問題児と最強のデビルハンターが異世界からやってくるそうですよ?   作:Neverleave

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なんとか一週間以内に投稿できたお!
しかし書き上げてみれば、これで納得してもらえるかまた不安がよぎるのでした。

――弱気な自分との戦いはいつまでも終わることはないんだろうか――

ふとそんな中二フレーズが思い浮かんでしまった自分はもう末期である。それにしてもウルトラマンネクサスのOPかっけえ。

どうでもいい独白は置いといて、どうぞ!


Mission6・⑤ ~鬼の森~

『さあ、客人よ』

『こちらへ来るがいい』

 

ガルドが背負う赤と青の双剣が、言葉を発した。柄がどうやら動物の頭部にあたるらしい、その部位の口(のようなところ)が動いている。

 エコーがかかったようなその声に感情の色はほとんどなく、機械によって合成されたものであると言われればそう信じてしまいそうになるものだった。

 しかし、そんなことよりもずっと飛鳥と耀の気を向けさせることがあった。

 

「ガル……ド?」

 

 まったく聞き覚えのない二つの声を聞いた飛鳥と耀は思わず茫然としてしまう。

 このゲームを開始……いや、それ以前にゲームの舞台となる〝フォレス・ガロ〟の居住区を見たときから尋常ではない変貌を遂げていることは勘付いていた。

 元は平凡な(といってもかなり豪奢なつくりになっている)居住区が、まるで物の怪か悪魔でも住み着いているような異形の森と化していたこと。贅の限りを尽した館すら呑みこみ、果ては箱庭の世界からも忌み嫌われ恐れられている魔の眷属が出現している様から、ガルド本人にも何かしらの驚異的な変化が訪れていることは察知していた。

 

 しかしそれは、〝ノーネーム〟のプレイヤーたちの予想を外れた奇妙な……あるいは、不気味とも思えるようなものだった。

 ガルドの肉体は人間のものから完全に人外のそれへと変わり、牙を剥き出し鋭い爪を誇る虎になっていた。だがその目に光はなく、魂をなくしてしまったように生気がない。あれではまるで人形だ。

 現にガルドは飛鳥達が現れても何もせず、ただ虚ろな瞳のままそこに立っているだけ。『何か』が言葉を発したときも、口すら動かしていなかった。

 肩すかしを喰らったような気分だが……参加者である両名の心が、油断を許さなかった。

 

 恐怖という名の警報をかき鳴らし、すぐにここから走り去れと叫んでいた。

 

『どうした、客人?』

『いつまでそこで立っている? 中へ入るがいい』

「……ッ」

 

 ゴクリとつばを飲み込む飛鳥。

 対峙しただけでわかった。この館の中に広がっていた、重苦しい空気の正体。

 それはきっとこの場所に、おぞましいほどの量の悪魔がひしめいているからだと考えていた。

 そいつらが発する殺気が、殺戮対象(エモノ)がのこのこと入ってきたことを喜ぶ狂気が、自分たちを押し潰そうとしているのだと。そう考えていた。

 

(これが……魔の眷属……)

 

 だが実際は違う。

 この密閉された空間の中で充満し、二人に言いようのない恐怖を与えていたものは、すべてこいつから現れていたものだ。

 たった一つの魔物が生み出す魔力と、存在感。それだけでここが満たされ、侵入者である飛鳥に鬼胎を抱かせている。

 先ほど戦った下級悪魔・アルケニーなどとは比べ物にならない威圧感。もはや言及するまでもない。目の前に立っているこの男が纏う力は……魔の眷属の中でも上級にカテゴリーされるほどのものだった。

 かつて、ありとあらゆる修羅神仏が守護する箱庭の世界を混沌に陥れた存在がいかなるものなのか。

飛鳥と耀は……その身をもって味わっていた。

 

(力量は相手の方が遥かに上。まともに戦っても勝ち目は薄い……ここは……相手の出方を見るべきか、それとも退くべき……?)

 

 相手がいったいどう動くのか、二人には見当もつかない。

 今まで数多くの悪魔たちと激闘を繰り広げてきたダンテと違い、彼女らは戦闘経験が圧倒的に少ないのだ。格下相手にならばまだ対応ができるだろうが、今回は相手が悪すぎる。以前のガルドならば問題はなかっただろうが、今彼女たちの目の前に立っている獣はもはやそれとは別物だと考えた方がいい。

 ガルドをベースとして悪魔……魔の眷属の力がコーティングされているのだろうか。だとすればかなりまずい。状況は最悪だ。

 ギフトゲームのルールによって、こちらが相手を攻撃する手段は限定されている。飛鳥のギフト〝威光〟も通用せず、〝生命の目録(ゲノムツリー)〟によって強化された耀の身体能力であっても対応できるかどうか怪しい上に、一切の攻撃が通じないのだ。

 攻めるための手はなく、こちらに残された手は逃走のみ。

 しかし、それをあいつが簡単に許してくれるとも、飛鳥達には思えなかった。

 ……いったいここから、どう動くべきか……

 

『……兄者、客人がなかなか入って来ないぞ』

『……ふむ、どうしたものだろうか。どれ、こちらから近づいてみるか』

「「ッ!!」」

 

 思考がまとまらない中で、仁王立ちしていたガルドが飛鳥達の方へと歩きだした。

 あちら側が仕掛けてくるかと、飛鳥と耀両名はそれぞれ構える。

 それを見たガルドは静止し、しばらく二人を観察するようにじっと見つめた。

 

(……何をする気かしら……)

(こっちの出方を……窺ってる?)

 

 何を仕掛けてくるかはわからないが、一瞬であろうと気を緩めるわけにはいかない。

 それに攻撃手段は『今』のところ手元にないが、まだ何も対抗策がないわけではなかった。先ほどから気にはなっていたが、ガルドが背負っている双剣に混じって妙なものがある。

 それは銀色に輝く細剣。あれだけが明らかに双剣とは違う存在感を放っている。

多くの伝説や怪奇談の中で、銀は破魔の力を宿すと信じられてきた金属だ。今回のギフトゲームで指定された武器がもしあれだとしたら、上手く奪ってガルドを攻撃できればこちらにも勝機はある。

 ――まずは、あれを、奪うことから始めなければならないわけだが。

 

(覚悟を、決めるしかないわね……!)

 

 意を決してガルドを睨みつける、飛鳥と耀。準備が整い、二人と一匹の間で緊張感が走る。

 水中を潜っているように空気の重圧感がさらに重くなり、大気が帯電しているかのように飛鳥と耀は肌がピリピリとするのを感じた。

 一方で二人の視線を受けるガルドは未だ動く気配を見せない。これからの動向が予想できず、両者が膠着した。

 

 沈黙がその部屋を支配し、永遠のように感じられる時間が流れたそのとき……

 

 

『兄者、客人はどうやら警戒してしまっているようだ』

『うぬ、どうしたものやら』

『どうした客人。歓迎するぞ』

『そうだ、歓迎……いやまて弟よ、歓迎するなら何をすべきだ?』

「……?」

 

 ん? と飛鳥は相手の様子がおかしいことに気づく。

 隣に視線を移してみると、耀もどうやら違和感を感じたらしい。彼女も飛鳥へ目をやり、首をかしげている。

 しかしすぐに二人は再びガルドへと視線を戻す。生きるか死ぬかの戦場で油断などというものをしようものなら、呆気ない最後を迎えてしまうということを飛鳥達はつい先ほどダンテから学んだばかりだ。早々に二の足を踏むわけにはいかない。

 

『おおそうだ兄者。そのことをすっかり忘れておったぞ』

『全く肝心なことになれば抜けている弟だ、してどうする? いったい何をすればよい?』

 

 そう。少しでも気を緩めるなど、あってはならない。こんなところで死んでしまうわけにはいかないのだから。

 そう簡単に死んでたまるものか。いくら相手が弱肉強食の世界を生き抜いてきた強者であるとはいえ、こんな外道たちの一人に、自分たちの一つしかない命を奪われてたまるものか。

 相手がどんな者であろうと、こちらが隙を見せるわけにはいかないのだ。

 

『ううむ……もてなすには、どうすればいいやら』

『もてなす? もてなすとはなんだ?』

 

 

 …………いかない、のだが…………

 

 

『なんと、〝もてなし〟もわからぬか兄者。』

『ほうほう、全くこういったことに関しては博識なものだな弟よ。いったいどんなものなのだ?』

 

 …………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。

 

『もてなしとはな兄者……』

「ちょっといいかしら」

 

 どうしても我慢することができず、話の最中である双剣の会話に飛鳥は口を挟んだ。

 ダンテの教訓もあるが、しかしそれにしてもこいつら何かがおかしい。強者の余裕というものなのかもしれないが、だとしてもこれは酷過ぎるだろう。緊張感の欠片もないせいでこちらの毒気すら抜かれてしまいそうだ。

 

『む、どうした客人』

『〝もてなし〟とやらはしばし待たれよ。すぐに行うのでな、そこの椅子にでも座っていればよい』

「いや、そうじゃなくて」

『それで弟よ、もてなしとはなんだ』

『おおそうだ兄者。もてなしというのは』

「こっちの話を聞きなさい!!」

 

 再び二人が頓珍漢な会話の世界へと突入しそうになったため、慌てて制止させる飛鳥。どうしてこちらが慌てなければならないのかわからないが、しかしあちらの会話は聞いているだけでムカムカとしてくるものがある。

 

『む、どうした客人』

『そう怒鳴らないでほしい。こちらも驚く』

「あ、ええごめんなさい……いやそうじゃなくて」

『こちらがいったいどんな粗相をしたというのだろうか? 兄者、何か心当たりはあるか?』

『〝粗相〟とはなんだ弟よ』

『おお兄者。粗相も知らぬとは情けない』

『すまぬ弟よ。教えてくれ』

『粗相と言うのは』

「話を聞けと言ってるでしょう!!」

 

 再び二人が頓珍漢な(以下省略)。

 隣に立っている耀は張りつめた表情から眉をひそめた不機嫌顔へとすでに変わっており、苛立ちを隠せずにいるようだ。

 すでに先ほどまで感じていた重圧感は完全に霧散し、しまりきらない空気が漂うだけだ。

 

『む、どうした客人』

『叫んでくれるな客人よ。耳が痛い』

「ご、ごめんなさ……って違う! だからこっちの話を――」

『そうだ弟よ。すっかり忘れていたがどうやってもてなすのだ?』

『兄者、そんなものよりまずはこちらの粗相について謝罪をすべきでだな』

聞け(、、)ェェェェェェェェェェェェェ(、、、、、、、、、、、、、)えええええええええええええええ(、、、、、、、、、、、、、、、)!!」

 

 今までのどれよりもずっと大きい怒声を張り上げて、飛鳥は憤怒を爆発させる。

 もはやお嬢様としての気品というものはかなぐり捨て、とにかくあの悪魔たちにこちらの話を中断させることだけに意識が向いてしまっていた。

 傍に立っている耀は不満げな顔で耳を塞ぐが、その悪感情は決して飛鳥に向けられたものではない。彼女がやらなければ、耀もそこらへんに転がっている家具の一つでもブン投げてやろうかと思っていたところだ。

 すると飛鳥の叫びを聞いて、双剣が不思議そうにこちらを見てきた。〝威光〟にあてられてもいないというのがまた悉く飛鳥にストレスを蓄積させていくが、当の本人たちにはそんなことなど考えもしない。

 

『どうしたというのだ客人』

『そうイライラするでない。寝不足か? ならばそこのベッドで少し横に』

「ならないわよ!! あなた達はいったい本当に何なの!? さっきからいったい何がしたいのよ!!」

『おおそうだ、自己紹介が遅れた。我らはコミュニティ〝フォガス・レロ〟居住区の奥にてそなたらを待つ番人。武具として、悪魔として、双子として生を受け災厄をもたらす者なり』

『兄者、〝フォレス・ガロ〟だ、〝フォガス・レロ〟ではない』

『ふむ、間違えた。ではもう一度最初から名乗りなおそう客人よ』

「いいわよ、結構よ!! あなた達のことはだいたいわかったから!!」

『我らはコミュニティ〝フォレス・ガロ〟居住区の』

「もういいと言ったでしょうがああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」

 

 

 

 

 

 

「……」

「おいどうした黒ウサギ、あっちで何が起こってるのか教えてくれよ」

「……飛鳥さん……おいたわしや……」

「は?」

 

 

 

 遥か彼方でゲームを見守る〝ノーネーム〟のメンバーのお話。

 ――閑話休題。

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……い、いけないわ。こんなことでいちいち憤怒なんてしちゃ。こんなツッコミの立場は黒ウサギ一人で十分よ」

「あ、飛鳥……大丈夫? というか、何言ってるの?」

『客人、いったいどうしたというのだ』

『兄者、〝かるしうむ〟とやらが不足しているのだろう。どこぞに牛の乳はないか』

『〝かるしうむ〟とはなんだ弟よ』

『〝かるしうむ〟とはな兄者』

「なんだか無性に泣きたいわ春日部さん」

「私もあいつらを思いっきり殴りたいよ飛鳥」

 

 どうしてこうなった。

 なぜここまで自分たちが苛立たなければならないのだろう。あちらは悪意なくやっているのだろうか、それともわざとやっているのだろうか。後者だとしたら大したものだ、あのペラペラ喋る双剣は容赦なくへし折ってやる。

 「黒ウサギもこんな気分だったのかな」という耀のつぶやきに、飛鳥はもはや応える気力すら湧かない。

 

「あ、飛鳥さん!? いったいどうしたんで……ガ、ガルド!?」

 

 二人共々肩を落として意気消沈していると、背後から焦りの表情を浮かべて走ってくる幼い男の子の影が現れる。言うまでもなく、それはジン=ラッセルだった。

 おそらく飛鳥の怒鳴り声を聞いて、居ても立ってもいられなかったのだろう。心配してこちらへ来たらしいが、扉の奥に立つガルドを見てそちらに注意が向く。

 

「い、いったい何がどうなって……ガルド、おまえ飛鳥さんたちに何を……!」

『ガルド? この男の名のことか、幼き人間よ』

『我らは何もしておらぬ。なぜかわからぬが、そちらの少女が取り乱しおったのだ』

「へっ?」

 

 そして当初の彼女らと同じく、双剣が発した声を聞いて困惑。

 仲間の危機と思って駆けつけてみれば、自分たちにとって倒すべき敵であるガルドの姿があり、そしてガルドから全く別人の声がしたのだ。こんなわけのわからぬ状況に置かれてしまえば混乱するのも仕方がないだろう。

 

「ほ、本当に何がどうなって……」

『本当にどうしたというのだ客人よ。こちらも心配になるぞ』

『悩みがあるなら聞いてやろう、双剣の兄たるこの『アグニ』になんでも言ってみよ』

『双剣の弟たる『ルドラ』も兄にならおう。さぁ、言ってみるがいい! 人間の客人よ!』

 

 こんなところで悪魔の名前を知ることになるのか。そして原因であるこいつらから心配されることになるのか。というか悪魔なのに人間の心配するなんてどういう神経してるんだこいつらは。

終始この双剣のペースに振り回されっぱなしの二人は茫然とそんなことを考え、しばしの時間を要して思考をまとめる。

 

「あの、飛鳥さん、耀さん。これは何が……」

「……私たちも何が何だかさっぱりよ。ただ一つ言えるのは、あいつが私たちにとって敵であるはず……ということだけよ」

 

 首をひねりながらも、飛鳥はガルドを指さしながらジンに説明をする。ジンの視線も彼女の指先から双剣を担ぐ獣へ移り、彼もまた飛鳥らと同じように首を傾げるのだった。

 

『ううむ。牛の乳はないな。仕方がない、〝コウチャ〟というものを振る舞うとしよう』

『何かはわからんがそれがよかろう弟よ』

『よし。善は急げだ、さっそく取り掛かろうぞ兄者』

『ところでどうやってつくるのだ弟よ』

『葉を湯に浸していれば作れると聞いた』

『そうか。ではそこらへんにあった木の葉でも浸すとしよう』

「あなた達は何を僕たちに出そうとしてるんです!? そんなの飲んだらお腹壊しますよ!?」

「ジン君ダメよツッコんじゃ。ストレスが溜まるだけだわ」

 

 アグニとルドラに肉体を乗っ取られたガルドは、館の床や壁を突き抜けて生えている木の葉っぱをせっせと集め始めている。頼むから先ほどの言葉は冗談であったと本気で言ってほしい。

 状況が掴めないジンは混乱するばかりだが、それは飛鳥達にとっても同じ。相手の行動の意味は理解できないし、いったい全体どうしてこんなことになったかも不明。とりあえず現段階で断言できることしか、彼に情報を提供することはできなかった。

 さて、ジンからまたガルド――正確に言うならば、今は抜け殻のようになり果てているのでガルド『だったもの』だが――に飛鳥が視線を移すと、彼女は彼に質問を投げかけた。

 どういうつもりかは知らないが、こちらからの要望にはいくらか応えてくれる気があるらしい。なら、それに敢えて乗っからせてもらおう。……もうこいつらには話しかけるのも億劫だが、せめておかしな方向に会話が発展しないことを祈りながら飛鳥は言葉をかけた。

 

「……アグニとルドラ、だったかしら?」

『何用か客人』

『我らはコウチャづくりで忙しい』

「いいわよ、どうせろくなものが出来やしないんだから。それよりも二、三ほど質問がしたいんだけれどいいかしら?」

『……ふむ。いいだろう』

『何が訊きたい?』

 

 かき集めた葉を両手ですくうように拾い上げて立ち上がるガルド。彼の本性を知っているだけに、三人から見ればその姿は滑稽の一言だ。苦笑を一瞬浮かべ、そして次の瞬間には引っ込めて飛鳥は問いかける。

 

「まずは、あなた達がなぜ私たちを歓迎するのか、その目的は何なのか。そして自分たちの役割をしっかり理解しているのか……といったところを訊きたいわ」

『愚問。それらの問いの答えは一つ。我らはこの男に与えられし剣。降りかかる災厄を竜巻にて吹き飛ばし、その轟炎を以て敵を殲滅する守護者であり、覇者だ』

『我らの目的も、役割もそれ一つ。故に我らはそなたらを歓喜するのだ』

「歓喜? なぜ?」

 

 耀が当然の疑問を投げかける。が、アグニとルドラはすぐに答えることはなく、葉っぱをどこからか取り出したティーカップセットを立派なデスクの上に置くと、その中に落ち葉をぶちまけた。シンプルながらも上品に煌びやかに形を整えられた純白の容器は土と薄汚い土気色の葉で一杯になり、それを双剣は満足そうに眺めている。真剣に心配になってきた。どこで中断させればいいのだろうか、あいつらの愚行は。

 

『……ふむ。やはり我らにとっての道理と人間にとっての道理は異なるようだ』

「? どういうこと?」

『我らにとって道理となることも、人間ではまかり通らぬことがある。我らのこの道理も、またその一つでしかないというだけだ……兄者、この〝コウチャ〟とやらは〝サトウ〟と呼ばれる甘味を用いて味わうものもあるらしい』

『ほほう。それはいかなるものか?』

『確か聞いた話では、砂の糖、と書いてサトウと読むらしい。そこいらの砂でいいだろうか』

『それならここいらにたくさんあるぞ、ちょうどいい』

「いや、ちょっ……」

 

 アグニとルドラの意味深長な発言に飛鳥と耀は首をかしげ、ジンはたまらずツッコもうとするのをぐっと堪えた。一方でアグニとルドラは楽しそうに、子供がおままごとで作るような中身が広がる恐怖のティーカップセットを一瞥していた。これはこれで、こいつらとは別の意味で恐ろしい。

 いや、そんなことはどうでもいいとして――どうにも奇妙な感覚が拭えない。また先ほどのように意味のない阿呆な会話が続いているのかとも考えられたが、それにしては全く緊張感もなにもなかった先とは何かが違う。

 以前と今でも、アグニとルドラは一貫して真面目――それが全て悪い方向に働いている点については沈黙させてもらうが――ではあった。だがこの会話の主題が『戦い』へと移行したこの瞬間、彼らが発する空気が急変した。

 困惑を隠せないまま、二人は双剣の次の言葉を待つと、やがて彼らは再び口を開く。

 

『我ら悪魔にとって戦いとは喜び』

『我ら悪魔にとって戦いとは生きること』

『戦いとは目的であり、』

『そして理由だ……兄者、葉の養分と砂を湯に良く混じらすためにスプーンが必要らしい』

『混ぜるならそこらの木の棒でよかろう』

『それには気づかなんだ。是非そうしよう』

「……目的? 理由?」

 

 双剣がそこらの薄汚い木の棒をひょいと持ち上げティーカップに添え、互いに互いの言葉を補完し合うように語ると、そこで耀がアグニとルドラの言葉を聞き返す。

 会話を再開した双剣が語るそれは抽象的な表現が多く飛び交い、上手く理解できない部分が多いが、『闘争』そのものに悪魔……魔の眷属が深い意味を見出しているということはわかった。

 ただし、その理屈までは飛鳥も耀も、ジンも理解できない。

 そこまで彼らが戦に拘るその意味が、わからないからだ。

 だが。

 

『人間は戦いとは手段とみなす』

『しかし我らはそれこそが全て』

『争いとは祭り。斬り合うことこそが誇り』

『修羅神仏にとってそれは遊びでも、我らにとってそれは神聖なる儀式』

『無常の世界で唯一変わることのない、絶対の価値だ』

『だからこそ我らは願う』

『激突の日々を』

『更なる力の衝突を』

『絶えることのない闘争の連続を』

「……メチャクチャだわ。そこまで戦うことを神聖視するなんて」

『それは人間の思考。我々とは根幹から違う』

『だから人間の道理と悪魔の道理は違うと言ったのだ。数多の時を生き、その全てを生きる猛者たちと繰り広げることに費やすのが我ら魔の存在。人と人とが言葉で交わるように、我らは力と力で交わる。それだけの違い、しかしそれこそが決定的な差異だ』

 

 ここで、ようやく三人は気づいた。

 自分たちと、魔の眷属。その二つの種族の間にある大きな価値観の違い。人にも絶対に犯すことのできない価値があるように、魔の眷属にも絶対の価値があるものがあるのだ。

 それが戦うこと。戦闘を根底として思考する彼らと、それとは異なる価値観を持つ自分たちとの考え方に違いが生じるのは必然であり、当然。

 

「……そう。だから〝歓迎〟するのね」

『無論。そなた達は我らの敵だ』

『そう。今までも、これからも永遠に願い続ける、敵と呼べる者達の一つだ』

『これが喜び以外の何であろう?』

『これが高揚以外の何を呼ぶであろう?』

『否。これは幸福だ』

『これは幸運だ』

『これは僥倖だ』

『これは、』

『これは、』

『『運命だ』』

 

 それが根となっているからこそ……彼らは敵を喜び迎える。

 全てが全て、自分にとって納得のいく形で行い、そして終えることができるように。

 これが彼らの交友であり、会話であり。宿命なのだ。

 交える刃が、互いに研ぎ澄まされたものとなるように。己を打ち砕かんとする拳が、より剛健なものとなるように。

 打ちひしがれるほどの狂喜と狂気を以て凶器を振うために。

 

「……やはり私たちと……いえ、ここは私、と言った方がいいかしら? 私はあなた達と交流なんて出来そうにないわね……何もかもが、野蛮すぎる」

『言葉の交流も、心の交流も必要ではない』

『あるべきものは力の交わり。それだけで十分だ』

「……それで、誰かが死ぬとしても?」

「それで、自分が死ぬことになるとしても、ですか?」

 

 アグニとルドラの言葉に、耀とジンが疑問を投げかけた。

 背を向けたまま、紅茶(という名の得体の知れぬ何か)をつくるためせっせと手を動かして三人に語り掛けていたガルドは……そこでピタリと動きを止めて、ゆっくりと振り返る。

 そして。

 

『無論』

『相手の死も』

『己の死も』

『『厭いはしない』』

 

 彼らと対面し。彼らの瞳を真正面から受け止め。宣言した。

それが、決定的な瞬間だった。

人間と、悪魔。二つの種族の狭間……それがどうしようもなく広いものだと互いが知り、それを認めてしまった瞬間。

 誰にも止めることができぬ、闘争の鐘を鳴らす鎚。それが振り下ろされたときが、今このとき。

 もうこれで、十分だった。

 

「……そう。それなら、もういいわね」

 

 飛鳥は何かが吹っ切れたように、ガルドと背負われた二つの剣を睨む。耀は鋭い眼光をその瞳に宿し、ジンも決意を新たにした表情で彼を見つめる。

 それは長い時を生きてきた二人の悪魔が幾度となく見てきた、巨大な魔に立ち向かうことを決めた者の姿。それを見た赤と青の双剣は満足げに口角を吊り上げる。

 

『良き目だ』

『良き顔だ』

『我らと戦うに相応しい』

『我らと死合うに相応しい』

『感謝するぞ人間らよ』

『そなたらは……素晴らしい』

 

 ガルドはゆっくりと、背後にある土と落ち葉まみれのティーカップセットを手に取り……そしてそれを、床に落とした。

 豪華な茶碗は重力にしたがって落下し、床と衝突すると高い音を鳴らして自壊し粉々に砕けた。

 

『すまんな客人。せっかくのコウチャだが、湯も水もないことをすっかり忘れていた』

『また今度……生きているのなら振わせて欲しい』

「ならそのときは……最高の一杯をお願いするわね」

「その機会が……あるのなら、だけど」

「……僕もそう願います」

 

 飛鳥と耀、ジンは次の襲来に備える。

 対峙するガルドは――赤の剣を右手に、青の剣を左手に、それぞれ逆手で握り、歴戦の武人の如き構えを取る。

 

『わが名は魔の眷属にして灰燼の炎剣、アグニ……!』

『わが名は魔の眷属にして疾風の風剣、ルドラ……!』

 

 果てしない力強さを感じるその姿を見せ、三人の幼き戦士に巨魔は立ちふさがり、高々に名乗り上げる。

 それぞれが誇りと高揚を込めて己が名を叫び、彼らが愛する敵を一瞥して、

 

『『誇り高き人間の戦士よ、いざ参らん!!』』

 

 

 

 開戦の火蓋が、ここで斬り落とされた。




というわけで戦闘はまだないんだぜ☆ 激しくサーセン。
こいつらの会話、こんな感じでいいんだろうか。これでこいつらのバカっぽさと、本気の時のかっこよさ(真剣さ?)とかが出てればいいなぁと思ってる。

次こそはなんとかするからどうかご勘弁を……!!
ではまた次回でお会いしましょう(*´ω`*)

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