自由惑星同盟の敗北、エル・ファシル星系の独立、ビュコック提督らの戦死……戦い抜いたヤン・ウェンリーはイゼルローン要塞にて、銀河帝国皇帝ラインハルトと接見へ向かうための準備をしていた。
その夜、彼は彼の養子、ユリアン・ミンツと夜を徹して語らいあった。
これは、そんな彼ら親子の会話の一幕……

※この作品には実在する国名、および歴史上の人物の名前と伝記が登場します。
※大韓民国に関して、建国当時の政策として反日思想が存在すると描きましたが、これはあくまで客観的な視点からの政策分析であり、当該国を誹謗中傷する意図はないということを明言しておきます。
※作中の国名、人名、歴史上の人物の発言内容に関して、Wikipediaを参照しています。 

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慰安婦、徴用工、FCレーダー照射。
現在、日本と韓国は深刻な国際問題に直面しています。
日々のニュースで取り上げられない日はないほどですが、そのどれもが感情的であって、日本も韓国も一歩も引かない状態であると見受けられます。
ただ、どうしてこのようにお互い感情的にぶつかってしまうのかということに関しては、実はあまり知られてはいません。
今回、銀河英雄伝説のヤン・ウェンリーがとある韓国人の偉業について語りますが、その中でなんとなくでも日本と韓国の関係性を理解していただけるのではないかと思います。
少し毛色の違う二次小説となっていますが、ざっくりとした歴史の復習がてら、どうぞご覧ください。


【長沙洞撤収作戦】

 僕はあの日、夜を徹して提督と語り合った。

 今までも何度も彼は僕を諭すように話してくれたけれど、あの日は特別だった。

 

 帝国軍のフェザーン回廊の掌握から始まった自由惑星同盟領進行作戦、『神々の黄昏(ラグナロック)』。

 それを察知した提督は、長らく帝国進行の防衛最前線として守備していたイゼルローン回廊要塞を放棄し、自由惑星同盟首都ハイネセン防衛に向かった。

 そしてそのまま、対帝国軍戦へと突入した我々の艦隊は、地の利を活かした局地戦で勝利を収めながら、帝国皇帝・カイザーラインハルトとの決戦において、あと一歩のところ……皇帝乗艦である、秀麗な白亜の戦艦ブリュンヒルトの目と鼻の先まで迫る。

 あのとき……

 提督は間違いなく皇帝ラインハルトに勝利していた。

 それは帝国が掲げる専制君主政治に対して、提督が愛した民主共和政治が勝利し得た瞬間だった。

 でも……

 決戦のさなか、突如としてもたらされた本国からの停戦命令。

 諸将が驚く中、提督は静かにそれを受諾して、全艦に停戦を命じた。

 我々が戦っている中、帝国軍別動艦隊が首都ハイネセンを制圧、首脳部が降伏したことですべてが決した。

 

「あんたは今、その手に宇宙を握っているんだ!」

 

 そう詰め寄ったのはシェーンコップ中将。

 あと一声、提督が命じていれば、カイザーラインハルトの命は虚空へと散り、帝国軍は瓦解していたのかもしれない。

 でも提督はそんなことを望んではいなかった。

 彼が目指していたのは民主共和主義にのっとった自由で平和な暮らし。

 好きな歴史学に没頭して、たくさんの薀蓄を奏でながら、周囲の人々に邪険に扱われて渋い顔をして……

 そんなどこにでもある、どうしようもないほど安らかな生き方をきっとしたかった……

 守りたかったからきっと、たくさんの部下たちの命を、敵の命を無駄にしたくなかったのだと思う。

 だから彼は負けぬ戦いを続けられたのだ、きっと。

 

「ユリアン、どんなに優れた政治形態であったとしても、それが本当に最良になるかどうかはその時の為政者、つまり個人の能力に委ねられるんだ。カイザーラインハルトの様に、崇高な理念を持ったまま公平な分別を持って絶対君主制を執り行えるなら、臣民は文句もないし幸せを享受できるだろう。反対に、本来民主的に決めているはずの民主共和政治であっても、かのヨブ・トリウニヒトのように自己本位で高邁な人間を仰ぐこととなってしまえば、それは非常に不幸なことであるとも言える。今の我々の置かれている状況のようにね。然るに、我々が目指すべくは、打倒専制君主政治や大銀河民主共栄圏の確立などではないんだ。その時代その時々の為政者がなるべく正しい政治形態を選べるように、人々の理念心情を残していくこと。今できることは、この銀河から消されようとしている民主共和主義の火を小さくてもいいから灯し続けていくことさ」

 

 提督は穏やかな表情でそう僕へと語った。

 でも僕はやっぱり納得いかなくて、こんな提案をした。

 

「でもですよ提督。提督は民主主義を標榜して戦った、民主主義者からすれば英雄ではありませんか。提督の論をお借りすれば、提督は帝国皇帝を打倒しえたほどの功績をあげた、いわば為政者に相応しい資格を得ています。このような状況であれば尚のこと、提督の賛同者は増えるはずです。ここはやはり新自由惑星同盟の盟主を宣言して、皇帝ラインハルトに自治を認めさせて、提督が理想とする共和主義の新国家を樹立するのが最良ではないですか?」

 

「おいおい、私をあの銀河帝国を築いた大帝ルドルフの様にしたいのかい? そんなことだけはないよ。私はただの公僕さ。もっとも、せっかく頑張って働いたのに、年金をくれるはずの政府はもう無くなってしまったのだけどね。政治の方はエル・ファシルのお偉いさん方にお任せするさ」

 

「でも……」

 

 笑いながらそう返した提督に、やっぱり反論しそうになった僕。

 すると、提督は鼻の頭をぽりぽりと掻きながら話し始めた。

 

「ユリアンはどうしても私を大統領にしたいみたいだね。うーん、そうだね……では、こんな説話を教えようか。英雄と呼ばれるような結果を残した人物が、忌み嫌われてしまうようになる話。これを知ればきっとユリアンもこの私がそんな器ではないことを分かってもらえると思う。救国の英雄だったのに、彼が守った筈の国民達からついには疎まれてしまうという実際の話さ」

 

 そしてあの一節が提督の口から語られた。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 

 

 昔、まだ人類が地球でのみ生活していたころだ。

 20世紀の地球は大小様々な国がその支配領域を激しく争っていた時期でもあった。

 所謂、『世界大戦世紀』のことだね。

 特に第二次世界大戦では、ヨーロッパ全土とアフリカ、東アジア、太平洋地域にかけての広範な範囲にかけて、何カ国もの国が巨額の戦費を戦争に投じた。

 これは様々な技術革新の末、従来の陸上歩兵中心の戦争から、大型艦船、航空機、装甲戦車などの戦闘兵器の進化故の戦場拡大であったことは間違いない。

 各国こぞって新兵器を投入し、ついに人類はここで初めて核爆弾を作り上げてしまったわけだ。

 この忌避性については今は触れなくてもいいかな。人類のその後の命運を分けることになる発明だけれど、その悲惨な戦争はもう少し先の話。しかしこの時点で初めて無辜の一般市民が核の被害に見舞われてしまった事実は忘れてはならないのだけどね。

 さて、このような戦争の世紀にあって、極東に大日本帝国という国が存在していた。

 この国は元は日本刀で武装したサムライ集団を統率するショウグンの国であったのだけれど、政変があって、その後は天皇を頂きに据えた帝国主義国家となった。

 この大日本帝国は欧米列強によって植民地化されていた東南アジアにあって、ほぼ唯一、近代化軍国化によって独立自衛を保っていた。

 もともと列強は、より多くの労働力を獲得するために未開ともいえる前近代の文化を営む国々を占領支配していたから、この帝国も列強に並ばなければ搾取される側にまわってしまうという強い危機感を抱いていたわけだね。

 だからこその軍国化によって、19世紀後半、大国とされていたロシア、清との戦争に勝利したことで、一等国の地位を確立するに至った。

 その後は行き過ぎた自衛であったのかもしれないが、列強に支配された東アジア、東南アジアの国々の自治回復、独立を目指し、大東亜共栄圏確立に向けて戦場を広げるも、元々が小国、伸びきった補給線と指揮系統の寸断によって、戦闘継続は困難となり、後は局地戦で敗退を繰り返して、ついには無条件降伏による完全敗北となった。

 銀河帝国領土解放に向けて進撃し、2000万人の将兵を失って、今や国自体も瓦解した我らが自由惑星同盟は、この先人の愚行を規模を大きくして再現してしまったというわけさ。まったく笑えやしないが。

 だが、この大日本帝国という国の戦争は無意味では無かった。

 彼らが標榜したアジア地域の植民地の解放は、全て後年、果たされるからだ。

 その全てはこの大東亜戦争から始まったものだったと、その各国の要人は後世にて世界へと告げ、日本へ感謝を述べてまでいる。

 大日本帝国軍が進駐し、それぞれの当事国軍と協力して、支配者であった欧米諸国軍を撃退した。

 これによって増大した自治独立を旗印とした独立運動が、各国で急加速したわけだ。

 アジア地域の人々は長らく白人支配に苦しめられていたから、ここで勝ち得た独立の喜びは計り知れないことだったろうね。

 本来であれば、アジアは欧米の国旗がはためく植民地、冊封国だらけのはずだったのだから。

 

 ここまでが20世紀中ごろまでの地球の様相なのだけど、そのある英雄の話をするためにはこの時代背景を理解しておく必要があるため、こうして先に述べさせてもらった。

 さて、ではその英雄の話にはいろうか。

 当時の地球のアジア地域はそのような状況であったのだけど、一国だけ少し毛色の違う国家があった。

 それは朝鮮半島という大陸東端から突き出した半島の国のことで、19世紀までは李氏朝鮮王朝という王族により支配されていた国だった。

 ただ国とは言っても、この国は大国である隣国に常に帰属し続ける冊封国でね、19世紀末期の主権国家は清という国だった。

 そう、先ほど出来ていた国名だね。

 この清と言う国は当時様々な問題を抱えつつ滅亡へと向かっていた中で、先ほど説明した海を隔てた隣国、大日本帝国と戦争に突入して、そして敗北した。

 とは言っても、大日本帝国が清を完全支配したわけではない。

 戦後講和の際、日本は清より多額の賠償と一部領土の貸与を受けた。

 その流れで冊封国であった朝鮮国は清の支配を離れ、晴れて一国として独立することになったわけだ。

 そして誕生したのが大韓帝国。

 大日本帝国はこの大韓帝国を実質支配できる状態になっていたけど、当初から国家として独立できるように支援を繰り返した。

 しかし、急に独り立ちすることになってしまったことが災いしてか、当時の大韓帝国には他国と対等外交する術はなく、何度かの大日本帝国との協議の末1910年には日本に併合を申し入れ、事実上大日本帝国の一部となった。

 さあ、そこで登場するのが、この人物だ。

 名を金錫源(キム・ソグオン)という。

 彼が生まれたのは1893年、当時の李氏朝鮮王朝支配時代に朝鮮半島で生まれた。

 前述のとおり、幼少期にはさまざまな政変があって、多感な時期にいろいろな思想の影響を受けたことだろうね。

 16歳の時、彼は大韓帝国陸軍武官学校に入学した。

 けれど、その学校は彼の在学中に廃校になってしまった。

 そこで彼が選択したのは、大日本帝国陸軍幼年学校へと入学すること。

 ここで彼は日本帝国式の徹底した規律訓練を受けることになったわけだけど、卒業した時の成績は下から数えた方が早いくらいに芳しくなかったようだ。

 言わば落ちこぼれてしまっていたわけだね。非常に親近感が湧く箇所だよ、ははは。

 まあ、そんな一帝国軍人であった彼だが、彼が表舞台に現れるのは、1931年の事。

 当時滅亡した清にとってかわって大陸東部を支配していたのが中華民国だった。

 その中華民国の関東軍と大日本帝国軍が満州鉄道爆破を機に戦闘に入ったのが、俗に言う満州事変。

 この戦いで、金錫源は大日本帝国陸軍大尉、機関銃隊長として戦って、それはもう素晴らしい戦果をあげたのだそうだ。細かくは記録が乏しいので省くが、わずか二個中隊で、中華民国軍の一個師団を壊滅させたと言うからとんでもない。過分に彼の戦果は装飾されているかもしれないが、それでも彼がひとかどの人物であったことは確かだ。彼はここから続く日中戦争、太平洋戦争とその中で多くの功績を立てていくことになる。

 彼の成果は大日本帝国が彼へと送った様々な褒賞などにも表れている。

 外国人に贈られることのなかった勲章や、褒賞金なども彼が初という物が多く、彼のことを賛美した歌まで作られたというから本物だろう。

 だが、そんな華々しい戦果も、仰ぎ見る国家が無くなってしまえばもう御仕舞だ。

 1945年、大日本帝国は無差別首都大空襲と二発の核爆弾攻撃による二都市壊滅を最後に無条件降伏してしまった。

 大日本帝国陸軍の幹部、将校各位は戦争犯罪者として戦勝国によって裁かれることとなったわけだね。

 戦争に負ければ賊軍とはよく言ったものだ。

 我々に対して敬意をもって接しようとしてくれるカイザーラインハルトのことを思うと、いかに恵まれているか良く分かるというものだね。

 金錫源もまた、その一人ではあったのだが、終戦時大佐であった彼は命まで取られることはなかったようだ。

 戦争に負け、戦争は終わり、そのまま、彼の軍人生活も終るはずだった。

 彼自身もそう思っていたことだろう。

 でも、まだ当時の世界は安定には程遠かった。

 

 1948年、大日本帝国を失った朝鮮半島は戦勝国アメリカ合衆国の助けを借りて再び国家を樹立することとなった。

 そこで誕生したのが大韓民国。

 今までの帝国君主制から今度は民主制へと政治形態を変えることに、当時のこの国は激しく揉めた。

 それは形となってすぐに表れた。

 アメリカによって承認された政府の存在は容認できないとして、半島北部の人々が人民軍を称し、政府である南朝鮮に武力攻撃を開始したんだ。

 これが1950年のこと、朝鮮戦争の始まりだね。

 当時の政府は民主政治であったと言っても、事実上アメリカの傀儡でしかなかったのは仕方のない事だ。

 だけど、それにつけ込んだのが、共産主義国家として台頭していたソヴィエト連邦共和国。

 ソ連はこの朝鮮半島の混乱に乗じて、北部人民軍と協力して南を攻め、南もまたアメリカに助力を頼み、もはや内乱とも呼べない、全土を上げての大きな同族戦争に突入してしまったんだ。

 この前年、大韓民国軍は、将兵の少なさから外国軍従軍経験者の軍採用を始めた。

 主に旧大日本帝国軍出身の者たちだったわけだけど、その中に金錫源も含まれていて、彼は第一旅団長に任じられた。

 でもね、彼が就任してしばらくして、軍内部での汚職事件が発覚してね。もともと剛直で正直な彼の性格はそれを看過できなかった。

 軍上層部と激しくぶつかり、このときの大統領、李承晩にも激しく嫌われて、あっという間に予備役にされてしまった。

 公私混同甚だしいとはまさにこのことだが、もともと李承晩大統領は大の日本嫌いで、旧日本軍関係者や日本人そのものを嫌悪していたからこの対応もしかたなかったのかもしれない。

 李承晩大統領は、大日本帝国関係者だけでの部隊編成を禁止し、その関係者の左遷を都度行っていたらしい。

 だが、実際に朝鮮戦争が始まってしまえばそんなことは言っていられなくなった。

 金錫源は再び招聘されて復員する。このとき彼は56歳、准将だった。

 一度は大統領に嫌われて軍を離れていた彼だったが、動乱の予期はあったようだ。

 彼は北部人民軍が攻め込んでくることを察し、独自に義勇軍を組織して日々訓練を続けていた。

 そのような義勇軍と、軍の窓際へと除外されていた旧日本軍人たち、その全てを結集させ、彼は首都師団長としてそれら北軍を迎え撃った。

 同年8月、李承晩大統領率いる南軍・国連軍は北軍の猛攻に押され、首都ソウルを放棄して南部へ南部へと後退を余儀なくされていた。ここに金錫源准将の、確かこのときは第三師団だったかな? も合流していたわけだ。

 南軍はついに南端、釜山までの押し込まれた。

 そのような状況下での軍事会議の中、その中心に座っていた人物を見て金錫源は哄笑した。

 そこにいたのは、アメリカ軍太平洋方面司令官ダグラス・マッカーサー。この人物は、降伏した日本の戦後占領政策の責任者でもあって、金准将からすればまさに不倶戴天の敵とも言える存在であったわけだね。

 でも彼はこう言ったのだそうだよ。

 

「日本軍を破った男が日本軍を指揮するのか。よろしい。日本軍が味方にまわればどれほどたのもしいか、存分にみせつけてやりましょう」

 

 その言葉を、李承晩を始めとした軍首脳はまったく信用していなかった。

 それは反日感覚といってもいいのかもしれないが、生理的に日本が嫌いだという思いからの不信であったのだろうが、嫌いであるがゆえに、どうせ戦場で逃げ出すはずだ、裏切るはずだなどの中傷も出ていたらしい。

 だが、金錫源は行動で信を示した。

 最前線に突出した金の第三師団は、大群の北軍の攻撃に対し猛攻を加え、その包囲の一角を崩した。

 だが、そこで戦闘は終了、一目散に退却を始めたのだそうだ。

 どう見てもまだ追撃が可能なそのタイミング、そこまで打撃を受けなかった敵は健在で、逃げしさる第三師団へと殺到した。

 が、次の瞬間、その敵部隊のことごとくが、洋上からの艦砲射撃にさらされて戦闘不能に陥った。

 金准将は、数の劣勢を連合国の洋上戦力の投入によって解消する作戦をとった。

 が、これは一歩間違えれば自軍の壊滅にもつながる自滅覚悟の囮作戦。

 当時、レーダー誘導もなく、無線のような連絡手段すら乏しい中でのこの作戦はまさに決死の覚悟が必要であっただろう。でも、彼は本来の敵であったマッカーサー元帥すらも信じ切り、信用させてこの作戦を成功させた。

 なかなかできるものではないよ、これは。

 こうして局地戦では勝利を収めていた南軍だったが、もはや劣勢の挽回はどうしようもなく、頼みは援軍の到着のみというところまできた。

 盈徳に防衛ラインを敷いていた南軍だが、長沙洞にてついに北軍に回り込まれ退路を遮断される。

 この時、もう退路が残されていないことを悟った司令部はついに洋上撤退を決断する。

 が、撤退にも準備の時間が必要であり、敵側へと悟られれば間違いなく脱出時に襲撃され、甚大な被害を受けることは必至だった。

 およそ1万人を超える人々の一斉脱出さ。

 私もかつてエルファシルで同じような経験をしたわけだけど、結局は軍首脳を犠牲にして民間人を脱出させたというだけのことでしかない。

 でも、この時の脱出作戦は、まさに華麗と評すべきものだった。

 金錫源准将は、完全な全員脱出を計画し、それを実行に移すべく行動した。

 まず、この脱出に際しての決定は下士官以下には一切伝えなかった。

 どこで敵方に情報が洩れるか時間も無い中では機密保持も難しいため、逆に一切触れなかったわけだね。

 そして従軍している事務員や住民達には、何時に海岸に集まるようにとだけ伝え、そこで司令官から訓示があるとの伝令だけを伝えた。

 これであれば、戦闘の合間合間の通常訓示とも取れるというわけだ。

 そして彼の第三師団は密かに動いた。

 夜間に少数の部隊で戦闘車両を使用して敵陣に向けて機関砲や迫撃砲による一斉攻撃を実施しつつ、射撃地点である高台へ何両もの車両を煌々とサーチライトを灯したまま駆け上がらせた。

 そして着くや否や今度はライトを消して下山させ、再びライトを灯らせて山を駆けあがらせる。

 これを繰り返したことで北軍には、南軍に大群の増援部隊が合流して一斉攻撃をしかけてきたと思わせたわけだ。

 当然警戒して守備を固めた北軍だが、実際は寡兵の第三師団の張り子の虎作戦。

 こうして金准将の第三師団が時間を稼いでいる間に、戦車揚陸艦が浜辺へと到着し、南軍将兵9000人、警察隊1200人、地方公務員、労務者、避難民など1000人余りと、一切の車輛や物資と、仔牛までも乗船させて無事離岸させられた。

 北軍が気が付いた時には、もぬけのからの南軍陣地が広がっていただけだったわけだね。

 これは完全脱出に他ならない。

 殲滅作戦ともとれる苛烈な戦闘状態の中にあって、南軍総司令部のみならず、全ての人命どころか家畜の命まで救ってしまったわけだ。

 この脱出が成功していなければ、南軍はこの地で滅亡していたのかもしれない。

 彼は間違いなく救国の英雄だよ。

 

 余談だけど、この救援に駆け付けた戦車揚陸艦のうちの一隻は、最後の最後まで離岸しなかった。

 理由は、金准将以下の将官が、全員の脱出を見届けるために残っていたため、最後の一人まで待ち続けたということなのだけれど、この船の船長は実は元日本軍の日本人で、同じ日本軍として戦った金錫源准将を支援する為に馳せ参じたということで、このことに金准将は激しく感激したのだそうだよ。

 

 とまあ、このような偉大な英雄が大韓民国という国には存在していたわけだ。

 この脱出後、連合軍からの増援が間に合った南軍は、首都を奪還し、かつ、北軍を北へと押し戻した。

 そして絶対防衛線として北緯38度線上をラインと定め、以後、そこを人民軍との軍事境界ラインと定めた。戦争は終わらなかったが、境界線を敷いたことによって戦闘が中断し、以後大韓民国は南半分だけで民主政治を進めていくことになった。

 そして北の人民軍は北朝鮮を僭称して共産国家化を進めていく。

 

 さて、ここで仮初ではあるが大韓民国に平和が訪れたわけだね。

 いつ戦闘が再開するか分からない恐怖がたしかに国民の間にはあったのだろうが、それでもこの国はこのとき初めて民主独立国家としての道を歩み始めたというわけだ。

 さあ、ユリアン。

 この国の指導者たちはこのあと何を行ったと思う?

 あまり小気味良いものではないのだけどね、答えはこうだ。

 この国の首脳は大日本帝国を完全否定する道を選んだ。

 すでに戦争に負けている大日本帝国のことをなぜ気にするのか。

 それはこの国が半世紀に渡って日本という国家の一部であったことと、その国が敗戦によって戦争犯罪国家の烙印を世界から押されたことに起因している。

 そして、先程も話したが、この当時の大統領は日本を激しく憎悪していたこと。

 それとなにより、この日本統治期間で韓国の文化レベルが急速に向上したことも反日誘導のきっかけだった。

 義務教育課程のある我々からすれば信じられない話だが、大日本帝国統治前のこの国の識字率は限りなくゼロに近かった。

 国民の殆どが読み書きができず、そのような環境で近代諸国との外交などできようはずがなかったわけだね。

 つまりね、この国の人々は当時、学校などの教育機関、法の整備や警察による犯罪の取締など、日本統治によってもたらされた営みによって文化レベルが高まったことを理解していたから、そこまで日本を悪しくは思っていなかったわけだ。

 というよりも、むしろ大日本帝国統治の方が良いとさえ思っていた人々も数多くいた。

 この現実から、大の日本嫌いでもあった首脳部は反日主義へと舵を切ることになった。

 そうしなければ、自分たちの政治が否定され、旧統治体制の復活を願う人々が力を持ってしまうという危機感があったのかもしれない。

 彼らは、北の人民軍につくような極右の赤化思想者たちを弾圧しつつ、同時に親日派とも呼べる人々も多く捕え罰した。

 これによって、旧体制温故の親日派の殆どは口を閉ざすことになる。

 それと同時に行ったのは、自国の歴史の再編集。

 いかに大日本帝国が悪辣であったか、どれだけ自国が大日本帝国によって苦しめられたか。かなり誇張した上で、だから今の自分たちは正しいのだと、首脳陣は国民へとアピールをしたわけだね。

 この首脳陣の行動は徹底していた。

 再編集された自国の歴史を全国の学校で幼年のうちから子どもたちへと学ばせた。

 そして法律を改正し、犯罪国家である日本を称えるような者を処罰できる親日罪などという規定も設けてしまった。

 それともうひとつ、彼らが行ったのは……

 

 そう、大日本帝国にゆかりのある英雄たちの存在の抹消だ。

 と言っても別に彼らを殺したわけではない。

 戦いの記録から消したわけでも、別の存在に書き換えたわけでもない。

 ただ、消した。無視をした。いなかったと思い込んだ。気にしないことにした。

 国民の記憶から彼の偉業を消しさったんだ。

 

 ここまでくればもうわかるだろう。

 かつて大日本帝国軍人として戦い、祖国のためにも戦い、この国の滅亡の危機も救った英雄、金錫源もその中の一人だったというわけさ。

 そもそも李承晩大統領自身が金准将のことを嫌っていたこともあるけどね。

 朝鮮戦争の停戦後、南軍を救った英雄として国民は金錫源をたたえたんだ。

 英雄の存在は確かに国民に活力を与えるものではあったのだろうね、だが同時に、首脳部からすれば裏切りのきっかけになりえる危険な存在であるとも言えた。特に彼はあの大日本帝国でもその人ありと言われた傑物。

 大統領たちからすれば、それは嫌な存在だったろうね。

 彼はしばらくして軍を去り、自身が発起して設立した学校で教育に励むこととなるも、その後再び世に現れることはなかった。この母国の現状を彼は良く理解していたということだろうね、波風なく余生を送り84歳で死去した。

 だが、彼に対しての仕打ちは、彼の死後も終わっていなかった。

 彼の設立した学校に建てられていた、彼を讃えた金の銅像が、親日的で不適切だとして撤去されてしまったんだ。

 しかもそれを行ったのは、民間の市民たち。

 正規の手続きを踏んで署名などを集め、大勢の民意によって撤去をなしてしまったんだ。

 これには当人である金准将も苦笑いしかないだろうね。

 命を賭して守った国のその国民の末裔たちに、自分の存在を完全否定されたわけだ。

 まったくもって笑うしかないじゃないか。

 この国の政府が行った反日誘導というシビリアンコントロールが、完全に成功したという明確な証拠だね。

 

 さてと、この悲哀に満ちた英雄譚はこれにておしまい。

 

 

   ×   ×   ×

 

 

 長い話を終えた提督は、僕が淹れなおした紅茶を、口元まで運ぶと、にこやかに微笑んでその香りを愉しんだ。

 そして少しだけ口をつけると、そのカップを持ったまま僕を見た。

 

「いいかい、ユリアン。人には人の分というものがあって、その分の容量だけ価値ある物を手にできるわけだが、その人の得たかったもの、得てしまったものが、果たして同一であるわけじゃないんだ。この今話した金錫源准将も、それは立派な軍人であって、決して人に侮られたり、蔑まされたりするような人でないことは間違いない。でも、彼が手にした英雄としての実績は、果たして万人が受け入れたいものではなかったわけだね。とくに彼の場合、その存在を最も嫌ったのは彼の国の大統領。彼の存在そのものが、旧体制復活を願う反乱のきっかけともなり得るとも思っていたのかもしれない。いずれにしてもだ、彼は自ら身を引くことによって、祖国に貢献したというわけだよ。きっと面白くはなかったろうけどね。さて、このような偉大な英雄を引き合いに出してしまったことは流石に烏滸がましいと自分でも思うのだけどね、私の為した功績とされることも、私自身のこともそれら全てを、私はやっぱり分不相応だと思うというわけさ。それにそもそもそんな柄じゃないしね」

 

「提督はそうやって納得しているのかもしれませんが、僕には出来ません。だって、おかしいじゃないですか。命を賭けて戦って守った人たちに邪魔もの扱いされるなんて、そんな道理はありませんよ」

 

「そうだね。確かに道理ではない。でも、政治としてはよくある手法なんだ。いいかい? どんなことでもそうだが、ある物を良く見せようと思ったら、それ以外の物を悪く見せることこそが最も簡単で楽な手段なんだ。選挙のときなんかに対立候補の悪評をばらまくネガティブキャンペーンもこれと同じだし、自国の優位性をアピールするために、他国の評価の中で最も相手方が低く、もっともこちらが高い部分だけをピックアップして紹介するのもまさにこれさ。同盟の新聞でもよく帝国の悪評をネタにしていたろう? ああすることで自分たちで安心感を得ていたのさ。それと、先ほどの大韓民国という国のシビリアンコントロールだが、一見すればマインドコントロールや言論弾圧とも見てとれるけど、国家が自国民に国家の意思を反映させるのはごくごく当たり前のことで、民主国家で赤狩りをしたり、専制君主国家で民主共和主義者を取り締まったり、実は自由惑星同盟でも、銀河帝国でもどこでも行っている当たり前の行為なんだ。ま、あの国に関しては行き過ぎだと評価している歴史家は多いのだけどね」

 

「では提督は金准将の報われない人生を肯定なさってしまうのですか?」

 

「彼が報われたかどうかは、彼にしかわからない話だよ。ただ、私が彼と同じような境遇を与えられるとしたら多分小躍りして喜んでしまうだろうな。なにしろ、もう戦わなくていい上に、記録からも、記憶からも消してもらえるんだぞ。むしろ代わってもらいたいくらいだよ」

 

「提督っ!!」

 

「おっと、これは失言だったね。先人への冒涜にすぎたか、いやあ、すまない。真面目な話、私は彼は十分報われたのだと思っているよ。私もそうだが、軍人にとっての何よりの報酬は、国家の安寧と人々の安全だ。彼は世界大戦と言われる激戦の中を駆け抜けるように戦って、二つの祖国のために命を賭けた。そして大日本帝国は敗戦したとは言ってもそこで滅亡したわけでもなく、経済大国として戦後復興を果たしている。また、大韓民国に関しても、疎まれたとは言え、彼の存命中再度の戦争は起こらなかった。彼は、戦いのない世界で経済成長していく二つの祖国のことを生涯をかけて見届けたんだ。これ以上の喜びはなかったのではないかと私は思うよ。そうだね……本当に羨ましい。私も早く銀河帝国と和睦を為して、束の間で良いから争いのない平和な時代を生きてみたいと思っているよ。だからそのために私に出来ることは、新たな国家の盟主になることではなく、新たな国家建設の筋道を作ることさ。そのためならばどんな苦労も厭わないつもりだよ。それもこれも一刻も早く私が楽をしたいからに他ならないのだけどね」

 

 そう言った提督の表情は穏やかだった。

 きっと、間もなく行われる銀河帝国皇帝ラインハルトとの交渉に思いを馳せているのだろうと僕には見えた。

 提督と皇帝は共通理解をもって新たな世界を作ってくれるはず。

 そしてそれはきっと僕の夢や願望なんかではなく、現実となることなんだ。

 この二人であればきっと、銀河に争いのない世界をもたらしてくれる。

 そう、きっと……

 

「どうしたんだい、ユリアン。急にニヤニヤして」

 

 提督にそう言われ、一人勝手に笑ってしまっていたことに気が付いて、それを隠すように僕は言った。

 

「いえ、金錫源准将も撤去されたとはいえ、彼を尊敬している人たちによって銅像を建てられたじゃないですか。ですから、僕らイゼルローン駐留のヤン艦隊でも、みんなでお金を出し合ってヤン提督の銅像を建てたらどうかなって。民間人も含めたら300万人分の募金ですから、きっとハイネセンのアーレ・ハイネセン像級の巨大銅像が建ちますよ。ハイネセン像と並べたらきっと壮観ですって」

 

 そう気軽に言ってみたら、提督は苦虫をかみつぶしたような顔になって、一言。

 

「やめてくれ。そんなことされたら、恥ずかしくてもう二度と外出できなくなる」

 

 そんな提督の反応に、いつもと同じだな、変わらないなと、そのことに僕は安心していた。

 そして僕はこの時、いつまでもこのまま変わらない日々を提督と一緒に過ごせることを、静かに心の中で祈っていた。

 

 




出典
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