問題児と最強のデビルハンターが異世界からやってくるそうですよ?   作:Neverleave

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東京喰種、祝アニメ化。
連載開始からずっと追っかけてた作品が映像になってテレビに放送されるというのは何とも言い難い喜びでいっぱいになります。
今夢中になってる漫画だけに、感動もひとしお。

早く夏にならないかなぁ(・∀・)

なんてことを考えながら書いてたから、誤字脱字意味プ文章などございましたら感想でご指摘くださいませ。
あとまた今回もくっそなげぇ。

ではどうぞ。


Mission6・⑥ ~鬼の森~

「おい黒ウサギ。いったいこの中の様子ってのはどうなってんだ? 見に行くのはダメなのか?」

「先ほどからその質問ばかりですねぇ。お金を取って観客を招くギフトゲームもあるにはあるのですが、最初の取決めにない限りは原則ダメなんですよ。そういうことですので早く門の前から下がってください拳を握らないでくださいッ!」

 

 ギフトゲームが開始して数十分ほど。ゲームに参加せず成り行きを見守ることとなった〝ノーネーム〟の他メンバー十六夜と黒ウサギは、舞台となっている〝フォレス・ガロ〟居住区の門前で飛鳥達を待ち続けていた。

 この喧嘩は飛鳥達(あいつら)が売り、ガルド(向こう)が買ったものだと言い放った本人である十六夜は、特にゲームに参加しなかったことを後悔はしていない。しかし如何せん、中でいったい何が起こっているのかもわからないまま、ただ時が過ぎるのを待つというのはいささか彼には退屈過ぎた。

 もっと観客でもゲームの過程を見守ることができるような、そんな舞台を期待していたのもあったが、こんな鬱葱とした異形の森がゲームを行う場所なのではそれも叶わない。ならばせめて、あちらに存在する外道集団、魔の眷属の襲来でも楽しみにしておくか……と考えてもいたが、どうやらあちらはゲーム参加者の四人にしか興味を示さないらしかった。

 ここまで何も娯楽がないというのは十六夜も少々予想外で、どうにも煮え切らない。暇を持て余してしまった十六夜は何度も黒ウサギに中へ入ってせめてゲームの進行状況でも見せろとせがむが、そうは問屋が卸さない。いっそ木々をぶち壊して自ら侵入してやろうかと右手を握り冗談半分で構えると、すぐ背後から黄色い叫びが耳に飛び込んできて黒ウサギに羽交い絞めにされてしまった。

 

(ま、背中に当たるこの脂肪の塊でここは我慢してやるか)

 

けしからん思考を一瞬めぐらせ「ヤハハ」と笑いながら十六夜は彼女の望み通り退いてやる。彼にとっては黒ウサギをからかうことだけがここでの唯一の娯楽となっているらしい。

この世界へと半ば強引に彼を招き入れ、そして『この世界でオモシロオカシイ生活を送ってもらいます!』と宣言したのは彼女とはいえ、なかなか同情せずにはいられない境遇に立ってしまったものだ。二度目だが敢えて言おう、哀れなり箱庭の貴族。

 

「じゃあ〝審判権限(ジャッジマスター)〟のお墨付きってことで入ることは? それだったらできるんじゃねぇのかよ」

「それもダメだと説明したはずでしょうに。黒ウサギの素敵耳はここからでも中の様子をおおまか網羅できるものであって、状況が確認できない隔絶空間でもない限り侵入は禁止なのです」

「じゃあ魔の眷属は? あいつらが出たなら話は別じゃねーのか?」

「それでも相手はまだルールを破ってはいません。いくら外道の集団であっても、この箱庭の世界は修羅神仏、人間、幻獣、如何なる者であっても法を守るのならば歓迎します。まだ彼らがそれを破っていないというのならば、こちらが先に破るわけにはいかないのですよ?」

「役立たずのくせにルール説明の時だけ何胸張って語るとか何このポンコツウサギ超使えねー」

「ひどいッ!! いくらなんでもひどいッ! できれば聞こえないように言ってくださいよ本気でへこみますから!!」

「違うというなら違うと言ってみろよ箱庭の貴族。貴族のくせして強制的に俺らを召喚した上にろくにコミュニティの説明もせず勝手に俺らを入れようとした箱庭の貴族。貴族でもなんでもない愚行の連続、挙句の果てにはポンコツとかもう救いようがねーな」

「うわあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛んごめ゛ん゛な゛ざい゛謝りますからこれ以上言わないでぐだざいよお゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」

 

 あまりに酷過ぎる罵詈雑言に怒ってぺしぺし叩きまくる黒ウサギだったが、そこで繰り出された自身の汚点列挙がクリティカルヒットしたのか、むせび泣きながら謝罪し十六夜にしがみつく黒ウサギ。見ていて誰もが心苦しくなる光景だが、しかし当の本人はヘラヘラ笑いながら彼女を見続けるだけだ。最初からわかってはいたがこの男最低である。

 

 ――黒ウサギが泣き止むまで、数分所要――

 

「おら黒ウサギ。言い過ぎたのは悪かったっての、いい加減目から出る汗止めろ」

「涙ですッ! なんですか目から流れ出る汗って!? ふざけすぎも大概にしてください!」

「お、元気出た。よし、とりあえずおまえはもうオッケーだな」

「なにこの扱い!? なじられた上に慰めの言葉も謝罪もなしですか!?」

 

 ようやく落ち着いたかと思ったその瞬間に冗談を飛ばす十六夜に、ツッコむ黒ウサギ。

 またそこでひとしきり十六夜は笑うと、フッと真顔に表情を変えて居住区の門――正確には、それに絡みついて道を閉ざす異形の木々――を睨んだ。

 

「……でよ、黒ウサギ。どうしてもそいつはダメな了見なのか?」

「……十六夜さんも頑なですね。これだけは、何がどうあってもダメなのです。法を守る審判としても、この箱庭の世界の住人としても。これだけは譲れないのです」

「…………そう、か」

 

 これで何度目になるかもわからぬ問答と、お決まりのように返ってくる否定の回答。

 それを受け取った十六夜は、大きくため息を吐くように言葉を放った。

 

「…………」

 

 森の向こうを見つめるその目と顔には、いつものふざけた調子も面白がる様子もない。先ほどまで彼女をいじり続けていた悪戯好きの子供のような眼光は引っ込み、何かを観察、考察するように視線を送っている。

 昨日までとはまた大きく違う新参者……これからコミュニティのために戦う仲間であり、そのエースの一人となるであろう人物の一面を見て黒ウサギは少し驚くとともに、疑問が浮上した。

 

「あのう……どうしてそこまで、中へと入りたがるんですか?」

「ん?」

 

 唐突に投げかけられた質問に、十六夜は黒ウサギへと向き直る。

 キョトンとした表情を浮かべる十六夜だったが、黒ウサギはそんなことは気にせずに胸中にある疑念を続けて発する。

 

「だって、十六夜さんがこの中に入るとしても何もできないんですよ? もしゲームの進行を見ることができても、自身は手出しができない、そしてする気は十六夜さんにもない。なのに、どうしてですか?」

「そんなの決まってんだろ。こんなとこで待ってるよりもそっちの方がまだマシだからだ」

「それにしては、向こう側を見るあなたの表情は何か真剣すぎる気がします」

「そりゃそうだ。真剣勝負をあっちもやってるわけだ、こっちだって真剣になるもんだろ」

 

 黒ウサギは、どうにも納得がいかなかった。

何か様子が変だ。質問に答えてくれてはいるのだが、しかし相手には真意を隠され、のらりくらりと回避されているような、奇妙な感覚がしてならない。

 黒ウサギとて他人の心情などを不用意に引っ掻き回すようなことはしたくないし、あまりこのような問いかけをすることもしないのだが……どうにも黒ウサギは、彼のその姿勢が引っかかった。

 

「……言い方が少し悪かったかもしれません。今の十六夜さんの表情は、どこか必死になっているような気がします」

「…………あ?」

「心の中ではあまり余裕がないのに、それを隠そうと振る舞っている。強がりとはいいませんし、それとはまた違いますが……何かを感じていて、それを私に隠しているような……いったい、どうしたんですか?」

「…………」

 

 黒ウサギの指摘に、十六夜は肯定も否定もせずただ沈黙した。

 表情も瞳も、何も変化はない。顔は動揺の色を見せず、目はまっすぐ黒ウサギの赤い瞳を見つめたまま。

 そのまま何も答えることはなく、十六夜は森の奥へと再び視線を戻す。

 

「…………」

「…………」

 

 問いへの答えはなし。まるで応答することそのものを拒否されてしまったようだ。じぃっと見つめ続けても、十六夜はそれ以上何かを語ろうとも、こちらの方を見ようともしない。

 まだ出会ってから一日と少ししか経っていない関係。しかし長年の貫録とも言えるものとその実力からだろうか、黒ウサギの観察力というものはなかなか鋭い。

 瞳の動き、表情の機微、言動の変化……新たに招いた四人の人間の中で、十六夜は特に黒ウサギと多く対話を重ねた人間だ。相手も驚異的な推理力と洞察力を持っているようだが、それは黒ウサギとて負けてはいない。あらゆる所作を見てきた彼女と、短い時間でも『逆廻十六夜』という人間に会話によって触れた黒ウサギには、今日の十六夜は少しおかしく感じられる。

 粗悪、凶暴、快楽主義……彼自らが己をそう評価した通り、十六夜はかなりがさつで乱暴な態度を取ることが多い。その反面、高い知性も併せ持つ彼は、基本無駄と思われるようなことをしない。そう見えることがあっても、それは彼の計算に則った行為、あるいは彼なりの流儀に沿った『必要事項』なのである。彼が昨晩襲来した〝フォレス・ガロ〟に服従するコミュニティのメンバーに、ジンの存在を大きくアピールしたのがそのいい例だ。

 だが、今回何度も舞台内でのゲーム観戦を嘆願したことは……どうにも彼らしくない行動だった。こちらが無理だと言い聞かせていることを何度も打診し持ち掛け、それを幾度となく否定される。それでもあれこれ知恵を働かせて何とかルールの穴を抜けようとして、まるで諦めの姿勢を見せない。

 

 『逆廻十六夜』という人物から外れた行為であることに加え、少し考えれば無理だとわかるはずの提案すら出してくるそれは、退屈に駆られて行う人間の行動からはかけ離れている。

 退屈とは違う何かに、十六夜が嗾けられているような……なにやら不気味な気がしてならない。

 

(いったい、どうしたんですか? 十六夜さん)

 

 声に出すことなく、黒ウサギは心の中で隣に立つパートナーへ呼びかける。

意味などなかったように感じられるその疑問の投げかけで、しかし黒ウサギは十六夜の『何か』を掴んだような気がした。

 だがその『何か』がいったい何なのか……それを知ることは、この日よりももっと後になってからのこととなる。

 

 なぜならば。

 

 

「……おい黒ウサギ、ありゃなんだ?」

「え?」

 

 

 突如として口を開き、森の奥の空を指さして問いかけてきた十六夜。

 黒ウサギは戸惑いながらも十六夜が示す方角を目視……そして、絶句する。

 そこにあったのは……その向こう側に見えたのは……

 

「――ッ、飛鳥さん……耀さん……坊ちゃんッ!!」

 

 異形と化した木々を飲みこまんと大きく燃え盛る巨大な炎の赤。

 そして、その轟炎が次々と吐き出し空を包み込む煙の黒だった。

 このときを以て。〝フォレス・ガロ〟の栄光を称えるその館は、その姿を炎の中に消した。

 そしてその館と同じように。黒ウサギが抱えていた疑念も全てが吹き飛ばされてしまった。

 

 

 

 

 

 

 幼い双眼を焼き付くさんとばかりに、眩い赤の光が飛鳥達の目に飛び込んできた。

 木々が燃える灰の臭いがツンと鼻をつき、気道に侵入しようとしてくる有害な空気を一気に排出すべく何度も三人はせき込む。

 その火炎が発する熱気は肌を焼き、こうしていればいずれ三人も発火してしまうのではないかと錯覚させるほど強烈だった。

 それは、彼女らが転げている場所にまで今すぐにでもやって来そうなほどの勢いがあった。

 

「くっ……!!」

 

 いかに知性が発達しようとも、自然界において人間もまた、動物と等しき存在。故に炎を恐れる心は存在する。五感が伝えてくるその赤の脅威は三人の心を焦燥で掻き立てようとした。

 だが、飛鳥達に迫るその恐怖の具現は、眼前に広がるそれによるものと比べれば、ちっぽけなものでしかなかった。

 

『……どうした? 客人』

『あのような狭き場所では戦いにくかろう。そら、場所は広げたぞ』

 

 それは、光を放つ遥かに小さかった。

 それは、彼らと同じ……動物の延長線上に立つ存在でしかなかった。

 純粋な願いを持ち、ただそれに愚直なだけ。『愚物』と呼んでもかまわないとさえ思えるような、そんな存在。

 煌めく轟炎の中でただポツリと点のようにいて……しかし決して消えることのない、果てしない闇の権化。

 魔物は手にした双剣を背に納刀し、代わりにあるものを引き抜いた。

 それは、破魔の力を持つ白銀の十字剣。

 このゲームの勝利に必要不可欠な、三人の唯一の武器だった。

 

「ッ?」

 

 己の武器を仕舞い、手に取ったそれで何をするつもりなのか?

 疑念が浮かぶ飛鳥たちだったが、しかしそんなものの答えを求めるよりもするべきことがあるのを忘れてはいない。頭を振って疑問を振り払うと、次にやってくるであろう襲撃に備える。

 

『…………』

 

 双剣の悪魔を宿すガルドは、虚ろな眼差しでそれを見つめていた。

 取り出した剣の刃を、空いている手で握る。

 そして。

 

 ザクッ、と。刃を引いて、その手を斬り裂いた。

 

「ッ!?」

 

 手から、白銀の刃から、鮮血が零れ落ちる。

 表面を斬り裂いただけとはいえ、赤黒い液体があふれ出るそれは痛々しく、見ているだけでこちらの手が痛くなりそうだった。

 

『…………Hum…………』

 

 傷ついた己の掌をまじまじと見つめ、ガルドは納得したように頷く。

 そして、手に持った白銀の剣を飛鳥達へ向けて放り投げた。

 弧の軌道を描き、回転しながら空中を彷徨うそれは飛鳥の眼前で地面に突き刺さる。

 

「っ?」

 

 破魔の剣は血が滴り、燃え盛る炎の光を受けてねっとりとした赤黒い輝きを放っている。

 その赤黒さが、これこそが彼を仕留める道具であるということを証明していた。

 茫然と銀の剣を眺める飛鳥の脳裏になぜ、という疑問が浮かぶ。

 

『手に取れ、客人』

『それが貴様らの剣だ』

『わが身を引き裂く光だ』

『闇を穿ちたくば、その手に光を握るがいい』

 

 ゴキリ、と首の骨を鳴らしながら、闇がゆっくりと歩を進める。

 両者の距離が、少しずつ縮んでいく。少女へと近づくにつれ、闇は大きくなっていく。

 背後には業火。目の前には光。しかし全てを包み込む闇を握って、巨魔は立ちふさがった。

 

『手段は問わぬ。時も問わぬ』

『直進し、真っ直ぐとぶつかるのもよかろう』

『策を練り、死角を狙って攻めてきてもよかろう』

『一人で来るもよかろう。全員でかかってこようとも構いはしない』

 

 ゆっくりと飛鳥たちは立ち上がり、立ちはだかる魔の存在と対峙した。

 飛鳥の手には、銀の剣。たった一つだけの、彼らに許された武器が彼女の手の中にあった。

 耀は猫の如くその身を縮め、いつでも眼前の敵へと跳びかかれるよう準備を整える。

 

「……随分と余裕ね。そんなにも私たちは弱く見えるのかしら?」

『弱いから我らが情けをかけたとでも?』

『客人よ、これは礼儀だ』

『我が手にするは、己の力のみで十分』

『それ以外など必要ない。殺意を以て、ただ振えばそれでよい』

 

 その双剣の言葉に、迷いはない。嘘の響きも、ありはしない。

 あるのは、武を求める純粋な欲求のみ。全てを刹那の激突のために捧げる、狂信者の決意だけだ。

 赤と青の双剣が柄同士で合体し、魔獣の手の上で回転して炎と旋風を巻き起こした。

 その中心で魔物は憮然と立ち、双子の魔剣を構えて敵を睨みつける。

 

『さぁ、期は熟した』

『客人よ、覚悟を決めろ』

『その銀で以て、我らを斬り裂いてみせよ』

『その身で以て、我らの力に足掻いてみせよ』

『『我らを楽しませてみよ、人間!!』』

 

 それはまさに、威風堂々。確固たる死合の宣言。

 文字通りの悪魔が蔓延る地獄の世界で生き残り、ひたすらに斬り合うことを求め続けた修羅の姿がそこにあった。

 相手が例えどのような卑劣な手段を用いようとも、相手がどれほどにまで強敵であろうとも足を止めず、正々堂々と己が身を振い戦う武人の姿が、そこにあった。

 もはや躊躇うことはできない。逃げることも許されない。

 双剣の悪魔の言う通り。覚悟を決めるしかなかった。

 

「ジン君、下がっていて!!」

「飛鳥さん、そんな――」

下がれ(、、、)!!」

 

 飛鳥の怒号とともに、ジンは自分の意思とは無関係に支配され、後ろへと下がらされる。

 それを決戦の合図とするが如く、人間と悪魔の死闘は始まった。

 

 

大地よ(、、、)彼を拘束なさい(、、、、、、、)!!」

 

 飛鳥が命令を下したその瞬間、獣が足をつけている大地に異変が起きた。

 ドブッ!! と大地が陥没しガルドが沈む。

 

『ムゥ!?』

 

 ガルド、そして両手に握られた双剣の表情が驚愕に染まる。

 これは、この世界へとやってきた飛鳥がギフト鑑定を受けることによって学んだ新たな活用法。本来〝威光〟のギフトは人間や生き物以外にも対象を選ぶことができ、そして命令を下すことで〝奇跡〟を起こすことができるものなのだ。

 この箱庭の世界へとやってきた飛鳥が選択した、己がギフトの使い方……それは〝誰かを支配する〟ことではなく、〝ギフトを支配する〟こと。

 そしてそれは思わぬ形で功を成し、強敵を拘束することに成功する。

 

『Seiya(セイヤッ)!!』

 

 掛け声とともに驚異的な力を発揮すると、ガルドを埋めようとしていた土は爆発したかのように弾け飛ぶ。

 大地の拘束は大した成果をなすことなく終わったかに見えたが……

 

 次の瞬間、土はビデオの逆再生のようにガルドの元へと巻き戻った。

 

『ムッ!?』

 

 確かに土は吹き飛ばされ、ガルドは拘束から解放された。

 だが、大地に下された飛鳥の命令は効力を失ってはいない。

 砕かれようと。散らばろうと、ガルドを拘束し続ける不滅の呪縛となって彼を追いつめる。

 ルールによってその身は守られているため、本人を支配することはできない。しかし全身に大量の土砂が絡みついている状態では、守護されていても身動きを取ることは困難だ。

 

「今だよ、飛鳥!!」

 

 耀の呼びかけと同時に、飛鳥は駆け出す。こんなまたとない好機を見逃すほど彼女は愚かではない。しっかりと柄を握りしめ、飛鳥は白銀の十字剣を構えてガルドに迫る。

 額に向けた切っ先が、あと数センチで届くかと思われた。

 だが。

 

『こざかしいッ!!』

 

 ドグンッ!! と、その瞬間地面が脈打ったような感触が走る。

 そして一度瞬けるかどうかという時間が経ったそのとき、彼を縛り付けていた大地が爆発した。

 

「なっ!?」

 

 それは突風。竜巻のように吹き荒れる、凶悪な風。

 魔剣ルドラの加護を以て纏わりつく土を完全に吹き飛ばし、またガルドは自由となった。

 魔剣アグニでガルドは十字剣を横殴りに打ち払う。剣の扱い方などわからず、勢いに任せて直進していた飛鳥は当然それだけでのけぞり、あまつさえ唯一の武器である白銀の剣を手放してしまった。

 

「くっ――!!」

『Soiya(ソイヤッ)!!』

 

 さらに、ガルドの攻撃は一の太刀だけでは終わらない。炎剣アグニの次にやってくる風剣ルドラの刃が走り、飛鳥の首を跳ね飛ばそうと迫る。

 言葉は間に合わない。口が動くよりも先に、ルドラは彼女の肉を斬り裂くだろう。

 姿勢が崩れ、攻撃を避けることはおろか後ろへ下がることすら今の飛鳥にはままならない。

 あと数瞬で、彼女の命が尽きようというその絶望的な状況。

 だが、そこで彼女が動く必要はなかった。

 

「春日部さんっ、お願い!!」

 

 その一言とともに、飛鳥の背後から姿勢を低くして駆ける耀が姿を現す。

 豹のように走り抜ける彼女は両手を地面にそえ、右足を突き出した。

 ビュッ!! と風を切り裂くその一撃は的確に青い魔剣の腹を打ち、ルドラはガルドの手から離れた。

 

『ヌウッ!?』

 

 ガルド自身はルールに守られているため、白銀の剣なしにこちらが攻撃を繰り出すことはできない。しかし、彼がその手に握っているアグニとルドラは別だ。

 こちらの方は飛鳥と耀の攻撃も効くし、このように弾くこともできる。こうして分離することができるのならば、ガルドを無力化してしまうことも可能だ。

 

『Seiya(セイヤッ)!!』

 

 すかさずガルドはアグニを振い、耀の支点となっている両手を狙い迎撃しようとする。

 が、その動きも予測していた耀は逆立ち状態のまま跳び、回避。体勢を立て直した飛鳥も背後へ下がってその攻撃をなんとか避けた。

 ガルドが横なぎの斬撃を振り切ったそのとき、彼のほぼ真上に浮上した耀は蹴りをアグニの柄に放ち、ガルドの腕ごとアグニを地面に突き刺す。

 そのまま蛇の如き柔軟な動作でアグニを握るガルドの腕に絡みつき、そしてアグニの刃を踏みつけることで己が身を呪縛とする耀。

 変貌したガルドの力は驚異的なものだが、それは耀とて負けてはいない。自身が持つ膂力の全てを振り絞り、耀はガルドを拘束した。

 

『Hmm……!!』

「ぐっ――うぅぅぅぅぅぅぅ!!」

 

 さすがに力勝負では一歩劣るらしく、完全に彼を縛り付けることはできず、ゆっくりと腕は動き出していた。しかしその動作は先ほどより非常に緩慢で、隙だらけ。

 

 ルドラはその手にない。アグニも拘束した。

 〝ノーネーム〟に、再び勝機が訪れる。

 

「あ、すかァァァァァァァァァァあああああああああああああああああああッ!!」

 

 友の呼びかけに応じ、飛鳥は銀の十字剣を取り戻すと走り出す。

 耀が作り出してくれた二度目の好機。決して逃しはしない!!

 

「やァァァァァあああああああああああああっ!!」

 

 刃を構え、今こそ魔物の脅威を消し去る時だと意気込み腕を振るう飛鳥。

 一方で絶体絶命の窮地に立たされたガルドは、迫りくる飛鳥(殺意)を見つめたまま動かなかった。

 

『ふむ、面白い』

『なかなかに興味深い。強き者達よ』

『だが、』

『しかし、』

 

 双剣が、不気味な言葉を放ったそのとき。

 バグンッ!! と。四方八方から、黒い何かがガルド目がけて飛来した。

 

「「!!??」」

 

 いったいなんだ、と考える暇すらなく、その謎の飛来物に飛鳥と耀は巻き込まれ、ガルドのいる方向へと弾き飛ばされる。

 それらはガルドを中心に集結し、有無を言わさぬ力を発揮して三人を束縛する。

 

「なっ――!?」

『『圧倒的に経験が、足りぬ』』

 

 それは、土。

 ガルドを縛るために飛鳥が命令したはずの大地。

 彼が爆風により弾き飛ばしたその大量の土砂は、彼がルドラを手放した(、、、、、、、、)ことにより再び集結したのだ。

 皮肉なことに、主人とその戦友を、巻き添えにして。

 

「くぅっ!?」

「しまっ――!?」

 

 土は完全にガルドとともに飛鳥達を拘束し、二人は身動き一つ取ることができなかった。

 敵の眼前。動くことのできぬ四肢。攻撃の手段はない。

 形勢は呆気なく、逆転する。

 

「大地よ、今すぐ私たちを解放し――」

 

 憔悴し、言葉を紡ぎ急いでこの状況を打開しようとする飛鳥。

 その彼女の瞳に、無数の牙が映る。

 大きく口を開ける猛獣。吐息から感じる、死と錆びた鉄の臭い。

 そして――

 

 

 

 

 

 ブチンッ。

 

 

 

 

 

 何かが、千切れる音がした。

 

「………………え?」

 

 真紅のドレスに身を包み、雪のように白い首から鮮血を吹き出す少女。

 口から血を滴らせ、肉を咀嚼する魔獣。

 二人は土に埋もれ、どちらも肩から上だけが見えるほどしか姿が見えない。

 一見すれば、幼い女の子の生首がそこに転がっているようにも見えるえげつない光景。

 少女の目は見開き、表情は驚愕に染め上げられている。凛とした瞳は光を徐々に失い虚ろになり、輝きを失っていった。

 

 目を点にして、耀はただその一瞬を傍観していた。

 やがて、ゆっくりと崩壊するように三人を拘束していた土は剥がれ落ち、重力に従って下へと落ちていく。

 魔獣の腕にしがみつく耀、その手に魔剣を握る魔獣の全貌が露わになる。

 その土に引きずられるように飛鳥は崩れ落ち、力なく地面に転がった。

 土の黒は、破裂した水道のように吹き出す少女の血によって赤く染まっていった。

 

 ストン、と。全身から力が抜け、耀はガルドの腕から離れ、地面にへたり込む。

 

「……………………あ?」

 

 間抜けな声が漏れる。

 飛び散り、自身の顔に付着する赤い液体。

 鼻に飛び込む鉄くさい悪臭。

 アニメでしか聞いたことのないような、液体の激しい噴出音。

 口に滴り落ちる血が舌に伝える、塩っぱい味。

 降りかかる赤い雨が肌に伝える、生温かい温度。

 その全てが、信じられなかった。

 己の五感が狂ってしまったのかと、疑った。

 一秒、二秒……と時間が経って、でも彼女が対面しているその光景は変わらなかった。

 その間ずっと、耀の目と耳は、あらゆる感覚器官は絶えることなく情報を彼女に伝達し続ける。それを認識する毎に、彼女の手から、足から体温が消えていった。

 否定することを許さないかのように。

 それから逃避することを拒否するかのように。

 彼女の全ては、彼女にその現実を叩き付け続けた。

 

 ブンッ!! と。何かが風を切り裂く音を、耀の耳は捉える。

 思考が白く消し飛んだまま、耀は何とはなしに音が聞こえてきた方へと視線を向ける。

 そして。熱した鉄棒を押し付けられたような鮮烈な痛みが、彼女の首から伝わってきた。

 なんだろう、と手を置くと、その両手が赤く染めあがるのを耀は見つける。

 

「か、ひゅ――」

 

 吹き出す血潮。おぼろげになる意識。

 とても痛いはずなのにとても眠くて、体中が怠くなって……そこで耀の意識は、途切れた。

 

 

 

「……え?」

 

 目の前で起こったその一部始終を、ジンは見つめていた。

 見ていることしかできなかった。どう足掻いても、〝威光〟によって下された飛鳥の命令は彼を縛り続け、そこに彼が駆けつけることを妨害していた。

 歯がゆかった。少しでも気をぬけば死へと転落することになる極限の戦いに身を投じた仲間を助けることもできない自分が悔しかった。

その仲間が倒れたとき。彼の思考は、魔獣の背後で燃え盛る炎に焼かれたように、真っ白になった。

 広がる黒の地面。倒れ伏した二人の同士と、赤く濡れた魔剣を片手に立っている魔獣を見つめたまま、彼の頭は停止したまま動かなくなる。

 

『…………まずは、二人』

 

 握られた赤の魔剣が、地面に転がる少女たちを眺めて言葉を漏らす。

 魔獣がもう片方の手を一碧の魔剣へと向けると、見えない力で引っ張られるように魔剣はその手に吸い寄せられていった。

 分かれていた二つの魔剣は、今ひとたび魔獣の手に舞い戻る。

 

『こうして己が力を使役したことも、なかったのであろうな』

『己が力で己を殺すことになるとは……強者故に惜しいものだ』

『いつだって惜しいものだ兄者。敵が、死ぬときは』

『……ああ、そうだな弟よ』

 

 双子の会話すら、今のジンの耳には届かない。

 飛鳥。耀。一日と少し前に出会い、そして得たはずの仲間の死。

 その現実が、幼い少年にいつまでも付きまとい、離れない。その現実が、彼に現実へと意識を戻すことを阻んでいた。

 虚ろな瞳をした少年の視線は定まることなく空中を漂い、おぼろげな風景を彼に見せ続ける。

そして。赤く光る魔獣の瞳を見つけたその途端。ゾクッ! と少年の背中に寒気が走った。

 

「ひっ!?」

 

 それは、獣の目。

 善意も悪意もありはしない。ただ目の前にいる自分という存在への殺意だけを宿した、修羅の瞳。

 自分の欲望に従い闘争を求め、尊い二人の仲間の命を貪ったそれは決して満足せず、新たな犠牲者を切望していた。

 巨大な闇が、少年に歩み寄る。

 

「あ、ああ……あああ……!!」

 

 冷水を浴びせられたように、現実へと意識が戻された。

 足が震える。胸が焦燥と恐怖で締め上げられる。目は見開き鼓動は早まり、ドクドクと脈打つ度に心臓が痛む。

 前へ進むべきだと、知っている。逃げてはいけないと、わかっている。自分がすべきことを、理解している。

 なのに心はそれを拒絶し、身体は心に従い言うことを聞かなかった。

 一歩、二歩と足は後ろへと動き、止まらない。今にもあの魔獣へ背中を見せ、無様にここから走り去ろうとする身体を抑制するのでジンは精いっぱいだった。

 

『どうした、人間?』

『まだ貴様は戦えるだろう?』

 

 巨魔が、少年へと問いかける。

 彼の歩幅よりもずっと大きな一歩で彼のもとへと進み、距離が縮んでいく。

 

『臆したか?』

『絶望したか?』

『恐怖したか?』

『ここから逃げ去りたいか?』

『無駄だ。すでに貴様は決意した』

『我らを殺すと心に決めた』

『逃げるなど許さぬ』

『背を見せることなど愚の骨頂』

『戦え』

『斬り合え』

『我と』

『我らと』

『『殺し合え』』

 

「あ、あっ……!!」

 

 トンッ。と、背中が固い何かとぶつかり、少年の足が止まる。

 振り返れば、そこにあるのは異形の木。枝と枝が絡まり合い、隙間を埋め尽くす天然の柵がそこにあった。

 もう後ろへはいけない。前にしか、彼は動けない。

 

『足りぬ』

『満ちぬ』

『これでは十全からはほど遠い』

『このままでは終わることなどできぬ』

『足りぬ』

『足りぬ』

『足りぬ』

『足りぬ』

『足りぬ』

『足りぬ』

『足りぬ』

『足りぬ』

『『足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬ足りぬッ!!』』

 

 狂気。渇望。願望。切望。

 どす黒く塗りたくられた、純粋すぎる闇を目の当たりにして。ジンの心は、絶望で満たされていった。

 

「う、わ、ぁ……うわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

 

 頭を抱え、耳を塞ぎ、悲鳴をあげるジン。

 幼い少年の絶叫は森を突き抜け彼方へと響き渡り、反響を数度繰り返すと小さくなっていく。

 

 嫌だ。

 戦いたくない。

 死にたくない。

 怖い。

 悪魔が。魔が。闇が、怖い。

 彼の信じた光を呆気なく飲みこみ、自分へと迫りくるその巨大な闇がどうしようもなく怖い。

 紅蓮と一碧の双剣でその身を斬り裂き、爪で肉を抉り、牙でその頭蓋を食いちぎろうとするその魔物が、たまらなく怖い。

 見たくない。

 聞きたくない。

 来ないで。

 来ないで!!

 来ないでくれ!!

 

 混乱し、悲観する彼の心は、絶望の叫びが鳴り響いていた。

 逃げ場を失い、立ち向かう意思すらへし折れ、震えあがりふさぎ込む少年を……魔の双剣は、失望したように見つめる。

 

『愚かな……』

『実に愚かな……』

『戦う力もなければ、』

『我らと対峙する意思すらありはしない』

『愚物だ』

『侮辱だ』

『斬り合う価値、なし』

『生きることすら、貴様は値しない』

 

 もう、少年と魔獣の間に距離はない。

 カタカタと壊れた機械のように揺れるジンの首元に、二本の剣が十字をつくって突き付けられる。

 ゆっくりと振り上げられるそれは、やがてガルドの頭上で停止する。

 そこから時が止まったようにガルドは静止し、剣を構えたまま動かなかった。

 少しの時間が経ち。そして。

 

『……It’s, over(これで、終わりだ)』

 

 ボソリと。寂しげに、アグニが小さな声でつぶやいて。炎剣と風剣は、振り下ろされた。

 双子の剣は寸分違わず、幼い子供の首に迫った――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、メインディッシュも食わねぇで食事は終わりか?」

『『ッ!?』』

 

 ギャリィィィイイイイッ!! と。双剣と小さな首の狭間に、鉄塊が滑り込む。

 二本の兇器は幼い少年の命を奪うことはなく、突如として現れた巨大な大剣と鍔ぜり合うこととなる。

 双剣の表情が驚愕に染まり、その感情が宿主に流れ込んだのか、ガルドも茫然と大剣を眺めた。

 ドッ!! と、凄まじい力で押し返され、ガルドは後方へと吹き飛んだ。

 

『ヌウッ!?』

 

 空中へと放り投げられたガルドはしかし、赤と青の双剣を手放すことなくしっかり握りしめ、体勢を立て直すと着地した。

 とてつもない衝撃を受けたためか、ガルドは静止することなく後ろへと尚も滑っていく。

 地面との摩擦が終わり、ようやく止まったことを確認するとガルドは頭をあげて前方を見た。

 

 見えたのは、髑髏の装飾を象る巨大な大剣。

 己を殺す銀の剣と変わらぬ輝きを放つ髪。血よりも深い赤で染められた、真紅のコート。

 大きく口を横に広げ、目を細めてガルドを睨む巨躯。

 その巨漢のすぐ傍には真っ黒な影が立ち、両脇に二人の少女を抱えている。影はゆっくりと少女らを地面に降ろすと、大男に向かって膝をついた。

 

「Thanks, Doppelganger(ありがとよ、ドッペルゲンガー)」

 

 その一言で影は霧散し、大男に取り込まれるようにして姿を消した。

 大男は懐から緑色に輝く星のようなものを飛鳥達の傍らに放り投げると、星は砕けて二人を優しい光で包む。

 穏やかに光が消えると、蒼白だった少女らの顔に赤みが差した。

 そこでやっとジンは頭をあげ、自分が殺されなかったことに茫然とする。

 

「……あ、れ?」

 

 涙で滲む目で、彼は眼前の大男を見上げる。

 一瞬前まで、そこにいたのは全てを殺戮する魔獣。そして今現れたのは、真紅のコートに身を包む、一人の男。

 信じられなくて。これが夢なんじゃないかと思えてしまうほど、おかしなことだった。

 幻覚でも見ているんじゃないかとすら考えてしまうくらい。これは、彼にとってあまりにも都合がよすぎた。

 

「ジン、覚えときな。男ってのはな、死ぬまで諦めることなんかしちゃいけねぇんだよ」

 

 だけど。そこには、確かに彼がいた。

 いつもと同じ。ここへとやってきて、そして自分と出会ってから、変わらない笑みを浮かべたままで、そこに立っていた。

 

「Be cool, be smile, and stay standing up(クールになれ。笑え。そんで、立ち続けろ)」

 

 それは軽薄な笑顔。子供のように無邪気で、獣のように凶暴で、でも聖者のように温かな表情。

 

「座ってるより立った方が、いろんないいもんが見えるもんだ……そうだろ?」

「…………あ…………あぁ…………!!」

 

 言葉が、出ない。

 舌が、回らない。ただ、吐息だけが口から洩れて、声にならない音が出るだけだった。

 目元が、熱い。恐怖とは全く違う思いで、四肢が震えた。

 

『……来たか……』

 

 ガルドが、震える。

 計り知れぬ歓喜で、彼も打ち震える。

 

『……来たか……』

 

 機械じみた双剣の声に、わずかな色が宿る。

 押し隠すことのできぬ喜びの感情が、全身を駆け巡る。

 それは、再会の喜び。

 そして、再開の悦び。

 かつて己が全身全霊を尽して刃を交え、その果てに敗北を喫することとなった強敵との、再戦の歓喜。

 未だかつてない充実。未だ感じたことのない快楽。

 溢れ出す狂喜に駆られ、双剣は叫んだ。

 

 

 

『『やっと来たかっ!! 我が宿敵っ!! ダンテェェェェェェェェェェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!!!!』』

 

 

 

 獣の咆哮を耳にして、しかし綻んだその表情を変えることなく真紅の魔人は魔獣と向き合う。

 

「お呼びかい? Bad boys(クソ野郎ども)」

 

 最強の半人半魔にして、無敵の魔人。

 真紅の悪魔狩人(デビルハンター)と魔の双剣は、再び刃を構えて対立した。

 




はよ。アグルドとダンテの戦闘はよ。

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