結城リトの受難   作:monmo

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第十一話

 高速道路を走るバスの窓から見えるのは、広い広い海と緑の生い茂る山々。時々通り過ぎる看板を確認してみると、どうやらここは『千葉県』に入ったらしい。

 

 『ToLOVEる』は、主人公『結城リト』の住む町、『彩南町』と言う架空の町を舞台に物語が展開されていくラブ・コメディである。こんな事を言ったって、大概の人は普通に聞き流してしまうだろう。今更何言ってやがる、とも思うかもしれない。

 だが、この世界で生きている『俺』は、そんな事をしてはならなかった。もっと深く調べる必要があったのだ。この世界の地理関係。例えば、その『彩南町』は日本の何処にあるのか? とか。

 

 前々から考えていた事だったので、俺はすぐ行動に移した。

 休日、ララと美柑と一緒に出掛けた時、俺は二人が服を選んでいる間に、近くにあった地下鉄の走る駅を調べた。駅はどこかへと繋がっているのだから、もしかしたら知っている駅があるかもしれない。そんな九割の期待と一割の不安を背負い、俺は駅の中へと入って行った。

 

 路線図を見ても、俺は違和感が湧く事などはなかった。なぜなら、そこにあるのは前の世界のものと全く変わらない『東京都』の路線図が壁に貼付けてあったからだ。丸い円を中心に広範囲へと広がっている、小さな線。見間違う訳ないのだ。

 ただひとつ、ひとつだけ違うのは、その路線の中、東京のやや北側に他の駅を挟んではっきりとその存在を表している駅がある。『彩南町』だ。

 余りにも違和感のなかったその光景に、俺は驚きを通り越して笑いたくなってしまった。「一体、どの町が消えたんだ?」と前の記憶をフル稼働させて思い出そうとしたのだが、『山手線』の駅すら完璧に覚えていない人間の俺には、無理な努力だった。

 そもそも、思い出した所でその駅を知るものはいないのだ。この『俺』以外には……

 

 なんだか可笑しくも恐ろしい結果だったと、俺は苦笑いをしながらバスの窓から景色を眺めていた。バスの座席のマットはフカフカで座り心地が良い。もう座る事もないと思っていたがな。

 

 「リト、菓子食うか?」

 

 隣りに座っている猿山が、ポテトチップスの一枚を俺に勧めてきた。が、断った。別に、お腹が空いていないわけではないが、今はちょっと食う気にはなれない。

 

 「……いや、いい……」

 

 「あん? どうしたんだよ。何、黄昏れてんだ?」

 

 彼は心配そうに、半分面白そうに、俺にちょっかいをかけてくる。そうする度に、俺の視界はぐわんぐわんと揺れた。

 

 「あぁぁ、やめろ猿山……俺の体を揺らすな…………」

 

 俺の言葉に気が付いたのか、猿山はピタッと行動を止めた。

 

 「お前……まさか、酔ったのか?」

 

 ハァ……なんで俺、乗り物酔い激しいのに後ろの席なんか座ったんだろう……

 

 そんな俺の悲痛な心中など知らず、俺達、彩南高校生一年A組を乗せたバスは『臨海学校』の目的地である旅館へと驀進していた。二泊三日の泊まりである。美柑に何かお土産でも買うかと考えながら、俺はエチケット袋を開いたのだった。

 

 あっ、台風の件は原作通りだった。流石に自然の驚異は人間の俺にはどうしようもないので、ララに任せるしかなかった。

 何か違った事は…………土砂降りの暴風雨の中、荒波が直撃し続ける海岸でララと一緒にシャウトしたのは、結構楽しかった。と言う事だけを言っておく。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 半ばフラフラの状態で旅館に到着した俺は、ハイテンションな校長の集会をバス酔いの口実でサボり、先にあてがわれていた部屋でくつろいでいた。

 

 しばらくしてやって来た猿山達は、俺と同じ様に浴衣に着替え、テーブルに置いてあった茶菓子をつまみながら思い思いの行動をしている。

 

 「それにしても凄かったな〜あの女将。パンチのキレとかハンパねぇぜ!」

 

 テーブルの反対側にいる俺と猿山の友人は、ボクシングの真似をしながら話を語っている。どうやらテンションの上がりすぎた校長が旅館の若女将に抱き付こうとし、その女将に見事なカウンターを喰らったそうだ。

 別に、これは知っていた事なのだが、目の前にいる親友は何にも知らないはずの俺のためにわざわざ話題を出してくれたのだろう。だから俺は「何の話?」と話に乗ってやる事にしたのだ。

 

 「慣れてんじゃない……? あの校長、コリねぇもん……」

 

 「だよな〜…………あっ、そう言えば今夜、肝試し大会するらしいぜ」

 

 うん、何も変化はない。原作通りの展開だ。俺は肝試しを体験した事はないし、お化け屋敷に入った事もない。でも、まさか高校生……しかもこんな境遇になって肝試しをやる事になるとは思っていなかったな……。

 

 「んっ、どーしたリト? まさか恐いのか?」

 

 「ばぁーか、そんなんじゃねえよ……」

 

 こんな感じで目の前の友人と話をしていると、そこへトイレに行っていた猿山が戻ってきた。彼は部屋に入ってくるなり自分の服とバスタオルをまとめ、俺達を見渡す。

 

 「んじゃ、さっそくフロ行くか」

 

 「そーだな。オイ、お前はどうする?」

 

 猿山の話に賛成した友人は、部屋の隅でゲームをしているもう一人の友人へと顔を向けた。

 

 「いい。オレ、フロはメシ食った後に入るって決めてるから」

 

 友人は顔も向けずに話を返した。どうやら俺達には分からんコダワリがあるらしいので、ほっといてやる事にした。

 

 「あっそ。猿山、俺も行くよ」

 

 「おっ、ノリが良いなリト!」

 

 「油も何もノってねぇよ……」

 

 そんなバカみたいな話をしながら、俺と猿山と友人の三人は旅館の露天風呂へと足早に向かっていた。

 いや、厳密に言えば早歩きの二人に俺が急ぎ気味で付いて来ていると言った感じだ。

 

 「女子も、今頃入ってんだろうな〜〜♪」

 

 「ここはやはり男としてやっとくべきかね?」

 

 二人の背中から、こんな会話が聞こえてくる。どうやらやっぱり『覗き』をするらしい。止めようかどうか悩んだが、やめた。どうせ失敗するのだから。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 「お〜い、本当にいいのか〜? この反対側には西連寺のハダカがあるんだぞ〜」

 

 さっきから何度も俺を覗きに誘おうとしている猿山達二人は、大浴場の男湯と女湯を遮る岩山を登っている。かなり危険な光景だが、俺はそんな彼らを止めずに、ただ様子を見ている。ゆったりと温泉でくつろぎながら。

 

 「くっ、あと少し……」

 

 俺の方を見るのをやめた猿山は、友人と一緒に岩山の頂上へと手をかけた。大浴場には俺達以外にも人がいるのだが、そいつらは猿山の奇行を変な物でも見る様な目で見ているヤツも入れば、なんか応援しているヤツもいる。完全な野次馬だな。

 俺の周りにいる男は、本当に普通の男子高校生なんだなと、俺は改めてこの世界を見直していた。直後、

 

 「キャーーーーー!!! のぞきよォーーーー!!!」

 

 「っ!」

 

 女子の悲鳴が聞こえた時は、思わずビクッと体を震わせてしまった。くるとわかっているものなのだが、やはり実際に聞いてしまうと、本当に驚く。

 

 だが、そんな驚愕も一瞬の事である。

 

 「こんな所に校長がいる〜〜〜!!!」

 

 続けて聞こえてきた悲鳴に、俺はただ苦笑いをしながらその様子を思い浮かべた。あのアホ校長……こんな事しなければただの優しい校長先生なのに……。

 

 「いや〜、私はただ見張りを、

 

 そう、何の悪気も無さそうに何かを言おうとしていた校長の顔に、女子の豪速球の風呂桶が命中した。それを受け、豪快に石畳の地面へと素っ転んだ校長に、女子達からのストンピング攻撃が始まる。

 

 「ヘンタイ!!」

 

 「エロ校長!!」

 

 「死ね!!」

 

 ガン! ゴン! バキッ! グチャ!!

 

 「ギャァアァァアアァァァ許して〜〜!!!」

 

 いびつな断末魔の悲鳴に混じって、木材が人体に激突する嫌な音が浴場に反響する。

 

 校長……血出てるけど大丈夫かな? 石畳真っ赤なんだけど……

 

 と、そんなスプラッターな光景を俺は今、岩山の上から覗いていた。女湯にいる女子は浴場から逃げ出したり、校長に攻撃していたりで、俺の存在には誰も気付いていない。

 

 そんな女湯を悠々と観察していると、温泉の湯気に混じって、ピンクブロンドの髪を見つけた。ララである。フルボッコにされている校長よりも、風呂に飾られていた獅子脅しに興味深々らしい。

 

 さすがにここからじゃ気づかないか……そう思っていると、彼女はパッと振り返り俺を見つけると、嬉しそうに手を振ってくれた。

 

 のんきなヤツめ……俺は今悪い事をしているんだぞ。

 

 俺は手を振り返す事だけをして、素早く岩山から下りた。校長の安否を祈って。

 

 「どう!? なんか見えたか!!?」

 

 真っ先にやって来たのは、校長の断末魔を聞いて覗くのを諦めた猿山。状況だけでも知りたい様だ。

 

 「校長がフルボッコにされてた。全員タオルで前隠して何も見えねーっての」

 

 俺の報告に「なんだよ〜……」とうなだれた猿山であった。

 

 

 

 ・・・♡・・・♡・・・

 

 

 

 「さて!! では今から肝試しのペアをくじ引きで決めまーす!」

 

 朝から相変わらず、ハイテンションな声で肝試し大会を指揮っている校長。しかし、その顔面はボコボコに腫れ上がり、自慢のサングラスは無惨な形へと変貌している。先程の女子のダメージがまだ残っているようだ。こんだけやられて警察沙汰にならないってのが、この彩南高校の凄い所である。いや、もしかしたらこんな校長でも俺と同じく素晴らしい先生だって事をわかっているヤツがいるのかもしれない。いたとしても、この中から同士を探すのは難しい話だが。

 

 そんな話はともかく、俺は肝試しの男女ペアを決める為、クジの箱へと手を伸ばす。いったい誰と当たるのかはわからない。原作ではララと当たっていた『結城リト』だが、『俺』は違うし、これは完全に運任せによって流される運命だ。そこら辺のモブと当たってもどうしようもないが、その時はその時だな。

 

 俺は何の考えもやめて、無心のままクジを引いた。指をずらして紙を見ると、そこには『13』と書かれている。

 さて、どうなるのかな? 俺は周りを見渡すと、そこへララが近づいてきた。服装は当然、今の俺達と同じ、浴衣姿だ。

 

 「あ、リト13番なの!? やったーー私とおんなじぃーーー♡」

 

 目の前で嬉しそうに喜ぶララだが、この様な結果に対し、俺はただ『13』と書かれたクジを眺めて続けていた。

 

 「こんな事も……あるんだな……」

 

 「えっ? リト何か言った?」

 

 「……いいや、何でもない」

 

 「?」

 

 ララは不思議そうに俺を見ていた。

 

 そんなこんなでようやく始まった肝試し。廃れた鳥居をくぐり抜けるとそこに広がるのは、ただひたすらの闇。持っている明かりは、必要性があるのかないのかわからないぐらいぼんやりとした光を漂わせる提灯ひとつ。この状況を素直に言ってしまえば、絶望的である。

 

 「うわ〜真っ暗だぁ」

 

 「離れんなよ。迷子になるぞ」

 

 だがそんな状況でもララは怯える事なく、むしろ楽しそうな様子でズカズカと真っ暗な道を歩き続ける。これだけ精神の図太さを見せつけられると、さっきまで緊張していた自分がなんだかアホらしくなってきた。いつの間にか、俺達はいつもの様に学校へと登校するテンションへと変わっていた。

 

 「リト、ゴールどこだっけ?」

 

 「あぁ? この道500メートル進むと神社があるらしい。そこがゴールだってさ」

 

 「ふ〜ん……。……『ジンジャ』って何?」

 

 「えぇェ………」

 

 ……うん。いつも通りであったのだが、歩いている内に暗闇の中の視界に慣れてきた俺は、ある事に気がついた。

 

 「そう言えばララ……」

 

 「ん、なあに?」

 

 俺の声に、少しだけ前を歩いていたララが振り向き、コテンと首を傾ける。いちいち仕草の可愛いヤツだ。

 

 「髪型、変えたな……」

 

 「あっコレ?」

 

 今ララの髪型は、いつもの下ろしている状態ではない。頭の後ろのちょいっと高い所で結んでいる。どうやったのかはわからないが、頭のてっぺんでピョコンと跳ねたアホ毛は変わらない。漫画でも見た事があるのだが、実際に見るとやはり気になってしまうモノがあった。

 ララは気付いてくれたのが嬉しかったのか、結んだ髪を見せつけてくる。

 

 でもこの暗闇の中で後ろ歩きはかなり危ないぞ。

 

 「リサミオに結んでもらったの! ……変?」

 

 「いや、似合ってるよ」

 

 即答。変な訳がないのだ。

 ララは喜んで、俺に近づいてきた。今の『俺』ならわかる。これは完全に、抱き付く構えだった。

 

 「ホントに、っ!

 

 ズルッ、

 

 俺が身構えようとしたその時、何かが滑った様な音が鳴った。俺が不審に感じた瞬間、ララの体は後ろへと倒れていく。

 

 「わっ!」

 

 『ララ様!!』

 

 「っ!」

 

 ペケも驚いて声を出す中、反射的に俺は提灯を持っていない手でララの手を捕まえた。そのまま地面スレスレの所で引っ張り上げる。

 そんな事をするものだから、俺とララの体は勢いのまま、ドン!とぶつかった。余っ程驚きだったのか、彼女は目をぱちくりとさせて俺の方を見ている。

 

 「大丈夫か?」

 

 「あっ、うん……平気……♡」

 

 真っ暗でララの表情はよく見えないのだが、どうやら大丈夫そうだ。しっかし危なかった。この道、真っ暗なのに所々滑り止めの段差みたいなのが仕掛けてある。なんで滑り止めが滑るんだよ、おかしいだろ。

 俺はララから距離を取り、後ろ歩きを止めさせて、握っている手を放さずそのまま下ろした。

 

 「……手、つないでおこう。危ねぇ……」

 

 「うん……♡」

 

 後ろ歩きに懲りたのか、ずいぶんとおとなしくなったララ。そんな彼女の手を握りつつ、俺はもう片方の手で持った提灯で先を照らす。

 本当に何にも見えないな。そう思っていたときだった。

 

 キャー!

 

 ワーー!

 

 「「ん?」」

 

 遠くから悲鳴と共に、ポツポツ小さな明かりが見えてくるかと思うと、それはどんどん大きくなり俺達へと近付いてきた。

 

 「ぎゃあああああぁぁぁああああああああぁぁあ!!!」

 

 「うわぁぁぁあああああぁぁあああああ!!!」

 

 「でぇたぁああああああああああぁぁぁああああ!!!」

 

 そんな叫び声を出して、呆気に取られている俺達を通り過ぎていくのは、俺達二人が出発する前に先行していたペアの奴ら。どうやらお化けに驚かされて逃げ帰ってきたのだろう。高校生にでもなってまだお化けが恐いのか? とか思っちまった俺は、心が歪んでいるのだろう。たぶん……。

 とは言え、ここから先は少々気を引き締めて行かない。深く深呼吸した俺は、ララの手を深く握る。すると彼女は笑顔で握り返してきた。

 

 「この先、出るって。オバケ……」

 

 「よ〜し、いってみよー!」

 

 さっきと変わって元のテンションに戻ったララは、俺の握っている手を振り回しながら、見えない道へと俺を引っ張っていくのだった。

 

 

 

 そこから先は進めば進む程、何度もお化けに驚かされた俺とララだったが、状況を楽しんでいた俺達二人は逃げる事なく、ひたすら道を突き進んでいた。周りは相変わらず真っ暗だが、もう人の悲鳴も聞こえてこない。逃げ帰ってくるペアはもういないのか、あるいは俺達が先頭になってしまったのか。

 そう言えば、途中、ララに「おもしろい」と言われて物凄いショックを受けていたお化けもいたが、あれはいったいなんだったんだろう。

 

 「なーんかオバケの役って楽しそうだね♪ 私もやろっかな」

 

 『ララ様は驚かされるより驚かす方が似合ってますよ』

 

 ララは自分の胸に挟み込んでいるペケと話をしている。確かにララはイタズラをする方が似合っているが、驚くララの顔とかも見てみたいな。俺がそんなどうでもいい事を思いながら、二人を見守っていると。

 

 ガサガサッ!

 

 不意に近くの茂みが揺れ動いた。

 

 「『「!」』」

 

 その瞬間に、俺とララはサッと身構える。別に俺もララもお化けが恐いわけではない。でも突然現れて叫び声をかまされるのは本当に心臓に悪い。だから、俺達は何度も驚かされていく内に、『来る』と思った瞬間に身構えるという反射行動を学んだのだ。

 

 でもこの時は違った。

 

 「『「…………………………」』」

 

 「……出てこないね?」

 

 「……だな……」

 

 「恥ずかしいのかな?」

 

 そう言ってララは茂みの中をかき分け、奥へと入り始めた。もしもお化けじゃなかったら、そこにはお化けじゃない何かがいる筈なのだ。『お化けじゃない何か』が……

 

 「オイオイ止めとけ、変な生き物でも出たら……

 

 だが俺の制止は、彼女の大音量の声によってかき消された。

 

 「あーーー春菜だ! リトっ、春菜がいたよ!!」

 

 「ハァ?」

 

 その言葉で理解ができなかった俺は、ララの入っていった茂みの中をかき分けた。

 暗闇で視界は最悪だが、提灯で目を凝らすとそこにいたのは紛う事なき『西連寺』の姿であった。少し裾が小さめの浴衣を着た彼女は、腰が抜けた様に地面に座り込んでいて、顔は、俺達二人の存在がハッキリしていないのか、頭に何個もクエスチョンマークをつけた様な表情をしている。ただ、その瞳には涙が溢れ出ていた。

 

 そう言えば猿山は西連寺と同じペアだったのに、逃げてきたときは一人だった気がする。クッソ……結局なんにも変わらないな……

 あのサルは……後でしばいておこう。

 

 「どうしたの? 春菜もオバケの役やってたの?」

 

 「いや違うだろ……」

 

 冷静にララにツッコんだ俺は、西連寺に声をかける。

 

 「おい、西連寺、大丈夫か?」

 

 提灯を前に出し、『俺はリトだ』と言う事をアピールしながらゆっくりと彼女に手を伸ばした俺だったが、彼女は俺の腕を掴み、そのまま俺へと抱き付いてきた。

 

 「あっ! おい……」

 

 ララも見ている事だし、すぐに引き剥がしたかったのだが、ひくつく喉の動きとガタガタと震える体が俺の良心を掴んだ。もう少しこうさせておいた方が良いだろうか。

 

 「怖い……ダメなの私……オバケとか……!!」

 

 本当に聞こえるか聞こえないかぐらいの声で西連寺は話す。これは、自分の大好きな人に恥ずかしい事を知られてしまう気持ちと、さっきまでの恐怖が合わさってしまっているのだろう。

 俺は複雑な心境で、西連寺の肩を叩く。赤子をあやすかの様な感じで。

 

 「どうするリト……?」

 

 「どうする……って、連れてくよ。置いとくわけにもいかないだろ……」

 

 俺の返事に、ララはにっこりと笑ってみせた。

 

 「ふふっ、リトならそうゆうと思ってた♡」

 

 ララに笑顔を返した俺は、浴衣の下に着ていたジャージからハンカチを取り出すと、腕の中でまだ震え続けている西連寺に渡した。

 

 「ほら、西連寺……涙拭け」

 

 「う、うん……」

 

 彼女の手はまだカタカタと震えてはいたが、しっかりとそれを掴み、頬へと零れ落ちている涙を、

 

 

 

 チーーーン!

 

 

 

 オイオイオイオイ……! ハンカチで鼻かむなよ……。

 

 それからしばらく西連寺を落ち着かせた俺達は、再び元の道へと歩き出す。もうお化けもなんにも、出て来る者はいない。だが、散々脅かされて急に何も出てこなくなると、逆に変な不安を感じてしまう。もしこれを狙って設定しているのならば、イイ性格してやがるよ、この肝試しの主催者は。

 そんな今の俺の状況は、右手はララと手を合わせ、提灯を持った左腕は西連寺がしがみついている。身長があまり変わらないので歩幅を合わせる必要は無いのだが……とにかく歩きにくい。素っ転んでも文句が言えない状態である。

 

 「そういえば、春菜はなんであんな所にいたの?」

 

 「えっと……それは……」

 

 道は全くもって真っ暗なのだが、さすがに三人になると怖さも薄れてきたのだろう。西連寺の震えはすっかり治まっている。昔どっかの誰かが言っていた、一本じゃ折れる矢も三本になったら折れないとは、たぶんこの事であろう。実際は折る側の問題だが。

 

 そんな状況に心の余裕ができたのか、西連寺はゆっくりと過去を語り始めた。

 

 「私も……途中までは大丈夫だったの……。……でも猿山君が逃げてひとりぼっちになっちゃった後……またオバケが出てきて……それで……私、パニックになっちゃって……逃げたの……。でも全然入り口に戻れなくて……怖くなって…………」

 

 「へぇ〜、不思議な事があるんだねリト!」

 

 ずいぶん気の毒な話である。が、なぜ話を俺に振った……ララ……。

 

 「西連寺……お前スタートの方じゃなくてゴールの方向に逃げたんだよ……。だからこんな奥まで来てたんだ」

 

 「そっか〜!」と感心するララを尻目に、俺は西連寺の様子を探る。二の腕が若干熱くなった気がした。照れたな。

 そんな悪ふざけと話をしている俺達の目の前、いや目の前の近くにある茂みに看板があった。

 

 「見て春菜、残りあと100メートルだって! もう少しだよ!」

 

 ララは嬉しそうに看板を指差しているが、西連寺の表情は相変わらず暗い。俺にはわかる。ララにとっての『あと100メートル』は、彼女にとっては『まだ100メートル』なのである。

 ずっと不幸続きの彼女。この前のToLOVEるのおかげで挨拶ぐらいならする関係にはなったが、何とか元気にしてやりたい。と言っても、この状況で何かできる事などなんにも無いのだが……。

 俺は、今自由に動かす事のできる首を動かし、周りを観察してみる。良さげなネタは以外と早く見つかった。

 

 「ほら、西連寺、上見てみろよ」

 

 「う……うえ……?」

 

 俺の声につられて上を見たララが叫んだ。

 

 「わーー! 星がいーーっぱーーーい!!」

 

 そう、夜空は星が全開だったのだ。お化けばっか気にしていた俺達は、満点の星空に気が付く事ができなかった。絶対に都会じゃ見れない光景だ。俺も目に焼き付けとこう。

 

 「あ……キレイ……」

 

 キャーキャーはしゃぐララの反対側で、ちょっとだけ笑ってくれた西連寺。彼女はひとつの星を見て指差した。

 

 「あれ……オリオン座かな?」

 

 「西連寺……オリオン座は冬の星座だ……」

 

 「…………………………」

 

 暗くてよくわからないが、うつむいてしまった様だ。ツッコむんじゃなかった。

 

 後悔していると、数十メートル先でようやく光る場所を見つけた。もちろん、ゴールである。それを見つけた瞬間、手を握ったまま走り出すララに必死でついていく俺と西連寺は、随分滑稽な光景だったかもしれない。

 その時はそんな事を考える余裕のなかった俺達は、階段を一段飛ばしで駆け上がり、神社の境内を踏み締めたのだ。

 

 「ゴーールおめでとーー!! 今年の肝試し大会達成者はキミ達だけだ!!!」

 

 校長や旅館の女将に拍手で迎えられた俺は、この日一番の深い溜め息を吐こうとした所で、ララに抱き付かれた。

 

 「やったねリト! 私たちだけだって!!」

 

 ハイハイ、と適当に流しながら、俺はようやくララの手を放す。もう繋ぐ必要は無いだろう。俺はもう片手の方のお荷物を降ろそうとする。

 だが、西連寺は自分がゴールした事にいまいち実感がないのか、はたまた何かを考えているのか。ポ〜、と驚いた様な表情で固まっていた。

 

 「ほら西連寺、終わったぞ?」

 

 俺の声に気付いた彼女は、その表情を笑顔へと変え、俺の方へと向ける。が……

 

 「西連寺?」

 

 「えっ?」

 

 「そろそろ腕……放してくれると嬉しいんだが……」

 

 「あっ!! ご、ごっごご、ゴメン!!」

 

 驚いた西連寺は周りの明かりよりも顔を火照らせ、素早く俺から飛び退いた。ハァ……何か、酷く疲れた。

 

 「ゆ、結城くん!」

 

 「え?」

 

 「……あ……ありがと……嬉しかった……♡」

 

 「あぁ……」

 

 「リト、こういう時は『どういたしまして』って言うんでしょ?」

 

 「あ、」

 

 『素直じゃないですね。リト殿は』

 

 「ハァ!!?」

 

 ……こうして、ようやく終わりを告げた肝試し大会を見届け、俺は旅館へと戻る事にした。

 

 ちなみに旅館へ帰る道と肝試し大会に使った道は別である。なんでも、肝試しの道はむか〜しむかしに作られていた道らしく、新しい近道が作られた後、普段は通行止めになっているそうなのだ。

 

 「そんな所で肝試しとか、大丈夫なのかよ……」

 

 と、俺は旅館の若女将に聞いてみた。

 

 「平気よ。別に熊とかイノシシなんて物騒な生き物はいないもの」

 

 あぁ……まぁ、それなら変な事をしなきゃ危険はないな……

 

 「そのかわり蛇が出るわ♪」

 

 

 

 ……聞かなかった事にしておこう……


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