世界は酷く美しい   作:人差指第二関節三回転

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008   溢れ出る死、見つめる者

「僕は今までとても友達が少ないタイプだったから、気づいたのはつい最近なんだけど―――僕は結構、人からものを学ぶのが得意なやつみたいでね」

 

「…っ」

 

 

 背中を4本の刃物に抉られた消炭に言う。

 刺さる武器は短剣、日本刀、鎗と、全てこの戦闘で使われたものである。

 

 

「友達のやり方を参考にさせてもらった。しかし高貴君のようにはいかないな、特別(スペシャル)の彼なら完全に再現してしまうだろうが、僕はただの異常者だ。せいぜいこれくらいが限界なのかもしれない」

 

 

 宗像形は武器を捨てる際、やけに力強くなげたのは―――勢いよく飛ばし、天井に武器を突き刺すためだった。モノを飛ばしたりするテクニックにも長ける暗器使いだからこそ、こんなにも鮮やかに手際よく突き刺すことができたのだろう。最後に振り下ろした鈍器での攻撃は、攻撃を当てることを目的としたわけじゃない。

 

 大きな振動で刃物を上から落とすことによって、消炭を『殺す』ことこそが目的だったのだ。殺人衝動宗像形の、殺人鬼本来の本能ともいえよう。宗像形の串刺しを喰らい、消炭の意識がごっそりと削られる。背中に刺さる日本刀は背中の筋肉を引き裂き、内蔵を貫通して腹の方に出てしまっている。鎗は消炭の脊椎を砕き、フォークでモノを刺すように砕けたものが絡まっている。短剣は消炭の首筋に直撃し、大量の血飛沫を作る原因と化していた。どれも十分致命傷だ。

 

 

「初めて人を殺したよ」

 

 

 宗像の独白など、今の消炭には聞こえなかった。

 

(嫌だ、いやだ、いやだいやだいやだ! こんなところで死ぬわけにはいかないんだ! 俺はこいつをいつもの依頼の時のようにぶっ殺して金をいただいてひとりで生きていくしかないんだ! くそ! 俺が死んだら、俺が死んだらどうなるのかわかってんのかよ! わかってないよな、当然か。でも、けれど、俺が、俺が生きていないとこの世界は―――いつ崩壊してもおかしくないのに)

 

 満身創痍は死へと誘う。

 

 

「このままだと放っておいてもいずれ死ぬか。……ふっ、僕はついに、人を殺してしまったんだな―――案外あっけないものだ。自首でもするか」

 

 

 宗像の背中が視界に映る。

 

(俺は殺し続けなければならない! 幻想と現実がいつ入れ替わるかわからないこの世界で、俺は彼女を、《観測者》を殺し続けなければならないんだ! でなければ! 彼女は思うがままに世界を反転させてしまうだろう! いやだ、そんなのはだめだ、そんなことになったら、俺はもう、幸せにはなれな――――)

 

 幸せを願う過負荷は、己を深く見つめていた。

 

 己を見つめた。

 

 己の死を見つめた。

 

 誰かが死んだような音がした。

 

 湧き出る殺戮、眺める者の。

 

 全てを無差別に殺戮する過負荷(マイナス)―――無差別殺戮(デスゲイザー)

 

 

「…」

 

 

 立ち上がり。

 

 背中の剣を力任せに引き抜く。

 

 右手のナイフも引き抜いた。

 

 血が出る。知らない。関係ない。

 

 立ち上がり、地面を蹴り飛ばす。

 

 布の擦れる音、地面を蹴り飛ばす音。そのどちらも殺されないテクに長けた宗像ならば簡単に察知することができたであろうが、この場合においては例外だとも言えた。

 

 自分の息を『殺し』て。

 

 自分の足音を『殺し』た。

 

 ―――気配という気配を『殺した』のだから。

 

 そして。

 

 

「俺が『殺された』ということを『殺した』(・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

「え?」

 

 

 突然耳元で言葉を紡がれ、何事かと思い振り返る。直後、首元を狙う殺気を感じ取って、手にとった匕首で首を守る。ガン、と強い衝撃の元、宗像は強く倒される。殺す、殺す、殺す。とんでもない殺気を、今までにないまでの恐ろしい殺気を放つ消炭が、宗像の腹に馬乗りになっていた。

 

 

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す―――――     」

 

「っ!?」

 

 

 誰よりも殺しに長けている宗像だからこそ、消炭の殺気を誰よりも理解してしまった。これは一時期、自分が本当に殺人衝動に負けて人を殺してしまいかけたあの頃と同じ―――いや、それ以上の。明らかに人間が放てるレベルの殺気ではなかった。

 

 異常だ。

 

 異常な宗像はそう思わずにはいられなかった。馬乗りになったまま、消炭が短剣を振りかざす。宗像は馬乗りにされたまま両手で駆使して武器で己を防御する。数十の金属音が響いて、互いの武器が空へ飛んだ。隙を見て、宗像は袖からカッターナイフを持ち出し、思いきり消炭の頚動脈を抉る。ズボンには替刃がいくつも仕込んであり、それらは既に馬乗りになった消炭のアキレス腱をぶち抜いているだろう。が、しかし。何も起こらないし、何も始まらないのだ。

 

 頚動脈を抉っても消炭は顔色ひとつ変えないし、いくら体を滅多刺しにしたところで痛がる素振りも見せない。まるで普段どうり、溢れ出る殺意とドーパミンのせいで気にならなくなってしまっているのか? いや、違う。そんなのではない、消炭はやっているのは、そんな人間的な説明のつくものではない。

 

 これはつい数時間後の話だが―――軍艦塔に現れて己の過負荷を発動させた江迎怒江は、解析しようとする黒神真黒にこう言っている。「おおっと! 解析しようと無駄ですよお魔法使いさん。異常者の皆さんと違って! 私達は分析不可能ですから」。

 

 過負荷とはつまり意味不明。無意味で無関係で無価値で、なによりも無責任な最悪の存在なのだ。かの理詰めの魔術師ですら解析できないのだとしたら、それはもう人類に解析できるようなものではないだろう。―――そう、今この時消炭は、酷く最低で荒唐無稽のような荒業を駆使し続けていた。

 

 攻撃されたという『事象』を『殺して』いるのだ。

 

 物体、感覚、人物、事象。それらを無差別に殺害し殺戮できる彼のスキルは、とてもじゃないが人間の手に負えない。かの球磨川とすら並びかねない最悪で災厄な過負荷であると断言できる。けれど実際、その過負荷にも制約というものがないわけではない。

 

 球磨川が、『なかったこと』を『なかったこと』にできないように。消炭は物事を殺し過ぎると、罪悪感に精神を押しつぶされてしまう。消炭は常に別の《彼女》を殺し続けているせいで、普段殺せる数が大幅に減ってしまっている。そんな状態で彼は、まず最初に3年13組の教室に侵入した時、己の気配を『殺して』いた。かの英雄が気づけなかった理由がそこにある。そして柄春の標識の効力を『殺し』て勢いすらも『殺し』て、裏の六人の武器もスキルも『殺し』てきた。宗像形との戦いで足音を『殺し』息を『殺し』、宗像形に『殺された』という事象までもを『殺して』みせた。

 

 このままでは、消炭が精神的に押しつぶされて自滅するのは目に見えている。それに加えて現在、攻撃されているという事象を殺している。物体よりも感覚を、感覚よりも人間を、人間よりも事象を殺してしまった時のほうが罪悪感が大きい。『殺された』ということを『殺す』ことや、刺されたという事象を『殺す』ことのほうが酷く大きな罪悪感に苛まれる。最初に柄春の者両規制の効力という事象を『殺した』のは、簡単に箱庭学園に侵入できたことから、すぐに宗像形を殺せると思っていたからだ。それから何人もの生徒と戦うことになるのは、消炭の完全なる誤算だったといえよう。

 

 

「っ! …」

 

 

 このままでは自滅する。しかしここを乗り切らなければ殺されてしまう。絶体絶命にして救いがない。ここは海に切り立つ崖ではなく、荒波に沈む船の上だ。どこをどうあがいても助かる見込みなどない。

 

 けれど。

 どちらにしろ破滅するなら、戦って殺して殺し屋らしい自分らしく、死のう。そう決意して、宗像の首筋に短剣がぶち込まれ、同時に自分の精神に押しつぶされた―――そのくらいか。

 

 消して助けにくるはずのないような救いが、その場所に訪れた。救助ヘリが来ることなど、ゼロに等しい可能性だったのに―――。

 

 彼は常に最悪だ。そんなタイミングはどこまでも彼らしい。

 

 

 

 

 

 ✩✩✩

 

 

 

 

 

『うわぁ、すごい血なまぐさい。君達、高校生なのによくもまぁそんな血なまぐさいことができるもんだね。僕にはそんなのできっこないよ、なにせ僕は優等生だからね!』

 

 

 この時宗像の意識は闇に飲まれていた。頚動脈を寸分狂わずに抉られたのだ。死も目と鼻の先。しかし球磨川が現れた瞬間、彼の持つスキル大嘘憑きでなかったことにされていた。だから今の宗像は、死とは無関係の健康体だったのだが―――それでも生きた心地がしなかった。死んだように生きるとはこのことだろうか? つい数字前に、裏の六人やチーム負け犬の仲間と共に体中に螺子を螺子込まれたばかりなのだ。どんな攻撃を幾度となくぶち込んでも平気の平左で立ち直る、まるで悪夢のようなあの記憶を、宗像形は思い出していた。

 

 そして消炭は消炭で、己の罪悪感に精神的に押しつぶされて、目に見えているものは見えていなく、聞こえているのに聞こえてない、まさに魂や精神、人間じみた感情が全て消え失せてしまいかけていた。しかし球磨川の登場で、その全ては回復する。消炭が『殺し』て『なかったこと』にした事象を全て、球磨川が『なかったこと』にしてしまったのだ。発動しなかったことにより、宗像の攻撃は全て『殺され』『なかったこと』になり、瞬間消炭は体中から血飛沫を上げたのだが―――球磨川のスキルは、『なかったこと』によって『生き返った』事象までもを『なかった』ことにしてしまった。

 

 『なかったこと』を『なかったこと』にできない大嘘憑きだが、『殺された』ことを『なかったこと』にはできるし、『生き返った』ならばそれを『なかったこと』にはできるのだ。

 

 混沌よりも這いよる過負荷とはよく言ったものだった。そして同じような―――死際からも這いずる過負荷とも言える灰ヶ峰消炭は、球磨川と目があった瞬間、絶望にも似た表情をして、

 

 叫んだ。

 

 

「く、球磨川―――なぜお前がここにい、るっ!? お前は確か、結界高校に転校したはずじゃ……」

 

『やぁー久しぶりだね消炭ちゃん。君は確か、僕が水槽学園に転校する前の前の高校にいたあの平凡で平坦なTHEモブキャラみたいな男の子だった気がするけど、うん! 人って成長するもんだね。今の君はとてもじゃないが平凡のヘの字も存在しなぐぶへっ!?』

 

 

 球磨川の額に短剣が突き刺さる。

 

 

『あいたっ✩』

 

「殺す! 殺す! テメェだけは絶対殺す! 世界中の全人類が殺されるとしてもお前だけは俺の手で殺してやる! 拷問だ! 殺戮だ! 殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して殺して切り殺し引きちぎり抉って嬲って引き裂いて、完全なまでに完膚なきまでに、際限なく上限なくこれ以上なく、異常以上に異常なまでに、天井すらも限界すらも魔界すらも凌駕するような驚愕するような苦痛の海に沈めて! 一度生き返らしてから拷問して殺してやる!!!」

 

『いやーやっぱりすっごく変わったね消炭ちゃん。だけど』

 

 

 既に彼は、宗像のことなど頭になかった。今は以来よりも―――人生をめちゃくちゃにした張本人、球磨川禊に対する復讐心が、なによりも彼を動かした。

 

 そして球磨川は、懐かしむように言った。

 

 

『だけれど、やっぱり変わらないところもあるよね』




―――灰ヶ峰消炭

職 業:殺し屋
血液型:AB型
過負荷:無差別殺戮《デスゲイザー》

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