自分にとって知らない現象は、なかった現象と同じとなる。たとえ軍規が背後から銃で脳天を貫かれたとしても、彼がそれに気づいていなければ、その攻撃は無効となる。通りすがりにナイフで刺されても、彼が知らなかったらそれはなかったことになる。自分が知らないという思い込みが、体からダメージを引き剥がす。―――プラスシックスの中でもかなり超能力的な異常性だが、軍規自体はその異常性のことを知らない。
彼は異常者でありながら異常者であることに異常なほどに興味がない。異常でありながら自分の異常を理解しておらず、まず知ってもいないし知ろうともしていない。そもそも彼の能力は、この学園でも2番手の百町破魔矢、研究者高千穂仕種、不知火理事長くらいしか知らない。なぜならその異常性を『知らない』ということこそが、軍規の異常度を上げているところもあるからだ。知らないことでなかったことにするという異常をもし彼が知ってしまえば、知らないことでなかったことにできるということを期待してしまい、結果彼は攻撃を食らうということを理解してしまい、発動しなくなる可能性があるからだった。……故に誰も軍規に異常を教えないし、また彼も自分の異常性が知らないままのほうがいいと本能で知ってしまっているのか、まるで興味を持っていなかった。現に彼は今「私にはなんか攻撃がきかないんだが」程度にしか思っていない。
知らないことこそが存在さしめる異常性。
我の知らぬ傷は無し―――
「だったなら」
短剣を振り回しつつも消炭は考える。
現在攻撃の手を休めないながらも、消炭は軍規の異常性があまり理解できていなかった。いなかったけれど、最低限一つだけ気づいたことがあった。それは―――軍規が攻撃を無かったことに、知ら無かったことにする際に、よく目を瞑る、ということだった。彼の異常性的には、例え目を瞑らなかったとしても発動に関係ないわけで、つまり今の消炭が気づいたことはとても意味のないことのように思えた。
が、しかし。結果それが、消炭を思わぬ方向へ導くことになる。
「っ!」
消炭の短剣が軍規の右目を突き刺した。
「が、ぁぁぁああぅ!?!?!?」
奇声と血飛沫が上がる。
軍規が知ら無かったことにする際に目を瞑る―――それすなわち、軍規の異常性は『目』に関係するのではないかと推理したのだ。常時気を抜くことなく戦い続けつつ考えたことなので、すこし考えが浅いとも言えるのだが、結果それは、軍規の攻略を後押ししていた。
右目を貫かれて、軍規それを凝視してしまう。
右目に刺さっている短剣の柄を、無意識にも無自覚にも左目で凝視してしまう。刺さった、刺さった。真正面からの絶対的なまでに、確実という確実のもと右目に短剣が突き刺さっている。失明する、目が見えなくなる、いや、いやだ。私はそんなのは―――軍規の意識が全て『短剣』に一点集中され、結果それは知ら無かったことにすることは不可能となった。
確実なダメージ。
消炭は短剣を引き抜いて、軍規の腹を一閃する。腹の皮膚に赤いラインが浮かび上がり、結界。大量の出血とともに軍規は立っていられなくなる。
「………宗像形はどこだ?」
約束は守れよ。
消炭は瀕死の軍規に冷酷にも詰め寄る。胸ぐらをつかんで、自分の顔へと引き寄せる。
「教えろ」
「時計…台………地下、2階………」
「………」
手を離すと、軍規は地面に重力のまま横たわった。
時計台。
地下2階
それがどこなのか、箱庭学園の生徒ではないからわからない。消炭は学ランを投げ捨てる。血しぶきで赤黒く染まった学ランなんか来ていられない。中間服姿となり、近くの生徒に聞き込みでもしながら、時計台地下2階を目指すために歩き出した。
血塗れで死にかけの軍規と破魔矢。彼らを置いて立ち去ることに、消炭は罪悪感の欠片も感じない。誰かが見つけてくれるなら、勝手に助けてくれるのだろうと思うだけだ。
✩✩✩
『わぁ、すごい。ねぇ君達なんでこんなところにいるんだい? 君達は僕にけちょんけちょんにされて入院中だったはずだけど』
反応の無い軍規。意識は既にそこにはない。
大の字に倒れたままの破魔矢が、そこに現れた水槽学園の制服を着た男子生徒を見て、反射的に弓を構えようとする。が、手元の弓が弓ではなくなっていること、そして弓を引くことがもうできないことを思い出して、諦める。そこに現れた男子生徒を睨みながら、破魔矢は口を開いた。
「あ」
『だめだめ! そんな状態で喋ったらだめじゃないか破魔矢ちゃん!』
満面の笑みで顔面に螺子を螺子込まれた。破魔矢の視界は闇に染まるが、目という感覚器官が丸つぶれになったからだということに気づくことができない。
数秒後には戻っているのだが。
『ふーむ、二人共ともに刃物でやられたような傷跡。これはあの時じゃないけど、どうみたところで同一犯の犯行と見て間違いないね。そこに僕は、たまたま偶然立ち会ってしまったわけだ』
探偵のような素振りで推理する。実は球磨川禊は、彼らの戦いを最初から最後まで見ていたのだが―――そんなことを破魔矢達が知るわけがない。彼らは球磨川を返り討ちにするために病院を抜け出し校内を歩いていたのだが、結果どうしたところで見つけることはできなかった。これより未来の話だが、自分の気配をなかったことにしてしまうような少年である。なにかしら力を使っていたのだろう。
そしてこうして消炭に返り討ちにされたことで球磨川との再会をきたし、その時にはすでに戦えるような状態ではないのはどこまでも皮肉に満ちた状態だったが。
球磨川は言う。
『じゃ、僕は犯人でも探しに行くか。破魔矢ちゃん、傷は直しといたから気絶した軍規ちゃんとそっちの標識持ってる人、がんばって保健室に運んでねー』
「………」
(相変わらず、とんでもない力だ)
破魔矢は倒れる軍規を持ち上げて、肩に背負う。続いて柄春も背負おうとしたのだが、普通に破魔矢では力不足だ。わけて運ぶことにする。―――消炭にやられた全ての傷は既に跡形もなく消えていて、軍規の右目も腹も、まるで一片の証拠もなく消えてしまっていた。ついでに柄春のアキレス腱もつながっている。
まったく。なんとも忌まわしく桁外れで恐ろしい力である。
『よーし』
消炭が歩いた後を追うように歩きながら、球磨川は両手を広げて頭の後ろに組んだ。
『瞳ちゃんに仕事でもプレゼントできたことだし、僕はその犯人とやらとの久しぶりの再会を果たそうかな』
✩✩✩
「時計台の地下?」
数分歩いていたが、なかなか生徒に出会わない。なぜだか不思議に思っていたのだが―――どうやら普通に授業中だったようだ。そういえばここは高校だったな、と思い出す。今までの戦いをしてきて、消炭の中では高校生のイメージが崩壊していた。異常なる彼らは、驚くながら一応は高校生だ。その事実に驚愕しえない。
箱庭学園。
垂水のやつが恐れている意味がわかった気がした。
新たな発見をしていると、ちょうど校内にチャイムが響き、生徒たちが気だるげな表情で廊下に出てきだした。その中で一人、特に眠そうな顔をしている冴えない生徒に話しかける。
金髪で一部が黒く、若干の反骨精神が感じ取れる。
普通の中の普通の少年。1年1組人吉善吉は、消炭の質問に面倒そうながらも答えたのだった。
「ってことはえーっと。13組の生徒っすか?」
「ああ」
探しているターゲットは確かに13組である。そういう意味の質問ではなかったのだが。
「時計台の真下に入口がありますよ。そこになんかへんな門があるんですけど、たぶんあなたならいけるんじゃないですか」
先輩か同級生か判断がつかないのか、少しだけ話し方がぎこちない。
「わかった。ありがとう」
「ああ、ちょ―――行っちまった」
消えるように姿を消した消炭。現在球磨川禊という過負荷の転校により若干神経が鋭くなっていたのか、消炭を見たまま眉を染めていた。
日之影空洞の如く消える術は、間違いなく普通ではない。
「球磨川の仲間じゃなきゃいいけど。まぁいいや、それより不知火と暇でも潰すか」