問題児と最強のデビルハンターが異世界からやってくるそうですよ? 作:Neverleave
どうしてもこういう終わらせ方にしたかったんや……許してや、読者はん(´・ω・)
そして楽しみにしていてください。もうすぐ〝ノーネーム〟のメンツをダンテさんによって魔改造していきます。
まるで絵画か写真を見ているかのように……それらは、静止していた。
黒い鎧を纏った赤い魔人が、左手に握る折れた銀剣を魔獣に突き刺し。魔獣は眉間にその刃を受けたまま、動かなかった。
その場所から、時間がなくなってしまったかのように全てが止まり。
その場所から、音がなくなってしまったかのように静寂が訪れる。
誰がどう見たとしても決着がついたとわかる情景なのに、その場にいた誰もが動けなかった。
成り行きを見守る幼い三人は固唾を飲んで、クレーターの中心に立つ二人……魔人と魔獣を見つめ、どちらかが動くのを待つ。
時間の経過とともに緊張が高まり、痛々しい心臓の拍動を感じられるほどにまで感覚が研ぎ澄まされたそのとき。ゆっくりと魔獣が、前のめりに倒れた。
それとともに傍に立つ魔人は黒い鎧を解き、元の人間の姿へと戻っていく。
煌めく銀髪。血のように紅く、炎のように赤いコートの、その姿へ。
「…………」
両手に剣を握る魔人は何も口にすることもなく、ただ倒れ伏せた魔獣を眺めていた。
前髪によってその目は隠れ、いったいどんな表情でその人物を見つめていたのかは窺い知れない。
己の宿敵たる、魔の眷属をこの世へ呼び寄せたことへの怒りか。
はたまた、そうまでして勝利に執着し、結果として身を滅ぼした彼への憐れみか。
それを知ることはついぞなく……魔人は、仲間である少年少女らへと、呼びかけた。
「いつまでそこで突っ立ってんだ。そこは観客席じゃねぇぞ! ったく」
呆れるように、銀髪の大男は声を上げる。
そうしてやっと、彼らは理解することが出来た。
……悪夢のような戦いが、やっと終わったのだと。
「――ダンテ!!」
「――ダンテさん!!」
「――ダンテ……!!」
飛鳥が、ジンが、耀がクレーターを降り、ダンテの元へと駆ける。
三人全員が歓喜の色を顔に浮かべて走り寄ってくるその様に、思わず最強の
可愛らしいその一団を歓迎するようにダンテは大手を広げ、三人を待つ。それはまるで、大きく年の離れた兄と、下の兄弟姉妹たちとが再会したときのような微笑ましい光景。
やがて、飛鳥達は彼らを待ち構えるダンテのところにまで近づき――
「
不意を突いての威光。両手を広げていたダンテは膝を折ってかしずいた。
いったい何事かと目を見開く魔人。その眼前に迫るは、耀の膝。あまりの事態に回避することすらできず、
「ふんッ!!」
気合のこもった掛け声とともに、驚異的な脚力を誇る少女のニーキックが、ダンテの顔面に炸裂。魔人は数メートル後方にまで吹っ飛ばされ、頭から地面に突っ込むこととなった。
「……え? あ、あの、飛鳥さん? 耀さん?」
ジンは何が起こったのかと慌てふためき、右往左往する。
勝利したとはいえ、満身創痍であった仲間に対して行うには、あまりに酷な仕打ち。
しかしこれだけでは飽き足らず、お嬢様と野生少女はダンテへと更なる追い打ちをかける。
「いきなり下がれだの大きな花火があがるだの言うかと思えば、何よ今の大爆発は!! おかげでこっちは死ぬところだったわ!!」
「飛鳥がいなきゃ死んでた……! 今度という今度は許さない、銀髪の変態半人半魔……!!」
「あ、あのー御二方はいったい何を……いえなんでもありませんすいませんでした!」
鬼気迫る勢いで罵声を浴びせる飛鳥と耀。突然の暴行に茫然とし、疑問の声をあげるジンだったが、肩越しに振り返る二人の顔を見るや否や全力の謝罪に移る。牛をも射殺す視線があるというが、飛鳥と耀から発せられる眼光はあらゆる修羅神仏を即死させかねない代物だった。
対するダンテは、頭を地面から引っこ抜いて立ち上がると顔から土を払い落とし、二人と対峙する。
恩を仇で返されたにも関わらず、その表情には余裕の笑みだけが浮かんでいた。
鬼神の如き形相で睨みつけてくる少女たちの顔を一瞥すると、ダンテは口を開く。
「こりゃ驚いたね。満身創痍の騎士に与えるご褒美が、膝にキスときたもんだ。照れ隠しにも程度ってもんがあるだろ」
「あの爆撃を余裕で防御できてたあなたにそんなこと言われる筋合いはないわね、ろくでなしの騎士崩れ!!」
「レディには優しくだのなんだのとぬかすくせに、自分は守らないなんて……!!」
「はいはい。悪かった、俺が悪かったっての。あ、ところでお嬢ちゃん。勝ったから約束通り、デートよろしく」
「「くたばれこの性格破綻者!!」」
とうとう、仲間の少女二人からあられもない暴言を吐き散らされることとなったダンテ。
自身に対する評価はこの勝利で上がるどころか、むしろ底辺にまで下がり切ってしまったらしい。
まぁ、彼自身あそこまでドデカい花火があがるなどとは思ってもいなかった。あの小規模な爆発しか起こさないスピセーレが、群衆で同時に爆発すればあれだけの破壊を巻き起こすなどとは、それを目撃したこともないダンテからすれば寝耳に水。せいぜいクレーターが出来る程度かと思いきや、火柱が発生するなんていうのはまさに予想外だ。
その爆心地に晒されたことを振り返れば、無事だったとはいえ生きた心地はしない。
本人からしてみても、なかなかにリスキーな戦いを繰り広げている。楽しんだ反面、何度も肝を冷やしたということもまた事実。
……だというのに、この発言と暴力はあんまりではないか?
落ち込みこそしないものの、何か損をしてしまったような気分だった。
――人間には人間の誇りがある、意地がある! 力がない種族だからって舐めないでちょうだい、魔の眷属!――
……まぁ、いいか。
結果的に自分は生きている。楽しむものは楽しめたし……何より、いいものが見れたのだから。
「ったく、お転婆お嬢様たちを相手にすると大変だな……」
愚痴るように、しかし満足げに微笑みながら呟くダンテ。
今回も、守ることが出来た。
人間を。力がなくとも、人間であることの矜持を確かに持った、少年少女たちを。
……こういうことがあるから、この仕事はやめられない。
「何か言ったかしら?」
「……反省の色が見えない。もう一発、喰らってみる?」
「冗談キツイっての、もう勘弁願いたいね」
冷たい目つきでこちらを見据える飛鳥と耀の視線を受け、苦笑いを浮かべるダンテ。
力がないとはいえ、その気迫だけは上級悪魔よりもよっぽど恐ろしい。やれやれと彼が肩を竦めたそのとき。
『素晴らしい! 素晴らしいぞ我が主!!』
『今日はなんと良き日か! 今日はなんと喜ばしき日か!』
唐突に耳に飛び込んできた、雄叫びにも似た歓喜の声。
三人が仰天し、ダンテが呆れたように嘆息して、その声が聞こえてきた方向へと振り返った。
そこにあったのは、赤と青の双剣。轟炎と疾風を操り、彼ら〝ノーネーム〟を苦しめた、魔の眷属だった。
『一瞬のあの攻防! 迫る全てを迎え撃つ鉄壁の鎧! 刹那に煌めくあの剣閃!』
『やはり魔剣士の息子! 店の経営と人間関係は壊滅的であれど、戦となれば右に出る者なし!!』
『実に二千年ぶりの、いや、五か月ぶりの歓喜である! あのような剣の交わりは間違いなく我ら双子の記憶に深く刻まれムゴッ!!』
バンバンッ!! と。二つの銃声が森の中で反響し、魔弾がアグニとルドラの柄頭に命中する。それと同時に高揚した口ぶりの魔双剣の言葉が中断した。
銃弾を受けた衝撃で双剣は倒れ、柄頭が地面に埋もれる。
「……せっかくの感動が台無しだ」
忌々しげに魔剣の双子を睨みつけると、ダンテは腹立たしげに彼らの元へと歩み寄る。
魔双剣の眼前で立ち止まり、少しの間思案顔になる魔人。しかし、他にどうしようもないという結論に至ったのか、心底うんざりとした顔つきで炎剣と風剣を持ち上げる。
『なにをする主』
『痛いぞ主』
声を出せるようになった途端これだった。
ダンテの顔は、先ほどとは打って変わって苛立ちのそれ。眉はひそみ、不機嫌そうに歯噛みしている。対象的に、アグニとルドラの声音は先ほどよりも落ち込み気味ではあるが、嬉々としたものだった。
普段から口やかましいとは思っていたが、先の激闘の興奮が冷めやらぬのか、それに合わさってさらに饒舌になっている。ハッキリ言って鬱陶しいことこの上ない。
「……ハァ」
本当ならばすぐにでも黙らせたいところではあるが、今はまだダメだ。こいつらからは、聞いておかなければならないことがある。
数瞬ほど躊躇うように口をつぐんだ後、ダンテは重い口を開く。
「おいアグニ、ルドラ。今だけ喋ってもいいが、俺の質問に答えるだけにしろ。無駄話はなしだ、いいな?」
『『断る』』
「っし。じゃあまずはお前らを嗾けたヤツの正体なんだが…………………………は?」
異口同音に発せられた、拒絶の返事。興奮を隠せぬほどにまで意気揚々とした口調は一転して、厳格な一声がその口から飛び出てきた。
まさか自身の命令を拒絶されるなどとは夢にも思わなかった。ダンテは思わず口をポカンと開けて、まじまじと魔双剣を見つめる。
「……Hey, いったいそりゃどういう風の吹き回しだ? こちとらお前らに二度も力ってもんを示してやったんだ。主人の命令を反故にするなんざ、らしくもねえな」
ダンテの言う通り、らしくない。
アグニとルドラらしくない、というのも正しいが、もっと言えば、『悪魔』らしくない。
彼らは弱者にこそ手厳しいが、自身よりも強き者に対しては敬意と服従の意思を示す。
ある意味わかりやすいとも取れるその性格は、例外を除けば全員が持つ共通のもの。当然、この魔双剣たちもそうだった。
だからこそ、ダンテはアグニとルドラを扱うことができたのだから。
首を傾げて問答するが、炎剣と風剣はその態度を改めることなく、断固として言葉を続ける。
『おかしなことを言うのはそちらの方であろう?』
『なぜなどと問うまでもあるまい。まさか、理解できぬわけでもなかろう』
「……あん?」
双子の返答に、ダンテは首をひねった。
彼らの口ぶりは、あくまで自分たちは『魔の眷属』らしく振舞っている、と言っているかのよう。
いったいどういうことかとダンテが眉をひそめたそのとき。
「……ウ……ガ…………ッ……」
クレーターの中心から突如として聞こえてきた、うめき声。
それを耳にした誰もが、ハッとしてその場所へと振り返った。
『……我らと貴殿らの勝負は、』
『『まだ着いておらん』』
双剣が言い終わると同時に、眉間を刺し貫かれたはずの魔獣は、再び動き出した。
〝ノーネーム〟と〝フォレス・ガロ〟によって行われるゲーム〝ハンティング〟の、〝ノーネーム〟の勝利条件は一つ。『ホストの本拠内に潜むガルド=ガスパーの討伐』だ。
ゲームはまだ、終わっていないのである。
「……Hum」
手を地面につき、ムクリと起き上がる。意識が今戻ったばかりなのか、ガルドは目元を手で擦ると、その顔をあげた。
猫のような黄色い瞳が最初に見つけたのは、飛鳥と耀、そしてジン。彼らの姿を見て、一瞬だけガルドは目を見開く。
「ガルドッ……!!」
「待って、なんだか様子が……」
警戒するジンだったが、どこかガルドの様子がおかしいことに耀は気付く。
先ほどまではまるで人形のようであったというのに……今は自分ので動いているかのように見えた。
フッ、と自嘲気味の笑みを浮かべると、ガルドは口を動かす。
「…………俺は…………負けたのか」
魔獣が放ったその一言が、彼らの疑念を確信へと変えた。
納得したように俯くガルドに、飛鳥が語り掛ける。
「ガルド? あなた、意識が……」
「……お嬢さんか。思い切り噛みついてしまったが、その……怪我はもう大丈夫なのか?」
「えっ……え、ええ」
素っ頓狂な声をあげ、驚愕で目を見開く飛鳥。肯定の意をなんとか伝えると、「そうか……」と安堵したようにため息まじりの言葉を漏らす。
彼女の反応も当然だろう。自分たちと敵対し、自分を傷つけたガルド本人からこのようなことを問いかけられるとは、誰も思いもしないだろう。
突然の豹変ぶりに、どうすればいいかわからず飛鳥達は戸惑うしかなかった。
そんな〝ノーネーム〟のメンツをよそに、ガルドは周囲を見渡して、ダンテを見つける。
「ジェントルマン……あんたが俺を、止めてくれたのか」
「ぶちのめした、って解釈でいいのなら、そんなとこだな」
三人が困惑せざるを得なかったのに対して、ダンテはいつも通りの余裕を持った調子で受け答えをする。アグニとルドラが自身の命令に従わなかった点で、ガルドが生きている可能性に気付いていたようだった。
魔双剣をその手に持ったダンテがガルドの元へと近づき、目前で立ち止まる。
殺し合っていた二人が、再び対峙した。しかし、状況は先ほどとはまるで一変していると言ってもいい。
ガルドの手元に、得物であるアグニとルドラは存在しない。それはダンテによって所持されているために、再び武装することも叶わない。
対抗しうる唯一の手段であるスピセーレも、デビルトリガーを引いたダンテと魔双剣の魔力が合わさらなければ顕現することはない。先の特攻で、その魔力も全て使い果たされている。
炎剣と風剣の加護を失ったただの虎など……魔剣士の息子と戦って勝てるはずもなかった。
「…………」
「…………」
対面する両者と、沈黙したまま二人を見守る飛鳥達。静寂が森の中を包み、時間だけが経過してゆく。
勝敗は確定した。そして、そのため両コミュニティの未来も確定した。
今日これをもって、コミュニティ〝フォレス=ガロ〟は解散し、リーダーはこの世から消える。
今、この時が……ガルド=ガスパーの、最後の瞬間なのだ。
「殺せ」
沈黙を破る言葉が、ガルドの口からこぼれる。彼が放った言葉は、自らの死を望む一言だった。
「俺は、罪を重ねすぎた。あまりに殺しすぎた。そしてトドメは魔の眷属の召喚……今更弁解もしない。ゲームに敗れたのならば、なおさら逃げることなどできんさ」
自嘲するように呵々と哄笑するガルド。
それを見る飛鳥達は、唖然とせずにはいられなかった。可笑しげに自身の運命を語る彼の言葉の裏には、疲弊と後悔の響きがあったから。
目の前に立つ外道の虎が、潔く認めるなどと。自らの犯した罪を悔いるなどと。想像すらしなかったのだから。
「復讐のつもりが、奴らと同じように道を踏み外して……惨めに死ぬ末路、か。ハハッ、笑い種にもならんな」
「……復讐?」
ガルドがふと漏らしたその一言に、ジンは何のことかと問いかける。
「この世界じゃありふれた、滑稽な話だよ。俺がまだガキの頃、森の中に住んでいた時に、ギフト所持者の人間に仲間と家族を殺された……それから人間を憎んで、報復するためにここへとやってきた……それだけだ。面白味も何もありはしない」
一瞬、ダンテの顔から表情が消える。
笑いながら語るガルドの話を聞いても、飛鳥達は冷笑することも嘲ることもせずに、ただ聞き入っていた。
「まぁ、そこから多少の苦労はあったがな。ただの獣でしかない俺がギフト所持者に勝つなんてのは、そうそう出来ることじゃない。汚い手段だろうが、卑劣と罵られる行為だろうが、やるしかなかった。最初こそ躊躇いはありはしたが、その度俺があいつらから受けた仕打ちを思い出して、復讐の念が俺を駆りだそうとする。当然の罰だ、これが正しいんだ、と自分に言い聞かせて……今までやってきたもんだ」
何も持たない者だからこそ、手段を選んでいるわけにもいかない。
悪魔と戦う人間であっても、時として非情な選択をしなければ勝つことはできない。
例えそれが、己の誇りと尊い命を犠牲にする方法であったとしても。
自虐気味の笑みを浮かべていたガルドは、そこで表情を曇らせ、目を伏せた。
「……いつからかな。俺のしてきたことが、あいつらと同じものになっちまったのは……」
最初はただ、家族や仲間……同族たちの仇を討つことだけを考え、我武者羅に足掻いていただけ。
しかしその過程で力のある者たちにずっとおびえ続けて、あらゆる手で自分を守り、そして他者を退けてきた彼は……いつからか、変わってしまった。
弱者を虐げ人を喰らい、災厄をもたらす者になってしまった。
「……俺はいつの間にか、『悪魔』になっちまった。伝説に語りつがれる存在なんかじゃない……人を殺し、人を陥れ、人を幸福と正しき道から引きずり落とす……正真正銘の、『悪魔』に」
血走り、赤くギラつくその目から、滴が零れ落ちる。
自らの行いが正義だと信じ、ただひたすらに暴虐の限りを尽してきた末路。
彼は誇りすら失った。同族をなくし、ただ一つだけ自身に奪われることなく残ったもの。
それを彼は、自ら投げ捨ててしまった。
決して失ってはならない大切なものを一つ残さず……彼は失くしてしまったのだ。
「だから、殺してくれ……今の俺に残るものなんて、何もない。『悪魔』は、英雄に斬り捨てられて惨めに死ぬのがお似合いだ……」
涙を流し、懇願するガルド。
全てを失い、自分自身に失望した彼が最後に願うこと。それは、己の死に他ならなかった。
復讐という見せかけの正義を振りかざし、大罪を犯した自身へと科すべき罰を。
そして。その後に訪れる、〝無〟という安楽を。
彼は、何よりも欲していた。
「…………」
彼の願いを聞いた赤き魔人は目を閉じ、沈黙して佇む。
どうすべきかはわかっている。そもそもこのゲームは、彼を殺すこと以外の結末を用意していない。
〝ノーネーム〟として。〝
彼が行うべきことは、すでに決まり切っていたのだ。
「……ハハ、どうにも納得できねぇな」
やがてダンテは、決意したように開眼すると……その手に握っていたアグニとルドラをガルドの元へと放り投げた。
「――ッ、ダンテ?」
ダンテの行為の意図が図れぬ飛鳥が、戸惑いの声を上げる。
彼女だけではない。耀とジン、そしてその双剣を受け取ったガルドも混乱していた。
「ゲームの続きと洒落込もうぜ、ガルド。頼まれたって人殺しなんざ願い下げだ、死ぬならゲームで死にやがれ。箱庭の住人ならよ」
ガルドは、目を点にしてダンテを見つめていた。
理解できなかった。彼が自分へと投げかけてくるその言葉の意味が。
自分はもう、無残に死ぬしかないと思っていたのに。彼は、箱庭の住人としてゲームで死ねと、彼は言ってきた。
だが――ガルドは納得が出来なかった。
「……ふざけているのか貴様は……今更俺が、箱庭の住人として死ぬことを許されるとでも!? 『悪魔』に成り下がった俺が、どうしてそんなことを許されるというんだ!! 俺は、俺は……!!」
ダンテの言葉に、感謝の念など湧かなかった。むしろ、腸を煮えたぎらせる怒りすら覚えた。
例え神から許されたとしても、彼は自分に罰が下されぬことを良しと出来なかった。
英雄の息子ならば、自分に相応しい罰を下して欲しかった。そうしてやっと、自分は救われるのだと思っていた。
なのにこの男は。俺の最後の願いすら、叶えてくれないというのか……?
自分勝手な理由だけで、正義を行う義務を放棄するというのか……?
今のダンテの行動は、慈悲深い行為などとは程遠い。この世界の法を、ひいてはこの世界そのものを軽んじた、侮辱でしかなかった。
激昂に駆られ、吠えるガルド。だがその怒声を浴びせられても、ダンテは平然としていた。
軽薄な笑みを浮かべたその表情は一瞬で引っ込み、真剣なものへと変わる。
そして……彼は、呟いた。
「Devils never cry」
囁くような、か細い小さな一言。
だがその言葉が、ガルドにはハッキリと聞こえた。
隔たりのある二つの世界で、悪魔も使う言語で。悪魔と人間の言葉で、彼は言った。
――悪魔は泣かない――と。
「心を持たない奴らは、泣くなんかねぇ。悲しみ、怒り、後悔……その思いで心を震わせ、涙を流すことなんてねぇ……俺はお前が何をしてきたかなんて知らねぇ。何があって、そのことでどれだけ後悔しているのかなんてのも見当もつかねぇけどよ……それでも、わかることが一つだけある」
ダンテは、ガルドを指さす。
彼のその顔。そこには、彼の双眼から流れ落ちる雫の跡があった。
それは、悔恨と自責の念からあふれ出た涙。
零れたのは、たったの一滴。だけどそれは、彼にとって何よりも大切な、証明だった。
たったそれだけで。ダンテは彼が『悪魔』なんかではないのだと、信じることが出来た。
「……もし、涙を流すのなら……お前は『悪魔』なんかじゃねぇ」
その声は、この世界を訪れてから発されたダンテの言葉の中で、最も強く言い切られたものだった。
悪魔は泣かない。言葉にしてしまえばたった数文字でしかないその言葉には、ダンテの全てが収められていた。
彼の人生。その人生を振り返って得た、信念という名の真実。
それはまさに、彼の全てを物語る一言であった。
「……こんなもので、俺が悪魔じゃない証明などと……たったそれだけで、俺が……」
「もちろん罪が許されるわけじゃないさ。お前は罪を犯した、だから今から裁くのさ。俺たち〝ノーネーム〟が、〝フォレス=ガロ〟のリーダー『ガルド=ガスパー』を」
ガルドはハッとして顔をあげ、ダンテの顔を見つめた。
そこにあったのは、青い双眼。子供のように無邪気に、慈悲深い聖人のように優しく輝く魔人の瞳が、虎の顔を映していた。
そこでやっと……彼は魔人が言わんとしていることを理解できた。
ダンテは、ガルドを裁く。
しかしそれは、
コミュニティ〝フォレス=ガロ〟の対戦相手。〝ノーネーム〟の一員として。
彼を、裁こうとしているのだ。
「…………いいのか…………?」
不意に、ガルドがダンテに声をかけた。
それは、普段の彼からは想像することすらできないような、ひどく弱々しく震えた声。
不安と期待。そして言いようのない喜びに打ち震えるような、そんな言葉だった。
「…………俺は…………こうして終わっていいのか…………?」
全身を、熱い何かが駆け巡った。
胸の奥からこみあげてくる感情が、自分を駆り立てた。
死が目前に立っているというのに。悲しみなど感じない。つい先ほどまで、確かにあったはずの激しい後悔も、己の胸中にはない。暗い感情は全て、吹き飛ばされたように消えて無くなっていた。
ゲームで、死ぬ。それはきっと、この箱庭の世界で、最も望ましい死であっただろう。
この世の強敵と、修羅神仏たちに挑み、最後には誰かに打倒される。
神々が用意し、己が切願した〝遊び〟で生涯を終える。
それが彼にとって、何を意味するか?
「…………俺は……………〝箱庭の住人〟として…………死んでいいのか…………?」
虎が、大粒の涙を流した。
己の大切な者たちを全て奪われ。復讐の業火に身を焦がした彼が、終ぞ手に入れることのなかった、絆。
本当は何を差し置いてでも欲しかった。ずっとずっと、心のどこかで求めていたもの。
互いに敗北の苦汁をなめ合い、勝利の喜びを分かち合い、心を許し合う友。
もう、そんなものを得ることなど出来ないと思っていた。
得る権利すらないのだと、絶望していた。
彼らに認めてもらうことなど、ないのだと思っていた。
自身が、友であると。自身が、彼らと同じく競い合い、互いに認め合う敵であると。
そんな存在になれることなど。ないと思っていたのに――。
そんな彼の問いかけに、ダンテは言葉で応えることはなかった。
無言。肯定も否定も、彼の口から出ることはなかった。
その代わりに向けられたのは、巨大な大剣。
鉱石をその形のまま抉り出したように無骨で長大な魔剣。それを構え、ダンテはガルドを見据える。
『どうした』
『構えろ、虎よ』
唐突に、ガルドの足元で無機質な声が二つ響く。
そこにあったのは、炎と風を司る魔剣の双子。
数千年の時を経ても、常に闘争を求め続けた魔界の申し子だった。
『相手は魔剣士の息子』
『伝説を受け継ぐ、まごうことなき強者なり』
『相手にとって不足なし』
『其方の最後の敵として、』
『願ってもいない幸運であろう?』
『さあ』
『『我らを手に取るのだ』』
「…………」
己を手に、戦え。
炎剣と風剣は、ガルドにそう言った。
最後の最後まで。〝フォレス=ガロ〟のリーダーとして。このゲームを続けろと、彼らは言った。
『其方も、昂るであろう?』
『其方も、心躍るであろう?』
『そこに、おるのだ』
『目の前に、おるのだ』
『恐怖よりも幸福を感じさせてしまう、余りにも艶やかな死が』
『目もくらむほどの輝かしい最後が』
『絶頂が』
『一生の頂が』
『最高の刹那が』
『『其方を、待っておるのだぞ?』』
もう、彼の心に絶望はない。
代わりに高揚があった。興奮があった。切望があった。願望があった。
自分の内側で昂る、情熱が。最後の最後で、燃え盛っていた。
自分では手の届くはずのない存在が。
己を敵と認めてくれる者が。そこで剣を構えて立っている。
高揚しないはずが、なかった。
「…………なぁ、ジェントルマン…………」
「あん?」
「名前……あんたの名前はなんていうんだ?」
思わず、口が横に広がってしまう。
牙を剥き出しにして、凶暴さを露わにした笑みを浮かべながら、ガルドは紅蓮と一碧の双剣をその手に取った。
「……ダンテ」
「……ダンテ、か。いい名前だな」
あと少しだけ。あと少しだけ、抑えなければならない。
猛獣のように昂るこの思いを、もう少しだけ。
……そのあとは夢のように。思いっきり、暴れてもいいんだ……だけど、あと一つだけ……!!
「……魔剣ども……頼みがある……」
『何じゃ』
『言ってみろ』
「……この戦いだけは……俺を操らないでくれ……あいつと、戦いたいんだ……!!」
絞り出すように、ガルドは彼らに要求した。
所詮は仮初の主。この願いを叶えてくれるか否かは、全て双剣の意思次第。
どうしても、ガルドは『ガルド』としてダンテと戦いたかった。
『アグニとルドラに従う魔獣』などではない。『ガルド=ガスパー』として。最強の
しばしの沈黙。そして――
『『よかろう。其方がそれを望むなら』』
――返ってきたのは、肯定の返答。
『刹那の亢進も、斬り合いも』
『全てその身で味わうがよい』
『残った命』
『残された全て』
『『今ここで燃やし尽くせ、ガルド=ガスパー!!』』
――その激励で、彼の中にあった全てが吹っ切れた。
何もかもがどうでもよくなり、本能が命ずるままにガルドは動いた。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「HAHA!! FOOOOOO!!」
跳躍。そして斬撃。
一瞬で詰められた間合い。放たれる双剣の連撃。最強の
勢いよく走る赤と青の線。それとぶつかり、受け流す銀の閃光。
我武者羅に振り回される魔双剣を、ダンテは子供をあしらうかのように全て片手で捌いていく。
――お前は、俺の全てを奪った――
二撃、三撃、四撃――あらゆる方向から、どんなに強く剣を振っても、それがその者の身に当たることはない。
それでも、焦燥はなかった。剣と剣が激突し、手に伝わってくる激震はむしろ、彼に充実した感触を与えた。
――だけどお前は代わりに、もっと大事なものをくれた――
「オォォォォォォォォォォ!!」
「HA, is that it!?(どした、それで終わりか!?)」
魔獣の剣閃に先ほどの鋭さはない。だがそこには、機械の如く剣を振う彼にはなかったはずの熱さがあった。
それを受けるダンテは満足げに叫ぶ。
もっともっと、思いをのせろと。
己の何もかもをそこに込めて、叩き付けろと彼を焚きつける。
――最後の最後まで、手にすることはなかったけれど……俺が本当に欲しかったものを、俺にくれたんだ――
「C’mon, C’mon!! Next, hurry hurry, HURRY!!(次だ次だ、急げ、急げ、急げ!!)」
「オアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」
おやつをねだる子供のように、ガルドを急かすダンテ。
その掛け声に応えるように、一瞬たりとも休むことなくガルドはアグニとルドラを振り回す。
ただ、勝つか負けるか、その二つのことしか考えることもできずにゲームに没頭していた彼は……初めて、そんなことなどどうでもいいのだと割り切ることが出来た。
ただこの瞬間を楽しみたい。
ただこの永遠のような快楽に浸り続けたい。
ひたむきに。前のめりに。
己に絡みつくしがらみを全て捨てて。ただこの時間のためだけに全てを費やしたい。
生まれて初めて……ガルド=ガスパーは、〝ギフトゲーム〟を楽しむことができていた。
――こんなことを言うのは、おかしいかもしれない。だけど……それでも言いたいんだ――
「HA……! HA……! HA……!」
「What’s wrong, is it the end!? No, you can do better than that!!(どうした終いか!? ちげぇだろ、もっとやれんだろ!!)」
だが、時は永遠ではない。
この至高のひと時は、もうすぐ終わる。
己が剣を振えなくなった時。それは潰えてしまう。
凄まじい力を得たこの身体でも、無限の体力を持つわけではない。むしろ始まってから今まで過酷なほどに使われた肉体は、すでに限界を迎えようとしていた。
長い長い夢幻の如きこの〝遊び〟に……終わりが訪れようとしていた。
――俺の死が、お前でよかった。俺の最後の相手が、お前でよかった――
(まだだ……まだ、終われない……!!)
限界など知ったことじゃない。俺はまだ、終われない。
この身が果てるまでに――せめて。せめて、一撃だけ。
己のこの未熟な剣でも。力任せに振うだけしかない、この腕でも。
ただの小さな、かすり傷程度であっても。
伝説の魔剣士の息子……あの強者に、一撃を――!!
――夢のようなひと時だった。このためだけに生まれてきたんだってすら、思えた――
息を切らして、ガルドはそれでもしがみつくように力を込めて双剣を振う。
しかし、彼の疲労はもう、精神力だけでどうにかできるようなものではなかった。筋肉は断絶と再生を繰り返し、骨は軋み悲鳴をあげている。
あと一撃。全力でその剣を、叩き込むことが出来るかどうかという状況。きっとそれだけで、糸の切れた操り人形のように、自分は崩れ落ちてしまう。
もう、あとには退けない。
これで……終わり。
全てをこの一撃に……賭ける……!!
「――ッ!!」
赤の魔剣・アグニをガルドは振りかぶる。
ブチィッ!! と。身体のどこかで、肉が裂ける音が聞こえた。
だが、構わなかった。ただ、持ち上げたその剣を縦に振り下すことしか思考にはなかった。
魔獣の目線と、魔人の目線がぶつかる。
顔を見合わせた二人。どちらもが狂喜で歪んだ笑みを浮かべ、心の底から激突を楽しんでいた。
その刹那……横に広がり切っていた魔人の、口が動いた。
――来いよ、ガルド――
「――オォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!」
絶叫。そして、一閃。
耳をつんざく、けたたましい音が鳴り響き、異形の森を包み込む。
金属同士が激突した轟音は、はるか彼方にまで木霊する。
そして――。
「……やればできんじゃねぇか」
歓喜するように、魔人が魔獣へと称賛の言葉を贈る。
そこにあった光景は、赤い魔剣を受け止める、髑髏の装飾を施された大剣……
……そして、炎剣の切っ先に深く肉を抉られた、魔人の左腕。
「――あ――」
惚けたように、思わずガルドは声を漏らしてしまった。
見れば、その左腕は魔人の顔を守るように差し出されている。予想以上に重かったガルドの一撃に対処すべく、咄嗟に出すしかなかったのだろう。
手加減をされていなければ、おそらくは負わせることのできなかった傷。負わせたとしても、魔人にとってそんなものは一瞬で治癒してしまうような損傷。
それでも……ガルドは、最強の魔人に手傷を負わせることが出来た。
最後の最後で……手が、届いた。
次の瞬間、ダンテの左腕が動いた。
殴りつけられるように顔面に叩き込まれたそれは、ガルドを守るギフトによってあっさり弾かれる――ことはなく、彼の脳天に衝撃を与えた。
その手に持っていたのは、銀の剣。逆手に握られていたそれは、切先がガルドの眉間に突き刺さる。
「―――――っ!!」
不意の攻撃に驚愕したものの、ガルドはなんとか後ろにのけぞることで刺突を浅くする。
剣が突き刺さったまま、すぐさま後ろへと飛びのき体勢を整えようとするが……前方に立つ魔人が、その背中のホルスターから相棒を取り出した。
左手に握られた、漆黒の巨大な拳銃。あらゆる魔物を狩ってきた弾丸を放つ銃口は……ガルドの眉間に向けられていた。
「……ハハッ、ちくしょう悔しいなぁ……」
……あーあ。ここで、バカ騒ぎも終わりか。
もうちょっと、続けたかったんだけどなぁ……
……でも、まぁ、いいか。
楽しかったから。
初めて、ゲームを楽しいと思えたから。
いいや、これで。
「負けた負けた! ハハハッ!」
虎が、笑った。
遊びにとても満足した、満面の笑み。
とても素敵な夢を見た、子供のように……ガルドは笑っていた。
――…………ありがとう…………ダンテ…………――
一発の銃声が、鬼の森で甲高く反響する。
それとともに、まるで悪夢のようにその地を包み込んでいた異形の森は霧散した。
ギフトゲーム名 〝ハンティング〟
勝者:〝ノーネーム〟
*
ゲーム盤となった異形の森が消滅すると、こちらへ急速に接近する存在が二つあることをダンテは察知した。
が、これは自分たちの敵ではない。知り合ってまだ間もないが、彼が良く知る匂いをした者達だった。
彼らが自分たちのすぐ近くにまで『跳躍』してきたことを知ると、ダンテは大きく手を広げて歓迎の意を表する。
「よおイザヨイ、ウサちゃん。勝ったぜ」
が、彼がヘラヘラと軽薄な笑みを浮かべているのとは反対に、駆けつけてきた黒ウサギの表情は緊迫したものだった。
「ダンテさん、飛鳥さん、耀さん、ジン坊ちゃん! 四人とも怪我はございませんか!?」
真っ先にメンバーの無事を確認する黒ウサギ。その声音には、コミュニティの仲間を案ずる響きがあった。
それも仕方がない。彼女はその驚異的な聴覚によって、ゲーム内で起こった全ての出来事を逐一把握していたのだ。飛鳥達がガルドに斬られたこと、ダンテがスピセーレの爆発に巻き込まれたことも、彼女は音から何もかもを知り尽くしている。
加えて、箱庭の世界の天を貫きかねん勢いで噴出した火柱。あんなものが発生したとあれば、こうして無事な姿を確認したとしても心配してしまう。
まぁ、しかしそれは杞憂に終わることだろう。飛鳥達の負傷はバイタルスターによって全快しているし、スピセーレの大爆発だって彼らは全員回避することに成功しているのだ。
いつものように皮肉を口にして、呆れられながらも黒ウサギが安堵のため息を漏らす……そんな流れになるはずだったのだが。
(……へへっ、いーこと思いついたっ!!)
知識面においては壊滅的なはずの魔剣士の息子は、ここぞというときに悪知恵を働かせてしまう。
ダンテはあの大爆発の被害を、耐えきったとはいえ直撃を喰らった。
平然として無傷であることを伝えるのもいいが、ここで多少の傷を負ってしまったと嘯いたらどうなるか?
心配性の黒ウサギのことだ、当然ダンテの身を案じて傷を看ようとするだろう。
普段は警戒が強く避けられてしまうが――上手くやれば、ボディタッチも夢ではない。
あの豊満な肉体に、この手で触れる……うむ、悪くない。
(そうと決まれば実行あるのみ……だな。ハハッ!)
ここまでの思考に費やした時間、数コンマ一秒。
厭らしい欲望に駆られて、行動に移るべくダンテは黒ウサギに返答し、
『案ずるな月の兎よ』
『我が主の身に傷はない。すでに傷は癒えでごっ!!』
ガァン!! と。思わず背負った魔双剣を地面に叩き付けるダンテ。
それだけではもはや足りないのかリベリオンを片手に握ると、地面に転がる炎剣と風剣の柄頭目がけて何度も大剣を振り下す。
『おごごっ!!』『痛いぞ主!!』『我らが何をした!!』『斬り合いはともかく一方的な暴力とはこれ如何に!!』などと不平不満を漏らしているが、そんなものは激昂した
突然の奇行に飛鳥達は目を点にする一方で、十六夜は心底つまらなさそうに大きく舌打ちしていた。彼も大方ダンテがしようとしていたことを察していたのだろうか。
ある程度魔双剣を滅多打ちにしたところで、アグニとルドラに向けてダンテは一言、
「……No, talking……!!(……お前ら、もう喋るな……!!)」
一切何も喋らないことを、再度忠告した。
また言うことを聞かず口を開くことがあれば、今度知人が開こうとしている質屋とやらに売り飛ばしてやる。
心の中で密かにそう誓うと、ダンテは不機嫌そうにため息を吐きながらリベリオンとアグニ&ルドラを仕舞う。
「……あ、あのー……ダンテさんは、大丈夫なのですか?」
「あー。このバカ共にちょいと機嫌損ねられたが身体はすこぶる元気だ」
おそるおそる訊ねかける黒ウサギに、苛立ちを隠すことなく返答するダンテ。
どこか納得しないところがありながらも、とりあえずは無事なのだと考えることにした黒ウサギ。他の者達は黒ウサギに安否を訊ねられれば、残らず肯定の答えを返す。
全員に大した怪我もなかったことに胸をなでおろす黒ウサギだが……そうとなれば、彼女にとって無視することのできない大きな出来事がある。
「……あのー、ダンテさん……その……」
彼女は、ゲーム盤で起こった出来事を耳で全て把握している。
それはとどのつまり、物音云々だけでなく、声……そのゲーム盤内で行われた会話の内容も耳にしていたということだ。
ということは…………
「俺が、魔剣士の息子かって話か?」
彼女も、アグニとルドラが口にしたその驚愕の事実を聞いていたということ。
ダンテがそう聞き返すと、少し狼狽しながらも首を縦に振る。
それは、黒ウサギだけが感じていた疑問ではない。その場にいた全員……十六夜、飛鳥、耀、ジンも気がかりにしていたことだった。
面倒なことになったと言わんばかりに頭を乱雑に掻くダンテ。
ここで魔双剣らの戯言だと答えることも出来るだろうが、どうせこれからも魔の眷属と出くわすことになるのだ。ならば隠していたところで何の意味もない。
肩を落とすと、懐からダンテはギフトカードを取り出して黒ウサギに放り投げる。
「わっとと! な、なんですかダンテさん、これ……」
「いーから読んでみろ。それでわかるだろ」
黒ウサギは首を傾げながらも、ダンテに言われた通りに彼のギフトカードを見る。
上から順々に流し目で真紅のカードを読む黒ウサギ。と、最後の部分に差し掛かったところで、彼女の目がピタリと止まる。
「ッ!! ……こ、れって……!!」
驚愕にその表情を染める黒ウサギ。好奇心を刺激された十六夜たちは横からカードの文面を見る。
ダンテが使用する言語が英語であるためか、アルファベットが羅列するそこに書き記されていたのは、
DANTE
GILGAMESH
GERYON
DOPPELGANGER
AGNI&RUDRA
SON OF SPARDA
カードの最後に書き刻まれていた、彼自身が持つ能力名。
そこにあった言葉の意味は……直訳して、『スパーダの息子』。
それこそが、彼の正体を示す何よりの証となった。
「ま、大体は予想してたが……改めて聞けば驚きだな」
圧巻するようにそう呟いたのは、十六夜。
その言葉に、全員の視線がダンテから彼へと集中することになる。
「やっぱお前は気づいてたわけか」
「まぁ、薄々だがな。人間と魔の眷属のハーフ。そんな出生と、デタラメなくらいにまで強いそのパワー。お前の父親として候補に挙がるのは、今のとこスパーダしかなかったんでね」
もうちょい材料がありゃあ確定だったんだがな、と苦笑いしながら付け加える十六夜。
ダンテの正体に若干ながらも勘付いていたとは、やはり彼の素質はなかなか恐ろしいところがある。このまま隠し続けていたとしても、いずれは彼によって暴かれていたのではないか?
そんなことを考えながら、ダンテはその場にいる全員と向き合って言葉を投げる。
「……で? 他に質問は?」
「え……?」
「質問だよ。他になんかないのか? 俺に聞きたいこととか」
ぶっきらぼうにそう問いかけられ、飛鳥や黒ウサギたちは咄嗟に何も言うことが出来なかった。
が、十六夜だけは特に狼狽える様子も見せることなく、彼らの疑問を代弁する。
「まぁ推測できることではあるが聞いとく……なんで俺らにその事実を隠してた? 魔剣士の息子って肩書きを」
十六夜の疑問ももっともだ。魔剣士スパーダの息子であることを公言すれば、どれほどの待遇をこの世界の住人からしてもらうことができるか想像に難くない。
紛れもなく、彼の父スパーダは世界を救った英雄なのだ。大袈裟に聞こえるかもしれないが、これは過大評価でもなんでもない。箱庭の住人に聞けば全員が肯定の回答をする、正当な評価なのである。
加えてダンテ自身も、白夜叉から好敵手として認識されるほどの実力者。これまでに数多くの悪魔たちを葬ってきた他、五か月前にはテメンニグルの塔の事件を解決するという功績をあげた猛者だ。
父の偉業、誇り高き魔剣士の力、そして世界の救済という大功……それは本人が認知している以上に大きな権威ともなり得るのだ。
〝ノーネーム〟などとんでもない。上層に立ち並ぶありとあらゆるコミュニティが彼を勧誘し、我先にと自らの手中に収めたがるだろう。
だというのに、ダンテは自らの正体を隠すという選択を取った。
そこには何のメリットも存在しないはずだというのに、いったいなぜ?
……ひょっとすれば、何か特別な理由でもあるのではないか。
十六夜を除く全員が、ダンテの回答に期待を抱く。
飛鳥達の視線が集まる中、やがてダンテは気怠そうに口を開くと、
「めんどくせぇから」
どうでもいいと言い切らんばかりに、そう吐き捨てた。
思わずずっこけてしまいそうになる黒ウサギとジン。飛鳥、耀の三人は彼の返答に驚愕もせず、呆れかえったように嘆息し、十六夜は『やっぱりな』とこぼして哄笑する。
「世界を救った英雄だかなんだか知らねぇがな。親父は親父、俺は俺だ。ンなことだけで俺を見定めてチヤホヤされたってちっとも面白くねぇし……そんなのダセェだろ?」
「いや、ダサいって言ったって……」
「それに」
ジンが何かを言おうとしているのを遮るように、ダンテは言葉を付け加える。
「……こういうこと知られて、いいことあった試しがねぇんだ」
普段から笑い混じりに答える彼らしくもない、哀愁の響きがある言葉。
それを聞いた黒ウサギとジンは、ハッとして気づくこととなる。
魔剣士の息子。力とともに受け継いだそれは彼の誇りでもあり、同時に彼の人生から平穏を奪い去るものでもあるのだということを。
事実彼は元の世界でも、他者が経験することはないであろう不運と脅威に晒されていた。
魔界では逆賊の息子と罵られ命を狙われ。彼は結果として母を失った。
地獄から迫る悪魔の手は絶えることなく彼を追い続け、時として友を、友の家族を、大切な人を襲った。
そして。五か月前の事件で。
彼は……自らの手で、兄を――――。
「……そんなとこだな。で、他にはなんかあるか?」
「あるっちゃあるが、とりあえず今はそんだけ答えてくれりゃいい。続きはコミュニティのホームに帰ってからでいいだろ」
聞きたいことはたくさんある。だが、今はまだ少し後始末が残っている。
コミュニティ〝ノーネーム〟がゲームに勝利したことで、〝フォレス=ガロ〟は消滅した。それによって傘下におりていた他のコミュニティとも、いろいろと『交渉』をしなければならない。
ここで立ち話をずっとしているという時間も、それほどありはしないのだ。
じっくりと話を聞くならば帰ってから……と思っていたのだが。
「そうだな。でも俺はちょいと用事が出来たから、夜でもいいか? 会いてぇヤツがいるんだ」
「そりゃまた急な話だな、おい……ま、夜までっていうならちょうどいいかもしんねぇな。いいぜ、俺は別に」
急なことを言い出すダンテに、十六夜は少々の苦言を漏らすものの了承する。
「い、いったい誰のところに行くのでございますか?」
「白夜叉んとこ、じゃな」
黒ウサギから投げかけられた質問に、ダンテはにべもなく答えるとそのまま〝フォレス=ガロ〟の本拠地を後にした。
Devils never cry. ――悪魔は泣かない――
タイトルとは真逆のこの言葉は、このゲームを象徴する一言に違いないと私は信じてます。
最後あたりがすごい雑な気もするが気にしないことにした。
さっさと次へつなげてェんだよ――――ッ!!
ということで次回もお楽しみに。