問題児と最強のデビルハンターが異世界からやってくるそうですよ?   作:Neverleave

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また自分の中で特撮への熱意が舞い戻った。
かっこいいよクウガ、ティガ、かっこいいよハァハァ( *´艸`)

どうでもええわ。そして今回めっちゃ長いわ。


Mission6・④ ~鬼の森~

 白く弾け飛び、崩壊する視界。

 空気の塊が額とぶつかり、そこから衝撃を顔全体へと広がっていく。

 巨大な炸裂音がそれとともに耳の中へと飛び込んできて、自分の耳の中を掻きまわしてグチャグチャにしていくのを感じた。

 そして頭の中がまっ黒に塗りつぶされ、思考という思考がなくなり、言葉に出来ない恐怖と悲鳴が胸から喉へとこみあげてくる。

 でも、それは全部締め上げられてしまった気道によって押し戻され、行く当てもなく私の腹の中を暴れ回る。

 ブクブクと膨れ上がった焦燥の念が私の胸の奥を引っ掻き回し、心臓に針が突き刺さったよう鈍重な痛みが、一度の拍動とともに全身へ響いた。

 

 ――死ぬ?――

 

 声が出ない。それはそうだ、喉を絞められているのだから。

 あの忌々しい銀髪の男の手はしっかりと私の頸動脈と気道をおさえ、そこを尋常ではない力で圧迫している。もうほんの少しの外気も口から先へと進むことは許されず、中に溜まった空気は外への出口を完全に失っている。

 舌もろくに動くことができない。言葉を発するための全てを奪われた今、私に死から逃れる手段などありはしなかった。

 声を出せないからこそ、悲鳴などというものをあげたくなる。普段なら、言葉を出せるならば……彼女は悲鳴などではなく、命令を下すのだから。たとえ相手が、自分より遥かに格上で自分のギフトすら通用しない相手だからといって、死を目の前にして自らが持つ最大の武器を手放すほど自分は愚かではない。 

 

 ――私が、死ぬ?――

 

 自分の持つ全てが奪われた私は、ただの脆弱な少女でしかなかった。

 差し迫る脅威と対面したとしても、そこから逃れることができる絶対の方法を、ただ一人だけ持っていたはずの自分は……こんなにも呆気なく身を守る盾を奪われ、脳天に銃口を向けられた。

 それはまぁ、確かに簡単すぎるものだったとは思う。気づかれるよりも先に、私から声を出せなくすれば、あとは煮るなり焼くなりはもう相手の自由……子供でもすぐに思いつくであろう単純なことをされた私は、それだけで未来をなくしたのだ。

 

 ――こんな、ところで?――

 

 未来。

 安寧と繁栄を約束していたかつてのそれは、しかし私にとって私自身を縛る鎖でしかなかったし、ある種の呪いのようにも思っていた。

 財産。

 教養。

 才能。

 称賛。

 名誉。

 ――そして、『贈り物(ギフト)』。

 

 生まれた時から、その全部に不自由することなく生きてきた私にとって将来と、生き方なんてものは最初から決まっていて……そこにあった何もかもが、それを当たり前だと決めつけてきた。それが嫌で、それでもそれ以外に自分を待っている未来を想像することができない自分がもっと嫌で、うんざりしていた。

 ギフトを使えば、未来はあっさりと変わるだろう。しかし、そんな生き方をするなんてことは、私は私自身に未来永劫許されない。これからも許されることはない。一度でもしてしまおうものなら、それは罪となって永遠に消えぬ烙印が心に押される。それはもっと嫌だった。

 

 結局、これからの日々も、自分の生き方も変えることができない。全てを自由にできるのになんて滑稽なものだろう。自分でも失笑してしまいそうになった。

 お上品な表情の仮面を四六時中被り、その裏では面白くもなんともない自分の生を罵倒し、そして面白い生き方を見つけることができない自分自身を唾棄する毎日。心の底から歓喜することも笑うこともできない、不満をこぼすことすら禁止された日々はストレスを蓄積させていくばかりだった。

 満足もなにもなく、これが現実かと絶望するばかりの、灰色の思い出。

 

 そんなときに、私は何もかもを捨てる機会を得たのだ。

 

 ――まだ、何もしていないのに?――

 

 『悩み多し異才を持つ少年少女に告げる。

 その才能《ギフト》を試すことを望むのならば、

 己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、

 我らの箱庭に来られたし』

 

 そんな手紙を見たとき、私が感じたものは不信感なんかよりも、稲妻が全身を走ったような歓喜だった。

 

 『――己の家族を、友人を、財産を、世界の全てを捨て、我らの箱庭に来られたし――』

 

 それは私の心の底からの願望。

 世界の全て(呪い)から私を解放し、箱庭(自由)へと羽ばたく。

 なんて誘惑的で、なんて感動的で、なんて素敵な文章なんだろう。

 密室だったはずの自分の部屋になんでこんなものがあるのか、いったい誰がこれを送ってきたのか、なんてありきたりな疑問は吹き飛んで、私の心に色が訪れた。

 私の顔と私を隠す仮面を脱ぎ去り、私のこの未来を打ち砕いてくれるものがあるというのなら、どんなにも素晴らしいことか!

 ただ、そんなことを思い浮かべるだけで、背中に羽が生えたように自分がフワリと軽くなるようで、胸が高まった。

 

 ――自由に、なれたのに――

 

 できるわけがない、タチの悪い冗談に決まっている。

 と、私に心のどこかで野次が飛んでくるのを聞くと、興奮は少し萎む。が、自分のこの異才(ギフト)と私の願望がそれを真っ向から否定して、より一層それは大きくなる。

 何もかもを放り投げることで、私の望むものが手に入る。

 そのための、これは扉の鍵なのだ。

 

 私は、捨てられるのか?

 私は、そうしてまで手に入れたものを持って、これからを歩めるのか?

 

 最後の最後になって臆病風にでも吹かれたか、そんな疑問が脳裏をよぎる。

 それでも、私の心は変わらなかった。『これから』を求めた。

 誰かや、今の自分に決めつけられた『これから』ではなく、何があるのかわからぬ道を歩んだ先にある『これから』を。

 そして。

 それは現実になり、呪いはただの悪夢になり果てた。

 未来は見えなくなり、代わりにそこに夢を描く権利を手に入れた。

 

 ――権利を、手に入れたはずなのに?――

 

 なのに。

 ここで、終わり?

 こんなにも呆気ない形で?

 こんな場所で。何もまだ、捨てたばかりの何もないままで。

 こうして、死んでしまうの?

 

 ――嫌だ――

 

 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!

 

 まだ何も見ていない。まだ何も手に入れていない。

 生まれや育ちなんかじゃない。才能でもない。自分自身の手で、まだ何も私は得ていない。

 こんなままで。こんな、何もないままの、空っぽのままで……!!

 

 ――死にたくない――

 

 言葉にしてしまえば、たった数文字でしかないその思いが頭の中を埋め尽くし、悲しみを押し潰してなおも肥大化して――私の心は、それだけになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして。

 抗うことのできぬほどの力で、締め上げられていたはずの首元が一気に解放される。

 

「がはッ!! ――ハァッ、ハァッ、ゲホッゲホッ!!」

 

 その瞬間、私の肺は濁り切った空気を一気に掃き出し、外の新鮮な空気を取り込んで一気に潤う。勢いのあまりせき込んでしまったが、それでも肺は止まることなく新しい空気を求め続けた。

何度も何度も慌ただしく繰り返される呼吸に従い、麻痺していたすべての感覚がゆっくりと元に戻っていく。

目には色が。

耳には風の囁きと、自分の吐息が。

締め付けられた首へは痛みが。

全身の倦怠感が。

鼻には、火薬が眼前で炸裂したようなツンとした刺激臭が。

 

 自分にある、ほんの少しのものが戻り切って――私は森の中で横たえて、煙を吹いている銃を右手に持った銀髪の大男に見下ろされていた。

 

 

 

 

 

 

 ギフトゲーム〝ハンティング〟が行われる、今や異形の木々が生い茂る森と化した〝フォレス・ガロ〟居住区。

 そこでダンテは鋭く尖った装甲を纏う左手を耀の首へ、そして右手には白銀の大型拳銃エボニーを飛鳥の額へと押し当てていた。

 

 飛鳥に銃を向けたダンテを見た耀は彼女を救うべく、ほぼ反射に近い形でダンテに急襲を仕掛けた。

 何も考えないまま。頭が白く弾けた自分がそんな行動を真っ先に取ったことへの驚きも胸に秘めたまま、彼女はダンテを止めるべく動き出す。

 だが、そうして彼女に出来たことは、この世界で最初に出来た友の救済ではなく――いや、何かをするどころか、逆に自分すら危機に陥る結果となった。

 何もかもを見透かしていたかのようにダンテは横目で耀を見ると、彼女が繰り出した掌底を軽々と受け流し、ギルガメスの加護を受けた左手で彼女を制止させる。

 結果として、そこにいる全員が、ダンテによって生殺与奪を決断される状況に置かれることとなった。

 唯一の傍観者となっているジン=ラッセルを含め、そこにいる全員が指一本動かそうともせずにそこにただ佇んでいる。

 厳密に言うならば、ダンテは、誰が動き出そうともすぐさまその者を止めることが出来るように周囲を観察して……一方で他の三名は、ほんの少しでも動くことをしてしまえば、その瞬間に自分の全てが奪われるという恐怖への確信があったから、という違いがあった。

 完全に獲物を殺す『狩人』の目をしたダンテを直視している彼らに、同じコミュニティに属する仲間であるこの男がそんなことをするはずがない、などという考えは気休めにもなりはしない。

 困惑と恐怖が入り混じる耀達はただ、嫌な汗を流しながら彼を見続けることしかできなかった。

 

 ただ片手の指を少し動かす……それだけの動作を行うのに、それほどの時間を要することはない。鋼の鈍い輝きを放つ手刀に注意を逸らされてしまった耀の眼前で――『悪魔狩人《デビルハンター》』が右手に握る鉄の怪物が火を噴いた。

 

「やめろォォォォォォォおおおおおおおおおおおおお!!」

 

 絶叫が喉から口を通って外へと吐き出される。しかしそれは、その銃に比例して巨大な銃声によってかき消された。

轟音は森の奥へと響き渡って木霊し、光がその光景を目撃していた全員の視力を奪った。

 耀は潰された視界の中で、一人の少女が頭から血を吹き出す惨劇を想像する。

 鮮血が零れ……少女の衣装と顔、銃を向ける男の顔、そして凶弾を放った白銀の銃までもが赤く塗りつぶされるその光景を思い浮かべ、耀の頭から一気に血の気が引いていく。

 眩さから一瞬失った視力はゆっくりと回復し、やがて残酷な現実が彼女の視界に戻ってくる――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ことはなく、そこには無傷なままの飛鳥の姿があった。

 

「……え?」

 

 想像と現実の違いに戸惑いを隠せず、思わず声を漏らしてしまう耀。

 それはジンも、そして兇器を向けられていた飛鳥にとっても予想だにしなかったことらしい。

 確実に、殺された。ジンも耀もそう信じて疑わなかったし、襲われた飛鳥自身は己に迫りくる死を確かに実感していた。

 だが今、飛鳥は生きている。ダンテの相棒から、凶弾が発射されることは、なかった。

 ただの銃声と閃光だけが白銀の拳銃から解放された。ただ、それだけだった。

 

 重い沈黙が支配し、時が止まってしまったように膠着したその場所で、赤い悪魔がゆっくりと口を開く。

 

 

「……わかったか? 実際に殺し合うっていう場所に立てば、生きるか死ぬかしか道はねぇ」

 

 

 そこにはいつも浮かべている薄っぺらな笑みはどこにもない。

 人間のような優しさも、悪魔のような残虐さもなく。

 ただ唇と目だけが動くそれに生き物が持つ温かさはなく、機械のような冷たさだけがあった。

 

 

「そこで出会った敵とやり合う時に、『次』なんてもんはねぇ。相対した『今』、相手の全部を見切って、きっちりぶち殺せ。それができねぇなら、逃げろ」

 

 

 そこでようやくダンテは左手を耀の首から離し、エボニーをホルスターへと納めて立ち上がった。

 それでも三人が緊張感から解放されることはなく、危機が去った飛鳥はそこから立ち上がることもできず、耀は動くことすらできなかった。

 二人がダンテから直に受けることとなった、死への恐怖。

 それは彼女らの根底にまで叩き込まれ、いつまでも心を縛り付ける。

 

 

「そういう『次』なんてもんがあるなんざ考えてる――ろくに敵にトドメをさせねぇ大馬鹿野郎や、見切ることもできねぇマヌケに訪れるもの――それが、『死』だ」

 

 

 冷ややかに、赤い魔人は三人へ言い放つ。

 それは何度も死の淵を体験してきた彼だからこそ言える、重い真実。

 幼い頃から家族と死別し、己自身でしか自分に降りかかる災いを振り払えなかった彼が学んだ、絶対の真実だった。

 休む間もなく、自分を狙って襲来する悪魔に負けることなんてできはしない。敗北は死と同義。生き残れば、どんな形であれ勝ちだからだ。

だから、今は勝てないと思った相手からは迷いなく逃げた。今でこそそんな選択肢は滅多に取りはしないが、これだって生き残るために必要な選択の一つだということを当然彼は理解している。

だからこそ、自分を殺そうとする悪魔を生かして逃がすこともしなかった。再びやってきたときに強くなっていれば、勝てるかどうかもわからない。だから逃げようとするヤツは追いかけられるならばぶちのめした。

 そしてそうしなければ……自分が守りたいと思った人を、ヤツらから守ることはできなかった。

 

 すべては生き残るため。そして何の罪もない人から生を消そうとする者を殲滅するため。そのために彼が一人で必死に学んだ全てが集約されて、今の彼がいる。

 その出発点となるのは、まさしく『死の恐怖』を味わうことだった。

 誰にでも、簡単に『死』は訪れる。そして死ぬときは誰でも、呆気なく死ぬ。

 身をもってそれを学ばなければ、こんな場所で生きることなんて出来ない。誰かを生かすことも出来ない。

 もちろんこれで、戦うことに怯えることになるかもしれない。しかし本当に強いヤツは、これを皆知っている。

 知っているからこそ、生きるために戦う。誰かがそうなることを是とせず、否定するために戦える。

 

 だからこその、彼なりの――少々乱暴ではあるが――洗礼が、彼女らには必要だった。

 多少なりとも特殊な能力を持った者達とはいえ飛鳥や耀が命の危機に晒されたことなど一度もない。ダンテと違って平穏な世界を生きてきた彼女たちは、当然のことながら自分たちよりも強い力を持った、悪意ある者と対決したことがない。

 それは仕方のないことだろう。しかし、こんな世界に放り出された今、そんなことを言い訳にしたところで何も変わりはしないのだ。何度も言うが、『死』は誰にでも訪れる。それこそ、このコミュニティの中では誰よりも強いであろう、ダンテにでも、だ。

 悪意は時と場所を選ばない。ダンテが子供の頃、母と兄とともにいた時、悪魔が押し寄せてきたように。

 何を思ってこの世界に来たかなどダンテにはわかりもしないが、それを知らなければこの先、そう遠くない時に彼らは人生を終えることとなる。夢も願いも、叶えることなんて出来ないまま。

 そんなことは本人たちはもちろん――ダンテも、望んでなんかいない。

 

「少しは体験できたか? 死ぬ瞬間ってヤツを。こうなりたくなりゃもっとガッツってもんを出せよ……俺が言いたいのはそんだけだ」

「……相変わらず乱暴ね。もっと優しくすることはできないのかしら?」

「優しく殺そうとする方法ってのがあるのなら是非とも聞いてみたいんだがね。それにこっちの方が目覚めいいだろ、いつまでも寝ぼけてもらってちゃ困るんだよ」

「ええ。おかげさまでスッキリしたわ。でも気分は最悪ね、あとで覚えていなさいよ?」

「そいつはいいな。骨の髄まで楽しませてくれよ?」

 

 そこでやっと、ダンテはいつも皆に見せる、悪戯好きの子供のような笑みを彼らに見せた。それにつられて、飛鳥も上品に笑い返す。

 ダンテは次に、耀に視線を移した。

 

「で、どうだ? 初めての友達を目の前で、簡単に殺された気分は」

「…………」

 

 訊ねかけるダンテに対して、耀は何も回答を返そうとしない。先ほどまでの焦りの色はどこへやら、いつもの無表情のままだ。

 しかし、怒りに満ちた眼光を見れば……答えなど、聞く必要もなかった。

 果たしてそれは友人を――不可欠なこととはいえ傷つけたダンテに対するものだったのか、はたまた何もできなかった自分に対する悔しさなのか。

 どちらかなど彼には知りようもない。知る必要もない。

 

「そいつを忘れんな……いつこれが、本当になるか……わかったもんじゃねぇんだからよ」

 

 その言葉は――いつかはわからずとも、いずれ訪れるかもしれない友の死の時の警告であり、そしてそれを実現などさせるなという意図を裏に込めた、彼なりの忠告。

 それが伝わったのかどうかはわからないが……耀は彼の言葉を受けて、しっかりと首を縦に振った。

 それを見たダンテは満足げに頷いて――さて、これからが本題だ、というように、

 

 

「……おいおい、どうしたってんだよ、リーダー?」

 

 

 少しだけ表情を苦々しく歪めて、ジンを見た。見ればジンは目を伏せ、歯を噛みしめている。それは表情の変化に乏しい耀なんかよりもよっぽどわかりやすい感情表現で、それだけに彼の感じているものが何なのかが強く伝わってくる。

 

 彼は、動けなかったのだ。

 自分の仲間が絶体絶命の状況に置かれ、一刻を争うそのときに。

 

「……悔しいです。とても」

「何が?」

 

 わかりきっているはずなのに、わざとらしくダンテは彼に問うた。いつものヘラヘラした、人を小馬鹿にしたような調子で。

 それがまた一層、自分が卑下されているような気がして腹立たしかった。

 そしてそれを否定することができないような結果だったことにまた、ジンはただ悔しさを自分の中に押し込めることしかできなかった。

 震える口をなんとか動かして、掠れた声を絞り出すジン。

 

「……僕は……何もできませんでした……飛鳥さんが危ないのに……僕は……」

「…………」

「その前も、そうです……あの蜘蛛の集団を前にして僕は戦うどころか、仲間が目の前で命を懸けているのに助けることも出来ませんでした……なんで、しょうね……リーダーなのに」

 

 少しでも気が緩めば、それは怒声に代わってしまう。

ゆっくりゆっくりと、胸にこみ上げてくる気持ちを抑えながらジンは己の思いを語った。

 

「先代から続き、そして皆が大切にしていたこのコミュニティを守りたい。僕だって戦いたい……そう思っていたのに……いざリーダーになったところで全て黒ウサギに任せてばかり……せめてゲームだけでもと思っても……このざまですよ」

 

 その声は、悲痛に満ちていた。

 『過去の栄光にしがみつき、仲間をいいように利用して自分は何もしない寄生虫』。

 それは十六夜にも、そして軽蔑するに値するガルド=ガスパーにすら指摘されていたこと。

 暴言甚だしいことだが、それでも彼はそれを真っ向から否定できなかった。なぜなら、何もしなかったことは本当なのだから。

 夢物語を描くことはあっても、それを実行するための計画を作ることもせず、ただ最悪の現状を維持すべく黒ウサギに頼ってばかりだった自分が情けなかった。

 かといって彼女を手伝うことも、コミュニティの進歩のためにギフトゲームへ参加して勝ち進む力も知恵もない。

 だから、新しい仲間を求めて異世界から人を呼び寄せた。そして、姑息にも自分たちのコミュニティが崖っぷちであることも教えず引き込もうとした。

 ジンは、何もかもが嫌だった。

 結局自分は夢や綺麗ごとをただ言葉で並べるだけの偽善者で、本質はガルド=ガスパーなんかよりもずっと劣悪で矮小なものなんじゃないかと、そう考えずにはいられなかった。

 吐き気が込み上げてくるような、最悪の想像。そして次々とそれを証明するかのようなことが立て続けに起こり。

 ジン=ラッセルは、自分を見失いかけていた。

 

「結局僕は……何もできない弱い人間なんでしょうか……飛鳥さんや耀さんのように戦うこともできない……そんな脆弱な存在でしかないんでしょうか……」

 

 違う、とそこにいた飛鳥と耀は否定したかった。

 ギルガメスを突き付けられたそのとき、耀はそこから動けなかった。何もできなかったというのならそれはジンと同じで、違うところなど何もないのだ。

 飛鳥だって、襲われていたのが自分でなかったならどうだったかわからない。さっきやられたように声を出せなくされてしまえば、それで終わり。捕食者を前に羽をもがれた鳥にも等しいものだ。

 だが、そんなことを言ったところで慰めにもなりはしない。傷のなめ合いになるだけで、本質的な解決ではない。

 歯がゆい気持ちが二人の胸に渦巻く中で、ダンテはただ彼の声を聞いていた。

 ぶかぶかのローブを着た少年をじっと見続け、ジンが自身の胸中を吐き出し終えるやダンテはゆっくりと彼に歩み寄る。

 肩にポン、と手を置きしゃがむと、幼い瞳と青い双眼が視線を合わせた。

 

「……人間ってのは弱いか?」

「……?」

 

 ダンテの問いに、ジンは首を傾げる。

 

「魔の眷属よりも、修羅神仏よりも、ただの人間ってのはホントに弱いか?」

「……それは……だって……」

「身体は確かに弱いな。ちょいと俺が力を込めて殴れば、それでそいつは『終わる』。それはどうしようもないことで、変えようのないことだ」

「……だったら……」

「だけどな」

 

 そこで、ダンテはジンの言葉を遮った。

 台詞を途切れさせ、幼い瞳に映る魔人を凝視し次の言葉を思わず待つ。

 少しの間があって、ダンテは今にも涙を流しそうになっている少年を見て言い切った。

 

「そんなヤツらの誰にも負けねぇ、そいつらにはない力がある」

 

 それはふざけているみたいで、しかし彼の表情にも声色にも冗談は混じっていなかった。

 彼の本心から、その言葉は出ていた。

 目を点にして、ジンは銀髪の大男を見つめる。

 

「お前はまだ気づけてねえだけだ。それが何なのか、知ったヤツだけが使えるもんなんだからな」

「……いったい、それは……?」

「そいつは自分で学べ。俺からの宿題だ……んじゃあしみったれた説教は終わりだ。行くぞ」

 

 コツン、とジンの頭を軽く叩いてダンテは立ち上がる。そこで少年と青年の会話は終わった。

 最強の悪魔狩人(デビルハンター)はそれから少年に、何も語ろうとはしない。

 自分で学べ。それでしか、見つけることはできない。

 そう、伝えるように。

 

 彼の背中を眺め、そして自分の両手にジンは目を移す。

 

「……魔の眷属にも……修羅神仏にも、ない力?」

 

 そう言われても、何も実感できない。

 彼らにも負けないような、そんな果てしない力が自分にもあるだなんてことはさすがに考えもしなかったし、信じることもできない。

 しかし今のダンテの言葉が無意味だということも、また思えなかった。

 

「……自分で学べ……ですか……」

 

 ……知ることができれば、使えると言っていた。

 いつか自分も、知ることができるだろうか?

 そうすれば、飛鳥や耀のように戦うことが出来るのだろうか。

 そうすれば、彼のように戦えるのだろうか。

 

 何もわからないまま。何一つ代わりはしないまま、ジンはダンテの言葉に疑問を持ちながらも、今はただゲームを続行するしかなかった。

 

 

 

 

 

 

「……これでまぁ、ちょいとは見れた顔になれたかね」

 

 異形の木々の間をぬってチームの前方を悠然と歩く中、肩越しに後ろを振り返ってダンテは飛鳥達を見た。

 飛鳥と耀は決意を新たに、ジンは疑念を持ちながらも前へ進むために歩いている。

 ひとまず序盤としてはいい傾向だろう。これで下手なことをして死ぬ、なんてことはなくなっただろうし、ジンは悩んでくれればそれでいい。そうしてやっと知って、成長することができるものなのだから。

 あとはこのままガルド=ガスパーを退治して万事解決……といきたいところだが、やはりそうは問屋が卸さないらしい。

 館に近づけば近づくほど、悪魔の放つ気配がどんどん強くなっていく。多くは雑魚だろうが、そうだとしてもそれを全部相手にしなければならないのならウンザリした気分にもなる。

 

(ったく、あの三流野郎もバカなことしやがって。おかげで楽しいゲームがピリピリしたもんになっちまうし、したくもねぇことすることになっちまったじゃねぇか)

 

 やはり嫌な気分だ。殺してはいないとはいえ、人間に手をかけるのは。

 悪魔と戦うときに感じる喜びも、楽しみも、何もありはしない。ただ嫌悪だけがいつまでもべっとりと張り付くように付きまとってくる。

 無論ヤツを許すことなどする気もないし、それだけで済ませようなどとも思わない。最強の悪魔狩人(デビルハンター)……そして人間を激怒させればどんな最後が待っているか、文字通り冥土の土産に教えてやるとしよう。

 とりあえず、どこからどうやって悪魔の力を手に入れたのか知らなければならない。自分たちのゲームに横やりを入れようとした大馬鹿野郎が、この箱庭のどこかにいるはずなのだ。

 これからまた面倒なひと騒動が起こるのかと思うと陰鬱な気持ちになるダンテだったが、そいつをぶちのめすことは彼にとっての最終決定事項であり、変更などない。

 

 また気合を入れなおすか、などと思っていたところで、ダンテの嗅覚が妙な気配を察知した。

 

「……あん?」

 

 それは、先ほど彼が探知した二つのそっくりな気配。

 さっきよりも館に近づいているためかその匂いはハッキリとしてきた。やはり既知のものに間違いないが、それにしてもやはり何のものだったかは朧げなままだった。

 ……どこで嗅いだものだっただろうか。

 それにここまで似ているものとなると、それこそ数が知れている。自分とバージルのような双子の存在でもない限りあり得ない。

 ダンテと同じく嗅覚が鋭い上級悪魔であった豪閃獣・ベオウルフもバージルをダンテと間違えて襲撃したことがある(実際にその光景を目にしたわけではないが、その後再び対峙したバージルが両手両足に装着していた光り輝く鉄鋼を見ればおのずとその事実は推測できた)。

 しかしそんな存在の悪魔がいたかどうか……

 

(……あん? 待てよ、双子?)

 

 と、そこで妙にその言葉が引っかかることにダンテは気づく。

 双子。そう、自分の知っている悪魔にたった一組……というか、一対だけその存在があることを思いだした。

 一つは全てを灰燼に帰す炎神の如き剣、もう一つは全てを吹き飛ばす風神の如き剣。

 その二つで一つとなる魔の双剣と、ダンテは五か月前に会っていた。

 『恐怖を生み出す土台』の名を持つ、忌まわしいあの塔の中で。

 

(……まさか)

 

 あり得ないと思った。しかし、それ以外にいなかった。

 現に魔剣・リベリオンもエボニー&アイボリーも。そしてジュークボックスもダンテに巻き込まれてこの世界へとやってきたのだ。

 なら、『ヤツら』はどうだ?

 テメンニグルの塔で出会った、あの強敵であり頼もしい味方になった、あの上級悪魔たちは。

 もしそれが、こっちへ来て……そして名も知らぬ悪意を持つ誰かに屈服されたのだとしたら――!!

 

 

 

 そこまでダンテが思考したそのとき。彼の嗅覚が、急速に迫りくる脅威を彼に知らせる。

 ガラスを叩き割るような音がして、彼の四方の空間が裂けた。

 背負ったリベリオンを手にかけ、それに斬りかかるダンテ。だが、それは甲高い金属音とともに弾き返された。

 

「ッ!?」

 

 驚愕に顔をゆがめるダンテだったが、答えはすぐに知ることとなる。

 

「オォォ……」

 

 地獄から聞こえてくるような、怨霊の泣き声。

 空間の裂け目から現れたそれは、心臓のように脈打つ不気味な岩を抱えた細い四肢の悪魔だった。

 しかし見た目に反してその身は堅牢、刃を立てることはできず魔力を持った弾丸により自爆させるしか倒す術のない下級悪魔……強大な破壊力を誇る爆弾を持つそれは、ヘル=レイスと呼ばれるものだった。

 そして現世へと足を踏み入れた四体は抱えた爆弾を振り下ろし、地面と衝突させる。

 

「ダンテ!!」

「ちっ――!?」

 

 飛鳥の叫びも虚しく、瞬間、爆風が吹き荒れる。

 四つの爆弾がもたらす破壊は大地を抉り、そびえ立つ木々を根元から食いちぎり吐き捨てた。

 烈風と熱線が背後にいた飛鳥達にも襲い掛かり、抵抗すらできず彼らは吹き飛ばされてしまった。

 

「くっ!?」

「きゃあ!!」

「うわぁっ!!」

 

 地面から足を離され、空中に放り投げられた彼らは背後にある木と背中からぶつかって大きく衝撃を受ける。

 肺にあった空気をたまらず全て吐き出し、やがて地面へと落下する飛鳥達。

 もう一度全身に衝撃を浴びた三人だったが、それが終わると慌てて肺は新しい空気を吸い込んで活動を再開し始めた。

 

「ゲホッゲホッ!! ハァ、ハァ……!!」

 

 辺りに舞い散る粉塵にむせ返り、ぶつかったときの衝撃と痛みに悶えながらも呼吸を整える飛鳥達。

 三人が衝突した木々に尖った枝がなかったのが幸いか、全員に目立った傷はなく打撲で済んだ。あちこちに鈍痛こそするものの、これくらいならば大したことはない。

 しかし……離れた場所での爆風でこの威力だ。ゼロ距離からこれを受けたダンテは……

 

「ダ、ダンテ……!!」

 

 ふらつく足取りで、飛鳥は立ち上がって爆心地へと駆け寄る。耀も片手を抑えながらそれに続き、少し遅れてジンも後を追った。

 ダンテの立っていた場所に近づくにつれ、被害は酷いものへとなっていく。

 半径数メートルは大地もろとも木が根元から木端微塵になり、一帯の土は荒々しく掘り返されたようにその黒い色をさらけ出している。

 生えていた草は根こそぎすっ飛ばされ、その烈風に耐えても膨大な熱風に晒されたものは例外なく焼け焦げて灰となり果て、まだ原型を保っているものにも炎が燃え盛っている。

 どれほどの威力を秘めた爆撃であったのか、視覚を通して嫌というほどに理解させられていき、そしてその過程で絶望が徐々に彼女らの心を蝕んでいった。

 まさかそんな……いや、まさか彼が……!!

 

 たどり着いた中心地で彼らが見つけたものは、巨大なクレーター。

 巨大な隕石でも空から降ってきたのかと思うほどの、甚大な破壊がそこで起きた痕跡を残していた。

 一番深く地面が抉れた場所にあったのは、この黒い土の中では不自然な真っ白な砂塵……下級悪魔・ヘル=レイスが力尽き、仮初の身体が元へ戻ったものだけ。

 そこに、赤いコートを着た銀髪の男はいない。

 大剣・リベリオンも。

 二丁拳銃・エボニー&アイボリーも。

 どこにも彼のものは、欠片すらそこに残されていなかった。

 

「ダンテ……ダンテ!? 『どこにいるか教えなさい(、、、、、、、、、、、)ダンテ(、、、)』!?」

 

 飛鳥は必死に仲間の名を呼び、ギフトを発動させる。

 しかし声が届かぬ場所にいるのか……それとも、もう言葉を聞くことすらできない(、、、、、、、、、、、、、)ようなことになっているのか……

 どちらともわかりはしない。それがまた彼女らの心を焦燥と不安で掻き毟り、平静を消し去っていく。

 

出てきなさいダンテ(、、、、、、、、、)! 出てきなさいよ(、、、、、、、)!!」

 

 冷静さを欠いた飛鳥は、やたらめったらに命令を下す。

 だが、どれ一つとして彼女の意思通りに実行されることはなく、ただの声となって木霊するだけだった。

 何度もあげられる金切声。それだけが森の中を何度も巡り、やがて静寂へと呑みこまれていく。それの繰り返しだった。

 

(……ダメだ、物が焼ける臭いが充満してるせいで彼の体臭を追えない……!!)

 

 耀も動物の五感を総動員して彼を探索するが、しかしこの爆撃が招いた二次災害のせいでろくに使い物にならなかった。

 無理に使役しようものなら、まずここに漂っている煙によって自滅してしまう可能性だってある。鋭い感覚というものは、時として弊害となり得ることだってあるのだ。

 それに……もうこれほどの被害をもたらした攻撃を直に喰らって、原型をとどめているとは……

 

「くっ……!!」

「そんな……どうして……!?」

「……ダンテ、さん……」

 

 悔しげに歯を食いしばる耀と、跪き悲痛の声を漏らす飛鳥。

 ジンはまたも茫然と立ち尽くすことしかできず、仲間が一人目の前でいなくなったという現実を受け入れることが出来ずにいた。

希望が三人の心から削げ落ちて、代わりにどうしようもなくドス黒い感情がゆっくりと注ぎ込まれていく。

 巨大なクレーターの中心地で、誰もが言葉を発することなく絶望し始め――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『イヤァァァァァァァァァァァァァッホオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 場違いな甲高い声を聞いてその場にいた全員がずっこけることとなった。

 

「……はい?」

「え?」

「な、何が……」

 

 先ほどまでの暗い雰囲気から一転、これが舞台であるのなら観衆から大爆笑が巻き起こっているような、そんな喜劇のような展開が起こった。

 こんな声をあげる者など、彼らは一人しか知らない……というか、ぶっちゃけ物凄く聞き覚えのある声だったから、もはや確信しかなかった。

 

「い、今のって……」

「……地下、から?」

 

 絶叫とも取れるような歓喜の雄叫びは地面から響いてきた。

 すぐさま耀は地面に耳をあてて、神経を尖らせて反響音を聞き分ける。

 しばらく耀は地面の音を聞いていたが、やがて頭をあげて二人に複雑な表情を浮かべながら結果を申告した。

 

「…………なんか、すごい楽しそうに……暴れ回って、る?」

「………………彼って一体何なの………………?」

「…………」

 

 喜べばいいのやら、それとも憤慨すればいいのやら。

 耀から結果を聞いた二人は彼女と同じくらい難しそうな顔色を浮かべて困惑している。

 ……さっきまでの自分たちの悲しみを返せ。

 

 先ほどとはまた違う意味で沈黙が漂う中、耀はなんとか場の空気を替えようと話を切り出す。

 

「と、とりあえず、これからどうしよう?」

「……そ、そう、ね。彼のところまで、行けそう?」

「いや、多分相当深くにまで潜っちゃってるから、無理だと思う……彼が出てくるのも、時間かかりそう、だし……」

「じゃあ、私たちは先を急いで、そこで合流しましょう……館に向かうことは決定していたし……」

「は、はい……」

 

 いい意味でも悪い意味でも人騒がせな仲間のことはとりあえず大丈夫だろうと考え、一向はしっくりしない気持ちで館への道を急ぐのだった。

 

 

 

 

 

 

「あーくそっ、これまた厄介なことしでかしやがるぜクソ悪魔どもが!」

 

 一方、爆撃の影響で地下深くにまで放り込まれることとなった魔人は、ウジャウジャと湧いて出てくる雑魚悪魔の群れを見て辟易させられていた。

 最初こそその集団を歓迎し、狂喜ともとれる絶叫をあげて豪剣と銃声のロックミュージックを演奏する彼だったが、いい加減こいつらの相手も長々しすぎて嫌になってきた。

 有象無象のセブン=ヘルズ、アルケニー、そして蠅を彷彿とされる低級悪魔『ベルゼブブ』まで大量に出現する始末。

 ここに落とされたのは癪だが、ここに落ちたのがまだ自分だけでよかったかもしれない。

 ベルゼブブはその見た目はアルケニー以上に醜悪で不潔なうえ、体内に蛆虫のような幼虫を飼っている不快害虫だ。しかも死んだ同族を喰らって己の力を高めようとするものだから、その光景は巨大蜘蛛の悪魔以上の地獄絵図となる。

 飛鳥あたりがいたら発狂していたんじゃないだろうか、なんてことをぼんやりと考えながら、次々と迫ってくる悪魔たちにダンテは巨大な大剣と凶弾をプレゼントしていく。

 悪魔たちの赤い眼が不気味に輝く中で暗闇の中で火花が散り、一瞬の灯りが鉄塊のように長大な大剣を照らす。

 暗黒の中で竜巻と横殴りの鉄の雨が吹き荒れ、真紅のコートと白銀の髪を目にした悪魔はそれを最後の光景に次々と絶命していった。

 

 だが、悪魔の数が減る傾向はない。

 やってくる魔の軍勢はその歩を緩めることなく真紅の魔人めがけて迫り、果敢に攻めたててきた。

 すでに彼が葬った悪魔は両手両足の指を使っても数え切れない。しかし進軍は一度たりとも止むことはなかった。

 

(ちっ……俺を足止めするために罠張ってやがったな……!?)

 

 もしこれがダンテ以外のものだったなら、押し寄せてくる大群に潰され物言わぬ肉塊へと変貌していたことだろう。いや、まずその罠へと叩き落とすための手段が手段だ。彼を三人から引き離すためにあらかじめ作ったものとしか考えられない。

 だとするなら、自分と彼らを分離させて何を企んでいるのか。

 その真意は皆目見当がつかないし考えている暇もありはしないが……彼らの行く先にいるものは、ダンテですら手を焼いた上級悪魔だ。彼らとすぐに合流しなければ、間違いなく面倒なことになる。

 さっさと出口を探さなければならない。なのに、眼前に広がる魔の集団がそれを阻まんと立ちふさがっていた。

 苛立ちを隠そうともせず、乱暴に舌打ちするダンテはその手に握る魔剣・リベリオンを振り回して前へと駆ける。

 

「悪いな。テメェらとじっくり遊んでる暇はこちとらねぇんだよ――!!」

 

 獣のような叫び声をあげて、闇が潜む洞穴をダンテは突き進んだ。

 

 

 

 

 

 

「見て。館まで呑みこまれてるわよ」

 

 やがて一同は〝フォレス・ガロ〟の本拠にまでたどり着く。森もそうだが、この館も近くで眺めてみればまた騒然としたものだ。

 虎の紋様を施された立派な扉は無残に取り払われ、目に見える窓ガラスはすべて砕かれている。豪奢な外観はみな塗装もろともツタによってはぎ取られ、無残な姿を晒し出していた。〝ノーネーム〟ほどでなくても、これでは廃墟も同然である。

 

「ガルドは二階にいた……今のところ、何も気配は感じないから大丈夫だと思う……」

「でもダンテは、あの館が悪魔の巣窟になってるって言っていたけれど……」

「罠、でしょうか?」

 

 館の中を、入口からそっと覗く飛鳥達。

 中はまた酷い有様だ。贅を尽くして作らせたであろう家具のすべてが打倒され、あちこちに散在している。

 覗きこめば顔が映るほどに美しい床の石材は樹の根によってボロボロにされ、高級そうな絨毯もズタズタに引き裂かれ土まみれになっている。照明器具ももはや使い物にならないほど損傷が激しく、ただ天井に危なげにぶら下がるだけのオブジェと化していた。

 あちこちに目をやっただけで痛々しい傷が見えてくるのに加えて、この森が作り出す暗闇によって屋敷の中は不気味な雰囲気が漂っている。

 

 付近に罠がないことを確認してから飛鳥達は館の中へと足を踏み入れた。

 そしてその途端に、まるで空気が一気に重さを増したかのような奇妙な感覚が三人を襲った。

 

(……なんだろう……これ……)

(……空気が……重い……?)

 

 説明することのできない悪寒が三人に走る。

 なぜなのだろうか。ここにこれ以上踏み入ってはならないと、心のどこかで自分の何かが叫んでいる気がする。入ってしまえば二度と出ることができない、地獄の入口を眼前で眺めているかのような気分だった。

 居住区入口の門も気味の悪いものだったが、ここはまるで違う。足元から冷たい何かが這い上がってきて、そいつが自分が暗いどこかへと引きずり落としていくような……そんな恐怖を感じる。

 

 『人は潜在的に魔を恐れる』。いつか白夜叉が言っていたあの言葉を、全員が思い出していた。

 まさにここが魔を体現する場所であり。そしてこの感情こそが、人間の中に潜在する、恐怖というものなのだろう。

 ここはもう箱庭の世界ではない。先ほどまでいた異形の森でもない。

 人が触れてはいけない闇が広がる、魔の領域だ。

 無言で三人は目を合わせ、これからどうするべきかをお互いに問いかけた。

 

「これから私と春日部さんは、館の奥に進んでみるわ。ジン君は退路の確保をお願い」

「そんな……お二人だけに先を任せるなんて、僕だって――」

「いいえ。いつどこで何が起こるかわからない状況で、ひと塊になって動くのは全滅の危険を伴うわ。ここは人員を分けて、役割を分担した方がいいの」

 

 理にかなった正論だが、しかしジンはそれでも不満を感じずにはいられなかった。

 だが、自分は飛鳥達よりも弱く、前に進めばどうなるかもわからない。渋々ながらも頷いて、任された役目に甘んじるしかなかった。

 どうしてここまで自分は役立たずなのだろう。この時ほどジンは己の非力さを悔しがったことはなかった。

 

「……ありがとう……じゃあ、行ってくるわ」

 

 それはただ感謝を示すのではなく、どこか謝罪の意味もこめていたような『ありがとう』の言葉。その言葉を残して、飛鳥と耀は館の階段を上って奥へ進む。

 根が侵入し崩壊した階段を、極力物音を立てぬように……そしてどこからかやってくるやもしれぬ闇の存在にも気を張りながら、ゆっくりと飛鳥達は先へと向かった。

 実際は数十秒、体感で言えば数十分もの時間をかけてやってきた二階で、耀は飛鳥へと手振りである方向を示す。

 そこには、崩れ落ちた館の中でまだ原型を保っていた回廊の奥にある、大扉。

 そして次に耀は口の動きだけで飛鳥へと警告を伝える。

 

 ――ガルドがいる――

 

 耀からのメッセージを受け取った飛鳥はコクリと頷くと、二階へやってきたときのように音を殺してガルド=ガスパーのいる部屋へと向かう。

 やがて扉の目の前へと辿りついた飛鳥達はお互いを見やり、合図をはかって大扉を開け放った。

 ドンッ!! と、それだけで天井や壁が落ちてきそうな激しい音が鳴り、堂々と飛鳥と耀の二名は〝フォレス・ガロ〟リーダーの部屋へと歩み入った。

 

「……え?」

 

 そして、そこで見つけたのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「兄者、客人だ」

「ほう、客人か」

「そうだ」

「それならば」

 

「「招かねばな」」

 

 

 

 

 

 光の消えた虚ろな瞳をした一匹の獣とその獣が背負う白銀の長剣……そして、赤と青の双剣の姿があった。

 その双剣の名は……『アグニ&ルドラ』。

 




ッッッッだぁ~~~~~しんどっ!!
ここまで書き上げるのにめっちゃ時間と労力使いました。おかげでバイトでタヒぬるタヒぬる。いや実際にはならんけど。
書きたいから書いたのだから後悔はない!(`・ω・´)キリッ

飛鳥に放った弾丸ですが、ダンテの放つ銃弾は全部彼の魔力によってできたものという設定があるから、空砲くらいは朝飯前で作れるかなー……なんて思ってやったもんです。

つまらん展開でごめんよ読者様(´・ω・)

そしてヘル=レイス爆発からいったいどうやってダンテさん耐えたのか?
ごめん、詳しく考える気にもなれなかった。あの人ならきっと全部耐えれるって!! DMDとかHoHじゃなけりゃあな!!

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