肯定的な意見だった。妙に口調が戸惑っているのは、猿山の熱気を帯びた気勢に圧倒されているからだろう。正直、俺は今の猿山には話しかけたくなかった。

 

 「よぉ〜しぃ、良い事言ったぞレン! じゃあさっそくモノは試しとして!! 女子! 今から俺が用意した衣装に着替えてきてくれ!!」

 

 レンの意見にたいへん喜んだ猿山は、教室の後ろで山になっているダンボールを指差し、クラスの女子達にそれを更衣室に運んで着替えてくれと、彼女達を促した。

 「メンドくせぇ〜」とうなだれている籾岡。仕方なさそうに溜め息を吐く沢田。不安を隠しきれない西連寺。唯一、楽しそうに笑いながら、重そうなダンボール箱を軽々持ち上げて、更衣室へ向かったのはララだけであった。

 

 文句を言いながら教室から出て行く彼女達の様子を見てほくそ笑んでいる猿山。端から見れば不審者の類いであり、残った男子共も「大丈夫なのかよ……」と不安を募らせた視線で気持ちの悪い笑みを浮かべている彼を眺めていた。

 

 だが、そんな彼らの不安はすぐに吹き飛ばされる結果となる。

 

 数分後、一番最初に教室に入ってきたのはララだった。

 

 「ジャーン!! みてみて!」

 

 「「「「「おおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおぉぉぉおぉぉぉぉ!!!」」」」」

 

 ララを始めに、次々と教室入ってくる女子達を見て、野郎共は次々と歓声を上げていった。彼女達の着替えてきた服装はどれもこれも生地が異様に小さく、一言で言うと際どい。パンツが見える事を前提にしている様な作りのスカート。ほとんどの女子はヘソがお腹ごと丸出しになる丈の浅いキツめのタンクトップやブラジャーっぽくかたどったバンド状の布。あとは地肌が露出している。おまけに言うなら、首輪やら鈴やらケモノ耳のカチューシャなどのオプション付きだ。これがさっきっから猿山が推しているアニマル喫茶の訳だろう。

 

 その嫌らしさ満点ながら、しっかりと着こなしている女子達に、俺は興奮どころか感動を覚えそうだった。

 

 当然、周りのヤツらもこんな光景を見て普通でいられる筈がない。発情期真っ盛りの男共を発狂させるには十分だった。

 

 「スゲーっ、良いじゃねーか猿山っ!!」

 

 「だろだろっ!! これこそ俺が求めてたパラダイスなんだよ!!」

 

 ホラ、さっきまで猿山に対して文句を言い放っていたヤツが、もう手の平を返して彼を褒め称えている。

 

 そんな中、教壇の前で並んでいる女子達の内の二人が、顔を真っ赤にしながら見ているレンの前へと移動してきた。

 

 「レンくん! これどーおー?」

 

 「にあってる……かな?」

 

 彼女達、二人は恥ずかしそうに腰をくねらせてレンの返事を伺おうとしているが、その動作が淫らに見えたのか、彼は真っ赤になった顔を隠す様に口元へと手をあてた。

 

 「う、うん。最高に、カ……カワイイと思うよ」

 

 近づいてきた彼女達を直視できないのか、レンは横目でチラチラと彼女の素肌を見ながら、やっとの事で声を振り絞っていた。

 

 その何とも言えぬ青臭さに俺が口元を歪めていると、彼女達に遅れてララが近づいてきた。俺の机の前へと。

 

 「ねーねーリト、どう!? 私の格好!!」

 

 俺は彼女の言葉に従い、視線を顔から服装へと移す。遠くから見て際どい衣装だと思っていたが、近づいて見てみると思った以上に卑猥な衣装だとわかった。いや、プロポーションの良いララがこれを着ているせいで余計に卑猥に見えるのだ。ララの大きな胸に布の面積が足りておらず、上乳も下乳もはみ出してしまっている。

 

 「あ、あぁ……似合ってると、思うぞ……」

 

 目線こそ彼女から離さなかったものの、気がつくと俺もレンと同じ様に手を口元に押さえていた。おそらく、俺も彼と同じ、赤面しているのだろう。情けない……。

 

 「やったあ! リト大スキ〜!!」

 

 俺が褒めてくれる事はやっぱり嬉しいのだろう。ララは椅子に座っている俺の後頭部に手を回し、そのまま自分の胸の中に包み込む様に俺の事を抱きしめてきた。俺は抗おうとしたが、力は圧倒的にララの方が強いので、そう簡単に振り解けるわけがない。

 

 

 

 あの日以来、ララは俺に肌と肌で触れ合ってくる頻度が極端に増えた。まるで、俺の身体がどこか勝手に遠い世界に行ってしまうのを、必死で引き止めている様に強く。離れていかない様にしっかりと、俺の背中に手を回して抱き込んでくるのだ。

 

 仕方のない事だった。あのとき、ベッドで悪夢を見た俺が彼女に与えてしまった恐怖は、俺が想像のできるものではないのだろう。悪夢から解放された俺が見たララは、見た事もないくらいに恐怖で顔を歪めていた。

 

 俺はもう二度とあんなララの顔は見たくない。そのためには自分を律し、過去に背を向けなくてはならない。言って楽に出来るものではないのは、百も承知だ。やらなきゃいけないんだ。

 

 今の彼女の抱擁は真意が違う。好意をアピールするだけのスキンシップが、今は幸せを分かち合いたいと切望した愛情に変わっている。おかげで、季節は夏を通り過ぎて秋になった今も、ララは自分の部屋に戻る気配もなく、俺のベッドに全裸で潜り込み、肢体をガッチリと俺の身体にしがみつかせて眠るのだ。

 

 そんな彼女を、引き剥がせない自分が居た。今の彼女は俺が離れる事を、何よりも恐れているのだから……

 

 ……或いは俺自身、もう

 

 

 

 俺は体をひねってアニマル姿のララの抱擁から脱出した。ほんの少しだけ、唇のつり上がる彼女をなだめかしながら、俺はこれからのララとの関係をどうすべきか、終わりの見えない思考の海を潜り続けていた。

 

 その最中、教壇の前で西連寺が籾岡と沢田に背中を押され、おちょくられている様子が見えた。今の服装に恥ずかしがっている彼女を目立たせてやりたいのか、単にスキンシップとして触っているだけなのかはわからんが、たぶん後者だろう。何をやっているんだ……。

 

 「おーーし! 俺達のクラスの出し物はアニマル喫茶に決定だぁ!!!」

 

 既に女子達が着替え、教室に来た時点でこのエロ猿の案は決まった様なもんだった。女子達からも特に反対する様な声も出ず、男子も言わずもがな猿山の案に全員、乗っかっていた。こんな如何わしい喫茶店、学校が許可を出してくれるのか少々不安にも感じるのだが、この学校の校長の事だ。二つ返事でOKが出るのだろう。考えたら負けだ。

 

 そういえば……

 

 学園祭の出し物がアニマル喫茶に決定され、クラスが騒がしくなる中、俺は教室の外——窓の向こうの並木をじっくりと注目した。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 (凛視点)

 

 

 

 私こと、九条凛は今、自分の主人、天条院沙姫様からの命令を受け、ある任務をこなそうとしていた。

 

 それは、今、彩南高校で注目の的になっている、ララ・サタリン・デビルークとか言う一年を調査し、彼女について何か情報を手に入れる事である。

 

 「ふむ……」

 

 彩南祭の季節が近付いてきたという事もあって、全てのクラスが何を催し物にするのか教室で会議を行っている。そこで私は、ララと言う少女のクラスを観察し、彼女達のクラスは何をやるのか探ろうとしていた。

 

 私が今しゃがみ込んでいるのは、学校の敷地内に生えた並木の太い枝の上。そこから、双眼鏡で彼女の所属するクラスを覗いている。

 目標の彼女は簡単に見つかった。ピンクブロンドのロングヘアはここから双眼鏡を使わなくてもよく見える。ただ、距離の関係で音が聞き取り辛いのが惜しい所だが……。

 私は双眼鏡で覗いて、教室の中を観察する。よく見ると、彼女の達の姿は卑猥な物で、地肌がほとんど露出していた。先程から男子の様子が異様にうるさく感じられたのはこれが原因だろう。……気持ち悪い。

 

 「おーーし! 俺達のクラスの出し物はアニマル喫茶に決定だぁ!!!」

 

 そんな大きな声が、教室の中から聞こえてきた。私は忘れない内に、この事を沙姫様へと伝える事にした。

 

 「……沙姫様、どうやらこのクラスはアニマル喫茶なるものをするつもりのようです」

 

 持っていた小型無線機を口元に当て、沙姫様へ連絡をする。更にララという彼女の様子も確認できたので、そちらの様子も伝えた。

 

 「何やら、あのララとか言う一年が、男子が大喜びしそうな衣装を着ております」

 

 『何ですって!!?』

 

 私の耳元についているイヤホンから、沙姫様の大きな声が聴こえてきたが、私はそれに返事をしている場合ではなかった。双眼鏡の先、クラスが盛り上がっている中、ララと言う少女に抱きつかれている一人の男を発見したからだ。

 

 その男は癖毛なのか、妙に跳ねた明るい髪色の髪の毛が目立つ男だった。彼女の抱擁を煩わしい様に振り払い、呆れた様に溜め息を吐いている。

 私は顔をもう少し観察するため、双眼鏡を拡大して彼を見遣ったその時だった。

 

 

 

 ギロッ……!!

 

 

 

 「……ッ!!?」

 

 私は何が起こったのか信じられず、双眼鏡から素早く顔を離してしまった。そして、先程まで眺めていた教室から更に身を隠す様にしゃがみ込んだ。

 

 今、確かに目が合ったのだ。双眼鏡を限界まで拡大した時、寝不足なのか目元の隈が少々目立っていたのを鮮明に覚えている。

 

 だがしかし、私の居る場所は教室からかなり離れた木の上。しかも、姿が隠せる程の葉が生い茂った枝の上に隠れている。あちら側から私の姿が見える筈がない。

 

 『っ? 凛、どうかしましたの?』

 

 私の様子がおかしい事に気が付いたのか、耳元から沙姫様の心配する声が聴こえた。

 

 「い、いいえ! ……な、なんでもありません……」

 

 だが、私は目の前で起こった事が信じられず、慌てて誤魔化した。

 

 『そう……? ……なら、もう戻ってらっしゃい。報告、御苦労さま』

 

 「はい、失礼します」

 

 沙姫様はまだ少しだけ私の声の様子をうかがっていたが、私は必死に落ち着きを取り戻そうと、呼吸を整えながら返事をして、覗き見るために使っていた双眼鏡をしまい、耳に付けていたイヤホンを外す。そして、足下に気をつけながら、木を降りて、自分の教室に戻るべく、早歩きをした。

 

 もしかしたら、ただの偶然だったのかもしれないが、私の勘があの男を危険視してやまなかった。あの男には何かあるかもしれない。気をつけなければ!

 

 『ほーーーーーーっほほほほほほ!!』

 

 意気込んでいた私の胸元、イヤホンを入れていた内ポケットから沙姫様の笑い声が聞こえてきた。

 

 思ったのですが、沙姫様……今は確か授業中のハズでは……?

 

 


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